リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。   作:ゼラチナマスター

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インターミッションと言う名のリアルワールドを描いたエピローグです。

来週2/1(日)に後編を投稿し、これにて完結です。

いつも以上にだらだらと描いております。
気楽にお読みください


インターミッション 6toF 可能性は万色に輝いて(前編)

 

「ほら、時間だよ。

 目つぶってないで……画面、クリックするよー」

 

 努力が必ず報われるなんて、フィクションでもありえない。

 けれど努力しなければ、挑戦したって勝利のワンチャンスさえ掴めない。

 それを“わたし”はGBNでたっぷり味わってきた。

 

「待って、まだ心の準備が!

 後10秒!」

「しーらない。

 ほい、ポチッとな〜」

 

 往生際悪いロウジの懇願を切り捨て、マウスのクリック音が響く。

 恐る恐るまぶたを開き、重くてロードぐるぐる中のパソコン画面を見つめる。

 ここはリアル、関西にあるとあるマンション、セセリアのマイホームのリビングだ。

 季節は冬まっさかり、高校受験のシーズン。

 今日はその天王山、志望校の合格発表日なのである。

 

「ああ、神様。決着は人間の手でつけます。

 どうか手をおかしにならないで……」

「ベラ・ロナ艦長の名台詞が台無しぃ!?」

 

 セセリアの手をぎゅっと握りしめ、ロウジは祈るような気持ちで目を開く。

 ホームページの更新が終わり、無機質な番号が羅列された合格者の番号リストが目に入る。

 まるで電車に駆け込み乗車で飛び乗った時みたいに、心臓の鼓動が荒い。

 もう一度セセリアの掌をぎゅっと握り、マウスホイールで画面をスクロールしていく。

 上から順に001、007……飛ばして039、047、053、”054”、059……054ある!

 受験番号054。何度も受験票と画面を見直して。

 不合格者の列じゃないかと画面を確認して。

 数字を入力して検索して。頬をつねって。

 セセリアを見て、ノートパソコンの画面を指差す。

 

「054!

 ……ねぇ、見て、番号、あるよね」

「……うん。

 054、あるよ。番号間違ってないよ」

 

 夢じゃない。見間違いでもない。

 セセリアがすごく優しい微笑みを浮かべながら、大きな手でサムズアップしてくれる。

 その手を両の掌でそっと触れ、ぎゅっと握りしめ、そのまま天を仰いで声も限りに叫ぶ。

 

「やったよ、わたし受かった!

 受験成功、勉強終わり!

 ゴッドガンダム大勝利、希望の未来へレディゴー!」

「やったじゃん、まりあ!」

 

 セセリアが痛いぐらいにぎゅっとロウジを抱きしめる。

 そのまま思いっきり抱えあげてぐるぐる回る。

 痛い、高い、なにこれ!

 マンション天井ぎりぎりの高さで頭がぐるぐる回る。

 セセリアの顔がくっしゃくしゃ、今にも泣き出しそう。

 

「ちょっと、おバカ、離して!」

「やだ、離さない!」

 

 ふわふわと気持ちが浮き立つ。

 世界が虹色に輝いてみせる。

 イチャイチャとワチャワチャの大騒ぎ。

 ご近所迷惑だと叱られるまで、ロウジはセセリアといっしょに喜びを噛み締め続けた。

 

 

 

 メールの着信に、びくりと身を震わせる。

 件名を確認し、本文を確認。

 ハサウェイは満面の笑みで両手を握り合わせた。

 

「くくく……そうか、来るか」

「ふふふ……これにて我らも命脈をつなげるやもしれぬ……」

「ほほほ……そなたの深謀遠慮も大したものよのぉ」

 

 三者三様の笑いが狭い小部屋にこだまする。

 広げた扇子で口元を隠し、意味深なだけで中身のないセリフを言い合う。

 大奥で悪巧みする御局様、ヒロインをいじめる悪役令嬢、まるでアニメの悪役そろいぶみだ。

 お外でやったらドン引きモノだが、幸いここはリアルの一室。

 関西地方の女子校の部室棟、小さな同好会がもらった部室の中だ。

 ノリのいい仲間達に笑い、ハサウェイは真面目な報告をあげる。

 

「部長、先輩。

 “ロウジ”が無事に編入試験に合格したようです。

 後日、勧誘をかけさせていただきます」

「やったわ、例のGBNつながりのフレンドちゃんね!」

「念願の新入部員候補!

