嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第十九話:歓迎はご飯の始まり

 

 

 

 馬車に乗ること約数日。

 辿り着いたのは海辺を中心に栄えた漁村、リーパの村だ。

 

 聖都ほどではないが活気のある魚市場は、大勢の人で溢れかえっていた。

 

「うわぁー、お魚がたくさん!」

 

 魚市場に着くや否や、アータンは所狭しに並ぶ魚が珍しいのか、一目散に駆けて行った。特に生簀に入った生きた魚がお気に入りなようであり、瞳を爛々と輝かせながら生簀の中を泳ぐ魚に見入っている。

 

「見て、ライアー! お魚さん泳いでるよ!」

「泳いでるなぁ。アジだな」

「アジって美味しい?」

「美味しいぞ。フライに刺身、つみれ汁にしても最高だ」

「ごくりっ……!」

 

 既に御飯時を想像して喉を鳴らすアータン。

 あっ、言っていたら俺も腹減ってきた……今日は何を食おうかな。酒場や食堂で食べられる海鮮があったらそれを頼もう。

 

「にしても、本当に色々並んでるなぁ」

「だね~!」

「ニシン、ハマグリ、ワカメ、ケルプマン……見ろ、タイもあるぞ!」

「わぁ、真っ赤なお魚さん! ……ちょっと待って、ケルプマンって何?」

「? ケルプマンはケルプマンだが……?」

「『え、知らないの?』みたいな感じで言わないで!?」

 

 『存じ上げてないから!』と声を上げるアータンは、一度流れでスルーした海藻の塊を凝視する。

 その海藻は魚市場の一角を占有するほどに巨大だった。大人の背丈ほどもある上に、形もどうも人型に近い。遠目から見れば海藻が絡まった水死体に見えなくもないだろう。

 

 そんなケルプマンを知らないだなんて……。

 まあ内陸に暮らしている人間では知らないのも無理はない。

 

昆布男(ケルプマン)蔦男(アイビーマン)って魔物の一種でな、海中に生息している植物型の魔物……いや、魔人か」

「魔人売ってるの!?」

「魔人つったって、こいつは単に人型の魔物ってだけだぞ?」

 

 『魔物』とは魔力を持った生き物の総称だ。ゆえに広義の意味では人間すらも魔物の括りに入る。

 けれども、俺達人間を除いた場合、その中でも人型に近い魔物は『魔人』と称されている。

 

 しかし、この『魔人』という単語にはギルシンの世界で二つの意味を内包するのだ。

 

 一つが今言ったように単に人型の魔物であるという意味。

 もう一つが人間の亜種───魚人や竜人のような、極めて魔物に近い形質を持った亜人を指す言葉なのだ。

 

 ケルプマンの場合、見た目は亜人の木人種に見えなくはないものの、人間との交配が不可能なので前者の定義に当てはまる。

 

 つまりだ。

 

「こいつは別に亜人でもなんでもない昆布の魔物だ。食べても問題はない」

「あっ、そうか……魔人食べるの!?」

「遅れて来たな」

 

 アータンのツッコミは二度響く。

 今日は天気がいい。澄んだ声が水平線の彼方まで響き渡るようだった。

 

「何を今更……アータンだってスワローラーやらヴォラレフィリア食ったじゃんよ」

「うっ……それはそうだけど、あれは完全に動物の見た目だったし」

「ヘビ食えるなら人型の昆布なんざ楽勝よ~。それにな、魔物は魔力持ってるから魔力補給にピッタリなんだぜ?」

「えっ、そうなの?」

「おうよ。でもなぁ、それを差し引いてもケルプマンは旨ぇんだこれが……いい出汁出るんだよ……」

 

 ケルプマンの体は昆布でできている。

 つまり、旨味の塊だ。天日干しした奴を水に浸けて取った出汁は、そりゃあ旨いこと旨いこと……あれで味噌汁を作った日には白飯何杯でも食べられちゃうぜ。旨味調味料なんて売られていない世界において、この昆布魔人の出汁はチート級に脳を揺さぶってくるんだわ。

 

 あっ、味想像して涎垂れてきた。

 

 と、その時だ。

 

「ケルプマンの味を知ってるたぁ、あんちゃん通だな……だが少し惜しいな。そいつをよく見てみな」

「なんだって? ……ッ、まさかこいつは!?」

「そうか……()()()()

