嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百四十一話:刻限は悪夢の始まり

 

 

 

()()()?」

 

 

 

 怪訝。

 

「それが()()()……?」

 

 烏の仮面。

 黄金の翼。

 

 双方を見比べて。

 自分と見比べて。

 

 やっと紡いだ奴の声音が、それだった。

 

「オマエはボクを……馬鹿にしているのかッ!」

 

 烈火の如く怒気を放つ迷宮主、アイ。

 彼女もまた〈罪〉の使い手。そして、今まさに彼女が発現している力こそ、紛れもない〈罪化(シンか)〉そのものであった。

 

「形ばかり似せて本物気取りか!?」

「形だけではありません」

「黙れッ! もうオマエには言葉を交わす価値すら感じない!」

 

 余程──というより、まるで地雷を踏んだかのような怒り狂いようだ。

 

「んだよ。こんなイカした姿なのに失礼しちゃうわ」

「オマエもだ、〈虚飾〉!」

「みれけらそ~ん」

 

 『もう口利かない!(意訳)』と怒鳴られ、俺はイカになってしまった。

 

「こんなよく出来てるのに……な! っとォ」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 クリソツ2Pカラーのマインの横に降り立ち、間近で変身姿を観察する。

 う~ん、これはもう色を似せれば完璧に俺だ。なんだったら金ピカな分、俺よりずっと強そうな雰囲気すら漂ってくる。

 

 あれ?

 これってもしかして、俺の方が偽物扱いされる?

 

 いや、俺は元々偽物か。

 いや、偽物は偽物でも本物の偽物ではあるんだが。

 

「ま、俺が二人居るようなもんか。なんだよ、最強じゃん」

「よく二人居るもんね」

「時々三人居るしな」

「最大四人居ますもんね」

 

 近くにやって来た仲間達がなんか言っている。

 念を押すが全部一人の人間について話だ。

 模倣した対象がよく増えている人間で良かったぜ。有用性が分かりやすくて助かる。……助かるか、これ?

 

「雑魚が二人に増えたところで」

「聞き捨てならねェ言葉が聞こえた。法廷で待ってるぞ」

「オマエ達の敗北は──変わらない」

 

 さらっとディスられ心に傷を負う間にも敵は動き出す。

 〈試金石(アウルム・プロバット)〉──とか言ったか。俺の知らない技だ。

 そしてマインの技は〈勇者の証明(フォルティス・ウィロス)〉と言ったか。俺の知らない技だ。

 

 

 

──知らん技と知らん技がぶつかるとどうなるか分かるか?

 

 

 

 ……知らん!

 

 

 

「で、マインはどうする気?」

「御耳を拝借」

 

 かくかくしかじか。

 楽々近々。

 

「ほほ~~~う?」

「如何でしょう?」

「Nice idea」

 

 

 

「悪い笑顔してる……」

「割といつもじゃないですか?」

 

 

 

 おい、そこのシスター。

 法廷を俺達のリングにしてやろうか。

 

 

 

 ガベルでゴングを鳴らせっ!

 ファイッ!

 

 

 

 ***

 

 

 

不良品(ミスフィッツ)め)

 

 

 

 呆れと嘲り。

 フン、と鳴らされた鼻から読み取れる感情は、大まかにその二つだった。

 

(姿を似せたからなんだ)

 

 〈罪化〉とは言わずもがな〈罪〉によって変化した姿。

 〈罪〉を解放しない限り、その姿がどれほど変わろうとも〈罪化〉と呼べるものではない。

 

(それで〈罪〉を扱えるワケではない)

 

 何より〈罪〉を象徴する力──罪魔法(シンまほう)は使えない。

 

()()()()()()

 

 信号を送り、指令を飛ばす。

 直後、沈黙を保っていた巨兵──〈試金石(アウルム・プロバット)〉が動き出す。

 

 ズッ……、と鈍い音を奏でて片足が持ち上がる。

 直後、爆音が空間全体に轟いた。鼓膜が破れんばかりの轟音の発信源は他でもない、この巨兵だ。背中から突き出た肋骨のような部位の先端──中央をくり貫かれた複数本の筒から迸ったのは超高温の水蒸気だ。

 

 原理は単純だった。

 水を火で急速に熱し、気体に昇華させた。ただそれだけ。

 ただし、水は気体に変化すると体積が約2000倍となる。それだけの体積が一気に押し出された時の推進力は想像を絶するものだ。

 

 金色の巨躯が飛んだ。

 一気に五人の頭上へ。

 

