嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百四十九話:真剣は真剣の始まり

 

 

 

「この気配……〈強欲〉だと?」

 

 

 

 殴り飛ばされた際、上空に放り出された悪魔が呟く。

 

「あれで生きていたというのか」

 

 驚嘆と苛立ちを滲ませて吐き捨てると同時に、人型の影に一対の翼が生えた。無理やりシルエットを引き延ばしたかのような歪な翼が、ひっ叩くような羽搏く音を鳴り響かせる。

 

「貴様が生きているということは、だ」

 

 人型の影に唯一宿った光。

 悪魔の双眸は、射殺すような視線を金色の全身に浴びせる。

 

()()()()()()()()()?」

 

 確信を得ている声音だった。

 そして、忌々しさを隠しもいない。隠す必要もないのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

 

 敵同士なら当然の事だ。

 

「……まあいい。わざわざ(かばね)を拾いに行く手間が省けた」

 

 眉間を手で抑えながら、自分を納得させるように言い聞かせるルキフグス。

 

 面倒事とはいつも向こう側からやって来る。

 無能な部下然り、我儘な同僚然り──。

 

「なぁ~にお高くとまってやがんだ?」

 

 厄介な敵もまた然り。

 

 目の前の景色が破りながら参上する人影が、紫電を閃かせながら一振りの剣を振り翳す。対してルキフグスは、やれやれと瞼を半分閉じながら影の翼より武器を選び取ろうとする。

 

光あれ(フィアト・ルクス)

「──浄罪の聖剣」

「!!」

 

 まさに今、自分が手に取ろうとした物とまったく同じ一振りが振るわれた。

 奪い取られた訳ではない。ただ、相手が手にしていた剣がこちらの意識をそっくりそのまま映し出したかのように変化しただけだ。

 

 刹那、ルキフグスの視界が青白い炎に覆い尽くされた。

 小罪も大罪も分け隔てなく浄める浄罪の聖火。罪深き者ほど焦がれる炎を真面に喰らい、ルキフグスを形成する影が大きく蠢いた。

 

「くッ!!」

 

 堪ったものではないと宙に飛び出す、否、()()()()()

 直後、業火の最奥に潜む鉄仮面の目元が吊り上がる。

 

「んだよ。今まで澄ました顔してやがった癖によぉ」

 

 仄暗い地下とは違い、日の下であり火の下だからこそよく見える。

 

「効くンじゃねえか──やっぱりよォ!!」

 

 あさましいニヤケ面。勝機があると見た途端、彼我の差も理解できないまま仕掛けてきた三下と同じ表情(カオ)だった。

 しかし、ルキフグスにとって不幸は、その表情を湛えた当人が三下を騙る強者──否。

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

「──断罪の聖剣」

 

 今度は赤黒い炎が迸る。

 

 罪なき魂には光と温もりだけをもたらすが、そうでない魂には塵一つ残さないただただ苛烈な灼熱。

 罪人を焼き尽くす火刑の炎が、ルキフグスの歪な影の翼を光と熱で焼き切ったのだ。

 

「チッ!」

 

 翼をなくせば飛べない。

 それは大悪魔とて例外ではなかった。翼なき人型の輪郭は、強風に煽られながら地面へ一直線に堕ちる。最後には轟音と共に地面に叩きつけられ、血飛沫のような黒い液体を周囲に飛び散らせた。

 

 少し遅れて勇者が舞い降りる。

 

「おいおい、だんまりかァ? ()()()()()()()()?」

 

 意趣返しのような問いかけに、周囲の空気が一変した。

 濛々と舞い上がるだけだった砂煙が、途端に流れに乗せられて一点に収束する。すると、砂煙の影に生まれた濃い影からぬるりと人型の影が立ち上がった。

 

「──〈虚飾(きょしょく)〉」

「ようやくお出ましだな、陰キャ野郎」

「その剣……いや、刀──金時か?」

 

 いつの間にか剣から見たことのある刀へと変貌していた武器を見て問いかける。

 一方、ライアーは楽しそうに声を弾ませて答えた。

 

「地上最高の鍛冶師が打ってくれた逸品さ。年季ばかりの銘柄とは一味違うぜ?」

 

 まるでヴィンテージワインでも語るかのような口振りに、ルキフグスの見えないはずの眉間に皺が寄る。

 そして、どこからともなく一振りの刀を取り出した。ライアーの握る刀と、一見そっくりそのままの見た目をしている。

 

