嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第百五十六話:簒奪は魔王の始まり

 

 

 

 水龍に貪られ、破壊神の肉片がバラバラになって舞う。

 

(これで……!)

 

 最早、強靭な筋肉の鎧も意味を成さなかった。

 露出した心臓部──巨大な魔核もまた空に投げ出され、重力に引き摺り下ろされていく。

 

 しかしながら、魔核の臨界状態は未だ収まってなどいない。

 今尚、青白い輝きと共に周囲に絶命の光を撒き散らしている。それを止められる人間は、この場に一人しか居ない。

 

(早く臨界を止めなくては)

 

 手を伸ばし、魔核に触れるマイン。

 直後、〈錬金魔法(アルケミア)〉が発動される。元素レベルで物体に干渉する禁忌の魔法──裏を返せば、だからこそ元素レベルで暴走する魔核を制御できるとも言える。

 

(皆を守る為にも──!)

 

 早速外殻の分解に取り掛かる。

 巨人の肉体から解き放たれた今でも、マインの魔核は未だ臨界状態。増幅した魔力を以てすれば、この程度の外殻を分解するなど造作もない仕事だった。

 

(よし、これで……!)

 

 

 

──はずだった。

 

 

 

「──ボクはまだ」

「!!」

「負けてない゛ッ!!」

 

 開かれる外殻。

 次の瞬間、暗闇より飛び出してくる光がマインの左胸に突き刺さった。金属さえも熔解させる熱線は、そのまま上へと振り上げられる。

 

(あ)

 

 左胸から肩部、そして左頬を掠める熱線。

 獄熱の閃光にマインの体は切り裂かれた

 

「マインッ!?」

「大丈夫デす」

 

 一部始終を眺めていたアータンが駆け寄ろうとするも、すぐさま制止が掛かった。

 

「こちらはワタシに任せテ」

「ッ……!!」

「アータンは──皆んナを」

 

 急速に光を失いつつある左目とは相反し、彼女の右目は今も尚、強い意志の光を宿していた。

 

 その光を見ては何も言い返せない。

 少女が宙に立ち尽くす内に、二つ分の人影は湖に墜落した。

 

「マイン……」

 

 大きな水柱を眺めて数秒。

 水面には無数の肉片が浮上するも、そこに二人の姿はなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

巨神兵(ネフィリム)が……やられた……?」

 

 

 

 戦場のど真ん中、魔王の影が呆然と呟く。

 数多もの獄熱の光条に焼かれた大地は、今や天より降り注いだ滂沱の水龍に飲まれ、次第に熱が収まりつつあった。

 

「……〈嫉妬(しっと)〉」

 

 忌々しそうに罪の名を口にするルキフグス。

 そして、考慮すべきだったと自戒する。神殺しの伝説を再現された今となっては、些か遅い話かもしれないが。

 

 その証拠に、やや劣勢を強いられていた人間側の士気はうなぎ登りだった。

 

「うおおおお!! 団長がやってくれたぞ!!」

「いや、ありゃ団長か……?」

「この際誰だっていいわ!! あとはこっちを片せば勝ちよ!!」

 

 騎士も住人も関係ない。

 この国と民の為に立ち上がった戦士達が、武器を掲げながら雄叫びを上げる。それは先の一撃に負けぬほどの轟音で天を震わせた。

 

「どうしたァ? 余裕面が崩れてんぜ」

 

 最後の追い打ちと言わんばかりに、今最もルキフグスの神経を逆撫でする男が口を開いた。鉄仮面のバイザーより覗く双眸はニヤニヤと歪んでおり、見えぬはずの口が吊り上がっているのが嫌でも想像できるようだ。

 

「〈虚飾(きょしょく)〉……貴様、初めからこのつもりで?」

「史上最強天才無敵のライアーさんは仲間も優秀ってな。ま、お前を倒してからでもあのデカブツを倒すのも楽勝だったろうがな」

「虚勢を」

「この期に及んで、まだ本当にそう思うか?」

「……」

 

