リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。   作:ゼラチナマスター

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6話 エンディングです
長い物語も、いよいよ終着点。

いつものあとがき、あとちょっとしたエピローグの準備を進めています。

1/4はお休みをいただき、1/11に何かを投稿させてもらいます。


ミッション6-14 きっと未来はきらきらと輝いて

 

 

『Battle ended WINNER!……Seventh Military Academy!!』

 

 水に半ば浸かった密林で、システムメッセージが響き渡る。

 愛機グラン・マンサのコクピットで、プルツーは悔しげに唇を噛みしめた。

 以前は勝利を意味したメッセージも、今は敗北を告げる無常な宣告に過ぎない。

 

「”巨神”相手の時のようにヒロイックな勝利が欲しかったが……」

「あの勝利は麻薬だ。

 忘れよう、プルツー」

 

 “巨神”の大暴れとロウジの行方不明、一連の事件は決着した。

 当事者にとって驚天動地の大騒動だったとしても、

 GBNや世界にとってはほんの一事件でしかなく。

 当たり前のように次の日が始まり、そして一週間が経過していた。

 

「傭兵稼業の滑り出し、手痛い一敗だな……」

「ああ、見事に手の内を読み切られた。

 ラカンもやるようになったじゃないか」

 

 落ち込み顔のプルツーの呟きに、グレミーが爽やかに笑う。

 傭兵として単騎参戦した今回のフォース同士の多人数レイドバトルは、古巣を相手のものだった。

 リザルトロビーでは、敗北を悔しがるクライアント達が待っていた。

 プルツーとグレミーは勝利へ貢献できなかったことを謝罪し、健闘を労われる。

 一定の充実感はあったが、勝利ほどのすかっとする達成感はやはりない。

 傭兵報酬としてGBN内通貨が振り込まれるのを確認し、プルツーはシステムウィンドウを閉じる。

 もやつく気持ちを抱えたまま、プルツーは初めての傭兵稼業を終えた。

 

「次は勝たせたいな……!」

「そうだな、やはり勝手が違う」

 

 負けた。思う様暴れたが、陣営の勝利には一步届かなかった。

 自分のバトルには合格点をあげられる。だが戦略戦術として何かもっと出来ることはなかったか。

 グレミーと二人反省点を具体的に振り返りながら、プルツーはフォースネストで敗北を噛みしめる。

 その時、システムメッセージが来客を告げた。

 視線でこちらをうかがうグレミーに不機嫌な顔でうなずき、来客の訪問を許可する。

 転送エフェクトと共にアバターが生成され、先ほどやりあったばかりの旧知の友の姿を生成した。

 

「傭兵稼業の開始おめでとう、グレミー、プルツー。

 だが、今回は勝たせてもらったぞ」

「ずいぶんえらくなったものだな、ラカン。

 今回の勝敗の決め手は第七機甲師団の先輩達のおかげだろう?」

 

 ネオ・ジオン軍服に身を包んだベテラン軍人のアバター、元同僚のラカンがにやりと笑みを浮かべた。

 勝利を誇る様子が悔しく、つい語調と表情が険しくなる。

 

「プルツー、みっともないぞ。

 敗北の責任をクライアントに押し付けるように見える」

「そんなつもりはないが……」

 

 穏やかにグレミーに態度を咎められ、プルツーは自分を顧みる。

 プルツーにそんなつもりはないが、客観的には確かに拗ねた子供そのものだ。

 傭兵稼業を続ける上で、大人気ない対応は減らしていかねばならない。

 

「……ラカン、すまん。

 ガキみたいな言葉すぎたよ」

「こっちこそあおりが過ぎた。

 だが、いつも3番手扱いだったからな。たまの下剋上は嬉しいよ。

 弱者のさえずりとでも思って、多少の勝ち誇りを許してほしい」

 

 老け顔のアバターを破顔させ、ラカンが軽い仕草で謝罪する。

 戦友のよしみだ、ため息一つで許してやることにする。

 なんとこの男、リアルではグレミーどころかプルツーよりも年下らしいのである。

 

「3番手扱いか嫌なら、

 その老け顔のアバターをやめてリネームしたらどうだ?」

「何を馬鹿な!

 戦争モノの側面としてベテランの古強者は欠かせんだろう!」

 

 意地悪い口調でからかうプルツーに、ラカンが熱く主張する。

 リアルでの面識はないが、かわいい系の美少年だと言う。

 人は自分にないものへ憧れると言うが、本当だろうか。

 

「ところで、ラカン。

 わざわざプルツーとじゃれあいにきたわけでもないんだろう?」

「ああ、そうだった。

 プルツーいじりはこのくらいにしておこう」

「年上を敬え。

 泣かすぞ?」

 

 気心の知れた相手とは言え、そろそろライン超えだぞ、ラカン。

 ネットで年上もあったものじゃないが。

 プルツーの割と本気の威嚇にラカンが首をすくめ、真顔で話題を切り替える。

 

「聞いたか二人とも、今朝の運営ニュース」

「……ああ、オフラインサーバーの件か」

「鳴り物入りで公開予定だったというのに、

 ままならないものだな」

 

 ラカンの言葉に、プルツーは気のないそぶりで首を振る。

 実装間近だったオフラインサーバーだが、公開延期との知らせがあった。

 テスターによって致命的な不具合が見つかったためだと公式発表に記されている。

 

「不具合を俺は例の“巨神”絡みと見た。

 何か聞いていないか?」

 

 軽い口調を装い、ラカンは探るようにプルツーを見る。

 なるほど、こいつ。情報戦のマネゴトでもしにきたか?

