嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百四十四話:帰宅は回顧の始まり

 

 

 

 視界が赤黒い炎に包まれている。

 断罪の聖剣より迸る炎が、迷宮主の間を焼き尽くしていたのだ。地獄と呼んで差し支えない光景に、誰の目にも動揺が映っていた。

 

「マインっ!!」

 

 アータンの悲痛な声が叫ぶ。

 地獄絵図を前に絶望した訳ではなく、伸ばされた掌は胴体を両断された人造人間へと伸びていた。

 

 人間ならばまず即死。

 人間を模した人造人間であっても、致命傷に等しいダメージであることは火を見るよりも明らかであった。

 

 だからこそアータンは手を伸ばす。が、〈もう一人の自分(ライアーの分身)〉がそれを許さない。

 

「駄目だアータン!!」

「でも……、っ!?」

 

 抗議の声を上げようとした瞬間、アータンが踏みつけた地面に激震が奔った。

 尋常ではない揺れだ。視界が縦にも横にも揺れたかと思えば、天井がガラガラと音を立てて崩れ始める。

 

「きゃあ!?」

 

 次の瞬間だった。

 足元の黄金に入った亀裂が、瞬く間に蜘蛛の巣状に広がっていく。やがて主の間全体に広がった瞬間、()()()()()()()()

 

「……何か仕込まれていたか」

 

 まあいい、と。

 片手に人造人間を抱えたルキフグスは、地下のさらに下へと落ちる者達を見下ろす。

 

「これで死ぬなら都合がいい。よしんば死なずとも、崩壊した迷宮からの脱出は時間を要する……それだけの時間があれば聖都を堕とすのは容易い」

「聖都を!? 何をするつもりです!!」

「貴様らにわざわざ語る筋合いはない」

 

 憮然とした態度でルキフグスは踵を返す。

 黄金の瓦礫にその身を打たれても尚、影の体は微動だにしない。精々、小脇に抱えた人造人間が壊れないよう多少振り払う程度だ。

 

「貴様らは精々二度と望めぬ聖都でも想像し、絶望でもしていろ」

「おのれ、待てぃ!!」

「断る。俺は忙しいんだ」

 

 

 

 

 

「『二度あることは三度ある』って言葉知ってるか?」

 

 

 

 

 

「……」

 

 一瞬だけ。

 ほんの一瞬だけ、ルキフグスの足が止まった。

 

 目は口ほどに物を言う。

 副団長でさえも軽くあしらい立ち去ろうとしていた大悪魔が、わざわざ振り返る。深淵に浮かぶ双眸は、瓦礫と共に墜落する人間の中から声の主を迷いなく見つけた。

 

「……〈虚飾〉」

「部下の尻拭いに随分苦労してるみたいだな」

「意味のない挑発だ。……何が言いたい?」

 

 不快。

 ただひたすらに浮かぶ感情は、それであった。

 

 しかし、広げた黒翼で仲間を覆い守る〈虚飾の勇者〉は、鉄仮面の隙間より真逆の感情を覗かせていた。

 

「お前らの目論見、失敗すんぜ?」

「……負け惜しみを。チャスティの一件如きで思い上がるな」

「人の話聞いてたかぁ? ()()()()、だぜ?」

「? ……!」

「俺様にゃ、お前の部下とは違って頼りになる“仲間”が居るんでな」

 

 この危機的状況でも心底愉快そうな声色で、ライアーは仲間を守りながら堕ちていく。

 

 優先すべきものを優先する。

 偽物であろうと、勇者の瞳には絶望などこれっぽっちも浮かんでいなかった。

 

「──勝った気になってんじゃねェぞ、〈邪見〉」

「──成程な。余程無意味な真似が好きと見た」

 

 トプリ、と。

 ルキフグスの姿が影の中に沈む。墜落するライアー達を尻目に、ルキフグスは淡々と最後にこう告げた。

 

 

 

