嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百四十二話:説得は和解の始まり

 

 

 

「そいやっ!」

 

 

 

 快活な声と、生首が飛ぶ。

 音速よりもやや遅いくらいの速度で吹っ飛んだ生首は、近くで戦っていた騎士の前を通過し、壁に激突。爆散した。

 

「副団長! 馬鹿力なんスから気を付けてくださいよ!」

「っとと! 面目ない!」

「馬鹿力が何も考えず馬鹿力使ったら馬鹿みたいな大惨事になるんスからね!?」

「御用改めです! 罪状は暴言!」

「ぐえええ!?」

 

 舌は禍の根。

 副団長に舐めた口を利いた騎士は、間もなく可憐なレディーである副団長によるバックブリーカーの餌食となった。

 

 今の迷宮は大侵攻(スタンピード)一歩手前とは思えぬ光景だ。

 裏を返せば、〈鬼の涙(ラクリマ・ラルウァ)〉副団長タマモ率いる突入部隊が、周囲の敵を殲滅したという意味にもなる。

 

「ウ~ン」

 

 だがバックブリーカーを決めるタマモの顔はどうにも優れない。

 今尚バックブリーカーを決められている団員の顔色も優れない。

 

「妙です」

「な、何がっスか……!?」

「今回の大侵攻──何者かの意思を感じます」

「意思ぃ……?」

 

 詳細を聞くべく、団員はタマモの腕をタップして下ろすよう懇願する。

 却下された。

 

「通常、大侵攻の発生には予兆があります。今回はそれがありませんでした」

「でも、ちょくちょく迷宮の外に魔物が出てたじゃないスか? ほら、この前の……」

「いえ、本来はあんなものの比ではありません」

「本当っスか……!?」

「〈金字塔〉はウチも定期的に巡回している迷宮。一度鎮静化して今日に至るまでの間、大侵攻が発生するほどの予兆があれば、見逃すはずがありません」

 

 天真爛漫な雰囲気が一変、利発な空気を身に纏いながらタマモは続ける。

 

「ましてや騎士団(われわれ)と冒険者の方々がいざ突入しようとしたタイミング。まるで示し合わせたみたいではありませんか」

「考え過ぎ……って言い切れたら良かったんスけどねェ」

「……胸騒ぎがします」

 

 低く垂れこめる戦雲を感じ取っていたのは、どうやら副団長だけではなかったらしい。

 引き連れられた他の団員も皆、神妙な面持ちを湛えている。

 

 それを見て一つ決心がついたタマモは、一度力強く頷くや、懐に入れていた巻物を一つ取り出し、双肩に(物理的に)乗っている団員に差し出した。

 

「貴方、これで地上へ。聖都に『増援投入は一旦待て』と伝えてください」

「……ご武運を」

 

 団員が手に取った巻物を開けば、眩い光と共に当人だけが姿を消した。

 〈転移魔法(ミグラーテ)〉が刻まれた巻物(スクロール)だ。これですでに彼は迷宮外──地上に転移したことになる。

 

「さて」

 

 増援を断った手前、大侵攻の対処は現在の戦力のみで当たる必要が出てきた。

 

「副団長、如何致しますか?」

「当然──突撃です!」

「は!」

 

 しかし、彼女に『撤退』の二文字はなかった。

 

「このまま時間を掛ければ被害は広まる一方! ならば最速で元凶を打ち倒し、事態の鎮静化を図るのみ! つまり──」

『祭だあああああ!』

 

──〈鬼の涙〉は別名『修羅の集まり』と呼ばれている。

 

 轟音に等しい大音声が迷宮に響き渡る。パラパラと、天井の塵や埃が落ちてくるほどの振動が広がった。

 

「一番槍の誉れは儂じゃあああ!」

「黄泉路の先駆けじゃあ! 続けェ!」

「死に場所を敵の血で染めろゥ!」

 

 まったくもって真面ではなさそうな連中が、正気ではない様子で通路を掛けていく。

 

「うんうん! それでこそ〈鬼の涙〉です!」

 

 引き連れる頭領もまた真面ではなかった。

 