 勧誘出来れば今年の全日本ガンプラバトル選手権“中高生の部”にエントリー出来るかも……」

 

 今年3年になる部長が手元の元祖SDにせガンダムを掌に乗せておっとり微笑む。

 同じく3年になる眼鏡の先輩が1/144EWACジェガンを天へ突き上げ、吠える。

 ううん、期待が重い。勧誘に失敗したらどうしよう。

 素組みのクスィーガンダムを前に、ハサウェイは胃の辺りをそっと掌で抑えた。

 

「腕前は保証します。

 ただ、人みしりの内気な子だから、あわなかったら無理はさせたくないので……」

「いいわよ、そこは。

 ガンプラ同好会は仲良しサークルだもの」

「……まぁ、そこはね〜。

 ガチでバトル勝ちたいですとは思わんわけよ。

 うちらの空気感崩すまでは望まないし」

 

 ここはロウジの志望校でハサウェイの在籍校。

 関西のとある中高大一貫教育の名門女子校である。

 ハサウェイの所属するガンプラ同好会はメンバーはたった3人。

 ガンプラバトルが世界的な娯楽となったこの時代でも、ガンプラはやはり男子偏重の趣味なのだ。

 ましてガンプラバトルともなれば、さらに門戸はきつくなる。

 

「でも、大会の空気感ちょっと味わってみたいっていうか〜」

「青春の1ページって感じでがんばってみたいところはあるのよね。

 私達は受験生の皆と違って、内部進学組だから……」

「部室を貰うからには実績も欲しいですものね……」

 

 先輩のぎらぎらした視線と部長のほわほわした微笑に圧をかけられ、ハサウェイは苦笑する。

 自作したガンプラを飾って、アニメの話をして。

 週刊誌を読み回してオススメの単行本を貸し借りする。

 学年こそ違えど、ここの居心地が良いのはハサウェイも同じだ。

 

「ともあれ今日はすいません、早上がりします。

 憂いなく友達の合格お祝いパーティやれるみたいですし」

「勧誘は忘れていいから、ごゆっくり〜」

「いてら!

 キルケー2周目行くなら頒布物見せてね」

 

 先輩と部長に一礼し、ハサウェイはコートを羽織って部室棟を出る。

 寒い風が身に吹き付ける。季節はもう冬。

 “卒業”から半年、たった半年はあっという間だった。

 

「……がんばったね、まりあ」

 

 ロウジのリアルネームを呟き、ハサウェイは静かに微笑む。

 待ち合わせ場所を確認し、最短でのナビをスマホに入力する。

 高揚で寒さは感じない。

 祝福の言葉を考えながら、ハサウェイは駅への道を急ぐのだった。

 

 

 

 目の前にあるのは、知らない誰かのお墓だった。

 

「……ここに眠っているのは、私の姉だ」

 

 冬の静かな日差しの中、ロウジのパパが厳かに語る。

 パパの肩に20cmサイズのドールボディで乗りながら、マリコは静かに手をあわせる。

 ここはリアル、関西地方のある住宅街外れ、山間にある大きめの霊園だった。

 死者への礼儀はこの世界でも不思議と同じだ。

 静かに祈りを捧げ、思いを投げかける。

 

「……真新しいお花。

 このお墓、まめにお手入れされているのね」

「多分、ママの双子の妹さんだな。

 いつも朝早くから来て、キレイにしてくれるんだ」

 

 マリコのつぶやきに、パパが複雑な表情で呟く。

 きっと聞きにくい事情があるのだろう。

 マリコは小さく首を振り、パパの言葉に意識を集中する。

 

「私の姉は、ママやママの妹、そしてカツラギのゲーム仲間だったんだ。

 そしてなにより、私のガンプラ道にとって最大のライバルだった」

「どうしてかしら、不思議。

 わたしはこの人のことを知らないはずなのに。

 ……この人の名前、知っていた気がする」

 

 マリコの呟きに、パパの横顔がかすかに動く。

 やはりそうかと、その表情は言っていた。

 繊細で生真面目な面立ちに複雑な感情をにじませ、パパが静かに告げる。

 

「ELダイバーは、GBNに漂う”情報”の欠片から生まれるそうだ。

 きっと、あなたの構成する何%かは、私や皆の知る姉の情報が作り上げたのだろう」

「うそみたいなお話。

 でももしそうだったら、とてもロマンチック」

 