「死に急ぎたいならさっさと来い、そいつから殺してやる。愚昧の罪の代償は、その命で支払ってもらう。無意味に足掻き、無意味に死ね。己の命に価値を見出せぬような死を、貴様らに与えてやる」

 

 

 

 そして、悪魔は消えた。

 ただし、地獄は消えず。

 

 

 

 炎と黄金の中、勇敢な冒険者と騎士は地下深く……深くへと堕ちていくのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──ン」

「……ん?」

「──ン。──タン」

「う、う~ん……待ってよ、お姉ちゃん。もうちょっと寝かせて……」

「──ータン。──アータン!」

「ふわあっ!?」

 

──ガバリッチョドガンッ!

 

 これは、起きた直後におでこを激突させた音である。

 つまり、この後アータンが辿る末路はこうだ。

 

「おでこ痛ぁい……! これ絶対たんこぶになるぅ……」

「大丈夫ですか、アータン?」

「うん。一応血は出てなさそ……」

 

 おでこを押さえて涙目を浮かべるアータン。

 たしか気を失う直前、自分はライアー(の分身)に瓦礫から守られていた。その為、ついつい話し相手を彼だと思い込んでいた訳だが。

 

「……どうかなさいましたか? ワタシの顔を見つめて──」

「マイン!」

「ゔっ」

 

──ガバリッチョドガンバコンッ!!

 

 これは、相手に抱き着いておでこを激突させた音である。

 つまり、アータンのおでこにたんこぶが出来る未来は確定となった。アータンのたんこぶ、アーたんこぶである。

 

 しかしその程度、今の彼女にとって些事も些事だ。

 

 なにせ生死も危うかった仲間が、小さくなりながらもケロリと生きていたのだから。

 

「うわぁ゛~ん、マイ~ン! 無事だったんだね゛ぇ~、良かったよ゛ぉ~! どうやって無事だったの~!? こんな小さくなっちゃって可哀想に……っていうか、他の皆はどこぉ~!? 暗いよ怖いよ寂しいよぉ~!」

「アータン。落ち着いてください。さもなければ緊急措置を……」

(開いてない掌)はやめて」

 

 アータンは我に返った。

 マインの掌は痛いのだ。具体的には、技を仕込んだライアーが『アスのキックに肩を並べる』と評したレベルだ。その時の傷は、三日三晩ほど入浴時の彼のお尻に牙を剥いた。

 

「くすんっ……マイン。ここは?」

「迷宮最深部の地下です。あの襲撃者より退避する為に部屋全体を〈錬金魔法〉で操作したのですが……」

「あれマインがやったの!? えっ、でもあの時のマインって……」

「──〈FeS₂(愚者の黄金)〉。やられたのはワタシの分身です」

 

 合点がいった直後、アータンはへにゃへにゃと脱力して地面に座り込んだ。

 

「本当っ……本当心臓に悪いよぉ……」

「申し訳ございません。朧気ですが獄卒島での記憶が蘇り、最大限に警戒した上での行動で……」

「ううん、マインは悪くないよ」

「そうでしょうか?」

「うん。マイン“は”悪くない」

 

 アータンは決意した。

 このような心臓に悪いムーブをさせるよう吹き込んだ、あの法螺吹き鉄仮面に鉄槌を下すと。

 

 時に有効な戦略とは味方の神経をゴリゴリに擦り減らす。

 この開かない掌は、そんな味方の心を知らぬ自己犠牲上等勇者に叩き込む為に握りしめているのだ。

 

「なにはともあれ、マインは大丈夫だったんだね」

「ご心配をおかけしました」

「ところで他の皆は?」

「近くに落ちたとは推測できますが……」

 

 マインが玻璃の双眸から光を投射する。

 どこかで見た記憶のある投射方法をスルーし、アータンは照らされた周囲を見渡す。だが周囲に見えるのは黄金の岩ばかりだった。

 

「誰も居ないね。っていうか、ライアーの分身も……」

「途中、ワタシ達を崩落した天井から庇っておりましたので」

「……そっか」

 

