嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第三十六話:握手は仲間の始まり

 

 

 

 リーパの村で復興が始まり、約一週間。

 ビュートが村長と話をつけて復興の手伝いをすると決まるや否や、まるで準備していたかのように続々と人手と魔物の手が集まってきた。

 

 力仕事なら任せろ、弾けるバルクの筋肉熊(キンニクマ)

 背中から生やす木で森に紛れる木麒麟(キキリン)

 尻尾の大鎌で木材を伐採する大鎌鼬(サイズミンク)

 釘などの鉄素材採集に役立つ鉄鱗(アイアンスケイル)

 漁に使う網を量産だ、蔦男(アイビーマン)

 汚れた服の洗濯なら任せて、洗濯熊(ウォッシュラクーン)

 分泌液が強力な接着剤になる家海星(イエヒトデ)

 癒し担当、加加阿猫(カカオガトー)……etc。

 

「完璧な布陣だぜぇ!!」

「最後の要る?」

「リコリス、カモァーンっ!!」

 

 カカオガトーの必要性を問いかけるアータンにはそこらへんを散歩していたリコリスを贈呈する。

 フワフワな体毛に鼻を埋めたアータンは、そのままスゥー、とカカオガトーの香りを肺一杯に吸い込んでご満悦な様子だ。

 

「……要る」

「だろ?」

「それにしてもこんなに人手が集まったなら、一か月もしない内にどうにかなりそうだね」

「まったくな~」

 

 それくらい復興はとんとん拍子で進んでいた。

 なんということでしょう。先日まで見るに堪えなかった家屋の残骸のあった場所が、今では新築の香りが漂う綺麗な家になっているではありませんか。

 元々住んでいた住民でさえ『え? こ、こんな良い家に住んでええんですか……?』と目が点になっていたのが印象的だ。はっはっは、びっくりしただろう。俺もビビった。

 

 しかし、こうやって村を建て直していく光景を見るとあのナンバリングを思い出す

 

 その作品の名は『ギルティ・シンⅡ 暴食の晩餐会(バンケット)』。

 同人エロゲーだった初代から、晴れて一般向けに開発・販売されたシリーズ第二作目にあたる作品だ。

 

 舞台は今よりはるか昔のプルガトリア大陸。

 その当時、プルガトリア大陸全土は未曽有の大飢饉に襲われており、それまで栄華を誇っていた人類はみるみる飢えていき、その日を食いつないでいくことさえ困難な状況に陥っていた。

 

 だが、そこで立ち上がったのが主人公ゼブル!

 幼馴染の危機を前に、罪冠具を手にし〈暴食〉の〈罪〉をその身に宿した彼は、枯れた大地に救いと食糧を取り戻すべく、荒れた土地を開墾しながら大飢饉の元凶に立ち向かう! ……というのが大まかなあらすじだ。

 

 ここまで聞けばある程度どこかにありそうなゲームの内容だろう。

 だがこの作品、ウフフでアハハだった初代と打って変わって別物だった。

 子供でも楽しんで遊んでもらえるようにとの開発会社の意向もあり、中身は恋愛シミュレーションを兼ねていた初代とは違い、今回は農業シミュレーションのような味わいになっているのが特徴的だ。

 

 当時まだ俺はギルシンシリーズをプレイしたことがなかったから知らなかったが、発売直後は余りにも初代と違い過ぎるゲームシステムに荒れたらしい。

 しかし、そこはギルシン。ゲームとしての完成度と、分かりやすくも考えさせられるストーリーで好評を博し、結果として良ゲーとして認知されるようになった。

 

 そんな本作を代表するシステムと言えば、やはり農地開発と魔物牧場である。

 前者はなんとなく想像がつくだろうが、大飢饉に襲われている世界観というのもあり、食糧確保は最優先事項。

 

 そこで農地の開発を推し進め、野菜や果物を収穫するのが第一目標となる。

 

 んでさぁ、この野菜と果物がさぁ……めっちゃ美味そうなのよ。

 

