嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百五十四話:偽物は代理戦争の始まり

 

 

 

 意図せずして、平伏する人間の前に魔王が現れる。

 

 

 

 誰も立たない。

 いや、立てない。

 

 振り撒かれる魔力の圧か、はたまた解き放たれる威容の凄まじさ故か。

 

「ルキフグス様ァ!!」

 

 そんな中、どこからともなく声が近づいてくる。

 

「増援、到着致しました!!」

「なに……!?」

 

 ハッと周囲を見渡すタマモにつられ、俺達も辺りを見渡す。

 増援──空より舞い降りる魔人に加え、町の方からもぞろぞろと魔人がやって来る。かなりの数だ。双方を併せれば百を優に超える魔人の軍勢が、俺達とルキフグスを挟むようにして立っていた。

 

「……不味いな」

「ライアーさん!!」

 

 静かに呟くベルゴの傍ら、切迫した面持ちのアスが俺を呼ぶ。

 

「……大丈夫だ」

「ですが、流石にこの数は……!!」

「よく見てみろ」

「え?」

 

 言われてアスは俺が指差す方向を見つめる。

 

「よく見てみろって……あ」

 

 そして、とある点に気がついた。

 やってきた魔人の軍勢は二種類。

 

 一方は空から。奴らはルキフグスの増援に来た部隊で間違いない。

 

 では、もう一方はどうだろう。

 町──つまりは聖都側からやって来た彼らだ。最悪のパターンは、すでに聖都は攻め込まれていて陥落。攻め終えた部隊がこちらの増援に来たというものだ。

 

 しかし、彼らの服装を観察してみると、そうではないことが分かる。

 

「……なんだ、そいつらは」

 

 魔王の姿をしたルキフグスが吐き捨てた。

 

 

 

 その次の瞬間だった。

 

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

 

 

 ビリビリと。

 大気と鼓膜を震わせる大音声が戦場を突き抜ける。彼らは各々が持つ武器を掲げた。包丁、鍬、鋤……武器と言えるものからそうでないものまでバリエーション豊かだった。

 

「こ、この人達ってもしかして……!?」

 

 

 

故郷(くに)を狙われて黙ってられるかぁ!!』

『このまま尻尾巻いて逃げたら男が廃るってもんでぃ!!』

『女房と餓鬼共が逃げる時間くらい、手前で稼いだらぁ!!』

『むしろ悪魔の首を手土産にしたらぁーーー!!』

『上等じゃあ!! 全員ぶち殺してやれぇ!!』

 

 

 

「……聖都の人達だな。魔人の被害に遭った」

「やっぱり~~~!?」

 

 アスが両頬を押さえて絶叫する。ジェネリックムンクの叫び状態と言えばわかりやすいだろう。

 

「危ないですって!? 戦士でもない方々が……!!」

 

「だから!! 貴方達は!!」

「!! この声……スイコ!!」

「避難です!! 避難優先!! 避難……避難って言っとるやろがい!!」

 

 随分恰幅のいいお相撲さん体型をした騎士が、ブチ切れながら駆けつけてくる。それにしてもあの鳥のお面はなんだ? 緑色してるぞ。……あ、河童か。

 

 河童に狐、その他大勢の妖軍団。

 百鬼夜行でも見ているかのような気分にさせられる。

 

「たしかにこりゃあ……」

 

 

 

「カカカッ!! それでこそウチの男衆だ」

 

 

 

「──修羅の国だわ」

 

 今度は別の方角から笑い声が聞こえてきた。

 そっちを見遣れば、何とも歳のいった──というか老練した雰囲気を隠し切れていない老爺達が物騒な得物を片手に並び立っていた。こちらも例にもれずお面を被っているが、年季が違う。刻まれている傷痕は多く、それでいて古い。かなりの歴史を感じさせた。

 

 つまりは、それだけ多くの戦場と長い年月を渡り歩いた老兵を意味する。

 

「上から下まで血気盛んでいけねぇなぁ。今頃、大聖堂の方も参戦したがってる奴らを押さえんので苦労してるだろうよぉ」

「猊下……!!」

「ここまで来たら致し方なしってな。どれ、おれ達が矢面に立とう」

 

 猊下って、あんた教皇かよ!!

