嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第二十五話:嘘吐きはオオカミ少年の始まり

 

 

 

 日も暮れ始めた夕方。

 庭の手入れを手伝ったアータンがへとへとの身体で玄関へと赴けば、見慣れぬ人間が屋敷から出ていく姿が見えた。

 

(あの人達、誰だろう……?)

 

 そう言えばパーターが客人の応対に出ていたと思い出す。

 

 その客人とやらがあれなのだろう。

 アータンがアタリを付けると、ちょうど門の辺りで入れ違いになる形で、ライアーが帰ってくるのが見えた。

 

「ライアー、おかえり!」

「たっだいま~。いやぁ~、今日も働いてきたぜ~」

「何してきたの?」

「聞きたい? それは聞くも涙、語るも涙な大冒険をだな……」

「わかった。ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど……」

「にゃ~ん」

 

 さらっとスルーする少女に嘘吐きが情けない声を上げる間も、アータンは本題へと移る。

 

「さっき屋敷出てった人達知ってる?」

「さっき? ああ、従魔隊(ドミトル)のことか」

「従魔隊?」

 

 アータンは聞き慣れない単語に下唇を触りながら首を傾げた。

 すると、途端にライアーの様子がハキハキとし始める。

 

「そうか、アータンは従魔隊を知らないんだな! ってことは、聖堂騎士団の構成なんかも分からないか!」

「えっ!? あぁ、うん、そうだけど……」

「そうかそうか! なら仕方ない! 俺が教えてやらないとだな!」

 

 アータンは知っている。

 こういう時のライアーは、あからさまに早口になって知識を語り始めるのだ。彼の言う『オタクノサーガ』が関係しているのだろう。

 そして、この場合に限って彼は嘘をつかない。

 早口でたまに聞き取れない以外、全部がタメになる内容だ。

 

「いいか、アータン? 聖堂騎士団は七つの部隊で構成されている。正統派、剣や槍で戦う『騎士隊(エクエス)』。魔法一本槍『聖歌隊(クワイヤ)』。色んな物に乗って色んな場所で戦うぞ、『騎兵隊(キャバリア)』。〈聖域〉を展開して味方を援護する『聖工隊(ファブリー)』。自分の中のもう一つの人格〈聖霊〉を呼び出して戦うぜ、『召喚隊(スモレーネ)』。やっぱ回復は必要っしょの『神癒隊(メディック)』。これらのどれにも属さず魔物を使役して戦う騎士達こそ『従魔隊』ってわけだ」

「魔物を!?」

 

 アータンは驚嘆する。驚嘆アータンだ。

 というのも、一般人からしてみれば魔物=危険という認識であるからだ。人に害を為し、時には命を奪う恐ろしい生物。それらを従えて戦うなど、常人の感性からしてみれば到底考えられない真似であった。

 

 しかし、ライアーは『チッチッ』と舌を鳴らしながら人差し指を振る。

 

「専用の魔導具と魔法があるんだよ。理論上、どんな魔物とでも主従関係を結ぶことができるんだぜ。この前倒したマーライオンも、その気になれば従魔にできる」

「へぇ~! でも、危なくないの……?」

「魔物は魔力を持った生き物の総称だぜ? 魔力を持ってなくてもクマは危ないだろ」

 

 それもそうだ。

 アータンは深く頷いた。

 

 考えてみればシャウトラットのようにさほど危険ではない種も存在している。

 結局のところ、魔物とただの獣の違いは魔力の有無のみ。人間に害を為すか否かは、その生態に依存している部分が大きい。それこそ人間でさえ魔力を持っているという意味では魔物の括りに入るだろう。

 

「じゃあ、従魔隊はどんな魔物を飼ってるの?」

「色々だな。捜索が得意な魔物、運搬が得意な魔物……あとシンプルに強い魔物とか」

「やれることがたくさんあるんだ」

「そういうこっちゃ」

 

 魔物の強みを生かす部隊───従魔隊。

 彼らの強みは従える魔物の数ほど存在する。単純な戦闘力で騎士隊(エクエス)聖歌隊(クワイア)に劣ることはあっても、彼らの存在価値が劣ることにはならない。

 

 しかし、ここでアータンはある疑問を抱く。

 

「……あれ? そんな人達がなんで屋敷に?」

「知~~~らねっ」

「急に責任を放棄した!?」

「だってぇ……俺に聞くよりパパベルに聞いた方が早いじゃん?」

「そっか、それもそうだね……うん? パパベル?」

「パパタンさんの方が良かったか?」

「私の名前と合体させないで!?」

 

