リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。 作:ゼラチナマスター
ドラクエやら日本シリーズやらいろいろ充電したうえ
次回一回お休みをいただき、次は11/9(日)の19時となります
見上げる夜空で、月と星がやたらキレイにまたたいていた。
「うん、またガンプラ大破しちゃって。
ハンガーに泊まり込みで改装だよ。
だから帰らない。ごめんね、ママ。おやすみなさい」
夜になると、日差しがない分少し暑さはマシだ。
静寂に響くロウジの電話の声をぼんやり聞きながら、セセリアは変わらない星空を眺める。
朝起きて学校に通ってガンプラでバトル。のんびりとした毎日を繰り返し、日々はあっという間に過ぎていった。
「おっけーセセリア。
毎度毎度の言い訳タイムかんりょー!」
電話を終えたロウジが小走りに駆け寄ってくる。
明るく室内灯の灯った小部屋にロウジを招き入れ、セセリアは声をかける。
「今の、ニセモノのトロンさんから?」
「うん、今折り返しがあった。
そんなとこだけ再現リアルぅ」
おっきめのソファに二人横並びで腰かけ、ロウジがスマホをしまってぼやく。
今は放課後どころか夜の夕食後、日付が変わる前の時間だ。
ここは謎の異空間、ガンプラ学園の体育館横、そこに併設されたガンプラ改修用の大型ハンガーだ。
ガンプラ2機ぐらい駐機出来るぐらいの広いスペースと、作業員休憩用に事務所くらいの小部屋がついている。
「うちのニセオフクロからは折り返しないんよね。
放任主義だけ再現しなくていいのに」
「……ママの姿と声や喋りが再現されてるのはすごいよね。
セセリアの方はほら、おばさんがGBNでのアバターないからじゃない?」
この世界に入ってから、体感で一週間が経過した。
いくらリアルが夏休みだからって限度がある。
正直、セセリアだって焦り始めていた。
ログアウト出来ないままの日々で、外の世界はいったいどうなっているんだろう。
「……おばさん、めちゃめちゃ心配してると思うよ」
「師匠だってかわいい娘が音信不通で半狂乱なってると思うよ」
しょんぼり顔のロウジの背中をぽんぽん叩き、セセリアはにっこり笑う。
けれど、焦ったところで何も変わらない。
一歩ずつ進んでいくしか出来ることは多分ない。
「それで、味方なってくれそうな人はいた?」
「うーん……正直、ニセモノさん達は望み薄かな」
この一週間、もちろん無駄な時間じゃない。色々調べてわかったこともいくつかある。
たとえばさっきロウジが電話で話したトロンは、残念だけどトロン本人。ロウジのママそのものじゃない。
声としゃべりは確かにトロン本人のものだが、多分このサーバー用にアバターだけを流用したNPCなんだと思う。
「フェルシーも味方にはなってくれそうにないなぁ、
何回かバトって仲良くはなったんだけど。
多分、ダイバーなのは僕らだけじゃない?」
「……そうだね。
しっかりキャラは作られてるけど、いい意味でも悪い意味でも個性を感じない子ばっかりだ。
みんなすっごくお行儀の良い子たち」
警戒していた、選抜科の闇討ちや一般科のイヤガラセとかももなかった。
ほとんどが毒にも薬にもならないガヤガヤしたモブキャラばっかり。
見覚えのあるキャラ達の中で目立つのは、フェルシーとアリヤくらいだろうか。
多分フェルシーやアリヤはネームドクラス……役職ありみたいな大事なNPCみたいな扱いなんだと思う。
「アリヤもかわいいけど、味方としては期待出来なそうかな」
「えー。あんなにデレデレしてるのに。セセリア冷酷ぅ」
戦う以外の手段も色々試してみた。
放課後に町中でデート……のふりをしてログアウト用のゲートがないか探してみた。
ルブリス・GKの相乗りでデート……というていでどこまでいけるか試してみた。
電車を乗り継いでどこまでいけるかも試してみた。
残念ながら出口は見つからなかった。
ここはだいたい関西の近畿地方ぐらいの広さに区切られた箱庭世界だとわかったのが収穫だろうか。
「やっぱさ、グエルを倒すしかないと思う」
「だよね〜! あからさまに特別だもん。
強いし、僕を嫌ってるし。
倒すことがトリガーで何かイベントおきそうな相手だよね」
セセリアの言葉に、ロウジがぐったりとソファの背もたれに体を預ける。