 じゃあ横に居る只者じゃないオーラの爺共も、それに連なるお偉いさん方じゃねえか。枢機卿とかそれレベルの。

 

「なんで真っ先に避難してなきゃいけない立場の人間がここに居んだ?」

「……お盛んですね」

「不潔です!」

「わたしに!?」

 

 アスにカウンターを決めている間にも、睨み合う両軍のヒリつきは高まっていた。

 空からは魔王軍の悪魔と魔物。聖都からは更なる騎士や武装した住民。そうして集った両軍の戦力は、最早小規模の衝突とは呼べぬまで膨れ上がっていた。

 

 戦争だ。

 

 それこそドゥウス奪還にも劣らぬ大規模衝突が始まろうとしている。

 ジリジリと焼かれる導火線を幻視する中、口火を切ったのは両軍のトップ──教皇と〈六魔柱(シックス)〉であった。

 

「残念だったな、〈六魔柱(シックス)〉さんよぉ。ここは通さんよ」

「……教皇フィラデル。まさか、貴様の方から首を差し出しに来るとは。僥倖だ」

「取れるもんなら取ってみな。ただし、タダじゃくれてやれんよ。最低でもお前さんの首と交換といこうや」

「貴様と俺の首が等価? 笑わせるな。屍同然の貴様らに価値などない」

「おいおい、お前さんの目は節穴かぁ? どこに屍があるってんだ」

 

 ニヒルに笑んだ教皇が、後ろに立ち並ぶ者達を指して続ける。

 

「見ろよ。こいつらの目ぇ」

 

 誰もが戦士の目をしていた。覚悟を決めた者達の目だ。騎士は当然として、ただ武装した住民までもが同じ目をしているのである。

 

「皆生きとる。生きようとしてる」

 

 それがどれだけ異常で──貴いことか。

 

「命にそれ以上の価値を求めようなんて、無粋だと思わんか?」

 

 国を。

 友を。

 家族を。

 

 皆が皆、大切なものを守ろうとして此処に来た。

 たとえ武器がなかったとしても、結果は変わらなかっただろう。剣や魔法が使えなくたって、拳一つでここまで来たはずだ。

 

「しぶといぜ、おれ達ぁ」

 

 刀を抜き、教皇が一歩前に出る。

 続けて騎士と住民も。怯える素振り一つ見せぬ進軍に、魔王軍が僅かに後退る。

 

 それが皮切りだった。

 

「勝ったな、この勝負」

 

 口角にさらに深く皺を刻んだ教皇が、胸が膨れ上がるほど息を吸い込んだ。

 

 

 

「──雑兵共がァッッッ!!!!! うちの国の敷居、跨げると思い上がってンじゃねぇぞォッッッ!!!!!」

『オオオオオッ!!!!!』

「一匹残らず殺せェ!!!!!」

『殺せェ!!!!!』

「殺せェ!!!!!」

『殺せェ!!!!!』

「ぶち殺せェ!!!!!」

『ぶち殺せェェエエエエエ!!!!! うおおおおおオオオオオオッッッ!!!!!』

 

 

 

 空が泣く、いや、泣き喚く怒号が轟いた。

 

「もうヤダこの国。アタイ怖い」

 

 どっちが魔王軍か分かったもんじゃないよ、こんなん。

 

「──塵共が」

 

 未だに轟く大音声の合間に零した暗い声色を、俺は聞き逃さなかった。

 

「横槍失礼ィ!!」

「ふんっ」

「別に思ってないけど」

「……〈虚飾〉」

「──俺だけじゃないぜ」

 

 魔王の姿をしたルキフグスと切り結んだ直後、俺の背後から二つの人影が飛び出してくる。

 

「ぬぅうん!!」

「でやああ!!」

 

 幻影の帳を切り裂いて現れたのはベルゴとアスが仕掛ける。

 ベルゴの聖霊が振るう剣が振り下ろされる。が、これはルキフグスの握る金時によって切り裂かれて終わる。

 アスが振るう罪器に対しては、地に着けていた片足を蹴り上げて粉砕。バラバラになった木片が辺りに飛び散った。

 

「この程度──」

「隙ありィ!!」

 

 両腕が塞がり、片足も使った。

 普通に考えれば無防備も無防備。そこへ遠慮なく蹴りを叩き込めば、ルキフグスの体は十数メートルほど後方に吹き飛んだ。

 

 ただの蹴りと侮るなかれ。

 俺だって罪化したら鷲獅子になる。つまり、ただの蹴りも強烈なグリフォンキックと化す訳だ。

 

 一撃を見舞われた胸部からは白煙が立ち昇っている。流石にめり込むまではいかなかった。余程硬い鎧のようだ。

 

どんなもんだい(足痛ぇ~)

「無駄だ。……効かん」

「ま、だろうな。けどよォ」

 

──収穫はあった。

 