 現に最終兵器(ヘカトンケイル)は討たれた。

 アヴァリー教国制圧の要たる巨神兵が居ない以上、魔王軍の戦力は半減と言っても過言ではない。

 

「後はお前だ。勇者が魔王を退けて大団円──最高のアガリとは思わねえか?」

 

──『倒されろ』

 

 勇者の舌先が、魔王の喉元に切っ先を突き付けた。

 

 護国の戦士の咆哮と、退けられる悪魔の阿鼻叫喚が響き渡る。

 火と血と煙が進行方向を変えた。

 

 風は、勇敢なる戦士達に吹き始めていた。

 

 

 

「──その通りだなァ」

 

 

 

「ッ!?」

 

 空気が一変した。

 ルキフグスの──いいや、違う。

 

()()()()だ……!!  ククッ……ハーッハハハハハァ!!」

 

 刹那、高らかに嗤う魔王の影が魔力を解き放つ。

 重力が強まったかと見紛う魔力の圧は、空を飛ぶ味方の軍勢をも巻き込んでいく。次々に墜落する悪魔は、凶行に走った頭領に向けて悲鳴を上げる。

 

「ル、ルキフグス様ぁー!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「何をなさるおつもりで……!?」

「俺様の力だけをタダで使えると思い上がったか? ──甘ェんだよォオオオオ!!」

「ぎゃあああ!?」

 

 遂に地面に叩きつけられ、数体の悪魔が絶命する。

 それどころか追い打ちの如く強まる魔力の圧に押し負け、さらに数体ほどの悪魔が圧死。体を塵にして消えた。

 

 目的の見えぬ凶行に誰もが困惑し、動揺する。

 

「なんだ此奴は!?」

「人が変わったみたいです!! 気を付けてください!!」

「……まさか」

 

 ベルゴとアスが警戒する傍ら、ポツリとライアーが零す。

 その瞬間、魔王の影と目が合った。

 目の色が変わった──紫水晶(アメジスト)の輝きは、それまでのルキフグスとは似ても似つかない笑みを湛えていた。

 

「〈六魔柱(シックス)〉の力ってのは凄ェな。魔力だけでこれかよ。そりゃあ天地引っ繰り返っても雑魚が叶わねェ訳だ。ただ、相応に俺の〈(シン)〉が強まるってのは予想外だったみたいだな」

「お前──()()()()か!?」

「ククッ……半分正解ってとこだァ」

 

 貴人や強者からかけ離れた、相手を挑発するような歪み。

 心なしか黒一色だった魔王の影も色づき始める。それはルキフグスの意識が薄れていく証左に他ならなかった。

 

 

 

「告解してやるよ」

 

 

 

 膨れ上がっていく。

 魔力だけではない。彼の身に纏う鎧が、彼自身の肉体であるかのように脈動しながら肥大化したのである。

 

 

 

「俺様の〈(シン)〉は〈傲慢(ごうまん)〉」

 

 

 

 模られた仮初の肉体が上塗りにされる。

 肉体は完全に色づいていた。それが彼本来の輝きなのであろう。鈍い銀色が仄かにくすんだような暗い輝き。

 

 

 

「俺様は──」

 

 

 

 空が啼き、地が震える。

 世界が恐怖する彼の名は、こう言った。

 

 

 

「──〈傲慢(ごうまん)のベリアル〉!!」

 

 

 

 顕現した魔王。

 その背に生える二対の黒翼が、徐に広げられた。

 

()()()()()()()

 

 黒翼の翼先より迸る光が一点に収束する。

 次の瞬間だった。

 世界が白く染まったかと思えば、一本の光条が赤い空を貫いていたのである。

 数秒遅れて赤い雨と黒い雪が降った。光の余波で半身を消し飛ばされた者達の残骸である。直撃した者については、最早塵すらも残っていなかった。

 

「──っぶねぇ~~~~~!!」

 

 巨神兵の熱線も斯くやという一撃。仮に()()が聖都に向けられればただ事では済まない。

 

 だからこそ、()()()()()()()()

 

