嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百六話:聖女は根気の始まり

 

 

 

──一撃で仕留める算段だった。

 

 

 

 サタナキアとサルガタナス。

 どちらも六魔柱に名を連ねる大悪魔の実力は言うまでもない。

 

 『ギルティ・シン外伝 悲嘆の贖罪者』で奴らと戦うタイミングはストーリーも折り返した中盤後半から終盤にかけてだ。

 ゲーム的にもパーティーにフルメンバーが揃っている為、文字通り全精力を注いでようやく立ち向かえる相手という位置づけ。

 

 にも拘わらず、だ。

 俺達は原作主人公らが死力を注いでようやく倒せる相手を二体同時に。しかも、より少ない戦力で倒さなければならないのだ。

 

 真面にぶつかっても勝機は薄い。

 それ故の不意打ちだったのだが──。

 

「六魔柱ともあろう御方が格下相手に逃げ腰になってんじゃね~よォ~」

 

 避けられた。

 たった一度切りのチャンスだったはずなのに。

 

「ハッ! 仕留め損なったのはてめェの不手際だ。呪うならてめェの鈍さを呪いな」

「ダジャレか?」

「違ェよ」

 

 フッとサルガタナスが消失。

 次の瞬間、すでに俺が出していた幻影は転移したサルガタナスに切り裂かれていた。おー、怖。囮出してなきゃ即死だったぞ。

 

「チッ、ハズレか」

「呪うなら真贋見抜けねえ自分の目を呪ったらどうだ?」

「ほざけよッ!」

 

 意趣返しの言葉に激昂するサルガタナス。

 再度転移を発動し、展開した俺の幻影へと次々爪で切りかかる。

 

「こいつもハズレかッ!」

「そんな貴方にゃ罰ゲーム!」

「ッ!?」

 

 幻影を囮に背後を取り、がら空きの背中へと切りかかる。

 全力で振り抜かれた剣はサルガタナスの外套を切り裂き、その奥にある肉と皮を──。

 

「チィ!」

 

 食い破るより早く、転移でその場から姿を消された。

 要した時間はほんの一瞬。たったそれだけの時間で、奴は俺の間合いから逃れてみせたのだった。

 

 こいつは──。

 

「ったく、ホイホイ消えやがって。そんなにやり合うのが怖ぇか?」

「抜かせ。てめェの方こそまやかしなんぞの背に隠れやがって」

「ザ~ンネンッ☆ 別にそれだけじゃありませんこと──よッ!」

「ッ、下か!?」

 

 舌戦と見せかけ、懐に潜り込むや顎下から脳天目掛けて刺突を繰り出す。

 しかし、これもサルガタナスの反射神経を前に致命傷には至らなかった。顎に切っ先が振れた瞬間、奴は弾かれるようにその場から仰け反るように飛び退いた。

 

「へっ、逃げ足だけは速ェ奴!」

「コソコソ隠れてる奴が言えることかよォ!」

 

 

「ライアー!」

 

 

「作戦通りだ。ベルゴは向こうを頼む」

「ッ……ああ!」

 

 駆け寄るベルゴを呼び止め、サタナキアの方へと向かわせる。

 

 刹那、吼えるサルガタナスが消失。

 それを見た俺もまた幻影を展開し、姿を消した。

 

「これは……!?」

 

 一般人には何が起こっているか、視認さえできないだろう。

 だがベルゴは違う。人類の上澄みである実力者である彼だからこそ、俺達の攻防を視認した上で『手が出せない』と判断していた。

 

 何故なら──。

 

「チッ!」

「らァ!」

 

 出現。攻撃。消失。

 出現。攻撃。消失。

 

 虚空に消える二つ分の影。

 片や霧に巻かれるように。

 片や空を裂くように。

 そして、どちらかが現れては紫電が奔る。

 

 相手に近づくまでの過程など映らない。

 ただただ忽然と結果だけが現れる光景だけが、神聖な空間の中で繰り広げられていた。

 

──ザンッ!

 

 不意に響いた斬撃音。

 すると、世界に二つの人影が戻ってきた。

 

「……やっぱ一筋縄じゃいかねェな」

「ライアー!」

「掠り傷だよ」

 

 ベルゴが叫んだ。

 きっと俺の傷を見たからだろう。

 

 左腕──破けた衣服から傷が覗いていた。

 サルガタナスの爪撃が()()()生じた傷である。ただし奴の攻撃にはもれなく罪魔法が付加されている。

 

 ただの爪の一振りでこれだ。

 直撃を喰らったら最後。爪を中心に発生する捻じ曲げる力により、傷口周囲の肉や骨、最悪内臓といった重要な器官が機械に巻き込まれたみたいに悲惨な状態になるだろうて。

 

「このくらいどうってことねえ」

 

 嘘だ。めっちゃ痛い。

 しかし、その程度でピーピー泣き叫ぶ体力が勿体ない。

 

 ので、ベルゴに嘯いて傷口を幻影で補修する。

 以前シャックスにも行った治療と要領は同じだ。応急手当ぐらいなら俺でも出来る。

 

