嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百四十三話:反抗は破壊の始まり

 

 

 

「異な事を言う。俺は──」

 

 

 

 答えは待たない。

 影が起き上がると同時に、魔弾と激流と霊剣と風刃が影の居る場所を大きく抉った。砕かれた黄金の地表は、そのまま煌めく塵と化して周りに降り積もる。

 

「──手荒い歓迎だな」

「チッ。出オチしとけよ」

「恨むなら己の無力を恨め」

 

 抉れた地面より、三度影が起き上がる。

 同時に獄卒島での苦渋が脳裏に蘇ってきた。

 

「なんだァ? 金時が錆びてて返しに来たか? 残念だがクーリングオフなら受け付けてねェぜ」

「……相も変わらず意味の分からない言葉ばかり口にする。貴様のような輩の相手をできる連れの神経を疑う」

「おい。俺のことは馬鹿にしていいが仲間は馬鹿にすんな」

 

 何故かって?

 俺を馬鹿にした奴は、俺が殴り返せば済む話だからだ。言葉のナイフのお返しは鉄拳制裁よ。切断を打撃で返しているんだから、俺ってばなんて慈悲深いのかしら。

 

「ってか、ここんとこよく顔合わせるな。ストーカーならボコして騎士団に引き渡してやるぜ?」

「滓が驕るな。貴様達だけに手を掛けられているほど俺は暇じゃない」

「はぁ~、ヤダヤダ。暇な奴ほど『俺予定あるんで』って言うのよね~」

 

 そういう奴に限って休日はゲーム三昧だったりするんだ。ソースは俺ね。

 

「で、実際何用だテメー」

「塵が愚図をしていないか確認しに来ただけだ」

「あん?」

 

 要領を得ない発言しやがって。上司なら嫌われるタイプだぞ。

 ……あ、こいつ〈六魔柱(シックス)〉だから魔王軍的には上司か。魔王軍の皆さま、ご愁傷様ですっと。

 

「なんだよ、自己紹介か?」

「……〈強欲〉」

「!」

「貴様、何故そいつらの肩を持つような真似をしている?」

 

 ルキフグスの双眸は、俺達から少し離れた場所に立っている迷宮主を向いていた。怪訝な、あるいは不快そうな眼差しと言うべきだろうか。なんにせよ愉快な感情はこれっぽっちも感じ取れやしない。

 

「そ、れは……」

「誰が貴様を直してやったと思っている? こんな穴蔵の底で、バラバラのスクラップにされていた貴様をだ」

「違く、て」

 

 目に見えて動揺するアイ。

 しかし、それは〈六魔柱〉に詰め寄られているからではなさそうだ。

 

「言い訳があるなら後で聞いてやる。その前にまず──侵入者(そいつら)を殺せ」

 

 親に怒られる子供、というには些か空気が刺すようだった。

 言い表すならばそれこそ上司と部下のそれに近い。しかも、極めて陰険で険悪な上司に詰られるそれの──。

 

「ボクは──殺したくない」

「何?」

「この人達は、ボクを殺さないからっ」

 

 震えた声ながらもアイは言い返した。

 

「守ってくれようとしてくれるから……」

「──そうか」

「だからっ……殺せない」

 

 不味い。

 

「ライアー!?」

 

 アータンの叫び声を背に受けて飛び出す。が、そこに俺は居ない。

 あくまで皆が見ているのは幻影の方。本体(おれ)はすでにルキフグスの目の前に迫り、

 

「罪器解放──」

光あれ(フィアト・ルクス)

「ヴァニタ……ッ!?」

「視えているぞ」

 

 金時(ヴァニタス)を一閃。紅い軌跡は、漆黒の輪郭を上下に切り裂いた。

 しかし、手応えはない。

 

 それどころか、影がトプリと地面に沈んでいくや否や、まったく違う方向からルキフグスの声が聞こえてきた。

 

「──〈影武者(イッレクス)〉」

「しまっ……!?」

「虚を衝く算段だったろうが無駄骨だったな」

 

 すでに影は忍び寄っていた。

 

「逃げろ、アイ!」

「えっ……?」

 

 起き上がる影。

 黒い輪郭は次第に手の形を成し、伸びていく──アイの下へ。

 

『させるか!』

 

 次の瞬間、俺だけでなく全員が飛び出す。

 瞬きすらも忘れ、地面を蹴り飛ばす。本気も本気、全身全霊の全力を絞り出せば、奴の下へなど一息で辿り着く。

 

「壊れた道具に価値はない」

 

 だが、今はその一瞬すら異様に長く感じられた。

 

