嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百五十五話:時代は新たなる伝説の始まり

 

 

 

『──錬金術の禁忌(タブー)は憶えているかい?』

 

 

 

 国一番の錬金術師たる母が、ある日、ワタシにそう問いかけた。

 

『はい。国の承認なき錬金術の行使です』

 

 忘れた日などない。

 母より錬金術を習い始めた最初の日に、まず教えられたことだ。もっとも、国に愛想が尽きて出奔した今となっては関係ない話であるが。

 

『そうだね。人体錬成に並ぶ禁忌だ。じゃあ、なぜそれらが駄目だと思う?』

『なぜ、ですか?』

 

 なぜ、と問われた途端、ワタシは返答に窮した。

 教えられた知識ならばいくらでも答えられる。だが、そうでない母の質問に対して、ワタシは余りにも無知で無力だった。

 

『……分かりません』

『意地悪な質問だったね。でも、そういう時は当てずっぽうでもいいから推測を立ててみるんだ。これからはそういう練習をしよう……さて、どうして禁忌なのかの話だったね』

 

 母は机の上に置かれた金属を弄りながら続けた。淡い青白い光を放つ球体──半球同士を合わせる直前のような物体。僅かに覗き見える内部には緻密な魔術式が所狭しに綴られているのが見える。

 

『単純な話だ。表向きには、錬金術を騙った商品を売り捌こうとする悪党の取り締まりさ』

()()()?』

 

 ふと引っかかった言葉を口に出す。

 すると、母は少し驚いた顔を浮かべた後、心底嬉しそうな笑みを母が浮かべた。しかし、それも束の間だ。母はみるみるうちに神妙な面持ちへと変わっていく。

 

『──『錬金病』。()()()も冒された病、その原因になるからさ』

 

 母が目の前の球体を叩いた。

 金属の鈍い音が鳴り響く間も、球体の中には淡い光が収まっている。

 

『アマイモン。錬金術の真髄とは?』

『魔術にて万物の源たる元素を操り、万物を生み出すことです』

『その通り。しかし、中には生み出してはならない物も存在する。──なんだと思う?』

『……毒、でしょうか?』

『ま、概ねその通りだよ』

 

 苦々しく唇を歪めながら、母は淡い青白い光を見つめながら続けた。

 

『知識もなく錬金術を使い、猛毒が出来れば周囲に被害が出る。だから国が取り締まる……なんてことはない話だ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()──こいつが特に厄介だ』

()()()()()()()?』

『ああ。その力を浴び続けると人の形を記憶する細胞──人体の設計図とでも言っておこう。そいつを壊されてしまう。少量ならばなんてことはないが、長期間……あるいは一度に大量に浴びてしまったら最後。再生術を使っても体は元通りに治らなくなる』

 

 母の手は、焼け爛れていた。

 錬金術で治せなくもないはずなのに『戒めだ』と言って頑なに残していた傷痕である。

 

『ここで一つ昔話をしよう。ある日、馬鹿な錬金術師が好奇心に駆られてより、その力を発する様々な元素を作り出そうとした。……どうなったと思う?』

『……力を大量に浴びて死んだ?』

『正解』

 

 母の口元は笑んでいた。

 

 

 

『町一つが、跡形もなく()し飛んだよ』

 

 

 

 ただし、目はこれっぽっちも笑っていなかった。

 その時のただならぬ空気は、今に憶えている。

 

『元素の“核”は特定条件下で爆発的な力を生み出す。お前の魔核にも用いている原理だよ』

『ワタシの? 危険ではないのですか?』

『魔術式で制御しているから問題にはならない。だが、もしもお前が意図的に“核”を暴走させようとすれば同じ反応が起きるだろう。だからお前に錬金術を教え始めた日に言ったね? 決して異なる元素を生み出してはならないと』

 

 数多教示された錬金術の禁忌、その中でも絶対に破ってはならぬ──そういう気迫を確かに感じ取ったのだ。

 

『はい。確かに』

『……いい子だ。国の連中も、お前みたいに言うことを聞いてくれたら……』

 

 母は項垂れていた。

 覗き見える横顔から窺えたのは──きっと、自嘲と後悔だったのだろう。

 