海藻男(シーウィーダー)……ケルプマンの上位種じゃねえか!?」

「フッ」

 

 店主に言われて改めて目を向けると、ケルプマンらしき体のあちこちに昆布とは別の海藻が混じっているのが見えた。

 ワカメ、アオサ、ヒジキ、モズク、トサカノリ……こいつだけで海藻サラダを作れてしまうであろう海藻のラインナップ。これは紛れもなく海藻系魔人の頂点・シーウィーダーの特徴であった。

 

「な、なんてことだ……まさかここでシーウィーダーをお目に掛かれるとはな」

「偶然打ち上がってるのを見つけてな。ヘヘッ、俺も最初見つけた時ぁ心躍ったぜ」

「しかし、こいつを売りに出すとは……つまり、()()()()()()()()?」

「ああ、()()()()()()()

 

 交錯する俺達の視線。

 次の瞬間、俺と店主のおっちゃんは固い握手を結んだ。

 

 

 

「「出汁取ってそのまま味噌汁の具にゴー!!」」

 

 

 

「なんでハモれるの?」

 

 男と男が通じ合う瞬間を、アータンには冷ややかな眼差しで眺めていた。

 

 とりあえずシーウィーダーは購入だ。

 天日干しをすればサイズはグンと縮んで持ち運びしやすくなるし、ある程度日持ちもする。自炊するなら持っておいて損はない食材である。

 

 ぐふふ……しばらく食事時が楽しみだぜぇ……。

 

 なんてことを考えていると、妙な視線をあちこちから感じた。

 特に目の前の店主。このおっさんなんかは、アータンを見つめる視線を隠したりもしていない。それどころかじっくりと全身を舐め回すように眺めた後、意を決したように身を乗り出してきた。

 

「なぁ、嬢ちゃん」

「は、はい!?」

「……あんた、ここに来るのは初めてかい?」

「そうですけれど……」

「……そうか」

 

 納得したように、浅黒い肌と逞しい体付きがTHE・海の男みたいな風貌の店主が居住まいを正す。

 もしもアータンが襲い掛かられようものなら簡単に組み敷かれそうな筋肉モリモリのマッチョマンではあるが、別に彼女に気があるというわけでもないらしい。

 

 そのまま腕を組みうーんと悩んでいると、何かに思い至ったのかカッと刮目した。

 

「なあ、あんたら。もしかしてマーライオンの討伐に来た冒険者かい?」

 

「えっ? どうして……」

「フッ……アータン。やっぱ、俺のオーラが違うのかな?」

「怪しいオーラはあると思うけど……」

「聞いて下さる店主? 最近うちの子冷たいのよ」

 

「ま、まあ、ここいらで見かけない顔とは思ったけどよ……」

 

 フォローとも言い難い返答を返した店主は、徐に魚市場から少し離れた場所にある屋敷を指差した。

 簡素な長屋が多いリーパの村において、立派な二階建ての屋敷は嫌でも目立つ。

 

「あそこがこの村一番の商家の屋敷でよ。依頼主ならあそこだ」

「おっ、そうなのか? ありがとう」

「なあに、これくらい」

 

 ニカッと歯を見せるように笑う店主は続ける。

 

「マーライオンの討伐依頼を出してくれたのもあの家だ。あいつが居ると危なくて漁にならないんだが、だからと言って俺達漁師にはあいつをやっつけてくれる冒険者に払う報酬金が用意できなくてな」

 

 マーライオンの危険度は魔物の中でも高い方だ。

 たしかに漁を生業にしている住民からしてみれば、中々払える金額レートではないだろう。

 

「そこで村を代表して払ってくれるって言ってくれたのがあそこだ。俺達の悩みを真摯に受け止めてくれてな……ホント助かったよ」

「わぁ……立派……!」

「ああ。あの人の為にも、魔物が居なくなり次第ドンドン魚を獲ってきてやらないとな!」

 

 感銘を受けるアータンを前に、店主は二の腕に作った山のような力こぶをパァンと叩く。

 彼ら漁師からすれば、その日に食べる食料や買い物に使うお金を得る手段のどちらにも漁で得た魚が必要だ。特に後者を得る為には、聖都等に海産物を送って売り捌かなければならない。

 

 しかし、マーライオンが海に出没する間はそう言っていられなくなる。

 そういった切実な問題を真摯に受け止め、安くない───いいや、大金を叩いて漁師の為に討伐依頼を出すとは、商品を流通させることが命である商家だという点を差し引いても器の大きい商家さんだ。

