リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。   作:ゼラチナマスター

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【注意!】
今回の冒頭、あれ、読み飛ばした? って思う展開から始まります。
理由は多分わかるように書いているつもりなので安心して読み進めて行ってくださいませ。

次回は10/12(日)となります。
書き溜めが尽きる前に何とかいいところまで……



ミッション6-4 新生活で挑戦しよう!

 

 ログアウトした先でロウジが見たのは、見覚えがあるようで知らない天井だった。

 

「ロウジ、ちょっと、ロウジ……」

 

 寝ぼけた意識にノックの音とママの声が響く。

 ママ、うるさい。今日は夏休み。もうちょっと寝かせててよ。

 まどろみの中、ロウジはのんびりぼやく。

 

「起きなさい。初日から遅れちゃうわ」

 

 あ、そうだ……夏期講習申し込んでもらったんだった。

 安い金額じゃないんだってママ話してた。

 起きなきゃ。“卒業”した“わたし”は勉強頑張るんだから……

 気合を込めて、ロウジは布団を撥ね退ける。

 

「おはようわたし!」

 

 大声で叫び、まどろみ気分を吹き飛ばす。

 途端に違和感が四方八方からにじり寄る。

 天井を見上げ、部屋を見回し、ロウジは首をひねる。

 枕元のかわいいアッガイぬいぐるみ、ガンプラがこっそり置かれた大きな勉強机、出しっぱなしのダイバーギア……

 うん、確かに見覚えある。けれどここ、知らない部屋だ。

 

「いきなり叫ぶのやめなさい。

 まったくもう……」

「はぁい、ママ」

 

 ドアを開け、あきれ顔でトロンがロウジへ言う。

 あ、今日はSDのアバターじゃないんだ。ママの格好にロウジは笑う。

 とげとげでてかてかのショートパンツとチューブトップが目に痛い。

 そうだ、わたしも着替えなきゃ。

 我が身を顧み、ロウジは気づく。

 あれ、もう制服じゃん。着たまま寝ちゃってたのか。

 

「ほら、早くいってらっしゃい。

 編入初日から遅刻はダメでしょ?」

「え、もうそんな時間?」

 

 そっか、遅刻しそうなら急がなきゃ。

 かすかな違和感を抱いたまま、ロウジはぼんやりと時計を見やる。

 その時、背後でガラスを何か硬いものが叩く音が響いた。

 硬質で、リズミカルな音。たぶんベランダへ通じるガラス戸だ。

 んもう、いったい何さ。ここ3階だよ?

 振り返った視界に移るのは、ロウジの頭半分ぐらいあるでっかい指、そしてでっかい手があった。

 大きな指の大きな手が器用にガラス戸を押し開ける。

 とっても見覚えのあるマニピュレーター、見たことのない景色がそこにあった。

 

「……ぇ。嘘でしょ。

 ルブリス・GK(ガーディアンナイト)!?」

 

 入道雲が遠くに見える真夏特有の青空をバックに、巨大な18mサイズのガンプラが膝をついていた。

 片膝立てた膝付き駐機姿勢で、ロウジの愛機がマイホームの外でフレンドリーに手を振っていた。

 ワンオフタイプのルブリスの白と淡いピンクの各部パーツに、メタリックな腕と足の増加装甲。

 見間違えるはずもない。大切な幼馴染の作ってくれたわたしの、僕のガンプラだ。

 なんでここに、いったい誰が?

 そんな疑問へ答えるように、胸部のコクピットハッチが勢いよく押し開かれる。

 

「おっはよロウジ。

 ほら、遅刻するぞー?」

「……セセリア!?」

 

 幼馴染のセセリアがコクピットから上半身をのぞかせ、にこやかに手を振っていた。

 そっか。夏期講習に遅刻しそうだから、わざわざ迎えに来てくれたんだ。

 浮かび上がる小さな違和感を、喜びの感情が押し流す。

 デスクに置かれたカバンを肩にかけ、ベランダへ歩み出る。

 ベランダを乗り越え、ルブリス・GKの右腕を伝ってコクピットへ向かう。

 危なっかしい足取りのロウジの手を、セセリアががっしり掴んでコクピットへ引っ張り込んでくれた。

 

「ありがとセセリア」

「どういたしまして。

 狭いけど、ちょっと我慢してね」

 