「年季ばかりの銘柄とは言いようだな。〈強欲〉の権能を宿した罪器が、たかが数百年で鈍になるとでも? ましてや贋作如きに負けるとでも思ったか、滓が」

「そーいうんじゃねーんだよなァー」

 

 ライアーは舌を打ちながら、首の代わりに指を振る。

 贋作であることなど百も承知だ。

 そして、この贋作が打たれた経緯も。

 

「贋作は贋作でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だぜ?」

 

 畏れ多くも本物を越えんとした。

 込められ続けた熱は、きっと尋常ならざる量であったろう。

 人は進歩し続けることで、その文明を栄えさせた。進歩とは、繁栄の象徴だ。故に、たとえ大傑作と言えども過去の遺物に現代技術が劣ったままなど、あってはならない。それは過去に進歩を願い、鎚を振るった職人への冒涜だからだ。

 

 だからこそ、彼は断言する。

 

「真似っ子が精々のてめえには理解(わか)らねえだろうな。こいつの偉大さがよ」

 

 金時の贋作改め、罪器ヴァニタス。

 〈虚飾〉を宿した業物は、ありとあらゆる武器を僅かな時間だけ完全再現することができる。

 

 それすなわち、本物の金時すらも再現できるという意味だ。

 その時点でこの贋作(ヴァニタス)は金時を越えた。一人の鍛冶師の願いの結晶は、見事果たされたのである。

 

「ちょうどいい、白黒つけようぜ。本物と偽物、どっちが上かっつーことをよォ」

 

 軽佻浮薄な語り口ではあるものの、迸る殺気は並ではない。

 極限まで研ぎ澄まされたそれは、まさに刃だった。凡人では永劫辿り着くことの叶わぬ、幾度もの死線を潜り抜けてきた者にのみ到達できる領域。

 

「……厄介だ」

 

 痛感と共に、ルキフグスが二振り目の柄に手を掛けた

 

「貴様のような“影”が居ると計画が歪む」

「似た者同士だな。地獄を統べる恐怖のダイマオウ様の影がよォ」

「……陛下の命に背くことにはなるが」

 

 取り出すは断罪の聖剣。

 スーリア教国大聖堂より簒奪した、伝説の聖剣が内の一つだ。

 

「貴様は俺直々に仕留める。今日……ここでだ」

 

 罪使いに等しく痛打を与えうる武器を前に、ライアーも一段と警戒を高める。

 握り締めた罪器を正面に構える。

 正眼の構えを取る勇者を前に、畏れ多くも聖剣を手にした大悪魔は、ゆっくりと歩み寄っていく。

 

 剣の間合いに入るまで、あと一分も掛からない。

 だが、彼らほど肉眼で把握した間合いが意味を成さない戦いもない。

 

「──上か」

 

 己にしか聞こえぬ声を紡いだルキフグスが後ろに跳ぶ。

 直後、彼の進路で大爆発が起こった。火薬が爆裂したかと錯覚する光景であったが、爆炎が上がらぬところを見るに、爆弾の類でないことは一目瞭然。

 

「……仕留め損なったか。やはり一筋縄ではいかんな」

「ライアーさんすみません! 折角の好機だったのに……!」

 

 立ち昇る砂煙の中に垣間見る二つ分の人影。

 ルキフグスもよく知っていた顔だった。

 

「〈怠惰(たいだ)〉に〈色欲(しきよく)〉か……」

「お気に召さなかったか? 俺が誠心誠意、真心込めて用意したサプライズ♡」

「想定内だ。この程度」

 

 そこまで口にしたところで、ルキフグスの双眸に怪訝な色が浮かんだ。

 

──〈嫉妬〉はどこだ?

 

 〈強欲〉が金色の巨人であると推測しているから特段構わない。

 だが、そうとなるとこの場に居ない〈嫉妬(アータン)〉の所在が気になった。先の〈怠惰(ベルゴ)〉と〈色欲(アス)〉のように不意打ちを仕掛けるでもない理由は?

