嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百四十五話:失敗は母の始まり

 

 

 

「おはよう、アマイモン。ご機嫌いかが?」

 

 

 

 初めて掛けられた言葉はそれだった。

 

「うん、うん……問題は……なさそうね」

 

 透き通るような金髪と病的なまでに白皙の肌が近づく。

 触れれば容易く崩れてしまいそうな儚い女性は、何度も、そして丹念に透明な壁越しにワタシの体をじっくりと観察を続けていた。

 

 ワタシもワタシで、この時はまだ、赤子のように小さな体だった。

 けれども、腕や脚、頭のバランスはすでに成人染みている。まるで縮尺を縮めただけの──それこそ傍から見れば精巧な人形としか見えぬ体は、ガラス製の容器に収まっていた。

 

「初めての人造人間(ホムンクルス)……製法自体は史料通りだったから、何の感慨も湧かないわね。どうして学会の連中は出来なかったのかしら。錬金術を習得するよりもずっと簡単だったのだけれど……ああ、ごめんなさい。今のは貴方に話していた訳じゃないのよ」

 

 ブツブツと独り言つのは彼女の癖だった。

 陽光に透かされた金髪はキラキラと煌めき、目覚めたばかりのワタシの世界に、初めて“綺麗だ”という考えを湧かせたことをよく憶えている。

 

「私はパラケルスス。パラケルスス・ホーエンハイム。貴方を造ったのはこの私よ。貴方は私が造った人造人間(ホムンクルス)。ホムンクルスというのは錬金術で造られた人工生命体であり──」

「つまり、アナタは誰ですか?」

「誰? だから私はパラケルスス・ホーエンハイム。錬金術師で、」

「何と定義すればいいですか?」

「……定義、ね」

 

 彼女は、薄く笑っていた。

 困ったような、微笑ましいような。

 

 そうだ──あれは子供を愛しむ母親の表情に近かった。

 

「私は貴方の母、お母さんよ」

「お母さん……?」

「そう。今日から私達は家族になるの。よろしくね」

 

 そう言って容器諸共ワタシを抱き上げる腕はか細く。

 けれど、血の通った腕はとても温かかった。

 

「これは何ですか?」

「それは花よ。草木が成長して咲いた姿ね」

「では、これは何ですか?」

「それは石。鉱物が圧縮された塊よ」

「それでは──」

「それはね──」

 

 それからは学びの日々だった。

 母は、ワタシの疑問には何でも答えてくれた。知らないものなど何もないと、澱みない口振りで。母の周りに居る人間──大仰な装飾が施された衣を纏う人間は、ワタシの問いに答えを窮していた。

 

 だのに、母だけは穏やかな笑みを湛え、ワタシの問いに全て答えた。

 

「お母さん」

「何?」

「錬金術とは何ですか?」

「錬金術はね──」

 

 ただひとつだけ、答えに窮した問いがあったとすれば──。

 

「……欲しい物を手に入れられる、夢のような魔法よ」

 

 母は、高名な錬金術師だった。

 『国一番の錬金術師』『真理に触れんとする者』『最も賢者の石に近づきし者』等々……聞こえてくる母の異名は、どれも厳かで、畏れ多いものばかりだ。

 

「アマイモン。私はね、賢者の石を作りたいの」

「賢者の石とは何ですか?」

「賢者の石は、卑金属を貴金属に換える力とされる霊薬ね」

「……鉄などを金に換える、と?」

「そうよ。まあ、卑しい人間……貴族や王族なんかが欲しがりそうなお宝よね」

 

 歯に衣着せぬ物言いで語る母もまた、研究室で賢者の石を研究する錬金術師の一人だった。

 自ら『卑しい人間が欲しがりそう』とまで言い切ったにも拘わらず、彼女自身は朝から夜明けまで研究を続ける打ち込みようだった。

 

 まさに熱心に。

 そして熱狂して。

 

 ある時、ワタシは母に一つの問いを投げかけた。

 

「どうしてそこまで賢者の石を研究なさっているのですか?」

「……永遠の命が欲しいからよ」

「永遠の……命?」

「ええ。永遠の命さえあれば、いつまでも錬金術の研究を続けられる。まだ見ぬ物を作り、造り、創り──そうやって全てを解き明かすの」

 