 今となってはレトロゲーな本作だが、それでも当時としては破格の美麗グラフィックで再現された食べ物の数々はまさしく飯テロ。

 俺も実際にプレイしたのは発売されてから大分後になってからだったが、職人によって打ち込まれたドット絵はまさに芸術だった。

 

 しかも本作、食材や料理によって得られる効果が変わっており、ボスなどに対抗するには十分食事を取らなければならないゲームバランスとなっている。

 だから、戦いに行く直前に美味そうな見た目の料理を主人公が食べ、プレイヤーは涎を垂らしながら画面を眺めていた……といった光景が量産されていたらしい。実際俺も腹を空かせて、その日の夕飯は野菜を貪り食った。

 

 ありがとう、ギルシン。

 俺が野菜を克服できたのは貴方のおかげです。ただし、ゴーヤ。てめーはダメだ。

 

 と、Ⅱの魅力の半分がこの料理だとすれば、もう半分が魔物牧場である。

 

 魔物牧場とはなんぞや?

 ……まあ、魔物牧場は魔物牧場だ。魔物を牧場で育てるのである。

 

 というのも、主人公ゼブルは従魔の才能があった。

 そこで出先で見つけた村開拓に役立ちそうな魔物をかたっぱしから従魔にしていくことができるのだ。

 農業、畜産、建築……様々な用途で用いられる魔物を仲間にするほど、村はどんどん発展していく。

 

 木を切る魔物、水を浄化する魔物、金属を掘削する魔物、畑を耕す魔物、食材を生み出す魔物等々。

 初見では何の役にも立たなそうな魔物であっても、絶対に何かしらの役に立つ。

 あのシャウトラットでさえ魔物除けになるというのだから、本作の魔物に対する情熱は並々ならぬものであるのは察せよう。

 

 そんな魔物達と発展させた村を見るのも楽しかったんだよなぁ……。

 

 加えて、本作は戦闘における味方の人間キャラが居ない代わりに、その従魔が味方となって戦ってくれる。

 初代がターン制コマンドバトルだったのに対し、二作目はフィールドを自在に動き回れるアクション系だったから、縦横無尽に従魔と動き回れるのもグッドポイントだったんだよなぁ。

 

 しかも!

 魔物同士を交配させることにより、両種族の特性を備えた魔物が生まれてくるのだ!

 

 一角獣(ユニコーン)天馬(ペガサス)を掛け合わせた天角馬(アリコーン)

 様々な種族を掛け合わせることによって生まれる混獣(キマイラ)

 極めつけには交配し続けて生まれる最強種が……的な感じで、魔物の育成方面にも力が入っていた。

 

 村の開拓と魔物の育成。

 農業シミュレーションと育成シミュレーション。

 

 これら二つが好きなゲーマーにとっては、まさしく神ゲー。

 それが『ギルティ・シンⅡ 暴食の晩餐会』というゲームの総評だ。

 

 ……え? 初代にあった恋愛要素はって?

 あるよ、一応。幼馴染の牛飼い娘のイディルって娘のルートだけだけど。

 それについては一言だけ。

 

 尊い。

 

 それ以上は不要だ。

 

「あ~、久々に遊びてぇなぁ~」

「何を遊びたいの?」

「村開拓」

「遊びでやるもんじゃないよ!?」

 

「フシャアッ!」

 

 吼えるアータンがリコリスを前に突き出すと、リコリスから強烈な猫パンチが飛んでくる。眉間を狙った強烈な正拳突き……いや、ストレート猫パンチ。

 

 俺の頸椎は死んだ。

 

 しかし、こうやってうだうだと談笑している間にも、ビュートの従魔達がどんどん復興を進めていってくれている。

 どうやら俺達の出る幕はなさそうだ。

 

「いや……俺達にもできることはあるッ!! アータン、行くぞ!!」

「えっ、急に何?」

「大腿筋が太過ぎる!! 太過ぎるよ!! 知恵の樹かい!!」

 

「「「クマッスル!」」」

 

「作業進まなくなるから掛け声しないでくれる?」

「くまぁ~」

 