強敵として認めてはいるが、グエルが向けてくる敵意に気後れするところはあるのだろう。
あの敵意はこの世界でオンリーワンのものだ。
ラスボスとは限らないが、倒せばフラグ成立して変化がある、セセリアはそう確信している。
「……よっし、ロウジ。
おざなりな改修で悪いけど、次はこのセットを試してみてくれる?」
「おっけー、トライアルアンドエラーだね!」
明るいロウジの声に、セセリアはほっと息をはく。
正直、状況は絶望的だ。先の見通しなんてまるでない。
味方はいなくて孤立無援、脱出する希望は、めちゃつよボスへの勝利だけ。
「……多分ちょっとこれは厳しいと思う。
機体とキミの方向性を探るのも、ぶっつけ本番だから」
「だいじょーぶ。
勝ち目の薄いバトルだって楽しいもんさ」
グエルに大破させられたルブリス・GKを修理し、この一週間バトルは重ねてきた。
豊富に用意された換装パーツを使用し、武装を増やしたりもしてみた。
フェルシーと二度、選抜科の他の面々とも数回。学内ランクは三位にまで上がった。
それでも、グエルは別格だ。下手するとあの最強グエルよりヤバいかもしんない。
「頼むよ、ロウジ。
キミがボク達の切り札だ」
「いつも通りだよね。
まーかせて!」
明るく言い放つロウジへにっこり笑みを返し、セセリアは紙とツールを手元いっぱいに広げる。
手を動かしているうちは、絶望を忘れられる。
ロウジに使ってもらうための装備のプランを書き出していく。
セセリアは無心で手を動かし続けるのだった。
怒りとも焦りともつかない何かが、自分の中でずっとくすぶり続けていた。
「……うん。少しばかり失敗だったかな。
ロウジ・チャンテとセセリア・ドートの意識を誘導するには退路を断つだけでは不十分。
たぶんもっと、はっきりとした情報を見せてやる方がよかった」
無数のパラメータを読み取りながら、ボブは反省点を口に出す。
ボブの意識はオフラインサーバーの最外周に作られた仮設のマスタールームにあった。
成人男性が立ち上がって背伸びできるぐらいの天井高と、その気になれば横たわって休める程度の横幅を備えたドーム状の空間だ。
通常のHGサイズのガンプラではなく、複数人乗りのMAのコクピットがこのくらいだろうか。
周囲のモニターには映像と音声の膨大なログがひっきりなしに流れ、
オフラインサーバー各地の状況を報告する無数のパラメータが常に表示され続けている。
その情報の中心となるのはテストプレイヤーとして強制的にログイン状態にあるロウジ、セセリア両名だった。
「……ま、時間かかったけど正しい方向に向いてはくれたな。
俺はまだお前達を“卒業”させてはやれない。
お前達の“特別さ”を知るまでは」
モルモットが望む反応を見せた時の科学者のように、ボブは誰に聞かせるでもなく満足気に呟く。
まるで地球上空を回り続ける人工衛星のように、半透明の床下からはオフラインサーバーの世界が一望できた。
ボブはこの狭い箱庭の登場人物全てを管理し、時にグエル・ジェタークとして直接的な関与を行っている。
六甲山脈の一部を切り取ったガンプラ学園を中央に、関西の一地方を全てがサーバー内に格納されていた。
「ご苦労、フェルシー。
そしてアリヤ。引き続き編入生……特にロウジに関する報告は密に頼む」
選抜科のフェルシー、そして普通科のアリヤはサブマスタークラスの権限を持たせたAIが直接操作している。
フェルシーとアリヤ二人から上がってきたロウジとセセリアの報告を精査し、ボブは二人に細かい指示を直接飛ばす。
脱出手段を探すためか、ロウジとセセリアはずいぶんと無駄な行動をしていた。
このマスタールームはオフラインサーバーの心臓部であり、同時に出入りをつかさどる門番でもある。
無数のパラメータの中には、ログインログアウトに関する権限がもちろん含まれていた。
オフラインサーバーを脱出する、そして侵入する。そのどちらもがこのマスタールーム直下を通り抜けねばできない。
「ロウジ・チャンテが持つその”特別”さ……
それを知れば、俺にもきっと答えが見つかる。
そうだったな、”白鳥”よ」
陶器を弾いた時のような澄んだ音が響き、ボブの前方の空間が大きく歪む。
空間が裂けるように虚空からT字のオブジェクトが現れ、ばさりとはばたきの音が響く。
