嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百四十六話:願いは強欲の始まり

 

 

 

「起きろ」

 

 

 

 端的な命令に目が開かれた。

 まず目にするは眼下の広大な自然。頬を撫でる風は力強く、己が大地と隔絶した場所を()()()()()ことに彼女は気付くまでに、そう時間は掛からなかった。

 

「ボクは──」

「〈強欲〉。壊れかけの貴様を直し、再起の機会を与えてやったのはどこの誰だ?」

「ルキフグス……様」

 

 影を人の形に押し固めた異形が、目の前に立っている。

 

「もうすぐ聖都だ。貴様の仕事はそれからだ」

「ボクの仕事って……?」

「駆逐しろ。蹂躙しろ。殲滅しろ」

 

 目覚めたばかりで朦朧とする少女には理解し難い内容。

 しかし、構わずルキフグスは続ける。

 

「破壊という破壊を塵共にもたらし、阿鼻叫喚の地獄絵図を描いてみせろ。さもなければ、貴様の命に価値はない」

 

 ピクリと。

 何かが琴線に触れたのか、少女の瞳がみるみるうちに収縮を開始する。

 

「価値……!」

「そうだ。何も為さなければ何も与えられない。何も与えられなければ、そいつは何も持っていないに等しい」

 

 悪魔の語りは流暢だった。

 まるで何度も繰り返したことがあるかのように。

 

「解るか? つまり無価値だ。無価値なら当然、愛される価値もない」

「愛される……ボクには、愛される価値がある!」

「なら、何をすればいいか解るか?」

 

 チラつかせて、誑かす。

 

「何も為していないなら、奪うしかない」

「奪う」

「奪えば、それは貴様のモノだ。貴様が持っているモノは、そっくりそのまま貴様の価値となる」

 

 それが悪魔のやり口だ。

 

 そして誑かされた人間は、自ら道を誤って突き進む。

 

「ボクの……価値!」

「聖都の全てを奪い尽くせ。さすれば、貴様は大事を成して、自らの価値を大いに高められるだろう」

 

 そろそろ眼下に街並みが見えてきた。

 しかし、このまま突撃したところで彼らは聖都に一歩たりとも踏み入ることはできない。聖都のような教団の根城には、まんまと悪魔が踏み入れぬよう退魔の〈聖域〉が張られているのが常。

 

 仮にこのまま侵入すれば、神聖な力によってルキフグスの身は焼かれるだろう。

 死にはしないだろうが、聖堂騎士団の本拠地で手傷を負った状態で開戦する羽目になる。

 

 それでも負ける確率の方が少ないだろうが──わざわざ己の価値を損なう手段を取るルキフグスではなかった。

 

「その為にも、玩具を用意してやった」

 

 ルキフグス達に吹き付ける風向きが変わった。

 彼らの乗る黒いグリフォンが急降下を始めたのだ。向かう先は、一見すると何の変哲もない山陰であった。

 

光あれ(フィアト・ルクス)──〈影送り(クォ・ヴァディス)〉」

 

 影が、歪む。

 歪む。歪む。

 歪む。歪む。歪む。

 

 そして遂に──山の()から、()()は現れた。

 

「……〈大疑(ネビロス)〉自身はどうであれ、奴の研究成果自体は大いに価値があった」

 

 地鳴りが辺り一帯に響いた。

 地震と見紛う激しい震動に、木々からは一斉に鳥たちが飛び立った。

 

 が、鳥たちと影より現れ出でた()()の目線の高さはほとんど一緒だ。むしろ後から鳥の目線が合ったと言う方が正しい。

 

「さあ、()()

「……()()に?」

「貴様が成ることで、()()の価値は貴様自身のモノとなる」

「!」

 

 そう言われては、少女も止まらなかった。

 止まれなかった。

 

 山の如き巨体を誇る物体を前に、掌を押し当てた少女が、まるで取り込まれるように一体化を始めた。

 

「……かつてこの世を滅ぼす寸前まで追いやった神代の巨人、巨神兵(ネフィリム)

 

 魔力という血が、巨体に通う。

 