 ワタシを見つめる母の目は真っすぐだった。

 その時は気付かなかったが、表面は澄み切った色をしていた瞳の奥は泥濘の如く濁っていた。

 

「……やはり、史料通りの術式だと自己補完が間に合わないわね」

 

 ある日、ワタシはいつものように母からの健診を受けていた。

 ワタシの体は、どうにも普通の人間とは勝手が違うようだ。定期的に母は頭を抱えながら、羊皮紙に筆を走らせていた。

 

「理論上、空間を容器(フラスコ)に見立てて〈聖域〉を展開できれば行動範囲は広がる。でも、それじゃあ意味がない。やはり肉体そのものをフラスコと定義して術式を刻印するべきかしら? 聖痕は……教会が煩いわね。それに今の肉体のままじゃ面積が足りない。肉体の組成を変えて肉体そのものを大きくする? ……いえ、でもそれじゃ──」

 

 夜が更ける前に灯した蝋燭がほとんどなくなるまで机に向き合う。

 フラスコ越しにその姿を何度見ただろう。

 

 伸ばした掌は、夜の冷たさが染み込んだガラスに遮られるばかりだった。

 

「アマイモン。新しい体の具合はどうかしら?」

「問題ありません」

「そう。くれぐれも忠告しておくけれど、絶対に家から出ないこと。いい?」

「畏まりました」

 

 季節が一つ巡った頃、ワタシは外の世界に踏み出した。

 人造人間は、フラスコの中でしか生きられない。フラスコの外に出てしまったら最後、生命活動を維持できなくなってしまう。

 

 だからこそ、母はワタシ達の“家”を“フラスコ”に仕立て上げた。

 それがどれほど緻密で複雑な術式かまでは分からないが、国一番の天才錬金術師が精魂を込めて練り上げた術式だ。

 

「最初は家の中を散歩することから始めましょう」

「承知致しました。……っ」

「アマイモン!?」

 

 初めての外の世界。

 一歩踏み出したワタシは、そのまま前のめりに床に倒れ込んだ。すぐさま駆け付けた母が、ワタシの小さな体を抱き起す。

 

「怪我はない!?」

「問題ありません。少しバランスを崩しました」

「……そう言えば、歩き方までは教えていなかったわね」

 

 母は安堵の息を吐きながら続けた。

 

「まずは歩き方を憶えましょう。ゆっくりでいいわ」

「歩き方とは、どうすればいいですか?」

「……これじゃ、まるで赤ちゃんね」

 

 ワタシの手を掴む母は、また、困ったように微笑んだ。

 

 

 

 ワタシの世界は広がった。

 けれど母は言う。世界はもっと広いのだと。

 

 小さなガラス容器よりも、レンガ造りの家よりも広い世界が外には広がっている。

 その事実に──きっとワタシは好奇心を覚えたのだろう。

 

 外の世界を見ようと、禁じられていた扉の取っ手に手を掛けた。

 掛けて、しまった。

 

 次の瞬間、ワタシの体は崩れ始めた。

 それからの記憶は薄っすらとしか憶えていない。ただハッキリと憶えているのは、目覚めた寝台に横たわるワタシの肩に掴み掛かり、半狂乱で泣き喚いている姿だった。

 

「こんなはずじゃなかった……!」

 

 ただ、何度も口にする言葉の矛先は、どうにも母自身を向いているように思えた。

 

「この子……この子は──」

 

 後で聞いた話だ。

 

「この子は……()()()()()()()

 

 

 

 母は、一人娘を亡くしていた。

 

 

 

「アマイモン。新しい体の具合はどう?」

「問題ありません」

「具合が悪くなったらすぐに言うのよ。あと、家の外には出ないこと。誰かが訪ねてきても無視なさい。火は使わないこと。水も出さないこと。風も土も出さないこと。そもそも勝手に錬金術は使わないこと。いい?」

「承知致しました」

「……返事だけは立派なんだから」

 

 外の世界に踏み出したあの日から、5年ほど経った。

 