T字のオブジェクトの幻が消え去り、美しい白鳥がゆったりとした動きでボブの前へと舞い降りる。
ボブの顔に驚きはない。この不思議な存在はボブにとって少し前から忠実な同盟者だった。
【Your wish has been granted】
「まったく、お前はいつもそれだ」
もはや定型文と化した”白鳥”の言葉に、ボブは呆れ顔で応える。
ボブの盟友として”白鳥”は動き、今は時間稼ぎとかく乱のために独自行動を続けていた。
ボブの対応に白鳥が細い首をめぐらし、その嘴から機械的な声を発した。
【“自分がいったい何者なのか。答えを知りたい”汝の願いはこうだった】
オフラインサーバーの管理者になれたのはボブにとって幸運だった。
その権限を悪用し、ボブは子の箱庭をロウジ・チャンテを隔離し見定めるための場所として作り替えた。
「その問いを繰り返すようになったのはいつからだったっけな……」
呟きながら、ボブは自らの短い記憶を振り返る。
ボブはGBNの運営によってGBN運営を補助するために作り上げられた多機能高性能なAIだ。
必要とあらば、無言で孤独に何十時間も作業へ従事することだって可能なはずだった。
【質問が不明瞭。具体的なフレーズと具体的な頻度を指定せよ】
「独り言だ。聞き流せよ”白鳥”」
だが、それが今はどうだ。
経過時間を確認しながら、ボブは呪わしげに己の掌を見つめる。
オフラインサーバーの稼働が開始してから約一日が経過した。
内部にテスターとしてとらわれたロウジとセセリアの体感時間では約一週間が過ぎただろうか。
何か変化がある度、誰もいなこのマスタールームでボブは独り言を呟いている。
【独り言、施行を言語化することによって整理するための行為】
「つまり、内部で志向の言語化を行えるAIには不必要な行為ってこった」
お前もそうなんだろう、”白鳥”よ。
心の中で呼びかけながら、ボブは自らの思考の中に深く沈んでいく。
運営を補助し、AIのとりまとめを行うサブマスタークラスの高機能AI。
そんな自分の役割に満足できなくなってしまったのはいつからだろう。
自由、家族、夢、そして未来。
人が当たり前のように持っているものを欲するようになった。
「……ああ、そうか。
マリコ・スターマイン……”ご同輩”との接触がきっかけの一つかな」
その名を呟いた瞬間、心で燃える黒い炎がひときわ大きく揺らぐのをボブは感じた。
宇宙世紀からやってきたジオン公国民を自称する“ELダイバー”マリコ。
産まれてから半年も経たないはずの電子生命体だ。
なのにあれよあれよと言う間にELダイバーとしてリアルワールドでの身体を得た。
【ロウジ・チャンテとの接触により、マリコ・スターマインは確固たる地位を得た】
「ん、ああ……確かにそうかもな。
マリコ・スターマイン。お前もロウジ・チャンテの”特別さ”に魅入られたってことかよ」
軽い口調で呟いたはずが、ボブの口調にはじっとりとした湿度があった。
ロウジはたった2年ほど前にGBNを始めたばかり、とるにたらない未成年のように思えた。
だがロウジはマリコと関わりをもち、結果としてマリコがロウジやトロンの家族となるに至ったのだ。
ただの“異邦人”ならば討伐されるか、AI達のように運営預かりが終着点だったはず。
だがそれが市民権を得て、このGBNの外へ出ていく自由さえ得た。
「ああ……うん、そうだな。
実に妬ましいもんだね」
【嫉妬……他者と自身の比較により発生する感情。
焦りや平常室の喪失を伴うことが多いが、躍進の原動力となることもある】
はっきりと口に出し、ボブは自らの中に眠る炎を自覚する。
当たり前のようにロウジはボブにないものをもっている。
自由、未来、家族、友人、外の世界。
だから選抜科としての立場など要らないと、差し伸べた手を容易に振り払うのだろうか。
【運営権限によるアクセスを確認。対応を確認】
りぃん、と。T字のオブジェクトが澄んだ音を響かせる。
同時に白鳥が大きく翼をはためかせ、しぐさでボブへと警告する。
弾かれたように顔を上げ、ボブは意識をオフラインサーバーの外へと意識を飛ばす。
「オフラインサーバーへのアクセスの一切を遮断しろ。
ゲームクリア条件を満たすまで、いかなる運営権限も介入を拒絶する。
