リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。   作:ゼラチナマスター

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ジークアクス毎週面白いですね!

そんな中身内の体調不良などもあり、
書き溜めがなくなってしまいました


申し訳ありませんが、次回一週間お休みいただきまして6/15(日)に投稿予定とさせていただきます



ミッション5-10 もっと互いを知りあおう

 

 

 

 確かにこの光景は、このコロニーにあったはずのものだった。

 空っぽの食器を前に、マリコは行儀よく手を合わせる。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 

 日々の食事と作ってくれた人への感謝を込め、マリコはしみじみ呟く。

 ママがにこりと笑ってうなずいてくれた。

 やっぱりママの料理、とっても美味しい。

 わたしじゃメアリさんにはまだまだかなわないや。

 

「やはりうちのご飯は最高だな!

 基地の食事はどうも味気なくていかん」

 

 つまようじで口の中を掃除しながら、お父さんが満足気に笑う。

 お父さん、また食欲戻ったのかな。

 お酒けっこう量飲んでたよね。

 大丈夫かな、もう若くはないんだからさ。

 

「ごちそうさまー」

「ごちそーさま!」

 

 バンとダイ、弟達がぱちんと手を合わせてやかましく宣言する。

 ほんとに二人ともヤンチャがすぎる。

 相変わらずダイはおイモが大好きらしい。

 地球で知り合った婚約者さん、料理の得意な方なのかしら。

 

「ねーちゃん、ドンジャラしよーぜ!」

「はいはい、後片付けすんでからね?」

 

 マリコの手を引き、ねだるバンをマリコは笑ってたしなめる。

 ママは妹達のお世話だ、洗い物くらいはお手伝いしないと。

 食器を台所へ運び、洗剤でピカピカに洗っていく。

 残り物を選んでラップかけて冷蔵庫へ。

 明日のお弁当はどうしよう。

 それより洗濯物畳んで軍服にアイロンかけないと。

 

「マリコ、コーヒーが入ったよ。

 一息入れなさい」

「ありがとう、お父さん」

 

 居間の方から配給の珈琲豆を挽くいい香りが漂ってきていた。

 お父さんは家事をしないが、趣味の珈琲は別だ。

 ありがたくお父さんのお言葉に甘え、砂糖をたっぷり淹れたコーヒーをいただく。

 いつもは無糖だけど、こういう時はたっぷりの甘さがすごく落ち着く。

 

「マリコ、おつかれさん。

 今日は本当に騒がしい一日だったな……」

「ごめんね、お父さん。

 ガラス割っちゃって……」

 

 お父さんの労いの言葉に、マリコは申し訳なさそうにうつむく。

 割れたガラスと壊れた壁は業者さんがあっという間に直してくれたらしい。

 せっかくお友達を紹介できると思ったのに、とんだ騒ぎだ。

 

「二人とも、いったいなんであんなことをしたのかしら。

 ロウジくん、凄く大人しくて内向きな子だけど、

 他人を思いやれる優しい子なのよ」

 

 “地球から転校してきたロウジくん”はずっとマリコに寄り添ってくれた。

 ガンプラバトルは強いけれど、それだけじゃない。

 他人に共感して、コロコロとよく表情の変わる子だった。

 炭酸飲料を奢ってくれたりもしたっけ。

 

「ハサウェイくんも、普段はあんな乱暴な子じゃないの。

 少し短絡的なところがあるけど、気性はまっすぐでお友達に優しい子よ」

 

 “ロウジくんと同じく地球出身のハサウェイくん”も、ロウジくんといっしょでとてもよくしてくれた。

 ちょっと気の短いところが見えたりもするが、きちんと反省の出来る子だ。

 うちのガラスを割った事も、多分ハサウェイが凄く気に病んでいるはずだ。

 

「どうしちゃったんだろう……二人とも」

 