 これだからベルゴやアスみたいな前衛職は勿論、アータンのような後衛職であっても任せられない。

 何せ転移で一気に距離を詰められるんだ。

 突然背後に回られちゃあ、後衛職と言えど一瞬の油断でザックリスパスパ。あっちゅー間にバラバラ殺人事件の完成よ。

 

「……ッソが!」

 

 なら──俺がやるしかないだろ。

 

 サルガタナスは悪態を吐き、床にできた赤い染みを睨んでいる。

 

「オシャレさんだな。床の模様が気に入らなかったか?」

「口の減らねえ野郎だ。次はそこを抉る」

「抉れるもんなら抉ってみな。あっかんべー、っと」

「訂正だ。先に舌を引っこ抜いてやらァ!」

「いやん!? タン塩にされて頂かれちゃう!?」

 

 転移で眼前に現れるサルガタナスが、大振りの爪撃を繰り出してくる。

 流石にこれは回避できたものの、だからと言って次の瞬間は安全という訳でもない。次の瞬間には背後に現れたサルガタナスが、今度は横振りの爪撃で背後に飛んでいた俺──の幻影を切り裂いた。

 

 今のちょっとヒヤッとしたわ。

 

「あ、あああ、あっぶねー!?」

「回避だけは達者だなァ!」

「あっ、それ言っちゃう? 小学生の時ドッジボールで避けるのだけ上手い奴だったな的なこと。じゃあいいよ、コツ教えてやろうか? 逃げに徹してボールを取りに行かねえことさ」

「訳分からねえことほざいてんじゃねェぞォ!」

 

 適度に舌戦でサルガタナスをいなしつつ、隙を見つけては奇襲を仕掛ける。

 

 奴は強い、強大だ。

 正直なところ、純粋な戦闘力だけで言えば六魔柱最強ではないかと思うくらいの無法な〈罪〉である。だって実質通常攻撃まで防御力貫通の即死攻撃になりかねないんですぜ?

 

 命を懸けた戦いで仲間に危険な橋を渡らせたくない……と言えば『何を甘い考えを』と思われるかもしれない。

 

 だが、こいつをサシでやり合えるのは俺だけだ。

 幻影を隠れ蓑に、あるいは囮にし、奴の虚を衝き命を刈り取れる──〈虚飾〉を宿す俺だけしかできない。

 

 ……まあ、最悪勝ち負けはどうでもいい。

 

「……間に合わせてくれよ」

 

 祈るように声を紡いだ後、俺は剣を握り直す。

 

「さぁーて! 勝利の女神様はどっちに微笑んでくれるかなぁ!?」

「女神だァ? ハッ……勝つのは当然俺様だァ!」

「っと、悪い悪い! 女神様は俺に首っ丈だったんだわ~!」

 

 ついでに言えば──嫉妬深い。

 

 

 

「宣言してやるよ。てめえは万に一つも……俺に勝てねえ」

「だったらその道理、俺様の暴力で捻じ曲げてやるよォ!」

 

 

 

 影は移ろい、時に重なる。

 決着の刻は、まだ遠い。

 

 

 

 ***

 

 

 

 魔人族は七つの種に分かれている。

 

 

 

 今更語るまでもない話だ。

 だが、中に一つだけ他の六つとは明確に違う種族がある。

 

 それは木人族。

 他の六種族が宿すは動物としての性質。そんな中、木人族だけが()()の性質をその身に宿しているのだ。

 

 太陽光を浴びれば光合成をするし、根を地中に伸ばせば、経口摂取せずとも水分や栄養を補給できる。

 加えて木人族は長命だ。

 まだ今ほど魔人という種族が知られていない時代、長い者であれば1000年以上生きる彼らのことを人類は『森人(エルフ)』と呼び、彼らを神秘的な生命として見ていた歴史さえ存在する。

 

 しかし、木人族の真価はそこではない。

 

(あの姿は……!)

 

 リオの罪化を見届けたアスの頬に冷や汗が伝う。

 彼女は今や全身を根か蔦のような物体で覆い、人間からかけ離れた形状を取っている。それは彼女の罪度が最終段階──罪度Ⅲに至っていることの何よりの証拠。

 

 そう、木人族の恐れるべき点は肉体の自由度にある。

 発現する植物の種類にもよるが、大抵の木人族は自由自在な植物繊維を成長させ、自分にとって戦いやすい姿に()()()()

 

 ある者は硬い鎧を纏うように。

 ある者は強い獣を倣うように。

 

 先天的に宿した魔の因子に左右されぬ、魔人としての姿の顕現。

 それこそが木人族の強さの根源であった。

 

「ハハイヤさん!」

「下がっていてください。当初の予定通り、貴方は支援を」

「は、はいッ!」

 

 メキメキと音を立てながら罪化を遂げるハハイヤ。

 全身から伸びる蔦は、まるで鎧のように全身を覆う。一方で脚はしなやかな豹のように。背中からは猛禽の如き翼が生える。ただし並ぶ羽は全て青々しい葉の数々である。

 

「フッ……それが貴様の罪化か」

「そうだ」

「見掛け倒しでないといいのだが……」

「そう余裕ぶっていられるのも今の内だ」

 

 刹那、ハハイヤの姿が消える。

 

(飛天!)

