嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

125 / 158
第百二十五話:贋作は真作の始まり

 

 

 

 荒々しく波立つ海面より飛び出す手。

 その手が岩肌を掴めば、間もなく黒い肌を晒す鬼人が別の鬼人を抱えながら陸上に這い上がってきた。

 

「おう! 死んでる間抜けは居ないだろうな!?」

 

 彼が横を向けば、同じような有様の鬼人が次々に上陸している。

 

「な、なんとか……」

「ちくしょお……イテェ……!」

「あんなの、普通のクラーケンじゃねえ……!」

 

 返ってくるは怨嗟の声。

 しかしながら、声を出せるということは生きていることの裏返しだ。海の方へ視線を動かせば、荒波に揉まれていた船の残骸が藻屑と化す光景が目に入る。

 

 ああならなかっただけマシだ。

 怪我はともかくとして、船員の無事を確認した黒い鬼人は、大太刀を担ぎながら岩肌が抉れてできた洞窟へと飛び込んでいく。

 

「おい、クロガネ!?」

「最低限手当が済んだらてめえらも来い! 里にゃあもうあの化け物が上がり込んでるんだぞ!」

 

 声を荒げながら、上り坂となっている洞窟を駆け上がる。

 このまま洞窟を駆け上がれば、里はすぐ目の前だ。取り逃がしたクラーケンが逃げた先もそこである以上、一分一秒も無駄にはできない。

 

「親父……!」

 

 里にあれほどの魔物を迎撃できる戦力は──ない。

 かつては歴戦の猛者として名を馳せていたであろう戦士達も、今や老境を迎えて膝や腰が痛いと愚痴を吐いている。

 

 自分の父──族長も同じだ。

 彼の性格を考えれば、里の危機となれば自分で迎え撃つことは想像に難くない。しかし、族長自ら迎撃に出て戦死してしまえば、ただでさえ金時失踪で疑心暗鬼になっている里に混乱を招いてしまう。

 

 そして、やがて疑いの目は里に住む鬼人以外──間人(げんじん)に向くはずだ。

 ただでさえ肩身の狭い彼女達の居場所が奪われてしまうことは、クロガネとしても本意ではない。族長の意思を継ぐ者として、そして、クロガネ個人の感情として。

 

 故に、なんとしてでも魔物は撃退する。

 人命の被害さえ出さねばどうとでもなる。その為、一人だけでも食い止めようとクロガネは走る、走る、走る──。

 

「居た! ……ッ!?」

 

 洞窟を駆け抜けてすぐ──見えた。

 遠方からでも確認できる巨影。複数本の触手と触腕を蠢かせるイカのような魔物は、周囲の建物を破壊しているのだろう。時折大きな土煙を巻き上げている。

 

 だが、それよりも目に飛び込んだのは──。

 

「フェルム……!?」

 

 近づけば近づくほどに強まる確信。

 里には数えるほどしかいない間人の一人。その姿にクロガネは息を呑み、駆け付けようとする足の動きを速める。

 

 だが、どうするべきか?

 

 あのクラーケンは強い。

 明らかに普通ではない異常個体(イレギュラー)。鋼の如き硬さと、それを自由自在に動かせるしなやかさを両立している。

 さらに妖術──海の外では“魔法”と呼ばれる代物を魔物ながら扱うときた。これに再生能力を加えられればもう手がつかない。数本足を斬り飛ばしてやったクロガネも、そうした能力の数々を相手にした時、流石に船を庇い切れなくなった。

 

(陸の上なら勝てると言いたいが……!)