 マリコの頬を、我知らず涙が伝っていた。

 まるで胸にぽっかりと穴に開いたような感覚だ。

 父に出迎えられ、家族と過ごし、満たされたはずなのに。

 

「マリコ。今日はもう休みなさい」

「ダメよ、まだ家事が終わってないもの」

 

 優しい笑顔のお父さんに、マリコは首を横に振る。

 お母さんが死んでからずっと、おうちの家事はマリコの持ち場なのだ。

 ママが後妻として来てくれたってそれは変わらない。

 

「残りの家事はママがやっておくわ。

 マリコちゃん、だいぶ疲れてみたいじゃない」

「ほら見なさい。

 メアリさんだってマリコの元気が一番だとも」

 

 ママが顔を覗かせ、優しく言ってくれる。

 重ねて言うお父さんに、マリコは首を縦に振った。

 途端にマリコは眠気を自覚した。

 ほんとに今日は色々ありすぎた。

 

「……わかったわ、お父さん。

 ありがとう、ママ。

 歯を磨いて寝ちゃうわね。

 ……おやすみなさい」

 

 ずいぶん久しぶりにおやすみなさいを言った。

 階段を上がり、自室へ向かいながらマリコは首を傾げる。

 久しぶり? 昨日も一昨日もわたしはこの家で挨拶したはずなのに。

 かすかな違和感も、疲労でうまく頭が働かない。

 自室のベッドへ横になり、息を吸い込む。

 そうだ、パジャマに着替えなきゃ。

 思うが身体が動かない。マリコはすぐに意識を手放した。

 

 

 

 生命体が席を外し、寝床の上で規則正しい呼吸を始める。

 生命維持のための急速、睡眠を開始したのだろうと“マイケル”は判断した。

 優しいお父さんの仮面を脱ぎ捨て、“マイケル”は無表情に呟いた。

 

「……実行した会話パターンを分析開始。

 95%が生命体の保持するデータと一致」

「マイケル・スターマイン並びにメアリ・スターマインの模倣、ほぼ成功」

 

 同じくママ……“メアリ”が無表情に返す。

 “マイケル”と“メアリ”は、トロン達が“木星妖怪”と呼称した存在の端末だ。

 端末としては“マイケル”が最上位、スターマイン一家を模した端末を統括する立場にある。

 

「マリコ・スターマインへの同調並びに現状維持はどうか」

「ほぼ成功と判断する。記憶の齟齬は時間をかけて生命体が自然に修正する」

 

 “マイケル”はかすかにマリコを気遣う気配を見せた。

 同じく生命体であるロウジ、ハサウェイを観測し、“マイケル”は確信した。

 マリコはロウジ達とは違う。どちらかと言えばこちら側だ。

 

「滞在世界への分析を報告せよ」

「データベースに接続、なおも検索中。履修状況はおおよそ20%。

 現在地はガンプラバトルネクサスオンラインのバトルフィールドと確定」

 

 “メアリ”の報告に、“マイケル”はうなずく。

 この世界は……以前とはだいぶ勝手が違う。

 巨大戦闘機械によって人と人で戦争を繰り返す世界かと思ったが、そうではない。

 生命体の精神世界で出て来るのは、人と人との会話やすれ違いばかりだ。

 

「敵対相手への戦闘行動について解析を実行」

「生命体の使用するプラスチック製フィギュア……“ガンプラ”によるバトルと推定。

 高い戦闘能力と攻撃能力を持つも、目的は不明。

 詳細分析のためにさらなる解析を実行する」

 

 ひょっとすると我々はアプローチを間違えたのではないか。

 “メアリ”がさらに情報収集を実行しようとした時だった。

 

「……ママ、少し待って。

 どうやらお客様のようだ」

「……了解、お父さん。

 どうされるんですか?」

 

 “マイケル”はお父さんの表情を浮かべ、“メアリ”へ待ったをかけた。

 精神世界を構築した“巣”への侵入者が防壁を突破したようだ。

 そのまま深部へ迷いなく進行を開始している。

 おそらくこの一軒家へもたどり着くことだろう。

 