 

 魔力を有す者の高速歩法と言えば飛天だ。

 

(いや、)

 

 しかし、サタナキアの“眼”はしかと捉えていた。

 

(これはあくまで身体能力──いや。植物で再構成した肉体の機構によるものか!)

 

 先までハハイヤが立っていた罅割れの床を見て、サタナキアはほくそ笑む。

 

「やるな、存外」

 

 転移と見間違える速度で肉迫するハハイヤはすでに背後。

 あの脚──恐らく豹は豹でも猟豹(チーター)を模倣した構成なのだろうとサタナキアは考察する。最も瞬発力に富み、速筋繊維に優れた荒野の狩人。あれを真似たのであればこれほどの速度も理解できる。

 

()()()()()()()()

「抜かせ……ッ!?」

 

 盾同然に立っていたリオを避けるよう、背後に回り込み切りかかるハハイヤ。

 しかし、放たれた斬撃はノールックで振り上げた腕によって受け止められる。しかも手応えがない。何か硬いものにでも阻まれたかのような感触が伝わった。

 

(あれは……鱗!?)

 

 罪化した騎士団長の斬撃を防ぐ盾、それは何を隠そうサタナキアの体表に生えた光沢を放つ鱗だった。

 

「部分罪化か!!」

「できぬとでも?」

「だとしてもッ!!」

「ッ!」

 

 剣先より伸びる紋様が、刀身を超えてサタナキアの体表まで及ぶ。

 これに瞠目するも束の間、鉄壁を誇った鱗は血飛沫を上げて宙を舞った。

 

 ()()()()()()()。余裕ぶっていたサタナキアの鱗が。

 

「サタナキア様ッ!」

「ッ……リオ様!」

 

 追撃しようとするも、間にリオが割って入る。

 すかさず飛び退くハハイヤ。間違ってもリオを傷つけまいとする忠誠心の顕れが行動に出た。出てしまった。

 

「ええい、もどかしい……!」

「……ほう。体外にまで拡張した“根”を侵食させ、〈聖域〉を展延してみせたのか」

 

 サタナキアは鱗を剥がされ、血に濡れた腕をじっくりと観察する。

 腕には何かが蠢動している様子が見て取れる。それこそがハハイヤより伸びた“根”であり、魔力回路であり、そして魔法陣を描く紋様でもあった。

 

 〈聖域〉とは魔法陣と魔力が起こす計算し尽くされた芸術だ。

 それでいて魔法陣を描くものはなんだって構わない。

 

 究極的に言えば、魔力さえ通せればいいのである。

 それをハハイヤは自らの“根”で描いた。ある程度成長を操作できるとは言え、人間は自らの髪の毛で複雑な模様を描けるだろうか? これはそういう次元の技術──正しく神業であった。

 

 

 

「だが──想像の域を出んな」

 

 

 

 しかし。

 この傲岸な悪魔はにべもなく。

 

「木人に宿る植物由来の特性、それを利用した聖域術」

 

 サタナキアは腕に侵食した根を摘まむ。

 それから、まるで糸でも抜くかのように優美な所作で、根差した根を除去してみせる。痛みを感じていないのか、その表情は綽綽としたものだった。

 

 そして、

 

──全てが我輩の想定通りだ。

 

 不遜な物言い。

 直後、神業が刻みし傷は癒えていく。一切の跡形もなく、だ。

 

 これにはハハイヤも歯噛みする。

 あれで倒し切るつもりはなかったとは言え、ああも簡単に除去されては堪ったものではない。

 

 そのようなハハイヤの考えを見透かし、悪魔は邪悪に笑む。

 

「その程度では我輩を愉しませることはできんぞ」

「愉しむだと……?」

「そうよ。今日ここで繰り広げられる全てが我輩にとっては余興に過ぎん」

 

 血に濡れた会談の間。

 抉られた壁や床の傷。

 恐怖する聖女達の顔。

 

 全てが本来ここにあるべきものではなかった。

 だが、それを──。

 

「折角我輩が拝謁を許しているのだ。その命を以て我輩を愉しませてみせろよ」

「もういい喋るな」

 

 その全てを、眼前の悪魔は“余興”などとほざいた。

 限界だ。

 とうに切れていたはずの堪忍袋の緒が、ブチブチと異様な音を立てて引き裂かれていく幻聴をハハイヤは聞いた。

 

 容赦はない。

 慈悲もない。

 そんな必要は元よりない。

 

 今はただ──奴を討たねばと全身が、魂の奥底が叫んでいる。

 

「貴様という下種が口を開く度、この場の空気が澱んでいくのがはっきりと分かる。今すぐここから──いや、この世から消え去れ」

「それは意見か? それとも要望か?」

「この世の真理だ」

 

 心頭に発する怒りも、一周回って冷え切った。

 絶対零度の怒り。握り締める剣にも似た凍てついた殺意を、ハハイヤは全力で振りかぶらんとする。

 

「リオ」

「はい」

 

 しかし、それを見たサタナキアがリオに促す。

 すると次の瞬間、リオの下半身──駱駝に似た四本脚を携えた下半身に隆起する二つの瘤が弾けた。

 

 瞠目するも束の間、瘤の中からは見ているだけで目と鼻が痒くなってくるような黄色い花粉が部屋中に飛散し始める。

 