 

「……アータン」

「……うん、ライアー」

「魚市場を見回るのは後にしないか? 先に依頼主のところに向かうのはどうだ?」

「私もそう思ってたところだよ」

「よーし」

 

 今の話を聞いたアータンはやる気をむんむん出していた。

 聖都でのビビリ散らかしていた態度が嘘のようである。が、こういう時にやる気を出せるというのが彼女の良いところなのだ。

 

「ありがとうな、おっちゃん。早速行ってみるよ」

「おう。俺は金を出してやれねえが、討伐した暁にゃあ美味い魚をたんまりとくれてやるよ」

「ほっほーう? そいつは楽しみだ。なあ、アータン?」

「お魚!」

「そうだ、お魚さんだぞー。ちなみに俺のおすすめはヌタウナギだ」

 

 違うやる気も出ているようで安心だ。

 これならばマーライオン相手にも臆することはあるまい。

 

 かくして、俺達は依頼主を訪ねるべく魚市場を後にした。

 その際、

 

「まさか……いや、()()()が見た方が早いだろう」

 

 そう呟いた店主の言葉は、耳を潜めていた俺にしか聞こえなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ごめんくーださいっ」

「どういうイントネーション?」

 

 到着するなり屋敷のドアノッカーを叩けば、ものの数秒で使用人さんが出てきた。爆速過ぎてビビった。扉の裏にでも待機していたのかって感じだ。

 だがしかし、

 

「旦那様ぁーーーッ!!? 奥方様ぁーーーッ!!?」

 

 出迎えに来てくれたはずの使用人さんは、屋敷の中にとんぼ返りしていった。

 当然、俺とアータンは入口前にポツンと取り残されることになる。昔のRPGなら問答無用で人の家に立ち入れるだろうが、生憎とここは現実だ。無断でお邪魔しようものなら即お縄からのゲームオーバーである。コンティニューはない。

 

 待っている間暇なので俺達は軽く談笑する。

 

「どうしたのかな、あんなに慌てて」

「おいおい、俺も有名人になっちゃったかな?」

「魚市場だと全然反応されてなかったのに?」

「正論が俺の横腹を突き刺してくる」

 

 強くなったな、アータン。

 俺は嬉しいよ。

 

 なんて下らない会話を数分ほど続けていると、屋敷の中からドタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

 やって来たのはやたらと恰幅の良いおじさんとおばさんだった。

 なんというか……夫婦は似ると言うべきか。気が良さそうなおじさんとおばさんは、二人仲良く肩で息をしながらも、キレのいい動きでこちらを見つめてきた。

 

 彼らの視線が向かう先は───。

 

「アイベル!? 帰ってきたのかい!?」

「えっ?」

「んもぅ! 手紙の一つくらい送っておくれよ! 急に来られちゃごちそうの用意もできないじゃない!」

「えっ、えっ?」

 

 困惑するアータン。

 一方で、中年の夫婦二人は満面の笑みで彼女にズンズン詰め寄っていく。

 

 いや、距離近っ。

 詰め寄られ過ぎて仰け反るアータンが自分の新たな重心の位置を追い求めてるよ。

 

「綺麗なイナバウアーだな、アータン。今なら自信を持ってお前をリンボーダンスの大会に送れるよ」

「変な大会に送り出そうとしないで!?」

 

「……アータン?」

 

 詰め寄っていた二人の内、おじさんの方がアータンから距離を取った。

 ニコニコと細めていた瞳を見開き、今一度と言わんばかりにじっくりとアータンを観察する。

 

 その間、違和感は疑念へ。

 最終的にはある確信へと変わっていったらしく、おじさんの表情は険しくなった。

 

「アイベル……じゃない?」

 

 その言葉を耳にした途端、アータンの手を握っていたおばさんも疑問符を頭に浮かべて頭一つ分体を引いた。

 

「あれま」

 

 おばさんは、あんぐりと開いた口を手で覆った。

 刹那、一拍ほど静寂がやって来た。これを見逃さなかったアータンは、今を逃すまいと息を吸って声を張ることにした。

 

「あのっ……私はアータンって言います! アイベルは私の姉です!」

「「……」」

「だから、その、人違いで……」

 