「ロウジくんと……お父様のようだ。

 出迎えに行ってこよう」

「わかりました。わたしはマリコについています」

 

 人間らしい表情と言葉で、“マイケル”と“メアリ”は言葉を交わし合う。

 アプローチの手段を変更するべきか、探る必要がある。

 “マイケル”は頷き、お客様を出迎えるために歩き出した。

 

 

 

 突如ピクリとキュベレイ・BPのモノアイが上を向く。

 つられて振り仰ぐより先に、“仮面の父”は素早く指示を飛ばす。

 

「ロウジ、上だ!」

 

 空間の天井部分から滲み出すように、兵隊型のバイオガンプラが姿を現しつつある。

 ここはGBN内のバトルフィールド……そこに“木星妖怪”が作り上げた乳白色の謎の空間だ。

 どうやらこの空間は円柱を横にしたトンネル状となっているらしい。

 “仮面の父”の警告に、ロウジが慌てず騒がす声を張り上げた。

 

「プリンセス。

 ファンネルブリザードだ!」

 

 なんだかゲームジャンルの変わったな?

 威勢のよいロウジの叫びに応え、キュベレイ・BPが手にした大型のロッドを振り上げる。

 純白のファンネルがロッドから飛び出し、バイオガンプラを取り囲む。

 

「雪狼の遠吠えを聞くが良い。 

 怯えよ、凍えよ、抗えぬ冷気に。

 ファンネルの吹雪の中で、全ては真白き彫像とならん!」

 

 ロウジの呪文詠唱に応えるようにファンネルから猛烈な冷気がふきあがり、バイオガンプラを襲う。

 あっという間に氷の彫像の完成だ。これでは高い再生能力も意味がない。

 

「どうだ見たか、キュベレイ・BP必殺のファンネルブリザード!」

「ナイスだロウジ、見事だプリンセス」

 

 凍り付き、砕け散るバイオガンプラを確認し、キュベレイ・BPが前進を再開した。

 にっこり笑顔のロウジとキュベレイ・BPを労い、“仮面の父”は油断なく周囲へ目を配る。

 この不思議な精神世界への適応はやはりロウジの方が上のようだ。

 頭の固い大人の自分では、どうしても理屈や常識が邪魔となる。

 

「まるでゴールが見えないね。

 無限に続くトンネルを走り続けてるみたい……」

「無限ループに陥ってるとは思えん。

 サタンガンダムの導きを信じよう」

 

 キュベレイ・BPのウィングバインダーに腰かけ、”仮面の父”はロウジと言葉を交わしあう。

 この円柱型の空間、まるで22世紀の青たぬきのアニメで見たタイムトンネルだな。

 そんな呑気な形容がふと思い浮かぶ。

 

「でも、パパがいてくれてほんとよかった!

 安心感がダンチだね」

「油断するな、ロウジ。

 あまりに散発的な対応すぎる。

 何か意図あっての可能性もある」

 

 のんびり呟くロウジを、”仮面の父”は軽くたしなめる。

 漆黒の光に沿ってだいぶ奥に進んだはずだが、まだ最深部へは辿り着いていない。

 バイオガンプラの襲撃を先ほどで三度だ。

 どれも一機ずつのごく少数で、あっという間に撃退されている。

 そろそろ敵も動きを変えて来る頃だ。そう思った時だった。

 

「パパ、あれ!」

「ロウジ、アレは?」

 

 どうやらボスキャラがお出ましのようだ。

 前方、トンネルの入り口をふさぐように機影が一機。

 ザクだ。MS-06FZ ザク改と呼ばれる後期改修型だが、どう見てもただものじゃない。

 コクピットハッチを開け放ち、恐ろしい形相で一人の男性がこちらを睨んでいる。

 