 対照的にマリコは明るい声を返す。

 リアルで自分がもらった居場所は、本当に温かく心地よいものだった。

 自分のルーツがどこにあっても、それは変わらない。

 

「私は、君を姉に重ねていた。

 すまない、マリコくん。

 君は姉ではないと頭ではわかっているのに……」

「ありがと、パパさん。

 ”家族”として、お姉さんのお墓参りに連れて来てくれたのね」

 

 パパの重苦しい懺悔を、マリコは静かに遮る。

 生真面目さは美徳だが、時にそれは重荷となる。

 パパが自分にどんな思いを託していようと、それがどうしたと言うのだ。

 

「わたしはサイド3生まれのジオン公国民、マリコ・スターマイン。

 ELダイバーでロウジくんのお姉さんで、パパさんの義娘。それだけですのよ」

「それだけと言うには、

 既にずいぶん設定が過積載気味じゃないかな」

 

 マリコのやわらかな微笑みに、パパが口元を緩めて苦笑する。

 軍人だったマイケルとは違う、線の細い笑顔だ。

 けれど不器用に微笑むパパのこと、だいぶ好きになってきた。

 

「ありがとう、マリコ。

 ようやく一つ、肩の荷を下ろせた気がするよ」

「どういたしまして、パパさん。

 ……じゃ、帰りましょう。

 ロウジの受験結果がどっちにしろ、労ってあげないと、ね」

 

 パパの肩でそっとお墓を振り返り、マリコは静かにもう一度呼びかける。

 さようなら、パパのお姉さん。

 わたしの産みの親だったかもしれない人。

 冷たい冬の風が頬を撫で、マリコはドールサイズのコートの前をしっかり閉じる。

 その瞬間、ふわりとやさしく笑う女性の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 

「……ね、パパさんは幽霊、信じる?」

「いやぁ私はオールドタイプだからね」

 

 リアルに魔法やオカルトなんてないらしい。

 今のは気のせいか記憶の錯誤だろう。

 でも確かに今、造り物のこの胸が温かくなったのだ。

 ならばあの微笑みの正体なんて探らなくてもいいじゃないか。

 

 

 

『閃光のハサウェイ“キルケーの魔女”

 劇場で大好評放映中!』

『と言う事で本日はここまで!

 チャンネルをお送りしたのは皆のぷりちーエセリアちゃんと……』

『ロージィのガンプラチャンネルでした!

 高評価とチャンネル登録お願いしまーす』

 

 天吊りの中型モニターから流れる運営放送が、狭い店内に響き渡る。

 放送を聞きながら、グレミーは値段とパーツたっぷりのHGガンプラを組み上げる。

 ここはリアル、関西地方の住宅都市にある小さなホビーショップのフリースペースだ。

 運営放送の音に交じり、ニッパーとヤスリの規則正しい作業音が混じる。

 グレミーの手元で一つのプラモが組みあがりつつある。

 ちょうど放送で紹介されたばかりの新商品、グスタフ・カール00型だ。

 

『続きましての放送は、我々アリヤとフェルシーの!

 ”新実装ステージ紹介”だ!』

『見てますか、グエル先輩~。

 それ以外の皆様も、チャンネルはそのままでよろしくっす!』

 

 寒い時期の平日午後、ワンルームマンションほどの店内にはグレミーと店主だけ。

 店内に吊られた中型モニターからはGBN運営の宣伝チャンネルが流れっぱなしだ。

 実に重厚感のある作りだ、グスタフ・カール。

 まさしく連邦の大型量産機の最終発展型にふさわしい。

 最後のパーツをパチリと手元のガンプラへはめこみ、グレミーは満足気に笑う。

 

「しかし、運営チャンネルも群雄割拠になりましたね。

 ロージィにアリヤ、フェルシー。後は歌姫コンビでしたか。

 トロン女史一本に絞るより、発信者は多い方が健全かもしれません」

「うむ……」

 

 グレミーの言葉にも、店主からは生返事しかかえらない。

 レジカウンター奥の作業席でパソコンの前に腰かけ、店主はぼんやり虚空を見つめている。

 キーボードに指は添えられているが、全く手は動いていない。

 まさに、心ここにあらず。

 

「そろそろだろうか……?」

「……マスター。やっぱり今日ぐらい店を閉めて、

 奥さんについておくべきだったんじゃないですか?」

 

