嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百四十七話:起動は戦士の始まり

 

 

 

(ゴミ)のようだな」

 

 

 

 巨神兵(ネフィリム)を見るや、逃げ惑う人々を遠目に見たルキフグスのぼやきだ。

 

「醜い。やはり間引くのが正解だ」

 

 巨大な乗り物の上から風景を見下ろす。

 それだけ聞けば遊覧かなにかと思われるが、実態はそのように生易しいものではない。

 

 地鳴りを轟かせながら闊歩するネフィリム。

 屍肉を継ぎ接ぎにして生まれた単眼の巨神は、一見すると緩やかな歩みとは裏腹の速度で聖都へと迫っていた。

 

 ただの一歩が、人や馬の全力で駆け抜ける距離を上回るのだ。

 それがどれほど恐ろしいことか。

 

「ルキフグス様」

「バエル。首尾は?」

「滞りなく。すでに聖都一帯に部隊を配置しております」

 

 ルキフグスの影より悪魔の上半身だけが現れる。

 背中から無数の腕を生やす多腕の悪魔・バエル。彼は眼下に広がる聖都を一瞥してからそう告げた。

 

「ならいい。逃げ出した人間を狩り尽くせ」

「は!」

 

 命令を受けたバエルが再び影に沈む。

 

「……ドゥウスの轍は踏まん」

 

 部下が去ってからの呟きだった。

 

 ディア教国旧聖都ドゥウスにおいて、魔王軍は二つの失敗を犯した。

 

 一つ目は、〈灰かぶり(シンデレラ)〉団長〈怠惰のベルゴ〉を殺せなかったこと。

 二つ目は、聖女アグネスの手によって確保対象を取り逃がしてしまったこと。

 

 後者もそうだが、前者に至ってはつい最近、数少ない地上の拠点であったドゥウス陥落という竹箆返しを食らった。

 

「今度は人っ子一人逃がさん──」

 

 

 

「ピュィイイッ!?」

 

 

 

 突如、ネフィリムの頭上を旋回していたグリフォンが悲鳴を上げて墜落した。

 

「……来たか」

 

 舞い散る黒い羽根はグリフォンのものか、はたまた。

 

「──覚悟」

「貴様がな」

 

 刹那、ルキフグスの眼前で火花が散った。

 眩い光に大悪魔の双眸は細くなる。その一瞬を衝くように、今度は爆発染みた衝撃がルキフグスの体を吹っ飛ばす。

 

 青空を奔る一文字。

 ルキフグスは高所に弾き出されていた。しかしながら、それで死ぬようなら〈六魔柱(シックス)〉は務まっていない。

 

 バサァ! と黒い翼が広がる。

 

「……〈鬼の涙(ラクリマ・ラルウァ)〉」

「告解」

「団長──レイム」

 

 面識はない。

 ただ知っていた。互いを始末しなければならない相手だと。

 

 しかし、レイムの意識は宙に放り出されたルキフグスではなく、足元の巨体──ネフィリムの方に向いていた。

 

「ふん!」

 

 鞘から引き抜かれた刃の残光がチラチラと光った。

 次の瞬間、ネフィリムの巨体より血の花が咲いた。彼岸花のように細く、曲線を描く花びらが幾弁も。それは肩から胸、腰、そして足の爪先に至るまでに何輪も咲き誇った。

 

『オオオオオッ……!』

「……厄介!」

 

 ネフィリムの悲鳴染みた咆哮の狭間で、烏面の奥から苦々しい声が漏れる。噴き上がった血飛沫は未だに落ちてくる最中であった。

 つまり、それほど巨体。

 如何に刃を深く突き立てて切り刻んだとしても、相手からしてみれば浅く肉を斬られたに過ぎない。

 

「〈驕慢(きょうまん)〉……如何に……」

 

 魔王軍が用いた山の如き巨躯を有する巨人──ネフィリムの話は、遠い島国であるアヴァリー教国、延いてはレイムの耳にも届くところだった。

 対峙したのは〈驕慢のヴィネ〉。七大教国が一、スペルビ教国が擁する聖堂騎士団〈獅子の心臓(コル・レオニス)〉団長が、たった一人で相手取ったのである。

 