「これは──まずい!」

「ハハイヤさん、ここはわたしが!」

「! 頼んだ!」

 

 あの花粉は拙い。

 同じ〈色欲〉の系譜だからこそ推察した事態に、真っ先に動き出したのはアスだった。

 

「〈聖書の庭(ホルトゥス・ビブリクス)〉──〈無花果(フィカス)〉!」

 

 硬い石畳に棍を突き立てるアス。

 すると、彼の罪器からはメキメキと音を立てて根が伸びていく。一分も経てば根は蜘蛛の巣状に広がり、複雑な紋様を足元に描いてみせた。

 

 それはかつて堕淫蠍(スコルピウス)と対峙した際にも見せた技。

 罪器ラーディクスより伸びた根で魔法陣を描く聖域術、〈聖書の庭〉であった。

 

 これにはサタナキアもほう、と感嘆の息を漏らす。

 

「〈聖域〉を展開する罪器……成程。〈戦死(せんし)〉の罪器と同じ類か」

「これであなた達の魅了は通用しないっ!」

「いいのか? それではリオの我輩への愛をより確固たるものにするだけだぞ?」

 

 嘲る物言いの直後、ギリッと軋む音が鳴り響いた。

 それは拳を握り締める音か、はたまた歯を食い縛る音か。

 

 どちらにせよハハイヤの被る木質状の兜、その奥に佇む瞳は凄惨なくらい歪んでいた。

 それを見たサタナキアは嗤う、嗤う、嗤う──だがしかし。

 

「やかましいっ!」

 

 ピシャリと。

 叩くような怒声が部屋に木霊した。

 

 ハハイヤの声ではない。

 それは広がる〈聖域〉の中心より。まるで花弁の中に居座るように佇むアスの放った義憤そのものであった。

 

「愛とかなんだとか、今までさんざ魔法だ魔眼だで操っていた悪魔がごちゃごちゃと!」

 

 開花が、始まった。

 

「愛は植え付けるものじゃない……育むものです」

 

 アスの嵌める首輪(チョーカー)

 罪冠具であるそこから広がる葉脈染みた罪紋は、瞬く間に彼の全身に広がっていく。

 

「それすら分からぬ不届き者は……わたしが月まで蹴っ飛ばします!」

 

 怒りを糧に。

 憎しみを糧に。

 

 悪意に抗う為に感情を燃やす。

 

 これは証明する為の戦いだ。

 罪を犯し、十字架を背負っていても生きていいと──。

 

 

 

──人を救っていいんだと、胸を張る為に。

 

 

 

「告解する」

 

 

 

 真なる〈色欲〉は告白した。

 

「わたしの〈罪〉は〈色欲〉」

 

 背中より無数の蔦が現れ出でる。

 まるで皮膚を肋骨が突き破るかの光景であるが、ゆらゆらと蔦が蠢いているおかげで、辛うじてそれが肋骨でないと頭で認識できる。

 

 しかし、“変身”はこれからだ。

 背中より伸びる蔦はアスの全身を隈なく覆う。本来の皮膚が見えなくなる程に厚く、硬く……それこそ傍から見える部分は、木製の兜から覗く蒼穹の双眸だけだった。

 最後にと言わんばかりに兜より一対の葉が生える。

 大きい楕円に薄く生えた白毛。月兎耳(つきとじ)と称される葉は、アスがファイティングポーズを取ったのと同時にゆらりと揺れる。

 

「わたしは──〈色欲(しきよく)のアデウス〉」

 

 一言で言えば兎の獣人。

 白樺の如く白い樹皮に覆われた肉体は、そう形容する他なかった。

 

 罪化する前に比べて一回りも二回りも大きくなった脚も、兎によく似た形状へと変化している。

 

「フッ……〈色欲(しきよく)〉か」

 

 罪化の頂点、罪度Ⅲ。

 しかも〈大罪〉の一角のそれを見て尚、サタナキアの綽綽とした表情が崩れることはなかった。

 

 それどころか彼は気安くリオの肩を抱き、顎を突き出して何かを指し示す。

 

「ちょうどいい。本物の聖女と偽物の聖女。あるいは偽物の〈色欲〉と本物の〈色欲〉の戦い。我輩の余興にはちょうどよい。相手をしてやれ、リオ」

「はい。サタナキア様」

 

 マッチメイクだ。

 サタナキアはリオと戦わせる相手にアスを選んだ。

 

 取り違え子。

 罪派の陰謀により人生を入れ替えられた二人が今、対峙した。

 

「……あなたは、」

「死んでください。サタナキア様の為に」

「それだけは──できませんッ!」

 

 彼女が未だサタナキアの術中か、自らの意思で戦っているかは謎だ。

 だが、どちらであろうとアスの負けられない理由は揺るがない。

 

「わたしの命はもうわたしだけのものじゃない。わたしを信じてくれる仲間や協力してくれる人達。何より……あなたの命も背負っているから!」

 

 今、アスが背負うのは聖女リオの名誉だ。

 なればこそ、公開処刑に処された偽物は悪役を演じさせたまま処刑させたのである。下手に処刑の最中に救出されてしまえば、その時聖女リオの信用が揺らぎかねないことを危惧しての演出だ。

 

「だから負けられない! 負けてやるもんか!」

 

