嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百三十話:破損は欠落の始まり

 

 

 

 暗闇に。

 暗黒に。

 暗影に座す、大悪魔が居た。

 

 名をルキフグス。

 〈邪見のルキフグス〉──以前、ライアー達がスーリア教国でも出会った〈六魔柱(シックス)〉の一柱だ。

 

 三対の黒翼で全身を覆うシルエット。

 一見外套を羽織っている姿は、この地底の底に至っても尚徹底的に光を避けているようだった。

 

 風が、冷たい。

 張り詰める緊張感より全身から汗が噴き出ているからだ。全員が気付くまでそう時間は掛からなかった。

 

(──最悪のタイミングだ)

 

 胸中で吐き捨てるライアー。

 この中で唯一、ルキフグスの〈(ちから)〉を知っている人間は彼一人だ。通常彼らの〈罪〉について知る人間は居ない。何故ならば対峙した人間のほとんどが殺されるからだ。

 

(何とかしてこの場を切り抜けるには……)

 

『グ……ギッ……!』

「……我楽多(がらくた)が」

『ガッ!?』

 

「!」

 

 暗闇に紅い一閃が奔る。

 次の瞬間、甲高い音色が空間に鳴り響いた。まるで悲鳴にも似たそれは金属の鎧が刃に切り裂かれる音だ。ライアーやベルゴはよく知っていた。

 

 しかし、何を斬ったのだろう?

 視線は自然と音の源へ向かう。

 

「……!? 誰か踏みつけにされてます!」

「あれが迷宮の……主!?」

 

 ルキフグスに踏みつけにされる物体があった。

 蜘蛛の頭部に似た兜を被り、体には真紅の鎧を纏っている。背中から多腕を生やした姿は、確かに蜘蛛と言えなくもない特徴でもある。

 しかし、折角の多腕もルキフグスによって斬り落とされた。

 抵抗する術を失った謎の人型は、それから背中に影の腕を突き立てられる。間もなく引き抜かれた手の中に握られていたのは銀色の塊──巻鍵(ゼンマイ)のような物体であった。

 

 最早生物か無生物かも定かではない。

 答えを求める二人はクロガネを見た。だがクロガネは頭を振る。

 

「何だ……アイツは?」

「え?」

「じゃあ、あれは……?」

「それよりも野郎の()──!!」

 

 みるみるうちにクロガネは憤怒の形相を為す。

 縦長に瞳孔をかっ開いた黒鬼は、鋭い牙を口からはみ出させながら、ルキフグスの握る真紅の刀を凝視していた。

 

「ああ、これか」

「その刀──いや、()()!! どこで手に入れたッ!?」

「答える義理があるか?」

「手前ェェエエエ!!」

 

 大太刀を抜き放つクロガネ。

 次の瞬間にはルキフグスの眼前に迫る彼は、丸太の如き豪腕全体に血管を隆起させながら刃で弧を描いた。

 

 先の真紅の一閃を彷彿とさせるが、こちらは銀光が迸る。

 鬼人の剛力を以てすれば鋼鉄の鎧を着込んでいようが胴体は泣き別れだ。並の標的では切った手応えすら感じない。まるで豆腐や寒天でも切るように、だ。

 

「……!?」

「愚昧だな」

「くっ!?」

 

 しかし、今回は()()()()()()()

 その一瞬の疑問がクロガネの命を救った。

 

 横薙ぎに振るわれた刀──否、金時。

 真紅の刃を携えたそれは防御の為に構えられた大太刀の刀身をも切り裂き、鋼の如き鬼人の肉体に赤い線を描いた。

 咄嗟に飛び退くクロガネ。一瞬間を置けば、思い出したかのように痛みと血液が傷口より溢れ出してくる。

 

「流石は金時……!」

「クロガネさん!」

 

 即座にアスが駆け寄り、〈回復魔法(ティオ)〉を掛ける。

 が、しかし。

 

(! なんて滑らかな傷口……!?)