 ううん、ほんとに狭い。見覚えしかないコクピットでロウジはぼやく。

 そうだった。ルブリス・GKは複座じゃないんだった。

 セセリアが無理やり身体を奥にずらし、メインシート裏で体を固定してる。

 耳にセセリアの息がかかりそう。気取ったトニックと制汗スプレーの香りが鼻をついた。

 

「システムチェック、オールグリーン。

 オールウェポンシステムフリー。

 フライトモードでアイドリング開始」

 

 メインシートに腰を下ろし、コクピットハッチ閉鎖。

 手慣れた動きで指がコンソールを叩き、愛機の状況をチェックする。

 レーダー、モニター共に問題なし、上空に機影なし。

 自然と笑みが漏れる。狭いコクピットにいるのに全能感と開放感がロウジの身を包む。

 ガンプラに乗ったら、僕は自由だ。

 

「いってらっしゃい、ロウジ。

 ガンプラで事故っちゃダメよ?」

 

 ベランダから手を振るトロンの声を収音マイクが拾った。

 ほんっとにママってばいつまでもドジっ子扱いする。

 融合炉グリーン、スラスター並びにアポジモーターオールグリーン。

 各部指差し確認おっけー!

 トロンの心配性をくすりと笑い、ロウジは愛機の操縦桿を軽く握りしめる。

 

「はいはい。

 いってきます、ママ!」

 

 行こう、自由な空へ。

 ブーストボタンを押しこめば、体がぐっとシートへ押し付けられる。

 視点が一気に高くなる。

 いつも見た家から駅までの景色も、空から見ればまるで違って見える。

 

「ロウジ、頼むからあんま揺らさないでね!」

「行くよ、セセリア。

 捕まってて!」

 

 ルブリス・GKが青い空を飛ぶ。「」

 かすかに心に残る違和感といっしょに、見慣れた景色があっという間に後方へ流れていく。

 

「やっぱ、ガンプラ通学は最高だね」

 

 鼻歌を口ずさみ、ロウジは呟く。

 新たな世界へ挑むときって、やっぱりいつも心が高揚するものだった。

 

 

 

 業務の引継ぎは重要だ。

 けれど常に万全の引継ぎが出来るわけではない。

 

「以上が“強敵グエル”ミッションにおける全バトルのデータです。

 あくまでこれは前例の一つであり、全て踏襲する必要はないと存じます。

 ご査収のほどよろしくお願いいたします」

「おおきにやで、ボブ。

 ジブンの仕事は堅実でいつも助かるわぁ」

 

 生真面目なボブの言葉に、エセリアはきさくに言葉を返す。

 ここはGBNの運営専用サーバーのマスタールーム。その応接スペースだ。

 狭い部屋を臨時で貸し切り、エセリアは同僚のボブから業務の引継ぎを受けていた。

 

「ジブンほどうまくやれるへんやろけど、なるたけ頑張ってみるわ。

 なんか新しいプロジェクト任されたんやろ?

 気張りや、ボブ!」

「はい。

 現在テスト中のオフライン版GBNのサーバーを任せていただきました。

 環境構築に成功し、テスターの方によるβテストを開始しています」

 

 ボブの急な異動に伴う難関ミッションの閉鎖を受け、運営は後任探しを急いでいた。

 当面の高難度バトルはサブマスターや有名ダイバーによる臨時ミッションを充てる。

 その一の矢を託されたのがエセリアなのだった。

 

「ほぉぉ、噂では聞いとったけど、オフラインで独立サーバー作ってゲームするんか。

 なかなか大掛かりな仕事任されとるやん」

「はい。うまくプロジェクトが軌道に乗れば本格的に稼働開始するそうです。

 他の”ヒトツメ”達の就職先となるかもしれません」

 

 配置替えとは聞いとったけど、なかなかオモロそうな仕事やん。

 ボブの説明に、エセリアは感心しながら頷く。

 オフライン用のサーバーを丸々一つ任されたということは、

 NPCの運用、ミッションの作成、全てをボブが取り仕切るのだろう。

 

「カツラギの期待に応えられるよう尽力致します」

「ほんま固いなジブン。

 気楽にやりや、ジブンなら大丈夫やで!」

 

 エセリアはにやりと笑ってきさくにボブの背を叩く。

 だがボブは硬い表情でエセリアを見やり、問い返してきた。

 