 どんどん声がしぼんでいくアータンの目の前で、中年の夫婦は互いの顔を見つめ合った。

 次の瞬間、

 

「おやおやおやおや!!」

「まあまあまあまあ!!」

 

「わひっ!?」

 

「君がアータンかい? アイベルにそっくりだから見間違えちゃったよ!」

「確かに言われてみれば違うけど……アイベルに似て可愛いねぇ!」

 

「お、お姉ちゃんを知ってるんですか……?」

 

 再来する中年のゼロ距離歓迎にタジタジになったアータンの問いに、二人は『知ってるも何も』と鼻息を荒くしながら告げる。

 

「アイベルは私達の娘だよ! 君の話はあの子からよぉ~ぅく聞いていたさ!」

「血は繋がってないけれどあの子は私達の家族さ!」

 

「えっ……えぇっ!?」

 

「さあ、上がっていっておくれ! 積もる話もあるだろうからね!」

「お茶でもお菓子でも何でも用意してあげるよ! ……そうだ、ご飯はまだかい? 折角だし食べてお行きなさい! アイベルが好きだったシチューなんかどうだい?」

 

「あ、あのっ! ちょちょ、ちょっと……!?」

 

 双子の姉の家族を名乗る夫婦に、アータンは腰に手を添えられながら屋敷の中へと招かれる。ほぼほぼ連行に等しいとか言ってはいけない。

 

 あれ?

 っていうか……。

 

「俺だけ取り残された感じ?」

「……あのぅ、旦那様に御用ですか?」

「あ、はい。依頼の件で……」

「それではこちらへどうぞ」

「どーもどーも」

 

 家主達より数段テンションの低い使用人さんに招かれ、俺も屋敷の中へと踏み入った。

 なんだ、この扱いの差は。

 でも、まあ……。

 

 

 

 ()()()()()()()調()()()

 

 

 

 ***

 

 

 

「いっぱいお食べ!」

「おかわりもたくさんあるよ!」

 

「あ……ありがとうございます」

 

 客間に招かれたアータン(+俺)は食事をごちそうになっていた。

 特にアータンの前のテーブルには、使用人がせっせと運んでくる料理が所狭しと並んでいる。

 

 しかし、置かれる料理がやけに家庭的なものが多い。来客をもてなす料理というよりも、盆や正月に帰ってきた子供に親が張り切って手料理を振る舞っている風景にしか見えない。いや、実際向こうにしてみればそのつもりなんだろうけども。

 

「それで……ライアーさんだったかな? マーライオンの討伐を引き受けてくれたのは」

「ええ」

「自己紹介が遅れたね。私はパーター。リーパの村で商売をやらせてもらっている者だよ」

 

 『パーター』と名乗った男は、そう言って人の良さそうな笑みを顔に湛えた。

 実に良い笑顔だ。これが作り笑いだと言われたら俺はもう何も信じられなくなる。

 だって、『久々に娘に会えて嬉しいです!』オーラが出ちゃってるんだもの。湧き上がる喜びを隠し切れていないんだもの。

 

「あれは漁師達の悩みの種だったんだ。漁ができないと彼らの生活に関わる。だから、多少お金がかかっても早急に解決しようと思って依頼を出させてもらったんだよ」

「ご立派なお考えだと思います」

「そう言ってもらえると助かるよ。……この依頼を受けてくれたということは銀等級以上はあるんだね? 期待しているよ」

 

 

 

「アータン、焼きたてのパンだよ! シチューに浸けてお食べ!」

「あ、あひはほうほはいまふ!」

 

 

 

 俺とパーターさんが依頼について話している傍ら、アータンは次から次へと運ばれてくる料理に文字通り必死に食らいついていた。

 

 実家の母ちゃんパワーが凄えや。

 アータンが料理に溺れてらぁ。

 

「おいおい、マーター。アータンにだけじゃなくてライアーさんにも何か出してやりなさい」

「あら、ごめんなさい! ついうっかり!」

「はっはっは! アータンが家に来たからって浮かれ過ぎだぞ」

「そう言うアナタだってさっきから頬が緩みっぱなしじゃない!」

「お腹だけじゃなくてか?」

 

 見つめ合う夫婦は『あっはっは!』と楽しい笑い声を響かせる。

 仲睦まじそうで何よりである……が、ちょっと一つだけ物申したいことがある。

 

(なんでアータンそっちに座ってるの───?)