 

 余りにも異様な速度で塞がる傷口。魔法を掛けた当事者すらも驚愕する回復速度を成し得たのは、それこそルキフグスの振るった刀──金時の付けた傷口が余りにも滑らかだったからだ。

 

 美し過ぎる断面。

 その芸当を成し得るだけの切れ味が、彼の大悪魔が握る宝刀が贋作でない他ならぬ証明でもあった。

 

「手前ェが金時を盗んだ張本人か……何が目的だ!?」

「目的だと? ……逆に訊こう。飾るだけの武器に何の価値がある?」

「何だと!?」

「武器とは他者を害してこそだ」

 

 突如広げられるルキフグスの黒翼。

 けれども、その中に潜んでいたのは底知れぬ人型の影だった。

 

「それでようやく武器の価値は──存在意義は成される」

「悪魔が屁理屈を……!」

「そうだ。同じ穴ですらない貉を相手に理解は求めん」

 

 次の瞬間、僅かな光源を元にして地面に広がる影の中から無数の武器が生えてくる。

 剣、槍、斧、刀……バラエティに富んだ武器の中から刀を選び取るルキフグス。鞘から抜き放つように影より引き抜かれた刀は、メキメキと拉げる音を響かせながら変形。

 

 間もなく誕生するは──もう一振りの金時だった。

 

『!』

「貴様らは……ただ死を甘んじて受け入れろ」

 

──それが貴様らの価値だ。

 

 吐き捨てるように言い放つ影が飛ぶ。

 

「来る、ゾッ!?」

「……やはり幻影か」

 

 瞬きより早く迫るルキフグス。

 交差させながら振り抜いた刃は、目の前のライアーの首を刎ね飛ばした──が、霧散。直後にルキフグスは僅かな風の感触を覚えて身を屈めた。

 すると頭上に描かれる白銀の三日月。

 

「ちぇ」

「見え透いた小細工を」

「『やはり』とか言っといて躱されたのはどこのど~いつだ?」

「フンッ」

「あらよっと」

 

 三度刃を振るうルキフグスとライアー。

 しかし両者に刃が触れることはなかった。そもそも触れたところで手応えがあるかどうかさえ定かではない。

 

 ルキフグスは影の中に紛れる。

 ライアーは幻影の中に隠れる。

 

 互いに己の能力で斬撃から免れる。

 しかし、ルキフグスにとっては一時凌ぎに過ぎない。

 

「〈月天(げってん)〉!!」

「ラーディクス!!」

 

 〈聖霊〉の斬撃と罪器の朝星棒(モーニングスター)がルキフグスの影に襲い掛かった。斬撃は硬い岩を豆腐のように切り裂き、罪器の方は生やした棘で岩を砕く。

 手加減も、当然容赦もない一撃だ。地面を削り、あるいは打ち砕かれた破片は周囲に飛散する。もし仮に直撃していれば骨の一、二本は砕け、潰れた肉片が飛び散る勢いだろう。

 

「──腐っても〈大罪〉か」

「!? 退がれアス!」

 

 ベルゴの警告から間を置かず、地面より無数の刃が生えてくる。

 それらはルキフグスの紛れる影より伸びし無数の棘岩。地獄の針山もかくやと、突き出す切っ先は一番近くに居たアスの喉笛を狙う。

 これをアスは後転とびで回避。僅かに切っ先が頬を掠めるも、サッと魔力を灯した掌で撫でれば傷口は瞬く間に塞がる。

 

「ふぅ! ……やり辛い相手ですね」

「影に干渉する〈(シン)〉か?」

 

 考えられる可能性にあたりをつける。

 未知の相手との戦闘に考察は無視できない。力量差が隔絶した格下ならばともかく、相手は格上の〈六魔柱〉だ。一度の読み違えが命に係わる。

 

「無駄だ」

 

 しかし、吐き捨てるルキフグスの影が凄まじい速度で伸びてくる。

 これにまた咄嗟に回避行動に出るベルゴとアスの二人。しかし、足が地面から離れたとしても自身の影は地面に残ったままだ。

 伸長する影は地面の二人に繋がった。

 