()()()()()()()()?」

「……」

「あれれ、おっかしいな~? さっきまでは全然なかったのに、他人に化けた瞬間から触れるようになっちゃったぞ~?」

 

 俺が言外に伝える意図を察し、ベルゴとアス、それにタマモ率いる騎士の面々もハッとする。

 

 さ~て、猿真似野郎の鼻っ面を折る時間だ。

 

「お前、実は余裕ないだろ?」

 

 ピクリと。

 魔王の影が動いた気がした。

 

「他人の〈(シン)〉が使える。確かに強力だ。普通に考えりゃ無敵だわな。でも攻撃を喰らわないって点じゃ、お前自身の〈(シン)〉が最適解じゃねえのか?」

「……何が言いたい」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()──違うか?」

 

 沈黙するルキフグス。

 『沈黙は金、雄弁は銀』って言うが、どうやら時価が逆転しちまったようだな。

 

「だから他人の力に頼るしかなかった。自分(てめえ)の弱点を見破られちまったもんなぁオイ? でも駄目よ~。てんでセンスがないぜ。ナンセンス極まるぜ」

「なんだと?」

「だってそうだろ?」

 

 徐に、俺は両隣に立っていたベルゴとアスの肩に腕を回す。

 突然の行為に目を剥くベルゴと頬を紅潮させるアスだが、俺の言わんとすることは目を見て伝わったようだ。

 

「確かに……そうだな!」

「言えてますね!」

 

 先程の絶望感が嘘だったように、二人は晴れ晴れとした表情となった。

 それを見て尚、未だ怪訝そうにするルキフグス。

 

 罪器の切っ先と共に、俺は奴に真実を突き付けてやる。

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 〈大疑(ネビロス)〉も。

 〈我慢(サタナキア)〉も。

 〈愚癡(サルガタナス)〉も。

 

 全員、一度はぶっ飛ばした敵だ。

 当然、そこには大勢の協力があったことは無視できない。

 

 それでも、燦然と輝く勝利の結果は──歴史は変わらない。

 

「──」

「図星で言葉も出ねぇか?」

「……偽物では勝てないと?」

「おう、そうともよ」

「ならば、貴様も同じだ」

 

 今度はルキフグスが聖剣の切っ先を、俺に向けて突き付ける。

 

「貴様は──魔王(おれ)に勝てない」

「ハハッ」

「何がおかしい」

 

 想定通りの返しだ。

 思わず夢の国のネズミっぽい笑い声を上げちゃったぜ。

 

「ククッ……魔王(おまえ)に勝てない、か」

 

 馬鹿言え。

 こちとら筋金入りのギルシンファンなんだよ。

 

 

 

魔王(おまえ)なんざ──百回はぶちのめしてきたぜ!!」

「……妄言を!!」

「嘘かどうかは……負けてから決めな!!」

 

 

 

 偽物の勇者と偽物の魔王。

 

 

 

 地上を賭けた代理戦争の始まりだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

『──タン』

「……ッ……」

『──ですか』

「んッ……ぅん……?」

『アータン、無事ですか? 応答してください。アータン』

 

 は! と。

 耳元で反響する声に、アータンは意識を取り戻した。

 

「私今……痛ッ!」

『申し訳ありません。衝撃を殺し切れませんでした』

「衝撃? ……そうだ!」

 

 血に濡れた額を拭うより前に、意識を失う直前に焼き付いた光景が蘇ってくる。

 

 森が、山が。

 そこに居たであろう多くの命が爆炎に焼かれる光景。

 

 直後、襲い掛かって来た衝撃波に巨体が倒れた衝撃で、自分は強く頭を打ってしまったのだ。

 

 だが、問題はそんなことよりも。

 

「敵は!?」

『……最悪の状況です』

「え?」

『見てください』

 

 格納空間の壁が開き、外の景色が窺えるようになる。

 

「……嘘」

 

 そこに立っていたのは燃え上がる破壊神の姿。

 背中には五十に及ぶ大蛇の大群が蠢いており、不気味な青白い火を吹いていた。歪む景色からするに相当の熱量を孕んでいるのだろう。それほどの炎を迸らせる巨躯も、それは例外ではなかった。

 

「自分諸共……焼いてるの?」

『恐らく動力源が臨界状態に達しているのでしょう』

「りん……かい?」

 

 聞き慣れぬ単語に首を傾げるアータンに、マインは説明を続ける。

 

『通常人造人間(ホムンクルス)の動力源は、普通の人間と同様に体内の魔素より生成される魔力……ですが、ワタシ達のような規定を越えた大きさの人造人間を維持するには、それだけでは足りませんでした。ですので、お母さんはそれを補える動力源を別に埋め込んでいたのです』

