嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第二十二話:討伐は不穏の始まり

 

 

 

「アイベルの妹が帰ってきたぞぉー!」

「マーライオンを倒したのか!? あのデカいのを!?」

「やるなぁ! 流石アイベルの妹だぜ!」

 

 マーライオン討伐を果たし、無事リーパの村へ帰還した俺とアータンを出迎えたのは、村民の熱烈な歓迎であった。

 

 村の入口は瞬く間にお祭り騒ぎだ。

 

 特にアータンの周囲には漁師を始めとした大勢の人間が集まっており、漁師の生活を脅かしていた魔物の討伐を称賛していた。

 

「あんな凶暴な奴をどうやって!?」

「私が魔法で弱らせたところを、彼がトドメを……」

「魔法を使えるのか大したもんだ! まっ、アイベルの妹となりゃ当然か!」

「あ、あはは……お姉ちゃんほど使えないとは思いますけれど……」

「そんなことはないさ。本当にありがとうねぇ……今度うちに寄ってきなさい。大したお礼はできないけれど、食事をご馳走するくらいはしてあげるから」

「わぁ、ありがとうございます……!」

 

 アイベルはこの村でも有名人だったらしい。

 アータンが姉にそっくりなのと、そんな彼女の養親が事前に話していたのだろう。アータンがアイベルの妹であるという事実は既に村中に受け入れられていた。

 賞賛を惜しまない村民にアータン本人はたじたじしているものの、以前の宿場町でそういう機会があったのが功を奏したのか、なんとか応対はできているようだった。

 

 さて、ちやほやされ係はアータンに任せるとしてだ。

 

「すみませーん。マーライオンの毛皮鞣したいんで、誰か手伝ってもらえませんかねぇー?」

 

 俺は討伐証明でもあるマーライオンの毛皮を取り出した。

 地面に広げれば、その面積で討伐した相手がどれほど巨体であったことかが嫌でも分かる。

 

 魔物や獣の討伐依頼の場合、討伐達成の証明ははぎ取った現物をギルドに渡すのが一番手っ取り早い。そして確認だけ済んでしまえば討伐証明の素材は用済みとなる。そうなりゃあこの毛皮は俺達のモンって寸法よ。

 

 けれど、こういう毛皮はきちんと鞣しておかないとドンドン腐って使い物にならなくなる。装備に加工するにも絨毯に加工するにも下処理は大事ということだ。俺も多少なりとも知識はあるがプロに比べればお粗末なものだ。

 ギルドへ持って行く間に腐ったりなんてしたら、軽くショックで立ち直れなくなる。

 

 すると、一人のガタイのいい男が名乗りを上げた。

 

「それなら俺に任せてくれ。一応この村で加工屋をやらせてもらってる」

「おっ、任せていいか? 費用はいくらぐらいだ?」

「なぁに言ってんだ。村の恩人から金なんて取れるかよ」

「そっちこそ何言ってんだ。職人に金渡さずに仕事やれなんて言えますかっての」

「そ、そうか? それならこっちとしては助かるが……」

「代わりと言っちゃあなんだが、今度アンタに世話になる時はちょぴっとだけ贔屓してくれよ」

「ははっ! なるほど、そういうことなら任せとけ」

 

 ニカッと白い歯を見せて笑う加工屋の男は、そう言ってマーライオンの毛皮を工房へと運んでいった。

 自然と群衆の視線はマーライオンの毛皮へと向く。

 その隙にアータンは人混みから脱出したようだ。グシャグシャになった髪を手で梳かしながら俺の隣に立つ。

 

「ねえ、ライアー」

「どうした?」

「皮を鞣すのって、どれくらい時間がかかるの?」

「方法にも寄るが、大体一週間から一か月くらいだろうなぁ」

「一か月……」

 

 アータンは神妙な面持ちで考え込む。

 無論、方法によって鞣す期間は変わってくる。タンニンを使った鞣しなんかは数か月単位でかかるらしいが、今回は聖都へ持って行く間までの品質保証を念頭に置いているので、その方法はあらかじめ除外だ。

 

「……じゃあその間、この村に居るんだ」

 

 ふとアータンが呟いた。

 俺に言ったのか、彼女自身に言い聞かせたのかまでは分からない。

 分かるのは精々喜びとも言い切れぬ微妙な表情だったことだけだ。

 

「んー」

 

 俺はしばし思案するように顎に手を当ててみた。

 

「そうだなぁ。加工が終わるまではこの村に世話になるか」

「……うん、わかった」

 