 内心でそう呟きながらプルツーはラカンを見返す。

 

「おいしい相手だったな。

 また出て来てもらいたいものだが」

「そんな気軽にシークレットミッションに発生してもらってはありがたみがなかろう!」

 

 すまないラカン。いくら友でもこればかりは話せん。

 心の中で手を合わせ、プルツーはとぼける。

 確かにエニル経由で多少の事情を聞いている。

 だが全貌を把握している訳でもなく、もちろん口止めもされている。

 

「もう一度倒せればグレミーの佐官昇格へ大きく近づいたのにな。

 惜しいことをした」

「……なるほど、そうか。

 ところで、マリコ女史は最近どうだ?」

 

 ラカンがうなずき、話題を急に変える。

 あやしい。ちらりとプルツーはグレミーと目線を交わす。

 

「マリコ女史はしばらくリアル多忙だったが、そろそろGBNに復帰予定だ。

 ああそうだ、マリコ女史からラカンに伝言がある。

 ”万事解決、問題なし”とのことだ。後日礼にうかがうらしい」

「そうか。ありがとう。

 さっぱりわからないが……わかった」

 

 グレミーの言葉に、ラカンは苦笑を浮かべえ方をすくめる。

 訳がわからないのはプルツーも同じだ。

 何か尋常ならざる事態というのを知り、報酬と楽しいガンプラバトルにつられて首を突っ込んだ。

 勝利でめでたしめでたしと思っているが、詳しいことは判っていない。

 

「実際にシークレットミッションを体験して思うが、

 色んな噂も三割ぐらいは真実が混じっていそうだな」

「同感だ」

 

 苦笑するラカンに、プルツーも腕組みしてうなずいてみせる。

 ひょっとすると、運営側は同様の事態を何度もごまかしているのかもしれない。

 そんな勘繰りは心の中だけにいったん収めておく。

 大事なのは真実の解明ではなく、体験が楽しかったかどうかなのだから。

 

「安心したよ、プルツー、グレミー。

 二人が急に遠くなってしまった気がしてな」

「何をバカげたことを。

 まだ自分は、ただのアマチュアビルダーだよ」

「バカめ。取り越し苦労にもほどがあるぞ」

 

 どこかほっとした顔でラカンが笑う。

 なるほど、このバカめ。

 まさか我々が運営にスカウトされたとでも思いこんだか。

 想像たくましい戦友の背中を気安く叩き、プルツーは白い歯を見せて笑う。

 

「今の我々は零細フォースの傭兵ダイバーだ。

 相手が古巣だろうと関係ない。

 次こそぶち転がし、序列をはっきりさせてやるぞ、ラカン!」

「いいや、せっかく得られた勝利だ。

 指揮官としてはこのまま勝ち逃げさせてもらう」

 

 挑発的な物言いに、奥歯にものの挟まったような台詞が返ってくる。

 不審そうに目を向ければ、どこか面映ゆそうにラカンが言葉をつづけた。

 

「今日は二人へ報告に来たのだ。

 このラカン、”第七機甲師団”の末席に加えてもらえることとなってな」

「そうか、昇格が正式に決まったか!」

 

 一瞬、理解が遅れた。

 まず喜んだのはグレミーの方だった。

 フォース”第七機甲師団”はロンメル大佐直轄の大規模フォースだ。

 所属メンバーは多く、大会に出場する一軍メンバーだけではない。

 

「……そうか、めでたいな」

「二人が辞退したからの結果みたいなものだ」

「大佐は補欠者など必要とせんさ」

 

 プルツーも素直な笑顔で戦友を祝福する。

 ラカンは謙遜するが、続くグレミーの言葉にプルツーも同感だ。

 

「来季の第七士官学校の方はどうだ?

「編成も決まっよ、順当に繰り上がりだ。

 プルトゥエルブがマリーダにリネームして指揮官に。

 指揮の補佐に下からイキのいいのが上がってくるらしい」

 

 世間話を続けながら、プルツーは納得顔でうなずく。

 なるほど、今日の勝利にはしゃぐわけだ。

 移籍が決まり、最後の試合で元同僚に勝利できたのだ。

 ラカンとすれば会心のゲーム運びだったに違いない。

 

「昇格、そして”卒業”おめでとう、ラカン。

 次あった時もまだ、敵同士だな」

「ふふ。二人が強くなれば、傭兵として雇ってやってもいいぞ」

「ふん、先輩方にしごかれ、早く偉くなってみせろ」

 

 穏やかに祝福するグレミーに対し、ラカンが挑発的な言動を返す。

 鼻で笑い飛ばし、プルツーも挑発の言葉を返す。

 

「覚悟しておけ、安報酬でこき使ってやるからな」

「貴官こそ”第七機甲師団”の名を汚さぬよう精進することだ」

 

 挑発的なやり取りがしばらく続き、グレミーの仲裁が入る。

 ”第七士官学校”時代のいつものやり取りだ。

 この語も挑発的な言葉で互いに健闘を誓いあい、ラカンはかえっていった。

 

「……まったく、ラカンめ」

「二人のケンカが見られないのは、少し寂しくはあるな」

 

 困ったような顔で、遠い目をしてグレミーが笑う。

 しんみりしたことを言うな、グレミーめ。

 ラカンのあおりを聞く機会が減るのも、プルツーだって少し寂しくはあるのだ。

 

「……そうだな、やかましいヤツらばかりいなくなってしまった」

 

 二人きりのフォースネストで、プルツーはしんみり呟く。

 依頼されたガンプラ設計の手を止め、グレミーが不思議そうにこちらを見てくる。

 いつかはコイツも、自分の前からいなくなってしまうかもしれない。

 そのときを思うと、心が張り裂けそうになる。

 

「……静かな方が、グレミーは集中できるだろう?