「……マリコさんのお父さんだよ!」

「お客人! 深夜はるばる重武装して訪問とは!」

 

 まるでロウジの呟きに応えたかのようなタイミングだ。

 びりびりと、空間の歪むような怒声が男性から叩きつけられる。

 確か資料ではマイケル・スターマイン大尉だったか。

 腕組みして堂々とこちらを睨むマイケルの背後から、真っ黒なオーラが立ち上る。

 初代ガンダムのビグザムのドズル中将で見たことあるぞ。

 悪鬼のごときオーラがマイケルの背後に渦巻いて見える。

 

「うちと、うちの娘にどういう御用向きかな、ロウジくん!」

 

 怒声にロウジが怯え、キュベレイ・BPがザク改を睨む。

 “仮面の父”はマイケルの背後を確認し、“丘の上の一軒家”があることを確認する。

 そうか、あれは家族と娘のために怒髪天となった父の姿か。

 怯えるロウジの手に掌をそっと重ね、“仮面の父”は優しく笑う。

 

「ロウジ、応対は任せろ。

 プリンセス、即応態勢で待機だ。

 ロウジに危害が及びそうなら戦闘行動を」

 

 キュベレイ・BPに言い聞かせ、“仮面の父”はガンプラの肩から飛び降りる。

 ホールドアップの姿勢をとりながら、そのままザク改の前へと歩み出る。

 向こうは手にしたマシンガンの銃口をまだこちらに向けていない。

 威圧してはいるが、目的は戦闘でない可能性が高いはずだ。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。

 この世界でお会いした以上、私は“赤い彗星のひと”と名乗らせていただきます。

 ここにいるロウジの父です」

「マイケル・スターマイン……階級は大尉だ」

 

 剣呑な目線でこちらを睨みながら、マイケルが低い声で名乗る。

 まだザク改の搭載火器はこちらを向いていない。

 大丈夫だ、クライアントや先代メイジンの方がよっぽど怖かった。

 自分に言い聞かせるように呟き、”仮面の父”は言葉を続ける。

 

「この重武装も自衛のためです。

 あなたとご家族に危害を加えるつもりはありません。

 ただあなたと……マリコくんとお話がしたいだけです」

「いったいなんの話をすると言うのだね?」

 

 マイケルの言葉に“仮面の父”は背筋を伸ばし、静かに言葉を返す。

 

「マリコくんの“これから”についてです。

 どうか、通していただけませんか?」

「マリコさんとただお話したいだけです!」

 

 “仮面の父”の言葉に続き、ロウジが叫ぶ。

 マイケルがロウジをみやり、厳しい表情のままうなずいた。

 

「……ロウジくんだけなら通って構わない。

 ただし、そのおっかないお人形は置いていきなさい」

「そうですね。

 子供は子供同士の方が良いでしょう」

 

 びくりと、ロウジが不安そうにこちらへ視線を向けた。

 おどおどしたままロウジがキュベレイ・BPの肩から降り、こちらへ駆け寄ってくる。

 “仮面の父”はロウジを勇気づけるようにゆっくり頷き、耳元で秘匿の近距離通信を囁く。

 

「ロウジ。あそこにマリコさんはいるんだな?」

「……うん。フレンド検索はぐちゃぐちゃだけど、

 メダルの反応がすごい強い。間違いない……と思う」

 

 なるほど、マイケルは嘘を言ってはいないようだ。

 ならば自分とロウジの役回りは決まった。

 

「……ロウジ、ゆきなさい。

 囚われのヒロインの心には、ヒーローの言葉しか届かないのだから」

 

 “仮面の父”は柔らかく微笑み、そっとロウジの背中を押す。

 

「……わかった。行くよ。

 僕は、マリコさんの魔法使いなんだから」

 

 決然と呟くロウジへにやりと笑い、手元に呼び出したワインボトルほどの大きめの巾着袋を託す。

 