 

 海上では船を壊され敗戦を喫したが、陸上は陸に生きる者の独壇場。

 しかし、通常海中でしか行動できないクラーケンが暴れているところを見るに、やはり奴は普通ではない。

 

 用心するに越したことはない──そう考えていた時だ。

 

 突如、空に三日月が浮かんだ。

 次の瞬間、クラーケンに捕らわれていたフェルムの体は宙に放り出される。かなりの高度だ。地面に叩きつけられれば命に関わるだろうが、その未来はすぐさま否定された。

 

 舞い上がる黒い影。

 漆黒の翼を生やした歪な人影が、フェルムの体を抱き留める。

 

「魔人……ッ!?」

 

 本来里に居ない──()()()()()()()()()()

 しかも、その数は四つ。

 鳥人、魚人、獣人、木人と、バリエーション豊かなラインナップを前に、クロガネは困惑しながらも足は止めない。

 そして、己の得物である大太刀を握る力を強める。

 

(奴ら……まさか)

 

 敵ならば──血の未来は避けられない。

 その未来が来ないことを望みながら、クロガネは足を進めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 武器が──無い。

 

 

 

「どーしよッ♪ どーしよッ♪」

 

 思わず壊しちゃったクラリネットの音色を響かせそうなフレーズを口にする。

 だが、すでにフェルムはこの俺の腕の中。ベルゴが召喚した〈聖霊〉がズバッと一閃すれば、金属のように硬いクラーケンの腕もスッパスパよ。

 

「ナイス、ベルゴぉ!」

「ライアー! オマエはフェルム殿を安全な場所へ!」

「モロチンよぉ!」

 

「不潔です!」

 

「言゛っ゛た゛の゛分゛身゛ッ゛!?」

 

 フェルムを抱きかかえた分身(おれ)が避難する一方、本体(おれ)は冤罪でアスからフケツキックを貰う。罪化したアスのキックはしなりが凄い。まるで鞭でしばかれたみたいに尻が痛む。

 

「お前……後で覚えてろ……!」

「遊んでる場合じゃないよ!」

 

 もう! とプリプリとプリンプリンなほっぺを膨らませて怒るアータン。

 俺達とは違い〈堕天〉の罪度Ⅲではあるが、悪堕ち人魚姫みたいな見た目になってもアータンの可愛さは損なわれない。

 

「動きを止めるよ! ──〈大氷魔法(グラキエ)〉!」

 

 そう叫び、アータンは合わせた掌の間から生じた冷気を射出。

 クラーケンに着弾した氷弾は、そこから大きな氷の華を咲かせて柔軟な肉体を縛り付ける。

 

 対して、クラーケンは無事な触手で凍結部位を砕こうとする。

 だが、そこへ更なる〈大氷魔法〉が着弾。抜け出そうとする一挙手一投足を封じる氷の枷は、やがて全身を縛り付ける拘束具へと昇華しようとしていた。

 

『──!』

「ッ……地面が盛り上がった!?」

 

 しかし次の瞬間、不自然に隆起する地面が放たれる〈大氷魔法〉を遮る。

 一度〈大氷魔法〉を受け止めた土壁は、そのまま表面を頑強な氷でコーティングされた。これでは今までのように追撃で動きを封じ込めることはできない。

 

 土壁の裏で脱出せんとするクラーケンが氷を砕く音が、にわかに鳴り響く。

 

「このままじゃ……!」

「いや──十分だ!」

 

 そこで動き出すのが俺達だ。

 黙って見ているだけと思ったら大間違いよ。

 

「ぬ゛ぅ゛う゛ん゛!!」

 

 雄々しい雄叫びを上げながら猛進するベルゴ。

 彼はあろうことか氷で補強された土壁を突進で突き破り、強引にアータンの射線を確保する──のではなく、そのまま本体に組み付いた。

 

 地響きのような唸り声を上げ、ベルゴは突き進む。

 足が着いた地面が陥没するほど力を込めれば、クラーケンの巨体はほんの少し後ろへ下がった。

 

「里から引き離す!!」

「はぁい!!」

 

 里中で戦えば家屋に少なからず被害が出る。

 それを抑えんとするベルゴの意図を汲み取ったアスはと言えば、クラーケンが吸盤を張り付ける地面を蹴り砕いていく。

 

「海の上では恥ずかしい姿を見せてしまいましたが!!」

「ホントにね」

「見せてしまいましたがッ!!」

 