「ヤンチャが過ぎるぜ、魔王様……!!」

 

 翼爪の照準をずらすように人影が三つ。

 ライアー、ベルゴ、アスの三人は魔王の懐に飛び込み、全力の一撃を叩き込んでいた。その甲斐あって魔王の上体が仰け反り、攻撃は明後日の方向に向かっていったのである。

 

「……クハッ!!」

 

 まんまと攻撃を防がれた魔王の目は──笑っていた。

 

「流石だぜ、勇者様。加えてその御一行」

 

 『惚れ惚れしちゃうぜ』との誉め言葉。

 しかし、直後に仰け反っていた魔王の上体が徐々に起き上がり始める。

 

「こ、此奴……なんて力だ!?」

「まだ強くなる……!?」

 

 罪化した三人分の剛力をも物ともしない──それどころか、刻一刻と反発する力は増していく。

 

「退がれッ!!」

 

 遂にはライアーが無理だと悟り、後退を指示する。

 当人らも薄々理解していたのだろう。ベルゴとアスの二人の反応は迅速であり、一瞬にして飛天で距離を取った。

 

 しかして、魔王は起き上がる。

 

「……どうしたァ?」

 

 身動きを取らない人間を一瞥し、魔王が声を上げた。

 

「敬虔なる聖職者。高潔なる騎士団。および、聖都の危機に立ち上がった勇敢なご住民の方々」

 

 貶すでもなく、むしろ賞賛するような口振りで。

 

「アンタ方の勇気に免じてチャンスをやるよ」

「チャンスだぁ……?」

「そうだァ」

 

 怪訝に呟く教皇に、魔王が答える。

 

()()()()

 

 自ら首を切るジェスチャーを執り行いながら、魔王は告げた。

 

 

 

「欲しい奴は居ねェか?」

 

 

 

 ピリリと張り詰める空気。

 常人であれば魔王の威に屈し、泣いて逃げ出すような圧だった。

 

 しかしながら、ここはアヴァリー教国。

 しかしながら、ここは聖都コルディア。

 

 野郎共は揃いも揃って血気盛ん。売られた喧嘩は倍の値段で買うのが当たり前。

 

「……なんだなんだ」

 

 挑発ともとれる魔王の言葉に、教皇の口角がニヤリと吊り上がった。

 

「魔王本人ってのァ、随分粋じゃあねえか」

 

 いや、教皇(かれ)だけではない。

 魔法を景気よくぶっ放していた枢機卿も。血と脂に塗れた武器を振り回していた騎士も。そして、武器とも呼べぬ得物を握り締める住人も。

 

 皆が皆、好戦的な笑みを湛えながら一歩前に踏み出した。

 

「いいぜ……買ってやるよ、その喧嘩」

「ヒヒッ!!」

「どんな魂胆だろうが知ったこっちゃあねぇ。──なァ、手前(てめ)ェら!?」

 

 

 

『おおおおおおおおおおお!!』

 

 

 

 空が鳴き、地が奮えた。

 たとえ世界が恐れ戦いたとしても、立ち上がる者は必ずいる。

 

 本能に逆らい、感情にも抗う。

 そして理性で鍛えた鎧を纏い、矜持で磨いた剣を掲げる。

 

 彼らこそが勇者だった。

 

「よぉし!! 魔王の首を取った奴にゃあ、教皇(おれ)の懐から報奨金を出してやる!!」

『うおおおおお!!』

「高ぇ酒引っ掛けるいい機会だ!! ……よし、俺が一番に魔王の首を獲ってやる!!」

『てめえ、奢りたくないんじゃねーかー!!』

『ケチー!!』

『ハゲー!!』

『ケチハゲジジイー!!』

「手前ぇら、面は憶えたかんな!!」

 

 『往くぞぉ!!』と真っ先に駆け出す教皇に続き、騎士と住民も突っ込んでいく。相手が魔王だろうがなんのそのだ。

 