 しかしながら、()()は外れ値だ。

 『人類の最前線』であり『人類の最終防衛線』とも称される最強の騎士を比較対象に挙げては、大抵の相手など脅威ではなくなってしまう。

 

「されど」

 

 泣き言は言っている猶予はない。

 ネフィリムが一歩進むだけでも周辺への被害は甚大だ。すでに地図を描き換えねばならぬほど、辺りの光景は激変していた。

 

 これが聖都に辿り着いてみろ。一時間と経たずして聖都は壊滅的な被害を受けるだろう。

 なんとしてでもネフィリムの到着を阻止せねば、アヴァリー教国の未来はない。

 

「……告解!」

 

 その為にも、まずは脚を奪う。

 

「我が〈(シン)〉……〈無欲(むよく)〉」

 

 レイムの被る烏面より罪紋(シギル)が奔る。

 そして、背中からは太陽の光を覆い隠すかの如き黒い巨翼が広がった。

 

「我……〈無欲(むよく)のレイム〉」

 

 刹那、彼は黒い風となった。

 黒風白雨(こくふうはくう)──一陣の黒い風が舞い上がれば、遅れて砂塵が巻き上がった。だがしかし、降りし雨は赤色だった。

 

『オオオォ──!』

 

 俄かにネフィリムの体勢が崩れた。

 不動を思わせる巨体が膝を突いたのだ。衝撃は周辺一帯を襲い、遠くでは山が地滑りしている光景が、上空で刀の血を払う鳥人の目には窺えた。

 

「ムッ……?」

 

 罪化による魔人化。

 それに伴い天空を自在に飛ぶ鳥の目を我が物としたレイムは、飛躍的に向上した視力で異様な光景を目の当たりにした。

 

 異常は、たった今斬り飛ばした足を中心に起こっていた。

 

「再生……!」

 

 何度も斬り付けて骨ごと断った巨人の足、その断面が不気味に蠢いていた。

 直後、大地を踏み締める足を失った死肉の断面より、無数の肉芽が飛び出す。グロテスクに腐血を撒き散らしながら膨れ上がる肉芽は、とうとう周りの在った地面や樹木を取り込み、みるみるうちに足の形を成していった。

 

「……拙し!」

 

 レイムの中で眼前の巨神の脅威度が、数段跳ね上がった瞬間だった。

 スペルビ教国からもたされた情報では、彼の巨人も抉られた部位は再生しなかったとされている。

 

 だが、あれは再生などという生易しい次元ではない。

 

(再生……否! ()()!)

 

 すなわち、破壊と回復の両立。

 あれが街と民を襲えばどうなるかなど……想像したくもないことは言うまでもない。

 

「『どうやって倒そうか』──そう考えているな?」

「!」

 

 巡るレイムの思考に割り込む声。

 次の瞬間、視界にも割り込んできた影を捕捉した瞬間、大地が目の前に迫った。

 

 ()()()()()()。何者かの手によって。

 

「ぐ……!?」

「正解を教えてやろう。『無駄』だ」

 

 今度は世界が横に跳んだ。

 レイムがルキフグスに弾き飛ばされたのである。豊かな森も厳かな山も、今の彼の視界には横に引き延ばされた絵具にしか見えていない。

 ただし、レイムも即座に体勢を立て直す。

 黒い巨翼を広げて風を受け、速度を落とす。それでも止まらなければ、鋭い爪の生えた脚を三本地面に突き立てる。

 

「チィ!」

「この国を堕とすにあたって……一番の障害となり得るは〈無欲〉、貴様だ」

「!」

 

 爪が剥がれる勢いで爪痕を刻むレイムの目の前に、黒よりも暗い大悪魔が降り立った。

 

()()()()()()()だ。ならば、一番先に排除するのは道理だろう?」

「……させぬ!」

「それをさせないと言っている」

 

 レイムが体勢を立て直す間にも、ルキフグスの準備は済んでいた。

 

──黒が光っている。

 

 最も光から程遠い色が煌々と輝き、鼓膜を不快に震わせる重低音を響かせている。離れていても理解できる超高密度の魔力。自然界に遍在する魔素であれば自然と引き寄せられてしまうほどの魔力の存在に風の流れが。

 

()()()不自然に歪み始めた。

 

(不味い──!)