「大丈夫だなんて、何を根拠に」

「付き合いは短いけど、同じ運営側でサブマスターやん。

 仕事の実績的にはウチより先輩で、めちゃめちゃな量こなしとるやろ?」

 エニルはんもトロンちゃんもボブのことはよー褒めとるしな」

 

 うーん、能力は問題ない思うんやけど、メンタル面が心配やな……

 明るく根拠を述べながら、エセリアは心中でボブをこっそり気遣う。

 一流のアスリートだろうと、メンタル不調はパフォーマンスに悪影響が出るのだ。

 AIとして作られたボブだろうと、実際に判断速度や反射速度の低下を招いている。

 

「エセリア、一つ聞かせていただきたい」

「スリーサイズは内緒やで。

 ……どしたん、話聞こか」

 

 反射的に小ボケを一つ挟んでから、エセリアは慌てて真面目な顔でボブへ向き直る。

 たっぷり30秒ほど逡巡した後、ボブが恐る恐る問いかけてきた。

 

「あなたにとって私は何に見えますか?」

 

 ジブンは何を言うとるんや?

 すごく間抜けな顔をした自覚がある。

 ボブの問いかけはエセリアにとってだいぶ想定外のものだった。

 

「わたしはAIですか? それとも……人ですか?」

 

 アカン、ヤバい。

 ぞっと音を立てて全身の血の気が引く音が聞こえた気がした。

 前にツレに『私とガンプラどっちが大事なの』って問われたことを思い出す。

 ボブ、そこまで追い詰められとったんか。

 多分これ、普段のコミュニケーション失敗が積み重なって出てくる選択肢や。

 どっちを選んでも地雷のヤツやろ……!

 

「……あー、ボブの望んだ答えやないとは思うんやけどな」

 

 エセリアは真剣な表情でボブへ対する。

 正直、ボブのことをどちらと意識したことはなかった。

 このGBN内で接する以上、まるで人間と変わらない相手だ。

 そして自分には不可能な量の膨大な業務を堅実にこなす頼れる同僚なのだ。

 

「ボブはどっちでありたいんや?」

「私は……ですか?」

 

 エセリアはボブの問いにこちらも質問で返した。

 逃げたつもりはない、これが一番誠実なつもりだった。

 なにせボブの望んだ解答を返してやれる自信などまるでない。

 

「ボブがありたい方になればええ。

 その望みをカツラギさんに伝えるんや。

 カツラギさんが無理でも、ウチには伝えや。

 そしたらボブの望みを出来るだけ尊重するよう気張るわ」

 

 笑顔で言い切りながら、背中に冷や汗がいっぱいに浮かぶのがわかる。

 精一杯の誠意は込めた。エセリアは緊張しながら返答を待つ。

 

「今、わたしはその答えを探している最中です」

 

 はたしてボブは晴れやかな顔でエセリアに応えた。

 ようわからんけど、少なくとも大ハズレは引かんかったみたいやな……

 膝から崩れ落ちそうな安堵に、エセリアはなんとか耐えた。

 

「答えが見つかり次第、カツラギとあなたへ伝えます。

 今のカツラギはとても忙しいでしょうから」

「……ボブ、くれぐれも無理だけはしんときや」

 

 あまりにもすっきりした顔でボブが言う。

 エセリアはそんな心配を口に出すことしかできなかった。

 

「大丈夫、必ずやり遂げてみせます。

 こう見えて私、いつになく調子がいいんです。

 それでは後を頼みます……エセリアさん」

 

 エフェクトを残し、ボブが運営サーバーから退出する。

 エセリアは応接スペースでぐったりと椅子に身を預けた。

 めんどくさいクライアント相手の数倍疲れる体験だった。

 

「とりまカツラギはんに上申……いやまずはトロンちゃんやな」

 

 天を仰いで呟き、エセリアはがばりと身を起こす。

 ボブは心配だ。だがあのボブにどんな言葉を投げかければ良かったと言うのか。

 解答を自己採点しようにも、模範解答がわからない。

 

「悩める人工知能の相談に乗るなんて、貴重すぎる体験やで……」

 

 まったく、とんだレアミッションや。

 心中でぼやきながら、エセリアは資料を小脇に応接スペースを退出するのだった。

 

 

 

 小さな違和感が心の中で無数に溜まっていく。

 けれど積み上がる前に怒涛の情報量に押し流され、まったく形にならない。

 

「どう言うつもり?」

「だぁから、謝ったじゃん!