 

「いや──()()()か」

 

 魔力探知を最大限まで研ぎ澄ませる。

 半ば答え合わせだ。試験の解答を自己採点するような確認行為を行い、ルキフグスが探りを入れた場所は、今まさに組み合った巨人と巨人の片方。

 

「〈強欲〉の補助か」

「あらら、バレてやんの」

 

 あっさりと認めたライアーに、ルキフグスは推論を続ける。

 

「あれほどの巨体、あの我楽多(ガラクタ)一つでは真面に動かすことも敵わん」

「それを可能にしちゃうアータンったら最高!」

「……だが、悪手だったな」

 

 対峙する三人に向けて言い放つ。

 瞬間、ルキフグスの解き放つ魔力が途端に密度を増す。

 

「俺を本当に殺すつもりなら、無闇に戦力を分散させるべきではなかった」

 

 周囲一帯が深海に沈められたかの如き圧力が襲い、木が、森が、大地が軋み始める。若い新芽も枯れた老木も関係ない。脆弱なものから順々に圧し潰されていく。

 

「ネフィリムを無視すれば、勝機は増えたろうに」

 

 尤も、挑んでくる人数が五人に増えたところで勝たせるつもりはない。言外に、憮然と大悪魔は突き付けた。

 

「そういうところだ。選び取ることを放棄し、淡い愚かな希望を抱いて突き進む」

 

 ルキフグスの影が歪む。

 辛うじて人型を保っていた影がみるみるうちに引き延ばされ、複数本の腕が生えてきた。

 

「そうやって得られるのは、何も得られなかった結果だけ」

 

 そして、再び武器を取る。

 握られるは聖剣や魔剣といった類。武具の収集家が見れば、卒倒しそうな伝説の武器の数々だった。

 

「何の意味も、価値もない結末」

 

 しかし、歴史的価値などルキフグスには何の意味も持たない。

 

「貴様らの旅路も無意味に、そして無価値に終わる」

 

 彼にとっての“価値”とは使えるか否か、その一点に尽きた。

 

 

 

 

 

「俺が……そう終わらせてやるというんだ」

 

 

 

 

 

「う~~~~~~るせぇ~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

 絶叫。

 耳を劈く大音声は他でもない。既知の敵からすれば忌々しい鉄仮面の内側より響き渡っていた。

 

「……いや、うるさっ」

「自分で叫んだのに!?」

「鉄仮面の中で反響して……」

 

 空気を一変させたところで、ライアーは気を取り直してルキフグスを睨む。

 

「無意味とか無価値とか、勝手に決めるンじゃねーよ」

「なんだと?」

「ンなもん他人に決められるものでも、今すぐ決められるものでもねーだろうが」

 

 力強く言い放つ。

 真っ向から言い返す。

 

「他人から見れば無意味なことでも、自分からすれば意味があるかもしれない。一見全然価値がないものでも、自分にとっては価値があるかもしれない。それを他人が傍から見ただけの一存だけで決められて堪るかよ」

 

 万人が恐れ戦く大悪魔を前に。

 だが、彼は──。

 

「意味がねえことなんて山ほどしてきた。でもな、下らない話に不味い飯。たらい回しにされて無駄にした時間なんて数え切れねえ。でもな……そこに価値があったかは俺達が決める」

「……〈虚飾〉」

「皆で笑い合った旅路を──赤の他人(てめえ)如きに決めさせてたまるかよ」

 

 きっと魔王と相対していても、そのスタンスは変わらない。

 価値観を捻じ曲げるつもりは──ない。

 

「……それは」

「あん?」

「それ以外何も持たざる者の──()()()だ」

 

 不快な重低音があちこちで反響する。

 明らかな異変、異常だった。

 そして、それに襲われた周囲一帯は耐えかねて頭を垂れるかの如く崩れ落ちた。木々はへし折れ、岩は砕け散り、山肌は滑り落ちた。

 何よりルキフグスの足元に落ちていた影が、ぐんぐんと膨れ上がっていく。

 

 

 

「──〈空亡(ニヒル・スブ・ソーレ・ノウム)〉」

 

 

 

「ベルゴ! アス!」

 

 広がる暗黒を前に、ライアーが仲間を呼び寄せる。

 すぐさま駆け寄る二人。その間にも暗黒は目の前まで迫っていたが、ヴァニタスを浄罪の聖剣に変化させて地面に突き立てれば、神聖な浄火が周辺の影を焼き払う。

 

「助かる」

「いいってことよ」

「ですけど、これは……」

 

 三人の周囲──浄化に照らされる範囲以外は、見るも無残な有様だった。

 破壊された景色が、直前まで()()()()()()という跡諸共影に飲まれていく。

 

 残るのは何も残らぬ光景。

 無常、あるいは虚無と言うべき空間が、ルキフグスを中心に広がっていた。

 

「まさか、これ全部が〈聖域〉……!?」

「奴も本気というワケだ」

 

 戦慄するも束の間、ベルゴの言葉にアスも精悍な面持ちとなる。

 強大な敵であるなど、初めから分かり切っていたことだ。一般的には絶技とされる類いの技術も、地獄の頂点に等しい〈六魔柱(シックス)〉にとっては出来て当たり前程度だろう。