 

 回避。

 取るべき選択肢を取ろうとした瞬間、彼の進路に壁が立ち塞がった。

 

(巨神!)

「もう間に合わんぞ」

 

 山の如き巨躯を持つネフィリムだ。

 掌一つとっても小高い丘よりも高く、そして高かった。

 

 レイムが退路を切り開こうと刀を構えるも、ルキフグスは一瞬早く抱えていた破滅の光を解き放った。

 

 

 

「──〈地獄の門(ゲヘナ)〉」

 

 

 

 広がる闇は暗く、深く。

 死を予感させる最上級闇魔法を目撃したレイムは、咄嗟に守りの薄かった頭上に向かって跳躍した。

 

「!」

詰み(チェックメイト)だ」

 

 しかし、彼はルキフグスの既定路線の上を走っているだけだった。

 

(手! それも……無数!)

 

 両手だけ。

 そう思い込んでいた人間を嘲笑うかのように空を覆い尽くす()()()。一つ一つが龍の如く長く、太く、そして大きかった。

 

 そして、百の腕は動き出した。

 空に逃げ出したただ一羽の烏を追い求めて。

 

(拙し……!)

 

 レイムの脳裏に過るは先の光景。

 取り込まれた地面や樹木が、巨神の肉体の一部と化す一部始終。

 

(捕まれば)

 

 翼を羽搏かせ、指を斬り飛ばし。

 一分逃げ切れるけでも奇跡に等しい状況の中、何とか奮闘していたレイムの上下左右──四方八方を、巨大な掌が埋め尽くした。

 

 

 

(死──!)

 

 

 

「終わったな」

 

 ネフィリムが掌を離した時、すでにレイムの姿はそこになかった。

 吸収されたか、肉片も残らぬほどに磨り潰されたか。どちらにせよ障害を排除した事実に変わりはない。

 

「これで聖都を落とす準備は済んだ」

 

 目下最大の障害を排除したのだ。

 地上勢力の戦力を削いだという点だけでも、すでにこの作戦は大事を成したと言える。

 

 だが──。

 

「本番は、これからだ」

 

 巨神兵はこんなものではない。

 かつて地上全土を恐怖に陥れた破壊の化身が、その程度の戦果で終わって良いはずがない。

 

「今回はあくまでデモンストレーション。だが、やれるところまではとことんやる……いいな?」

 

 ルキフグスが空へ視線を向ける。

 すると、ネフィリムは理解したかのように再び進行を開始した。再生した足も問題なく大地を踏み付けては、巨大なクレーターを次々に作り始めていた。

 

 

 

「〈強欲〉のネフィリムよ。貴様が、復活の日の嚆矢となれ」

 

 

 

 巨神は往く。全てを踏み潰して。

 強欲に往く。全てを飲み込んで。

 

 

 

 猶予は、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 場所は変わって〈金字塔〉周辺。

 

「おい! 怪我人はここだ!」

「中の連中と急に連絡が取れなくなった!」

「迷宮が崩落したって話は本当か!?」

「副団長は!? 増援は待機って……!?」

「その副団長と連絡が取れないんだよ!」

 

 本来ならば冒険者と商人で賑わっていた市場は、今や混迷を極めていた。次々に迷宮から運び出される負傷者の対応に、〈鬼の涙(ラクリマ・ラルウァ)神癒隊(メディック)の騎士も天手古舞だ。

 

 さらに混沌に拍車を掛ける要因がもう一つ。

 

「逆に聖都からヤベェ報告が来てる! 山みてぇな巨人が聖都に向かってるって!」

「巨人だぁ!? おいおい、こいつぁ……!」

「副団長の予感通りってわけかい……!」

 

 話し合う騎士の中には、つい先程迷宮より一足早く巻物(スクロール)で脱出した騎士の姿があった。彼こそがタマモの伝言を地上に、そして聖都へ届けるよう預かってきた男に他ならない。