 禁忌を破っても尚、ワタシは辛うじて生き永らえていた。崩れた肉体を母が錬金術で修復してくれたからだ。

 ホムンクルスの耐用年数は明確に判明していない。

 ただし、本来肉体維持の術式を刻んだフラスコの中でしか生きられない程度には脆弱な肉体だ。いつ壊れてもおかしくはなかった。

 

 その問題を解決したのは他でもない、母だ。

 国一番の錬金術師たる彼女は、ワタシの肉体が綻びる度に自前の錬金術で修復を試みていた。その度に肉体は肥大化し、刻まれる術式も増えていった。

 

「駄目だわ……どうしても自己補完の魔力よりも修復用の魔力が上回ってしまう。かと言ってこのまま肉体を大きくしても結果は同じ」

 

 母の悩みは、やはりワタシについてだった。

 

「いっそ肉体を魔力伝導の良い金属に置き換える? でも、それじゃあ……」

「何か問題でも?」

「……いいえ。これは私個人の問題──思想と信念に関わることよ」

 

 頬を撫でる母の手には指輪が嵌められていた。

 

「……貴方の体は、貴方の体だものね」

「? それは、どういう意味ですか?」

「普通の人間のように生きてほしいってことよ」

 

 嫁入り前の体だもの。

 そう言って母は、もう一方の手で丸みを帯びた自身の腹部を撫でる。

 

「おはよう、アマイモン。今日はね、貴方に紹介したい子が居るの」

 

 程なくして、ワタシは一人の赤子と対面した。

 

「モアよ。私達の──新しい家族」

 

 母が産んだ小さな命。

 この世の艱難辛苦など露ほども知らぬ穏やかな寝息は、今まさに抱かれている腕の中こそが安住の地と言わんばかりであった。

 

「今日からアマイモンがお姉さんよ」

「お姉さん?」

「ええ。先に生まれた姉妹のことを姉と呼ぶのよ。アマイモンモンはモアより先に生まれた。だから、アマイモンモンはモアの姉に当たるの。理解できた?」

 

 親子の定義とは違う、新たな家族の定義だった。

 

 姉妹。

 同じ生産者より生み出された存在。

 

「……ワタシは人造人間です」

「そうよ。それがどうかした?」

「同じ人間から生み出されたとして、人造人間と通常人間は姉妹という定義に当てはまるのでしょうか?」

 

 ワタシの質問に母は目を丸くした。

 そして、彼女はお腹を抱えて笑った。

 

 綽然とせず、再び問いを投げかける。

 

「おかしい質問だったでしょうか?」

「だって……通常人間って……! あー、おかしい……」

「同じ生産者だからと言って、道具は家族と扱いません」

 

 でなければ、今までに母が生み出した道具や料理も家族となってしまうだろう。

 

 純粋な疑問だった。

 定義を知りたかった。

 

 けれど、その問いを聞いた母は途端に神妙な顔つきとなる。

 

「……アマイモン、聞きなさい」

「はい?」

「人造人間だろうが貴方は私の家族よ」

 

 赤子を抱き抱える腕とは逆側の腕で、徐にワタシを抱き寄せた。

 か細い腕ながら、とても力強かったことを憶えている。

 

「貴方もモアも愛しい私の子供。そこに優劣なんてない。優劣なんて付けさせない」

「……人造人間(ホムンクルス)でもですか?」

「当然」

 

 断言だった。

 その時、ワタシは胸にじんわりと温かいものを覚えた。

 

「貴方は……私の娘なのよ」

 

 それが母の零した涙の熱であるかどうかまでは、まだその時のワタシには分からなかった。

 

「あ……あぁ~」

「いけません、モア。そちらに行っては」

「あぁ~う!」

 

 それからモアはすくすくと育っていた。

 

 父が誰かなど知らない。

 知る必要もないと考えていた。

 

「ありがとう、アマイモン。モアの面倒を看てくれて」

「どういたしまして。モア、お母さんの邪魔をしてはいけません」

「んぁ~!」

 

 子供が生まれてからも母の研究は続いていた。

 研究題材は変わらず賢者の石だった。

 

「駄目ね。どうしたって魔力が足らない。こうなったらいっそ貯蔵する方向で……いえ、それだと時間が……」

 