 そうなったらいよいよファミリーの一員だ。

 まだ覚悟ができていないアータンにとって、その呼び名は口にすることが憚れるという理由で『パパベル』および『パパタン』呼びは却下された。

 

 だが、

 

「……ねえ、ライアー」

「んー?」

「私みたいな子に家族って思われたら迷惑かな?」

「俺はめっちゃ大歓迎」

「そ、そう? ……そうじゃなくて!!」

「肩から波及する衝撃ッ」

 

 肩を殴られたライアーは端的な悲鳴を上げる。

 どうやら彼の返答は彼女が求めていたものとは、少しばかり方向性が違っていたらしい。

 

 真っ赤になった顔が少し冷めるまで息を整えるアータン。

 彼女は遠回しに聞いても無駄だと悟り、直球で質問を投げることを決意するのだった。

 

「義理の娘と血が繋がってるだけの子に家族と思われたら迷惑かな……?」

 

 若干目を伏せながら。

 隠しきれぬ不安の色を湛え、そう言った。

 自信がなさそうな瞳は、夕日に伸ばされた影をジッと見つめていた。

 

 漠然とした不安があった。

 背中を押して欲しかった。

 

 自分に愛されるだけの価値があるかどうかわからないアータンにとって、他人に肯定されるかどうかは大きな問題であった。

 

 それに対してライアーは、

 

「そりゃねーだろ。あれが迷惑だと思ってる人間の押しかぁ?」

 

 と、ケタケタ笑いながら答えた。

 アータンが伏せた目を上げてみれば、彼が真っすぐ自分を見つめていることが分かった。

 

「……そっか……そうだよね!」

 

 少女は背中を押されたように前へと踏み出した。

 それから、『あっ』と気づいたように背後の鉄仮面の方を向く。

 

「ライアー……ありがとう!」

「だってアータンはカワイイしな。それにカワイイし、しかもカワイイ」

「語彙ぃ!?」

 

 前言撤回。

 涙のアータンパンチはライアーの鉄仮面の顎を的確に捉えた。ゴォンと鉄の音が響く。すると鉄仮面の奥からは『おぉおんおぉおんおぉおんおん』という形容しがたい悲鳴が聞こえてきた。

 反響する鉄の音にやられたライアーは、たまらず膝から崩れ落ちる。

 

「しょ、諸行無常の響きあり……」

「そんな響きを奏でたつもりはないよ」

「くっ、アータンめ。俺を相手に対人トレーニングを積んでやがるな」

「むぅ……今のはライアーが悪いもん」

「そういうところもカワイイなぁ!」

「むびゅ!?」

 

 しかし、この程度でへこたれるライアーではない。

 いや、推しとの絡みなどむしろご褒美だ。そういわんばかりにテンションが上がりに上がるライアーは、アータンのほっぺたを両手で挟んで捏ね回し始める。

 

 さながらパン生地を捏ねるがごとく。

 もしくはうどんの生地だ。彼の中に眠っている(かもしれない)うどん県の血が目覚めそうであった。

 

「あらあら、アータンのほっぺはムニムニねぇ!! まるでお餅みたい!!」

「むぎゅ~!?」

「最近ほどよくお肉がついてきたんじゃないかしらぁ!? やっぱりご飯が体の資本よぉ!! マーターさんのお料理ですくすく育ってるわねぇ!!」

「りゃ、りゃいあー……!!」

「───心配すんなって」

「え……?」

 

 再び彼と目が合った。

 やはり彼の表情は窺い知れない。

 けれど、鉄仮面の奥に潜む双眸は微笑んでいる。そういう風に見えたような気がした。

 

「そんな小難しいこと考えなくったって平気だ。アータンにはたくさん良いところがあるし、たくさん愛されるところだってある」

「……ライアー」

「そういうのを見つけてくれた人達が、いつの間にかアータンのことを受け入れてくれるようになるんだから」

 

 大丈夫だ、とライアーは続ける。

 そして、

 

「……それにな、これだけはアータンに伝えておく」

「えっ……な、なに?」

「世界中の皆がアータンのことを嫌いになったって、俺だけは絶対アータンのことは好きなままで居る」

「っ───!」

「嘘じゃない」

 

 真っすぐに見つめてくる噓つきの、真っすぐな言葉。

 それを目の前で聞いてしまったアータンは、歴代記録を更新するほどに顔を真っ赤に染める。綺麗な緑色の蛇目も、この時ばかりは瞳孔が点になってしまうくらいには見開かれていた。