 ルキフグスの手が、彼女を手に掛けようとする。

 走る、のでは遅い。

 俺達は翔んでいた。翔んで、ついさっき約束を交わした少女の下へと向かう。

 

 当然、その中にはマインも居る。

 

「やめ……」

 

 

 

 

 

「塵は……処分だ」

 

 

 

 

 

「やめて──!!」

 

 耳を塞げないのは、手を伸ばしていたから。

 

「助け」

 

 鼓膜を掻き鳴らす耳障りな音は、きっと、間に合わなかった俺達の罰なのだろうと思った。

 

──ミシャリ。

 

 形容するなら、柔らかい金属が押し潰される音だった。

 人の形をしていたものが、一瞬にして一塊に還る。

 それだけならまだマシだったろうに。端整だった顔は完全に潰れ、眼孔から金の瞳が押し出され、俺達の方へと転がってきた。

 

 目が合った気がした。

 

──どうして?

 

 そう訴えているように思えた、次の瞬間だった。

 

「どうした?」

 

 嘲るような声、いや、雑音だ。

 

「口ほどに物でも言っていたか?」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「──ルキフグスッ!!」

 

 怒りと悔やみと悲しみと。

 間に合わなかった遣る瀬無さを込めた一撃が、四方向から大悪魔を襲う。水の龍に聖なる霊、加えて命を吸う根とより取り見取りだ。

 

 俺も俺で、奴にメタを張れる『破魔の剣』に剣を変身させ、一閃を叩き込む。

 柄でもないが、ありったけの魔力を注ぎ込んだ一撃だ。魔力に比例して光を帯びる剣閃は、暴力的な輝きを伴って影と黄金を焼き切った。

 

 並の悪魔なら死体蹴り(オーバーキル)もいいところだが、こいつに限ってはその限りではない。

 

「死んでたら返事しな」

「支離滅裂な発言だな。頭の螺子でも失くしたか?」

「チッ」

 

 視界の端で、散り散りとなって奔っていた黒い影が集結する。

 数秒と経たず完成した人影は立ち上がった。

 すると、俄かに持ち上げられた足は()()()を踏みつける。

 

()()のようにな」

「おい。その足退けろ」

 

 丸く、金色に輝く()()()

 踏みつけにされるそれを見た俺の声音も、思わず一段と低くなってしまう。

 

「……」

 

 一方で、もう片方はマインの手にあった。

 

「……アイ」

 

 原形を失った少女の形見に呼びかけるも言葉は返ってこない。

 返ってくるはずもない。

 

 命も──。

 

 

 

「いざ告解!!」

 

 

 

 陰惨な空気を唐竹割りする声が響いてきた。

 俺達が反射的に振り返るよりも早く、声の主と思しき人影は、最奥に佇むルキフグスへと飛び掛かっていく。

 

「我が〈(シン)〉は〈吝嗇(りんしょく)〉!!」

 

 遅れて数人飛び込んできた。

 あの風貌──特に獣なり妖を象った仮面は忘れない。

 

「〈吝嗇のタマモ〉──」

「……〈鬼の涙(ラクリマ・ラルウァ)〉か」

「推参ッ!!」

 

 呟くルキフグスを取り囲む人影が続く。

 彼らこそアヴァリー教国が擁する聖堂騎士団であり、七大教国きっての武闘派とも噂される戦闘狂。

 

 修羅の百鬼夜行が来たる。

 

(しゅ)よ!! (めぐ)みたまえ!!」

 

 被ったお面より罪紋(シギル)が奔り、狐のような尻尾を九本も生やしたタマモが高速で唱える。

 

()(ちり)(ひと)しかり!! (ただ)(しゅ)(あい)()くる(われ)ぞ!!」

「地の塵に等しかり!! 唯(きみ)が愛をもて(すく)いませる我ぞ!!」

「地の塵に等しかり!! 唯(つみ)のみ(いさお)しなき我ぞ!!」

 

「……重唱詠唱か」

 

 追複詠唱とは違い、各々が違う詠唱を担当して発動までのラグを極力減らす技法──重唱詠唱。

 俺の〈二枚舌(デュエット)〉の正規版とでも言うべき技法で唱えられているのは、〈土魔法〉でも最上級に位置する魔法のようだ。

 

 大地が唸り、足元が震える。

 

「されば()にある(かぎ)(しゅ)(うた)(つた)えん!! (ほろ)びより(いのち)(うつ)されたる我は!!