()れ」

 

 信号に乗った殺意は質量を帯びた。

 

「〈錬金魔法(アルケミア)〉」

 

 ただし、それを阻む盾が生み出される。

 マインが地面に手を添えた瞬間、足元の黄金が意思を宿したかのように持ち上がり、振り下ろされた鉄拳を一瞬受け止めた。

 

「脆い」

 

 金とは軟い。

 黄金の盾が保ったのはほんの少しの間だけ。マインと他四人を守り、盾はそのまま押し潰されてしまう。

 

 しかし、それはマインらも分かっていたこと。

 得られた僅かな猶予で巨拳の爆心地より逃げ出した人影は、ちょうど人数分の方向へ飛び出していった。

 

(愚かな奴ら)

 

 散開したところで意味はないというのに。

 むしろ戦力を分散させたことで、より各個撃破が容易になっただけだ。

 

「それが望みですか」

 

 バラけた五人にそれぞれ黄金兵を差し向ける。

 本命は〈試金石(アウルム・プロバット)〉だが、それ以外の戦力も魔力が続く限り生成できる。

 

 そもそもここは自分が迷宮主の迷宮だ。

 初めに迷宮を『肚』と称したように、ここに至るまで上の階層で磨り潰されて疲弊した侵入者を平らげるなど造作もない。

 

「だが──まずはオマエだ」

 

 何度も自分の神経を逆撫でした標的に狙いを定める。

 狙いは自分を『人間』などと宣った人造人間の出来損ない。

 まずは奴を再起不能にしない限り、この胸に詰まった滓のような感覚が晴れることはないだろう。

 

 そんな確信を得ながら、アイは〈試金石(アウルム・プロバット)〉をマインに向かわせた。

 

「不良品は不良品らしく廃品になれ」

 

 再び水蒸気のジェット噴射で高速移動する巨兵。

 彼がマインの眼前に立つまで十秒と掛からなかった。そして、見上げるばかりで抵抗する素振りも見せない彼女へ、(ドリル)状の補助腕を突き出した。

 

 螺旋状に溝が刻まれたドリルは、そのまま彼女の胸を貫いた。

 まさにど真ん中。生身の人間であれば心臓は抉られているであろう大穴を穿たれた後、螺旋の回転によって千切れた上半身がどこかへ飛んでいく。

 

「……?」

 

 違和感があった。

 

(なんだ、この手応えのなさは……?)

 

 手応えが、ない。

 直接手に掛けた訳でない以上、それは当然とも言えるが。

 

(いいや……違う!)

 

 手応えが()()()()()

 あれだけ食って掛かってきた(マイン)が、この程度で倒されてくれるはずがない。

 

 それは、ある種の信頼だった。

 そして、信頼は真実と化した。

 

 

 

『──〈FeS₂(愚者の黄金)〉』

 

 

 

 どこからともなく聞こえる声。

 声の出所は、今叩き潰した相手とはまったく違う方向より反響して届いた。

 

 まさかと思い目を向ける。

 しかして予感は的中した。

 

(デコイ)!」

『ワタシの居場所が分かりますか?』

「下手な挑発を……!」

 

 恐らくは先の一撃がタイミング。

 黄金の盾が笠となって視線を遮られた際に、本体と囮を入れ替えたのだろうとアイは推測した。

 

「それがなんだと言うのです! 囮と入れ替わったなら本体を見つけ出すまで!」

 

 更なる命令が〈試金石(アウルム・プロバット)〉に飛ぶ。

 冷徹な巨兵は、命令に従い噴射口よりガンガンと紅蓮の炎を噴き上げ始める。そう、依然として空気は有限だ。

 

(奴らが姿を見せざるを得ない状況に引き摺り出す!)

 

 要は力押しだ。

 しかしながら、これ以上ない作戦でもあった。

 

(飛び出した人影は五つ。全て潰せばいずれは本物に)

 

 違和感。

 

(……()()?)