 相も変わらず自己犠牲を厭わない勇者だ。

 分身だからと、彼は些か無茶をし過ぎるきらいがある。大丈夫だと信頼してはいるが、それはそれとして見ている方は気が気ではない。

 

「他の皆は大丈夫かなぁ?」

「皆さんの実力ならば杞憂でしょう。しかし、仲間としては無事を祈るばかりです」

「うん。たぶん向こうもこっちを探してるだろうし、早いところ合流してあげないと……」

 

 

 

「コ~ン……」

 

 

 

「うん?」

 

 反響する声の方を振り返れる。

 薄っすらと魔力の光を辿れば、そこには何かが居た。

 

「……キツネ?」

鉄仮面狐(アイアンマスクフォックス)仮面狐(マスクフォックス)の上位種です」

「自前なんだ……」

 

 自前ならば仕方ない。

 キツネなのに狐面を被っているおかしな魔物の登場に、アータンはどことなく親近感を覚えた。鉄製の仮面を被っている点であろうか。

 

「にしたって、なんだってこんなところに居るんだろ?」

「コ~ン……」

「わっ!? この子、前脚がない!」

 

 パッと見では分かり辛かったが、現れたキツネの右前脚が欠けていた。

 しかも怪我をしたばかりなのか、薄暗闇より鉄臭さが漂ってくる。

 

「可哀想……さっきの崩落に巻き込まれちゃったのかな?」

「コ~ン……」

「よしよし。アスさんと合流したら診せてあげるからね~」

 

 我らが聖職者の手に掛かれば傷口を塞ぐくらい訳はない。

 治せぬものは擦り減った関節の軟骨だ。それを聞いたベルゴが落ち込んでいた姿と併せて、アータンはよく憶えていた。

 

「アスさんどこかなぁ……?」

「性的な言葉を口にするというのは?」

「アスさんをなんだと思ってるの!? 流石に、せ……不潔な言葉を口にしたぐらいじゃ──」

 

 

 

「“不潔”を“口”に!? 不潔ですッ!!」

 

 

 

「地獄耳」

 

 救われぬ鼓膜の持ち主が来た。

 きっと彼の鼓膜は鮮やかなピンク色をしているのだろう。アータンは暗がりの中、遠い目を浮かべた。

 

「アータンちゃん、無事だったんですね!」

「うん。アスさんも無事で何より……というか、そのタヌキは?」

「この子ですか? 偶然怪我をしているところを見つけまして」

 

 そして、何故かタヌキを抱えてのエントリーであった。

 しかし、アータンにそれを咎める資格はない。何故なら彼女もまた獣を抱き抱えているからだ。

 

 感じるシンパシー。

 次の瞬間には彼女達は熱い握手を交わしていた。

 

「こんな地下に閉じ込められてしまって……可哀想に。およよ」

「この子達だけでも先に帰します? ほら、予備の巻物(スクロール)とかで」

「そのことなんですが……何故か巻物が使えないんです」

「え?」

 

 アス(withタヌキ)から飛んできた衝撃の内容。

 困惑するアータンはバッグを漁り、巻物を取り出して開いた。

 描かれるは、紛れもなく〈転移魔法(ミグラーテ)〉の魔法陣。これに魔力を流し込めば、術者を中心とした範囲内の物体が転移される筈なのだが──。

 

「な、なんで!? 全然反応しない!」

「……恐らくは転移を阻害する魔法、あるいはそれに準ずる〈聖域〉が、周囲に張り巡らされているのでしょう」

「転移を阻害って、そんな魔法が……?」

「無くはありません。数年に一度王都で開かれる教皇様方の会談も、道中の危険を極力減らすべく、普段張っている転移阻害の〈聖域〉を解除して転移するという話もありますので……」

 

 魔法の存在があること自体は理解できた。

 だが、それにしたったタイミングが悪い。悪すぎる。

 

「ど、どうしよう。転移の巻物が使えないんじゃ、岩を退かして脱出するしか……」

「そうとなると骨が折れますね……」

「骨折りレベル測定中──複雑骨折級です」

「ヤダぁ~!」

 