 

「こっちは囮だったんだ……本命は聖都! まんまと誘い出されたんだ!」

「チクショウ! なら、一刻も早く聖都に……!」

「馬鹿言え! 今から向かってどれだけ掛かると思ってる!? 早馬トバしても丸一日だ!」

「じゃあ指を咥えて見てろってか!?」

「そいつはッ……!」

 

 騎士の間でも意見が衝突する。

 

 片や、迷宮で出た負傷者や行方不明者の対応に留まるべきだと。

 片や、すぐさま動ける人員を聖都に向かわせるべきだと。

 

 現在、迷宮は原因不明の地震によって内部が崩壊。一部未帰還の冒険者や騎士がチラホラ居る状況だ。彼らを見捨てて聖都へ発つなど騎士の名折れに他ならない。

 だからといって聖都を侵攻する巨人も無視できない。多くの騎士や冒険者が迷宮に割かれた今、聖都の防衛戦力は普段より明らかに減少している。

 

 さらに言えば、今から向かったところで到着までにはかなりの時間を要する。

 到着した頃には聖都は更地となっており、迷宮に置いてきた者達も死んでいた──それでは目も当てられない。

 

(どっちだ……どっちを選べばいい!?)

 

 選択を誤れば全てを失う。

 仮に正しい選択を選べたとしても、犠牲が出ない保証は一切ない。

 

(何が正しいんだ──ッ!)

 

「お、おい……なんだこの揺れ?」

「見ろ、〈金字塔〉だ! 迷宮が……!?」

 

(迷宮が? なんだ?)

 

 狼狽する人々の視線の全てが迷宮──〈金字塔〉を向いていた。

 彼らは己の目を疑った。

 次に、これが夢でないかと頬を抓った。しかし、急激に熱くなる頬が眼前の光景が夢でも幻覚でもないと、自身の体に知らしめてくる。

 

 

 

「め、迷宮が……()()()()()()()()!?」

 

 

 

 んなアホな、と。

 誰もがそう思った。誰もがそう口にした。

 

 けれど、事実は小説よりも想像以上に奇であった。

 

「きょ──()()ゥ!?」

 

 見上げんばかりの巨躯が、遥か昔に造り上げられた迷宮を突き崩しながら立ち上がっている。全身黄金の眩い姿は最早神々しくもあった。

 誰もが息を呑み、目を奪われていた。

 すると、その神性への信奉に応えるかの如く、混迷を極める人々への施しがもたらされた。

 

『うわあああ!?』

 

「うおおおお!? い、入口から人が!?」

「おい、こいつら中に取り残されてた……!」

「無事だったのかァ!」

 

 突如として迷宮の入り口から押し出される人間が多数。

 彼らが、未だ安否を確認できていなかった者達だと分かるや否や、関わりのある者は奇跡的な帰還に歓喜に沸き立った。

 

 

 

「あ、あの巨人は一体……!?」

 

 

 

 金色の巨人に向ける視線には、今度は感謝と畏敬の念が込められていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 マインがデカい。説明不要。

 いやゴメン。説明は要るわ。

 

「こいつが……〈強欲(ごうよく)〉の〈(シン)〉……!」

「──迷宮内に張り巡らされている全ての金にワタシの意識を同調し、()()()()()()()()()()()()()

「シゴデキ……!」

「その際迷宮内の探知も並行。内部に取り残されていた方々の救出も遂行致しました」

「昇進!」

 

 並行処理(マルチタスク)がお上手過ぎる。俺が人事だったらすぐさま昇進させているところだね!