 

 一つは、まさに今潰した。

 

 ()()()()

 

(本物は)

 

 急いで視線を走らせるが、もう遅い。

 残り四人が、あちこちで黄金の兵隊と戦っている姿が見える。けれども、そのいずれにも叩き潰した不良品らしき姿は窺えなかった。

 

「本物は──どこだっ!?」

『まァだ分からねェのかァ~~~!?』

 

 嘲るような声が衝き上げてきた。

 天井まで聞こえるよう、ご丁寧に声を張り上げる鉄仮面が一匹。

 

「てめェはもう術中なんだぜェ~~~!!」

「っ!!」

 

 喧しさの余り、咄嗟に〈試金石(アウルム・プロバット)〉を差し向ける。

 肉迫からの殴打まで十秒と掛からない。床がクレーター同然に陥没するほどの威力。余波である反響音が最早兵器だった。

 

 ただ、それですら。

 

『──見つけられないだろ?』

 

 凹んだ地面に勇者の姿はない。

 武具や肉体の破片と思しきもの見当たらない。あるのは味方の攻撃に巻き込まれて潰れたホムンクルスの残骸だけであった。

 

()()()()?)

 

 更なる違和感がアイを襲う。

 マインを潰した時は、囮となったハリボテの破片が存在していた。今回はそれがない。

 つまり、最初に相手(ライアー)が見せていた幻影のように実体がなかった。黄金の鉄拳は空を切っただけに留まったという訳だ。

 

 しかし、事態はより深刻。

 否──厄介だった。

 

『かくれんぼのルール、教えてやろうか?』

 

 不自然にあちこちより反響する声に不快感を煽られ、アイの顔に罅が入った。

 

『鬼が隠れた奴らを全員見つけたら勝ちだ。どうだ、簡単だろう?』

「どこだっ!?」

 

 語調を荒げるアイに呼応して、巨兵が豪快に暴れ出す。

 背中の補助腕より高圧の水を噴射し、横へ一気に薙ぎ払う。味方の兵隊を何体をも巻き込む大切断であるが、やはりどうにも手応えがない。

 

 まるで霧に巻かれたような気分に陥った。

 薙ぎ払った人影の中には、確かに戦っていた相手の姿もあった。それも今では霧散し、忽然とその姿を消している。

 

「姿を現せっ!!」

『探すのがかくれんぼの醍醐味だろ? もっと遊ぼうぜ』

「──っ!!」

 

 湧いた。

 遊ばれているという自覚。

 そして、煮え滾る怒りが。

 

「ボクを──遊ぶなっ!!」

 

 腹の底から絞り出した声が空気を震わせる。

 同時に巨兵が振り回す補助腕の一つから猛烈な強風が吐き出され始めた。それは火炎と合わさり、周囲を巻き込む大火の竜巻──火災旋風さながらに味方諸共焼き尽くしていく。

 

「ボクを見下すなっ!! ボクを見縊るなっ!!」

 

 不安定な声の音階だった。

 高め過ぎた音量によりノイズが奔るスピーカーのように、アイの叫びはワンワンと黄金に反響する。

 

 だが、その全ては巨兵の噴き上げる炎と竜巻により掻き消される。

 壁面にびっしりと刻まれた画線法の跡も、灼熱に達した炎の熱により融解しては消えていく。

 

「ボクは完成された存在なんだ!! 人造人間(ホムンクルス)なんだ!! 一生という時を費やしても完成しない人間とは違う!! 最初から完成されて生まれてきたんだ!!」

 

 金糸で編んだ(あんぜんけん)より、彼女は吠え立てていた。

 

「ボクは……()()()()()()()()()!!」

 

 閉じ籠っているのか。はたまた、囚われているのか。

 最初の主張より外れてきた言葉の数々は、一体彼女のどこから発せられていたのだろうか。

 

「偽物扱いなんて許さない!! 本物のボクだけに価値がある!! 愛される価値が……」

 

 途中まで口にしたところで、アイの思考に重大なノイズが奔った。

 

──誰に?

 

(思い……出せない?)

 

 思い出せない。

 思い出せない。

 思い出せない。

 

 記憶に欠損が生じたかのように。

 

 思い出せない。

 思い出せない。

 思い出せない。

 

 大切なことだったはずなのに。

 

(ボクは……()()()()()()()()()()?)

 

 どうして愛されたかったのかさえ、思い出せない。

 

「ボクは──」

「──夕焼け小焼けでまた明日~、ってな」

「!?」

 

 声だ。

 確かに聞こえた。

 

(馬鹿な)

 

 すかさずアイは振り返る。

 

()──だとっ!?)