 店主へ穏やかに呼びかけ、グレミーは素組みが完了したグスタフ・カールを箱ごと鞄へしまう。

 説明書をクリアファイルへ保存し、不要になったガンプラランナーを回収ボックスへ投入。

 次の利用者のために作業用フリースペースの机の上を片付け、上着を羽織る。

 

「仕方ないだろう、アイツ本人の希望だ。

 子供達のために、店を開けておくようにって」

「子供達もすぐ帰ってったじゃないですか」

 

 いつもは頼れる雰囲気の店主が、檻に入れられた獣みたいに落ち着きがない。

 微笑ましくはある。自分が同じ立場になったらもっと慌てているだろうか。

 その時、外の階段を元気よく駆け上がる足音が響く。

 やれやれ、常連様は相変わらずやかましい。

 苦笑するグレミーの前でドアが乱雑に押し開けられ、ドアベルをからんころんと鳴り響く。

 

「朗報!

 ガンプラ組んでいる場合じゃないぞ」

「いらっしゃい」

「……店内では、お静かに。

 今日は墓参りじゃなかったのか?」

 

 戸口に立っていたのは茶色に染めた髪の毛を短く切り揃えたボーイッシュな雰囲気の少女。

 グレミーの友人でこのガンプラショップの常連、プルツーだった。

 穏やかな笑みを浮かべた店主の代わりに、グレミーがプルツーを静かにたしなめる。

 プルツーがしかめっ面ながら小さく一礼し、ひそめた声で言葉を続ける。

 

「伯父と従姉妹が行くと聞いたから、朝一番で墓参りは終えたよ。

 それよりも……”ロウジ”のヤツ、無事に第一志望合格したそうだ」

「おお、それはめでたい。

 ……いつの間にリアルのロウジくんの連絡先を?」

「……いえ、俺は顔も名前も知りませんが」

 

 店主の問いに、グレミーは首をひねる。

 GBNではライバルとして親しくさせてもらったが、リアルでは顔も名前も知らない。

 共通の知人である今はフォースが同じマリコ女史から連絡でもあったのだろうか。

 

「ロウジのヤツに”GM-ARMS”一同から祝いの品を送る。

 一口1000円、出してくれるな?」

「……構わないが、また急だな?」

 

 当然と言った顔で手を差し出すプルツーに苦笑し、グレミーは3枚の1000円札を手渡す。

 どうやらプルツーは実際にロウジと面識があるようだ。

 グレミーから金を巻き上げる口実とするようなプルツーではない。

 

「仕方ないだろう。

 アタシもつい最近知ったばかりなんだ」

「リアルで知り合いなら、より仲良く出来るな」

 

 プルツーとグレミーの横で、店内のモニターがアリヤとフェルシーの運営チャンネルを流し始める。

 横にたたずむジオン軍服の男性は確か、マイケル・スターマイン大尉だったか。

 

『サイド3のZコロニーを舞台のミッションもいよいよ佳境!

 恐るべき敵と、頼れる味方1日号がキミを待っている!』

『迫り来る悪の連邦軍!

 コロニーを破壊するための核ミサイル!』

『頼んだぞ、我らジオンの勇士達!

 ブラスターマリを助け、Zコロニーの平和を守るのだ!』

 

【この呼びかけはZコロニーの設定にあわせたものであり、

 GBN内での連邦ジオンの扱いが今後固定されるわけではありません】

 

 言わずもがなの注釈に、グレミーは肩をすくめる。

 残念ながらブラスターマリステージは、グレミーとあまり趣味のあわないミッションらしい。

 その時、スマートフォンにメールの着信があった。

 奥で店主がびくりと身を震わせ、慌ててスマホの画面をタップしている。

 メールの本文に目をやり、グレミーは微笑む。

 

「マスター、おめでとうございます!」

「産まれた、息子だ!