 知らなかった、気をつけますってさ」

 

 脅すような声に、ロウジが語気荒く言い返す。

 珍しい。だいぶロウジ、ムッとしてるじゃん。

 外部スピーカーで会話しながら至近距離で睨み合う二機のガンプラを間近で見上げ、セセリアはこっそり苦笑した。

 

「一般科に編入生が来るとは聞いてたけど。

 まさかガンプラ持ちとはね!」

「僕はロウジ・チャンテ。

 足元のあの子がセセリア・ドート。

 多分僕らがその編入生だけど、だから?」

 

 絡まれてる方がロウジとルブリス・GKだ。

 因縁をつけてる方が多分在校生、水星の魔女の量産型ディランザのカスタム機だろう。

 周りではセセリアと同じ制服を着た年頃の学生達が、睨み合うガンプラ達を物見高く見守っている。

 

「一般科が選抜科に逆らうなんてさ。

 この学園の序列、教えてたげないとね」

「あ、はい。優しくお願いします……?」

 

 ここは目的地のガンプラ学園、その横に併設された大きなガンプラ駐機場だ。

 関西地方の山間部に開かれた校舎の横、ガンプラ通学者用の大きな駐機場が併設されていた。

 所狭しとガンプラが並ぶ中、ロウジが空いた場所を見つけて駐機しようとした。

 ところがそこは既に先約あり。ルール違反だととがめられたのだ。

 

「LP017、フェルシー・ロロだ。

 ロウジ・チャンテ。お前に決闘を申し込む!」

「え、決闘……ガンプラバトル?

 やる、やるよ!」

 

 そっちの方向行っちゃう!?

 強引な展開に目が点になるセセリアの前で、ロウジがうきうきと決闘を受諾する。

 途端にやかましいサイレンが鳴り響き、周囲に黄色いバリアーエフェクトが発生する。

 

『こちら、ガンプラバトル実行委員会!

 決闘が受理されました。

 当事者以外の皆さんはバトルフィールドから退避してください』

 

 放送が流れた途端、周囲の学生達があれよあれよと散っていく。

 駐機されたガンプラ、遠くに見える校舎を黄色いエフェクトが覆う。

 多分あれ、流れ弾防止のバリアーってことか。 

 ボク関係者だけど、どうしようね。

 足元で悩むセセリアの手を、駆け寄ってきた誰かがさぐいと引く。

 

「退避しなさい、死にたいの!?」

 

 あ、そう言う感じの世界観なんだ。

 どこか見覚えある女生徒からガチめの叱責を受け、セセリアは大人しく手を引かれて走り出す。

 こちらを目で追うルブリスのメインカメラに手を振り、セセリアは女生徒を追いかけた。

 バリアーエフェクトの向こうに学生達が集まっているのが見える。多分あそこが避難所だ。

 大扉サイズのエフェクトの隙間を抜けた女生徒に続き、セセリアは避難所へ飛び込む。

 

「2-B普通科整備班のアリヤだ。

 全員バトルフィールドより退避完了した。

 レギュレーション掲示!」

 

 あ、やっぱし。水星の魔女のアリヤちゃんじゃん。

 女生徒アリヤが声を張り上げ、テキパキとした指示を飛ばしながら機器に囲まれたテーブルの前に座る。

 

「キミもこっち!

 あの子の関係者なんでしょ?」

「あ、はい。

 おじゃましまーす」

 

 アリヤにぐいと手を引かれ、セセリアはアリヤの隣の椅子へちょこんと座る。

 アリヤが機器を操作し、澄んだ声で手元の機器へと言葉を発した。

 

『ただいまより決闘を開始します。

 選抜科操縦班、フェルシー・ロロ。

 レギュレーションを選択してください』

 

 アリヤの声がバトルフィールドへ放送される。

 あ、これ、要するに実況席じゃん。

 すっと腑に落ち、セセリアは安心して決闘に挑むガンプラ2機へ目を向けた。

 

「ハンデだ、レギュレーションは選ばせてやるよ。

 どれでも好きなのを……」

「レギュレーション、オールウェポンフリー!」

 

 うん、ロウジならそうだよね。

 余裕ぶったフェルシーの言葉を、ロウジが途中でぶった切る。

 