 

 

「ニャ~」

 

 

 

「「……ん?」」

 

 何とも言えぬ空気の中、響き渡る猫撫で声。

 

「この子……?」

 

 それもそのはずだ。

 鳴き声を発したのはアータンの足下にすり寄っていた赤褐色の猫だったのだから。どこかの家猫なのか妙に人に慣れた猫は、アータンの脚にすりすりと頬を擦りつけている。

 それを見ていたアータンはと言えば、

 

「……カワイイ」

「待て、アータン!」

「えっ、なに!?」

 

 骨抜きにされかけるアータンを手で制し、俺はその猫をゆっくりと持ち上げる。

 

「こいつは加加阿猫(カカオガトー)と言って熱帯地域に住む猫型の魔物でな……」

「危ない魔物!?」

「いいか? こいつの首元を嗅いでみるとだな……」

 

 スゥ~。

 ……はぁ~。

 

「……カカオの匂いがするぞ」

「……それだけ?」

「それだけ」

「危険かどうかは!?」

「嚙まれたら多分痛い」

「森羅万象の猫に通ずるよ!?」

 

「ニャ~」

 

 吼えるアータンに、負けじとカカオガトーも吼える。

 勝者は後者だった。その愛くるしいキュートボイスに負けを認めざるを得なくなったアータンは、諦めてカカオガトーの首元に顔を埋めて匂いを嗅いでみる。

 

「……なんだかいい匂いがする」

「それがカカオの匂いだ。チョコレートの原料になる豆と一緒なんだぞ?」

「なにそれ?」

「甘くて美味しいお菓子だ」

「ホントッ!?」

 

「ニャ~!」

 

「あっ、待って!」

 

 大声を上げるアータンに驚いたのか、カカオガトーは俺の手の中から逃げ出していった。

 それを急いで追いかけるアータン。

 だがしかし、彼女が捕まえるよりも早くカカオガトーは何者かの手によって抱き上げられてしまった。

 

「リコリス、あの人はアイベル姉ちゃんじゃないぞ~?」

「ニャ~」

 

 抱き上げたのは10歳前後の少年。海辺の住民らしく肌が浅黒く焼けているのが特徴的だった。

 そんな少年は抱きかかえたカカオガトーを駆け寄ってくるアータンへと手渡す。

 突然手渡された事実に驚きを隠せなかったアータンであるが、すぐさますりすりと額を擦り付けてくる猫を前に、その表情は瞬く間に蕩け切ってしまった。

 

「ニャ~」

「カワイイ~……この子、君が飼ってるの?」

「ううん。村の皆で面倒看てる」

「そうなんだ。名前はさっきの……?」

「うん。リコリス」

 

 少年は猫の身体をワシャワシャと撫でまわしながら続ける。

 

「昔、怪我してるところをアイベル姉ちゃんが拾ってきたんだ」

「! ……お姉ちゃんが」

「名前をつけたのもアイベル姉ちゃんだよ」

「……そっか」

 

 そう言ってアータンは猫を抱きしめた。

 

 ギュッと、そっと。

 離れないように、苦しくないように。

 

 その優しい抱擁に最初こそ困惑して逃げ出そうとしていた猫も、最終的にはすべてを受け入れてアータンに身を委ねていた。

 

 ……今、アータンはどんな気持ちなのだろう。

 

 その表情の意味を窺い知れないが、悲壮感に満ちているわけでもなさそうだ。

 俺は深く詮索することはやめ、アータンにこんな提案をしてみる。

 

「なあ、アータン。どうせしばらくここに滞在するんだから、村の皆にアイベルのことでも聞いて回ったらどうだ?」

「えっ……お姉ちゃんの?」

「おう。共通の知り合いが居る人間同士、思い出話に花を咲かせるのも旅の醍醐味だ」

 

 ゲームだって同じだ。

 序盤に出てきた名前のキャラが別の土地でも登場したら繋がりが見えて楽しい。ましてや自分の知らない時期の相手を知っている当事者など、話題の種は尽きないだろう。

 

「村の皆、アータンと話したがってるぜ? ここで暮らしてたアイベルがどうだったのか聞いてみろよ」

「……そうだね」

「ニャ~」

 

 リコリスも同意してくれた。

 これにはアータンも頬を綻ばせ、すりすりと顔をリコリスに擦り付ける。これで風呂に入るまでアータンはカカオの匂いが取れなくなったであろう。

 