「う、おおおッ!?」

「ああ!? こ、これは……!?」

 

 ベルゴは足、アスは腕。

 一瞬の出来事だった。地面に映る影の方が歪み、それに鏡写しになるかのように二人の四肢が歪み始めたのだ。

 

「〈怠惰〉と〈色欲〉──戴いていく」

「させるか!」

「!」

 

 影より上半身のみを露出し、両腕を伸ばしていたルキフグス。

 そんな彼の影を切り裂く光の刃があった。直後、操る糸が切れたかのように二人の影の変形は止まった。

 

「〈虚飾〉……貴様に用はない」

「お前になくても俺にはあるんですぅー。自分の用件ばっか優先しやがってこの自己中野郎。世界が自分中心に回っていると勘違いしてるお前にはデッカイデッカイ×(ペケ)をくれてやろう」

「出涸らし風情がベラベラと……」

「出涸らしはお互い様だろ? 搾れる出汁がカラッカラになるまで仲良くしようぜぇ~?」

 

 罪器(イリテュム)を破魔の剣なる魔剣に変化させたライアーは、鉄仮面の奥に浮かぶ双眸をニヨニヨと歪ませる。

 そして、実に腹立たしい声色だ。

 ライアー同様に両目以外生身の窺えない姿を晒すルキフグスは、その双眸にありったけの不快を浮かばせる。

 

「……貴様如きが」

「『()()()()()』……なんだよ? 言いたいことがあるならハッキリ言いな。口にも出さずに理解してもらおうなんて甘ったれ、お母さんが許してくれても俺は許さねえぞ?」

「喧しい」

 

 舌が止まらぬライアーを一蹴するかのように、ルキフグスが金時を振るう。

 それをライアーは回避。が、金時一本分影は伸びていた。音もなく地面を這う影は伸びたリーチを活かすようにライアーの影と接合する。

 

 しかしながら、彼こそそれを見通していた。

 地面に映っていた影がにわかに揺らぐ。幻影だ。霧散すれば、当然足元の影も消え去った。

 

「……小賢しい奴らめ」

 

 毒づくルキフグスの顔面に水槍が飛来する。正確無比なアータンの魔法だった。

 これを一刀の下に叩き切るルキフグス。両断された水槍は常軌を逸した刀の切れ味の所為か、左右に分かたれても尚、勢いそのままに悪魔の立つ後方の壁を穿った。

 

「面倒だ──何もかも」

『!』

 

 数的不利を前の弱音……では、ない。

 直後、全員の足元より無数の影の手が湧き出てくる。すぐさま異変を察知し、回避を試みる面々。しかしながら一歩遅く、地に足を着けた面々は飛び出してきた影に拘束されてしまう。

 

「きゃっ……!?」

「影!? いや……違う!」

()()()()()……どうやって!?」

「何て力だ!? 鬼のオレが……!」

 

 四人を掴んで離さぬ正体は影ではない。

 元からそこに存在していた筈の岩肌。それが知らぬ内に変形し、四人に絡まっていたのだ。

 

 唯一逃げ出せたのは幻影(おとり)で本体の位置を誤魔化していたライアーだけだ。まさに彼の十八番が真価を発揮した場面でこそあるが、その表情は断じて芳しいものとは言い難かった。

 

「おいおい!? これって結構大ピンチぃ!?」

「命令だ。投降しろ」

「そしたら命は救ってやる……的な?」

「楽に殺してやる」

「は~い、交渉決裂ぅ~!」

 

 虚空を裂いて現れたライアーが、ルキフグスの背後から斬りかかる。

 反応するルキフグスは応戦。振り返るままに振るった左手の金時を以て、イリテュムが変化した破魔の剣とかち合った。

 普通に考えれば圧倒的切れ味を誇る金時が有利。

 だが、魔力に呼応して光り輝く魔剣が折られることはなく、むしろ真紅の刀身を真っ二つに叩き切ったではないか。

 

「……チッ、()()か」

「っらぁ!」

 