『レギュレーション受諾、オールウェポンフリー。

 勝敗はガンプラ頭部の大破もしくは操縦者の気絶によって決する。

 両機、サークルが指定する開始位置へ!』

 

 アリヤがよどみなく宣言し、両機が移動を開始する。

 フェルシーのディランザが泰然と移動し、ロウジのルブリス・GKが囲を見回し、見つけたサークルへと空から移動する。

 バリアフィールドに包まれた戦場はどうやらかなり広いらしい。

 

「その自慢のガンプラの装甲……

 ガルムの爪で、切り刻んでバラバラにしてやるよ、編入生!」

「ロウジって名前があるんですけど!」

 

 目視では互いに見えない距離まで移動し、両機がサークル上で武器を構える。

 目の前の大型モニターに映るレーダー反応を眺め、セセリアは余裕顔で腕組みする。

 

「今日は編入生だが、明日からはただの新入り。

 覚える必要、どこにある?」

「じゃあ、この決闘に勝って、

 僕の名前を憶えてもらいます!」

 

 移動中もフェルシーとロウジの舌戦は終わらない。

 セセリアはけらけら笑うが、横でアリヤがため息をついていた。

 

『両者へ宣誓書配布。

 黙読願います』

 

 アナウンス後、マイクのスイッチを切ってアリヤがセセリアへ向き直る。

 

「今からでもあの子にごめんなさいさせたら?

 初日に選抜科となんでもありルールで決闘。

 ……正気の沙汰じゃないよ!」

「そっか、フェルシーさん強いんだ」

 

 セセリアをにらみ、アリヤが言ってくる。

 ムリムリ、あーなったロウジは止まんないよ。

 たぶん100%善意なんだろうけど、セセリアはのんびり首を横に振った。

 

「当たり前じゃない!

 この地方のガンプラバトルの上位層が特待生として集まったのが選抜科、いわばガンプラバトルのプロよ。

 たとえ通学にガンプラを使うぐらい慣れてたって、普通科が選抜科に勝てる訳……」

 

 なんてフラグまみれのセリフだろう。

 きっとフェルシーも強いんだね。でもロウジだって強いんだよ。

 確信を胸に、セセリアはアリヤへおどけてウィンクしてみせる。

 

「はたしてどうかな。

 だって、ロウジは……“特別”だから」

 

 勝利を確信しながら、セセリアは胸を張って断言する。

 ボクはロウジが自由に羽ばたく姿を、特等席でずっと見て来たんだよ。

 

「忠告はしたぞ?」

 

 盛大なため息を残し、アリヤがマイクを握りしめる。

 

『両者、宣誓!』

 

「主張は常に公正のもとに」

「騒乱は常に……法?の……もとに」

 

 フェルシーとロウジの宣誓がバトルフィールドへと響き渡る。

 

「「汝の意志を調停にかけよ!」」

 

『フィックス・リリース!』

 

 宣誓と同時に、アリヤが声高らかに宣言する。

 さぁ、チュートリアルだぞ、がんばれロウジ。

 セセリアは余裕を胸に秘めた、静かにガンプラバトルを眺めた。

 そしてバトルはやはり、予想通りの結末を迎えたのであった。

 

 

 

 胸が苦しい。ハートのどこかがきゅっと締め付けられているみたいだ。

 スペースノイドだって、電子生命体だって、これほど焦燥に身を焼くことはあるらしい。

 

「落ち着きなさい、マリコ。

 あなたまで冷静さを失ったら終わりよ」

 

 GBNへアバターが生成されるのを感じながら、マリコはことさらゆっくりと呟いた。

 時刻は夕方少し前、土日の開けた平日の月曜日だ。

 今は容易ならぬ事態だが、焦って解決することなどなにもない。

 

「あ、ちょいマリコちゃん。

 カツラギはんとトロンちゃん知らん?」

 

 マリコのアバターが生成されたのは運営専用サーバーの外来用廊下だった。

 入るなり、困り顔のエセリアからメッセージが飛んでくる。

 少し遅れてエセリアのアバターが廊下の向こうに生成されるのが見える。

 

「二人に相談あるねんけどな、

 メッセージへの既読がつかへんねん。

 トロンちゃんと同居やろ、何か知らへん?」

「お疲れ様、エセリアちゃん。

 ちょっとトロンはリアルにつきっきりなの。

 しばらく身動き取れないと思うわ」

 