(私にも分からない───)

 

 目と目が合う瞬間、思考が繋がった。

 上座の俺。

 パーターさんとマーターさんの間に挟まれるアータン。お前は来客(こっち)側やろがい。

 

 っていうのはまあ半分冗談で。

 

 この家───アイベルの養親の家に来るという俺の目的は果たされた。

 というのも、実はゲーム本編でアイベルの実家を訪れる機会があるのだ。そこそこインパクトのあるイベントがあったから、地図で言うところのどの辺りとかもしっかり頭にインプットされている。

 

 つまり、元より他人に教えてもらわなくてもここには来られたというわけだ。

 それをしなかった理由は───まあ、単純に何の関わりもない人の所在地知っていたらおかしいよね? ってだけである。こういう嘘は後でボロが出る。

 なので、セパルに教えてもらう体でインヴィー教国を訪れ、リーパの村に訪れる必要がある依頼を選んだのだ。

 

 利用してスマンな、セパル。

 お土産に昆布買ってってあげるから許して。

 

 そんなこんなでアータンとアイベルの養親の邂逅は果たされた。

 俺としてはこのまま本来の目的に移ってしまってもいいのだが───まあ、野暮用はさっさと済ませてしまうのに越したことはない。

 

 

 

「じゃあ、ちゃちゃっとマーライオン倒しに行くかぁ! なあ、アータン」

「もっもまっめ!」

「なんて?」

 

 

 

 口いっぱいにパンを詰め込んだアータンが待ったを掛ける。

 

「おかわりもあるよ!」

「いっぱい食べていいからね!」

 

「ふぁ、ふぁい……」

 

 海獣の王退治に行くには、もうしばし時間を要しそうである。

 俺は出された紅茶を啜りながら、目の前で料理と夫婦の愛に溺れるアータンを微笑ましく眺めるのだった。

 




Tips:リーパの村
 聖都グラーテから少し離れた場所に位置する漁村。村に人間のほとんどは漁で生計を立てており、それらを加工した海産物などは村唯一の商家であるパーターが聖都まで売りに行っている。

 〈嫉妬のアイベル〉の第二の故郷でもある。

 シリーズ初出は『ギルティ・シン外伝 悲嘆の贖罪者』より。

Tips:ケルプマン(昆布男)

───ケルプマンが無力過ぎる。

 この絡まりまくった海藻のような見た目の魔物はケルプマンといい、プルガトリア大陸に面する海に広く分布する昆布型の魔人です。
 ケルプマンは同種である蔦男(アイビーマン)同様、細長い植物が絡み合うことで体が形成されています。その為ケルプマンは文字通り全身が昆布でできており、海中ではゆらゆらと蠢きながら、時折自身を食そうと襲い掛かってくる人間に対し、昆布を絡みつけて窒息死させようとしてきます。
 ここまで話を聞くと海中において無類の強さを誇るように感じられがちなケルプマンですが、そんな彼にも話にならない欠点があります。

 それは陸上で無力過ぎるという点です。

 ケルプマンは海中では全身の昆布を触手のように動かせるものの、陸上に上がった途端、それらは全て使えなくなってしまうのです。こうなってはしまっては波で自然に海に帰るしか術はなくなりますが、当然、旨味の塊である彼を見逃す人間はおらず、ケルプマンはどこかの食卓に連れていかれます。

 ですが、そんなケルプマンにも心強い味方がおります。
 それはイカれたラッコ、頭砕猟虎(ヘッドクラッカー)です。ヘッドクラッカーは頭のネジが外れた気の狂い方をしている為、自分に襲い掛かってきた外敵の頭をかち割れると信じ切っています。
 ケルプマンはそんなヘッドクラッカーに外敵である人間や魚を撃退してもらい、自身はヘッドクラッカーが海流に攫われないよう保持するという共生関係を結ぶことで自身の身を守ることができるのです。
 しかし、所詮ヘッドクラッカーはラッコです。彼は陸上に上がることがほとんどなく、その為打ちあがったケルプマンを助けることはしません。薄情と思われがちですが所詮、獣は獣です。それを理解してか、ケルプマンは静かに砂浜で天日干しにされます。
 それでもケルプマンはヘッドクラッカーと共に生きていく道を選びます。弱者は強者の施しを受けられなければ生きていけないと、そのスカスカな脳味噌で理解しているからです。

 それが昆布なのに腰巾着な魔物、ケルプマンです。
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