 叩き切った勢いのまま剣を振り抜くライアー。

 これをルキフグスは肉体を変形させて回避。さながらスライムの如き軟体生物仕草だ。

 

「そんなんありィ!?」

「みすみす最後の好機を逃したな」

 

 そう言うルキフグスは折られた方の金時を投げ捨てる。

 すると、金時はグズグズと黒い泡を出しながら溶解を始めた。最早剣の原型すらもなくなった時、剣は跡形もなく塵となって消える。それが歪められた武器の最期だった。

 

「……成程ね」

「俺の能力を知っているか」

イリテュム(こいつ)と似たようなもんだろ?」

 

 トントン、とライアーは自分の罪器を指先で叩く。

 その唯一残った愛剣に宿るは〈虚飾〉の権能だ。

 

()()()()()()()()()()()()。その感じだとあんまり性能の違う武器じゃあ、再現した時の負担は大きめってトコか? ま、そりゃあ本物手に入れられるなら本物使うわって感じだな」

「……不愉快だ」

「同族嫌悪か? 仲良くしようぜ」

「黙れ」

「ムジナ~ン」

 

 徹頭徹尾切り捨てるような言動のルキフグスに、同じ穴のライアーは貉になってしまった。

 しかしながら、表面上はふざけていてもライアーの内心は穏やかとは言い難かった。何せ自分以外の全員が拘束されたままなのだから。

 

(こいつは──)

 

「最後通牒だ。投降しろ。大事な仲間を殺されたくはないだろう?」

「とかなんとか言っちゃって?」

「自刃かどうかは選ばせてやる」

「はいはい。俺、そーゆー選択肢があるようでない自由意思のねえ選択肢が大嫌いなんだよね。んでもって『はい、これが貴方の選択肢ですね~!』ってまざまざと突き付けてくるストーリーなんかは特に地雷で~す!」

「……」

 

 とうとう無言を返すようになる悪魔。

 間もなく影の腕に捕らえられる者達の呻き声が薄暗闇に響いた。次の瞬間、ライアーの双眸が鋭い眼光を放つ。

 

「おい。それ以上は──」

「……どいつもこいつも、俺に面倒ばかり掛けさせるッ……」

「あ?」

「無駄にプライドの高い自己中……己の正しさばかり押し付ける独善者……指示がなければ動かぬ木偶の坊……道理も弁えず自分の価値観で動く馬鹿……研究に没頭してみすみす殺される引きこもり……その上、部下は無能揃い」

「……」

「どうして〈強欲〉一人から罪冠具を奪えん。奪えないなら奪えないで、どうして最初から指示を仰がない」

 

 語っていく内に込み上がる怒り。

 震える声より窺える鬱憤を見て、ライアーは『苦労してんだな……』と心の中で同情した。どこの組織でも中間管理職は苦労するということだ。〈海の乙女〉副団長ザンが良い例である。

 

「命は貴様ら自身のものじゃあない。上に立つ者の財産だと知れ……ッ!」

「ブラック企業も顔真っ青な金言だな。額縁に飾って焚火の薪にしたいぜ」

「貴様らも同じだ。人間の命の使い道は我々が決める」

「おいおい。人材謳うならまず採用面接から始めようぜ? ま、受かってもお祈り文書(メール)送ってやるけどな」

「拒否権があると思ったか?」

 

 睨み合う両者。

 ライアーが一方的に軽口を叩いている間、拘束されているアータン達は脱出を試みていた。が、全身を縛り付ける影の力は相当なものだった。

 何せ鉄格子をひん曲げられるベルゴとアスでさえ振り解けないのだ。魔人の中でも剛力無双と名高い鬼人族であるクロガネでさえ同様の有様なのだ。端から力尽くでの脱出は不可能と見た方がいい。

 

(方法があるとすれば……)

 

 先に見せたライアーの一太刀。

 破魔の剣(イリテュム)が繰り出した光の刃は影を断ち切ってみせた。〈聖霊〉や物理が全く通用しなかった影に、だ。

 

(強い光源があれば、きっと……!)