 

 巣を吊るす金糸に線が奔った。

 血を彷彿とさせる真っ赤な一閃。直後、開かれた視界の先──ぽっかりと穴が開いた天井より()は降ってきた。

 

門限(タイムリミット)。遊びは終いだ」

「舐め……」

 

 しかし、彼女は腐っても迷宮の主。

 

「──るなァ!!」

 

 機械染みた思考と反応速度。奇襲を仕掛けてきたライアーに反撃を仕掛けるまでに、一秒も要しなかった。

 巣に触れて金糸を〈錬金魔法(アルケミア)〉で作り変える。そうして生み出された黄金の武器の数々を、自由落下する鉄仮面目掛けて突き出した。

 

「遊びは終わりだ!!」

「はい引っかかったァ~~~~~!!」

「なっ」

 

 眩い黄色の反射光を撒き散らす矛先が襲撃者を貫いた。

 けれども、重要な過程がスキップされてしまった。貫かれた肉体より真紅の液体が飛び散ることはなかったのだ。

 

(また幻!!)

「これが」

「今度はっ゛!!?」

 

 また違う方向より警鐘が鳴り、振り返る。

 しかし、仇となったのは彼女の反応速度だった。

 

 即座に振り返ろうとした頬に、硬い感触が触れる。

 

──しまった。

──まずい。

 

 思考は間に合う。

 反応も間に合う。

 けれど、慣性をどうにかするまでは間に合わなかった。

 

「──(たなごころ)!!」

「が、あぁ゛!!?」

 

 マインの拳。

 本物か偽物か判別する間もなく、それは振り抜かれた。しかも、喰らった側も高速で振り返ったものだからその分の速度も乗っている。

 自らダメージを膨れ上がらせたアイは、顔面がバキバキと砕け散らせながら巣より叩き落される。

 

「くぁあ!?」

 

 結局、受け身を取ることもままならず墜落。

 玉座より脱落した迷宮主は、地べたを這い蹲るように床に叩きつけられ、余裕も糞もない悲鳴を口から奏でた。

 

「ぐ、ぎ、ぎっ……!」

「……開けば掌」

 

 そして、彼女を殴り飛ばした張本人は悠々と大地に立つ。

 

 さんざ自身を蔑視していた相手を殴った手を解きながら──。

 

「マイン。握ってたら拳だよ」

「いい音が鳴っていたな」

「おもっくそ殴ってましたね」

 

 ホムンクルス兵を相手取っていた仲間達が次々に零した。

 そう、彼女は殴っていた。

 掌とか言いつつ、思いっきり拳で殴っていた。ビンタではなくパンチだ。パーではなくグーだった。パーなのは頭だけだ。

 

 そして、この知恵(ネタ)を授けた張本人がやって来る。

 

「ヒュ~♪ 俺とマインの囮作戦、完璧だったな」

「ご協力感謝致します」

 

 鉄仮面を被った偽物勇者──ライアーのお成りだった。

 

「な、ぜ……」

「あ~ん?」

「ボクの……頭上から……どうやって!?」

「もう本体ぶっ飛ばした方が早いなと思って天井までの道作った。以上」

「なんっ……!?」

 

 最初の攻撃を凌いだ後、盾に転用した分、陥没した地面にそのまま潜る。それからは〈錬金魔法〉で壁、天井へと道を作り、最後は真上から奇襲を仕掛ける。

 

 理屈自体は、実に単純だった。

 

 ただし、ライアーとマイン──どちらを欠いても成り立たぬ奇襲作戦でもあった。

 

 幻影を生み出すライアー。

 実物を生み出すマイン。

 

 片方だけならば対処は可能かもしれない。

 だが、二つが組み合わさった場合、相手は筆舌に尽くし難い厄介さを覚えることとなるだろう。

 

 幻影か実体か。

 偽物か本物か。

 

 一瞬の隙が命取りと化す戦場で、何度も透かされた攻撃が当たった時、どうしても意識はそちらに向く。

 

 ライアーの幻影──特に実体を持つ〈もう一人の自分(アルターエゴ)〉の恐ろしさはそこだ。しかしこれには際限があった。

 だが今回、マインの〈FeS₂(愚者の黄金)〉──囮の生産によって上限が取っ払われてしまったのだ。

 

 最高で最悪な組み合わせ。

 彼ら二人を言い表すならば、その言葉が適当だろう。

 

 いや、それだけではない。

 リアリティの為に安全圏へ退避しないまま敵と対峙していた仲間達が居なければ、ライアーの幻影(もくろみ)は見破られていたかもしれない。

 

 仲間が居るからこその作戦だった。

 

「さァ~てさてさて。ようやく引き摺り出してやったぜ、引きこもり。大人しく負けを認めて魔物を外に出さないって約束するんなら、命は取らないでやるぜ?」

 

 どうする? と罪器の切っ先を突き付けて、ライアーは続ける。

 遠回しな勝利宣言だ。

 そして、この上ない挑発でもある。

 