 食い気味のエセリアに、マリコは平静を装い説明する。

 たとえサブマスター達でもまだ事情の詳細は伏せるよう言われている。

 

「……ははー? カツラギはんの不在もその関連かいな」

「ノーコメントでお願い。

 ただ、きっと後でエセリアちゃん達にも頼らせてもらうはずよ」

 

 さといエセリアは何かを察してくれたらしい。

 にやりと笑い、エセリアが静かにうなずく。

 

「あいさ、りょーかい。

 今の段階でウチに何か出来ることあるんか?」

 

 たぶん親切心だ。エセリアの言葉にマリコは少し考える。

 

「ん……そうね、もしGBN内でロウジを見かけたら、

 必ず情報提供をお願い。掴まえられたらなおよし」

「……家出少年の捜索かいな」

 

 笑うかどうか悩んだ顔でエセリアがうなずく。

 実際それで大体あっているのだから困りものだ。

 エセリアに会釈し、マリコは運営サーバーから移動する。

 行く先はいつもの一般のPVPありサーバーだ。

 アバターが生成され、視界が開ける。

 高めの湿度と気温に包まれた地球、南米エリアの大気がマリコを出迎える。

 

「あがー」「あっがー!」「あがー!」

 

 笑顔で手を振る顔見知りのアッガイ達に挨拶しながら、目的の相手を話す。

 アッガイ達は結構いる。平日だが学生は夏休み、きっとアッガイの何人かはそういう若い子たちだろう。

 いた、先輩達と一緒に愛機ベアッガイさんを整備中のプレーンなアッガイくん。

 

「ハサウェイくん、ごめんなさいちょっと!」

 

 人間サイズのアッガイが18m級ベアッガイさんのコクピットからひらりと身を躍らせた。

 ぼすっと軽い音とともに着地し、腰を払ってアッガイが起き上がる。

 そしてアッガイのアバターが魔法みたいに姿を変え、ハサウェイになる。

 

「どうしたんです、マリコさん」

「ごめんなさい、トロンから緊急要請!」

 

 困ったような顔のハサウェイに、マリコは前置きなしに本題をぶつける。

 嘘偽りなし、掛け値なしの緊急事態なのだ。

 

「……トロンさんから?」

「ここじゃ話しにくい事なの。

 リアルで電話かけるから、ログアウトお願い……!」

 

 ハサウェイが真剣な表情で頷いてくれるのを確認し、マリコはリアルワールドへのログアウトを実行する。

 ひとまずGBNでのメッセンジャーのお仕事は完了だ。

 それでもマリコの心臓の鼓動は一向に落ち着きを見せない。

 

 ずしりとリアルの重力がガンプラサイズの身体にずしりとのしかかってくる。

 不安げなトロンの顔が、モビルドールのマリコの視界へ入ってきた。

 しんと静まり返った夜の地球の町、周囲にはいくつも自動車が駐車されている。

 ここは地球、駐車場に止められたトロンの愛車、ワンボックスカーの後部座席だ。

 ゆったりと広めな車内の後部座席に、ベビーシートみたいなモビルドール用座席が設置されていた。

 

「ハサウェイくん、すぐログアウトしてくれるそうよ」

「ありがとう、マリコちゃん。

 すぐ電話変わるから、事情の説明だけお願いできるかしら?」

 

 憔悴した様子のリアルのトロンが、気丈に笑顔を浮かべて見せる。

 マリコはうなずき、固定したスマホスタンドを触り、ハサウェイの連絡先を確認する。

 まずはハサウェイと合流して、それから……

 焦りに空回りそうな気持を落ち着かせながら、マリコはスマホをタップする。

 着信音が留守電に変わる直前、声を抑えたハサウェイのリアルの声が聞こえてきた。

 

「もしもし」

「ごめんなさいね、急に呼び出して」

 

 自然と声を潜め、マリコはハサウェイへ事情を説明し始めるのだった。

 

 

 

 きっとロウジ、凹んでるだろうな。

 卒業して新生活の第一歩からつまづいて入院中だなんて。

 マリコさんからのお見舞いの誘いを快諾し、ハサウェイは心の中でそう呟く。

 

「今日はありがとうね。

 ”ハサウェイ”くん。

 ……あ、違うわ、ごめんなさい」

「いえ、ダイバーネームで大丈夫です。

 オレも”トロン”さんって呼ばせてもらいます」

 