『馬鹿馬鹿しい、本当に馬鹿馬鹿しい話だ。欲に目が眩んで、国の未来を潰すだなんて。私は何度も警告したんだ。これ以上錬金病の犠牲者を増やさない為も金を生み出すな。一刻も早く錬金術の使用を禁ずるべきだと』

 

 今にも泣きそうな声で。

 いや……泣いていたに違いない。

 

 それでも涙を見せぬ理由は、今ならば分かる気がした。

 

『錬金病は小さい子供ほど重篤な症状が出る。血が作れない。知性の障害。悪性の腫瘍。……奇形で生まれてくる子供の数だって把握していただろうに……ッ』

 

 彼女は母だったから。

 

 子供の前だったから。

 

『何が賢者の石だ。何が万能の薬だ。お前らに必要なのは馬鹿につける薬だよ。やめろと言ってるのにやめない患者をどう救えばいい?』

 

 だから、あの国は滅んだのだろう。

 今ならば分かる。

 

 富に目が眩み。

 強欲を貪って。

 

 そして、自分達の未来さえも食い尽くしてしまったのだ。

 

『肝に銘じるんだ。何があっても“核”は暴走させてはならない。あれは破滅の力だ。生み出される力こそ莫大だが人の手には余る代物だよ。……決して手中に収めようだなんて思わないことだ』

 

 この時、ワタシは。

 

『……もしも』

『? なんだ』

『もしも、その力をどうしても使わなければならない時があるとしたら……それはどういう時ですか?』

 

 ワタシは、一つ疑問に思った。

 

『……それは、』

 

──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()を救うことができる賢者の石。

 それを完成させられすれば、他の生まれてくる子供達を救うことだってできたはずだ。家族を見捨てられぬほど情に厚い彼女が、同じ苦悩を抱く他の親子を見捨てるはずがない。

 

『……そうだね』

 

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『その力で山ほどの人を救えるなら……()()()()()()()()()()

 

 

 

 そう口にしたならば、結局は。

 

『分かりました』

 

 その時は違ったのだろう。

 

 

 

『では──然るべき時に』

 

 

 

 ***

 

 

 

『──〈天眼形態(フォルマ・キュクロプス)〉』

 

 

 

 巨神の全身から青白い光が迸る。

 “魔核”より湧き出る魔力とも違う力。マインの母が、彼女を生かす為に刻み込んだ魔術式によって変換される力、その余波とでも言おう。

 

(臨界状態を制御できるのは3分が限界)

 

 ただし、力を処理できる量にも限界がある。

 3分──マインの頭脳が導き出した最適解だ。最高効率で力を生産し、尚且つ臨界が暴走まで至らぬ限界点。

 

『それまでに──片を付けます!!』

 

 すなわち、ヘカトンケイルを倒し、アイを救うことのできる制限時間。

 ならば、必要なのは速さだ。

 

 黄金の回路を引き直し、各装甲の配置を置き換える。

 喪失した両腕は黒い輝きを放っていた。CFRP(炭素繊維強化プラスチック)──樹脂カーボンとも称される素材は、周囲の樹木と炭素を元に生成された守護神の新たなる腕である。

 引張強度は金属の約5倍。単純な硬さこそ金属に劣るものの、代わりに彼女は“軽さ”を得た。

 

『マイン、行きます!!』

 

 黒金に染まった肉体が駆け出す。

 初速が違った。

 グンッ! と異様な速度で飛び出した巨体は、猛スピードで暴走する破壊神との距離をみるみるうちに縮めていく。

 

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!』

『遅い!!』

 

 当然、ヘカトンケイルの迎撃が襲い掛かる。

 しかし、これをマインもまた迎撃。真蛇と化した巨腕の群れを、拳に生成した拳鍔(メリケンサック)で次々に殴り飛ばす。

 

 最初こそ金剛の輝きを放っていた拳鍔。

 文字通りダイヤモンド製の拳鍔はモース硬度──引っ掻きに対する強度こそ最高峰だが、対して衝撃には弱い。一度の拳打で劈開すれば、尖った先端で突き刺す短剣(カタール)へと早変わりする。

 

(壊れた傍から再生……いえ、()()します!!)