 戦意は十分。

 身も心も構えは済んだ。

 

 あとはただ──相まみえるのみ。

 

 緊張の糸が張り詰める中、クツクツと喉を鳴った。

 

「ククッ。どこまでやれるか見ものだな、〈大罪〉」

「──オレを呼んだか」

 

 聖女同士の戦いを見物しようとしていたサタナキアであったが、不意に背後から斬りかかる人影に、再び鱗を生やした腕で防いでみせる。

 

 振り返り、口に出す。

 

「……〈怠惰〉か」

「ベルゴ殿!」

「作戦通りにいくぞ、ハハイヤ殿! サルガタナスはライアーに任せ、此奴はオレ達が相手取る!」

「無論!」

 

 応答するや、一瞬でサタナキアに肉迫したハハイヤは剣を振るう。

 負けじとベルゴもコナトゥスを振るい、二人して悪魔一人に猛攻撃を仕掛けていく。

 

 ただの悪魔であれば既に血煙となっているであろう攻撃の嵐だ。

 

 けれども、サタナキアは憮然とした面持ちで攻撃を捌いていく。

 

「フンッ……たかだか騎士団長如きが二人」

 

 斬撃を捌く手に力を注ぎ、受け止めた刃を跳ね除ける。

 二人は大人しく引き下がる。騎士団長二人の猛攻を受けても深手を与えられなかったのだ。一旦立て直した方が良いだろうという苦渋が表情に現れていた。

 

 それをサタナキアは──嗤っていた。

 

「面白い、実に面白いぞ」

 

 心にも思っていない声色で、平然と告げる。

 

「いいだろう、愚者の振る舞いを許してやるのも王たる者の寛容よ。なればこそ、その愚考に敬意を表さねばな」

 

 ゆらりと。

 サタナキアは両腕を広げ、構えを取る。

 

 例えるのであれば、世界を抱くような所作。

 そんな傲岸さを滲ませるや、サタナキアの魔眼の瞳孔が横に潰れた。

 

 

 

「告解してやろう」

 

 

 

 世界が、歪んだ。

 

「ぐ、うぅう……!?」

「こ、この魔力……なんという……!」

 

 慄く面々を見て、サタナキアは悦に入った笑みを湛えながら続ける。

 

 

 

「我が〈(シン)〉は〈我慢(がまん)〉」

 

 

 

 悪魔の全身に幾何学な紋様──罪紋が奔る。

 

 

 

「拝謁せよ。拝謝せよ。拝聴せよ」

 

 

 

 羽根にも、葉脈にも、魚鱗にも似たような紋様。

 それを悪魔が誇示せんと見せびらかした瞬間、会談の間を装飾していたステンドグラスの宗教画が一斉に砕け散った。

 

 神々と天使が堕ちた。

 残るは不遜な大悪魔。

 

 

 

「我輩は──〈我慢(がまん)のサタナキア〉なり」

 

 

 

 大魔王を自称する、災厄の一柱。

 

「さて、と」

 

 罪化を遂げたサタナキアは横に目を向ける。

 

「サルガタナス」

「ッ──あァ?」

()()()()()。貴様は聖女を追え」

 

 ライアーと交戦していたサルガタナスを促す。

 それを聞いたサルガタナスはあからさまに嫌そうな顔をするも、通路の奥へと逃げていく聖女の後ろ姿を視界に収めるよう顔を向けた。

 

「……チッ! いいところだったんだがな」

「敵前逃亡かコラ! じゃあ俺勝ちな! 俺勝ちってことでいいよなァー!?」

「うるせえ」

「あっ、そういうシンプルなの一番傷つく」

 

 ギャーギャー騒ぐライアーを捨て置き、サルガタナスの姿は消えた。

 

「にゃろう!? 素直に命令聞きやがって!」

「追え、ライアー! このままでは聖女の身が危ない!」

「官能小説みたいになるってこと!?」

「皆まで言うな!」

 

「不潔です!」

 

「「お前には言ってない!」」

 

 不潔に反応した聖女(偽物)を黙らせ、ライアーは早速サルガタナスを追って部屋から消える。

 

 これで会談の間に残るは五人。

 人間側はハハイヤにベルゴ、そしてアス。

 悪魔側はサタナキアに、そしてリオだ。

 

 リオはアスが相手をするとして、問題なのはサタナキアであった。

 六魔柱は強い。一説には六魔柱相手に騎士団長が二、三人必要と論じる有識者も存在し、今やそれが通説として各国教団に根付いている。

 

 だがしかし、

 

「さて……『騎士団長如き』と抜かしていたようだが」

「どうやら貴様の魔眼とやらは節穴のようだな」

 

 ここに立つは二人の剣神。

 片や聖霊を、片や〈聖域〉を自在に操る騎士達の最高峰。

 人類の上澄みと言って過言ではない者達が、ここには集っていた。

 

()()()()()が」

 

 意趣返しと言わんばかりに、ハハイヤが口を開いた。

 

「人間を」

「見縊るなよ……!」

 

 怒りに震えるベルゴの肉体が変化する。

 罪化──瞬く間に彼の肉体は、牛と熊を掛け合わせた魔獣が如き姿へと変わった。

 

「成程」

 

 二人の騎士団長が罪化した姿を前に、サタナキアはふむと顎に手をやった。

 

「んんっ……では少しでも楽しめるようにハンデをやろう」

「ハンデだと?」

「ああ」

 

 悪魔は両腕を広げ、トントンと爪先で床を叩いた。

 

 

 

「我輩はここから一歩たりとも動かず、貴様らを相手してやろう」

 

 

 

 傲岸不遜も極まれば滑稽だ。

 だがそれが揺るぎない真実であったならば──人はどこまで絶望の淵に叩き落されるのであろうか?