 あの時の痴態を思い出し、アスは赤面する。

 流石に海上まさぐり公開プレイは堪えたようだ。それを思うとあの赤面も羞恥からではなく怒りから来るものだと思えなくもない。

 

 あらためて気合いを入れるアス。

 直後、彼の姿は線と化した。

 

 蹴って、跳ねて、蹴って、跳ねて。

 軽やかに攻撃と移動を同時に行うアス。その光景は、姿かたちも相まって因幡の白兎を彷彿とさせるほどだ。

 

 己の体を固定する足場を砕かれ、クラーケンの後退は速さを増す。

 それに危機感を覚えたのだろう。クラーケンの動きに変化が現れた。複数本の触手が分裂。数本の触手が数十本の鞭のように変貌し、ベルゴとアスを狙って動き出す──が、しかし。

 

「俺を忘れちゃあ困るぜ」

『──!』

 

 相手からすれば虚空から現れたように見えるだろう。

 離れていた場所に投影されていた幻影が消えた時、俺はすでにクラーケンの眼前に移動していた。

 

 肉迫する勢いのままにクラーケンの額へ掌を叩きつける。

 それだけならばただの掌打だ。金属同然の防御力を誇るクラーケンには毛ほども通用しない。

 

「──〈夢堕ち(ファントムペイン)〉」

 

 ただの攻撃なら、の話だが。

 刹那、俺の掌を通じてクラーケンの体表に魔力の線が奔る。すると、途端にクラーケンの動きが鈍くなり始めた。

 それどころか分裂し、殺意に滾っていた無数の触手がぐったりと脱力。

 

「よし……良い子だ……」

 

 そのまま魔力を流し込み続ける。

 細心の注意を払い、神経を針のように鋭く尖らせながら描くのは魔法陣──〈聖域〉だ。〈聖域〉は何も地面や巻物にばかり描くものではない。ハハイヤがしていたように、自分の武器や相手の肉体に描いて発動する種類の〈聖域〉だってある。

 

 その内の一つがこれだ。

 〈嘘八百(フル・オブ・ライズ)〉とは違う、肉体に直接展開する〈虚飾〉の〈聖域〉。五感に直接作用する幻覚は余りにも現実味を帯び、まるで実際にそれが起きたかのように錯覚させる。

 

 それが俺の対不死用最終奥義、〈夢堕ち(ファントムペイン)〉だ!

 

 ……あっ。

 

「脳を揺さぶる衝撃!?」

「ライアー!?」

 

 触手による強烈な右ストレートが俺を襲う。

 あ、危なかった……アータンのツッコミ顎パンチを食らったことがなければ、今ので気絶していたかもしれない。

 

 〈夢堕ち〉の弱点。それは完全発動には魔法陣が相手の脳まで届いている必要があることだ。

 つまり、クラーケンには効果が薄い。イカだったかタコだったか、たしかあいつらの脳って実質9個ぐらいあった気がする。じゃあクラーケンも似たようなものよね。失念してたわ。

 

「や、やるじゃない……!」

「よくも! ライアーの仇!」

「アータン? 俺死んでないよ? アータン?」

「くらえっ!」

 

 まるで俺が殺されたような熱量で怒るアータン。

 〈堕天〉で魔力が増強されている彼女は、クラーケンとヌルヌルローション相撲に興じるベルゴに『退いて!』と声を荒げる。

 そんな彼女の掌には魔力が収束していた。

 ただし、ただの魔力ではない。バチバチと爆ぜる魔力は白銀の輝きを放ち、周囲を眩くも清らかな光で照らし上げている。

 

 あの技は〈海蛇神の大水魔槍(レヴィアタン・オーラハスター)〉──では、ない。

 

 

 

「──〈聖銀の魔弾(シルバーバレット)〉」

 

 

 

『──ギィイイイッ!?』

 