 

 

 タイムリミットは、実は刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 必殺技にも二種類ある。

 

 

 

 一つ目は、『必ず殺せるぜ!』って気概の強い技。

 二つ目は、決まればマジで殺せるレベルの確殺技。

 

 〈夢堕ち(ファントムペイン)〉を分類するならば後者に該当するだろう。

 相手の感覚に作用する部位に直接〈聖域〉を展開し、五感を完全に支配する。普段見せている幻影など比ではない。相手は目の前の料理の味も香りも感じ取れるし、咀嚼音や舌触り、果てには味や満腹感さえまで覚えてしまう。

 

 つまり、やりようによっては満腹感を覚えさせたまま餓死させられる。

 

 それが、〈夢堕ち〉。

 覚められない悪夢。

 

 俺が〈愚癡のサルガタナス〉相手に取っておいた切り札の一つ。

 ……まあ、発動条件厳し過ぎて実用性が限りなく皆無だし、そもそもサルガタナス相手には触れられない。ウィジャ盤の方がまだ実用性あるわ。

 

「ま、こんなもんだわ」

 

 ピクリとも動かない迷宮主を前に、俺はしてやったりと口にした。

 

「動きませんね」

「おっと。マイン、それ以上近づくな。さもなきゃ『死闘!どすこいデストロイ!』が開催されるぞ」

「分かりました」

 

「分かったんだ……」

 

 迂闊に近づこうとしたマインを制すれば、大人しく引き下がってくれた。

 分かってくれたか、『死闘! どすこいデストロイ!』の恐ろしさを。いまいちよく分かっていないアータンに説明すると、ドスを持った恋する乙女が好きな男の子を巡って町で殺し合うバトルロワイヤルゲームだ。CEROはZ。死ぬほど血みどろヴァイオレンスだ。

 

「これで迷宮内外の魔物が落ち着いてくれればよいのだが……」

「ゴーレムとかオートマタと違って、ホムンクルスは勝手に止まるのか?」

「製法によりけりです」

 

 懸念するベルゴの疑問をマインに流すと、どうにも安心できない答えが返ってきた。

 

 製法でそこまで変わるん?

 鋳造と鍛造の強度の違い的なニュアンスでOK?

 

「つまり、今は分からないってワケか……」

「申し訳ございません」

「いや、謝る必要なんてないさ。こっちが知らなくて訊いたことだしな」

 

 それより個人的に優先順位が高い事案は目の前よ。

 

「この子どうしようねぇ……」

「ねえライアー。ちなみに、その手を離したらどうなるの?」

「覚醒する」

「……強そうな響きだなあ」

 

 手を離したら〈夢堕ち〉が解除される。

 その事実を告げられたアータンは、ぽやぽやした様子で天井を仰ぐ。大地の広さと厚みを噛み締めるがいいさ。

 

「となると、迂闊に離れられませんね……」

「そうなのよ~、どうしちゃう?」

「無力化するにはどうすればいい? 手と罪冠具でも切り離すか?」

 

『……』

 

「ム……? な、なんだその目は。何故オレから距離を取るんだ!?」

 

 皆でアイをどうしようね~って話をしてたのに、穏やかではない案をベルゴが提示してきたもんだから皆で距離を置く。

 

「ヤ~ね。男ったら本当に乱暴なんだから」

「本当です。信じられない……」

「おい。その股にぶら下がっているものは飾りか?」

「不潔です!」

「ン゛ッフヌゥゥウウ!?」

 

 楢炭が弾けたような(ケツキックの音)が鳴る。

 心が浄められるようだぜ。

 

「で、では実際のところどうするのだ? このままでは進退窮まるぞ」

「仕方ねえ。会話できる程度に目覚めさせて説得するか」

「オレが尻を蹴られた理由は?」

 

 責めるような視線が俺を射抜く。

 仕方なかったんだ。理由は……特にこれといって思い浮かばないけれど、とにかく仕方なかったんだ。

 

「マイン、本当にやるのか? あんだけ好き勝手言われたのに」

「承知の上です」

「そうか。じゃあ、早いところ始めちまおうぜ」

 