「はわわっ、なんだかとんでもないことに……どうしましょうライアーさん!?」

「ひゃっはー!! 教皇の金で酒が飲めるぜぇー!!」

「貴方って人は!!」

「教皇の自腹か……良い酒が飲めそうだ」

「ベルゴさんまで!? あぁー、もう!! だったらわたしも高いお酒奢ってもらいます!!」

 

 酒は命の水だ。

 かと言って命を懸けてまで手に入れるものでもないが、そんな無粋な言葉など最早彼らには届かない。

 

「ヒヒッ!! いいぜ……その意気だ!!」

『掛かれぇー!!』

「遊ぼうぜぇーーーーーッッッ!!」

 

 そして、戦いの火蓋は切られた。

 波濤と呼ぶべき人波が魔王を飲み込む。しかし、その波濤は瞬く間に水飛沫の如く宙を舞った。

 

『ぐああああ!?』

「ハハハハハッ!! どうした!? 子供と遊んでるみてぇな気分だぜ!! もっと気合い入れて掛かってこいよぉ!!」

 

 足切りだ。

 まず、魔王の翼の巻き起こす風圧に押し負けた者から戦場から弾き出される。そもそも戦いの土俵にすら上がれなかったのだ。

 しかし、そんなものはほんの始まりに過ぎない。

 続けて襲い掛かるは猛烈な突風を掻い潜り、懐に飛び込んだ歴戦の騎士達だ。剣と魔王の嵐は、風という盾にも押し勝って魔王に襲い掛かる。

 

 だが、剣も魔法も魔王の肉体に触れるや否や、あえなく霧散していった。

 

「クハッ!! 効かねえってんだよぉ!!」

 

 特別何かをした訳ではない。

 ただ、彼が纏う魔力そのものが鎧と化していたのだ。生半可な攻撃では魔王の肉体に届くよりも早く無力化されてしまう──それほどまでの超絶と隔絶した格差が、そこにはあった。

 

「ならば!!」

「これはどうだ!?」

「あぁん?」

 

 魔王を挟む形に位置取っていたタマモとスイコが印を結ぶ。

 そして高速で練り上げられる魔力は、彼らが地面に掌を付けた瞬間、魔王を取り囲むように駆け巡っていった。

 

『──〈雲龍(ウンリュウ)朝青龍(アサショウリュウ)〉』

 

 大地より飛び出すは岩石の巨龍。

 魔王を飲み込んだ顎からは蒼い火が零れている。周囲の者達の予想に違わず、次の瞬間には巨龍の口から蒼い火柱が噴き上がった。

 

 並みの悪魔ならばまず焼死する一撃。

 

「──存外温いな」

 

 だが、魔の王は並みではない。

 巨龍の顎がこじ開けられる。それだけでは終わらず、顎の端から巨龍の胴体までもがものの数秒で裂かれたではないか。

 

「無辜の民を守る騎士(ナイト)サマってのはこの程度か?」

「んな訳ゃねえだろ」

「!!」

 

 ライアーの声が聞こえた方──とは、()

 

「ぬ゛ぅうん!!」

 

 視界に何かが迫る。

 が、反応するよりも早く魔王の体は弾き飛ばされた。

 

「ナイススイング、ベルゴ!!」

「やはり……硬いな!!」

「だったらどうする!?」

「斬れるまで斬るのみ!!」

「ッヒュー!! 脳筋~!!」

 

 弾かれて、弾んで。

 そうやって群衆から距離を引き剥がされていく魔王を、偽物勇者の一行は飛天で追いかけていく。

 

「ッ~~──!! やるな!!」

 

 彼らが追い付いたのは間もなくの出来事。

 翼爪を地面に突き立てる魔王が、紫紺の眼光を閃かせて迫りくるライアー達に断罪の聖剣を振り抜く。

 

 横薙ぎの一閃。

 壮絶な剣圧はそれだけで刃に等しかった。不可視の斬撃は剣閃の延長線上に生い茂っていた草木を刈り取る。

 

「まあ──そりゃあ避けるよな!!」

 