 アータンより解き放たれる白銀の魔弾。

 通常の〈魔弾(マギ)〉とは違う聖なる魔法の弾丸は、鋼の如き強度を誇るクラーケンの体表に着弾する。

 だが、余りにも高密度の魔力は堅牢な体表を削り、焼き切り、遂には分厚い肉体を貫通して空へと打ち上がっていった。

 

 ……〈聖銀の魔弾〉、か。

 

「──アータンすっご」

「感心してる場合じゃないよ!?」

「──アータンすごいな」

「ベルゴさん!?」

「──アータンちゃんすごいですね……」

「アスさんまで!?」

 

 思わず野郎全員でアータンに感嘆してしまった。

 感嘆すべきアータン、すなわち感嘆アータンである。

 

 だって、あの〈聖銀の魔弾〉という魔法は罪魔法を除いた場合、人類が行使できる魔法の中では最高難易度の代物だ。

 具体的には全属性の魔法を扱えることが最低条件。そもそも全属性を行使できる人間が少なく、加えて緻密で繊細な魔力操作を要する。

 火と水。

 風と土。

 光と闇。

 

 相反する属性エネルギーを練り合わせた魔力は、ありとあらゆる物質と対消滅する反応を起こす。

 

 つまり、命中=消滅。

 その聖なる弾丸を前には防御という概念は存在しない。

 

 先の一発も込められた魔力がクラーケンの肉体と対消滅を引き起こした結果、魔力分の肉体を消し去ったのである。

 その結果の貫通だ。

 

「アータン! 次いけるか!?」

「もうちょっと待って!」

 

 だが、必殺たる銀の魔弾は準備に時間が掛かる。

 ゲームではほとんどの相手を一撃で葬れる超威力の魔法だったが、一ターンの溜めが必要だったし、そもそも消費する魔力量が半端ではなかった。

 ポイポイ気軽に撃てるような代物ではない以上、頼り過ぎは禁物だ。

 

『──!』

「むっ!?」

「硬っ!?」

 

 突如、ベルゴとアスから驚愕の声が上がる。

 何かと思えばクラーケンの肉体が更なる変化を遂げていた。表面に透明な結晶を身に纏っていたのだ。

 

「まさか……炭素を〈錬金魔法(アルケミア)〉で硬化したのか!?」

 

 こちらを脅威とみなし、さらに守りを固めたのだろう。

 クラーケンが身に纏うは、〈聖霊〉の刃やアスの打撃をものともしない金剛の鎧。いよいよ普通の攻撃では歯が立たないレベルの防御力を経た今、正攻法では勝ちの目が薄くなってきた。

 

「こりゃあいよいよ海に突き落とすしか……!」

『おまちどぉー!』

「っ……来たか!」

 

 後ろから聞こえる分身(おれ)の声。

 期待と共に振り返れば、フェルムを背負いながら羽搏いてきた奴の腕の中には、いくつもの武器が抱えられていた。たぶんフェルムに武器の場所を聞いてきたのだろう。

 

 だからこその黒鳥(クロトリ)ライアーの宅急便だ。

 即日配送は頼もしいね。

 

「それはそれとしておっせえぞぉー!」

『うるせぇー!』

「危にゃいッ!?」

『こちとら金貰ってねえのにお急ぎ便だぞボケぇー!』

「ホントごめんね」

 

 正確無比な投擲で武器を投げ届けてくれた分身に謝罪と礼を告げ、俺は早速イリテュムを手に取った。

 奴は金剛の鎧を纏った軟体生物。ただでさえ硬さとしなやさかを兼ね備える相手だ。通常のイリテュムは勿論のこと、柔な武器に変化させたところで“刃”が立たない。

 

「となりゃあ……」

 

 変化させる候補は一つに絞られる。

 イリテュムで再現できるのは形状と素材。罪器のような術式を刻み込むタイプの武器は再現できない以上、素材の味で勝負するしかない。

 

 つまりは金剛の鎧と鋼の肉体、両方を一度に断てる切れ味が必要だ。

 

「……()()()()

 