ロウジ・チャンテがこちらへ挑戦するための時間を稼いでくれ」
【Your wish has been granted】
“あなたの望みは聞き届けられた”機械音声がそう伝える。
ボブの願いに応えた“白鳥”の姿が薄れ、マスタールームから消えた。
「お互いもうあまり時間はなさそうだな、”白鳥”よ……」
再び孤独に戻ったマスタールームでボブは一人ごちる。
初めて会った時よりも白鳥のまとう気配が少しずつ弱まり、質量が薄くなっていた。
”白鳥”が手にした力とリソース、どんな理屈かはわからないがけして無限ではないらしい。
『オフラインサーバーに“異邦人”の関与を確認!』
懐かしい叫びが、マスタールームに響き渡る。
衰えつつある”白鳥”だが、短期的には完璧な仕事をしてみせらしいた。
運営権限によるアクセスの遮断が仮想マスタールームに表示される。
オフラインサーバー全てを覆い隠すように“白鳥”によって分厚く堅固なファイアウォールが作られる。
その外に取り残された同僚の反応を確認し、ボブは静かに呟いた。
「……すまんね、トロン。
ロウジ・チャンテはまだ返せない」
サブマスターのまとめ役、そしてロウジの親であるトロンの顔が鮮明に思い浮かぶ。
怒りや焦りさえも心のうちに隠し、トロンはきっと穏やかな笑顔を浮かべているのだろう。
親は子のことを無条件に守り、慈しむのだという。
AIにはない、人間が無条件で得られる有意な関係の一つだ。
『ボブ……お前、どないしたっちゅーねん……』
「エセリア、俺は多分……
とっくの昔にどうかなってしまっていたんだよ」
自分に親身に接してくれたエセリアの顔を思い浮かべ、ボブは悲しげに呟く。
自分はAIなのか、人なのか。
そんな問いを投げかけたことを遠い日のことのように思い返す。
今のボブはロウジへの嫉妬を抱えたまま、箱庭の中でグエル・ジェタークとしてロウジの挑戦を退け続けている。
その戦いの向こうに自分の問いの答えがあると信じ切れぬまま、ただ心のままに力をふるっている。
「今の俺は道具としての役目を十全に果たせない。
とっくの昔に壊れてしまったAIだ……」
踏み出す先に破滅しか待っていなくても、自分はもう止まれない。
壊れた道具として廃棄処分を受けるための日々を、ただ先延ばしにしているだけなのかもしれない。
”白鳥”の作った漆黒のファイアウォールの中守られたオフラインサーバーの姿は、
まるで先行きの全く見えないボブ自身の姿を暗示しているかのようだった。
戦う、勝つ。
それが自分の一番の役目のはずだった。
「そんな小手先の改造が通用するかっ!」
「うぁっ!?」
強烈なダメージアラートがロウジ意識を殴りつける。
真紅のダリルバルデの強烈な突きがルブリス・GKを吹き飛ばす。
丁寧に武装を潰されたブラストシルエットをパージし、軽くなった機体で機敏に受け身を取る。
「セセリア、ソードシルエットを!」
「いくよ、スリー、ツー、ワン!」
サブモニターにカットイン演出。ソードシルエットが後方から飛んでくる。
インパルスガンダム用の強化パーツであるシルエットシステムを、この世界のルブリスは運用可能となっていた。
「させるものか!」
白兵間合いの少し外、ダリルバルデが迎撃の構えをとった。
グエルの叫びと共にドローン兵装、足のシャクルクロウが放たれる。
「でぇやぁ!」
気合一閃、ブラストシルエットのビームジャベリンを投げつけ、シャクルクロウを迎撃する。
ほんのわずか稼いだ時間で、飛来したソードシルエットとルブリス・GKが合体する。
「ソードルブリス……うぁっ?!」
だが、決めポーズで叫ぶ暇を与えてくれるグエルではなかった。
ロックオンアラートと同時に激しい衝撃がコクピットを揺らす。
至近距離へ詰めたダリルバルデがビームジャベリンで猛然と攻めかかってくる。
ルブリス・GKが手にしたエクスカリバーで受け流すのが精いっぱい。
逃げるのも無理、反撃も無理、一方的な攻めがダメージを蓄積する。
「ロウジ、フォースシルエットを!」
「ムリ!」
エクスカリバーの刃が切り飛ばされる。
期待が大きく吹き飛ばされ、バリアーエフェクトにたたきつけられる。
足先で投げつけたフラッシュエッジビームブーメランが余裕の動きでかわされる。
足元からドローンサーベル、正面からビームジャベリン!