 

 

 

──〈強欲の土嚢(マーレボルジェ)〉!!」

 

 

 

 黄金の地面が蠢くや、一瞬にしてルキフグスを覆い隠す。

 傍目からすれば、ただそれだけ。地面を操作して相手を圧殺するだけのシンプルな魔法だ。しかしながら、あの土嚢の内部は、石炭が圧縮して金剛石(ダイヤモンド)に化けるほどの超圧力が掛かっている。

 

 この世で最も煌びやかな土牢。

 それこそが〈強欲の土嚢(マーレボルジェ)〉という魔法である。

 

「皆さん、ご無事で!?」

 

 ケロリとしたタマモが俺達の方へ振り返る。

 最上級魔法を繰り出しても全然疲れた素振りがない。体力、いや、魔力オバケかよ……。

 

「尋常でない邪気を感じ、急ぎ駆け付けたはいいものの……一体全体こりゃなんだい!? ってな感じで──」

 

 目を離したのは一瞬だった。

 それも冒険者(おれたち)を庇護する立場として、必要な立ち振る舞いに努めただけのはずだ。

 

 瞬く間もなく。

 故に、その光景は最初から最後まで見えていた。

 

「ッッッ~~~!!」

「副団長ッ!?」

「喚くな!! たかが腕の一本です!!」

 

 ひゅるひゅると宙を舞う不格好な飛去来器(ブーメラン)

 しかし、よく見れば鮮血を撒き散らす人間の腕であることは明らか。当然、タマモの腕の断面からは滂沱の如く真っ赤な体液が溢れていた。

 

()()()()()()

 

 金剛の牢獄が爆散した。

 直後、煌びやかな破片と共に四方八方へ伸びる影の手が、次々に周囲を取り囲んでいた騎士達を襲う。

 

 四肢を捻り、武器を捩じり。

 彼女達が蹂躙されるまで、一分と掛からなかった。

 

「俺に敵うとでも勘違いしたか」

「やはり、この邪気……〈六魔柱(シックス)〉!!」

「思い上がるな、塵共が」

 

 ダイヤモンドの絨毯を踏みつけるルキフグスは、そう吐き捨てていた。

 

 おいおい、一応最上級魔法だぞ?

 

「陰気臭い面ばっかぶら下げやがって。ちっとは食らった顔してみろよ」

「張り合う価値もない。これ以上戦う理由もな」

「んだと?」

「今、この瞬間を以て目的は達した」

「? ……ッ!!」

 

 要領を得ない発言に訝しむ俺達だったが、直後に理解した。理解せざるを得ない光景が広がった。

 

 悠々と君臨するルキフグスが、足元に転がっていた適当なホムンクルスを一体掴み上げる。地面に落ちていた影は、そのままルキフグスの影と結びついた。

 

 次の瞬間だった。

 

光あれ(フィアト・ルクス)──〈影打(イミタティオ)〉」

 

 (アイ)を失い、物言わぬ骸と化した躰。

 魔力信号を受け取らねば動けぬはずの四肢が、俄かに跳ね上がった。

 

「本命は団長の方だったが……まあいい。これで聖都侵攻を滞りなく進められる」

 

 無機質な風貌だった全身が、みるみるうちに見覚えのある姿へと変貌する。

 髪や目の色、身に纏う衣服に至るまでの全てが。

 

 視線の交差点に佇むは、ついさっき壊されたばかりの少女が居た。

 

「……嘘」

 

──新たなアイが居た。

 

 呆然と、アータンが零しす。

 まるで信じられない物を見たかのように、全員が全員目尻を裂かんばかりに目を見開いていた。

 

「〈蘇生魔法(レクティオ)〉……ではなさそうですね」

 

 回復系の魔法に精通するアスの頬に汗が伝う。

 通常、瀕死状態の人間を生き返らせるに使われるのは〈蘇生魔法(レクティオ)〉と呼ばれる系統の魔法だ。

 

 しかし、これはあくまで生命力を付与・増幅させる代物。

 あのように肉体を捏ね繰り回し、故人と全く同じ姿に蘇らせるものでは決してない。

 

「お前……」

 

 〈邪見〉の所業を見て、俺は空を知った。

 

 史実(ゲーム)では、勇者に倒されて以降はたと姿を見せなくなり、完全に消えたとばかり思われていた迷宮主、〈強欲のアイ〉。

 眠りについたはずの彼女が、再びああやって人々に敵意と害意を剥き出しにし、襲い掛かっていた理由が判明した。

 

 全部、こいつが悪い。

 

()()()()()……()()()!!」

「解るか」

 

 ()()()()()として指摘する俺を、ルキフグスは鼻で笑った。

 