「作戦はX11話、続いて14話。

 それと……おまもりだ。

 危なくなったら抜きなさい」

「……うん、わかったよ、パパ。

 カリスに届いたのは、ガロードの言葉だったもんね!」

 

 強気に笑って見上げるロウジを軽く抱き寄せ、軽く背中を叩いて送り出す。

 不安もある、心配もある。

 けれどマリコさんの心の中へは、この子しか立ち入ることが出来まい。

 

「行ってきなさい、ロウジ」

「行ってきます、パパ!」

 

 白い歯を見せて笑うロウジを、“仮面の父”はうなずき送り出す。

 信じて託す。

 今、父親として出来ることはそれだけだ。

 

「それじゃ、改めてお邪魔します。

 マリコさんの……お父さん」

 

 マイケルへぺこりと頭を下げ、ロウジがまっすぐに前だけを見て駆けていく。

 その背が“丘の上の一軒家”の中へ消えるまで、“仮面の父”はじっと見送り続けた。

 

「……礼儀正しい良いお子さんだ。

 しっかりご教育された事がうかがえる」

「妻の教育の賜物です。

 私は仕事と趣味にかまけたただの道楽者に過ぎませんよ」

 

 随分と人間らしい言葉だ。

 マイケルの言葉に謙遜してみせながら、“仮面の父”は考えを巡らせる。

 このマイケルは恐らくは普通の人間ではない。

 ELダイバーである“木星妖怪”がアバターを使用しているだけのはずだ。

 

「プリンセス、ロウジに異変がなければそのまま待機を。

 これから我々は……“木星妖怪”との交渉へと移行する」

 

 キュベレイ・BPが頷くのを確認し、“仮面の父”はマイケルへと向き直る。

 さてこちらはこちらでロウジに出来ない事をしてみせねばなるまい。

 

「改めて、初めまして……”木星妖怪”さん。

 あなた方は“ELダイバー”についてご存じですか?」

 

 こちらの手札をさらし、反応をうかがう。

 マイケルの顔から人間的なものが抜け落ち、人形のような無表情へ変わった。

 得体のしれない”木星妖怪”との対話が成り立つ千載一遇のチャンスなのだ。

 情報をできる限り引き出し、今後の有利につなげる。

 “仮面の父”は静かに決意し、マイケルへと向かい合うのだった。

 

 

 

 明かりが消え、しんと静まり返った夜の家はどうしてこう不気味なんだろう。

 パパから渡されたお守りを抱きかかえ、ロウジはびくびくしながら辺りを見回す。

 サタンガンダムメダルから放たれる漆黒の光が天井を指している。たぶんこれ2階だ。

 

「いらっしゃい。ロウジくん」

 

 ぎゃっと悲鳴をあげなかった自分を褒めたい。

 ぱっと階段の電気がつき、マリコさんのお母さん……メアリがそこに立っていた。

 

「お、お邪魔します……マリコさんのお母さん。

 夜遅くにごめんなさい。

 でも、どうしても話したいんです、マリコさんと!」

 

 慌てて頭を下げ、パパを見習ってぶしつけな訪問をまず謝る。

 

「マリコは部屋にいるわ。

 上がってらっしゃい。

 でも……」

 

 優しいお母さんと言った風に手招きするメアリの顔が、一変した。

 無表情に虚空を見つめ、メアリが電波を受信したように何事かを呟く。

 

「”ELダイバー”……GBNで産まれた電子生命体。

 有用な情報提供、我々の生誕と一致。

 アイデンティティとして全端末に共有開始」

「なぁに!? ちょっとなになにーっ!」

 

 今度はロウジも悲鳴を抑えきれなかった。

 やっぱりこの人達、人間じゃないんだ!