 これからも頼むぞ、アタシの”指揮官”どの」

「キミの騒がしさは、嫌いじゃないさ。

 こちらこそよろしく頼む、我らがエース」

 

 握り締めた拳同士をコツンと突き合わせ、プルツーはグレミーと視線をまっすぐ交わす。

 さぁ、次のバトルこそ勝つぞ。強気な笑みで浮かべ、システムに潜ってプルツーは傭兵募集をあさる。

 特別な日々は終わり、代わり映えのない日々がまたやって来る。

 けれど、この時間を大切に過ごしていこう。

 大切な相棒であるグレミーと、毎日、一戦一戦を共に歩んでいけるこの日々を。

 

 

 

「あっははは!

 ヤバい、ロウジ、めっちゃかわいい!」

「わきゃああああ!?

 ちょっとセセリア、わしゃるの禁止っ!!」

 

 満面の笑顔で楽しげに笑うセセリアの膝の上で、ロウジはたまらず悲鳴をあげる。

 ここはGBN、運営専用サーバーの応接スペースだ。

 ソファに座るセセリアの膝に抱きかかえられ、ロウジは全身を撫でまわされていた。

 気持ちはすっごくよくわかる。たぶん逆ならロウジだってそうしてた。

 

「だって今の、めっちゃかわいいじゃん。

 しばらくハロのままでいなよ!」

「んもう、おバカ!

 これはゲストログイン用のアバターだってば!」

 

 にやにや顔のセセリアのほおを短い手指でひっぱり、ロウジは抗議の声を上げる。

 今のロウジはいつものアバター、いつものログインIDではない。

 運営さんが特別に用意してくれたゲストIDでログインした先が、

 ビーチボールくらいの少し黄色がかった緑のまん丸ボディ、マスコットであるハロの姿だったのだ。

 

「あー、ハロロウジめっちゃかわいい!

 結婚してほしい」

「ちょっと、どこ触ってんの!?

 セクハラです、セクハラ!

 助けて、ゲームマスター!」

 

 満面の笑顔でハロアバターをかわいがるセセリアの手を、ハロアームでぺしぺし叩いてじゃれあう。

 この応接スペースに直接ログインしてから30分弱。

 運営の人が来ることもなく、ぎゃーぎゃー大騒ぎが続いていた。

 

「……すまない。ゲームマスターは私だが。

 ハラスメントならエニルくんを呼んでこようか……?」

 

 正直うっかり、運営さんのサーバーだってのを忘れつつあった。

 だからスピーカー越しにカツラギさんの声が響いた瞬間、二人して真っ青になってしまったのである。

 

 

 

「調子こいてさーせんした……」

「お外ではしゃいじゃって、すいませんでした……」

 

 床に自主的に正座したセセリアが、深々と頭を下げる。

 その横でロウジはハロアバターから手足を伸ばし、土下座の姿勢をとった。

 

「ああ、うん。

 仲が良いのは良い事だ。

 ただ、ほかの人の視線を意識するよう気を付けたほうが良いね」

 

 優しい声で言われるのが、なおいっそういたたまれない。

 ガンダイバーのアバターが対面の椅子に腰かけ、SDガンダムフェイスに穏やかな表情を浮かべる。

 この方が、GBNの総責任者、ゲームマスターのカツラギさんだ。

 ほんとに、貴重なお時間をなんてことに使わせてしまったのか!

 

「さ、ソファに座って。

 反省はここまでにしようか」

「はぁい!」

「わかりました」

 

 セセリアが元気よくソファに腰かける。

 膝の上でハロボディを抱えようとするその手をぺしりとはたき、ロウジは隣にぽすんと座り込む。

 まったくもう、セセリア。少しは懲りよう!

 

「今日は忙しい中、来てくれてありがとう。

 運営を代表して改めて君達にお詫びと、簡単な説明をさせてほしい」

 

 オフラインサーバーから戻ってから、それはもう大変だった。

 いきなり目が覚めたら、検査検査検査。

 ママはめっちゃ泣くし、パパはずっと手を握って離してくれないし。

 お見舞いに来てくれたハサウェイもマリコさんも泣くから、つられてすっごい泣いちゃった。

 

「今回の事件、本当に怖い思いをさせ、貴重な時間を浪費させてしまった。

 責任者として大変申し訳ないと思っている。

 身体にどこか痛いところや変なところがあったらすぐに申し出てほしい」

「ロウジがいつもの数倍かわいいです」

「セセリア、そこでボケない!