 複雑骨折並みに骨を折るなど真っ平御免なアータンが喚く。

 

「ううっ。こんな時にベルゴさんが居てくれたら……」

「力仕事、頼りになりますからねえ」

「世間一般的で言う“中年”ですが、その通りですね」

 

 

 

「オレはまだ老いてなどいない!!」

 

 

 

「マインは召喚士なの?」

 

 見慣れたおじさんの見慣れた登場であった。最早安心感さえ覚える光景だ。

 だがしかし、彼の小脇には見慣れぬ物体──否、生き物が抱えられていた。

 

「ベルゴさん? 何、その……イタチ?」

「カワウソにも見えますね」

「データ照合……テンだと推察されます」

 

 だからなんだという話ではあるが。

 

「おお、テンなのか。何、崩落に巻き込まれた先で怪我しているところを偶然見つけてな。こんな場所で放っておくのもと思ってな……」

 

 だが、どうやら彼らは貉だったようだ。ちょうど同じ穴にも居る。

 五人中、四人と数匹が合流した。

 

 しかし、どうにも五月蠅さが足りない。

 

「ライアー来ないね」

「いの一番に来てもおかしくなさそうなのだがな」

「まさか岩に押し潰されたんじゃ……!?」

「いえ。恐らく何かしらの救出活動をしているものと思われます」

 

 

 

「怪我した動物は居ねがァ!?」

 

 

 

「あのように」

「言った傍から!?」

 

 岩を蹴り飛ばして現れるなまはげ鉄仮面が一人。

 何故か頭にはネコを被り、小脇にもネコを抱えている。『Between ネコちゃん and ネコちゃん』状態だ。

 

「お、皆無事だったか!? いやー焦ったぜ! お前らと離れ離れになるわ抱えたマインがサラサラに崩れるわ……って聞いてくれよ~!? マインがさげっふぁ!?」

 

 間合いに飛び込む鉄仮面の鉄仮面でない部分に、三人の開いていない掌が叩き込まれた。

 予想外のバイオレンス。これにはライアーも膝を折って呻く。ただしネコは無事だ。軽快な動きで倒れる泥船(ライアー)より逃げ出していた。

 

「な、何故(なにゆえ)……?」

「いつも分身とは言え、目の前で仲間がやられる姿を見せられた私達の心境を答えよ」

「誠に申し訳御座いませんでした」

 

 土下座に移行するライアー。

 彼も、まさに今分身とは言え仲間がやられる凄惨な光景を見た直後だったからだ。目尻に湛えた涙が彼の心情の表れである。

 

 故に、ライアーに不服はなかった。

 大方その通りであると認識していた。

 

「で。俺達ゃ閉じ込められて出られないと」

 

 合流してすぐに現状を共有し合う五人とプラスα。

 時折『ニャ~ン』やら『コ~ン』やら『タヌ~』やら相槌が打たれるものの、状況はかなり厳しいものであった。

 

「まさか巻物が使えなくなるなんて……」

「これも〈邪見〉の仕業なのか? おのれ!」

「一刻も早く聖都に報せなければ大勢の犠牲が……!」

 

 早く脱出せねばならないことは分かっている。

 しかし、いざいう時に役に立って欲しかった巻物が機能しないのだ。故に、これ以上管を巻いても詮方ない話である。

 

「となりゃあ道は二つだな。地道に掘り進めるか、転移を阻害する〈聖域〉を無力化するかだ」

「無力化って……」

 

 ライアーの提案に、〈聖域〉に精通するアスが難しい顔を浮かべた。

 

「いくらなんでも手掛かりが少なすぎます。表面に見えないとなると、恐らく魔法陣が岩の中を通って描かれているはずです。となると、目の前の岩山を掘り進めるのとなんら変わりありません」

「けど、どこに進めばいいか分からないよりはワンチャンあるだろ?」

「ニャ~ン」

「ほら。ニコチャンあるって」

「一個増えてる!?」

 