()()()()()()()()()()()()()()。それを以てすれば、来たるべき聖夜までに量産しておくのは容易い」

 

 地鳴りが響く。

 それは鼓動だった。

 

「だからこそ示威が必要だ」

 

 収まらぬ震動。

 深い森に広大な影が落ちる。巨体の起床に際し、根っこ諸共持ち上げられた木々は落下し、傍に聳えていた山肌も土砂崩れが起きた。

 

 ただし、立ち上がった巨神はそんな些事など厭わない。

 

 

 

「さあ、見せつけてやれ。〈強欲〉の巨神兵(ネフィリム)よ」

 

 

 

──全ての命を、奪い尽くせ。

 

 

 

 悪魔に産み落とされた破壊神が、再び地表に降り立った瞬間だ。

 

 

 

 絶望が聖都を訪れるまで、あと少し。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……お母さん」

 

 改めてマインが呼びかける。

 あの様子を見る限り、きっと記憶を思い出したことだろう。

 

 だが、きっと全てではない。何故なら、全てを思い出すには流れてしまった時間が余りにも長い、長過ぎた。

 

 そして、きっと数え切れないくらい多くもあっただろう。

 

 楽しい記憶も、辛い記憶もひっくるめて。

 家族との思い出なんて大概がそうだ。

 

「……どうしてワタシは忘れてしまっていたのでしょう」

 

 自問自答するマインが目を伏せる。

 その表情は、まさしく悔悟の極みと言うべきであった。いつの間にか伏せていた顔は、合わせる顔がない心情の表れだろう。

 

「愛されていたはずなのに。愛してもらっていたはずなのに」

「マイン……」

「どうしてそのことを……ワタシは……」

 

 永遠の眠りについている母の下に、マインが歩み寄る。

 ただ、何と声を掛ければいいのか言葉が見つからなかったのだろう。彼女は寝台の一歩手前で立ち止まってしまう。

 

「『ただいま』だ」

「ライアー?」

「自分ん家に帰った時は、皆そう言うんだ」

 

 前に進めないマインの背中を軽く押す。

 反射的に振り返る彼女の双眸──玻璃の眼には、俺以外にも佇む仲間の姿が映っていた。

 

 でも、俺達は“邪魔者”でしかない。

 その言葉は、マインにこそ言う資格がある。

 

「た……ただいま?」

「ああ。もう一回言ってあげな」

「ただいま」

「……今まで帰って来れなかった分も」

「ただいま……ただいま」

 

 壊れた機械のように帰宅の挨拶が繰り返される。

 けれど、彼女は壊れてなんかいない。その証拠に、彼女の目尻からは一粒の雫が浮かび、乾いた寝具に落ちていった。

 

「ただいま……ただいま……っ!」

「……やっと帰ってきてあげられたな」

「はいっ……!」

 

 物言わぬ母の亡骸に寄りかかる娘を前には、さしもの俺の軽薄な口も無駄口は叩かない。無粋は嫌いなんだ。

 

「えっぐ……えっぐ……!」

「うぅ……ゔふぅっ!」

「おぉおぉおおんおんおん……」

 

 ……後ろが喧しいけどなっ!

 

 見ろ!

 メンバー全員、家族が訳アリな連中で固めた結果だ!

 情緒に特攻入っちゃったろうが!

 

「……皆さん、ありがとうございます」

「ぐすん……どうしたのマイン? 急に改まって」

「皆さんのおかげで、ワタシは自分が何者か……それを思い出すことができました」

 

 泣きつくことを止め、自らの足で立ち上がったマインが語り始める。

 

「ワタシはアマイモン・ホーエンハイム。錬金術師パラケルスス・ホーエンハイムより〈強欲〉の悪魔の名を戴いた人造人間(ホムンクルス)──その記憶を引き継いだ一個体です」

 

 ()()()()()()()()()()()

 まるで本人ではないかのような口振りに、俺達全員訝しんでしまう。

 

 だが、彼女はこう続けた。

 