 キンニクマにエールを送ったら、ちょうど通りがかったビュートに怒られてしまった。

 ちくしょう。悪魔共が襲い掛かって来る前なら、村全体に魔法陣描くなりやることはたくさんあったが、こうも仕事を振られないと暇で仕方がない。

 時期を見て聖都に戻ってもいいかなぁ~、なんて考えていると、どこかで見たことがあるようなマッスルがこちらに歩み寄って来る姿が見えた。たしかあの人はマーライオンの皮をなめしてくれていた店主だ。

 

「お~い、あんちゃん。マーライオンの皮、鞣し終わったぞ」

「おっ、本当か? ありがとうございまーす!」

「まだ現物手渡してねえんだが? まあ我ながらいい感じに鞣せた自信はあるからよ、とりあえず店に来て確認してくんねえかい?」

 

 特にやることもない為、俺とアータンは二人して店主の後についていく。

 徒歩数分の店内。そこに入れば、目の前にはなんとも立派なマーライオンの革が仕上がっていた。

 

「「おぉ~!」」

「どうだい? こいつを売り捌けばかなりの値段がつくぜ」

「流石店主……いい仕事してくれますねぇ……!」

 

 マーライオンを倒す時、皮には最低限の傷しかつけていなかったから、仕上がりも随分と綺麗だった。

 これなら金持ち辺りが金貨100枚くらい出して買ってもおかしくなさそうだ。

 

 さて、これで討伐証明のブツは手に入れた。

 

「これなら明日にでも聖都に帰ってよさそうだ」

「……」

「どうした、アータン? そんな暗い顔して」

「えっ!? そ、そんな顔してた!?」

 

 俯いていたアータンが、慌てたようにぎこちない作り笑いを浮かべる。

 

「してたぞ。『甘いパンだと思って食べてみたら惣菜パンでした』ぐらいな」

「その微妙な例えは何?」

「……この村から離れたくないか?」

「っ!」

 

 変に遠回しに聞いても仕方ない。

 単刀直入に質問した俺に、アータンの表情には再び暗い影が差す。

 

「……うん」

「家族が居るんだもんなぁ。それが普通の感覚だろ」

「……そうかな?」

 

 リーパの村はすでにアータンの故郷となった。

 そして、アイベルの養親とも心の底から家族と呼べる仲となった。

 

 家がある、家族がいる。

 

 パーターさんもマーターさんも、きっとアータンさえ良ければずっと家に居ても良いと言うはずだ。

 

 つまり、あとはアータンの心持ち次第。

 彼女が『どこに居たいか』と思うかで、全てが決まると言ってもいい。

 

「俺はいいと思うぞ」

「え……?」

「アータンがここに残りたいって言うなら、俺はその意思を尊重する」

 

 弾かれるようにアータンが面を上げ、俺の方を見つめてくる。

 クリクリとした蛇目が心なしか潤んでいるように見えるが、俺はそのまま言葉を紡いでいく。

 

「アイベルは魔王を倒しに旅に出てるんだ。じゃあ魔王さえ討たれたらアイベルは家に戻ってくるってことだろ?」

「そうかもしれないけど……」

「だったら家に残ってアイベルの帰りを待つのも手だ。いや、ってかそっちの方が絶対確実」

「……なんで?」

「だって───俺が魔王倒しちゃうからなぁ~~~! ギャーッハッハ!」

 

 馬鹿笑いする俺に、アータンはぽかんと口をあんぐり開ける。

 

 いやあ、実に完璧な作戦だ……俺が魔王を倒しゃあアイベルが勝手に帰って来るんだから、おうちでゴロゴロしても目的は達成されるって寸法よ。

 

「どうだアータン、いい考えだろ?」

「……うん」

 

 アータンは煮え切らない返事を返す。

 そうこうしている内に、帰路についていた俺達はパーター&マーターさん家に到着した。あの地震の中でも被害が少なかった立派な家だ。これからアータンが暮らしていくには何の不都合もないと断言できる。

 

 門を潜り、玄関を開ける。

 そうしようとした時、不意に俺のマントが引っ張られる感触があった。

 