 ここはGBNでなく、リアルの地球だ。

 ロウジの卒業と挨拶回りが終わった次の日のお昼過ぎ。

 リアルネームで呼ぶべきだったと慌てるトロンに、ハサウェイは穏やかに言葉を返す。

 情報量が多くて混乱しているのは自分も同じだ。

 GBN内のダイバーネームで呼ぶ方が自然に呼びかけられる。

 

「では、改めて……

 ごめんなさいね、”ハサウェイ”くん。

 急にこんなところまで来てもらって……」

「いえ、大丈夫です。

 お見舞いさせてもらえて、友達として嬉しいです。

 母は出張中なので、うるさく言われることもないですし」

 

 トロンは恐縮しきりだ。それも無理はないとハサウェイは思う。

 あの元気なロウジが入院とか、そりゃトロンさんも心配だろう。

 リアルで見るトロンは、リアルのロウジの背丈を伸ばし、落ち着きを足したような雰囲気だった。

 ロウジのママさんと、こんな形で会いたくはなかったな。

 焦りや戸惑いに疲れをにじませるトロンの様子に、ハサウェイは心を痛める。

 

「事情を説明し終えたら、ご飯ぐらいおごらせてちょうだい。

 せめてそのくらいはさせてほしいの」

「わかりました。ごちそうになります」

 

 先を行くトロンの足音が、清潔感ある施設の廊下に響き渡る。

 入口そばの受付には人がいたが、周囲は静まり返って人気がない。

 ここはリアルの地球、関西地方のある病院、その離れにある別棟だった。

 

「ここって、行きつけの病院なんですか?」

「いいえ、カツラギの紹介よ。

 普段使いにはちょっと手が出ないわね」

 

 ひょっとして、訳ありの人を預ける病院なんだろうか。

 入院絡みの事情を詳しく聞いていないまま、ハサウェイはそう推測する。

 送迎に来てくれたトロンの車も人気のない駐車場に止まり、

 この廊下に至るまで、ハサウェイは受付以外では誰とも顔を合わさずに来ているのだ。

 

「それで……マリアはいったいどんな状態なんですか?」

「……一言では、ちょっと説明し辛いの」

「……ごめんね。

 見てもらった方が多分よくわかるわ」

 

 トロンの肩に乗ったマリコが、病院に来てから初めて口を開いた。

 空気が重く、よどんでいる。

 かわいがってくれた祖母が急死した時を思い出し、ハサウェイの心に不安が忍び寄る。

 

「……この部屋よ。中でパパがついていてくれるわ」

「ちょっとショッキングかもしれないから覚悟はしてね。

 心の準備はいい?」

 

 トロンとマリコが続け様に言葉をかけてくる。

 覚悟も何もない。どうしようもない時は事態を受け入れるしかない。

 大きく深呼吸し、ハサウェイは二人へ告げる。

 

「はい、大丈夫です」

「パパ、入るわよ……」

 

 トロンが小さくノックし、病室の扉をそっと引き開ける。

 奥にカーテンのかけられた窓がある、ごく普通のちょっとお高い目の個室病室だった。

 手前にある患者の家族用の大きめの長いすに、見知らぬ男性が腰をおろしている。

 多分アレがロウジのパパさんなんだろう。

 無言で会釈し、ハサウェイは部屋の奥へ目を向ける。

 

 こまごまとしたものを置くための棚やテレビの横に、大きめのベッドが二つ横並びで設置されている。

 そこにかわいらしい少女と背の高い少年が二人、寝かされている。

 性別がGBNとは逆、リアルのロウジとセセリアだ。

 目を閉じて、眠っているように見える。

 だが二人には様々な管やチューブが繋がれ、なんとも痛々しい。

 多分アレは点滴だ。それにあの機械はなんだろう。

 静かに規則正しく波打つあの機械は心電図だろうか。

 

「ロウジ……セセリア?」

 

 なんだ、これは。

 想像と違う光景に、ハサウェイの声が小さく震える。

 見ればわかるとはどういうことだ。

 かすれた声でハサウェイはトロンへ問いただす。

 

「……なんです、これ?

 二人はどうしたって言うんです?」

 

 ロウジの天真爛漫な声が出迎えてくれると思っていた。

 病院着姿のロウジと言葉をかわし、慰めて励まして終わるつもりだった。

 あの人懐こいロウジが、友達のお見舞いにお休みしたままだなんてありえないじゃないか。

 それどころか、セセリアもいっしょに入院中?