「傑作だろう? 偽物(ゴミ)から造った贋物(ガラクタ)にしては」

「──」

「待て、マイン!!」

 

 言葉を待たずマインが立ちあがり、ルキフグスの下へと向かっていく。

 俺も制止の声を掛けて飛び出す。が、気持ちは概ね同じだったろう。

 

 我慢の限界だよ、このゴミ野郎が。

 

 そして遂に、ルキフグスの眼前にまで肉迫したマインが拳を振り翳す。

 

「……それ以上、彼女の命を弄ぶな」

「弄ぶ? 無価値だった塵を直して使()()()()()()()()()()。再利用だ。価値を付与してやっているんだぞ。非難される道理は一欠けらもないな」

「それがっ!」

 

 

 

「告解する!!」

 

 

 

 様子見もここまでだ、と。

 罪器のみならず、〈罪〉も解放して仕掛ける。こいつは手加減して勝てる相手ではない。それは皆も嫌というほど理解しているのか、マインを除いた三人もほぼ俺と同じタイミングで罪冠具に魔力を集中させていた。

 

『告解する!!』

 

 空間が眩い光に包まれる。

 抑えきれぬ感情が、魔力という目に見える形で噴き上がった光で。

 

 これにはルキフグスを中心に広がっていた深淵のような暗影も狭まる。

 やはりだ。

 

 奴の弱点は“光”!

 

「眩しかったら手も足も出ねェってか、陰キャ野郎!!」

 

 ルキフグスは先程捻じ伏せた騎士の剣を拾い上げて構える。

 素材は分からないが、ただの剣ではマインの拳は防げない。むしろ〈錬金魔法〉の格好の餌食だ。

 

──嫌な予感がする。

 

 本能が叫んだ。

 直後の出来事だった。

 

「……時間も押している」

 

 視界が、世界が。

 空間という空間の全てが劫火の青に染められていく。

 

 そう理解した瞬間、俺達の肉体は元に戻ってしまっていた。

 

「罪化が……!? この炎、まさか!?」

光あれ(フィアト・ルクス)──浄罪の聖剣」

「野郎!!」

「貴様達を相手するのは後だ」

 

 いつの間にか、奴の片手にはどこかで見覚えのある聖剣が握り締められていた。

 しかし次の瞬間、もう片方の手にも聖剣が顕現する。赤黒い炎を噴き上げる、見る者に本能的な恐怖を呼び起こさせる剣が──。

 

「──っべェ!? 〈もう一人の自分(アルター・エゴ)〉!!」

「きゃあ!?」

 

 ライアー!? と驚くアータンを始めに、仕掛ける寸前だった三人に分身を突撃させ、攻撃を中断させる。ほとんどタックルだ。突き飛ばされた三人には悪いが、今はこうするしかなかった。

 

 最後の一人・マインは……間に合うか!?

 

 

 

光あれ(フィアト・ルクス)──断罪の聖剣」

 

 

 

 遅れて世界が燃え上がる。

 真っ赤な、真っ赤な、真っ赤な。

 世界が劫火に焼き尽くされた日は、このようになるであろうと思える紅蓮が、辺り一面を容赦なく炎で覆っていく。

 

「っ……痛ぅ!?」

「だが〈虚飾〉。貴様だけは」

「!」

「今、ここで葬る」

 

 三度目の剣閃。

 迎え撃たねば、死ぬ。

 

「──ライアー!」

 

 けれど、咄嗟に間に割り込む人影が。

 

「マイン!?」

 

 俺が幻影を出すよりも、罪器を変化させるよりも早く。

 身を呈し、己を盾にせんとマインは飛び出した。

 

 

 

「マイィーーーンっ!!」

 

 

 

 アータンの悲痛な叫びが響く。

 

 

 

 そして、次の瞬間には、もう。

 

 

 

「邪魔だ、ガラクタが」

 

 

 

 断たれた。

 

 

 

 体も、命も。

 無慈悲にも。

 

 

 

 




Tips:強欲の土嚢(マーレボルジェ)
 土系の魔法において最上級に位置する魔法。
 岩や土砂を生成・操作する〈土魔法〉の例にもれない能力だが、その規模と破壊力はまさしく最上級に相応しいものである。

 操作する土砂が押し固められた牢獄内部は超高圧。物理的な肉体を持つ生物であれば、まずその時点で圧死は免れない。たとえどうにかして生き残れたとしても、強固に結合した牢獄からの脱出は至難の業。超高圧に晒されて生成された岩石やダイヤモンドに密着された状態からどうにかできる者だけが脱獄のチャンスを与えられる。
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