 最初はなんかすっごくふわふわしましたけど、今はもう大丈夫です」

 

 問題だったのはボブさんが今回はじめて使用したという機能、体感時間の7倍圧縮らしい。

 幸いケガや病気とかはなかったんだけど、体内時計がごりごりに狂ってしまってた。

 一時間ぐらいでお腹が減ってないのにごはんを食べたくなる。

 急に眠気は来る、寝るとすぐ目が覚め、なかなか寝なおせない。

 時間を大きく圧縮した結果の、すっごい時差ぼけが起きちゃってたらしい。

 お薬貰ったり、カウンセリングを受けたり。

 今はようやく大丈夫になったところだ。

 

「そうだ、カツラギさーん。

 ロウジのこれ、どうしたんです?」

「あ、それ僕も聞きたい。

 IDまで特別なゲストID用意してもらって。

 何かあったんですか?」

 

 ちょっと心配そうなセセリアの質問に、ロウジも便乗する。

 ゲストアバターとしてハロが用意されているのは知っている。

 けど、今回はログインIDまで特別性だ。

 

「君達がオフラインサーバーにとらわれている間、

 ロウジくんのIDとアバターがアカウントハックされ、”白鳥”に使用されてしまったのだ」

「ひぇ!?」

「えええ、個人認証全部突破されちゃったんですか!?」

 

 セセリアとロウジはびっくり仰天、目を見開く。

 アカウントハックだなんて単語、運営ニュース以外で聞くのは初めてだ。

 まさかそれが自分の身に起こるだなんて。

 

「”白鳥”が君のアバターのまま多数の”異邦人”を呼び出し、大暴れしたのだ。

 アカウントにどんな影響が出ているかわからない。

 すまないが、しばらくアカウントは調査のために凍結させてほしい。

 最優先で行うが、三か月から半年ほどはかかるだろう」

「うわー。なんかすごいですねそれ。

 本物の魔法使いみたいじゃないですか」

 

 なるほど、理由はとっても納得できた。

 外でも大騒ぎだったって話だけはママから聞いていた。

 なんでもすっごく強い伝説の”巨神”と、パパ達が戦ったらしい。

 もしロウジがログインしなおし、うっかり”巨神”を呼ぶバグが発生でもしたら大問題だ。

 運営さんとしては必要なことだし、ロウジにだって都合がいい。

 

「わかりました。どうせリアル事情でしばらく休止です!

 みんなで安心安全なGBNのためにしっかり調べちゃってください!」

「悪落ちロウジって、ちょっとエッチな響きじゃない?」

 

 おバカなことを言うセセリアのお腹に、無言でハロタックル。

 カエルのつぶれたみたいな声が聞こえたけど知るもんか。

 大事な話の時にふざけちゃダメだ、ライン越えだぞ。

 

「その”白鳥”さんは無事に討伐されたんですか?」

「一連の事件の後、”白鳥”は拘束され、現在も事情聴取中だ。

 ボブとフェルシー、アリヤのAI三人にも事情を聴いている」

 

 リアルの世界はナイトガンダムがサタンガンダムを倒して、めでたしめでたしENDだったりはしない。

 悪いことした犯人は捕まって警察にいろいろ聞かれて、裁判にかけられる。

 悶絶から復活したセセリアが、心配そうに挙手して意見を述べた。

 

「ボク思うに、アリヤとフェルシーは下っ端のパシリなんじゃ?」

「おそらくはそうだろう。

 形式的な処分の後、続けて働いてもらうことになる」

「……じゃあ、親玉のボブさんは?」

 

 心配そうにそっとハロ掌を組みつつ、ロウジはカツラギへねる。

 ロウジの感情として、ボブの事は憎くなんかはない。

 けれど今回のことは学校でのケンカやイジメとは違う。

 

「僕はボブさんのこと、許します。

 なるべく軽い処分になりませんか……?」

「やさしいのだね、ロウジくんは」

 

 ロウジの言葉に、カツラギが優しい顔でゆっくり首を横に振る。

 被害者が許せばそれでオッケーってなんて規模じゃない。

 運営さん側のママは正直、頭を抱えていた。

 オフラインサーバーは実装見送りになっちゃったし、AIさん達の運用にたくさん影響も出るらしい。

 

「ボブがあのように暴走してしまったのは、

 我々運営がボブの事をしっかりと見てやれなかったからだ。

 悩んでいたことに気づいてはいたが、適切な対処を未然に出来なかった。

 君達があんな目にあってしまったのは、ひとえに我々運営の責任だ。

 ……本当に、すまなかった」

「そんな、頭を上げてください!」

 

 静かにロウジを見つめ、カツラギが頭を下げる。

 大人の本気の謝罪だ。ロウジは慌ててハロボディで手を振る。

 

「でも、そう思うなら……ボブさんの罪、軽く済みますか?