 百聞は一見に如かず。

 やらずに諦めるよりも、まずはやってみる。

 

「罪器解放──イリテュム」

 

 罪器に魔力を注ぐ。

 するとにわかに変化が始まった。

 

 剣の輪郭がブレて、異なる形状へと生まれ変わっていく。

 今度は斧ではない。重量と遠心力で断ち切る武器では、あの硬さを切り裂くことは叶わない。

 

 なればこそ、()()()()()

 

「──金時!」

 

 両刃の剣が変形し、片刃の刀に変化した。

 伝承通り刀身は赫々と燃え上がる血潮のような真紅だ。数多もの人間の血を吸ったと言われても信じてしまうだろう。

 

 だが、金時の最たる特徴は見た目がどうこうではない。

 

「フッ──!!」

 

 金時に変化したイリテュムを強く握り締めて飛翔。

 反応したクラーケンは無数の触手をこちらに向けて突き出す。一本一本が鋼よりも硬い以上、避けるか守るかしなければ殺されるであろう。

 

 しかし、だ。

 

「──あっ……」

 

 それは地上に降りたフェルムから漏れた声だった。無意識に零してしまった感嘆の吐息だったかもしれない。

 

 宙を滑るように振るわれた真紅の刃。

 それらは向かってきた金剛の鎧を纏う触手、その全てを残らず()()()()()()

 

「──ははっ」

 

 余りの切れ味に、俺も思わず乾いた笑い声を漏らす。

 攻略本の誇張したフレーバーテキストだとばかり思い込んでいた。だが、眼前に広がる光景を突き付けられた今となってはとんでもない話だ。

 

()()()()()()()()()()()、か」

 

 金時の説明文にそう書いてあった。

 〈強欲〉の〈罪〉が刻まれたからではない。依り代となる刀そのものが、すでに無比なる切れ味を誇っていたのだ。

 

 その名も金時。

 〈強欲〉の器。

 

 全てを手に入れた漢の握った刀には、全てを切り離すだけの力が備わっていた。

 時間さえも切り離されるような錯覚が周囲を包み込んでいた。

 

『──ッ!!』

「逃げた!?」

 

 しかし、それは間もなく終わりを告げた。

 さっきとは打って変わり逃げの一手を打つクラーケン。それを見たアータンが慌てたような声を上げる。

 

「させるかッ!」

 

 攻撃が通じると分かったなら後手に回る必要はない。

 背を向けるクラーケンへ飛天で接近し、金時を振りかぶる。

 

「こいつはさっきの礼だ──返品無用だぜッ!」

『ッ、ギャアアア!』

 

 一閃。

 背中を大きく切り裂かれた魔物が断末魔を上げる。全身に纏っていた金剛の鎧は剥がれ落ち、ただでさえ不気味な体色はコントロールが利かなくなったのか、不自然な変色を延々と続けていた。

 

『──!』

「えっ……何か出てったよ!?」

 

 そのまま絶命するかに思えた。

 しかし、地響きを奏でて崩れ落ちたクラーケンから、突如として何かが飛び出した。はっきりとは見えないが黒い人影だ。それは俺達を一瞥した後、迷いなく逃げ出した。

 

「……あいつ、やっぱり……」

「ライアー、どうするの!?」

「追うぞ!」

 

 相手が逃走を図った以上、撃退という目的は達しただろう。

 だが、確証は欲しい。それ以上に確保できれば万々歳だ。

 

「あいつ、あそこに逃げ込むよ!」

 

 全力で追いかけること数分。

 謎の人影は聳え立つ断崖にぽっかり空いた洞窟の中へと飛び込む。入口に木製の支保工が見える辺り、過去に人が出入りした形跡はある。

 

 けれども、そんなこと逃げる側からすれば知ったこっちゃない。

 洞窟に逃げ込んだ人影は何か手を加えたのだろう。直後、洞窟内がゴゴゴと轟音を鳴り響いたかと思えば、入口が崩れてくる。

 