 

「~っ!」

「イテッ、イテッ! なんで殴る!?」

「ん~ッ!」

「ヤダ、お気に障らなかった!? ごめん、だったら謝るから!」

「~~~ッッッ!」

「内部に響く衝撃ッ!」

 

 ポカポカ。

 ボカボカ。

 ボグッ。

 

 アータンパンチは、やがてライアーの心の臓を鋭い衝撃で貫いた。

 ライアーに効果は抜群だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っきゅう~~~!」

 

 グイ~ッと背伸びするアータン。

 夕食も終え、入浴も済ませ、後はベッドに入って眠るだけ。

 

 しかし、アータンには冒険の書を記すという日課があった。

 毎日数行ずつだけではあるが、その日あった出来事を書き記している。おかげで最初の頃は書けなかった文字も、今ではゆっくりではあるが手本を見ずに書けていた。

 

 今日の分も書き記したアータンは、そっと冒険の書を閉じる。

 

「んっ……」

 

 いざ就寝───の前に、アータンは一旦部屋を出た。

 向かう先はトイレだ。別に今すぐ漏れそうというわけでもないが、これを無視すると真夜中に目が覚めるというのは経験上理解していた。

 

 真夜中、ロクな光もない中でトイレに向かうことのどれだけ恐ろしいことか。

 

(結局私って小さい頃から成長してないんじゃ……)

 

 現在17歳。

 世間では16歳が成人と認められる以上、17歳は立派な大人と見なされる年齢だと言えよう。

 なのに、真夜中のトイレが怖い。同い年の姉が聞いたら『アータンはおこちゃまね~』とからかってきそうだとイメージが湧き、アータンは一人で勝手にムカムカとした。

 

 そんな中、唯一トイレのある一階へと向かう。

 

(……うん?)

 

 すると、もう日も落ちているというのに明かりがついてある部屋があった。

 田舎で蝋燭は貴重品だ。貴族や商家でもなければ持っていないし、たとえ持っていたとしても余程の事情がなければ使わない。

 

(あれ? そう言えばここ……)

 

 アータンは気付いた。

 明かりが出ている場所が台所であることを。

 

 台所ならば火を使う関係上、光源があることは間違いない。

 しかし今は夕食も終えた時間。明日の仕込みがある料亭ならばともかく、商家の台所が夜中明るいことはアータンからしてみれば不思議であった。

 

 台所+火+夜=?

 

「火事!!?」

「「わああっ!!?」」

「きゃあっ!!?」

 

 慌てて台所を覗いてみれば誰か人が居た。

 ビックリしてアータンが火魔法で火を灯してみれば、どうにも見慣れた顔が闇の中に浮かび上がってくる。

 

「パーターさん? ……と、マーターさん?」

 

「な、なんだぁ。アータンかい、ビックリしたぁ……」

「どうしたんだい? こんな夜中に出歩いて……」

 

「えっと、トイレに……」

 

 と、言っている間に猛烈な勢いでパーターが詰め寄ってくる。

 近い。おかげで台所の奥で安堵の息を吐いていたマーターの姿が見えなくなってしまった。

 

「そ、そうかそうか! 驚かせてしまってすまないねぇ!」

「こっちこそ大声出してごめんなさい……」

「気にしなくて大丈夫さ! それよりほら、トイレに行くんだろう? 案内してあげようか?」

「い、いえ。場所は分かるので……」

「そ、そうかい? それならいいんだが……」

 

 ニコニコと笑うパーター。が、その笑顔はどこかぎこちない。

 まるで何かを隠しているような様子だった。

 

(……まあ、私が気にすることじゃないか)

 

 人間、隠し事の一つや二つくらいあるものだろう。

 思い出してみろ、あの鉄仮面を。頑なに素顔を晒そうとしない彼に比べれば、他人の隠し事なんぞ優しく見えてくるものだ。

 

 そう自分に言い聞かせるアータンは『失礼しました』と台所を去ろうとする。

 が、しかし。

 

「……」

「……どうしたんだい、アータン?」

「あ、あの……その……」

 

 不意に廊下で立ち止まったアータンは、未だ台所の入口を恰幅の良い体で塞いでいるパーターの方へ振り向いた。

 

「パ……」

「パ……?」

「───パーターさん、おやすみなさい!」

「? ……うん、おやすみ!」

 

 なんてことはない就寝の挨拶だった。

 パーターが満面の笑みでアータンに挨拶を返すと、彼女は後方に居るマーターに向かっても同様にもじもじとし始めた。

 

