嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百五十二話:初志は貫徹の始まり

 

 

 

 地上で流星が瞬く一方で、それは繰り広げられていた。

 

 

 

()ッ!!」

 

 空に黒い影が縦横無尽に飛び回る。

 直後、無数の紫電が迸った。すると空を埋め尽くさんばかりに犇めいていた腕が一つ、また一つと斬り落とされる。

 

 偶然の天変地異か。

 はたまた神の雷か。

 

 彼を知らぬ者なら、それが人の為した御業だと夢にも思わないはずだ。

 

「──〈飯縄(イヅナ)〉」

 

 だが、()を知る男なら口を揃えて言う。

 

──奴ならやるさ。

 

 空というキャンバスに描かれる光景こそ、その証言に他ならない。

 

「好機」

 

 どう見ても巨腕の直径より短い刀を納め、レイムが呼び掛けた。

 ドォン!! と地響きを奏でて降り立つは金色の巨躯。舞い上がる砂煙は、まるで英雄の登場を彷彿とさせる爆炎の如しであった。

 

『ありがとうございます』

「……無用」

 

 感謝は、という主語は抜けている。

 だが、マインに彼の言いたいことは十二分に伝わっていた。

 

 交わす言葉は少なくとも、今自分がやるべき使命は理解している。

 

 だからこそ、

 

「──来る!」

『はい!』

 

 迫り来る手勢を前にしても迅速に動き出せた。

 

「〈岩切飯縄(イワキリイヅナ)〉」

Fe-C(騎士の鉄十字)!!』

 

 レイムは一度刃を納めた鞘より。

 マインは地に突き刺さる残骸から剣を取り、巨大で強大な腕を叩き斬る。

 

『ヴゥウウウウ……!!!』

 

 四肢を失い、ヘカトンケイルが呻き声を上げる。

 苦痛を感じているのか。だが、マインとレイムにそれを確かめる術はなかった。

 

 そして、余裕も。

 

「……矢張」

『再生……ですか』

 

 漆黒の翼を羽搏かせながら呟くレイムに、マインが応答する。

 

 分かっていたことだ。急所を破壊しない限り再生──〈強欲〉で増幅した分解と構築の力は、止まることも留まるところも知らないと。

 

『ですが、頭が弱点ではなかった……』

「清聴」

 

 いつの間にか巨人の肩に烏天狗は留まっていた。

 

「心の臓だ」

『心の……心臓ですか?』

「足、脛、腿、胴、肩、腕、首──心の臓を除き、巨人の体内より肉と骨と臓腑を粗方刻んだ……が、其処だけ刻めなんだ……」

 

 チキリ、と再び鞘に戻した得物の鯉口を切るレイム。

 ここまで侵攻を許してしまった己の無力への歯痒さと、無駄に強靭な敵に対する苛立ちが滲み出る所作であった。

 

『心臓……』

「歩みこそ遅らせはしたが……不甲斐なし」

『いえ、貴重な情報です』

 

 あれだけ巨大な腕を一瞬で斬り落とす男ですら刃を通せない部位がある。ならば、そこが核である可能性は非常に高い。

 

『……アイ』

 

 同時に浮かび上がるもう一つの可能性。

 

『アナタは、そこに居るのですね』

 

 金色の巨人が、双眸に蒼い光を宿す。

 光は真っすぐ照射されたかと思えば、分厚いヘカトンケイルの皮膚を透過し、体内の骨や巡る血管──そして、不自然に動かぬ球体を見透かした。

 

 恐らくは、あれこそが心の臓。

 彼の破壊神を突き動かす核に等しい部位である。

 

「求む、援護。後は……拙者が」

『それには及びません。あの巨人だけはワタシが止めます』

「……何故(なにゆえ)

『家族だからです』

 

 不意に、小さく甲高い音が響き渡る。

 レイムが鯉口を切った音だ。仮面か素顔か分からぬ烏面の眼球だけが動き、巨人に鋭い眼光を向ける。

 

「あ、あのォー! これには深い事情が……!」

『アータン、心配無用です』

 

 剣呑な空気を感じ取るアータンが、あたふたと巨人(マイン)の中から伝声管を通して声を張り上げる。

 しかし、少女の擁護を断ったのは他でもない。マイン本人であった。

 

『家族だからと手心を加えるつもりはありません。むしろ、家族だからこそ全力で事態の解決にあたる場面だと……ワタシはそう認識しております』

 