 

 まあ、すでに物理的にビッグになられているんですけども。

 

「ま、周りが金ピカ……ドコここ!?」

「内臓がフワッと……うぷッ!?」

「あのー、なんかすごく高い場所に居る気がするんですけど……」

 

 股間のブツが縮み上がったらしく、アスが俺に腕を絡ませてくる。なんだ、玉ヒュンでもしたかい。俺もだよ。

 

「あのー、マインさん。俺達今どういう状況で……?」

「全身拡張したワタシの胸部に格納されています」

「胸部? ……不潔ストップ!」

「どうしてわたしを見るんですか!?」

 

 だってアスの感知センサー、お掃除ロボットよりポンコツなんだもん……。

 延々と辿り着けない重箱の隅を突き続けてろ。

 

「ご安心を。格納空間周囲に発条を用いた衝撃吸収機構を採用していますが、揺れると思いますので──どうぞ、椅子をご用意致しました」

 

 コックピットじゃねーか!

 おいおい、男の子の夢盛りだくさんかよ!

 お子様ランチぐらい欲張ってるとか、そんなんアリかよ!

 

 とかなんとか、一人盛り上がっていたら急に目の前の視界が開けた。あっ、モニターとかはない感じなのね。肉眼で見る系か。だがそれも好い……。

 開けた視界の先には、広大な森と続く街道が見えている。

 少し身を乗り出せば、迷宮市場全体と集う人々の姿も望めた辺り、今のマインは相当──それこそ巨神兵(ネフィリム)クラスにデカくなっていると見て間違いない。

 

「これが金の運搬と聖都への移動を両立させる最適解だと判断致しました」

「ッスゥーー……最高(ファンタスティック)

「ですが、一つ問題が」

「いいよいいよ。ここまで来たらもう欠点の一つや二つなんてただの魅力なのよ……」

「このままでは聖都まで辿り着くことは不可能です」

「嘘だろ?」

 

 欠点じゃなくて欠陥だったわ。

 

「え? え? 何が駄目なん?」

「ワタシ一人では動かす魔力(エネルギー)が足りません」

「あー……うん」

 

 そりゃあこれだけの巨体だ。

 操るマインが動力源とするならば、普通に考えて普段の何十倍もの魔力を要すると考えるのが普通だ。

 

「ワタシ一人では途中まで動かすのが関の山です。ですので、どうにか皆様の魔力もお借りいただけたらと……」

「あっ、そーゆーことね。じゃあ──」

 

 

 

「話は聞かせて頂きました!!」

 

 

 

「曲者!?」

 

 突如、背後から聞こえる声に振り返る。

 しかし、そこに居たのは忍者は忍者でも味方の忍者……っぽい見た目をした狐娘。

 

「魔力が必要ならタマモ達が助太刀致します!!」

「騎士団の!? 一体どこから!?」

「助太刀致します!!」

「いや、助太刀は助かるけど……」

「助太刀致します!!」

「こいつ! 助太刀で押し切ろうとして!?」

 

 助太刀は説明責任放棄の免罪符じゃないんだよ。切り捨てていいものと駄目なものがあるんだよ。

 でも助かるのは事実だから深くは聞かない。よくよく見たら部下らしき人達も後ろに控えているけれども聞かない。聞かないったら聞かない。

 

「というか腕!! 大丈夫なんですか!?」

「ご心配なさらず!! 生えます!!」

「ご立派ぁ!?」

「元神癒隊(メディック)のタマモなら、この程度お茶の子さいさいでござい!!」

 

 アスが心配するのも束の間、『むん!』とタマモが力を込めた瞬間、ルキフグスに切り飛ばされた腕が生えてきた。

 なるほど。準備は万端という訳だな?

 

「では、騎士団の皆様にはご助力頂けるとして……」

「ところで巨人殿。差し出がましいようですが、この巨人を用いて我々騎士団をいっぺんに運搬できたりなどは?」

「騎士団を? そうなると乗せる面積を増やさなければならない分、消費魔力も増加してしまいます」

 

 どうやらタマモは騎士団も運搬させたかったらしいが、そうそう上手い話はない。

 

「ムムゥ……! 動かせる人員全てを乗せて魔力を供給すれば……とも考えたのですが」

「如何せん内部には余裕がなく……」

「なんなら気合いで外に張り付いてみせますが!?」

「流石にそれは」

「駄目でしたか……」

 