 

 それすらも叩きつけるなり突き刺すなりして破損すれば、今度は殴った相手の部位を取り込んで新たな武器へと変換。岩石で形成された敵の肉体から岩石の巨斧や巨剣を造り出し、何度も叩きつけていく。

 

『おおおおお!!!!!』

 

 繰り返される破壊と創造。

 柄にもない鬼気迫る少女の雄叫びは、暗雲が立ち込める空にわんわんと広がり響いていく。

 

(ッ……遠い!!)

 

 だが届かない。

 手が届かない。

 

『再生が……早過ぎます!!』

 

 心だけではどうにもならない壁が、そこにはあった。

 

「マイン!!」

『アータン、そのまま魔力の増幅をお願いします!!』

「でも、これ以上やったらマインが!!」

 

 破壊神の猛攻を凌ぎながらの前進にも限界が訪れていた。

 無尽蔵かと錯覚するほどの莫大なエネルギーを、さらに〈嫉妬(アータン)〉で増幅する現状だ。

 

 得られる力は莫大だ。

 しかし、当然ながら限界が訪れるのも早い。こうして真蛇に一撃加える間にも、マインの巨躯のあちこちから魔力の火が噴き上がり、装甲に亀裂を広げていく。

 

『いえ、このままお願いします!!』

「ッ……()()()!?」

『──そのまさかです』

 

 さらに巨神の背中が弾け飛ぶ。

 余剰の魔力を推進剤に、巨神はさらに前進する。自らの意思による歩行とは違う。後ろから突き動かされる力だ。目測を見誤れば、前から来る攻撃を諸に喰らう羽目になるだろう。

 

『彼女を止めるには──()()()()()()()()()

 

 勝算はある。

 そんな口振りを聞いて、内部に格納されているアータンは静かに目を閉じた。

 

「……うん、分かった」

 

 覚悟を決めるまで、それほど時間は要しなかった。

 

「救けよう。マインの家族を!!」

『──ありがとうございます』

 

 だが、その為にも。

 

『タイミングが来たら合図を出します。それに合わせて、魔力増幅を最大出力に!!』

「了解だよ!!」

 

 兎にも角にも近づかねば話は始まらない。

 すでに真蛇を叩き落すこと十頭ほど。それでもまだまだ残りは、文字通り山のように居る。あれを全てまでとは言わないが、邪魔をされない程度に潰さなければ盤石にはなり得ない。

 

(残り2分はとっくに切った!! 猶予はない!!)

 

 この猛攻を前には長い、しかし、為すべきことを為し遂げるには余りにも短い時間しか残されていない。

 

(それでも前に進むしか──!!)

「マイン!! ヤバいのが来るよ!!」

『!!』

 

 魔力の膨れ上がりを感じ取ったのだろう。

 いち早くアータンが警鐘を鳴らした直後、マインの方を向く真蛇の口が煌々と輝きを放ち始める。

 

(熱線!!)

 

 森を焼き払った獄炎の光線。

 直撃すれば装甲は溶かされ、大部分を焼失してしまう。そうなればタイムロスは確実。ただでさえ残り少ない猶予を失う。

 

 (すなわち)失敗。

 

『突っ込みます!!』

「信じてるよ!!」

 

 失敗すれば死は免れない。

 勇者との旅路で肝も据わってきたアータンも、即座に了承の声を張り上げて応答する。

 

 その覚悟に応える為にも、マインはさらに深く大地を踏み込んだ。

 直後、灼熱の熱線が頭上を越えていった。一瞬遅れて背後で起こる大爆発。その爆風がスタートの合図だった。

 

 軽量化と遂げた巨体は、一度目の突撃よりも疾く、そして身軽に駆けていく。

 接近する間も熱線の雨はやまないが、その度に身を捩るなどして回避した。それでも避け切れぬ熱線は必要な損傷だと割り切り、甘んじて喰らっていく。

 

『フンッ!!』

 

 そして、時には跳躍で相手を翻弄する。

 熱線を吐き散らす真蛇の顔を踏みつけ、空高くに跳び上がったのだ。そのまま真蛇の上を駆け抜けていく。

 

『狙えるものなら狙ってみてください』

 

 挑発されるがままに真蛇は熱線を吐く。

 しかし、蒼白の光条が切り裂いたのは黒金の巨人ではない。

 

『オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!?』

 

 狙いが外れた熱線に胴体を焼き切られた真蛇が断末魔を上げる。溶断された断面は赫々と炙られており、すぐさま再生しようにも、留まる高熱がそれを許さなかった。

 そうしている間にもアクロバットは続く。次々に襲い掛かる頭を踏みつけ、違う真蛇に飛び移っていった。

 

「いける……いけるよ、マイン!!」

『はい!!』

 

 跳躍の度に轟く地鳴りは、さながら喝采のようだった。

 アータンからも熱い声援も届き、マインは一際力強い声で応答する。

 

(有効射程圏内……ですが!?)

 

──残り1分を切った。

 

 大顎を開ける真蛇に飲み込まれるも束の間、その喉笛は黄金の双牙に切り裂かれる。否──双剣と呼ぶべきだったろうか。

 

(隙がない……!!)

 

 悪い予感でも覚えたのか、ヘカトンケイルの猛攻は苛烈さを増す。

 最早、自傷さえ厭わぬ突撃と熱線の嵐が吹き荒れる。どうにか回避しようにも、マインには聖都や味方を攻撃に巻き込めないという制約がある以上、回避方向にも限界はあった。

 

 無理に攻撃を仕掛けること自体は可能だ。

 だが、その場合確実に反撃を喰らう。そうなってしまえば必然的に中に居る仲間(アータン)にも被害は及ぶだろう。

 

 たたらを踏むマイン。

 そうしている間にも、残り30秒を切った。

 

「マイン!!  もう時間が!!」

『分かっています!! ですが……!!』

()()()()()!!」

『!!』

 

 それが、最後の一押しだった。

 

 

 

『──ワタシ達の勝利の女神を信じましょう!!』

 

 

 

 とある勇者の受け売りを胸に、守護神は立つ。

 

 

 

 その背に背負うものを守らんと。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──人間には同情する」

 

 跋扈するは魑魅魍魎。

 その様相は兵戈槍攘(へいかそうじょう)

 

 人間も悪魔も等しく血を流す戦場にて、ただ一人血を流せぬ悪魔がポツリと零した言葉だった。

 

「戦略的価値のない命を守らねばならず、自ら逃げ道を塞ぐ」

 

 魔王の形を模った大悪魔の言葉は、それだけの重みを伴って対峙する人間に圧し掛かる。すでに流れ出た血は少なくなく、地面には幾人もの人間が倒れ伏していた。

 

 誇りを胸に立ち上がった騎士も、家族を守らんと立ち上がった住民も。

 

「まったく。実に理解し難く、付け込み易い連中だ」

 

 それを見たルキフグスは──鼻を鳴らした。

 ()()()()()()

 

「守るものが後ろにあると逃げ出せないな? ──勇者」

「そうでもねえぜ」

 

 だが、挑発する魔王の影の眼前に紫電が閃く。

 ガキンッ! と火花が散れば、偽物の勇者と魔王が切り結ぶ形が出来上がっていた。そこへすかさず追撃を入れるのが、偽物の聖騎士と聖女だった男達である。

 

「るおおおお!!」

「やああああ!!」

 

 罪度はⅢ。

 全身全霊全力の一撃を、魔王を騙る影目掛けて叩き込む。

 

 しかしだ。

 

「学習しない奴らだ」

 

 最早辟易を通り越し、感心すら感じられる声色だった。

 されど、返す太刀に容赦はなし。伝説に記される聖剣と業物を振るい、魔と罪の力を宿せし者達をただの剣圧で吹き飛ばしていく。

 

「ライアー殿!!」

「気にすんなァ!! 変わらずそっちは任せたぜ」

「ッ……合点承知!!」

 

 心配するタマモに余裕を見せつつ返答するライアー。

 そのまま黒翼を羽搏かせて体勢を立て直す彼であったが、地面に足を着けるや否や、漏れ出たのは深い溜め息であった。

 

「やれやれ。あれでも駄目か」

「なんという剛力だ。身体強化系の〈(シン)〉か? にしてもだ」

「あれが魔王の力ですか」

 