 

 

 

 ***

 

 

 

 戦いが激化する一方、聖女達はルフールに先導され避難していた。

 会談中に襲撃されるなど前代未聞。

 アグネス曰く『胆が太くなければやっていられない』とされる聖女達とあっても、彼女達の表情からは不安が滲み出ていた。

 

「ひぃ……ひぃ……! どうしてこんなことに……!」

「我々はどこへ向かっているんだ?」

「少なくとも六魔柱が居るところよりは安全な場所です!」

 

 今は説明している時間も体力が惜しい。

 ルフールは簡潔に述べて案内を続ける……まさにその時だった。

 

「ルフール副団長!」

 

 向かっている道の先より、一人の騎士が現れる。

 鎧に掲げられた団章を見るに〈鋼鉄の処女〉団員だ。

 

 それを見て聖女と近衛騎士がホッと安堵の息を漏らす一方で、ルフールは颯爽と騎士の下まで駆け寄る。

 

「聖女の皆様とどこへ!? 会談の間の方が安全です!」

「その会談の間に襲撃が来たと言っている!」

「なんと……ではこちらへ! 我々が安全な場所までご案内いたしま゛っ──」

 

 口を覆う手があった。

 

「きゃ、きゃあああ!?」

 

 突如、ルフールが現れた団員の顔面に掌底を叩きつけた。

 その光景を見て気弱そうなインヴィー教国聖女は悲鳴を上げる。

 

──もしやルフールも?

 

 先のリオを彷彿とさせるような光景に疑念の輪が広がる。

 しかし、ルフールの手から淡い光が放たれた途端、顔を覆われていた団員は『うぅん?』と寝ぼけた声を上げた。

 

「……あれ、副団長……?」

「目が覚めたか? いいか、よく聞け。貴様は魅了されていたのだ」

「どうしたんです、そんなやけに真面目な顔をなさってからに。今更どう取り繕ったところで、団長に泣きついている貴方のイメージは変わりませんよ。諦めてください」

「まだ〈覚醒魔法〉が足りなかったようだな」

「にぎゃあああ!?」

 

 ライトアップ(二回目)。

 フランクな団員は副団長に軽口を叩いた制裁として、視界を光に飲み込まれることとなった。

 

 しばし床の上で団員は苦悶の声を漏らして転がり回る。

 二重の意味で目が覚めたであろう。

 

 そんな彼にルフールは説明を続けた。

 

「おふざけの時間は終いだ。一度しか言わないからよく聞け。現在教団と騎士団は悪魔の策略により、大多数が魅了されている。近づいてくる人間を味方と思うな。まず〈覚醒魔法〉を浴びせて様子を見ろ!」

「は……はいっ!」

 

 普段の頼りなさが鳴りを潜めた言動。

 それ故に事態の深刻さを飲み込んだ団員は、すぐさま指示通りの行動をと踵を返す。

 

 だがしかし、ちょうどそこへ複数の足音が近づいてきた。

 

『居たぞ!』

『あそこだ!』

 

「言った傍から来てるぅ~!?」

「副団長……」

 

 急転直下。ルフールの副団長としての株はストップ安となった。

 しかし、こうなってしまうのも致し方ない光景だ。恐らくリオに操られているであろう団員が数十名単位で通路の奥から押し寄せてくるのだ。

 

 ただの平団員とルフールとでは天と地ほども実力に差があろう。

 けれども、傷つけずに無力化するとなれば話は違う。

 

「いくらなんでもこの数は……くっ、止むを得んか!」

『ぐわあああ!?』

「っ!?」

 

 意を決し剣に手を掛けるルフール。

 その時、視界の奥で人波が宙に舞った。

 

「あ、あれは……!?」

 

 一瞬巨人の影が見えた。

 だが、何よりもルフールの度肝を抜いたのはそれを為した人物だ。

 

「手は足りそうかい?」

「ア……アグネス様!?」

 

 ディア教国聖女代理アグネス。

 ()()()()()()()()()()()()()人物の登場に、ルフールはガラガラと音を立てて崩れていく『計画』の二文字に、心の中で膝を折った。

 

「どうしてここへ!? 町で避難誘導した後は安全な場所に退避していただく算段では……!?」

「教団の半分が操られてるんだ。どうせ聖女の連中を逃がす間も妨害を受けると思ってね。まあ、お節介な老婆心と思って受け取ってくれよ」

「しかし!」

「ほらほら、問答は終いだよ! 先に足を動かす!」

「あ゛ぁ゛あい!?」

 

 問答無用。

 それどころか尻に強烈な蹴りを貰ったことで、三下根性が根付いて離れないルフールは馬車馬の如く脚を動かさざるを得なくなった。

 