 

「呼吸をして、生命活動している。

 けれど、二人とも目を覚まさないの。

 あなたと別れ、ログアウトしてからずっとよ」

 

 あそこでオレが、二人を見送ってから?

 自分を包む世界が、落としたガラス灰皿みたい音を立ててひび割れた気がした。

 ぐらりと世界が大きく揺らぐ。

 おかしい。そんなのおかしい。

 そんな奇病、あるはずがない。

 

「冗談はやめて。

 皆してオレをからかっているんでしょう!?」

 

 引くぐらいヒステリックな叫びが、ハサウェイの口からこぼれる。

 トロンが、マリコさんが、ロウジのパパさんが無言で辛そうに口元を引き結ぶのが見える。

 二人が横たわるベッドにふらつく足取りで歩み寄り、ハサウェイは二人の様子を見守る。

 身体中につながった管がなければ、ただ穏やかに寝ているだけにしか見えない。

 今にも起き上がって明るく声をかけてくれるんじゃないか。

 

「ロウジ、セセリア。

 起きてよ。

 こんなドッキリ、ひどいよ!」

 

 またね。って約束したじゃないか。

 またいつでも会えるよって別れたじゃないか。

 あふれる涙が眠るロウジへこぼれ、その手を汚す。

 

「二人が、何したって言うんだよ!」

 

 ハンカチで拭うために掴んだロウジの手は、ちゃんと暖かかった。

 でも、ロウジは目覚めない。

 それがあまりに無情すぎた。

 叫びが、涙が止まらない。

 慟哭を病院に響かせ、ハサウェイは自分の無力をかみしめるほかなかった。

 

 

 

『だって、ロウジは特別だから』

 

 こともなげなそのセリフが、やけに癇にさわった。

 青年は心の中で舌打ちしながら、スマホの画面を睨みつける。

 セリフの主は今日編入してきた普通科の学生の片割れ、セセリアだ。

 

「”特別”ときたか。

 随分おごった物言いだな」

 

 編入生と選抜科のバトルが突発したのは今朝の事だった。

 何気なく再生した動画ログの冒頭で、青年は実況席で呟かれたセリフを聞いた。

 わざわざ動画ログを一通り確認したのは、その苛立ちあってのものだろう。

 

「すんません、確かに驕りがあったかもしれないっス」

「いいや、フェルシー。

 お前に油断があったとは言えんさ」

 

 バトルの敗者、フェルシーが小さくなって声をかけてくる。

 同じ選抜科の人間として、青年は穏やかに言葉を投げかける。

 あながち過大評価とは言えまい。確かに動画で見るロウジの腕前は見事なものだった。

 

「選抜科の”切り込み隊長”が近接戦で負けた。

 その意味を軽視する事など出来んさ」

「ますますめんぼくないっす」

 

 だが、ただ強いだけの人間なら幾らでもいる。

 ”特別”と称するには、画面越しでは判らぬ何かがきっとある。

 しょぼくれるフェルシーの肩を叩き、青年は自信ありげに笑う。

 

「つまり、俺が出てみるにふさわしい相手って事さ」

「ケチョンケチョンにしてやってください、グエル先輩!」

 

 フェルシーがぱっと表情を輝かせる。

 スマホの向こうで得意げに笑うロウジを睨み、青年……グエルは牙をむくように笑う。

 

「見定めてやろうじゃないか。

 このグエル・ジェタークが」

 

 俺と戦ったその後も、果たしてお前は”特別”で入れるかな、ロウジ・チャンテ?

 笑顔の下に暗い情念を漂わせ、グエルは心の中でロウジへの挑戦状をたたきつけた。

 

 

 

●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説

 

・カツラギがツテのある病院

 

 本作独自の設定である。

 ビルドダイバーズリライズで起こった通称“惑星エルドラ事変”、

 惑星エルドラへダイバー達がガンプラと共に召喚された事件において、

 シドー・マサキと言う青年が昏睡し、目覚めない事件があった。

 ダイバーがGBNプレイ中の昏睡した。非常に外聞の悪い事件である。

 GBN運営は同様の事例に備え、各地に患者を秘密裏に入院と治療を行える病院を準備していた。

 ロウジとセセリアが入院したのはその関西地方の病院の一つである。

 

 

 

 

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