 隔絶した力の差をひしひしと感じ取り、嫌な汗が三人の背を伝う。

 サルガタナスの時とも違う感触だった。〈愚癡〉が空間を捩じるという異次元な能力だったのに対し、こちらの剣圧には特殊な力を用いているようには見えなかった。

 

 つまり、純粋な腕力であれを起こしているという訳だ。

 

「──向こうも直に片が付きそうだ」

 

 ルキフグスの背後に見える二体の巨神。

 黒金の守護神が両腕を構えた一方で、蒼炎を吐き散らす破壊神が眼球にエネルギーを収束し始めた。

 

 早撃ち勝負だ。

 こうなってしまった以上、先に撃つ準備が完了した方が勝つだろう。

 

 しかし、どうにも収束の速度は破壊神に軍配が上がりそうだった。こちらもまた同様。偽物とは言え、勇者と魔王の戦いは後者が優勢に戦いを進めていた。

 頂上決戦の旗色は、その御旗のもとで戦う者達の士気にも大いに関わってくる。

 

「ハハッ、見ろぉ!? やつら、ルキフグス様に手も足も出て──ぎゃ!?」

「喧しいぞぉ三下ぁ!!」

 

 余所見をした悪魔の首が刎ね飛ばされる。

 血払いをする教皇フィラデル。彼の刃の如き眼光を放つ金壺眼は、冒険者達の方をじっと向いていた。

 

「〈怠惰(たいだ)のベルゴ〉……随分な大物じゃあねえか」

「死ねぇ、人間!!」

「邪魔だ」

「ぎぇ!?」

 

 最早振り返りもせず、また一匹雑魚を切り伏せる。

 しかし、教団最高責任者たる彼の首を狙う悪魔は一匹や二匹では収まらない。

 

「奴だ!! あれを取れば上に上がれるぞぉ!!」

「次の〈六魔柱(シックス)〉の座はおれのモンだァ!!」

 

 血気盛んと言うべきか、向上心の塊と言うべきか。

 功名心に駆られた悪魔の群れは、血花模様に彩られる老爺に群がっていく。

 

「──〈不知火(シラヌイ)玉の海(タマノウミ)

『ぐおあああ!?』

 

 刹那、そんな浅はかな悪魔を飲み込む大渦が唸りを上げた。

 

「猊下!! あまり前に出られては……!!」

「阿保言ぇ。剣士が前に出ねえでどォする?」

「一理を補って余りある二理、三理があるのです!!」

「バハハハハ!! スイコぉ、こいつに言っても何無駄だよぉ~ん!!」

 

 〈聖域〉を張って教皇を守ったスイコだが、当人から返ってくるのは余りにもあんまりな回答だった。枢機卿も枢機卿で援護射撃をしてくる……教皇の方のだ。

 

「これだから貴方方は……後ろに付いていきます!!」

「応とも!! 後れを取るんじゃねえぞ!!」

 

 いや、どっちもどっちだった。

 

「こ、こいつらイカれてやがる……!?」

 

 悪魔すらも恐れ戦く修羅の列に、残るは阿鼻叫喚と屍山血河のみだ。いや、付け加えて言えば修羅の哂い声だろうか。教皇が先頭に立つ方は、僅かながら押し返してはいた。

 

 さて、問題は魔王(こちら)だ。

 

「どうした、来ないのか? 逃げるなら今の内だぞ。逃げられるものならな」

 

 饒舌に挑発する魔王の影。

 垂れ流す圧倒的な魔力には、たとえ歴戦の勇士であっても膝を突いて平伏する圧力があった。ましてや連戦の疲弊が重なるライアー達であれば尚更であった。

 

「ハッ!」

 

 むしろ当然──然るべき結果と言い換えてもいい。

 ただし、勇者(かれら)は違う。

 

「逃げる? おいおい、魔王からは逃げられないってかぁ? そういうのは大魔王サマになってから言ってほしいもんだぜ」

「……ほう?」

「そもそも……お前みたいなボス相手に、『逃げる』って選択肢なんざ端からありえないんだよ」

 

──なんでか分かるか?