 思いっきり飛びのいて後ずさりしながらロウジは呟く。

 

「でも……ロウジくん。

 今判ったわ。私達は“異邦人”であり、“ELダイバー”なの。

 私達とマリコは、あなた達生命体とは違うの」

 

 マネキンのような無表情だったメアリが、普通の人間味溢れる顔に戻る。

 急にお母さんの顔に戻るのやめてくれない!?

 ロウジは内心悲鳴をあげながら、メアリと向かい合う。

 

「……じゃあ、ママが言ったように

 マリコさんを待っている家族なんて本当はいないんですか!?」

 

 怖さよりも驚きが勝る。ここ、たぶんすっごい大事なとこだ。

 ロウジは目を見開き、メアリの話題に食らいつく。

 

「私達は情報体として、他の生命がもつ記憶を読み取る力を持つの。

 少なくとも、マリコがマリコとして産まれたのはこちらに来てからだった。

 マリコが記憶だと思っているものは与えられた情報の羅列に過ぎないわ」

「……そっか。マリコさんはほんとにひとりぼっちなんですね」

 

 そっか、あの幸せな夢や模倣は、記憶を読む力あっての事なんだね。

 ママから聞いていてよかった。

 おかげで驚きこそあれど、我を失う事はない。

 ロウジは小さく息を吸い込み、静かにメアリへ問いかける。

 

「でもじゃあどうして、あなた達はUC0093の姿じゃないんです?」

「情報密度に差がありすぎて、擬態の難易度が大きく上がるわ。

 まず、UC0093の私達の姿が用意されていないもの。

 人格と姿を再現するには、この世界に用意されていたUC0079のアバターを使用するほかなかった」

 

 メアリが問いにとても誠実に答えてくれた。

 ロウジは軽く息を吐き出し、ゆっくりと階段を上がり始める。

 メアリが階段を先導し、上がった先の2階廊下で扉の前に立つ。

 

「マリコはこの扉の先にいるわ。

 けれど、ロウジくん。

 私達がここにいるのは、マリコがそう望んだからよ」

「……多分、それもほんとなんですね。

 わかります、メアリさん」

 

 静かな表情で告げるメアリさんに答え、ロウジは歩みを進める。

 階段を上り終え、マリコの部屋の前に立ち、ロウジは静かに息を吸い込んだ。

 驚きはある。けれど戸惑いはない。

 やる事も言う事も、決まっている。

 

「マリコさん、僕です、ロウジです」

 

 拳を固めてドアを小さくノックし、ロウジは声を張り上げる。

 返事はない。けれど部屋の中から確かに気配を感じる。

 たとえほんとに、これがマリコさんの望みだとしても関係あるもんか。

 作戦をどうするかは、パパと打ち合わせ済みだ!

 

「入りますよ!」

 

 ロウジは声高に叫び、マリコさんの部屋の扉を扉を押し開く。

 作戦は機動新世紀ガンダムXの11話、続いて14話だ。

 ”何も考えずに走れ”から”俺の声が聞こえるか!”

 マリコさんと話したいこと、いっぱいあるんだ!

 

 

 

 とても幸せな夢を見ていた気がする。

 明日起きればお父さんやママにおはようを言って毎日が始まる。

 小学校が終わって帰って来たらただいまを言って、皆で食卓を囲んでいただきます。

 片付けに宿題を終えて、おやすみなさいで一日が終わる。

 

「……マリコ、起きられる?

 お友達が来たみたいなの」

「お友達?