 けれども、勇者達には当たらない。

 屈み、滑り、あるいは跳んで。まるであらかじめ打ち合わせていたかのように三方向に散った一行は、そのまま別方向から仕掛ける。

 

「頭上と脇と足元がお留守だぜ!!」

「言われなくてもォ!!」

「違うとこ狙うんスけどねぇーーー!!」

「!!」

 

 襲い掛かる三人に対し、武器なり翼なりでの防御を試みる。

 

 が、それらは幻影。

 霧散する姿を視認した瞬間、何もない空間からの衝撃が魔王に襲い掛かった。

 

「ぐぅ!? ……やる!!」

「──〈仮面舞踏会(マスカレード)〉!!」

「ぬぉ!?」

「かぁ~らぁ~のぉ~、〈二枚舌(デュエット)〉!! 〈魔神の弾丸(デウス・エクス・マギア)〉ッ!!」」

「おおおッ!?」

 

 分身による全方向からの斬撃。

それから間髪入れず解き放たれた魔法の爆炎が魔王を包み込んだ。分身は四体。後の分身ほどスペックは下がるが、それでも最上級魔法ともなれば話は別。

 

「どうした魔王様? まさか、もう腹一杯か?」

「ッ~!! ……まだまだぁ!!」

「──ならば喰らわせてやろう」

 

 爆炎と幻影の幕を切り裂き、一人の聖騎士が現れる。

 重厚な鎧と神聖な光を纏う彼は、すでに走り出していた。

 

「──〈始王の衝角(バアル・ペオル・アリエース)〉!!」

「うおおおおッ!!?」

 

 超絶怒涛という言葉さえ霞む一撃が迫り、魔王も思わず声を上げた。

 〈六魔柱〉の奥の手すらも打ち破った技だ。たとえ魔王が相手だろうが威力に不足はない。

 その証拠に、真正面から受け止めた魔王の両腕と二対の翼からは、メキメキと嫌な音が鳴り響く。

 

 骨が軋む音、あるいは喝采だ。

 

「くおお、こ、こいつはキチィな……!!」

「これも受け止めるか……ならばアス!!」

「はい!!」

「!! 後ろ!?」

 

 身構える姿は、刀を抜く侍の如く。

 

「──〈跛魔の月剣(アスモダイオス・ルーヌラエ)〉!!」

「がッッッはぁ!?」

 

 〈始王の衝角〉を受け止める魔王の背中に、流麗かつ激烈な三日月蹴りが叩き込まれた。

 

 前からの突進と、背後からの蹴り。

 双方向からの衝撃に遂に耐えかねた魔王はと言えば、その体を錐揉みに回転させながら宙を舞った。

 

「ッ……くぅうう!? 痛ってぇなァ!!」

 

 それでもまだ魔王は生きていた。

 立派な黒翼を広げ、空中で体勢を立て直す。

 

「あれでも駄目か……だが!!」

「効いていますよ!!」

 

──確実にダメージは蓄積している。

 

 苦悶に呻く魔王。

 今迄はこれといった手応えを感じられなかった相手だ。だからこそ、その様子を見たベルゴ達は希望を見出す。

 

「攻め続けろ!! 反撃の暇を与えるな!!」

「当然!!」

 

 たとえ偽物であろうと、魔王は魔王。

 彼らにとっては、形は違えど仇に等しい敵だ。気合いが入るのも至極当然。

 

 裂帛の気合いを前にし、魔王も思わず声を漏らした。

 

「なんつー奴らだ……魔王(おれ)にこれかよ。やるねェ……!!」

「いい仲間に恵まれたろ?」

「まったくだ──なぁ!!」

 

 今度こそ。

 声に惑わされず、魔王は背後に聖剣を振るう。

 

 直後、切り裂かれた空間に潜んでいた勇者と切り結んだ。

 相手もまた聖剣──断罪の聖剣を手にしていた。

 

「いい剣だな。その剣も恵んでもらったのか?」

「ああ。いい鍛冶屋にな」

「聖剣にも化けるか……最高の剣じゃねえか!!」

「へへっ──こっちもなァ!!」

「!!」

 