「……どうした、アータン?」

「……ねえ、ライアー。一つだけ聞かせて」

「なんだ?」

「あの……赤い人……」

「サンディークか?」

「そう、その人。あの人……しばらくしたらまたライアーのところに来るんだよね?」

「た~~~ぶ~~~ん……?」

「たっぷり間を取ったね?」

 

 いや、だって……。

 アイツ誇張とかじゃなくてマジで来るから……。

 

 社交辞令とかを真に受けるタイプだよ、あれは。

 そういうところもキャラとしては好きだけども。けど、当事者としては迷惑極まりないのは事実だ。

 

「ま、次来たとしても俺が勝つよ。なんたって俺はプルガトリア一の勇者だからな!」

「……そっか」

「魔王なんてちょちょいのちょいよ。剣折れてるけど」

「そっか……え? 剣折れてるの? ちょっと見せてみて……わっ、ホントに折れたまま!?」

「魔王なんざ折れてる剣で十分という俺の気概ね」

「気概と言えば済む話にも限度があるよ!?」

 

 折れた刀身を握るアータンが目を見開いて声を荒げる。

 そうなのよ。サンディーク戦からずっと折れたままなんよ、これ。ごめんな、フィクトゥス。文句ならあの赤い変態に言ってくれ。

 〈罪〉で形は変えられても、元の剣まで直るわけじゃないんだ。

 

「大丈夫なのかなぁ……」

 

 心底不安そうな顔のアータンが玄関の扉を開く。

 すると、外へと流れる空気に乗ってこれまた美味しそうな香りが漂ってくるではないか。

 

「アータン、おかえり! もう夕食の準備ができてるよ!」

「ありがとうございます、マーターさん……じゃなかった。ありがとう、ママ!」

「うんうん! 今日はアータンの好きなシチューよ!」

「わぁい!」

 

 出迎えに来てくれたマーターに、アータンが満面の笑みで抱き着く。

 すっかり打ち解けたようで何よりだ。

 

 これなら俺が居なくなっても安心だろう。

 

「ほぉら! ライアーさんも食べちゃって!」

「あら! いいんですのぉ!?」

「もぉ~、今更何言ってるのよぉ! 早く食べないとアータンが全部平らげちゃうわよ!」

 

「えっ!?」

 

 マーターさんの言葉にアータンが狼狽える。

 しかし、実際ここ最近の食欲は目を見張るものがある。家族となり遠慮がなくなった為か、よくおかわりを要求していた光景を思い出す。すっかり彼女は健啖となった。健啖アータンだ。

 

「あらヤダぁ! それなら俺もアータンに食べられちゃう前にいただかないとぉ!」

「ちょっ……ライアーも乗らないでよ!?」

「「オホホホホ!」」

 

 俺とマーターさんは口元に手を当て、高らかかつお上品に笑った。

 俺もすっかりマーターさんと仲良くなったものだが、もうすぐここを離れないといけないと思うと寂しくなる。

 

 だが、冒険とはそういうもの───一期一会だ。

 

 出会いもあれば別れもある。

 そろそろ別れの時期がやってきたということだ。

 

「ほら、アータン。せっかくマーターさんが作ってくれたご飯だ。温かい内に食べようぜ」

「……うん」

 

 マーターさんに案内され、食卓に向かう俺とアータン。

 けれども少女の足取りはどこか重く、アータンは俺の半歩後ろを歩いていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 太陽が沈み、昼間の喧騒が噓のように聞こえなくなる。

 代わりに聞こえてくる波の音が心地よい。来たばかりの頃はどうにも騒がしく感じられたが、数週間も過ごせば否応なしに慣れてくるものだ。

 

「ふぅ~」

 

 そんな波音に耳を傾けながら、アータンはベッドに寝転がっていた。

 隣にはすっかり懐いたリコリスが体を丸めて寝息を立てている。おかげさまで部屋中にカカオのいい香りが立ち込め、実にリラックスできる空間が出来上がっていた。

 このまま瞼を閉じてしまえば眠ってしまえそうだ。

 