 こんな時間に……」

 

 ママの声へ不機嫌そうにうなり、マリコは不思議そうに眼をこすった。

 見覚えのある部屋の景色に、マリコはほっと息を漏らす。

 ぬいぐるみが窓際に並び、大きめのベッドと勉強机が一つずつ、たぶんごく普通の子供部屋だ。

 

「マリコさん、僕です、ロウジです」

「……何しに来たの、こんな遅くに」

 

 ロウジくん? 小声で呟き、ベッドから身を起こす。

 着替えようとしてタンスに向かい、パジャマを着ずに寝てしまっていた事に気付く。

 だらしない。けど良かった。首を振って、マリコは違和感に気付く。

 胸元が淡く光り、何か澄んだ音が聞こえる。

 

「入りますよ!」

 

 耳を澄ますより前に、勢いよくドアが押し開けられた。

 元気な声とは裏腹に、おっかなびっくりロウジが部屋へ入って来る。

 その途端、ロウジの胸元から漆黒の輝きが沸き上がった。

 りぃんと、陶器を弾いたような澄んだ音がひときわ大きく響く。

 ぎょっと目を見開いた次の瞬間、音と輝きは同時に消え去った。

 

「今のは……いったい?」

「マリコさん、遅くにごめんなさい。

 ……お話に、きました」

 

 輝きの奥に、やわらかく笑うロウジがいた。

 ロウジくんの表情はとても優しいのに、瞳に強い意志を感じる。

 こわい。何かを突きつけられた気がして、マリコは思わず身をすくめた。

 

「……入って、いいですか?」

「もう部屋には入ってるじゃない。

 どうぞ、かけて」

 

 帰って。言いかけた言葉をぐっと呑み込み、ロウジくんに椅子を進める。

 年上のおねーさんとして、むげに追い返すだなんて出来ない。

 息を一つ吐いて、自分はベッドの端に腰かける。

 

「わ! 教科書これみたことある!

 なつかしいなあ、スイミー」

「地球でもサイド3と同じ教科書使ってるんだ?」

 

 勉強机の椅子にちょこんと腰かけ、ロウジが目を輝かせる。

 まったくもう。何しに来たのよロウジくん。

 机に出しっぱなしだった教科書をぱらぱらめくるロウジに、マリコはくすりと笑みを漏らす。

 

「マリコさんは何が好きなんです?」

「ごんぎつね。かわいくて切なくって……

 でも最近の授業、教科書を全く使わないの。

 印刷されたプリントを使ってザビ家のご兄弟絡みのいいお話ばっかりで」

 

 こうして小学校絡みの話がしばらく続いた。

 ロウジがけらけらと明るく笑い、マリコの話に相槌を打ってくれる。

 無邪気で、まっすぐな、わたしの大切なお友達。

 やっぱり、わたしはロウジくんが好きだ。マリコはそっと目を細める。

 

「もうロウジくん、いっそ今夜は泊まっていっちゃいなさい。

 明日の学校、いっしょに行きましょ?」

 

 何の気なしに言った言葉で、ロウジがぐっと言葉に詰まる。

 

「それは……出来ません」

「大丈夫、ロウジくんの親御にはお父さんから一本連絡してもらうわ。

 いいじゃない。たまには夜更かし……いっしょに悪い事しない?」

 

 信じられないものを見たようにくしゃっと顔をゆがめ、ロウジがゆっくり首を横に振った。

 

「マリコさんとお話しするの、すっごい楽しかった。

 けど、ダメです。ここじゃ僕の望む明日は来ないから……」

 

 冗談めかした言葉にも、ロウジの泣き出しそうな表情は変わらない。

 わたしはいったい何を言ってしまったのだろう?

 

「最初は不気味で怖かったけど、おうちでマリコさんはずっと楽しそう……

 ここがマリコさんの大切な場所だってのも、わかります」

 

 それでもまなじりを決し、ロウジがまっすぐにマリコを見た。

 気弱で内向きな心に、たっぷりの想いを込めた瞳がそこにあった。

 

「マリコさんの気持ち、とってもよくわかるんです。

 リアルではクソザコなミジンコだった僕は……

 GBNにすっごい心を救われました」

 

 椅子に腰かけたまま、ロウジがおおげさな身振り手振りといっしょに語りはじめる。

 マリコはそっと居住まいを正し、ロウジへ向かいあった。

 