 とんでもない誤算だ。

 ただ戦力として心強い事実に間違いはない。現に彼女が現れたことで、事情もよく分からず避難しなくてはならなかった聖女達にも安堵の色が浮かんだ。

 

「アグネス様、ご無事だったのですね!」

「中々死ねないもんさ。夢で死んだ奴らとよく顔を合わせるんだが、毎度毎度追い払われちまう」

 

 話しかけてくるインヴィー教国聖女に対し、アグネスは軽口を叩いた。

 

「まったく、イヤんなっちゃうよ。アタシみたいな年寄りばかりが無駄に生き延びて、アンタ達のような若者ばかりが先に逝っちまう……」

「アグネス様……」

「ハハッ、縁起でもなかったね」

 

 安心しな、と。

 アグネスは顔中がしわくちゃになるのを厭わず、満面の笑みを湛えて告げる。

 

「アンタ達は命に代えてもアタシが守る。これ以上、アタシの為に若い奴らを先に逝かせるつもりはない」

「アグネス様──」

 

──トッ。

 

「……えっ?」

 

 一人の聖女が呆けた声が漏らした。

 が、次の瞬間、彼女は太ももに突き刺さった一本の矢と広がる赤い染みを見るや、滲む大量の脂汗と共に顔を歪める。

 

「ッ……あああ!?」

「──敵だッ!!!」

「なっ……一体どこから!?」

 

 大音声で敵襲を報せるアグネス。

 即座にルフールや近衛騎士は聖女を守ろうと身構えるも、肝心の敵の姿がどうやっても発見できない。

 

(こいつはまさかベルゴ達の言っていた……!)

 

 見えないという事実を見たアグネスは、瞬時に敵の正体を看破した。

 パルトゥスの村に滞在している時、ベルゴやライアーを狙撃したという不可視の悪魔──奴に違いない、と。

 

 ならば立ち止まっては敵の思う壺。

 

「足を止めるな! 近衛共は後方で一列に並んで〈盾魔法〉を展開! このまま突っ切る!」

「は……はっ!」

 

「ハハッ、いい仕事してくれるじゃねえかフォラス」

 

「!」

 

 最適解は、あえなく崩れた。

 どこからともなく現れた魔力に振り返った先──通路の高い梁に立つ人影をアグネスは見た。

 

 目深く被る外套。

 口輪型の罪冠具。

 

 その特徴、嫌というほど覚えがあった。

 

 単なる情報としても。

 個人的な因縁としても。

 

「アンタは──サルガタナス!」

()()()()()

(まずい!)

 

 サルガタナスがここに居るということは、不意打ちの失敗を意味していた。

 不意打ちで殺せるとは端から思っていない。全員が手傷を負わせれば万々歳……そのくらいの心構えで、後の戦闘に繋げる腹積もりだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 サルガタナスはライアーが相手取る計画だった。

 しかし、ライアーが倒されるには早過ぎる。そう考えられる程度には、アグネスも彼の実力を信用していた。

 

 だからこそ相手の目的が見えてくる。

 

()()()()!?)

 

 敵の狙いは間違いなく聖女だ。

 殺害にせよ誘拐にせよ、どちらも容易く実行できる力をサルガタナスは有している。

 

──不味い。

 

「てめェらに恨みはねェが……後が控えてんだ。心置きなくやり合いてェからよォ、先に片付けさせてもらうぜ」

 

 魔力の高まりが伝播する。

 

 間もなく奴が来る。一瞬で。

 

「全員伏せ──ッ」

「なあ、ババア」

 

 パッと。

 世界から二つ分の人影が消えた。

 

「ア……アグネス様?」

 

 脚を射られた聖女が横を見上げる。

 そこには丸い球体が──否。

 

 

 

 抉り取られた空間が、黒い深淵を覗かせていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──まさかアタシが目的とはお目が高いねぇ」

 

 辺りを見渡す。

 黒、黒、黒──。

 夜と見紛う漆黒の空間が広がっているが、不思議と互いの姿は鮮明に視認できる。

 

 異様で異常な空間。

 そこで目を凝らしてみるアグネスは、周囲の景色に線が浮かび上がっていることを確認した。

 

「……〈聖域〉かい」

「──〈世界(ウェニ・ウィディ・ウィーキ)〉」

 

 フードを脱ぎ、悪魔は口元に三日月を浮かべる。

 

「ここは俺様の罪魔法で作り出された世界。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 紡がれる言葉の羅列は、どこを斬り取っても絶望的だった。

 

「俺様が解くか死なねェ限り、てめェは一生ここから出られやしねェ」

「随分強引に連れ込んでくれたね。嫌いじゃないよ。でもアタシと寝たいって訳でもないだろう?」

「〈無原罪(むげんざい)〉」

 

 気丈に軽口を叩いていたアグネスから笑みが消える。

 

「……アンタ」

「俺様の仕事はてめェから〈無原罪〉の居所を聞き出すこと。口を割らねェようだったら殺して死体にして持ち帰る。そうすりゃ、うちの死霊術師にでも操らせれば情報を引き出せるらしいからな」

 

 饒舌に語る理由は……勝利を確信しているからだろうか。

 