 

 魔王の答えなど、待たない。

 

「──()()()()()()()()()()()()

 

 後ろを指しながら。

 

 勇者はそう告げた。

 

「あとな、お前はもう一つ勘違いしてるぜ」

「……なんだと?」

「守るものが後ろにあると逃げられない? 当たり前だろ、俺達は守る為に戦ってんだ」

 

 今度は前を見る勇者。

 

「だからな、守るものが前にあった時、人はどれだけ道が長かろうが険しかろうが、邪魔障害物があろうがぶっ飛ばして前に進める」

 

 その目は笑っていた。──魔王を。

 その目は映していた。──仲間を。

 

「俺達が守りたいものは、お前を倒した先にあるぜ? ──魔王」

「……それで?」

 

 ひどく冷めた声色でルキフグスは返した。

 

「万が一貴様らに俺を倒せたとして……()()を倒せる気か?」

 

 大聖堂よりも巨大な破壊神を指して、魔王の影は嘲る。

 

「神話の怪物、伝説の破壊神・巨神兵(ネフィリム)を──」

(ぶわ)ぁ~~~~鹿()!」

 

 目には目を。

 歯には歯を。

 嘲りには嘲りを。

 

「『倒せる気か?』、じゃねえだろ!」

「……なんだと?」

「ギャハハハハ!!」

 

 下品な笑い声を響かせる勇者。

 相手を挑発する為とは言え、やり過ぎなくらい抱腹絶倒する彼に、さしものルキフグスも不快感を露わにする。

 

 が、しかし。

 

「忘れたかよ」

 

 底冷えする勇者の声に、魔王の双眸が怪訝から思案に。思案から把握に。

 そして、把握から驚愕へと色を変えた。

 

「誰が巨神兵(ネフィリム)をぶっ倒したか」

 

 

 

──歴史を思い出させてやるよ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──〈霊烏の八咫鏡(ラウム・マグナ・スペクルム)〉」

 

 

 

 その時、大地が沈んだ。

 

『ッッッ!!?』

 

 破壊神が踏みつけにする足元。

 その他に多くの巨腕も突いていた大地──面積で言えば村一つ分はありそうな範囲が、一度だ。

 

 予期せぬ事態。

 それ故に、臨界寸前だった破壊神の目は落下の勢いで空を仰いだ。

 

 間もなく破壊の光芒は空を焼く。

 暗雲を切り払い、その先に広がる赤い空をも焼かん勢いだった。

 

 それどころか真蛇の大群も、突然の地盤沈降に反応し切れずに熱線を見当違いな方向に吐き散らす。結果、自らが沈む大穴をも焼き溶かし、己を溶岩の海に沈める結果となった。

 

『あれは……!?』

「──仕込みが」

 

 溶岩の海より飛び出す人影が見えた。

 

「長引き……申した」

 

 黒羽根を撒き散らす鬼神。

 〈鬼の涙〉団長レイムは、溶岩をものともしない速度で焼け爛れた皮膚を再生していた。だが、それは半分正解で半分間違いである。正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うべきか。

 

「長風呂が……過ぎた」

 

 最初の一撃。

 真蛇の大群から浴びせられた熱線の嵐に見舞われ、レイムは一度全身に大火傷を負った。それで死なぬのもどうかという話だが、彼の罪化──鬼人族由来の適応能力と、古巣の神癒隊(メディック)仕込みの回復術により、超速の適応と再生を繰り返して生還を遂げたのだった。

 

──だが、そんな話は後回しだ。

 

「やれ、〈強欲〉」

 

 どれだけ叫んでも届かぬ距離だった。

 

『──了解!』

 

 しかし、届いた。

 

 言葉ではなく、想いが。

 

『発射まで10……9……8……』

 

 レイムが命懸けで作った隙に、マインは狙いを済ませる。

 二振りの剣──否、金属板と化した両腕を平行に構えた。すると、その間には彼女の魔核より生み出されたエネルギーが充填されていく。

 

『7……6……5……』

 

 ただの飛び道具であれば届かぬ距離だった。

 その巨大さ故に縮尺が狂うが、彼女達の間はどれだけ短く見積もっても、怪物級の強弓でも巨大な投石器でも足りはしないだろう。

 

『4……3……2……』

 

 専用の魔道具、又は罪器であればあるいは。

 それでも、小さな一点を撃ち抜くにはあまりにも心許ない。不可能と言い切ってもいい。

 

『1……アータン!!』

「──〈水鱗鏡(エクス・オクリス・スクワマエ)〉!!」

 

──頭抜けて優秀な観測手(スポッター)が居なければ。

 

 死神を打ち抜いた魔女の目と力が加わり、巨神の眼光が強く瞬いた。

 

(見えた!!)