 この拘束も、俺の魔力が尽きるまでが時限(タイムリミット)だ。

 あまりチンタラはしていられない。

 

「それじゃあ──始めるぞ」

 

 流し込む魔力の調整を始める。

 少しずつ、少しずつ注ぎ込む魔力を抑えていく。緻密で繊細な作業だ。手加減は時に倒すことより難しい。普段の軽口も、この時ばかりは鳴りを潜めていた。

 

「──……? ここ、は……」

「目覚めたようですね」

「! オマエはッ……、体が!?」

 

 虚ろだった瞳の焦点が定まるや否や、アイは眼前のマインに襲い掛かろうとする。が、動けない。俺が動かせない。

 

「……何が目的です」

 

 身動ぎ一つ出来ぬアイがそう告げた。

 シチュエーションだけ見れば悪党に掴まる女騎士みたいだ。『くっ、殺せ!』と言いそうな雰囲気こそあるものの、絶対にそうはならないだろうな~という確信がある。

 

「アナタの命を守る為です」

「……何?」

「『死ぬのは怖い』と。アナタは、そう言いましたね」

 

 死を怖がる()()が、誇りや矜持の為に死を選ぶ選択を取るはずがない。

 

「ですから、これは提案です。今すぐ、迷宮の中や外に蔓延る魔物──ホムンクルスの生産を止めてください。大侵攻(スタンピード)さえ収束してしまえば、迷宮主であるアナタが討ち取られる必要も出なくなる」

 

 理路整然とマインは語る。

 そもそも事の始まりは、免罪符の材料の金採取。それがどういう因果か、突発的に発生した大侵攻に巻き込まれた形だ。

 

「ワタシ達に必要なのはアナタの命ではなく、この迷宮に存在する黄金です。それさえ手に入れば大勢の人間の命が助かります。そして、アナタの命も」

 

 主目的(メインクエスト)は金。

 副目的(サブクエスト)は、それを邪魔する魔物の討伐。

 

 今回は事の重大さから主目的と副目的が入れ替わってしまったが、後者は必須ではない。邪魔でさえなければ、わざわざ一般冒険者からしてみれば魔物と戦う道理もないだろう。

 

「むしろアナタが好意的に金を譲渡した場合、金を必要とする人々はアナタを保護するでしょう。そうなってしまえばアナタの命は今以上に強い力に守られる──違いますか?」

 

 〈金字塔〉を監視・管理する騎士団からしても、不必要な犠牲はなるだけ出したくないはずだ。

 

 そんな時、支配者たる迷宮主が理性的に交渉してくれると考えれば?

 ましてや、喉から手が出るほど欲しい金を融通してくれると聞けば?

 

 俺なら、是が非でも手を結びたいと考える。

 

「ただ……この迷宮にある黄金がアナタにとって大切なもの──宝という可能性が。その場合、『金を譲れ』という我々の主張はそもそも受け入れられない提案なのかもしれません」「そうだ。ここにオマエ達に渡す物は、何一つして存在しない」

「であれば、もう一つ提案が」

「……言ってみろ」

「力を貸していただけないでしょうか」

 

 力強く告げたマインは続ける。

 

「〈錬金魔法(アルケミア)〉──黄金をも生み出す魔法の力。金を譲れずとも、作る方面であれば、もしくは……」

 

 何度も言うが、あくまで必要なのは金だ。

 手に入れる方法はぶっちゃけなんだっていい。

 

 今回はたまたま〈金字塔〉が金鉱だったから、騎士団も採掘方面で話が進めていた。だが安全な場所で安全な方法で生み出せるなら、騎士団じゃなくたってそちらを採用するだろう。

 

「アナタの力を必要とする人々は大勢居ます」

 

 一度は殴り飛ばす為に伸ばした手を、今度は手を取る為に差し伸ばす。

 

 開かれた掌は、真っすぐ、そして上を向いていた。

 

「『愛される価値』というものが『求められる価値』であるのなら……アナタには、たしかに愛される価値があります」

「マイン……」

 