 

「なぁーに。やることは変わらねえさ」

「ライアーさん……」

「選択肢は──『たたかう』、だろ?」

 

 茶目っ気たっぷりなウインクを見せるライアーに、今度は緊張がほぐれていくようだった。

 そうだ、どのように強大な相手であろうとやることは変わらない。

 

「出し惜しみはなしってことですね!」

「ああ、当然だ!」

「女子にいいとこ見せてやろうじゃねーの」

 

 各々の罪冠具に手を添え、男三人、魂の咆哮を迸らせる。

 

『──告解するッ!!』

 

 変身は一瞬。

 手慣れたものだと言わんばかりに、勇者達は罪深き力をその身に宿していく。三人の魔人が顕現したことで、大悪魔の影に一点だけ余白が生まれた。

 人間が生き延びられる生存領域とでも言うべきか。それはまさしく、人類の抵抗により魔を退ける世界の縮図でもあった。

 

 それが、増幅した魔力に比例して勢いを増す聖剣の浄火により、さらに世界を広がっていく。

 

「成程。やはり聖剣の力は侮れん」

 

 しみじみとルキフグスが零した。

 彼もまた聖剣を振るう者の一人。聖剣の力を誰よりも危惧したからこそ、聖剣をその手中に収めたのだ。

 

 そのような悪魔は、こう続けた。

 

 

 

「──思っていたより、()()()

 

 

 

 ルキフグスが握る聖剣の一つ──断罪の聖剣より火が奔る。

 影を焼く青白い聖火とは違う赤黒い火。罪深き身を焼き尽くす地獄の業火は、ライアー達を守護する聖なる炎の壁に激突した。

 

「くっ!」

「それが聖剣の力だと? ……身の程を弁えろ」

 

 壁は破られなかった。

 辛うじて拮抗状態に持ち込んだものの、ライアーの顔色は優れない。

 

 そこへ畳みかけるようにルキフグスより迸る火が──注がれる魔力が膨れ上がる。

 

「暗澹たる現実から目を背けようと、絶望は貴様に纏わり付いている。昼も夜も、それは影のように傍に潜んでいるのだ。明るい方ばかりに目を向けようと、影の見えぬ暗闇に逃げ込もうと変わりはない」

 

 ちらりとルキフグスの輪郭の中で、何かが煌めいた。

 

「影は、常に貴様と共に在る」

 

 次の瞬間、黒い人影の全身に禍々しい紫紺の線が巡っていく。

 

「その事実を、現実を。目に見える形にしてやろう……。

 

 

 

──告解の(とき)が来た」

 

 

 

 漆黒の光。

 相反する現象を巻き起こしながら、大悪魔の肉体が大きく作り替えられていく。人型だった影の側頭部からは長い角が。そして、背中からは巨大な翼が一対生えてくる。

 

 

 

「我が〈(シン)〉は〈邪見(じゃけん)〉」

 

 

 

 それはなんとも──なんとも普遍的な悪魔のシルエットだった。

 

 

 

「俺は──〈邪見(じゃけん)のルキフグス〉」

 

 

 

 しかし、だからこそ恐ろしい。

 『悪魔』という言葉を一身に背負い、闇の中に立つ大悪魔。その禍々しくも威風堂々たる佇まいに、一瞬ではあったが対峙する強者は見惚れてしまっていた。

 

「ヒュウ♪ 随分めかし込みやがって」

「この影の全てを、貴様らの血で満たしてやろう」

「お菓子も飲み物もくれなさそうな団体に分けてやる血はねーよ」

 

 そう言ってライアーは幻影の両手の中指で十字を組んだ。

 極めて不謹慎で冒涜的なハンドサインであるが、裏を返せば非礼を尽くしても構わないと考えている相手であるからこその行為である。

 

「流すのはお前の血だけで十分だ」

 

 勇者が告げる。

 

「やってみろ……やれるものならな」

 

 悪魔も告げる。

 

 舌剣を交わすのはここまで。

 疾うに血戦の幕は斬り落とされていた。

 

 

 

 あとは──真の剣を交わすだけだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 清らかな鐘声が澄み渡る。

 しかし、実態は清らかさとは真逆も真逆。千切れた腕の影が映し出された地表に、間もなく暴風と見紛う衝撃波が地表を襲った。

 

「マイン! 大丈夫わわわあぁんはっはぁー!?」

『大丈夫ですかアータン?』

「も、問題ありません……」

 