 すまない、今日はもう臨時休業にさせてもらう」

「そんなの当たり前じゃないですか!」

 

 子供のようににやける店主に、グレミーは笑顔で祝福の言葉を投げかける。

 ひねくれもののプルツーすら、素直に笑顔で祝福する。

 家庭とリアル事情は最優先。GBNをやっていれば自然に身につく流儀だ。

 

「片づけ、手伝います。

 すぐ病院へ行ってください!」

「馬鹿を言うな、お客へ手伝いを求めてどうする」

「今度、写メ見せてね」

 

 申し出た手伝いを店主に笑いながら断られ、グレミーは諦めて荷物をまとめて店外に出る。

 勝手に外の開店中の札を裏返し、店のシャッターを下ろしておく。

 これぐらいしておいても怒られはしないだろう。

 コートをしっかり着込んだプルツーが、にやりと笑って手招きする。

 

「うち、来いよ。

 今夜ロウジをボコる作戦会議しとこうぜ」

「復帰者に花を持たせてやってもいいんじゃないか?」

 

 プルツーの気軽な誘いにうなずき、グレミーは歩幅を合わせて歩き出す。

 半年余りの時間は、あっという間にすぎてしまった。

 研鑽は重ねたはずだがこれといった成果は上がっていない。

 

「ロウジがそんなタマかよ。

 どうせセセリアの新型に乗って来るぞ」

「……ブランクありとは言え、油断出来ない相手か」

 

 心底楽しげなプルツーに、グレミーは静かにうなずいて見せる。

 ロウジくんには悪いが、研鑽の成果を試させてもらうとしよう。

 自分達の過ごした日々が、有意義なものだったのだと。

 

「また始まるんだ、騒がしく楽しい日々が」

「新生”GM-ARMS”の実力、ロウジくんに見せつけてやろう」

 

 牙を剥くように笑うプルツーに、グレミーは小さく肩をすくめる。

 まったく、ロウジばなれの出来ないヤツだ。

 思った瞬間、脇腹を肘で小突かれた。

 口に出してはいないはずだが、表情でどうやら悟られたらしかった。

 

 

 

「そうか……おめでとう。

 しばらくの進路はこれで安泰だな」

「ええ。ようやく肩の荷が下りたわ。

 大学も内部進学狙いだから、大学受験考えなくてすむもの」

 

 香草といっしょに肉を焼く香ばしい匂いがあたりに立ち込める。

 スタンドへ固定したスマホ越しにリアル通話を行い、トロンはやわらかい笑みを浮かべた。

 ここはリアル、関西地方のとある高級住宅街にあるトロン達のマイホームのキッチンだ。

 通話相手は同僚でもあり、リアルでも親しい相手であるエニルだ。

 家同士の付き合いは絶縁状態だったが、エニルとトロンだけは母親同士で細々と交流が続いていた。

 

「今日はたっぷりお祝いしてあげるといい」

「ええ。あの子の好きなものを作ってホームパーティよ。

 セセリアちゃんとハサウェイくんも呼んでね」

 

 年が明けてから、トロンは愛娘の受験応援のため運営の仕事を休ませてもらっていた。

 エニルと言葉を交わすのも年始の挨拶以来となる。

 お互いGBNでは顔見知りのダイバー同士だ。

 こんなに近くにいたとしったら、ロウジはいったいどんな顔をするだろう。

 くすくすと悪戯っぽく笑いながら、トロンは手早く手元の作業を進めていく。

 

「近々、そちらに顔を出させてくれ。

 そろそろ赦してやっていいかとも思ってな」

「あら、本当!

 うちの子もきっと喜ぶわ」

 

 エニルがクールな顔に珍しく優しい笑みを浮かべる。

 冷蔵庫にはラップをかけたスモークサーモンと生ハムのサラダ。

 今焼いているのは我が子の大好きなローストビーフ。

 鳥の手羽先の下ごしらえはすませたから後でさっと焼くだけ。

 トロンは手元作業を続けながら、ほっとした顔でエニルに応える。

 タイマーと温度管理は機械任せでOK。キッチン周りの技術の進歩は目しい。

 

「なにより、うちの子達が喜ぶだろう。

 今、うちの子が一人、挨拶したいらしい。

 料理中だが、かまわないか?」

「ええ、大丈夫。

 あとはほとんど、焼きあがるのを待つだけだもの」

 

 エニルの提案に、トロンはにっこり笑顔で応える。

 通話しながら料理など、昔はとても考えられなかった。

 それでも、通話画面に出て来たその姿に、トロンは慌てて手元作業の手を止めた。

 

「すまない、これでそちらには聞こえているか?」

「ああ。スマホはこちらに固定しておくよ」

 