 その間、ひび割れた顔面の修復を続けるアイは、まだ目元も直り切っておらぬままライアーに眼を遣った。

 

「……命」

「そ。人造人間だって命は惜しいだろ?」

「……死ぬのは、怖いです」

 

 ポツリと。

 人造人間の口より零れた言葉に、マインの肩がピクリと動いた。自動で開くバイザーから覗く瞳も見開かれており、視線はジッとアイにのみだけ注がれていた。

 

「アナタは、やはり……」

 

 

 

「だから……敵は殺すっ!」

 

 

 

「!」

 

 制止の声を掛けようとしたマインであったが、突如として足元を揺らした激震に遮られてしまう。

 

「待ってください、ワタシ達は……っ!?」

 

 マイン達には目もくれず、アイの下へと兵隊──ホムンクルス達が駆け寄っていく。

 

「見て! ホムンクルスが集まってる!」

「また何かを作る気なのか……!?」

「というか、このままだと相当大きく……!」

 

 アータン達は集結し、融合するホムンクルスの集合体を見て身構える。

 みるみるうちに出来上がるのは〈試金石(アウルム・プロバット)〉よりも巨大な一つの金塊。一見すると金の卵のようだ。

 

『遊びは終わりだ』

 

 鎮座する金の卵より、声が響く。

 それがきっかけか、鈍い輝きを放っていた殻の表面が音を立てて罅割れていく。

 

『ホムンクルスが収集していたオマエ達との戦闘で得た情報──その全てをボクが()()

「奪う……?」

『それが〈強欲〉』

 

 殻が剥がれ落ちていく度に、内側のシルエットが露わとなっていく。

 

『強く欲する。だから奪う』

 

 だが、自然と殻が剥がれ落ち切るより前に、内部の影が蠢いて金の卵殻はバラバラに吹き飛ばされた。

 

『ボクの勝利も、オマエ達の敗北も──全てがボクの糧となる』

「……へぇ」

 

 声を漏らしたライアーの視線の先──そこには怪物が潜んでいた。

 多脚であり多腕、そして多眼。

 必要以上に増えた四肢を蠢かせる陰では、これまた必要以上に開けられた口があちこちで舌なめずりを繰り返していた。

 

『オマエ達の剣も、魔法も。この瞬間からボクには何の意味もなくなる』

 

 複数の口から飛び交う声が、あちこちに反響してライアー達に降り注ぐ。

 

 

 

『これがボクの真の姿──〈強欲(ごうよく)のアイ〉の(シン)なる姿だァ!』

 

 

 

 ***

 

 

 

「だからもう手は打った」

 

 そこには静謐が満ちていた。

 究極の変貌を遂げた怪物も、暴れ回る人造人間の影もない。マインに殴り飛ばされたアイが着地してから、周囲の光景は一変もしていなかった。

 

 

 

「──〈夢堕ち(ファントムペイン)〉」

 

 

 

 決着は静かに、そして、一瞬の内についていた。

 

 アイの後頭部にライアーは手を当てている。

 彼の手より伸びる魔力紋は、未だ修復されておらぬアイの頭部へと伸びていた。その為か、アイの体はピクリとも動いていない。

 

 

 

 ただ一点を、虚空を見つめるばかりだった。

 

 

 

「言っただろ? ──遊びは終いだってな」

 

 

 

 夢を見せることも勇者の役目だ。

 

 

 

 それが覚めない悪夢だとしても。

 

 

 

 




Tips:FeS₂(愚者の黄金)
 マインの〈勇者の証明(フォルティス・ウィロス)〉の技の一つ。
 鉄と硫黄の化合物である硫化鉄を用い、〈虚飾の勇者〉の戦法を真似た分身技。色や声までといった細部までは模倣できていないが、分身はゴーレムの製法を用いている為、ある程度自律稼働する。

 単体では見掛け倒しの囮にしか過ぎないが、その真価を発揮するのは他でもない〈虚飾の勇者〉と組んだ場合である。
 限りなくリアルな幻影を生成でき、尚且つ実体を持った分身をも生み出せる彼の幻術と組み合わされば、敵対する相手からしてみればいよいよ地獄染みた戦場が出来上がる。

 幻影かと思えば実体であり、実体かと思えば分身であり、分身かと思えば本体は別に……などといった悪用が可能。
 マインがもっと学習を重ねられれば、ゆくゆくは〈虚飾の勇者〉だけでは不可能な運用方法を思いつくかもしれない。
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