 少女が一人、巨人の中で激震に襲われている一方で、外では千切れた腕の断面から触手のような黄金が伸びていた。

 宙を舞う巨腕まで到達した触手は、断面に見える黄金とそのまま結びつく。そこからはあっという間だ。触手を戻し、腕を引き寄せる。

 

 まるで糸を縫い付けてぬいぐるみの腕を修復するかのような光景だった。

 

 もっとも、大聖堂より遥かに巨大な体で行う点を踏まえれば、ぬいぐるみなどというファンシーな表現は極めて不適当であろう。

 

『……質量は向こうの方が圧倒的に上』

 

 戦闘開始からおよそ数分。

 それだけの時間で、マインは冷静に答えを導き出していた。

 

『真正面からの衝突はこちらが不利ですか……』

 

 見上げれば、自分より一回りも二回りも大きい巨人──否、最早“巨神”と呼ぶ方が相応しい怪獣が聳え立っている。

 

 質量とは破壊力だ。

 極端な話、膨大な水に打ち付けられれば鉄板でも容易く拉げてしまう。

 

(ましてや、聖都へ急行する為に極限まで装甲を削ぎ落した状態では──)

 

 体型からしてマインとネフィリムでは大きく異なっていた。

 無駄な筋肉を削ぎ落してスリムとマッシブを兼ね備えたマインの巨人とは違い、ネフィリムは極端に上半身の筋肉が肥大化した歪な体型に整えられている。

 当然、そのような体型では重心も取り辛くバランスも危うい──しかしながら、背中から無数に生えている手が地面を突き、倒れかけの巨躯を無理やり支持していたのだ。

 

 それどころか上にも横にも腕を広げ、何とか姿勢を保っているという有様。

 

(まるでマリオネットのようですね)

 

 操縦席たる頭部に居座るマインは、巨人の双眸越しに臨むネフィリムを見て、幼い頃に母が与えてくれた玩具を思い出した。

 自分では動くことも敵わない操り人形。

 見えない意思に衝き動かされている巨躯の奥底からは、たしかに自分と同じ〈罪〉の波動が感じ取れた。

 

(アイ。アナタは今そこに……)

 

 感傷的になるのもそこそこのところでマインは頭を振る。

 攻撃に加わっている腕も全体から見ればほんの僅か。あぶれて手持無沙汰になっていた腕だけが参戦していると言った方が正しい状態である。

 

(それでも現状、手数は向こうの方が上)

 

 こちらの腕が二本に対し、あちら側は使える分だけでも優に十本は超える。

 素人目にもどちらに分があるかなど一目瞭然であった。

 

(それならば)

 

 やることは実に単純。

 

 

 

『──〈勇者の証明(フォルティス・ウィロス)〉』

 

 

 

 一度は〈虚飾〉を模ってみせた御業。

 それを今度は天を衝かんばかりの巨躯で執り行う。

 

 全身に血管の如く張り巡らされる黄金の回路──人体であれば魔力回路に等しい通り道に、アータンによって増幅された魔力が注ぎ込まれる。

 

「おおっおおおおっおおおおお!?」

 

 右と左とついでに上下。

 格納空間の中で激しく揺さぶられる少女の外側で、黄金の巨体には瞭然たる変化が巻き起こっていた。

 

『手数が足りないなら、()()()()()()()()()()()()

 

 それを可能とする騎士が、自分の仲間に居たはずだ。

 

 巨人の背中から新たな上半身が生える。

 本体よりもかなり細く、一見すると骨格標本のようにしか見えない。

 

 だが、背後の上半身が両腕を交差させた瞬間、戦場に眩い銀光が撒き散らされた。

 

 

 

 

『──〈Fe-C(騎士の鉄十字)〉』

 

 

 

 鉄を越え、鋼となった刃が十字を模る。

 聖霊の如き分身を得たマインは、得意げに続けた。

 

『世間ではこれを『神は死んだ(ファッキュー・クロス)』というらしいですね』

 

 破壊神を殺す守護神の剣。

 つまりは、神殺しの剣だ。

 

 

 

「そ、それは……一般的な知識じゃ、ない……」

 

 

 

 巨人の体内でグロッキーになる少女が弱弱しい訂正を入れる。

 

 だが、巨人スケールの死闘においては、それは蚊の羽音に等しい音量でしかなかった。

 




Tips:神は死んだ(ファッキュー・クロス)
 両手の立てた中指を直角になるよう交差させた、あまり教育上よろしくないハンドジェスチャー。
 発祥はとある国の聖女であり、彼女に影響された信徒や知人が稀に使用している姿が見られる。
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