 誠心誠意、自分の言葉を以てレイムを説く。

 彼の警戒や懸念を解くのにこれ以上の方法はない。通すべき筋を通す──それこそが至上であり最上の説得であった。

 

「……やれるのか? 身内を」

『やります』

 

 家族を討つ。

 それ以上に悲痛な覚悟が、この世にあるだろうか。黄金の揺り篭の中、マインの言葉を聞き届けたアータンは思わず胸を押さえる。

 

「マイン……」

『ワタシは──家族を救ってみせます』

「!」

 

 だが、次に出てきた言葉は意外も意外。予想外であった。

 

(ううん、そうじゃないんだ)

 

 しかし、少し考えてみれば分かることだった。

 マインにとって巨人を討つことと家族を討つことはイコールではない。

 

 『巨人を討つ』と『家族を救う』は、あくまで別のタスク。両立してこなすことは決して不可能ではなかった。

 

「……至難ぞ」

 

 だがしかし、救うことはただ倒すことよりも遥かに難しい。満たさなければならない条件は余りにも多かった。特に救う対象が敵であれば尚更である。

 

 やられぬ為に相手より強くなければ駄目。

 説得するのなら相手を知らなければ駄目。

 相手に救われたい気持ちがなければ駄目──等々。

 

 レイムの指摘は、極めて当然の代物であった。

 

『それでも』

 

 もっとも、その程度で揺らぐ決意であれば、彼女はここには立っていない。

 

 何故ならば、

 

 

 

『ワタシは、〈強欲(ごうよく)のマイン〉です』

 

 

 

 強欲だからこそ、巨人を討つ。

 強欲だからこそ、聖都を守る。

 強欲だからこそ、家族も救う。

 

 どれもが困難で、一つを遂行することすら容易くはない。

 

 それでも全てをこなすと、彼女は言っている。

 〈強欲〉だからこそ、口にできる言葉がある。

 

 今行ったのは決意表明の告解。

 その行為自体に意味はない。無駄な行為だ。

 

 だが、意味がない行為は必ずしも無意味とはならない。

 

「……そうか」

 

 その証拠と言わんばかりに。

 

『止めますか?』

「否」

 

 静かなる声色に熱い闘志を宿した声。

 火が灯ったように魔力が揺らめく刀身は、鞘から引き抜かれていくにつれて幅を広げていく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「活路は……()()()()()

『良いのですか?』

「異論はない」

 

 とても鞘に収まり切らぬ幅広の大太刀を構え、レイムは前方を見据える。

 そろそろ破壊神(ヘカトンケイル)が痺れを切らし、こちらに仕掛けようとしている頃合いだった。すでに視線は倒すべき“敵”にのみ注がれる。

 

「〈強欲〉なればこそ選ぶ道を往け。〈強欲〉は必ずしも悪徳には成り得ず……〈無欲〉が必ずしも美徳にならぬように」

 

 〈無欲〉を冠する男は喉を鳴らし、肩を小さく上下させる。

 

「──もう一人の〈強欲〉もそうだった」

 

 そう呟いたレイムが上衣を脱ぐ。諸肌脱ぎだ。

 蒼天の下に晒される背中には、瑕も汚れも一つもない刺青が彫られていた。翼を広げる三本足の烏。

 

 不思議と神性を帯びているように見える烏は、次の瞬間、その背に後光を背負い始めた。

 

「露払い……致す」

 

 ビキビキビキ、と。

 筋と骨が組み変わるような異音が鳴り響く。すると、烏が背負う後光が規則性を帯びたかのように紋様──〈聖域〉を描き出す。

 

 

 

「──〈雲龍(ウンリュウ)双羽黒(フタハグロ)〉」

 

 

 

 肉体に刻まれし〈聖域〉が光を帯びる。

 人々は、それを〈聖痕〉と呼ぶ。天からの授かりものと尊ぶ代物を、彼は今、この瞬間に自ら描き出していた。

 ともすれば冒涜と罵られかねない行為だが、レイムの金壺眼は全くと言っていいほど動かない。

 

 その行為が罪であるなど、露ほども思っていない。

 

「……ふんっ!」

 

 刹那、レイムの背より新たな腕が生える。

 漆黒の羽を異様に靡かせる大きな腕だ。甲高い風切り音を奏でる翼腕は、柔な肉や骨など容易く切り裂けそうな威風を帯びていた。

 

「策がある。恐らくは一度しか通じぬ……が、彼奴を確実に封じる仕掛けを()()()()()

 

 四枚二対の翼を羽搏かせ、刀身の伸びた刀を三本足に握らせるレイムが告げる。

 

