【完結】匂いで交わる恋もある   作:足洗

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題材元イラスト!!!!

https://www.pixiv.net/artworks/116646774


卒業式

 

 彼の匂いが好き。日向を思わせる暖かで柔らかな、彼の人柄を感じさせる。

 彼と過ごす部室が好き。仄かに感じる彼の匂いと気配が、安心する。あの静かで冷えた家とは違う。

 彼の声が好き。言葉の選び方が、ゆったりとした所作が、私を想いやってくれているのだと解る。

 私は、彼が……好き。

 それは、なんて白々しい。現金だ。最初は下心だった癖に。

 その匂いが甘美で、官能的で、気持ちよかったから。

 私は自分をただの体臭性愛者(オルファクトフィリア)だと思っていた。性的倒錯を恋愛感情と勘違いした変態女だと。

 そんな人間が、今更、真っ当な恋心を騙るなんて、烏滸がましい。

 なにより不純だ。彼を虚仮にしている。

 

「一体どの面下げて……」

 

 言えるのか。

 貴方の匂いに私は病み付きです。だから私は貴方が……貴方が……。

 自室の勉強机に向かいながら、私は一人途方に暮れた。

 作業は先程から遅々として進まない。手元には、数種のアロマオイルと密閉容器がある。

 思えば、どうしてこんなものを作ろうとしているのだろう。

 ポプリなんて、今までは見向きもしなかった少女趣味だ。勉強漬けで外でも優等生を演じるのに必死で趣味らしい趣味を持ったこともない。

 匂い。香り。

 そういうものに拘泥し始めたのは、彼に出会ってからだ。

 彼の匂いが好きだから。いや、好きなのに。

 違う香りで染めようとしている。手作りのポプリを送って、自分も同じものを身に着けて、匂いを共有しようとしている。

 同じに匂いになろうとしてる。

 矛盾だった。

 でも、そうしたい。

 彼が他人の、他の女の臭いを纏っていることが我慢ならない。

 彼の匂いが変質する以上に私は、それが、許せなかった。

 違う、のかな。

 匂いを好きになったから、彼のことも……そう思っていた。

 私はただ自分のフェティシズムによって彼を性感の道具にしてしまっていたのだと、自分自身に失望していた。

 けれど、逆だったのか。

 私はただ気付くのが遅かっただけなのか。

 私は、彼だから。

 他の誰でもない、彼の匂いだったから────

 

「……どうしてもっと早く……」

 

 臆病な私に残された時間は刻一刻失われていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「進路は、もう決めた?」

 

 不意に先輩は問うた。

 放課後の部室。

 遠く聞こえる管楽器の音。

 運動部の威勢の良い声。

 机上に広げた参考書に向かい唸り悶える己と、壁際のソファーに腰掛け文庫本を開く彼女。いつもの風景。

 そしてそれは今の今まで交わしていた世間話の続きだった。時節柄にも相応しい話題だろう。

 

 俺は、即答できなかった。

 恥ずかしい話、迷っている。

 それどころか何らの具体的な方針も、どころか目途も、定まっていないというのが正直な所で。

 そう白状すると先輩は笑った。

 俺はよほどに情けない顔をしていたらしい。

 先輩は、確か……そう曖昧に問い返す。あるいは確認行為に近い。

 彼女の進路については以前から聞き知ってはいたのだ。

 

 期待、なのだろうか。浅ましい期待。

 そうして当然そんなものは成就せず。

 先輩は国内最高峰に位置する大学名を口にした。

 実際彼女ならばそれは当然の選択に思えた。学力という一点のみ考慮しても。またそれ以外の気質、志、人としての有様などそれこそ相応しいと。

 喜ばしく、また敬服を覚えるべきこと。

 俺は凡庸な激励に、ひどく、ひどく白々しい心配の言葉を添えた。

 

「ありがとう」

 