 誠意に満ちた説得だった。

 俺達が横から口を挟む余地などない。寧ろ口を出す方が野暮だと思える、彼女なりの熟考が垣間見える内容だ。

 

 だが、問題は説得される側(アイ)がどう思うかだ。

 

 先程から口を一本に結び、目を伏せているが……。

 

「……」

「どうか一度思い直しては頂けないでしょうか? 今のこの、他者を傷つけて奪うやり方では欲しい物が得られたとしても、それは敵を作ると同義……アナタが失いたくないものを奪いかねない行いではありませんか?」

「……それは、ボクが」

「?」

「ボクが人間共から大切なものを奪われたと知っても、同じ言葉を吐けるか?」

 

 伏せていた目が持ち上がる。

 

 刃のような瞳だった。

 黄金の双眸は赤熱を彷彿とさせる赫々とした憤怒に燃え上がっていた。なのに空気だけは冷たく冷え込んだ。背筋が凍るようだった。

 

「それは……」

()()()()()()()。そうだ……ボクは、人間に()()()()を奪われた。錬金術を忌み嫌う人間に迫害されて、お母さんはボクをここに連れてきた」

「お母さん……?」

「ここはボクの家だ! お母さんとボクの! 家族の家だ! それを人間共が荒らすから、ボクはっ……!」

 

 アイの目尻より、溶けた黄金が滴り落ちる。それは地面に落ちては焦げた臭いと共に黒く冷え固まった。

 

「もう誰にも家族は奪わせない! だからボクは奪うことに決めた!」

「……アナタは」

「奪われる前に、人間共の命を──!」

「奪われたくない家族が居るのですか?」

「  」

 

 機関銃染みた呪詛の数々が、一瞬止まった。

 

「……あ、れ……?」

「違うのですか?」

「違う……ボクは、お母さんに……」

「……アナタの言う『お母さん』が人であるならば、すでに……」

 

 それ以上マインは口にしなかったが、皆、その一言で薄々察していた。

 錬金術で肉体を修復できる人造人間と普通の人間。当然、肉体の耐用年数は違う。

 

 あれだけ壁にあった数万を超える画線法の跡──あれがここに彼女達が来てから経った日数だとすれば──。

 

「やめろ……」

「人間の命には限りがあります。『お母さん』を失った……アナタは、その記憶を忘れてしまうほどの月日を、光の届かぬ迷宮で過ごしてきたのですね」

「言うな……ボクは……!」

「『お母さん』との思い出を守りたい──その一心で」

「……え?」

 

 憎悪と憤怒に揺らいでいた火が鎮まった。

 

「……事情は把握致しました。どうやら説得すべき相手が違ったようです」

「オマエは、何を」

「もう二度と増えることのない思い出の地を傷つけられては……辛いはずです」

 

 差し伸べていた手を自身の胸に当てるマイン。

 その面持ちは、まるで我が事のように沈痛だった。見ているこちらが胸を締め付けられるくらいには。

 

「……皆さん、行きましょう」

「どこにだ?」

「地上へ。そして、騎士団の方々に直談判致します」

「……一応訊いとくが、なんて?」

「『これ以上、迷宮に足を踏み入れてはならない』、と」

 

 中々無理筋の内容だな、こりゃあ。

 

「あ~、マイン? 一応俺達、元々は金を掘りにここに来た訳だが……」

「ワタシが生成致します」

「有無も言わさぬ解決策」

 

 『金を掘っちゃ駄目なら作ればいいじゃない』──なんてストロングでパーフェクトな解答なんだ。〈錬金魔法〉が使えない人間が口にしようものなら、詐欺師扱い待ったなしである。

 

「ま、待ってマイン! それなら大侵攻の件はどうするの!?」

「彼女が魔物(ホムンクルス)を仕向ける理由は侵入者の排除。迷宮に出入りする人間が居なくなれば、その必要もなくなるはずです」

「でも、現に魔物はあぶれて……!」

 

 マインの提案に待ったを掛けるアータン。

 彼女の懸念も当然だ。そして、傍に立つベルゴやアスも彼女の主張には肯定的に頷いていた。

 