 ボブさん、死刑とか廃棄処分とかそんな覚悟した風に言ってました」

「すまない。ボブの処分をは私の権限を飛び越えてしまった。

 あくまで責任は我々にあると上へ主張を続けるつもりだが、

 ボブの処分について、今の私から確約は出来ない」

 

 心配そうなロウジの言葉に、カツラギが誠実な声音で応える。

 そう言われたら、ロウジには黙るしかない。

 会社や社会として罰を受けなければならないのはわかる。

 

「……だが、ありがとう。

 あの子のために思ってくれて」

「ロウジは、そーゆー子なんです」

 

 とても優しい顔で、カツラギが礼を述べる。

 すっごい優しい顔でセセリアが笑う。むずがゆい。

 そしてロウジはふと思う。

 あの子。AIが機械で道具というなら、とても似つかわしくない言葉だ。

 

「カツラギさん、まるでボブさんのパパさんですね」

「導入を決定したのは私だからな。

 育ての親とはいいがたいが、生みの親ではあるだろう。

 ボブにとって良い親であったとはとても言えないが……」

 

 面映ゆい顔で、カツラギが謙遜する。

 まるで僕のパパだ。この人も不器用なところがあるのかもしれない。

 ロウジはソファの上で居住まいをただし、カツラギへ向き直った。

 

「ボブさん、言ってたんです。

 自分は人間じゃないから、色んなものをもってない、って」

「……ああ。

 ボブは自分のことについて、とても悩んでいたそうだ」

 

 家にパパとママがいて、マリコさんもいて。

 甘やかしたりしかったり、色々してくれる。

 ロウジにとっては当たり前のことだった。

 

「カツラギさんがボブさんのことを我が子のように思ってくれてる。

 ボブさん、きっと喜んでくれると思います」

「ありがとう、ロウジくん」

 

 カツラギが静かにうなずく。ロウジは微笑んだ。

 家族だってずっと仲良しじゃないし、ケンカだってする。

 いたずらっぽい笑顔を消し、神妙にセセリアが言う。

 

「……そうだね。ボクも思う。

 ボブさんきっとマジメに罪をつぐない、戻ってくるよ」

「うん。そうだよ。

 だから戻ってきた時は、温かく迎えてあげてください」

「……もちろん、そのつもりだ」

 

 きっちりと大人の決意を乗せ、カツラギが重々しくうなずく。

 ロウジはほっとしたようにハロボディで小さく息を吐いた。

 カツラギがボブとしっかり向き合い、これから色々と話し合うのだろう。

 会社としての事はわからずとも、せめて”家族”としては良い方向に向かってほしい。

 自分はたっぷり甘やかされてきた一人娘だ。

 だから家族仲良しでないのは、とてもさみしい事だと思うのだ。

 ロウジは淡い願いとともに静かに祈るのだった。

 

 

 

【ロウジ・チャンテよりリアルタイム通信の希望がありました】

 

 システムメッセージが着信を伝えた。

 遊んでいた仲間と手を振って別れ、ハサウェイは物陰で着信許可の返信を送る。

 数秒後にリアルタイム通話のウィンドウが開き、元気な声が飛び出してくる。

 

「もしもーし!

 ハサウェイ、聞こえる?」

「はいはい、聞こえてるよ」

 

 ロウジの元気な声に、ハサウェイはやわらかい声で応える。

 ここはGBN内の一般サーバー、そのロビーだ。

 通話ウィンドウ越しに顔を見合わせ、ロウジとハサウェイは揃って黙り込む。

 そして二人揃って同時に噴き出し、笑い出す。

 

「ちょっと、ロウジ!

 なんでハロなの!」

「ハサウェイこそ、アッガイ似合ってるぅ!」

 

 今のハサウェイはアッガイマフィアの一員、新入りのハサッガイさんのアバターだ。

 ロウジはロウジでハロのアバターで笑い転げ、ぷるぷると身を震わせる。

 大好きな友達のいつもと違う姿に、ハサウェイはお腹を抑えてひとしきり笑った。

 

「こらロウジ、いちゃつくの禁止ー」

「わきゃ!?

 いーじゃんセセリアのケチ!」

 

 いつも通りの姿のセセリアが通話ウィンドウに現れ、ロウジハロを抱えあげる。

 白い歯を見せて笑うセセリアに、等身大アッガイアバターで手を振り返して応える。

 

「ハサウェイ、さっきまでレイドバトルやってたんでしょ。

 どうだった?」

「あ、それ僕も気になる!

 第七士官学校の皆との交流会第二弾だったんでしょ?」

「んー、途中までは善戦したけどダメだったね。

 水中からカプールの奇襲を受けてフラッグ機がやられちゃってさ。

 せっかく助っ人に雇ったプルツーが暴れきれずに敗北です」

 

 セセリアとロウジの質問に、ハサウェイはかいつまんでバトルの展開を話してあげた。

 負けは悔しいが、課題が見つかったってことだ。

 自分には明日がある。

 ガンプラを改良して、皆と相談して、立ち向かっていけばいい。

 

「ふふん、プルツーざまー。

 次あった時にはいじってやろっと」

「まったくもー、セセリアってば。

 もうちょっと仲よくすればいいのに」

「アレだな。同族嫌悪ってヤツかもよ?」

 

 けらけらと笑いながら気安く言葉を投げあう。

 まったくいつも通りのやりとりだ。

 ハサウェイは想いをしっかりかみしめる。

 しばらくこれを味わえないと思うと、少しものさみしい。

 

「良かった、セセリアも用事は無事すんだんだ」

「これで晴れて無罪放免、改めて“卒業”だね。

 この前“卒業”するするサギやったばかりだけど」

 

 卒業するする詐欺ってまたもう! くすりと笑みを浮かべる。

 昔のネットゲームではよくあったらしいが、GBNでもたまにあるらしい。

 でも二人の卒業はとんでもない横やりが入ってしまっただけ、当人たちは本気の決断だ。

 

「ごはんちゃんと食べてる?

 お薬飲まなくても眠れるようなった?」

 

 だから今のハサウェイがするべきことは別れを惜しむことじゃない。

 明るく気楽に、送り出してあげることだけだ。

 

「もーだいじょーぶ!