 

 

「……あっ」

 

 

 

『うん?』

 

 仲間内で議論している間にだった。

 不意に声を漏らしたマインが、ズンズンと一直線に歩み始める。

 

「ちょ……ねえ、マイン!? どうしたの!? そっちに何があるの?」

「──家」

「家?」

 

 迷宮主(アイ)の言葉を借りるならば、この迷宮はマインが製造された場所とのことだ。

 そういう意味では迷宮が“家”という表現も、強ち間違いではないだろう。

 

 しかし、どうにも彼女が口にする“家”のニュアンスは違うように思えた。

 怪訝に思う一同であるものの、躊躇いなく進むマインの後ろ姿を見て、とりあえず追うこととした。

 

 そして、道なき道を進めば──。

 

「家だ」

「家だぁ」

「家だな」

「家ですね」

 

 見事な造りだった。

 思わず一同揃っても感嘆の声を漏らし、目の前の一軒家を食い入るように眺めていた。

 

「なんてりっぱなおうちだぁ……」

「──今幸せですか?」

「マイン!? それは家に上がる時の挨拶じゃないよ!?」

 

 呆然とするも束の間、彼と初めて出会った日を思い出す挨拶を口にしてお邪魔するマインの手を掴み、引き留めようとする。

 が、止まらない。

 体格自体は向こうの方が小さいにも拘わらず、アータンのプリチーボディーはズルズルと家の中に引きずり込まれていった。

 

 

「ゔー! 住居不法侵入しちゃうー!」

「まあ落ち着けアータン。勝手に家に上がるのは勇者の特権なんだ」

「初耳だよそんなの!?」

「じゃ、お邪魔しま~す」

「他人には吹き込んどいて!?」

 

 マインに引き続き、お宅に上がっている姿を見られたら通報待ったなしの見た目をした不審者(ライアー)が家に上がり込む。

 こうなっては仕方がない。

 残るベルゴとアスも手掛かりを求めるように、ライアー達に続いて不思議な家の敷居を跨いだ。

 

 そこで彼らが目にしたものとは──。

 

「……時が止まったみたい」

 

 マインに引き摺られながらも室内の様子を窺うアータンが呟く。

 言葉通り、室内は時が止まったかのように整然としていた。塵や埃も積もっておらず。なのに、そこはかなとない生活感だけが残されている。

 壁一面にはたくさんの本棚が敷き詰められており、中には当然、分厚い本がこれでもかと押し詰められている。しかもそれだけは足りないのか、部屋の中央に鎮座するテーブルにも載っかっている始末だった。

 

「うわぁ!?」

「どうしたアス!?」

「試しに本を持ってみたら崩れました。ビックリしたぁ……」

 

 驚いたアスの手に握られていた本。

 羊皮紙か何かで作られていたのだろうが、本は中央から横にバックリと割れていた。しかも風化していたのか、ボロボロと羊皮紙は崩れ落ちていく。

 

「紙が風化するほどの年月が経っているのか。にしては……」

「……最近まで誰かが掃除してたんだろうな」

「誰か? ……まさか」

 

 ライアーの呟きに、ベルゴが何かを察する。

 続けて顎に手を当てていたアスが口を開く。

 

「この家……なんか変ですね」

「変? たしかに妙に綺麗だと思いますけど、それ以外は特に」

「いえ。家の造りです」

「造り? ……あっ!」

 

 ハッと、アータンが声を上げる。

 ()()()()()()()彼女だからこそ気づかなかった。思えば獄卒島の家屋もそうだが、アヴァリー教国は他国とは一風変わった家の造りをしている。特に顕著なのは室内。アヴァリー教国の家屋は玄関で靴を脱ぐことを想定した造りとなっているが、この家はその限りではない。

 

「まるで大陸の家を見ているようです。ここも一応はアヴァリー教国領なのに……」

 

 うんうんとアスが唸るも、答えは一向に出てこない。

 その為一行は今居る部屋の探索を終え、次なる部屋を目指した。

 