 実際難しい話だ。

 こちらが譲歩したって、向こうが譲歩するとは限らない。むしろこちらが譲歩したことをいいことに、向こう側が調子に乗って攻め入る可能性もあり得ない話ではない。

 

「……なあ、マイン」

「なんでしょうか?」

「どうしてそこまで庇うんだ? そいつはお前を殺そうとしてきたんだぜ?」

 

 現実的な話。

 彼女(アイ)を救って大団円! とするには、越えなければならないハードルが如何せん高い。

 

 各方面への説得・調整も勿論あるが、何よりもまず目の前の害意ある敵を放置したままでいいのか? という部分だ。

 

「お前は、そいつを許せるのか?」

「許せます」

 

 即答だった。

 

「貴方達が、ワタシを許してくれたように」

「……」

 

 因果応報とは言ったものだ。

 

「それを言われちゃ……なあ?」

 

 俺はマイン以外の三人へと目を向ける。

 こんなお節介の人助けジャンキーと旅路を共にしてきた連中は、困ったような笑みを湛えていた。しかし、苦笑と呼ぶには温かい。

 

「そうだね。そもそもマインを助けたのも私の我儘だったし」

「些かこちらの事情だけで事を運ぼうとしていたな。反省だ」

「大切な人との思い出の地なら誰だって傷つけられたくありませんからね……」

 

 俺に勝るとも劣らない甘ちゃん達は、そう語る。

 まったく、どいつもこいつも……だから俺はこいつらが大好きなんだよ。

 

「……何故」

「ん?」

「何故ボクに利する方に話が進んでいる?」

 

 ワケが分からないと言わんばかりに、アイの声音は不安定に揺れていた。心の底から困惑しているように聞こえた。

 

「何故、って……ねえ?」

「オマエ達にメリットが無い。ましてや、交渉が上手くいったところでボクがホムンクルスを引き下がらせる確約も無いはずだ。なのに、何故……?」

「損得だけで動くだけが人間じゃないからな」

「なんだと?」

「好き嫌いで動くのも人間だ。どんだけデカい報酬ぶら下げた依頼出されようが、相手が死ぬほど嫌いな奴だったら受けたくない奴も居るってこった」

 

 それで俺は何度ゲーム内で『いいえ』を選択したことか。

 そして、時たまそのまま話が進んじゃうこともしばしば。

 

 他の場面では散々ループ仕様だった癖に、許せねえ……!

 

 まあ、俺が言いたいことはつまりだ。

 

「俺達はお前のこと、存外嫌いになれなかった──むしろ好きになったってこった」

「ボクを、好きに……?」

「俺は家族の思い出を守ろうとする人間が大好きだが、貴様らは?」

 

『聞き方』

 

 三人のハモったハーモニーが俺の耳に届く。くぅ~、これこれ。

 

「……さっきはごめんなさい」

「……〈嫉妬〉? ……何のことです」

「貴女を『偽物』なんて悪口言っちゃったこと。本当にごめんなさい!」

 

 すごすごと歩み出てきたアータンが、深々と頭を下げる。

 アイもこれには唖然と、目を点にしていた。それからようやく己が激昂した記憶を思い出したのだろう。表情も少しばかり険しくなる。

 

「……今更謝罪されたところで」

「うん……分かってる。けど、許してもらいたい訳じゃないの」

「ならばなんです」

「貴方の言葉を認めたい。『偽物じゃない』って、貴方の言葉を」

 

 さらに一歩前に出て、アータンはアイの手を掴んだ。

 

「実際のところ、私には貴方が本物なのか偽物なんて分からないよ。でも、貴方がお母さんとの思い出を守る為に戦ったことは本当だから」

「っ……違う。ボクは!」

「本当に愛されていた思い出が、貴方の原動力だったんじゃないの?」

「!」

 

 ここにも一人、家族との思い出を糧に歩み続ける少女が居る。

 

 だからこそ、()()し得る。

 

「私だって家族との思い出はほとんど憶えてないよ。印象深い出来事は思い出せても、なんてことない日常は……もう薄っすらとしか思い出せない。でも、楽しかったこととか嬉しかったことがあったことだけは思い出せるよ? ……貴方は違う?」