 

 影に干渉するのなら、影が出来ぬほどの光で照らせばいい。

 安直な考えではあるが間違ってはいないはずだ。

 

 即決即行。

 捕らわれの身ではあるものの、魔力を封じられている訳ではないアータンは体内で魔力を練り始める。目に見える場所で練ればルキフグスにバレるとの判断からだ。

 

 隠密に、それでいて迅速に魔力を練るアータン。

 

(よし! これで──)

 

 

 

「──気付いてないとでも思ったか?」

 

 

 

「っ!? うぁあ゛!」

「アータン!」

 

 いよいよ魔法を発動せんとする時、文字通り影の手がアータンの首を絞めつける。

 想像以上の握力だ。ともすれば首の骨がへし折られかねない力に締め付けられ、少女の顔がみるみるうちに赤黒く変色する。

 

「かはっ……!」

「〈嫉妬〉──確か〈堕天〉を極めていたな? ……ちょうどいい」

「っ──!?」

 

「アータン!」

「アータンちゃん!」

 

 ベルゴとアスの叫びも虚しく、首を絞める強さはますます増していく。

 一方、当然の如くライアーがアータンの下へ駆け寄ろうとしていた。しかし、彼の行く手に立ち塞がる壁があった。それまで手を抜いていたかと錯覚するほどの数を誇る影の腕が、それぞれ武器を握って立ちはだかっている。最早幻影で誤認させるどころの話ではなかった。

 

 ライアーは強い。

 だが、その強さは奇襲や搦め手に特化している。

 

 例えば圧倒的な体格。

 例えば圧倒的な物量。

 

 幻影では如何ともし難い相手には、どうしても遅れを取らざるを得ない。

 

「チィ!」

「姉に先んじて手折ってやる。罪冠具さえ無事なら──命はどうでもいい」

「おい」

 

──ライン越えんぞ。

 

 暗闇に響くドスの利いた声。

 それは仲間でさえライアーの声であると認識できなかった。

 

 敵愾心の先にある殺意。それが滲み出したかの如きドス黒い感情を身に纏う〈虚飾〉の罪使いは、己の鉄仮面に掌を翳した。

 

「我が──」

 

 

 

()……ガ……」

 

 

 

「んっ!?」

「何──」

 

 意識の外より飛び込む声があった。

 ライアーどころかルキフグスでさえ予想外と言わんばかりの反応を見せ、とある地面に転がる()()を見遣る。

 

 そこには、

 

「〈()()〉? ……まさか」

「〈(シン)〉、ニ……」

「今更亡者が──出しゃばるな!」

 

 縊殺せんとしていたアータンを手放し、影の手を倒れている真紅の人型の方へ差し向ける。握られている武器は、人型の纏う真紅の鎧を貫かんとしてか、同じ真紅の刃を持った刀へと変貌を遂げていた。

 誰もが庇う間もなく刃は突き立てられた。

 ヒヒイロカネで形成された鎧を貫くそれは、当然その下にあるであろう肉体をも突き破り、そして──()()()()()()()()()()

 

『!』

「……殉……ズ、ル」

「──また、面倒を」

 

 忌々し気に吐き捨てるルキフグス。

 彼の双眸は、そんな感情が露わとなるように歪みに歪んだ。

 

 次の瞬間、甲高い悲鳴を上げながら人型の兜が割れる。

 露わになる素肌。その色は人間──正確には間人にはあるまじき冷たい色だった。病に侵された病人よりもずっと青白い肌。加えて、白髪というには光沢のある銀髪と水晶染みた透き通った瞳。

 

 生気の一欠けらも感じられぬ無機質さ。

 精巧な人形ですらもっと人の温もりを感じるであろう。

 

 けれども、その人形の瞳がぐるりと反転する。

 透き通っていた水晶が濁っていく。そして、瞳が黒水晶の如き漆黒に染まり切った時、人形の全身には荒々しい稲妻が走っていた。

 

「──ヤバい」

 

 呆然とした声。

 その声の主であるライアーは、掌を翳したままである鉄仮面の奥で、両目をこれでもかと見開いていた。

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! ここでそいつはシャレにならん!?」

 

 しかし、騒いだところでどうにもならない。

 眼前に立ち塞がるルキフグスの影は分厚く、()()の暴挙を止めるにはどう頑張ったって間に合いはしない。

 

 

 

 〈罪〉が──犯される。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

──これはいつの記録だろう?