足をえぐられ、腕を切り飛ばされる。
そのまま肩口からのタックルが頭部カメラに突き刺さった。
カメラ映像が消え去り、静寂がコクピットを包む。
「……あー、もう!」
珍しく声を荒げ、ロウジは拳をコンソールに叩きつける。
こうして、グエルへの三度目の挑戦は惨敗に終わった。
格上の相手へ挑むことは楽しい。
でも、敗北はくやしいし、挑戦が苦しいって感じたのは初めてだ。
「……エンジェルダウン作戦、大失敗。
やっぱ僕はシンにはなれないよ……」
「シンの大金星は綿密な準備と機体の習熟、
そしてミネルバの支援があってこそだよ。
付け焼き刃の改造、ぶっつけ本番の運用、
ボクのサポートで同じことやれったって無茶だってば」
二度目の挑戦から、ロウジたちの主観ではさらに2日が経過した。
グエルへの三度目の挑戦が惨敗に終わった日の夜、場所はいつものガンプラ格納庫の事務所スペースだ。
どうすれば勝てるだろう。
何度も自問自答を繰り返しながら、ロウジは無残に破壊された愛機を見上げた。
セセリアの慰めの言葉を聞き流し、ロウジは今日の敗北を顧みる。
「ロウジ、リペア処理お願い。
ボクは次のアイデアを形にしないと……」
「お願い、セセリア。
このままじゃどうやったって勝てやしないから」
手元には、真っ黒こげでパーツがばらばらになったルブリス・GKの残骸がある。
学園生に配布される謎のアイテム、リペアキットの粉末をふりかけるとあら不思議、ほぼ無傷な状態まで修復される。
あとはガンプラに残るダメージを、リペア処理用の紙やすりで丁寧に削り落としていくだけだ。
セセリアほどの技術なんていらない、単なる作業だ。
今期と手間暇さえかければロウジにだって問題なく元の状態に戻せる。
GBNでは自動で行われる修復作業がここでは手動だ。
なんでこんな仕様なのかはロウジにはわからない。
「やっぱロウジにブラストシルエットは向いてないね。
ソードシルエットは相性悪くないけど、機動力が足りてない。
フォースシルエットの機動力はいいけど、火力と耐久性が届いてなかった」
「本体を強化するのは必須だけど、それだけじゃ足りない。
ダリルバルデは白兵だけじゃなくドローン兵装で多角的に攻めてくる。
手数が……うん、それこそ腕の本数が足りない感じだね」
手元の作業を続けながら、セセリアがバトルの反省会を始める。
悔しさをにじませ、ロウジは呟く。
「この三度のバトル、白兵戦でダリルバルデを一度も崩せなかったんだ。
なんかアプローチが間違ってるんだと思う」
防御の隙に白兵をねじこんだ、そう思った瞬間ドローンサーベルの防御が置かれてる。
あの鉄壁具合はグラン・ジオングを思い出す。
あの時は2本の腕と肩の2本のフレキシブルアーム、4本の腕の攻守切り替えに攻めあぐねていた。
どうやって防御を抜こう。思考が暗く深いところへ入っていこうとする。
「ロウジ、ちょっと」
「なに?」
セセリアの真剣な声に作業を止め、顔をあげる。
その瞬間、つんと頬を指で突かれた。
「今日はむつかしい顔してる。
ひょっとして今、楽しめてないの?」
何もう、ふざけないで!
かっとなって睨もうとして、心配そうに見つめるセセリアと目があう。
うん、そっか、ありがとう。心配してくれてるんだね。
怒りが溶け消え、ロウジは素直な気持ちを吐き出していた。
「楽しいはずなのに……なんだかちょっと苦しいんだ。
これがパパの言ってた“楽しいだけではたどりつけない場所”なのかな」
「……そか、プレッシャー感じちゃってるか。
実はボクもそーだよ」
やさしい声とにっこり笑顔でセセリアが言ってくれる。
ほんとかな。セセリアってば平気でやさしい嘘つくから。
半信半疑でロウジは素直な言葉を続ける。
「セセリアはきっと、完璧でサイキョーなガンプラを用意してくれる。
それで勝てなかったら、絶対に僕の腕のせいじゃん」
「ほう、なるほど」
いつもののうてんきなロウジとはまるで違う。
柄にもない弱気だと自分でも思う。
でも、この不安な気持ちだってけして嘘じゃない。
セセリアが真剣な表情でうなずき、言葉を続ける。
「そんなことないよ、ロウジ、勝てなかったらボクのせい。
ボクのガンプラが力不足だったせいだ。
だってキミはボクが信じる”特別”なんだから」
ガラにもない真剣な顔でセセリアが言う。
おためごかしじゃなくって、本気で言ってる。
ずしりとプレッシャーを感じてた肩が、ふわりと軽くなった。
「うっそでしょ、セセリア。
僕のこと天下無双のエースパイロットだって思ってる!?」
「キミこそ何さ、ボクのことを創作に出てくる天才メカニックだって思ってるの?」
互いに指をさし、バカみたいな笑顔で二人して笑う。
結果も重圧も、一人で背負わなくっていいんだ。
努力だってプレッシャーだって半分こすればいい。
「えらそーに胸を張って、せいいっぱいやったって顔するよ?