「マ……マーターさんも。おやすみなさい」

「おやすみなさい、アータン。明日は楽しみにしてね」

「? は、はい!」

 

 一瞬何を言っているか分からなかったアータンだが、羞恥に頬を赤くする彼女は、逃げるようにトイレへと向かっていった。

 

 その後ろ姿を見送るパーター。

 結局、どうして恥ずかしそうにしているのかわからないままであったが、娘の可愛らしい姿を見れたとほっこりした彼は、妻と向かい合い柔和な笑みを湛えた。

 

 

 

 きっと明日は良い日になるであろう。

 

 

 

 そう信じて疑わないパーターとマーターは、娘の笑顔を思い起こしつつ、再び台所へと戻るのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 田舎の夜は早い。

 王都や聖都のようにインフラが発展した都市部でなければ、明かりのない田舎は日が沈んだのと同時に床に就く。

 精々点いている明かりがあるとすれば村に入る入口の門ぐらいだろう。

 そこですらいくつか篝火が灯されている程度で、村全体を覆う暗黒を照らすには不十分だった。

 

 故に、気づけない。

 

 遠方より忍び寄る、数多の影には。

 

「あそこだ」

 

 暗闇の中、夜目を利かせて進む者達が居た。

 それは最早軍勢であった。五十は下らない悪魔が、先頭に立つ二角獣(バイコーン)の後を追っていた。

 

 そしてバイコーンの背に跨る一人の悪魔は、静まり返る漁村を指差していた。

 

「あそこに〈嫉妬〉が居る」

 

 悪魔は深い皺を顔に刻んだ、巌の如き老人であった。

 それは爬虫類の皮膚のようにゴツゴツと隆起しており、両腕には鷹の翼を彷彿とさせる羽が生え揃っていた。

 身なりこそ貴族のように立派であるが、だからこそ人外の部位が濃く際立つと言えよう。

 

 その老悪魔は地鳴りと聞き紛う低い声で、付き従う悪魔達へ言葉を並べる。

 

「陛下は大罪の〈罪〉をご所望だ。故に失敗は赦されない。故に敗北は赦されない」

 

 悪魔にも知能の程度に差はある。

 にも関わらず、緊張した空気は一瞬の内に伝播した。

 

 全員が老悪魔の言葉を受け、それを命を捧げて果たすべき命令だと理解したのだ。

 

 悪魔共の眼がギラついたのを見て、老悪魔は呟く。

 

「たかが村一つに過剰な戦力だとは思わん……相手は〈嫉妬〉。利用できる物は全て利用し、邪魔な物は全て排除しろ」

 

 その言葉が意味するところはすなわち───。

 

 

 

「───鏖殺だ」

 

 

 

 老悪魔の命令に悪魔達は雄たけびを上げる。

 暗闇に不気味な不協和音が轟いたが、これを聞いたところで逃げられる猶予はないだろう。

 

 闇に乗じ、闇に惑う人間を殺す。

 

 悪魔はそれを悪とは思わない。

 彼らは悪質だ。彼らは悪辣だ。彼らは悪逆だ。

 明確な悪意を持って他者に害を為す。ただの魔物との決定的な違いはそこだ。

 

 だからこそ、有史以来人間は畏怖と侮蔑の念を込めて奴等をこう呼んだ。

 

 

 

───『悪魔』と。

 

 

 

「アガレスの名において命ずる。愚鈍な人間共を血の海に沈め、陛下に〈嫉妬〉の罪冠具を捧げよォ!!」

 

 オオオッ!! と雄たけびが轟くと同時に、悪魔の軍勢はリーパの村へ向かって雪崩の如く押し寄せていった。

 村を囲う拒馬や丸太の壁など、巨大な鰐の悪魔が大口を開ければものの一撃で噛み砕かれてしまう。

 

 空いた穴からは次々に悪魔が村へと侵入を始める。

 

 逃げ惑う人間が居れば、背後から襲って殺そう。

 隠れている人間が居れば、引き摺り出して殺そう。

 

 そう勇んでいた悪魔達であったが、思わぬ事態に虚を突かれてしまう。

 

「……静か過ぎる」

 

 戸惑う悪魔共を後ろから眺めるアガレスが呟く。

 そう、静寂が過ぎていた。人間が眠りに就く時間帯であるのを差し引いたとしても、この静寂───そして人気の無さは異常だった。

 

 ならば隠れているのかと言えば、それも違う。

 

「アガレス様! 家の中も人っ子一人居やしません!」

「……馬鹿な」

 

───神隠しにでもあったのか?