「竦むな。怯えるな。只管前へ」

『了解いたしました』

 

 前進。

 ただそれだけの指示を聞き、マインは姿勢を低く下げた。両手が地面に着くほどの前傾姿勢。大地にめり込んだ爪先も地表を抉り、自然のスターティングブロックを足裏に築き上げる。

 

『アータン、仕掛けます。〈(シン)〉の用意を』

「うん!」

 

 ここからは短期戦だ。

 巨体を維持する魔力の増幅装置を担うアータンも、ここ一番の勝負所を前に〈罪〉を完全解放する。

 〈堕天〉とは違い〈昇天〉は罪度Ⅱが限界だが、それでもアータン一人の魔力量よりも、全員より分け与えられた分を増幅させた方が総量も多い以上、これが最善だ。

 

 これからは、全身全霊全力で。

 

「準備できたよ!」

『ありがとうございます。では』

「──いざ」

 

 マインの眼前にレイムが飛翔する。

 それを見たヘカトンケイルもまた三本足の烏天狗への警戒を最大限に高めた。構えていた巨腕の軍勢をあらゆる方角より差し向けてくる。

 

 無数の腕が、空を分断するようにしながら迫る。

 言うなれば檻。あるいは鳥籠だろうか。自由に飛ぶことも叶わぬ牢獄を目の当たりにして、人はきっと、逃げ場などないと思い知らされるに違いない

 

 もっとも、それはあくまで人に限った話。

 

「往かん」

 

 修羅が、一陣の黒風と化した。

 一番槍の巨腕が握っていた拳を縦に割り、道なき道を切り開く。無数の巨腕などなんのその。三本足で握り締める大太刀を振り回せば、それまで何度も斬り付けねば断ち切れなかった巨腕を、たった一太刀で容易く斬り落とすではないか。

 

 それを見てマインも飛び出す。

 今にも倒れそうなほどの前傾姿勢で大地を駆け抜けていく。彼女の後方に残るのは舞い上がる砂塵と、切り裂かれた巨腕の残骸のみだった。

 

(恐らく同じ手は通用しないでしょう)

 

 迷宮で戦った時がそうであったように、目の前の巨人も、先の一手を考慮した上で対処してくるはずだ。

 

(〈Fe-C(騎士の鉄十字)〉による不意打ちはもう使えない。保有するFe()C(炭素)はほとんどない。それ以外の手段で相手の核を止めるには……!)

「〈強欲〉!」

『!』

 

 思考と足を止めず駆け抜ける最中、不意にレイムの雷声が轟いた。

 何事か、と問うよりも前に視覚と直結した脳は理解する、してしまう。

 

「手があんなに……!?」

 

 レイムが何本も斬り落としてきた巨腕。

 しかしながら、それは全体からすれば一桁%にしか満たぬ数に過ぎない。当然、レイムにも対応できる数には限界がある。

 

 故に、相手は一度に仕掛けてきた。

 数十本もの巨腕が大地に降り注ぐ災厄の雨あられとなって降り注ぐ。その直前の光景が広がっていたのである。

 

「今」

 

 だが、それはレイムの想定の範疇。

 でなければ、先の提案をするはずもない。理想や人情だけで傾いてしまう天秤は、民を守る責務を担う騎士、その長に相応しくないだろう。

 

 勝算があるからこその提案。

 

 

 

 そして、その為の秘策が──これだ。

 

 

 

「──〈不知火(シラヌイ)太刀山(タチヤマ)〉」

 

 

 

 上下左右より襲い掛かる巨腕を前に、レイムが祝詞を唱えた。

 その次の瞬間、巨腕のあちこちより刃が──否、鋭く割れた骨が生えてくるではないか。巨腕に見合うだけのサイズの骨だ。それが肉を裂き、剣山の如く皮膚を突き破ってくるというのだから堪ったものではない。

 

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛!!?』

 

 これには破壊神(ヘカトンケイル)も咆哮する。

 間もなく咆哮は悲鳴と化し、大地を揺るがした。

 その理由はとうとう巨体にも生えてきた骨の刃だった。全身の筋肉と骨をズタズタに引き裂かれては、ただでさえバランスの悪い巨人は腕を保持することもままならない。

 

「す、すごい! あれってもしかして〈聖域〉……!?」

「鬼人の血肉を用いた〈聖域〉……とくと味わえ」

 