「……」

「思い出の感覚が貴方の中に残ってるなら……きっとそれは貴方が愛されていた証拠なんだと思う。だから、貴方はきっと本物だよ」

「ボクが……本物?」

「それに、貴方は貴方一人しか居ないんだから」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……ライアーさん?」

「んにゃ?」

 

 おっと、急にアスから声を掛けられて猫ちゃんになっちゃったぜ。いけないいけない。

 

 それはさておき、アータンの話に思うところがあるのか、アイは目を伏せて口を噤んでいた。どうにも“本物”であることに固執していた彼女であるが、いざ正面から認められると何も言えなくなるとは可愛い奴め。

 

「なんだ、不服か?」

「……ボクが本物だとして、()()はどうなります」

「マインのことか?」

「ボクが本物なら、必然的に()()は偽物になる」

 

──オマエ達はそれでいいのですか?

 

 そう問いかけてくるアイに、一瞬得も言われぬ空気が流れる。

 偽物……偽物ねえ。

 

「……こんなにも個性が爆発した偽物、それはもう別物じゃね?」

「え」

「それを今から証明する。……マイン、ロケットパンチだ!」

承認(はい)

 

「人の迷宮(いえ)で暴れないでください!?」

 

 ッドォン!! と轟音を立てて周囲を飛び回る射出された拳(ロケットパンチ)

 本物(アイ)にはない独自機能──もとい、俺が注ぎ込んだ知識なり技術をスポンジの如く吸い上げたマインは、最早模造品や量産品という次元を超越しているのだ!

 

 例えるのなら、現地改修し過ぎて原型を失ったロボットのように!

 男の子はそれをロマンが詰め込まれた機体として見なすのである!

 

「どうだ。別物だろう?」

「…………………………」

「ふっ、言葉も出ないってか」

「家を荒らされて言葉を失ってるだけだよ」

 

 アータンの至極真っ当な正論(ロケットパンチ)が俺の横っ面に突き刺さった。痛恨の一撃だ。

 

 さて、正論パンチで正気を取り戻したところで。

 

「ま、そういう訳だから諦めてくれや。ここに居るのはあえて苦難の道を選ぶ勇者(マゾヒスト)共だ。損得で理解しようとしたところで、頭がパンクするだけだぜ?」

「……」

「ところでさ~。実際、これからやることそっちにデメリットない訳だしさ、大人しく魔物を引き上がらせてくれない?」

 

 結局のところ、話はそこに尽きる。

 全部を丸く収める為には、何よりもまず迷宮主(アイ)の協力が必要不可欠。それがあるかないかとでだいぶ難易度が変わってくるのだが……。

 

「……〈虚飾〉」

「なんだい」

「ボクを解放してください。……身構える必要はありません。もう、交戦の意思はありません」

 

 出てきた言葉に見合う俺達。

 数秒の逡巡の後、頷く皆の様子を見て、俺はアイを拘束する枷である手を離す。これで〈夢堕ち(ファントムペイン)〉による五感の支配からは解放された。

 

 つまり、場合によっちゃこれからアイとの二戦目が開始される訳だが──。

 

「……今、ホムンクルスに送信していた魔力信号を断ちました」

『!』

「これで迷宮内外のホムンクルス、およびそれに準ずる魔物は自律稼働できなくなります」

「では」

「勘違いしないことです」

 

 期待が込められたマインの眼差しに対し、アイもまた力強い意思の光を宿した眼差しを向ける。

 

「オマエ達の交渉が破断したと判明し、再び迷宮への侵入が認められた場合……ボクは再び迎撃を開始します」

「……十分ブンブン大盤振る舞いだぜ」

「今ハエ居なかった?」

 

 残念だった。そのハエは俺さ。

 美味しいものには集り付く。美味しい話にも集り付く。ハイエナのライアー、略してハエのライアーとはこの俺さ!