 彼女の微笑は変わらず綺麗だった。出会った頃から、むしろより一層この人は綺麗になっていく。

 ミディアムほどに少し伸びた髪。

 右目に前髪が垂れてその白面を僅か覆う。

 俺は何故か無性に後ろめたくなった。

 真心からのものではないからだ。励ましも心配も。

 俺は慌てて言を継いだ。

 流石、やはり頭の出来が、人として憧れる、俺なんかとは住む世界が。

 違う、と。

 空気が静止した。まるで霜が降りたような冷えを肌身に感じた。

 

「どうして」

 

 参考書の文字列に逃げていた視線を上げる。

 変わらず綺麗だった顔に、笑みはもはやなく。

 あるのは。

 そこに宿っているのは。

 なんだろうか。

 この色、形。

 怒り、悲しみ。

 いやこれは────失望だ。

 

「君までそんなこと……」

 

 俺は彼女に心底がっかりされていた。

 数秒か、あるいは数分。

 室内に重い沈黙が満ちる。

 何か言い訳を口にしようとしたが喉から出るものは音にならない呻きばかり。

 結局先に動いたのは彼女で。

 

「先に失礼するよ」

 

 文庫本を鞄に仕舞い、先輩は足早に部室を出ていってしまった。扉の閉まる音が異様に鋭く耳を、心臓を突いた。

 しんと静まった空間、外界の騒音が茫然とした意識の中へ徐々に戻ってくる。取り残された己は、為す術もなくただ途方に暮れた。

 とりあえず無様に天井を仰ぐ。

 どうもこういう展開を以前から心のどこかでは予感していた気がする。

 

 進路希望調査のプリントが配られた時か。

 各部活動が軒並み佳境を迎え出した時か。

 三年のクラス周辺に受験を控えた緊張感が漂い始めた時か。

 生憎、どれも他人事の感は拭えない。

 この二年間の思い出など俺には一つしかない。一事が万事記憶の野には先輩がいる。

 彼女との時間。

 そうだ、俺が悟った終わりはただ一つ。

 彼女の卒業。

 

 溜息を吐いた。

 何を今更、何を当たり前なことを。

 順当に進級すれば彼女が先に学校を巣立つのは極自然の成り行きではないか。

 それをどうして祝ってあげられない。

 門出を、喜びと共に送り出すことこそ後輩たる己の務めであろうが。

 俺は、幼稚に駄々を捏ねている。

 口にはすまい。

 態度にも極力示すまい。

 ……しかし。

 先輩との別れに俺は殊の外絶望している。

 

 それが身の程知らずな考えであることなど承知している。

 初めから何一つ釣り合うものはない。

 精々が悪人ではないというだけの己と秀で優れた英才の君、美しい人。

 それでも短くない時間を共有し己の中で彼女が特別な位置付けに至ったのは自然の流れというものだ。

 では、彼女は?

 彼女の中で己は奈辺に位置するのか。

 聞きたくはない。

 知りたくもない。

 意気地のない凡夫はそれを問うことがどうしてもできなかった。

 拒絶されるのが嫌なのか?

 確かにそれは嫌だ。

 彼女に嫌悪され忌避されるなど、想像するだけでも裏庭の大楓で首を吊りたくなる。

 だが己が最も恐ろしいのは、もっと単純なことだ。

 

 住む世界が────

 

 先般己が口にした言葉こそ答え。

 彼女が進むだろう将来は輝かしく、あまりにも遠大で。

 卑小な己には近付けもしない。

 それでも俺は分際を忘れて考える。

 例えば彼女と同じ進路を辿る為に一体どれほどの尽力を要するのか。

 模試の点数と判定と偏差値を見比べる度にただひたすら絶望は補強された。

 

 すっかり癖付いてしまった溜息を落とす。

 その一呼吸がふと、微かな香りを嗅いだ。

 鞄から小瓶を取り出す。掌に収まる小さな器。

 中には鮮やかな色味のドライフラワーが詰められている。

 ポプリと言うそうだ。アロマやエッセンスを組み合わせ香りを楽しむ為の品。どう贔屓目に評しても武骨としか言えない己が用意できる趣向のものではない。

 彼女が、先輩が手作りして俺に下賜してくれたのだ。

 蓋を開くと華やいだ匂いが広がる。

 