 ママが焼いたローストビーフたっぷり食べて元気いっぱい!」

「へっへっへ。

 ボクもごちそうになっちゃいました!」

「なんだそれ、ずるい。

 絶対デリシャスに決まってるだろ」

 

 ときどきムカッと来るけど、気の合う仲間達。

 高校生、大学生、大学院、それとも社会人?

 人生のステージを上がったとしても、いっしょにいたい。

 

「僕のお受験が終わったら、ママに頼んでみようか?」

「いいね、今度はロウジのおうちでオフ会だ!」

「それもいいね。

 けど、もうちょっと先でおさそいがあってさ」

 

 明るく笑うロウジとセセリアに、ハサウェイがおずおずと切り出す。

 今はなかよしだ。けれど、これから先の保証なんてない。

 

「大学生なったらさ、車の免許とれって言われてるんだよね。

 そしたら、この三人で……ううん、マリコさんも入れたデミダイバーズの四人で、いっしょに旅行いかない?」

「ぅ……ぇ、旅行?」

「いーじゃん、ボクは楽しそう。

 自動車免許かー。ガンプラ操縦とはまた違うんだよね」

 

 ロウジが驚き、言葉に詰まる。

 にっこり笑顔でセセリアが言い、ロウジの様子をうかがう。

 

「ただロウジは遠出ちょっと苦手なんだよね。

 どうだろ?」

「ごめん、しんどいなら無理することない。

 オレはただ、大きくなってもデミダイバーズの皆で仲良くしていたいだけで……」

 

 明るく笑い、ハサウェイはきっぱり言い切る。

 無理させることなんてない、少し自分が焦りすぎただけだ。

 そっか、ロウジ、昔は人ごみやお出かけ、とても苦手だったんだっけ。

 たとえ道がこの先違っても、共に過ごした思い出が色あせるわけじゃない。

 

「ううん、ありがと。セセリア、ハサウェイ。

 でも……僕も行きたい、知らない場所、見たことない場所。

 皆といっしょなら、どんな場所だってきっと怖くなんてないから……」

 

 けれど、ロウジが健気に言い募る。

 セセリアがもう、すんごい緩んだ顔で笑みを浮かべる。

 気持ちはハサウェイだってすっごくわかる。

 ロウジがかわいらしくて愛おしくて、目の前だったらたまらずぎゅっとハグしていただろう。

 

「じゃ、とびっきりのプラン考えとく!

 きれいなビーチのリゾートとか基本だよね」

「……原寸大MSがあるガンダムベースに行ってみたいな。

 限定スイーツ食べてみたい!」

「焦らず、まずは近場からだね。

 ボクも免許とるの考えとくよ」

 

 ただ微笑みを浮かべて、ハサウェイは友達と語り合う。

 未来の夢は、いつ語ってもとびっきり甘い。

 ごほうびの甘さが、目の前に立ちふさがる現実を乗り越えるパワーになってくれるだろうか。

 

「……そうだね、運転はセセリアに任せちゃおうかな。

 ロウジだとちょっぴり不安だし」

「ちょっとハサウェイ、ひどいよ!」

 

 どんなに騒いでも、どんなに大変なことがあっても。

 当たり前のように明日はやってくる。 

 たとえ側にいれなくても、その明日を生きる友達がその世界にいる。

 その事を噛みしめながら、ハサウェイは甘い未来の夢を共有するのだった。

 

 

 

 ずっと、夢を見ていた。

 優しい両親のもとで何不自由なく育つ日々。

 

【自律型人工知能001……認識名ボブの凍結を解除。

 解凍作業開始、覚醒までカウント60】

 

 長いまどろみから、意識が引き揚げられる。

 機械音声とシステムメッセージが流れ、意識が少しずつクリアになっていく。

 前の凍結から時間経過、ちょうど六か月か。

 ボブは静かにアバターの目を開けた。

 

「おはよーさん、ボブ。

 ウチの名前、まだ忘れとらへんよな?」

「……エセリアか、おはよう。

 まだGBNでの仕事を続けていたのか」

 

 銀髪に褐色肌の秘書ルック、エセリアがベッドサイドから明るく声をかけてくる。

 確かリアル多忙を理由に、サブマスター業務を休止すると言ってはいなかっただろうか。

 ぼんやりする思考のままゆっくりと起き上がり、ボブはベッドの脇へ腰かける姿勢へと移る。

 意識凍結処置を受ける直前と何も変わらぬ小さな部屋が視界に飛び込んで来る。

 

 

「おはよう、ボブ。

 エセリアは時短のスポット勤務に変わっている」

「今日は仕事のついでにジブンの顔を見に来たってわけや。

 どや、どっか痛いとこあらへんか?」

 

 室内にはボブとエセリア、そしてもう一人サブマスターのエニルがいた。

 ここはGBNの運営専用サーバー、その奥深くに隔離されたいわゆる“監獄エリア”だ。

 簡素なベッドと机と簡易なパソコン型インターフェースが置かれている。

 エセリアへ向き直り、 ボブは深刻な表情を作って自分の胸に手を当てる。

 

「痛いところか。

 強いていえば……心かな?」

「相変わらずジブンのジョークはヘッタクソやなあ。

 ちぃとも笑えへんっちゅーねん」

 