 その剣は彼が歩んだ旅路で出会った人間より賜った代物。

 しかし、冒険の証とも呼べる品はもう一つ。

 

 押し込む剣とはまた別に、腰に佩いた剣をライアーは逆手で引き抜ぬいた。一瞬にして聖剣に化ける剣を前に瞠目する魔王は、咄嗟にその場から飛び退いた。

 

 剣は空を切る。

 

「──っぶねぇ!!」

「ははっ、ビビッてやんの」

「ビビッて悪いか? 刃物は危ないだろうか」

「魔王らしからぬ正論だな。でも、そっちのが危ないぜ?」

「ああん?」

 

 頭上を指差すライアーに、魔王が怪訝な声を上げる。

 

──空を見る。

──何もない。

 

「……なんだ?」

「うちの勝利の女神様だ」

「は──」

 

 その時、天が穿たれた。

 

「〈海蛇神の大水魔槍(レヴィアタン・オーラハスター)〉ァーーー!!」

「ごああアアッ!?」

 

 雲一つなくなった空より降りしきる大瀑布。

 大顎を開いて魔王を飲み込む水龍は、その全質量を魔王諸共地面に叩きつけたのであった。

 

 当然、大地には大穴が穿たれる。

 地形を変え得る規模の水に飲み込まれれば、さしもの魔王も応えたのだろう。未だ晴れない水飛沫の中、荒い息を紡ぎながら空を泳ぐ天女に目を遣った。

 

「へぇ……カワイイ面して随分凶暴だな」

 

 〈嫉妬のアータン〉、推参。

 罪度Ⅲへと至った人魚姫は、頭上の光輪を燦々と光らせて水槍を構え直す。

 

「皆! 遅れてごめん!」

「うちの最終兵器のお出ましだな!」

「アータン、マインはどうした!?」

「ッ……!」

 

 ベルゴの問いに歯噛みするアータン。

 だがしかし、それも一瞬だった。

 

「こいつを倒して……迎えに行くの!」

「……じゃあ、あんまり時間は掛けらんねぇな!」

「うん!」

 

 少女の声色から何かを悟ったのか、ライアーもおふざけはなしで即答する。

 

「全力で──魔王(こいつ)をぶちのめすぞ!!」

『おう!!』

 

 斯くして、四人の勇者が集った。

 

「〈虚飾〉……〈嫉妬〉……〈怠惰〉……〈色欲〉……」

 

 一人一人順に見つめる魔王の目が、誰にも聞こえぬ声で零す。

 

()()()()()……か」

 

 しかし、すでに始まっていた。

 

「どこ見てんだ」

 

 幻影の帳はすでに降ろされている。

 敵に許されているのは、いつ幻影を裂いて現れる〈虚飾〉に恐れるかのみ。

 

 声の方。──居ない。

 では逆。──居ない。

 

「全問不正解」

「ぎッ!?」

 

 両脚のひかがみに走る激痛に、魔王が膝を折る。

 僅かに振り返り目にした視界にはヴァニタス──否、金時を振り抜いた〈虚飾〉の姿が映っていた。

 

「やって──!!」

「脇が……」

「がら空きです!!」

「ッ!!」

 

 賞賛の言葉を言い切るより早く、左右より剣と拳が現れる。

 すかさず魔王は両腕を振り上げて斬撃と打撃、それぞれを受け止めた。けれども、それはほんの序章に過ぎない。

 

「力は強いですけれど……体の使い方は素人ですね!!」

「ッ!! なにぃ!?」

 

 防がれるのを見越していたかのように流れる動きで魔王の腕に組み付くアス。そのまま曲芸染みた動きで体を振り回せば、重心を崩された魔王が地面に転がる。

 

「こ、この女!?」

「わたしは男です!! ──ベルゴさん!!」

「なんだとぉ!?」

 

 驚愕する魔王の眼前に、再び刃が迫る。

 

「ぬぅおおお!!」

「チィイ!?」

 