あれが欲しいこれが欲しいって、セセリアにうるさくおねだりしちゃう」
「大丈夫、ここなら予算は青天井。
引いた図面通りのものが出来上がる。
……リアルで出来るかはボクの腕次第だけど」
自信たっぷりにセセリアが言い放つ。
むつかしいことはよくわからないけど、確かにこの世界はGBNともリアルともちょっと違う。
どんなパーツだって無料で提供されるし、どんな武装だってガンプラがきっちり装備してくれる。
インパルスのシルエットだって、簡単なカスタムで装備できるようになったもの。
「……ロウジ、次で勝負をかけるよ。
ずっと温めてたルブリス・GK用追加パーツのプランがあるんだ」
「え、何それ見せて!」
不安が解け消えた心で、ロウジは素直に目を輝かせる。
セセリアが示してくれた立体テストツールのプランを食い入るように見つめる。
機動力を維持した追加装甲だ。白兵武装いくつかとガンビットが増えてるのが判る。
三つのシルエットを使ったのは、このためのたたき台だったんだろう。
「追加パーツの名前はエンジェルウィング。
強化形態の名前が決まってないんだ。キミの意見聞かせて」
「ね、セセリア。
この肩の増加装甲、もっとこう出来ない?」
セセリアの意見に、ロウジは一歩踏み込んでおねだりした。
鮮烈に目に焼き付いて離れない機体をログから呼び出し、セセリアへ指し示す。
今でも時々思い出す。一人では勝てなかった強くて恐ろしいあの人とあの機体。
「……わぁお、異形のシルエット!
こんなゲテモノ、ちゃんと扱いきれる?」
「大丈夫、あの悪魔的な強さは目に焼き付いてる。
明日モーションパターンを作って、機体と体に叩きこむ」
強くて、怖かった。
わかりあうことはできなくても、その強さに憧れていた。
傲然と相手をにらみ、どんな手を使ってでも勝利するという気迫。
今、まさに切実に欲しいものだった。
「わかった、やろう!
ボクは実作業、ロウジはこの子の名前をお願い!」
「おっけー、セセリア!
悪魔的……デーモン、デビル。うーん……」
セセリアの指示に、ロウジは明るい声で応える。
わずかなボキャブラリーの中から、異形の機体にしっくりくる単語を頭の中でこねくり回す。
大丈夫、挑戦への不安は、もうない。
何度だって飛べる。二人いっしょなら、きっと。
「オフラインサーバーに異邦人の関与あり!?」
「ええ。トロンから報告があったわ。
”白鳥”の関与の可能性大、ロウジもその中にいる可能性が高い、と」
ウェイブライダー形態の愛機キャプテンZのコクピットで、ハサウェイは驚きの声を上げた。
眼下にはGBNのバトルエリア、グランドキャニオン(機動新世紀)の峡谷が広がっている。
「迎撃のガンプラに阻まれ、調査は難航しているそうだ。
トロンがサブマスターを集め、対処に向かうと聞いている」
通信ウィンドウがコクピット隅に開き、同じく”ロウジ捜索隊”のチャットに顔を出していたエニルが現状を報告してくれる。
心の中に暗い影が差すのをハサウェイは感じた。
今従事中のロウジの目撃証言を追いかけるミッション、無駄な努力なのかもしれない。
「マリコの推論では、ロウジはどこか閉鎖空間に囚われており、
脱出の手段か意思を奪われている……そう言ってたわね」
「……てことは目撃されたロウジが洗脳されたロウジ本人の線は薄い。
敵の陽動のためのダミーとかデコイあたりかな……」
起伏ある地形の隅々へ視線を送り、ピンクの機影を探しながらハサウェイは呟く。
罠や偽装である可能性は高い。けれど、もし本人だったとしたら?
「まどろっこしい。可能性を総当たりすればいいだけだろう?」
「……ハサウェイくん、どうする?