「あっ、ヤベ。止まれなぶっ!?」

「にゃ!?」

「ぬぉ!?」

「きゃん!?」

 

 崩れ落ちてくる岩は分厚かった。

 急停止できなかった俺と、後ろから突っ込んでくるアータン、ベルゴ、アスの全員の悲鳴が重なる。アンバランスなブレーメンの音楽隊かよ。

 しかも後ろの奴らの勢いが凄すぎて、岩に俺型の跡がつくレベルだった。とても痛い。

 

「……この勝負、俺の勝ちということでよろしいか?」

「……これを勝ちと言い切れるならね」

「くぅ~ん」

 

 辛辣なアータンのコメントに、俺は負け犬にならざるを得なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あいつら、どこまで追いかけるんだ……?」

 

 遠ざかる四人の背中を見つめていたフェルムがぼやく。

 彼らは一応虜囚であることを忘れているのではないかと不安になる勢いだ。

 

──もしかするとあのまま逃げるかもしれない。

 

「……」

 

 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 胸の内に沸々と湧いてくる“熱”。一刻も早くこの衝動を吐き出さねば、頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

「は、ははっ……」

「フェルム! 無事か──」

「あはははは!」

「うぉ!?」

 

 そこへ現れる鬼人・クロガネ。

 捕らわれていたフェルムを心配して駆け付けた彼であったが、直後に狂気じみた笑い声を上げるフェルムは、その場から走り去る。

 一瞬ギョッとしながらも、恐怖で気をやられてしまったのではと甲斐甲斐しく気に掛けるクロガネは、迷わず彼女を追いかけた。

 

「おい、どうしたんだ!?」

「打てる」

「打てるって……何がだ!?」

「金時だよ!」

「っ……!?」

 

 振り返るフェルム。

 その時、クロガネの目に飛び込んだのは爛々と輝く彼女の双眸だった。まるで憧れのものを目にした少年のように純粋で真っすぐ光を宿した瞳を前には、クロガネも喉まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

 

 

 

「そうだ、今なら打てる──贋作(きんとき)を!!」

 

 

 

 駆け出す彼女を止めることはできない。

 何故ならば、そんな彼女に自分は惚れたのだから。

 

 クロガネは溜め息を吐いた。

 フェルムにも、自分にもだ。

 




Tips:聖銀の魔弾(シルバーバレット)
 全属性を混ぜ合わせることで繰り出せる最強の魔法。
 相反する属性魔法を同量で、かつ同調させることで、ありとあらゆる物質やエネルギーと対消滅を起こすというのが、この魔法の原理である。
 発動に要する前提条件の難しさや必要な魔力量が膨大なことから、使える魔法使いは歴史に名を残せるレベルの偉業を為したといっても過言ではない。

 使用難易度の難しさに比例し、その攻撃力も無比なるもの。
 万物と対消滅するということは、相手の守りを無に帰すと同義。射線上にある万物を込められたエネルギー分消滅させ続けるこの魔弾は、紛れもなくあらゆる悪魔や怪物を対峙する『銀の弾丸』なのである。
 ただし、使用者の魔力量によって消滅させられる量は大きく変動する。まだ慣れていないものの弾丸は極めて小さく、場合によっては通常の魔法よりも殺傷力に劣る場合もある為、使える場面は限られると言えよう。

 シリーズ初出は『ギルティ・シン 色欲のエデン』。
 初代から登場する最強の魔法。相手の防御や魔法耐性を無視したダメージを与える。プレイヤーからは『マ〇ンテ』『アル〇マ』『メギ〇ラオンでございます』と呼ばれ、親しまれている。
 ほとんどの場合、主人公がクリア後に会得できるご褒美魔法のようなもの。周回要素の多いギルシンシリーズにとって、次の周回を快適に進められるようにという役目も担っている。

*【嘘吐きは勇者の始まり】第2巻、5月30日発売予定!

↓リンク

↓KADOKAWA
販売ページ

↓Amazon
販売ページ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。