 

 遠見の魔法の先に、マインは道を見出した。

 

 仲間を。

 家族を。

 そして、この国に生きる大勢の人々を救う道。

 

 その為の力は、今、満ち足りた。

 

充填(チャージ)完了。照準よし(ロックオン)

 

 満ちるは電力。

 生み出すは電磁気力(ローレンツ力)

 物体を電磁気力により加速して撃ち出すその装置を、異なる世界ではこう呼んでいた。

 

 

 

『──〈守金魔の黄金銃(アマイモン・アウレウム・スクロペトゥム)〉!!』

 

 

 

──電磁投射法(レールガン)、と。

 

 2本の電極と化した黄金の双剣──否、銃身(レール)より弾丸が射出される。弾丸の周囲には、ベイパーと呼ばれる空気が圧縮される水蒸気が尾を引いていた。

 音速(秒速340m)の壁を突き破る弾頭。破壊神が浸かる溶岩風呂の飛沫をも、その圧だけで吹き飛ばす。

 

 着弾までおよそ数秒。

 ほとんど一瞬の出来事だった。

 

 しかし、弾頭は着弾した破壊神の胸部を貫かなければ抉り取りもしない。鉛玉もそうであるが、銃弾とは自分よりも硬い物体に衝突すれば、貫通する以前に潰れてしまうのだ。

 

 

 

 であれば、これは失敗──。

 

 

 

「──予定通り、到着……ッ!!」

 

 

 

──であるはずもない!

 

「作戦を……続行します!!」

 

 弾頭は()()()()()だった。

 巨体を捨て、己が身一つで破壊神の胸部張り付いた彼女の目論見は唯一つ。

 

「利用させていただきます」

 

 開いた掌を目の前の胸板に叩きつける。

 刹那、破壊神の胸部よりまた新たな紋様が広がっていった。青白い光とは違う、怜悧で無機質な輝き。

 

(〈強欲(ごうよく)〉の〈(シン)〉よ。ワタシに応えてください)

 

 〈強欲〉の根幹を成すは、“奪う力”と“与える力”。マインはその内の後者を用い、巨人──延いては黄金に意識を拡張し、あれだけの巨体を動かしていたのだ。

 

 今回も〈金字塔〉中の時と同じだ。

 

 

 

(ワタシの意識を──()()()()()()!!)

 

 

 

『オ゛──オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛……!!!!!!???』

 

 それまでの指揮系統とは違う意識の参入に、破壊神は咆哮を上げた。

 混乱、困惑、動揺……奇しくも、奪い取った黄金で埋めた部位ほど魔力回路の広がりは早く、破壊神の動きをみるみる鈍くさせていく。

 

「くっ……ぎッ……!!」

 

 しかし、マインもただでは済まない。

 これほどの体格差だ。自らの魔力回路を広げて意識を割り込ませることは、魔力が逆流し、自身の人格が焼き切られる危険性を孕んでいた。

 

「くっ、ぐぅうう……!!」

 

 チカチカと瞬く双眸の一方で、穴という穴からは血液代わりに流れていた水銀が溢れ出る。

 

(もう少し……もう少しで!!)

 

 魔核の暴走を止めるには、どうにかして自身の〈錬金魔法〉を“(アイ)”に届けなければならない。

 

 

 

 その為に──この分厚い腐肉の棺が、どうしても邪魔だった。

 

 

 

「ア゛ータンッッッ!! お願いしま゛すッッッ!!」

 

 

 

「──主よ、満たしたまえ」

 

 

 

 魔核を失い、力尽きた守護神。

 その頭上に光輪が浮いていた。

 

 

 

「天つ真清水、流れ出でよ。遍く世をぞ、潤したまえ」

 

 

 

 否──それは天使である。

 揺蕩う羽衣は、七色の鰭。

 

 

 

「天つ真清水、溢れ出でよ。尽きぬ恵みを、もたらしたまえ」

 

 

 