 地面を破砕するほどの斬撃を、間一髪で躱す魔王。

 そうこうしている間にもひかがみの傷が癒えたのか、魔王は再び斬りかかってくるベルゴを前に起き上がり、両手の剣で応戦する。

 

 魔王と元騎士団長の剣戟。

 腕力と剣の格からして前者が有利──かと思いきや、現実は違った。

 

「ふん!! 魔王と言えど剣術は大したことないらしい……なぁ!!」

「ッ……耳が痛ぇ話だなオイ!!」

 

 伝説の剣──罪器を振るう魔王に対し、優勢に立っていたのはベルゴだ。

 彼は身の丈ほどの大剣を手足のように操り、魔王の二振りを捌いていく。力任せの斬撃など彼の敵ではない。刃の上を滑らせるように受け流しては体勢を崩し、顕現させた聖霊で魔王の肉体に斬撃を浴びせかける。

 

「おおおッ!!」

「くゥ!?」

「アータン!! 今だ!!」

 

「──〈海蛇神の三叉水魔槍(レヴィアタン・トリア・オーラハスター)〉!!」

 

「がっはあああ!?」

 

 そして、隙を見せた魔王に襲い掛かるは〈嫉妬〉の魔法。

 名実ともにパーティー最強の火力を誇るアータンの一撃が、魔王の強靭な肉体に痛打を与えていく。三頭の水龍の連撃には、流石の魔王も地面から足が離れて吹き飛ばされた。

 

「どうしたどうした!? 魔王ってのも大したもんじゃねーなァ!?」

「いける……いけるよ、皆!!」

「このまま魔王を──ルキフグスを倒せる!!」

「聖都を守り抜きましょう!!」

 

 四人の勇者の猛攻は、着実に魔王──彼の力を顕現させる悪魔(ルキフグス)を終焉に追いやりつつあった。

 

 さらにだ。

 

「──見つけた」

 

 舞い降りる黒翼の烏天狗。

 

──団長レイム、遅参。

 

「居たぞ、あそこだ!!」

「彼らを援護しろォ!!」

「なんだったら隙を見てトドメを刺せぇ!! 誰がやったって構やしねえんだ!!」

 

 加えて、一歩遅れて騎士と住人の増援がやってくる。

 窮地の魔王にとっては、彼らも決して無視できぬ戦力には違いなかった。

 

「皆さん!! 私に力を!!」

「お任せあれ!! タマモの魔力を受け取ってください!!」

「副団長に続けぇー!!」

 

 何せここには〈嫉妬〉が居る。

 塵が積もればなんとやら。しかも、その塵一つ一つの力が増幅され、集結されるとあってはさしもの魔王も無視できぬ力に膨れ上がる。

 

「はぁ、はぁ……!!」

 

 息を切らす魔王は周囲を見回す。

 

「へへっ……絶体絶命って奴か」

 

 取り囲むは四人の冒険者と立ち上がった勇敢な戦士達。

 

 全員が勇者だった。紛れもなく。

 

「──これで」

「遊びの時間は終いだ、ベリアル!!」

 

 音頭を取るかの如く声を上げ、突撃するライアー。

 続く者は必然的に足の速い罪化した者達だった。罪度の深さなど関係はない。歴戦の罪使いが一斉に飛び掛かるということは、体系化された魔法とは違う異能が次々に襲いかかると同義であった。

 

「グッ……!?」

 

 逃げ場など最早ない。

 前後左右は勿論、上に逃げたとしても魔法に撃ち抜かれるだろう。

 

 では足元は? ──不可能だ。

 すでに〈聖域〉の魔法陣が敷かれている以上、地面に逃げ込もうとした瞬間に逃亡は阻止されるであろう。

 

 苦悶の声を漏らす魔王が俯いた。

 絶体絶命の危機に死を覚悟したのか。

 

 しかし、誰一人として油断することなどない。

 むしろ、狙いをつけやすくなった首に向けて刃を振り下ろした。

 

「魔王、覚悟ォーーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

光あれ(フィアト・ルクス)……浄罪の聖剣!!」

 

 

 

 

 