「知らない、と言ったら?」

「知らねェとは言わせねェ。だが俺様も鬼じゃねェ。大人しく居所を吐くってんならてめェの命までは取らねえよ……どうだ?」

「やれやれ……」

 

 前髪を掻き上げるように頭を掻くアグネス。

 一呼吸置き、彼女が出した結論は──。

 

「──〈降臨(ペンテコステ)〉」

「!」

 

 捩じり取られた世界に轟音が鳴り響いた。

 

 一瞬。

 たった一瞬の出来事だった。

 

 ()()は暗闇を裂き、煌々と顕現した。

 

「──聖霊!」

「甘ちゃんだねェ」

「……あァ゛?」

「アンタ、そう脅すのが一番手っ取り早いと思ってるんだろうがねぇ……見当違いにも程があるよ、若造」

 

 聖霊を降臨させた聖女は笑む。

 同時に聖霊も両手の細い剣を構えた。痩躯ながらも兜や鎧等を身に纏った佇まい。ただの聖霊使いのものとは出来が違うのか、輪郭ははっきりと鮮明だった。

 

「悪魔に脅されて口を割るようじゃあ聖女様はやれないのさ」

 

 聖女はたった今、戦士として舞台に立った。

 

「アタシは死ぬまで聖女を貫かせてもらうよ」

「悪くねェ。が」

 

 外套を捲るサルガタナス。

 すると、彼は腰に佩いていた剣の柄に手を掛けた。

 

 目にも止まらぬ速度で抜き放てば、周囲に暴風が吹き荒れる。

 だが、それは空間を強引に捩じ切ったが故の余波だ。

 

 当たれば──。

 

「てめェ、死ぬぜ?」

「上等だよ」

 

 即答。

 まるで初めから答えは決まっていたと──そう言わんばかりの返答だった。

 

「聖女やって五十年。端からベッドの上で養生するつもりはないよ。ここが死に場所になるってんなら、それも悪かないねぇ」

「ハッ! 『ババアを殺せ』と言われた時ァ気がノらなかったが……存外殺し甲斐がありそうだ」

「見る目があるね、若造。ついでにどうだい? 敬老の精神って奴を骨の髄まで叩き込んであげるよ」

 

 空気がピンと張り詰める。

 互いの威圧感が毛穴を刺してくるような緊張感。“暴力”を至上とし、己が力に絶対的信頼を置くサルガタナスにとっては慣れ親しんだ、それこそ故郷の風にも似た感触だった。浮かび上がる三日月もより鋭い弧を描く。

 

(死に場所、か)

 

 一方、絶望的な状況に置かれたアグネスは──笑っていた。

 死への恐れをおくびにも出していない、いや、そもそも恐れてすらいないからこその微笑。

 

(どうせ拾われた命なんだ)

 

 思い浮かべるは、死に時を失った二度の経験。

 

 一度目はドゥウスが陥落した日。

 あの時、本当なら自分は死んでいたはずだった。しかしレイエルとアニエル、そしてベルゴの子であるミカの存在が、老い先短い風前の灯火が消える瞬間を先延ばしにしてくれた。

 

 二度目は──忘れもしない、五年前だ。

 ()()()()()()()()()()、どれだけ無様や醜態を晒そうと生き永らえなければという覚悟を決めた。

 

(ここで命運が尽きたって悔いはない──がねぇ!)

 

 聖霊は輝きを増す。

 生きようとする意志の、燦然たる輝きに他ならない。

 

 

 

 とどのつまりは、

 

 

 

教誨(きょうかい)の時間だよ──若いの」

 

 

 

 慈悲はない。

 是非もない。

 聖女は悪魔を許さない。

 




Tips:木人族(もくじんぞく)
 かつてプルガトリア大陸に存在していた七つの魔人種の一つ。
 その名が示す通り植物の特徴を有した魔人族であり、肉体は木の幹や茎のような質感となり、栄養を補給する為の根や、光合成をするための葉などが生えている。
 血液も光合成する葉緑素を含んでいる為、木人族の血の色は緑がかっている。
 種族内でも個体差はあるものの、植物(特に木)の特徴を強く発現している者達は非常に長寿であり、基本的に森を住処としているのも相まって、太古のプルガトリアの住民からは『森人(エルフ)』と称されていた歴史がある。

 それでも一応純粋な人間との交配は可能であり、七魔姫の一人であるピスティーロは〈色欲の勇者〉デウスとの間に子を設け、彼らの子孫が現在の木人族の力の源流となっている。

 一見、他の魔人種より戦闘に長けないイメージを持たれがちだがそれは間違い。
 実際には木質化による硬化した皮膚は柔な打撃を無力化する鎧と化し、肉体に咲かせる花は種類によって毒性を強く発揮する花粉を撒き散らす。
 さらには再生能力も秀でており、魔力と栄養さえあれば千切れた四肢であっても再生することが可能。応用として四肢を急速成長させ、鞭のように振るう者も居る。
 そうした再生をする上で必要な魔力も光合成によって賄われ、持久力という一点においては七種族中で一番と言っても過言ではない。

 その上、中にはその再生能力を用い他種族の肉体構造を疑似的に再現する猛者も存在する。植物によって代替された肉体構造

*** オマケ***


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