「アマイモンは悠久の時を生き抜くべく、何度も自らの新たな器を造り、記憶を移し替え続けました」

「あれ? じゃあアイは……?」

「彼女もまた本物(アマイモン)の記憶を引き継いだ一個体に過ぎません。ワタシも彼女も、言うなればただのコピー……模造品です」

 

 ……なんだかテセウスの船みたいだ。

 全部のパーツが取り換えられた船は、最初の船と同一なのか。そういう話だ。

 

 今のマインはアマイモンとしての記憶は持っている。でも最初の器から肉体を移し替えた時点で、彼女はアマイモンとは()()だ。記憶を引き継いだだけで本人と言い張れるなら、データを保存したメモリースティックと、そのデータをコピーしたメモリースティックは一緒か? って話にもなる。

 

 これは極端な例えかもしれないが、マインが言いたいのは大体そういうことだろう。

 

「で、でも記憶はあるんでしょ!? じゃあ!」

「記憶の引継ぎは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と違って、ワタシに魂を導き入れる術はありませんでした……つまり、ここに居るワタシはアマイモンとは全く別物の魂を宿した存在ということになります」

 

 あの子──モアのことだろう。

 パラケルスス・ホーエンハイムの娘が、人造人間として生まれ変わった存在。本編でも触れられていた内容だと、たしかにモアは通常の人造人間とは違う製法で誕生していた。

 

 人間の体内に魂を導き入れる。

 錬金術界隈でも禁忌とされる製法で誕生したが故、人造人間でありながら元の魂を保有しているという稀有な存在──それがモアというキャラクターであった。

 

 けれど、マインは違う。

 別に生み出された肉体に、ただただ記憶(データ)を移し替えただけの人造人間。

 

 模造品。

 なるほど、言い得て妙だ。

 

 問題は、マインがそれをどう受け取るかだが──。

 

 

 

「ですが──ワタシは、それを嬉しく思います」

 

 

 

 ……杞憂だったみたいだ。

 

「ワタシはマイン。家族を探すついでに魔王討伐を志す冒険者の仲間、マインです」

 

 ()()()()()()

 大きく見開かれる玻璃の瞳は輝いていて、僅かな光を辺りにキラキラと撒き散らしている。まるで自分の所在を周囲に知らしめんとするようだった。

 

「迷う必要は、もうありません。ワタシがワタシ以外の何者でないと分かった以上、ワタシは自分の為すべきと考えたことを為します」

 

 そして、彼女は近くに斃れる本物のアイ──自分を生み出した人造人間を見遣った。

 

「その為にも──」

 

 うん?

 アイの亡骸を抱き抱えてどないしたん?

 

「……墓でも作ってやるか?」

「その必要はありません」

「あり?」

 

 てっきり弔うかつもりかと思いきや違ったらしい。

 

「弔いはもう十分済みました」

「じゃあ、一体何を──ぉおおおおお!?」

 

 デデンッ! ここで問題!

 俺達の目の前で一体何が起こったでしょうか?

 

 その一、マインがアイを錬金術で分解し始めた。

 その二、マインがアイを取り込んで一つとなった。

 その三、マインが究極完全体マインに進化した。

 

 さあ、どれだ!?

 正解は──。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日、アヴァリー教国が聖都コルディアは晴天だった。

 雲一つない空には、住民達の和気藹々とした笑い声や商売人の呼び込み、さらには荒々しい喧騒の声が響き渡っている。

 

 いつもの風景、いつものやり取り。

 誰一人として明日も今日と同じ日々を過ごせると信じて疑っていなかった。

 

「ねー、おっかぁ」

「なんだい? おやつならさっき食べたたでしょ」

 

 平屋が建ち並ぶ居住区。

 その庭先で物干し竿に洗濯物を掛けていた母親が、ちょうど向かい合う形で縁側に座っていた子供から声を掛けられる。

 いつも通りなら、またおやつを食べたいと我儘を言い出す頃合いだが、どうにも様子がおかしい。

 

「あれ、急に天気が……」

 

 幼い瞳の視線を辿ろうとした、まさにその時だった。

 突然、庭全体に影が落ちた。今日は雲一つない絶好の洗濯日和だったというのに──母親の心にも思わず暗くなった。

 

「はぁ、山の方かい。まったく……雲で、も……」

 

 山の方に振り返りる。

 しかし、そこに雲はなかった。変わらず晴天。澄み渡る青空がどこまでも続いていた。

 

 けれど、そんな青空に落ちる人影が一つ分。

 

 空に小さな影がポツリ、という次元ではない。

 遠いが故に輪郭は朧気であったが、その輪郭が人の形をしているとハッキリ認識できた。認識()()()()()()()

 

 この異常が理解できるだろうか?