「ちなみになんだが……」

「ん? なに?」

「カカオガトーは月に一回カカオ豆を収穫できる」

「猫から豆が!? えっ、不思議。どんな風に獲れるの?」

「……」

「……ライアー?」

 

 曇りなき眼で見つめてくるアータンに、俺は熟考に熟考を重ねた。

 そして、目を逸らしながら語りを始める。

 

「……コピ・ルアクってコーヒー知ってる?」

「? ううん、知らない」

「そっか……あれはとある猫に食べさせて未消化で排泄されたコーヒー豆のことでな、独特の風味で───」

「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、この子からカカオ豆が収穫できるって……」

「……」

「いやぁ~!!?」

 

 

 

「ニャ~」

 

 

 

 カカオガトーは呑気に鳴いた。

 ちなみにカカオ豆は尻尾の先っちょに生る。

 

 

 

 ***

 

 

 

 冥い、冥い地の底。

 空には太陽もなく、星もない。そもそも延々と広がる大地の蓋が空の代わりだった。

 

 所々灯っている炎と仄かに青白い光を放つ川だけが、この地の底を照らす光。当然、青々とした植物など生えてはいない。広がる荒野には、枯れたような雑草が点々と存在しているだけだ

 

 おおよそ生き物が生きて行ける環境ではない。

 地上の生命が此処に来れば、数日と経たずに死に至るであろう。

 

 そんな絶死の環境の中、青白く光を放つ結晶の城は君臨していた。

 

 王都の王城に勝るとも劣らぬ巨大さ。

 もし仮に人がこの光景を目にすれば、余りに幻想的な輝きに目も心も奪われていたであろう。

 

 もっとも、この城に辿り着く前に命を奪われなければの話だが。

 

「───殿下」

 

 結晶城の最奥。

 広大な玉座の前に、鰐の下半身を有した悪魔が跪いていた。両腕に翼を生やした老人のような風貌の悪魔はしゃがれた声で話す。

 

「先にご報告致しましたように、インヴィー教国制圧の準備は滞りなく進んでおります。聖都陥落の包囲網も直に完成致しましょう」

「……そうか。ご苦労だ、アガレスよ」

「ははぁ!」

 

 主君から送られる労いの言葉に、アガレスと呼ばれた悪魔は深々と頭を下げる。

 彼が頭を下げる先───玉座に座すのは、三対の翼をマントの如く羽織る一人の悪魔であった。眼前の従僕ほどの異形ではないにせよ、顔面を覆う猛禽類のような仮面から覗く眼光は人が出せる威圧感ではなかった。

 

「……して、アガレス。()()は?」

「はっ。現在配下に命じてインヴィー教国内を捜索してはおりますが、既に国外に出た可能性が高いと思われます」

「……そうか」

「っ……申し訳ございません」

「もうよい、下がれ」

 

 地が震えるような唸り声だった。

 滲み出る魔力からは怒りと苛立ちが滲み出ており、跪くアガレスの頬にも一筋の汗が伝う。

 

 しかし、弁明の余地など残されていない。

 主が『下がれ』と言った以上、僕は下がるしかないのだ。下手に取り繕うものならば、いよいよその命を以て償わなければならなくなる。

 

「ええい、〈嫉妬〉め……奴は今どこに───」

「アガレス様」

 

 その時、アガレスの言葉が遮られた。

 振り向けば、そこには悪魔が居た。悪魔の角にも見える突起は頭鰭(とうき)であり、よくよく見れば腕の下側から胴体にかけて広がる皮膜のような物体は鰭であった。

 一言で言い表すのであれば、エイの悪魔。

 腰辺りから延びる一本の尾の先端にも、まるで返しのついた銛を彷彿とさせる針が生えていた。

 

「何事だ、フォルネウス」

「失礼致しました、アガレス様。しかし、重要なご報告が……」

「だからそれを話せ」

「〈嫉妬〉の居場所が判明致したかも分かりません」

「!」

 

 アガレスの双眸がカッと見開かれる。

 そしてそのまま顎をしゃくり上げて続きを促した。

 

「以前より〈嫉妬〉の故郷周辺に放っていた魔物が倒されました。並みの冒険者や騎士では太刀打ちできぬ魔物です。聖堂騎士団でなければ、倒すのは〈嫉妬〉ぐらいかと……」

「餌を放っていたというわけか……」

「確かめてみる価値はあるかと」

「……フ、フフフッ」

 

 アガレスは邪悪な笑みを湛え、フォルネウスの肩に手を置いた。

 