 ああでもないこうでもないと。

 観察結果を書き記した羊皮紙は、すでに書斎だけには収まり切っていなかった。書斎の床が抜け、真下の階が悲惨な光景になったことは一度や二度ではない。

 何度も資料の運搬に駆り出されたが、ワタシはその時に資料を斜め読みし、内容を頭に詰め込んだ。どうやら机上の空論でこそあるが、賢者の石の生成方法自体は見つけられたらしい。

 

 ただし生成には途方もない──それこそ何百年以上もの歳月を費やさなければならないとのことだ。それでは母のお眼鏡には適わなかった。

 

「おかあさんは何してるのー?」

「大事な研究です」

「だいじなけんきゅうってー?」

「賢者の石を生成する研究です」

「けんじゃのいしってなーにー?」

「賢者の石とは──」

 

 日に日に言葉を覚え、(モア)は好奇心を増す一方だった。

 生まれたばかりで知識のなかった自分も、当時はこのように見えていたのだろうか。時折、遠巻きに眺める母の目は微笑ましそうだった。

 

 それから家族三人、人間と人造人間という歪な家族関係は5年ほど続いた。

 そして、ある日のことだ。

 

 

 

──モアが、不治の病に倒れた。

 

 

 

「正気かお前!?」

「ええ、私は正気よ」

 

 

 

 余命いくばくもなく床に臥せるモアの隣の部屋で、母と知った顔の男が口論していた。

 

「ありえない……人体錬成は禁忌だぞ!? ましてや自分の子供を材料になんて!」

「それが何かしら? あれは私の子供。どう扱おうと私の勝手でしょう」

「ッ……狂ったか」

「ええ、狂うわ」

 

 母は頑なに見えた。

 

「もうお前には手を貸せん……このことは教会に告発する」

「好きになさい。それでも私はやるわよ」

「追放されるぞ! それどころか錬金術師の資格も奪われる! 表に顔を出せなくなるどころか、罪人として牢獄に囚われる! それでもいいのか!?」

「……覚悟の上よ」

「……いくら我が子を救う為とは言え」

 

 一頻り怒鳴った男は、義憤と落胆と。

 それと、一抹の憐れみの滲んだ瞳を母に向けていた。

 

「人造人間として生まれ変わったその子は……本当にお前の子供なのか?」

 

 ヒュッと。

 隙間風が聞こえた気はするが、窓は開いていなかった。

 

()()()()()()()()()()()はあるのか?」

 

 そう言って男は去った。

 

 母の行動は迅速だった。

 まず不治の病に倒れたモアを人造人間として生まれ変わらせた。ただし、意識はまだ覚醒させない。

 

 母は言う。

 『最後のパーツが足りない』、と。

 

「いくら人造人間だからと言って、このまま目覚めさせては病が進行してしまう。その為にも必要なのよ──賢者の石が」

 

 必要最低限の荷物だけ抱え、母はワタシ達を連れて家を出た。程なくしてやって来た国の追手も撒き、海を渡り、そうやって辿り着いたのは言葉も通じぬ島国。

 誰にも頼れない環境に根差し、母は賢者の石の研究を続けた。

 

 しかし、襲撃は執拗だった。

 国が大々的な懸賞金を掛けているのか、国の追手のみならず賞金稼ぎや罪人までもが母の命を狙った。

 

 何度か居場所を変えたが、ロクに研究も進まないからと母は地下に潜った。

 侵入者を蹴散らす仕掛けを張り巡らされた地下空間は、後に〈迷宮(ダンジョン)〉と呼ばれるまでに広大に、そして、深くなった。

 

 陽の光を見たのも遠い昔の記憶となっていた。

 

「ざまあみろ」

 

 随分と皺が増えた母が、床の上で言い放った。

 

「国の連中、今頃バッタバタと死んでいる頃だ。『錬金病』──考え無しに錬金術を使った愚者の末路に相応しい最期だよ」

 

 母の体は、あちこち変わり果てていた。

 髪は全て抜け落ち、全身の至るところに潰瘍して変色していた。酷いところは黒く変色し、体液が滲んでいた。

 

「結局……間に合わなかった。──ごほっ!」

「お母さん!」

「はぁ……はぁ……アマイモン。近くに……」

 