 彼女は忘れなかった。感謝を。

 彼女は送られてきた。感謝を。

 

 

 

「天つ真清水、注ぎたまえ。罪に枯れたる、ひとくさの花に」

 

 

 

 数多の感謝を送り、送られてきた人生。

 その結実と言わんばかりの光景が、今、そこには広がっていた。

 

 

 

「永く渇きし我が魂も、汲みて命にかえりけり」

 

 

 

 天に向ける槍の矛先には、守護神より授かった有り余る魔力が渦を巻いていた。

 

 

 

 大きく、大きく、余りにも大きく。

 それはまるで、太陽のように空で輝いていた。

 

 

 

(……マイン)

 

 

 

 眼下で沈黙する破壊神を見下ろすアータン。

 頭上に光輪を浮かべ、全身には煌びやかな鱗が無数に生え揃っていた。天女の羽衣を彷彿させる鰭を手足から靡かせる一方で、背中からこれまた立派な背びれが、まるで翼のように広がっていた。

 

 

 

(ありがとう)

 

 

 

 そして、彼女は天に至った。

 

 

 

 

 

「──〈海蛇神の百叉水魔槍(レヴィアタン・ヒドラ・オーラハスター)〉ァーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 天に浮かぶ水球。

 孵化を迎えたかの如く、その水面が食い破られる。

 

 

 

 その(あぎと)の数──実に百。

 

 

 

『オ゛ッ……オ゛ッ……』

 

 

 

 死を予感した破壊神が恐怖に声を震わせながらも、迎撃に打って出る。

 最早素材などなんでもいい。周囲から片っ端から吸収し、再生した真蛇の口より熱線を迸らようとする。

 

 その数も実に百。

 

 

 

 が、しかしだ。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!』

 

 

 

 天より降り給う流星群を、一体誰が撃ち落せようか?

 真蛇の口より迸る熱線に身を焼き切られようが関係ない。膨大な水の質量と共に真蛇の喉笛に噛みつく水龍は、そのまま真蛇の孕んでいた熱量と反応を起こし、水蒸気爆発で周囲を吹き飛ばす。

 

 それが数度起こったところで、すでにボロボロであったヘカトンケイルの守りはほとんど引き剥がされてしまった。

 

『オ゛ッ』

 

 流星群は、終わらない。

 

 

 

『ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーーーーーッッッ!!!!!!!!???????』

 

 

 

 断末魔。

 だが、それすらも水龍の群れは飲み込んでいく。一頭一頭が大滝に匹敵する質量と勢いの大魔法に匹敵する威力を孕んでいるのだ。

 これほどの巨体を擁する破壊神とは言え、どちらが捕食者などかは瞭然であった。

 

『オ゛ッ!!? オ゛オ゛ッッ!!!!?』

 

 肩。

 腰。

 

『オ゛オ゛オ゛ッッ!!?  オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!?』

 

 腕。

 腹。

 

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!?  オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!?』

 

 頭。

 脚。

 

『オ゛──』

 

 そして最後に喉笛を。

 

『──』

 

 破壊神は破壊された。

 〈嫉妬〉に討たれた。

 

 

 かつての歴史を辿るように。

 過去の英雄譚をなぞるように。

 

 

 

 伝説は──再現された。

 

 

 

 




Tips:錬金病
 ある黄金都市を滅亡に追いやった風土病。
 黄金都市が錬金術で栄えていたことから、この呼び名となった。

 主な症状として、軽度であれば脱毛、紅斑、眩暈が挙げられ、重度な症状に関しては造血障害、悪性腫瘍の発生、生まれてくる子供の奇形や知性障害が挙げられる。
 結局、黄金都市はこの病の治療法を見つけることが叶わず、国を統治する王族や貴族は死亡。生き残った住民も国外に逃げ出したとされる。

 後年の研究により、この病は錬金術を用いて元素が別の元素に変化させられる際に放出されるエネルギーにより、人体の細胞が損傷されることで発症することが判明。
 間もなく錬金術(錬金魔法)は禁術に指定され、後の世でも知識なき者が錬金術を取り扱うことは固く禁じられるようになった。

 さらに後の世では、その元素の核より放たれる力を“核力”と呼ぶようになった。
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