「分かった。確証を取り次第、戦力を揃えて〈嫉妬〉を仕留める」

「ははっ!」

「その時は儂も出る」

「は……? アガレス様のお手を煩わせるなど、そんな……」

「それでマルバスが返り討ちに遭ったのを忘れたか」

 

 射殺すような眼光に、フォルネウスの全身が硬直した。

 失言だった。それを理解したフォルネウスは膝を突き、地に着く程に頭を垂れていた。

 

「申し訳ございません、過ぎた言葉でした……!」

「……万全には万全を期す。二度も取り逃がすことなどあってはならん」

「はっ!」

「分かったならば行けぃ。魔王様の気は短いぞ」

 

 立ち上がったフォルネウスは深々と一礼し、その場から去っていく。

 その後ろ姿を眺めるアガレスは、深々と皺が刻まれた眉間に更に溝を作り出した。

 

(……未だ七つの〈罪〉は集まらず、か)

 

 翼の生えた腕を持ち上げ、鋭利な爪の生えた拳を握る。

 爪は掌へと食い込み、溢れる鮮血が床を赤く染め上げていく。しかし、数秒後にはボコボコと傷口が粟立ち始め、老人が爪を引き抜けば瞬く間に傷口は塞がっていった。

 

(ここで、せめて一つ)

 

 気炎を吐くアガレスの瞳には、正気と理性を焼き尽くしかねない忠誠と狂気の炎が燃え盛っていた。

 

(儂が確実に仕留める───〈嫉妬〉をな!!)

 

 ここは地の底。

 またの名を、地獄と呼んだ。

 

 

 

 




Tips:カカオガトー(加加阿猫)
 赤褐色の体毛を生やしたネコ型の魔物。体からはカカオ豆の香ばしい匂いが漂っており、魔物でありながら飼い猫として人気。カカオ豆が大好物であり、見つけては優先して食している。体内に摂取した栄養に応じ、尻尾からカカオ豆が一房生えてくる。食べたカカオ豆の量に応じ、尻尾から生えてくるカカオ豆の品質も向上する。最高級品は貴族や王族の食卓に並ぶデザートの材料として用いられる。
 一応排泄したカカオ豆も高級品として扱われる。


 上位種に体が豹ほど大きくなった『朱古力猫(ショコラガトー)』が存在する。

 シリーズ初出は『ギルティ・シンⅡ 暴食の晩餐会』より。

───カカオガトーがあざと過ぎる。

 この茶色い猫はカカオガトーといい、主に亜熱帯を原産とするネコ型の魔物です。
 その見た目はほとんどネコと違わないですが、尻尾の先にカカオ豆が生るという不思議な生態をしており、月に一回ほどこのカカオ豆は収穫できるサイズとなります。

 通常、カカオにはテオブロミンという成分が含まれており、これは人間にとってリラックス作用や血流の流れを良くする効果を発揮しますが、ネコにとっては猛毒です。
 しかし、カカオガトーはこのテオブロミンを尻尾の先へと排出し、新たにカカオ豆とすることでテオブロミンの毒を受けずに済みます。

 尻尾の先に生るカカオ豆は非常に高品質であり、かつてはとある王朝で王族に対し振る舞われるドリンクの原料にもなっていました。
 現代になってもその品質を買われ、王都や聖都といった主要都市のスイーツ専門店では、高級チョコレートの原料としてカカオガトーから採取できるカカオ豆が使用されています。

 そんな人に美味しいデザートを届けてくれるカカオガトーではありますが、この猫には皆さんもすでにお察しであろうとある事実があります。

 それは、ようはただのネコということです。
 ここまで散々カカオガトーを魔物のように扱ってはきましたが、その生態や大きさもほとんどネコとは変わりません。
 尻尾の先にカカオ豆こそ生るものの、カカオ豆を食べる習慣のない家庭ではただのバチクソ邪魔な豆でしかなく、挙句の果てには捨てられることもあります。
 路上に捨てられるカカオ豆の見た目はほとんどウンコでしかない為、時折カカオガトーの傍にあるウンコをカカオ豆と思って拾い上げる悲劇も頻発します。

 しかし、カカオガトーはそれに対し素知らぬ顔を浮かべているだけです。
 自分が落としたカカオ豆と拾われようが、ウンコを拾われようが、彼自身にとっては関係のない出来事なのです。

 それが、自分がひり出したカカオ豆とウンコを人間に片づけさせる魔物、カカオガトーです。
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