 先輩と同じ匂い。

 それはそうだ。

 同じものを彼女とて持っている。

 けれど、この匂いがする度に俺は一々焦り、無闇に胸を高鳴らせ、そして次第にひどく安らいだ。

 彼女の存在を感じて動揺と同じかそれ以上に喜びを覚えた。

 彼女が匂いというものを、とりわけ大事にしていることは知っている。

 彼女が……俺の体や衣服を嗅いでくることにも、いつからか気付いていた。

 机で転寝(うたたね)する俺の耳の裏にあの形の良い鼻先を押し付けられた時は流石に驚愕したものだ。寝たふりがバレていないことを祈る。

 それを愛らしいと思える辺り、己もなかなか変態的だ。

 彼女がそうすることで満足するなら俺に否やはなかった。

 あるいは、彼女にはそれが必要だったのではないか。

 他人の匂いに安らぎを覚えること。

 彼女の匂いを嗅ぐことで俺がこの手前勝手な絶望を和らげていたように。

 彼女も何か。己などの匂いで、不安や寂しさを、心を安らげていたのだろうか。

 先輩にも。

 苦悩があったのだろうか。

 才媛だの何だのと規定して俺は思考を放棄していたのではないか。

 俺は彼女の何一つ理解していない。

 ポプリの香りはもう随分、弱々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 私の進路を決めたのは、概ね両親であり教師の勧めでもあり友人達の熱心な期待であった。

 いや、それではあまりに無責任。あまりに自己というものがない。

 他人に動機を仮託し選択した責任から逃れている。

 最後に決断したのは私なのだから。

 私は私の意思によってそこへ行く。

 将来の道筋を定め、希望通りの人生を。

 

 君のいない人生を。

 

「……」

 

 わかってる。

 大袈裟だ。

 今生の別れじゃあるまいし。

 同じ進路に行かなくたってまた会えばいい。

 またいつなりと、この二年間のような、あの部室の小さな世界で交わした時間を。

 君と。

 君と同じ匂いに包まれて。

 バスの停留所のベンチで私は呆として手にした小瓶を見下ろす。

 浅ましいな。

 私は期待していたのだ。彼の言葉や彼の反応を。

 もしかしたら……引き留めてくれるんじゃないかと。

 自分との別離に嘆き悲しんでくれるのではないかと。

 浅ましい

 図々しい。

 自分こそそれで一杯の癖に。

 親とか教師とか周りの期待とか、結局は見栄だ。虚栄心だ。

 私を煮え切らないまま腐らせているのは私自身の愚劣だ。

 

 私を求めて欲しいという浅ましい願望が、それが成就しないという事実が、私を苛立たせ、そして絶望させる。

 両親に、ちらりと本心を吐露しかけたことはある。

 進路を変えさせてもらえないか。

 思えばおかしな話だ。将来を決めるのは自分だと嘯いておいて惰弱なこと。

 そしていざ、望みを口にした途端、必然のように両親と口論になった。

 父も、父に従う母も、私の進学先を頑として譲ることはなかった。

 そういう約束だろうと言われてしまえばそれまでで。

 私はすごすご良い子に戻る。

 従順で、優等生で、将来を嘱望された才媛になる。

 

「後輩くん……」

 

 ポプリを作ったのも、彼にそれを渡したのも、全ては逃避だった。

 同じに、なりたかったんだ。

 同じ匂いに。

 一緒にいたかった。

 一緒に、なりたかった。

 同じ匂いを纏えばせめて心持ちだけでもそうなれるかと思ったが……募るのは虚しさと執着ばかりだ。

 君の匂いに私は救われていたのだろう。

 変態行為と知りつつ求めずにはいられない。

 私の安寧の場所は君の匂いの中にしかなかった。

 君の匂いのする、君の傍にしかなかった。

 

 すっかり薄れた花の香り。

 それがまるで、私と彼の終わりのようで。

 

「……っ!」

 

 私は小瓶を投げ捨てた。

 その内、目の前にバスが到着した。

 乗り込む。

 己自身では行く先一つ決められない。

 ただ用意された停留所へ向かう。

 唯々諾々といつものように。

 あぁ、もうすぐ卒業式だなぁ。

 ブザーが鳴って、扉が閉まった。

 