 

『おはよう、■■■。ご機嫌いかが?』

 

──見知らぬ女性がこちらを見下ろしている。

 

『うん、うん……問題は……なさそうね』

 

──顔はよく思い出せない。

 

『今日から私達は家族になるの。よろしくね』

 

──……思い出せない?

──ワタシはこの人を知っていた?

 

 

 

『違う……違う!』

 

──場面が飛んだ。

──見知らぬ女性が取り乱している。

──ワタシに掴み掛かりながら。

 

『こんなはずじゃなかった……!』

『この子は……この子は──』

『この子は……()()()()()()()

 

──髪を振り乱し、泣いている。

──どうして泣いているか、ワタシには分からない。

 

『──おはよう、■■■』

『今日はね、貴方に紹介したい子が居るの』

『■■よ』

『私達の──新しい家族』

 

──見知らぬ女性が誰かを持ってきた。

──小さな赤ん坊だった。

──スヤスヤと寝息を立て、穏やかに眠っている。

 

『今日から■■■がお姉さんよ』

『ちゃんと面倒を看てあげるのよ』

 

──そうだ、そうだった。

──ワタシは姉だった。

──あの子の姉だった。

──……()()()って、ダレだ?

 

 

 

『正気かお前!?』

『ええ、私は正気よ』

 

──女性が言い争っている。

──相手は男性だった。

 

『ありえない……人体錬成は禁忌だぞ!? ましてや自分の子供を材料になんて!』

『それが何かしら? あれは私の子供。どう扱おうが私の勝手でしょう』

『ッ……狂ったか』

『ええ、狂ったわ』

 

──男性が飛び出していく。

──女性は泣いている。

──赤子を抱き上げていた。

 

 

 

『……いい? ■■■』

『最後の命令よ』

『この子を守って頂戴』

『この子が目を覚ますまで』

『貴方の命が……尽きるまで』

 

──ワタシ達は暗い洞窟の奥に来ていた。

──年老いた女性はワタシ達の前から消えた。

──ワタシの隣ではあの子が眠っている。

──あの子はまだ目を覚まさない。

──あの子はまだ目を覚まさない。

──あの子はまだ目を……。

 

 

 

『アイベル、今だ!』

『言われなくてもやってるっての!』

『ヴァザリィ! 援護を!』

『任された!』

 

──あの子を守らなくちゃ。

──あの子を守らなくちゃ。

──あの子を守らなくちゃ。

 

『■■! ……いけ!』

『……はい!』

 

──あの子を守らなくちゃ。

──あの子を守らなくちゃ。

──あの子を……あれ?

 

『ごめんなさい』

 

──どうして。

──どうして、あの子が。

──ドウシテ アノ子ガ ワタシヲ?

──重大ナ 記録ノ 欠落ガ……

 

 

 

『かはっ……!』

『〈嫉妬〉──確か〈堕天〉を極めていたな? ……ちょうどいい』

『っ──!?』

 

──思イ出セナイ

──思イ出セナイ

──思イ出セナイ

 

『アータン!』

『アータンちゃん!』

 

──思イ出セナイ

──思イ出セナイ

──思イ出セナイ

 

『チィ!』

『姉に先んじて手折ってやる。罪冠具さえ無事なら──命はどうでもいい』

『おい』

 

──思イ出セナイ

──ケド

 

 

 

 敵ハ 排除 シナクチャ

 

 

 

大罪化(ダイシンカ)

 

 

 




Tips:とある錬金術師の手記

『この子はもう駄目だ。

 もうあの手段しかない。

 クロウリー残した術式……あの方法なら。



 命さえも……創れるはずだ。』
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