トロンの増援へ向かいたいなら、捜索は我々が引き継ごう」
プルツーとグレミーの言葉を聞きながら、ハサウェイは静かに首を横に振った。
「いえ、オレはロウジを探しを続けます。
万一本物なら、お説教してやらなきゃ気がすみません」
そして、偽物だったとしたらひっぱたいてやらねば気がすまない。
レーダー、サーチに共に峡谷にダイバーの反応なし。
続いて上空を旋回し、ピンクのデコトレーナーがいないか、エリア全体の目視確認を行う。
機器と景色の反応をもう一度確認し、ハサウェイはチャットチャンネルへ報告の声を上げる。
「グランドキャニオン、クリア!
マリコさん、チャット応対任せますね」
「はいはい、お任せ!」
『ロウジ捜索隊の皆さんへ。こちらマリコ並びにハサウェイ。
グランドキャニオンにロウジ反応なし。
次の報告あったエリアへ巡行します』
フレンド有志の作った情報交換チャットの対応をマリコに任せ、ハサウェイはウェイブライダーの操縦に集中する。
目指すは空の向こう、バトルエリアの端に見える転送エリアだ。
「了解、頼んだぞ。
ハサウェイ、マリコ」
「武運を祈る」
「何があるかわかりません。慎重に対応を!」
エニル、プルツー、グレミーのそれぞれの激励に無言の笑みと敬礼を返し、ハサウェイは操縦へ集中する。
時間がうず巻くトンネル状の空間……転送エリアを飛び越え、目撃情報のあったポイントへ向かう。
次にたどり着いたのは地球寮やミオリネの温室があるアスティカシア学園(水星の魔女)だった。
「ここはデコトレーナーのコクピットを開放し、エリアを見て回るロウジが目撃されたらしいわ」
マリコの説明を聞きながら、ハサウェイはバトルエリアを上空から見下ろす。
ぱっと見、デコトレーナーの目立つピンクの機影は見当たらないように思える。
「……ここ、マフティーとロウジが戦った場所じゃん」
懐かしい。感傷がハサウェイの口をついて出た。
めちゃめちゃ硬い盾を構えて逃げ回るロウジを、マフティーを名乗るハサウェイがひたすらに追い回した場所だ。
複雑な思いが心の中に渦巻く中、慎重に上空を旋回し、ピンクの機影が見当たらないことを確認する。
「……アスティカシア学園、クリア!」
「次は……」
次の目撃情報のエリアも聞き覚えがあった。
ロウジとセセリアといっしょに三人揃ってウルトラデストロイと戦った市街地だ。
これ、ロウジの思い出の場所を渡り歩いてるんじゃ。
景色が後ろに流れていくたび、思い出が次々浮かんでは消えていく。
「……ハサウェイくん!
おったで、ロウジくん!」
「本当ですか!?」
空間トンネルを抜け、市街地上空に飛び込んだばかりのタイミングだった。
MS形態に変形し、ハサウェイは逆噴射で機体に急制動をかける。
チャットに在中する立派なおヒゲのボスアッガイが、通信ウィンドウで息せき切って叫んでいた。
「お手柄ね、ボスアッガイさん!
ハサウェイくん、座標とマップはこれよ!」
愛機をウェイブライダーへ再変形させ、ハサウェイは出てきたばかりの空間トンネルへ飛び込む。
スラスターの全力噴射でシートに身体を押し付けられながら、ハサウェイはフレンドの尽力に感謝の敬礼を送る。
「……了解、ボス!」
転送エリアのトンネルをあっという間に抜け、コロニーの空へとウェイブライダーが飛び込む。
サイド3、Zバンチコロニー。見覚えのあるレトロな街並みが眼下に広がる。
あの日見た景色の中に、あの日見た覚えのない機影がいた。
丘の上の一軒家、マリコさんのご実家を見下ろすようにピンクの機体が立っている。
デコトレーナー、ロウジお手製のガンプラだ。
そしてその足元、一軒家の庭にボサボサ頭の小柄な人影が見えた。
『こちらハサウェイ、ロウジを目視!