 

 

 

 

 卒業式を終えた日暮れの教室で俺達は向かい合った。

 あの日、先輩が俺を見限って部室を去っていった時以来、まともに顔を合わせるのは今日が初めてだ。

 幾度か連絡を取り、その都度話をしたいと願い出たが彼女は決して聞き入れてはくれなかった。

 学校で顔を合わせることは幾度もあったが、対話は悉く拒まれてしまった。

 静かだ。

 部活動もなく卒業生を送り出す為に教員も下級生達も校舎の外。

 ここには俺と彼女の二人だけ。

 卒業証書を納めた筒を抱えて先輩はこちらを見やる。

 眼差しは穏やかに見えた。

 いや、俺の目にただそう映るだけなのか。

 責めるような鋭さ。

 縋るような儚さ。

 どちらにも見える。

 わからない。

 俺は、この期に及んでなお。

 

「用があるなら、早く言いなよ」

 

 素っ気ない声で彼女が急かす。

 俺は突き動かされ、あるいは転げて落ちるように、言葉を吐いていた。

 

 ────貴女が、好きでした

 

「────」

 

 卒業……おめでとうございます

 

 諦め。

 未練。

 安いプライド。

 張り裂けるように熱情が。

 彼女に対する恋しさが。

 そんな愚昧な戯言を(のたま)わせた。

 今の俺にはこれしか言えない。

 今の俺には。

 先輩は無表情だった。

 こちらを静かに、無感動に見詰めるばかりで。

 言葉はなく、色はなく。

 瞳が、微かに、揺らぐ。

 髪留めをした左の鬢、その髪間から覗く瞳が赤銅に光った。

 夕暮れの茜がそう見せるのか。

 綺麗だ。

 彼女の綺麗な目から、つ、つ、つ、と。

 涙が溢れた

 次々次々と。

 

「なに、それ」

 

 笑みに近しい形で歪む。

 彼女の美しい顔が歪む。

 

「でした、ってなに」

 

 悲しみ、怒りより深い情。

 憎しみで満ちる。

 今この瞬間、先輩は俺を憎悪していた

 

「おめでとうってなんだよ!!」

 

 証書を投げ捨てて先輩は俺に詰め寄った。

 両手が胸板を突き飛ばす。

 よろめく俺をさらに押しやり、遂には体当たりで押し倒した。

 床に背中から倒れ込んだ俺に先輩が跨がった。

 下腹に掛かる重みにひどい生々しさを覚えた。

 少女の体とはこんなにも柔らかなのか。

 転倒の痛みを忘れるには十分な衝撃。

 そしてそれすら俺は一瞬にして忘却する。

 彼女の瞳を見たからだ。

 その視線に眼球を射られ脳幹を貫かれる。

 髪留めの肉球柄が場違いで、愛らしい。

 

「どうせ」

 

 彼女が覆い被さってくる。

 肉食獣が獲物に食らい付くような挙動。俺は半ば本気でこのまま食われると思った。

 それでいいと思えた。

 彼女になら本望だと。

 馬鹿なことを。

 彼女はある意味その通りに振る舞ってくれた。

 

「どうせ今日でお別れなら……」

 

 首筋に鼻先を這わせて深呼吸。

 彼女は俺の匂いを嗅いだ。

 注意深く。

 深く深く。

 鼻で汗や皮脂をこそぐようにして、臭気を発する分泌物ごと。

 凄絶な羞恥と、大切な人を穢すことへの罪悪感が奔る。

 以前にも幾度か体験した理性を串刺すような感覚が、思わず俺を身動ぎさせる。

 けれど彼女は許さない。

 もはや俺の何一つ許してなどくれない。

 まるで噛み付くように唇が己のそれを塞ぐ。

 歯と歯がぶつかって頭蓋に響く。

 先輩は構わず貪った。

 歯列を歯茎を舌を、涎を啜り口内の匂いごと咀嚼した。

 彼女の肩に触れる。押し退けるのは容易だ。体格も筋力も不足はない。

 少女一人を拒む程度。

 簡単に。

 俺は彼女を。

 先輩を。

 この人を────拒める筈などなかった。

 下品な水音が静謐な教室に響き渡る。

 口付けというには拙い、獣同士の(ねぶ)り合い。

 そっと離れた唇には糸の橋が架かった。

 夕焼けではない血色に染まった頬。

 先輩は熱に浮かされたまま俺の胸に顔を埋めた。

 Yシャツのボタンを器用に外され、インナーの上から一際強く吸われる。

 