「マインのお母さんが? それって……」

『名を──『魔核』』

 

 巨体の胸部収まる大きな球体。

 これがマインの巨体を動かす動力源なのだった。

 

『厳重な管理と制御の下、臨界に達した場合は問題ありません。膨大なエネルギーを長期的に生産してくれるだけです。ですが、もしも制御不能になってしまえば……』

「なると……どうなっちゃうの?」

『……極めて人体に有害なエネルギーが大量に放出されます』

「ええッ!?」

『そして、超臨界状態に達した場合──辺り一帯が更地となる大爆発が引き起こされるでしょう』

 

 当然、この戦場に居る者達は死ぬ。

 聖都に居る人々も死ぬ。

 

 誰一人として生き残る者は居ない。

 

 地獄とさえ呼べぬ焼け野原が、この世に産み落とされてしまう。

 

「そんな……そんなの絶対に止めなきゃ!!」

『勿論です。しかし……』

「うわっとと!?」

 

 巨体が立ち上がろうとする。

 が、しかし。

 

『如何せん……損傷が……!!』

 

 度重なる衝突と損傷のダメージ。

 極めつけは先の熱線だ。あれにより右腕も焼かれ、金色の巨体は両腕を喪失するという甚大な被害に見舞われていた。

 

 このまま再びヘカトンケイルに対峙したところで結果は見えている。

 順当に叩き潰されるか、取り込まれるか。

 どちらにせよ死は免れないが、何もしなくともいずれはヘカトンケイルに限界が来て、アイは死ぬ。

 

(……致し方ありません)

 

 迷いは一瞬。

 マインは腹を括った。

 

「わっ!? 何、この……光!?」

 

 アータンの目の前。

 ふよふよと浮かんでいた魔力の根源が、突如として眩い光を放ち始めながら上昇する。向かう先は彼女の頭上。アータンの手元から離れて一分も経たない内に、魔核はマインの下へと飛んでいったのである。

 

『──3分』

「え?」

『それが……()()()()()()()()()()()()()()

 

 傷ついた金色の巨躯が起き上がる。

 両腕を失った痛々しい姿を晒す巨体には、全身に青白い紋様が広がる。それは失くした両腕が元々あった場所まで伸びていく。

 

 まるで、本来あるべき形を示すように。

 

(……ごめんなさい、お母さん)

 

 そして、奇跡の軌跡が描かれた。

 周囲の焼き尽くされた大地と木々が分解され、何もなかった空間に導かれていく。すると、巨人の両腕がみるみるうちに再生していった。

 

 金色とは程遠い漆黒。

 しかしながら、拳を鎧うは黄金よりも眩い金剛の輝き。炭素をダイヤモンドに組み直し、自らの硬さを高めていた。

 

 一方で巨人の頭部が切り開かれる。

 刻まれていた線に沿うようにして展開する装甲。その中より現れるは、一点の眼光を迸らせる単眼──ではなく魔核。

 

 

 

『──〈天眼形態(フォルマ・キュクロプス)〉』

 

 

 

 最後に光が迸った。

 炎のような、雷のような。固体でも液体でも気体でもない物体の放つ煌めきが、巨人の周囲を飛び交いながらバリアとなって展開される。

 

『今です』

 

 再臨する巨人の存在に、暴走する巨神が気付く。

 

 睨み合う単眼同士。

 睨み合う巨神同士。

 睨み合う──守護神と破壊神。

 

 

 

『今が……命を懸ける時です!!』

 

 

 

 死闘は延長線にもつれ込む。

 時間は3分。

 

 

 

 泣いても笑っても──これで決着だ。

 

 

 

 




Tips:身代わりの王(ウィカリウス)
 〈邪見のルキフグス〉の奥の手。
 通常、〈聖域〉として展開している影を凝縮し、自分以外の他者を模倣する技。模倣した相手の力を再現でき、それは〈罪〉も例外ではない。

 再現可能範囲は〈六魔柱〉どころか、自分の主である魔王にまで及ぶ。

 一見臨機応変に対応可能な隙のない技のようにも思えるが、この姿は不定形であるが故の守りを捨てた、ルキフグスにとって諸刃の剣に等しい技でもある。
 それでも強力無比である事実は変わりはない。

 しかし、それは完全無欠の証左にはならない。

 諦めず、冷静に戦えば、活路は見えてくるはずだ。
 これはまだ前哨戦に過ぎないのだから。
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