 吐血に口の周りを濡らす母。

 この姿を見るのも慣れたものだ。血反吐を吐く度、ワタシの中には言い知れぬ騒めきが押し寄せ、全身が粟立った。

 

 直感した。

 時が来た、と。

 

「最善は間に合わなかった……けど、次善は備えているわ」

「次善……?」

「これは……貴方にしか頼めない」

 

 差し伸べられた掌を掴む。が、あの日の温もりは疾うに失われていた。

 

「アマイモンには私の全てを教えたつもりよ。貴方にだったら……モアを託せる」

 

 死人同然の母は、ほとんど物も見えぬようになったという瞳の焦点を、必死にワタシに合わせようとしていた。

 

「ワタシは……何をすれば」

「最後の命令よ」

「お母さん?」

「この子を守って頂戴」

 

 最後の、という意味がよく分からなかった。

 何度も聞いたことのある言葉のはずなのに。

 

「この子が目を覚ますまで……けほっ、げほっ!」

「お母さんっ」

「貴方の命が……尽きるまで。賢者の石の起動に必要な魔力が充填されるまで、それは途方もない時間が必要だわ。あの子に寄り添ってあげられるのは貴方しか居ないの……」

 

 悔恨の面持ちで紡ぐ母は、目尻から煌めきを零した。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい。貴方を遺してしまうだなんて……私が独りよがりだったせいで……アマイモンを独りぼっちにさせてしまう」

 

 次第に掌を握る力が弱まる。

 胸の上下も浅くなり、瞳孔も開きつつあった。

 

()()()()──恥じ入るばかりだわ」

「お母さんっ!」

「……ふふっ。アマイモンがそんなに声を荒げるなんて……」

 

 それでも母は瞼を閉じ、満足そうに微笑んだ。

 

 

 

「私の研究は完成しなかった……無意味に終わったかもしれない。けれど、無価値なんかじゃない。こんなにも……こんなにも愛おしい……子供に恵まれたんだか、ら……」

 

 

 

 年老いた母は、その言葉を最後にワタシ達の前から消えた。

 

 

 

──一年経った。

 

 母の肉はすっかり腐り落ち、寝具に染み込んでいた。

 

 モアは、まだ目を覚まさない。

 

 

 

──十年経った。

 

 それまで定期的に訪れていた追手も来なくなった。

 

 モアは、まだ目を覚まさない。

 

 

 

──百年経った。

 

 時折、探索者や盗賊といった類の人間が来るようになった。

 

 モアは、まだ目を覚まさない。

 

 

 

──数百年経った。

 

 朽ちる母の遺骨を修復した回数も、とっくに数えなくなっていた。

 ある時、ふと思い立って遺骨に肉付けしたことがある。容姿はあの頃の母とそっくりそのままの姿だ。

 

 けれど、母はぴくりとも動かなかった。

 大切な“ナニカ”が欠けているのだと気づいた頃には、母の人形はすっかり腐り落ちていた。

 

 モアは、まだ目を覚まさない。

 

「ワタシは、何をしているのでしょう」

 

 そしてある時、ワタシの何かで“ナニカ”が欠けた。

 ワタシをワタシたらしめる大切な部品とでも言おうか。永い時間は朽ちぬワタシの肉体を侵していた。

 

 壊れては直し、壊れては直しを繰り返す度、ワタシの中の大切な“ナニカ”は擦り減っていしまっていたのだ。

 

──擦り切れたのは記憶か、心か。

 

 遂には、守るべき家族の名前すらも忘れた。

 

 そこに残されたのは、漠然と憶えている命令を遂行するだけ人形だった。

 何かを守りたいのに、何を守ればいいのか分からない。

 ポッカリと穿たれた胸の孔を生めるモノを、ワタシはひたすらに欲していた。

 

 そんなある日の出来事だ。

 

 

 

「──とても強い〈強欲〉の波動を感じたかと思えば……人造人間(ホムンクルス)とは珍しいデスね♡」

 

 

 

 遠い記憶を掘り返せば、眼前の相手が道化師(ピエロ)と呼ばれる類いの存在であると理解できた。

 

 一方で、人間であるとは到底思えなかった。

 

「おっと♢ 申し遅れたデス♤ アタシは四騎死(メメントモリ)が一、〈殉死のアルブス〉。貴方という主の王冠(クラウン)です♧」

「クラ……ウン……?」

「貴方さえよろしければ、その欲望を叶える手助けができるのデスが」

 

 

 

──どうデス?