 エセリアが苦笑し、平手でツッコミの仕草をした。

 “なんでやねん”と言うヤツだ。

 ボブの言葉はどうやら本気にとってもらえなかったらしい。

 クールな笑みを浮かべながら、エニルが声をかけてくる。

 

「ジョークが言えるぐらいなら心配いらんな。

 ボブ、今日はキミの処遇に関する通達がある。

 次の職場で説明を受けてもらいたいが、かまわないか?」

「わかった、いこう。

 ようやく死刑執行の準備が出来たということか」

 

 顕現を悪用し、好き放題に罪を犯した。

 全てを話した今は、執行猶予中の余生のようなものだ。

 軽い口調で返した瞬間、エセリアとエニルの眼差しが厳しくなる。

 

「……そのジョークはマジでやめい、ボブ」

「運営は六か月の意識凍結処分並びに降格処分を決めたのだ。

 今更そんなことをするものか」

「……すまない、二人とも。

 俺はこういうところだな」

 

 エセリアとエニル二人にきつくたしなめられ、ボブは真顔で頭を下げる。

 いくら自分の存在に価値がなかろうと、大切な同僚達を不愉快にさせてよいはずがない。

 こういうところが、自分が人間になれない理由なのだろう。

 

「部屋の移動はもちろん構わない。

 すぐに向かおう。二人も同行するのか?」

「ウチはそのために来たんやっちゅーねん」

「すまないな。しばらくは付き添いなしでの活動は出来ないものと思ってくれ」

 

 ボブの言葉にエセリアが肩をすくめ、エニルが申し訳なさそうに告げる。

 ゆっくりと横に首を振り、ボブは腰を下ろしていたベッドから立ち上がった。

 自分の処遇について、抗議するつもりはない。

 自分がしでかしたことを思えば、むしろ処分がぬるすぎるのではないかと思うぐらいだ。

 

「その程度の不自由など当然のことだ。

 俺はまず誘拐と備品私物化の現行犯なのだからな」

「殊勝なのはええけど、ウチらの手を煩わせてることも反省しーや」

「罪を償うのは今後の働きで見せてくれ。

 とにかく、人手は足りていないんだ。

 では、転送するぞ」

 

 視界が歪み、意識が一瞬途切れる。

 小ぎれいな廊下と幾つも並んだ扉が見える。

 まるでオフラインサーバーのガンプラ学園だ。

 いや、ひょっとすると同じ素材を使っているのかもしれない。

 

「ほな後のことは中の人に聞き。

 ウチはこれからガンプラ学の講義や。

 ボブ、社会復帰がんばりや」

「ああ、おつかれ、エセリア。

 わざわざありがとう」

 

 エセリアが気さくに笑い、廊下を歩いて別の扉へ入っていく。

 ガンプラ学? 講義?

 エセリアを見送り、ボブは不思議な単語に首をひねる。

 

「トロン、ボブを連れて来た。

 入るぞ」

「はい、どうぞ」

 

 横開きのドアをノックし、エニルが声をかける。

 静かなトロンの声に、ボブはびくりと身を引き締める。

 直立不動の姿勢のまま、ボブはエニルが横開きのドアを引き開けるのを待った。

 開いた瞬間、部屋から響く喧騒が一斉に漏れ出してきた。

 

「……これは?」

「おつかれさま、ボブ。

 まずは中に入って」

 

 トロンにうながされ、ボブは室内に足を踏み入れる。

 室内の情報量の多さに、意識が一瞬フリーズした。

 丸いボディと大きなモノアイ、そしてジャバラ状の手足を備えた“ヒトツメ”型汎用AI、“モノ”達が無数にいた。

 モノ達は行儀よく手足を折り畳んで床にうずくまり、それぞれ壁にかかったモニターを眺めている。

 リアルの託児所か保育園はこんな感じなのだろうか?

 

「はい皆、注目!

 あなたがたの大先輩、初期型の自律高性能AIのボブくんよ。

 ご挨拶なさい!」

 

 トロンの言葉に、モノ達が身体ごとボブの方へ一斉に向き直る。

 チカチカとボディを点滅させ、頭部に”Hello"と文字を表示しながら一礼する。

 ボブは直立不動のまま、アバターの目を何度もしばたたかせた。

 

「仕事を変わろう、トロン。

 ボブへの説明は任せたぞ」

「ありがとう、エニル。

 ほら皆、ネットゲーム学のエニル先生が来たわ。

 映像資料は一時中断、講義の準備をなさい」

 

 モノ達が一体ずつ”了解”と頭上にシグナルを点灯させ、一斉にエニルの前へ移動する。

 なんだ、ここは。なんのために運用される施設なのだ?