 アータンが驚嘆する間、レイムは上手く機能した細工を見届ける。

 レイムに最も強く発現した魔人の血は鬼人族のもの。ありとあらゆる環境に短時間で適応する血は、彼の古巣“神癒隊(メディック)”で培った回復魔法によって常識の外側へと踏み出す。

 

 ()()()()()()()()()()()()、〈()()()()()

 

 〈聖域〉を得意とする〈鋼鉄の処女(アイアンメイデン)〉ですら、それを聞けば耳を疑うだろう。それほどの次元──すなわち神業であった。

 〈聖域〉の核は、レイムがヘカトンケイルの体内に潜り込む間、全身に植え付けられていた訳だ。

 

「今だ、〈強欲〉」

 

 結果、拳の全てが地に堕ちる。

 

 破壊神、迎撃手段──全喪失。

 進路はクリア。

 

 あとは──叩き込むだけだ。

 

『ありがとうございます』

 

 ヘカトンケイルの懐に潜り込んだマインは、感謝を口にしながら片方の腕を腰の横に構える。もう片方の手は巨神の胸に。つまりはそこが狙いだ。

 

『──〈勇者の証明(フォルティス・ウィロス)〉』

 

 左手に握り締められていた〈Fe-C(騎士の鉄十字)〉の残骸が、一本の大筒に再形成されて左腕を覆う。

 

 ただの刃では、あの巨体を貫くには不十分だ。

 必要なのはもっと鋭く、もっと強力な一撃。

 

 破壊神の重厚な肉の鎧を破り、心臓を抉り出せるような──そんなマインの思考に従い、大筒の中の手は貫手を模る。

 

『魔力供給。〈錬金魔法(アルケミア)〉発動』

 

 倣うは彼女。

 小柄な体からは想像もできぬ魔力量を有する小さな魔法使い。彼女が地下で繰り出した技こそ、あの肉の鎧を引き剥がす最適解だ。

 

『形成──完了』

 

 貫手は細く、長く、そして螺旋状の溝を得ることで一本の巨錐として完成する。

 生み出された巨錐を形成するは、限られた〈Fe-C(騎士の鉄十字)〉の金属を別の金属と結合させた合金であった。

 

 軽量かつ高強度。

 切削加工が困難であるという点は、むしろ硬さの証明そのもの。

 

『照準合わせ。誤差修正……照準よし』

 

 名を『メナカナイト』。

 もう一つの名は、とある神話に登場する怪物に由来する。

 

 

 

『──〈Ti-5Al-2.5Sn(魔女の大鍋)〉』

 

 

 

 『チタン』。

 巨人(Titanen)の名を賜った金属は、けたたましい駆動音を鳴り響かせながら回転を始めた。

 

『返してもらいます』

 

 次の瞬間、巨人の左腕がヘカトンケイルの胸部に叩きつけられた。

 竜巻、あるいは大渦そのものを突き付けられたに等しい肉の鎧は、みるみるうちに腐血と腐肉を撒き散らしながら()()()()()()()()

 

 マインは知らない。

 これを“彼”の世界では『コアドリル』と呼ぶ。文字通り、ただのドリルとは違い、大きな(コア)を開ける用途の道工具だ。

 

 ただし、彼女の場合は少し違う。

 『コア』は『コア』でも『核』の方。

 

 用があるのは、あの破壊神を動かす生命源。

 

(あった!)

 

 その為に辿り着いた、この形状(こたえ)だった。

 

『奪われたなら、奪い返すまでです』

 

 開かれた掌が、核心に触れる。

 

 

 

『この手は放しませんよ──アイ』

 

 

 

 そして、巨人は手を引いた。

 




Tips:Ti-5Al-2.5Sn(魔女の大鍋)
 〈勇者の証明(フォルティス・ウィロス)〉によって再現された〈嫉妬の魔女〉の技。真ん中が刳り貫かれた回転する大筒を叩き込み、相手の堅牢な肉体を削り抜く。
 大筒からは絶えず焼け付き防止の水が噴出されており、回転錐(ドリル)は相手を貫くまで止まらない。

 ドリルの形状は選択式で、大きな穴を刳り貫く為の『コアドリル』の他、敵の硬さや用途に応じた形状を形成することが可能。
 〈嫉妬の魔女〉が振るう激流槍から着想を得ており、巨人(タイタン)より名を賜りし超硬金属は、その名に恥じぬ意地と共に相手を貫くだろう。

 また、この用途を使う以前にも、ライアーに野菜や果物を攪拌するミキサーとして活用されていた。即席の果実ジュースはパーティー内で好評を博した。
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