 

 

 

 ワタシが欲しかったのは(こたえ)だった。

 

 手に入した〈罪〉の力で奪い始めた理由はそれだ。

 ワタシにとっての世界(フラスコ)である迷宮は、加速度的に広がりを増した。方法は至極単純。魔力伝導率のいい金を迷宮全体に張り巡らせて迷宮の拡充を図る、それだけだ。

 結果、いつしか迷宮は〈金字塔〉と呼ばれるようになり、欲深い多くの人間がやってきた。

 

 多種多様な人種が、夢や野望を追い求めて迷宮に押し寄せる。

 まるで、あの頃の焼き直しだった。

 

 故にワタシのやることは変わらない。

 迎え撃たれた人間は迷宮の糧となる。時には、魔力を多く保有する人間も訪れたことから、迷宮内に満ちる魔力も徐々に増していった。

 

 ある時、家はもぬけの殻となっていた。

 

 充填された魔力が臨界点に達し、賢者の石──彼女は起動したのだろう。

 けれど、最早ワタシに正常な判断はできなくなっていた。

 

 居なくなった存在が唯一遺された答えであることも理解できず、空虚な機械人形として迷宮を拡げ続けた。

 

 ひたすらに命を貪り、ひたすらに金を生む。

 その行動に何の価値があるのかさえ理解できぬままに。

 

 

 

 ワタシは──怪物となっていた。

 

 

 

「アイベル、今だ!」

「言われなくてもやってるっての!」

「ヴァザリィ! 援護を!」

「任された!」

 

 

 

 故に怪物は、勇者に討たれた。

 

「ごめんなさい」

 

 ワタシの胸に剣を突き立てた少女がこう告げた。

 

「──姉さん」

 

 母の面影を宿した彼女を見た時、ワタシは全てを思い出した。

 

「お母さん……モアが、起きました……」

 

 久方ぶりの帰宅は、文字通り命懸けだ。

 外からの侵入者を妨げるよう術式が張らされた我が家は、自分の足を運ぶ以外、訪れる方法はない。死に体の体で辿り着くには少々どころではなく骨が折れた。

 

「あの子は、強かった、です……それに、仲間も、居ました」

 

 ワタシが遂に得られなかったモノまで、あの子は手に入れていた。

 

──あの子はもう独りぼっちじゃない。

 

「……ない」

 

 このまま終わってもいいと思考した。

 が、しかし。

 

「死にたく……ない」

 

 何百年も掛けて孤独に穿たれてようやく。

 ワタシには、“心”があるのだと理解した。

 

 

 

「ひとりぼっちで……死にたくない……!」

 

 

 

 その時、ワタシには二つの心があった。

 

 一つは、他者の体を奪ってでも生き延びたいという心。

 一つは、他者に命を与えて生まれ変わりたいという心。

 

 奇しくも、あの道化師に与えられた力が、ワタシの最期の願いを叶えた。

 器はいくらでもあった。

 

 奪った前者は『アイ』に。

 与えた後者は『マイン』に。

 

 

 

 そうやって──ワタシ達は生まれた。

 

 

 




Tips:クロウリーの手記②

 彼女は狂ってしまった。

 自らが産んだ子供が二人も死んだのだ。無理もない話だ。

 だが、国から託された錬金病の治療法よりも子供の蘇生を優先するなんて……。

 人造人間の作製も彼女だからこそ許された特例だ。

 それを理解しながらも禁術に手を染めるなど、国も教会も黙ってはいない。

 人体に霊魂を注ぎ込む製法は、人造人間の製法でも禁忌中の禁忌。

 たしかに、仮に成功すれば、病に侵されていない肉体に生まれ変わる画期的な方法ではあるが……あれには必要な魔力も、組み込む術式も膨大過ぎる。

 けれど、彼女であればあるいは……──。
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