「は、あぁっ……」

 

 それは紛れもない嬌声だった。

 胸をよじ登るように擦り付きながら、鬼火めいて妖しくその瞳が光る。

 

「一度で、いい」

 

 だのに。

 彼女の様に俺は。

 

「……一つになっておくれよ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 涙に暮れて声は霞む。

 伸ばされた掌は小さく華奢で、己の手で容易に包み込んでしまえる。

 あの凛々しかった貴女が今、こんなにも弱々しい。

 こんなにも。

 愛おしいのに。

 俺は悲しくなった。

 己の不甲斐なさが、情けなかった。

 肩にやった手を背に回し、片手は彼女の手に重ね指を絡める。

 できるだけ離れないように

 できるだけ、この身の全てで彼女を包み込めるように。

 

「泣いてるの……?」

 

 泣いてなどいない。

 そんな権利は俺にはない。

 貴女に流させた涙の分だけこれから俺は俺に能う全てを報いなければならないのだ。

 

 ────貴女が好きです。だから、離れたくない

「私も好き……君が、大好き」

 

 無人の校舎。

 二人だけの教室。

 先輩に匂いを嗅がれながら、俺は彼女の匂いを嗅いだ。

 芯まで染まるほど深く。

 深く、交わった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は俺自身に備わる決断力なる能力に対して何らの期待も、幻想も持っていない。

 あの日……あの夕暮れの教室、あの出来事からの一年で、一生分の苦悩を使い果たしたなどと思い上がっていた。

 眼前に並んだ選択肢を睨む。

 決めかねる。

 そうして優柔不断に唸るばかりの己の隣から不意に。

 白い指がそっと伸びて紙面を差した。

 

「こっちの物件で」

 

 

 1LDKの方が良いのでは、そう未練がましく言い募る己に先輩の呆れ顔が振り向く。

 

「しつこいなぁ君も。いいじゃないか1DKで。家賃も安いし駅近だし鉄筋だし。学生身分なんだ。倹約できるところはしっかり締めてかないとね」

 

 正論である。親の仕送りを当てにするのは忍びなく、奨学金とて気軽に手を付けてよいものでもない。

 無理をして身に過ぎた進学先を選ばせてもらった手前もある。あるのだが。

 しかしやはり、二人住まいとなればプライベートな空間も必要なのではないか。

 

「……君は嫌なのかい」

 

 街路の石畳に弾む革靴の踵の音。

 ロングスカートを翻して彼女が立ち止まる。

 凡庸に健全な男子としては、憧れの女性との同棲は大いに悩ましい問題だ。

 俺が語るその一大事を聞くや先輩はにっこりと笑みを咲かせた。

 

「それは由々しき問題だ。でも生憎だ、どうか諦めてくれたまえ後輩くん」

 

 正午間近。

 午前の残り香を冴えた風の中に感じる。

 先を行く先輩は少しだけ声を潜めて言った

 

「部屋は狭い方がいいんだ」

 

 髪留めが光る。

 左の鬢が舞う。

 くるりと振り返り。

 

「君と私の匂いで一杯にできる。一緒に、時間を掛けて、交じり合って」

 

 そして軽やかなステップを踏んでこちらに駆け寄り、彼女は己の耳許に唇を寄せた。

 

「一つになるんだ」

 

 悪戯な、どこか妖しく艶やかな笑み。

 

 この人には一生敵わないな。

 今更に、俺はそれを悟る。

 

 

 

 

 

 

 

 





良いイラスト、良いシチュエーション、可愛いヒロインに妄想を掻き立てられた結果こんなものを書いてしまいました。

トダケンジ先生、重ね重ね本当にありがとうございます。

文章?いやそんなものよりイラストを見てくれ!

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