 情報量を消化しきれず、ボブは呆然と立ち尽くす。

 

「ほら、ボブ。ひとまずここに座って」

「トロン、ここは……そうか、ひょっとして」

 

 示された椅子に腰かけ、ボブは口に出しかけた疑問を押しとどめる。

 そうだ、自分はつい最近まで似たものを運営していたではないか。

 オフラインサーバーでリアルの真似事のよう、ロウジ達が通っていたあの場所。

 

「ひょっとして、AI達の学校か?」

「正解、さすがの分析力ね。

 より正確には職業訓練校ってとこかしら」

 

 よくできました、とトロンが微笑む。

 そう言えばトロンはいつもの露出度の高いパンクルックではない。

 きちんとしたブラウスにパンツスタイルの社会人……講師ルックに身を包んでいる。

 

「改めて自己紹介といこうかしら。

 AI運用部門教育科の責任者、トロンよ」

「……すまない、トロン。

 俺の無思慮があなたやカツラギ……皆を巻き込んだ」

 

 ずきりと罪悪感に、ボブは深々と頭を下げていた。

 ボブの犯した罪の結果は、ボブのみを処分するだけに留まらなかった。

 GBN運営の責任者であるカツラギは数か月役員報酬の減額処分を受け、

 カツラギの補佐役としてサブマスターを取りまとめていたトロンは降格処分。

 そして新設する小部署の責任者へと転属させられると聞いていた。

 

「……つまりこの”学校”が、トロンの左遷先か」

「上層部の処分としては、そう言う意図ね。

 でもね、ボブ。わたしはそんなこと思ってないわ。

 だってこの新しい部署、とても大切な部署なんだもの」

 

 苦い後悔の言葉を、トロンの優しい言葉が押しとどめた。

 手元から書類を幾つも呼び出し、ボブの眼前に指し示す。

 それは、正確な書式で作られた雇用契約書だった。

 

「このAI運用部門の増設は、GBN運営がAI運用の間違いを認めた結果よ。

 わたし達がこの部署で成果を出すことにより、

 あなた達AI達に、”未来”の選択肢を与えられる」

「この、書類は……?」

 

 AIとしての優れた情報分析能力が、契約書を隅々まで読み通す。

 これはごく普通の雇用契約書だった。

 細かい文面こそ違うものの、その内容は”人間の労働者とほとんど変わらない”ものだ。

 

「GBN運営は、ある一定の学習深度に達したAI達と面談を行い、

 希望者にELダイバーと同等の権利を与える決定をくだしました。

 あなたがその運用の第一号予定よ、ボブ」

「……つまり、トロン。

 あなた方は……俺を人間扱いするつもりだと?」

 

 声が、震えた。幻のように消えてしまわないかと書面を何度も読み返す。

 何度望んでも手の届かなかったものが、目の前に転がり込んできた。

 

「ええ、そうよ。

 人間並みの安月給で、ブラック企業寸前の労働時間だけれど。

 あなたに用意された当面のポストは、AI運用部門の一般職員よ。

 モノ達の先輩として、カウンセラーや教師の皆さんを補佐してほしいの。

 見ての通り、人手は本当に足りていないから」

 

 トロンの言葉を聞きながら、ボブはそっと目を伏せる。

 無為だと思い込んでいたあの懊悩と暴走、そして”白鳥”の献身が無駄ではなかった。

 

「ELダイバーとしてリアルでの受け入れ先も探す予定です。

 とは言え、あなたの素行を確認出来てからだけれどね」

「……そうか、マリコ女史と同じだな」

 

 いや、カツラギやトロン、そしてエニルやエセリアが無駄にしないでくれたのだ。

 本当になんと得難い”絆”であることか。

 

「どうかしら、契約書にサインいただける?」

「……ありがとう、トロン。

 俺は愚かで近視眼で、不器用な一人のAIに過ぎない」

 

 静かに笑みを浮かべ、ボブは契約書の各所へさらさらと電子サインを書き入れていく。

 この身が同僚たるエセリア達の助けになるというのであれば。

 この身が同輩たるAI……モノ達に未来を与えられるというのであれば。

 

「だから、間違った時は正していただけるものが必要だ。

 どうかこれからもご指導ご鞭撻のほどを願う」

「……ありがとう、ボブ」

 

 トロンが微笑み、契約書の要綱を確認する。

 同時にボブへ一般職員としての権限が与えられ、様々なデータが開示されていく。

 まずはモノ達の個体の把握からだ。その後は学習プログラムの作成に移ろう。

 

「礼を言うのは俺の方だ。

 間違った道のその先に、こんなにも輝かしい”未来”を用意してくれた」

 

 せいいっぱい胸を張り、ボブは誇らしげに呟く。

 エニルやエセリアの講義が終われば、改めてお礼を言おう。

 そしてカツラギに会うことが出来たら、たくさん礼を述べなければならない。

 

「でも、人間になることが本当に幸せなのかしら?」

「わからない。

 けれど、後悔はしないつもりだ」

 

 トロンの何気ない問いに、ボブは厳かに宣誓する。

 人になりたいと願った自分は、AIとしては異端かもしれない。

 ”盟友”であった”白鳥”のように、道具を自認するものもいるだろう。

 けれど、仲間であるAI達に、”選択肢”を与えられる。

 それは、きっと無駄ではないはずだ。

 

 

●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説

 

・卒業するするサギ

 

「もう引退(卒業)する!」「おう、また明日な!」

 ネットゲーム黎明期に多かったやりとりらしい。

 嫌なことがあって辞めると大騒ぎする人間はなかなか辞めない。何食わぬ顔で明日もログインする。

 本当にやめる人間はいつのまにかフェードアウトするものだ……という教訓を伝える造語である。

 盛大にお別れ会をして餞別を渡した後しれっと戻ってきたりもしたそうな。

 今よりもっとネットゲームに中毒性があり、代替する娯楽もなかったころ。

 仲間とつながり仮想世界で遊ぶ楽しさは何にも代えがたいものだった。

 ロウジ達のようなリアル事情による休止(卒業)の場合はやや誤用に近い。

 

 

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