 

 そんなはずはないとアガレスは頭を振った。

 世界には転移魔法なる魔法も存在こそするが、あれは必要とする魔力が莫大過ぎる余り、大勢を転移させることはおろか、一人を転移させるだけでも数十人単位の魔力を要する欠陥品だ。

 

 となれば普通に考えて陸か海、どちらかに逃げたことになる。

 

「だが……いつの間に……?」

 

 直前で気づいて逃げたのであれば、もっと人の気配があるはずだ。

 だとすれば事前に襲撃を察知して避難したと見るのが正しいだろう。

 

 しかし、これもおかしい。

 何故ならば今日の襲撃は、〈嫉妬〉が村に居ると部下の悪魔から確認を取れた、まさにその当日だったからだ。

 部下の報告から戦力の用意まで約半日。その間、襲撃を察知して避難を開始するなど、報告された時点で襲撃があると分かっていなければ不可能だ。

 

「……まさか!」

「やあやあ皆さん、よくぞおいでで」

「っ!」

 

 突如、どこからともなく声が響いてくる。

 刹那、悪寒を感じたアガレスはその場から飛びのいた。すると彼の頬には一筋の赤い線が刻まれた。

 

 斬られた。否、()()()()

 

 そう理解した瞬間、アガレスは咄嗟に上半身を大きく仰け反らせた。

 

「ぐっ!」

 

 ほとんどバイコーンから飛び降りる形だった。

 無様極まりない回避であったが、それが正解だと判明したのは、間もなくバイコーンの首が斬り飛ばされてからだ。

 

「ちぇ、避けたか」

「貴様……!」

 

 姿なくバイコーンを斬首した暗殺者が居るであろう場所へ、アガレスは口から〈魔弾(マギ)〉を放った。

 属性も特性もない、単なる魔力の放出。

 されど、莫大な魔力を有する悪魔が放てば必殺の一撃となるそれは、水平線の彼方まで飛んでいかんとする勢いで疾走した。

 

 手応えは……ない。

 

「姿を───現せぇえ!!!」

 

 吼えるアガレス。

 今度は全身から魔力を解き放った。“点”ではなく“面”での攻撃。〈魔弾〉のように収束はしていない為、殺傷力という点では劣る。けれども周囲を襲う衝撃波は静まり返る家屋の窓を木枠ほど吹き飛ばした。

 味方の悪魔さえ、吹き荒れる衝撃波に耐えかねて吹き飛ばされる。

 

 そんな中、景色の一部が歪んだ。

 

「───っぶね~~~! 村ん中だぞ!? もうちょい攻撃選べぇ~!?」

 

 歪んだ景色の中から、一人の姿が浮かび上がった。

 抜いた剣を地面に刺し、衝撃波に流されぬよう固定する鉄仮面の剣士だった。シンプルな防具は聖堂騎士団のものと比べれば、いかんせん貧相に見える。

 

 だが、アガレスが瞠目した理由は別の場所にあった。

 

(こやつ……()()()()()()()()……?)

 

───魔力探知に引っ掛からなかった。

 

 その事実の重大さにアガレスは目の色を変えた。

 

「……何者だ?」

「俺か? おいおい、魔王軍ともあろうお方が俺を知らないとはモグリだねぇ」

「貴様……」

「それなら自己紹介させてもらおうか」

 

 鉄仮面の剣士は、せせら笑いながら続ける。

 

 

 

「どうも、オオカミ少年でぇ~す」

 

 

 

 アオ~ン、と。

 

 片手で作られた狼が、遠吠えを上げた。

 地面に映る影は、笑いながら牙を剥いていた。

 




Tips:従魔隊(ドミトル)
 聖堂騎士団を構成する一部隊。特殊な魔導具と魔法で従えた魔物で戦う。
 戦闘から捜索、移動の脚と様々な場面で活躍する器用万能な部隊。他よりも適性がものを言う部隊である為、構成員が少ないことが欠点。
 しかし、それを補うように従える魔物『従魔』を数多く取り揃えている。
 従魔の数=従魔隊の強さと言えよう。従魔の種類は地域差があり、海辺に接した村や町が多いインヴィー教国では海上や水上での魔物に対処できるような従魔が多い。

 七大聖教が擁する聖堂騎士団の内、〈冥府の番犬(ケルベルス)〉が特に魔物の扱いに造詣が深いとされている。
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