 

 ちなみに今の異名は喋りながら考えた。

 無駄なことに関する頭の回転だけは速ェんだ、俺は。

 

 まあ、こんなハエのことはどうだっていいんだ。

 

「……ご協力、感謝致します」

「やめてください。思ってもいないことを」

「心外です。この感謝は、たしかに『本物』です」

 

 〈夢堕ち(ファントムペイン)〉から解放されて立ち上がったアイ。

 そんな彼女と目線の高さを同じにしたマインは、ぎこちないながらも、その黒曜石の肌に笑顔を咲かせていた。

 

「たとえワタシがアナタの言う『偽物』であったとしても、この思いだけは」

「……どうしてそう言い切れます」

「と、言うと?」

「オマエはワタシの模造品です。オマエが感情を抱く心は、果たして本当に存在しているのですか?」

「はい」

 

 澱みなく、迷いなく。

 

「アナタの感じた愛が『本物』だと言うのなら……その模造品であるワタシもまた、愛を感じる心があるということですから」

 

 一人の『人間』は言い切った。

 晴れ晴れと。実にいい笑顔で。

 

「……」

「それでは、いけませんか?」

「……いえ」

 

 向けられた笑顔の眩しさから目を逸らすアイ。

 それが自己嫌悪か、はたまた一種の羞恥心からかは分からない。

 

 だが、否定はされなかった。

 それだけで答えは十分だった。

 

「では、往きましょう」

 

 音頭を取るのはマイン。

 返した踵が刻むリズムも、どこか高揚しているように軽やかだ。

 

「副団長を探し出し、今回の諸事情について説明致しましょう」

「そこからは俺の口車で行き当たりばったりの示談といこうか」

「なんかあんまりいい響きに聞こえないんだけど……」

 

 そうだね、アータン。

 俺もこれ、『交通事故の話?』って思ったもの。こっちの世界で交通事故なんてあるかな? あるか。俺馬車に轢かれたことあるし。

 

「副団長の居場所か……出動、ベルゴ犬!」

「オレのは熊だ。……まあ、不可能ではないが」

 

 こういう時、罪化が熊(+牛)のベルゴの鼻が頼りとなる。熊の嗅覚は犬の約6倍。ドリアンとかシュールストレミング嗅がせたら大変なことになりそうだ。

 

「よ~し、来た道戻るぞ~。来た道戻るも迷宮(ダンジョン)の醍醐味……」

「うへぇ……また歩くのかぁ」

「頑張ろうな、アータン。飴食べるか?」

「今度は魔物とも戦いませんし平気ですよ」

「ホムンクルス以外の魔物が居る可能性は十分ありますが」

 

 来た時とは打って変わって和やかな雰囲気で出口を目指す。

 これからも容易い道ではないが、必ずしも戦う必要がないと分かっているだけでも、随分気は楽だ。

 

「……」

 

 アイは、そんな俺達を後ろから静かに見送っていた。

 向けてくる眼差しは半信半疑──完全に信じ切ってこそいなかったが、敵意と殺意しかなかった初対面時と比べれば、進歩も進歩、大進歩だ。

 

「……任せました」

 

 ぼそりと呟かれた一言。

 その言葉を背に、俺達は迷宮の最深部を後に──。

 

 

 

 

 

『それでは困るんだがな』

 

 

 

 

 

 聞こえてはいけない声だった。

 

「……おい」

 

 俺も思わずドスの利いた声を零してしまう。

 研ぎに研がれた、殺意に満ち満ちた声色を。

 

 

 

 

 

「なんでお前がここに居る──〈邪見(ルキフグス)〉!」

 

 

 

 

 

 どうやら最悪ってのは。

 

 

 

 

 

 一番嫌な時にやって来るらしい。

 

 

 

 

 

 




Tips:とある黄金都市を統べていた王の手記

『あの女だ! あの錬金術師のせいだ!

 あの女のせいで、この国はこんな目に遭っている!

 民は病に苦しみ、草木は枯れた!

 これも全部、あの女が残した呪いのせいだ!

 余も数日前から血が止まらない!

 必ずあの女を見つけ出せ! さもなければ……(ここから先は血に汚れていて読めない)』
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