 宇宙じゃないんだから、ロープ一本にぶら下がってなんて芸当は無理だ。

 荷車なりなんなり、人員を収容できる容器を作って運搬するのが妥当だろうが、マインが難色を示す辺り結構魔力管理はシビアみたいだ。

 金は罪冠具の素材として最上級とされている以上、魔力伝導率に関してはお墨付きだ。ただし金属である分、重量が嵩む。

 かといって金を減らしたら、末端まで魔力が届かずに四肢を動かせない……そういうジレンマを抱えているという訳だ。

 

「くそ! どこかに魔力を増幅させる方法でもあれば……!」

「……あの」

「それは難しいだろう。〈罪〉でさえ装着者一人が精々なのだ」

「えっと」

「でも、それさえできれば聖都を救えるかもしれないんです! 諦める理由にはなりません!」

 

 

 

「わぁーーーーー!!」

 

 

 

「アータン叫んでどうしたん?」

「ここに!」

 

 ピン! と両手を掲げるアータン。ミナミコアリクイみたいな威嚇のポーズを取る彼女には、自然と全員の視線が集まった。

 ……あっ、そう言えば。

 

 

 

「〈(シン)〉! 私の〈嫉妬(しっと)〉なら、それできます!」

 

 

 

 声高々な宣言だった。

 

 

 

 勝利の女神は、此処に居た。

 

 

 

「──最高だぜアータン!」

「ひゃあ!?」

「流石はうちの最高戦力!」

「え、えへへっ!」

 

 思わずアータンを抱き抱えれば、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。

 皆の役に立てそうで嬉しいと、満面の笑みがそう語っていた。

 

「いける、いけるぞ! アータンが居るならこの戦、勝てる!

「完全解決じゃないですか! 偉いですよ、アータンちゃん!」

「アータン大明神!」

「今の誰だ」

 

 光明が見え、歓喜に沸く巨人の内部。

 

 

 

「そうと決まれば──」

 

 

 

 だが、これはあくまで始まりに過ぎない。

 

 

 

 外の世界に飛び出した彼女が歩み出す、始まりの一歩の──。

 

 

 

 ***

 

 

 

『──皆様、どうかご傾聴願います』

 

 

 

『喋った!?』

 

 俄かに巨人の声が鳴り響いた。

 鐘のように清らかな音色は、蒼天の下を澄み渡る。

 

 意思があるのか──敵か味方かも分からぬ巨人が動き出した姿を見て困惑する人々へ、巨人は更なる言葉を続ける。

 

『現在、聖都コルディアには悪しき魔の者の手が迫っています……途轍もなく強大で、途方もなく底知れぬ悪意が』

 

 誰もが聞き入っていた。

 不思議と威圧感を覚えぬ、その巨人の願いを。

 

『ワタシ達は只今より、この黄金と共に聖都へ向かいます。しかし、この黄金は必要とする人々が居てこそ価値が生まれる』

 

 巨人は〈金字塔〉──黄金の墓標を踏み越え、人々の下へ歩み寄った。

 細心の注意を払い、誰も傷つけぬ場所に膝を突く。それから巨人はゆっくりと手を差し伸べた。

 

 

 

『どうか、どうか皆様。掛け替えのない命を守る為に』

 

 

 

──ワタシ達に力を分けて頂けないでしょうか?

 

 

 

 差し伸べられた手を取らぬ理由は、もうなかった。

 

 

 

 




Tips:強欲
 〈大罪〉と呼ばれる強大な力を持つ七つの〈(シン)〉の一つ。
 その権能は〈昇天〉側では『与える力』、〈堕天〉側では『奪う力』として現れる。

 『奪う力』は周囲にある物質を吸収する力に特化しており、極まった〈強欲〉は物質の強固な結合をも無視し、取り込んで自らの血肉にしてみせる。
 一方、『与える力』は文字通り“力”を与えることに特化する。

 たとえば磁力を与えて磁性を持たせたり、電力を与えて電気を帯びさせるなど、与える力は多岐に渡る。
 究極的に言えば本人が『与えられる』と強く信じているものであれば何でも与えられる。

 もし仮にこの〈強欲〉なる力を以て、命を分け与えられたとしたら、それは当人に命があることの証左に他ならない。
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