 刹那、魔王の形が崩れる。

 次の瞬間だ。両手に握りしめていた剣を影に落とし、代わりに握られた剣より青白い炎が吹き荒れる。

 

「なにっ!?」

 

 視界を埋め尽くすほどの炎。

 ほとんどの者が反射的に身構え、やがて身にふり掛かる灼熱を覚悟した。

 

 けれども、一向に痛みは訪れない。

 

「こ、これは……!?」

「罪化が……解ける!?」

 

 代わりに異変が降り掛かる。

 罪化していた者達が、みるみるうちに元の姿に戻っていく。

 

「──不味い」

()()()()()!!」

 

 誰もが困惑する一方、団長のレイムと経験のあるライアーは構わず魔王が立っていた場所に剣を振り下ろす。

 

 が、手応えはない。

 

「……逃げたか」

「ケッ!! あんだけ大口叩いといて」

 

 そこには魔王の影も、彼に肉体を貸していた悪魔の姿もなかった。

 忽然と姿を消した〈六魔柱〉に困惑するのは人間だけではなく、魔王軍も同じだ。

 

「ル、ルキフグス様……?」

「ルキフグス様は何処に行かれたんだ!?」

「まさか、おれ達を置いて……?」

 

 濃厚なのは敗けの色。

 次第に付近で戦っていた魔王軍が、消えていなくなった指揮官の存在を悟り、顔色を変えていく。

 

「──て、撤退だぁ!!」

「退け、退けぇ!!」

「ルキフグス様が負かされたぞ!!」

「バカ!! 下手なこと言うんじゃねえ!!」

「うるせえ!! こうなった以上、聖都侵攻は失敗だぁーーー!!」

 

 けたたましく叫ばれる侵攻失敗の報せ。

 だがしかし、それは聖都側にとっては朗報に他ならない。

 

「カカッ。……野郎共、聞けぇ!!」

 

 尻尾を巻いて逃げ出す悪魔達の後ろ姿を見遣り、教皇フィラデルが一歩前に歩み出る。

 

 掲げられるは、激戦に次ぐ激戦でボロボロとなった刀。

 しかし、彼の表情は実に誇らしく──澄み渡る空のように晴れ晴れとしていた。

 

 

 

「俺達の──勝ちだぁ!!」

 

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』

 

 轟く雄叫び。

 遠く、遠くまで。それこそ聖都の中心で震えていた住人にも届かん勢いで、空に響き渡った。

 

 まさしく勝鬨。

 鬨の声だった。

 

 しかし、その一方で。

 

「……マインを探さなきゃ!」

「アータン!」

「そっちか!」

「わたし達も探しますよ!」

 

 彼らの──ライアー達の戦いは、まだ終わってなどいない。

 

 

 

 命を賭して聖都を守り抜いた仲間が居る。

 

 

 

 彼女が生きていない限り、真の勝利ではないのだから。

 

 

 

 




Tips:鬼の涙(ラクリマ・ラルウァ)/聖域
 〈聖域〉とは土地柄、組織によって多種多様である。
 特に七大教国の聖堂騎士団においては、長年のノウハウで磨き上げられた秘伝の〈聖域〉が数多く存在する。

 特に〈鬼の涙〉においては平面型の〈聖域〉である〈不知火〉と、立体型の〈聖域〉である〈雲龍〉の二通りの型が存在し、それぞれ派生する。
 また、〈鬼の涙〉の風習として身体に〈聖域〉と同等の効力を有する刺青──いわゆる聖痕を刻むことで戦闘力を向上させている。一般的に聖痕は後天的に刻むことはよく見られない行為であるが、アヴァリー教国領ではそこまで問題視はされておらず、むしろ自分好みの聖痕を刻んで楽しむ騎士も多い。

 中でも元神癒隊所属だったレイムの技術は神業の領域であり、罪化の際に発現する鬼人族の適応能力と神癒隊由来の回復魔法の合わせ技で、戦況に応じてその度に聖痕(肉体に刻む〈聖域〉)を書き換えるという荒業を使っている。
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