 緑のボディの、いかにも量産機めいた塗装のガンプラがスマホの画面で手を振っていた。

 1/144サイズのガンプラが、戸惑ったように頭部をかしげている。

 1/144デスルターだ。通話先はもちろんGBNではなくリアルのエニルの部屋だ。

 普通のガンプラがこのリアルワールドで動くはずはない。となれば、つまり。

 

「まぁ……よく来ましたね、ボブ。

 リアルワールドへようこそ。

 そして……おめでとう」

「……ありがとう、また世話になる。

 カツラギや運営のご厚意でこちらへやってくることになった。

 ELダイバーのボブだ」

 

 ガンプラサイズの白衣と伊達メガネを身に着けたデスルター。

 姿こそ違えど、アバターとしてのボブの姿をほうふつとさせる。

 アバターではない生身の姿で、トロンはかつての同僚へにっこりと微笑みかける。

 デスルターがきちんと背筋を伸ばし、ゆっくりと礼儀正しく45度の角度で頭を下げる。

 

「何分こちらではニュービーだ。

 ご指導ご鞭撻のほどよろしく頼む」

「ふふ。あなたのお義母さんの言う事をよく聞けば大丈夫よ。

 ちょっと短気なところもあるけど、やさしくて気がつくお母さんだから」

 

 生真面目なボブの言葉に、トロンはやさしく微笑み返す。

 ELダイバーを預かるには、資産と安定した家庭環境が必要となる。

 運営関係者であり、一時の母でもあるエニルが選ばれたのは納得の判断だ。

 

「短気とは失敬な。そちらがのんきすぎるだけだぞ」

「ふふ、わかっています。

 生真面目で繊細なのはあの人そっくりよね?」

 

 トロンの言葉に、ボブを膝の上に乗せたままエニルが唇を不機嫌そうに引き結ぶ。

 そんなエニルの様子に、トロンも口元を抑えてくすくす笑う。

 エニルもかすかに苦笑し、やれやれと肩をすくめる。

 ああ、時は流れ、日々は過ぎていく。

 今までと全く同じでなく、少しずつ変わっていく。

 

「さて、うちの子の受験も終わったし、

 卒業と入学がひと段落したらわたしも運営の仕事に復帰するわ。

 二人とも、これからもよろしく」

「無論だ」

「ああ、もちろんだとも。

 同僚、仲間……そして”盟友”のためにも」

 

 微笑むエニルの膝の上で、ガンプラボディのボブが決意の表情でうなずく。

 ちょうどそのタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。

 インターホンカメラの方には、コート姿のパパが映っている。

 

「ごめんなさい、そろそろ旦那様がお帰りみたい。

 内緒話はいったん終わりにしましょう」

 

 通話相手のエニルに手を振り、会話を打ち切る。

 この寒い中、外で待たせるわけにはいかない。

 家族となったエニルとボブがスマホの画面の中で微笑む。

 

「うむ。ヤツによろしく」

「次に会えるのを楽しみにしている」

 

 トロンは通話の切れたスマホを伏せ、小走りに玄関へ向かう。

 先にリビングの扉が開き、元気な足音が玄関まで駆けだしていく。

 大きな音を立てて鍵を開け、ドアが引き開かれる。

 

「おかえり、パパ!

 おかえりなさい、マリコさん!」

 

 無邪気な笑顔で父親へ飛びつく愛娘を眺め、トロンは微笑む。

 まもなく高校生になるというのに、まったく子供なんだから。

 時が過ぎても、変わらないものがある。

 

「おかえりなさい、二人とも」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、トロンは帰宅した家族を出迎える。

 冬から春。芽吹きの季節だ。

 エニルの一家も、私達も大きな変化を迎える。

 今日はめでたい祝いの日。

 これからわたし達はどう変わっていくだろう。

 それを楽しみに、トロンは母として家族をやさしく見守るのだった。

 

 

●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説

 

・ロウジの志望校

 

 関西の中高大一貫の女子高がモデルです。

 そもそも編入試験が今もちゃんとあるのか?

 勉強もかなり高度なため、半年足らずの勉強で入れるとかロウジ優秀なのでは?

 その辺は主人公補正とファンタジーでよろしくお願いします。

 今まさに受験勉強真っ最中の方、その親御さん達の健闘をお祈りします。

 ロウジが一番喜んだのは大学と共通のおしゃれな食堂とカフェのようです。

 実際は混雑しているため、業者注文のお弁当を利用することになるんじゃないでしょうか。

 

 

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