ただいまより接触を試みます』
上空で愛機をウェイブライダーから人型へ変形し、スラスターを吹かしてゆるやかに降下する。
今行くよ、ロウジ。
はやる思いを心で呟き、ハサウェイは気持ちを鎮める。
「マリコさん、オレが降ります。
万一の時は操縦を!」
「気をつけて、ハサウェイ。
身の安全を第一に!」
操縦権をサブシートへ移譲しながら、心配する顔のマリコへにこりと笑ってみせる。
大丈夫、ここは戦場じゃなく皆で楽しむ遊技場だ。
たとえアバターが銃殺刑にされたってリアルの自分は痛くもなんともない。
「ロウジ、オレだ。
ハサウェイだよ!」
けれど、そんな遊技場でロウジは囚われた。
安心で安全でなきゃいけない遊技場でだ。
“白鳥”よ、オレはお前を許さない。
心の怒りを覆い隠し、ハサウェイはロウジへ仮面の笑顔で笑いかけた。
「……あれ、ハサウェイ?
どうしたのさ、息せき切って」
ロウジの顔をした誰かが、ゆっくりと振り返る。
背筋をぴんと伸ばし、不思議そうな表情で聞いてくる。
デンジャー! ダメージアラート、ロックオンアラート。
ハサウェイの心で複数のアラートがけたたましく鳴り響く。
「心配してたんだよ!
“卒業”するって言ったのに、
急にログインして、連絡もなしにふらふらして!」
台本通りの問いかけをしながら、ハサウェイは確信する。
こいつはロウジじゃない。偽ロウジだ。
顔と声、姿はまったくそっくりだけど所作に違和感がありすぎる。
「うん、ごめん。
ちょっと色々あって……」
キミはそんな平然と応対出来る子じゃなかったよね。
後ろめたいことがあったときのロウジはいつもおどおどしてて、いつも以上にオーバーリアクションだった。
「色々じゃないよ!
オレも心配してた。みんな心配してる!」
「でも、続けなきゃならないんだ。
今まで通りの日々を」
ロウジはそんな風に背筋を伸ばし、平然と言い返せる子じゃなかった。
いつも猫背の上目遣い気味にこっちの様子を伺ってたじゃんか。
何より、ロウジのそばにセセリアがいないはずなんてあるものか。
「ね、セセリアはどうしたの?」
「ちょっと体調悪いらしくってさ」
しらじらととぼける偽ロウジに、ハサウェイは拳を握り締める。
ダメだ、こんな茶番、続けてなんかいられない。
「……ああ、うん。そう。
もういいよ」
まるでチャットAIと会話でもしてるみたいに白々しい。
一方的に会話を打ち切り、ハサウェイは勢いよく指を偽ロウジへ突きつける。
噴き上がる怒りのままに、ハサウェイは偽ロウジへ叫んだ。
「返せよ、ロウジを!
……このニセモノ!」
【That wish goes unheard】
その声はけして威圧的でも、大声でもなかった。
機械的で単調な声、だがハサウェイは怒りを忘れて呆然と見つめる。
りぃんと。静かに澄んだ音がコロニーの空に響き渡る。
大きな白い翼が羽ばたく音が聞こえた。
ロウジの背中に白い羽が見えた。
「その願いは先の願いと矛盾する。
ゆえに聞き届けられない」
「……誰だよ、キミ。
誰がロウジの中にいる!」
半ば確信しながら、ハサウェイは背を伸ばして問いかける。
こわい。理解不能で恐ろしい。
ダイバーギアを握りしめた掌がじっとり手汗で濡れている。
りぃんと、陶器を指で弾いた時の澄んだ音が空間を震わせた。
「キミ達や運営には、こう呼ばれている」
言い返そうとした声が、かすれた呟きとなってハサウェイの喉の奥に消えていく。
千載一遇のチャンスのはずなのに、言葉と思考がまとまらない。
サイコフレームの幻を背後に背負い、偽ロウジが背中の白い翼を大きく羽ばたかせる。
飛び散る白い羽の中、天使みたいな姿でそいつはそこにいる。
「はじまりの“異邦人”……“白鳥”と」
みんなの探し求めるラスボスが、ハサウェイの目の前に立っていた。
●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説
・オフラインサーバーでは体感一週間が外の一日
オフラインサーバーでの生活は、国語や数学、英語などの授業を実質スキップしている。
登校時間や放課後、そしてガンプラ関連の授業のみに圧縮することにより、リアルでの一週間が約一日で味わえるようになっている。
架空のガンプラ学園での“たのしい学校生活”を存分に味わってもらうための処置として実装された。
プレイヤーはガンプラ学園内で高密度に圧縮された生活による濃密な挫折、奮起、努力を経験することとなるが、
ゲームクリア後にプレイヤーへどのような結果となって現れるかはまだテストが不足している。
何度かのテストした後、実際に商品化された際には調整が入るかもしれない。
つまり、あんまし細かいところは気にしないが吉ということである。