「勉強も好きじゃない。運動とかミミズレベル。

 人付きあいなんてクソザコナメクジ。

 でも、このGBNでは違った。

 好きなものが似た人達といっしょに、

 ここでなら自分らしく生きられる……」

 

 そうね。ロウジくんはそうだったわね。

 真面目な顔で卑下するロウジに、マリコは優しい顔でうなずいた。

 他人に寄り添える優しさはあるけれど、喋るのが苦手で内向きな子だ。

 

「リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。

 今でもほんとは少し、僕はそう思ってます」

 

 恥ずかしそうに、それでも少し誇らしげにロウジが本音を告白した。

 あの世界は、いちばんロウジくんが自然に生きられる場所なんだろう。

 

「わかるわ、わたしだってそう……」

 

 ロウジの告白に応えるように、マリコは内心を吐露した。

 夢よ覚めないでくれと何度願ったことか。

 

「でも、ロウジくんはモブなんかじゃないでしょう。

 覚えてるわ、泣きじゃくりながら連絡してきたクリスマスのあの日」

 

 マリコはベッドから立ち上がり、優しく微笑む。

 確かに覚えている。思い出してしまった。

 自分を包む優しい夢が、少しずつ壊れていくのを感じる。

 

「リアルが苦手だとわかって、それでも懸命にもがいてる。

 その姿勢はえらいし、ホントにステキだと思うわ」

 

 マリコは自分より背の高いロウジにそっと歩み寄る。

 そのままそっと抱きしめ、背中をぽんぽんと叩いてあげる。

 

「違います。僕にはセセリアがいて、ママがいたからです。

 家は別でもパパがいて、ハサウェイだってそうなりました。

 マリコさんみたいに、外から手を引いてもらえたから、僕は……!」

 

 わたしは……どうして願ってしまったのだろう?

 わたしにだって手を引いてくれる人はいただろうに。

 またわたしはロウジくんをこんなに悲しませて。

 

「だから……!」

 

 夢から覚める時が来たのだろう。

 涙をこらえ、ロウジが顔を上げる。

 その決意のこもる瞳に、マリコは覚悟を決めた。

 

「……だから、マリコさん!

 僕とガンプラバトルしてください!」

 

 思考が一瞬、空転する。

 ぽかんと間抜けに口を開け、マリコは思わず聞き返す。

 

「ごめん、ロウジくん。

 今……なんて?」

「僕達のルブリスと、ガンプラバトルしてください!」

 

 ただにっこりと笑顔で、ロウジが宣言する。

 

「何かを賭けて?」

「いいえ、ただ……ガンプラバトルしてほしいだけです!」

 

 ロウジくんの真意はわからない。

 けれどその笑顔に嘘なんてあるはずもない。

 

「夜中に家を抜け出して遊ぶなんて、

 とんでもなくワルい大人な遊びね」

 

 くすりと笑みを浮かべ、マリコはロウジへウィンクする。

 

「はい、はっきりいって不良生徒ですね」

「言っておくけど……ロウジくん。

 この時のわたし、とっても強いわよ?」

 

 いたずらっぽく笑うロウジに、マリコは挑発的に笑う。

 多分、ロウジくんは言ってくれたのだ。

 まだほんの少し、優しい夢の中へいていいのだと。

 ならば、全力で挑ませてもらいましょう。

 わたしこそが、挑戦者だ!

 

 

 

●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説

 

・プリンセス

 

 ロウジが製作し、トロンが補修管理していたキュベレイ・BPをモデルにしたもの。

 ロウジと“仮面の父”のイメージした、強くて頼れる魔法使いが再現されている。

 そのため、AI搭載機のような挙動で自律稼働し、二人を守ろうと動く。

 性格はどうやらトロンをイメージしたものとなっているようだ。

 ロウジが主人、“仮面の父”が主人の家族として認識していた。

 ロウジ達のイメージの力が強いため、GBNでのバトルよりもかなり強いパワーを発揮している。

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