「……!」

「あっ、マイン!」

 

 待って、と次なる部屋に駆け込んでいったマインをアータンが追う。

 

「もう、マインったら! 勝手に一人で進んだら駄目、って……」

 

 が、マインの斜め後ろで彼女は立ち止まる。そして、そのままマインと同じ方向を見つめたまま微動だにしなくなった。

 

「アータン? どうした、何を見て……っ!」

 

 部屋の奥に鎮座するベッドに、何者かがもたれかかっていた。

 全身の体重を預けるその体はボロボロで、手足のあちこちが大きく欠けている。けれども、そのどれからも腐敗し、蛆が湧く生々しい摂理は起こっていなかった。

 

「──アイ」

 

 ポツリとライアーが呟いた。

 救えなかった少女の名前を。

 

──何故彼女が此処に居るのだろう?

 

 そんな当たり前の疑問が生じる面々であったが、もたれかかる少女の背を越えた先にある姿を見るや、再び絶句した。

 

 ベッドに横たわる二人目の人影。

 しかし、それは誤認だった。人として認識できる最低限の輪郭が、そこで何者かが眠っていると初見の人間に錯覚を起こさせたのだ。

 

「じ、人骨……ですか?」

「ああ……」

 

 正確には、人骨が眠っていた。

 白骨の周囲には、かつて肉付けされていたものが腐り落ちたであろう黒い輪郭が染み込んでいた。それを人影と誤認したのだ。

 付け加えて言えば、人が腐敗し、寝具に染み込んだ死臭が消える程の年月の経過がここではあった。震えるアスの声は、まさにその事実への畏怖だった。

 

「──お母さん」

 

 マインの声が響く。

 消え入るように小さな、小さな。

 

「パラケルスス・ホーエンハイム」

 

 それはまるで誰に言うでもなく、自分で確認する為の発声。

 

 

 

()()()()のお母さんです」

 

 

 

 少女の思い出(キオク)が蘇る。

 

 

 

 それはマインでも、アイでもない。

 

 

 

 偉大な母の娘として生きていた時代──二度と戻らぬ過去の日々だった。

 

 

 

 




Tips:仮面狐(マスクフォックス)

──マスクフォックスが多芸過ぎる。

 このヘンテコな仮面を被った魔物はマスクフォックスといい、プルガトリア大陸全域に生息する狐型の魔物です。
 特徴は見て分かる通り、その顔に被った仮面です。
 マスクフォックスは非常に器用な手先をしており、生後間もない頃から自分の仮面を作り始めるのです。これは周囲に擬態して天敵から身を隠すほか、獲物を狩猟する際の迷彩にも役立ちます。

 また、マスクフォックスは非常に高度な知能を有しており、独自の言語・魔術体系を確立しているのです。高度な知能を持ったマスクフォックスほど尻尾の数は増え、かつては九本の尾を持ったマスクフォックスの中から人語を操る罪獣に罪化した逸話があるほどです。
 さらには幻術による擬態も非常にうまく、マスクフォックスの中には人に化け、人里に忍び込む個体も居るとされています。

 このように非常に高い知能を有するマスクフォックスですが、一つだけ欠点が存在します。
 それは、自分が魔物だったことを忘れてしまうことです。
 余りにも長期間人に化けて人間社会に溶け込んだ個体は、自意識が人間へと移り変わり、自分が狐の魔物であることを忘れてしまいます。その結果、何が起こるかと思えば人間と番を成した時に子を成せないという事態です。

 毎晩『人の子など孕みとうない!』と盛り上がるも、子供ができず怪訝な顔を浮かべる夫婦も居りますが、それも当然の話です。何故なら狐と人だからです。
 このような悲劇を踏まえ、マスクフォックスは人里から離れ……そして、まんまと忘れて近づいては同じ悲劇を繰り返します。

 それが悲しみの結婚生活を繰り返す魔物、マスクフォックスなのです。
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