 

 脳が理解を拒む間、今度は音がやって来た。

 

──ズシーン……。

 

 最初は耳を済ませなければ聞こえなかったそれは。

 時が立つにつれて、はっきりと。

 そして、間隔を短くしながら母親の──否、すでに聖都の住人全員の耳朶を打っていた。

 

「あ……あ……」

「あー!」

 

 言葉を失い立ち尽くす母親の後ろで、無邪気に幼子が声を上げた。

 

 

 

「ダイダラボッチだぁー!」

 

 

 

 人影は、確かに此処を目指していた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ワタシの為すべきことは三つ」

 

 

 

 アイの亡骸とマインの肉体の境界が溶け合い始める。

 

 

 

「一つ。皆さんの使命に手を貸すこと」

 

 

 

 そして、フラスコの中でしか暮らせない小人は、普通の少女の体格を取り戻した。

 

 

 

「二つ。聖都で苦しむ人々を救うこと」

 

 

 

 だが、それは序章に過ぎなかった。

 

 

 

「三つ。……()()()()が見守ってきた家族が生きる世界を守ること」

 

 

 

 融合は床へ、壁へ、建物へ──いや、それだけではない。

 広がる魔力の光は際限なく広がり、家の外へと飛び出していった。

 

 

 

「その全てを為す為にも」

 

 

 

 金剛の輝きを放つ瞳の奥に、今度は黄金が宿った。

 続けて少女の胸元は青白く発光し始めたかと思った次の瞬間、マインの全身に魔力紋が奔る。

 

 

 

 あるいは罪紋(シギル)というべきか──。

 

 

 

「告解開始」

 

 

 

 そこに居たのは壊れた操り人形ではない。

 

 

 

「ワタシの〈(シン)〉は〈強欲(ごうよく)〉」

 

 

 

 ましてや、無理やり動かされる死体などでもない。

 

 

 

「ワタシは──」

 

 

 

 居たのは人間。

 ただの人間だ。

 

 生まれ方の問題ではない。

 これは、在り方の問題だ。

 

 

 

 だからこそ、彼女は自身をこう定義した。

 

 

 

「──〈強欲(ごうよく)のマイン〉です」

 

 

 

 強く欲すは積年の思い。

 

 

 

 彼女自身と、その願い。

 

 

 

 




Tips:金字塔
 アヴァリー教国領に存在する迷宮の一つ。
 かなり古くより存在を確認されており、長い歴史の中で、数多者探索者が迷宮踏破を試みては失敗を繰り返した。

 その実態は稀代の天才錬金術師、あるいは大罪人と称されるパラケルスス・ホーエンハイムが造り上げた〈聖域(フラスコ)〉。〈聖域〉内でしか生きられない人造人間として生まれ変わる不治の病に掛かった『娘』の為、ありとあらゆる防衛術式を組み込んだ鉄壁の砦でもあり、迷宮の中枢である最深部には転移を阻害する魔術式も組み込まれている。

 この迷宮最大の目的は、『娘』が人造人間として生まれ変わるに必要な魔力を充填すること。

 いわば、ここは『娘』が再誕する母の胎。
 だが、『娘』はもう旅立った。

 目的を達し、最早意義を失ったこの迷宮。
 だが、残されたものは決して無意味ではない。

 莫大な量の黄金と、かつて授けられた知識。
 それらは『娘』を守り続けた『姉』に等しい彼女の力とならん。

 注がれた愛に比例するかの如く、大きく、大きく……。
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