 けれども、アータンはどうにも寝付けなかった。

 何も考えずにいようとしても、昼間の会話が脳裏を過る。

 

『これなら明日にでも聖都に帰ってよさそうだ』

『アータンがここに残りたいって言うなら、俺はその意思を尊重する』

『だったら家に残ってアイベルの帰りを待つのも手だ』

『だって───俺が魔王倒しちゃうからなぁ~~~!』

 

 いつものようにふざけた口調だった。

 

 だが、今なら分かる。

 あの時の彼は本気だった。

 

 自分がこの村に残ると告げれば、彼は快くそれを承諾してくれるだろう。

 そして、自分達姉妹を再会させる為にいつか魔王に挑むはずだ。

 

(でも、そんなことをしたら……)

 

 魔王とは人間を超越した存在。

 

 ある者は魔物の王と呼んだ。

 ある者は魔人の王と呼んだ。

 ある者は悪魔の王と呼んだ。

 

 どれにしても人智を超えた力を携え、頂点に立った存在を示唆する内容であることに間違いはない。

 ゆえに、有史以来魔王討伐とは国を挙げて解決にあたる災厄として捉えられた。

 

 人間一人が挑んでどうにかなるものではない。

 

「……はぁ」

 

『───』

『───』

 

「ん?」

 

 何度目か分からぬ溜息を吐いた時、不意に潮風に紛れて声が聞こえてきた。

 どこから聞こえる声だろう? そう思いながらアータンが窓から身を乗り出せば、屋敷の門近くで会話する二人分の人影に気づいた。

 

(あれってライアーと……ビュートさん?)

 

 夜中に外で会話しているには不審者過ぎる鎧共だが、知り合いと分かるやアータンはホッと息を吐き、ベッドに戻ろうとした───が。

 

(……何を話してるんだろう?)

 

 会話の内容が気になって耳を澄ませる。

 

『俺が───きっと───』

『───か?』

『ああ。だから───』

『じゃあ───』

『───を任せたぞ』

 

「……」

 

 どうにも真面目な声色だ。

 詳細な内容が聞こえているわけでもないのに、何故か不安ばかりが募ってくる。

 それを払拭する為にもアータンは裏口から外へと繰り出した。あとは足音を立てず門の近くまで忍び寄るだけ。

 茂みや置物を利用すれば、とうとう彼らの会話が鮮明に聞こえる距離まで近づいた。

 

(一体何を話して……?)

 

「───やっぱ醤油を手に入れるならお前に任せるしかねえ」

「本当にそれ好きだね。大豆で作った(ひしお)

「ったりめえよ。故郷の味ぞ?」

 

(もしかして調味料の話してる?)

 

 いいや、聞き間違いかもしれない。

 こんな真面目な声色で調味料の話など───。

 

「味噌もサンキューな。こいつさえありゃあいつでも味噌汁を……ぐっふっふ」

「大豆から作られる調味料にこだわりでもある?」

「俺というより俺の先祖がこだわりがあったというか」

 

(もしかしなくても調味料だ)

 

 しかも二種類仕入れてやがる。

 ふざけるな、私の心配を返せ。

 そして複雑な味わいを堪能しようとするんじゃあない。私にも食べさせろ。

 

 そう高らかに叫びたかったアータンであったが、今が夜中だということもあり、ぐっと喉元まで込みあがった言葉を飲み込む。

 

 わざわざ不安になって確かめに来たのがバカみたいだ。

 

 呆れと共に望まぬ形で不安を払拭されたアータンは、さっさとベッドへと戻ろうとする───が、しかし。

 

「本当に彼女に何も言わず出て行くつもりかい? いくら聖都が魔王軍の襲撃にあったからって……」

 

(ッ……!?)

 

「だったら尚更連れていけねえだろ」

 

 聞こえてきた会話に、帰ろうとしていた足が止まった。

 想像だにしていなかった内容。完全に虚を突かれ、呼吸を忘れてしまう。

 

(聖都が? じゃあセパル様は……副団長さんは?)

 

 既知の知り合いが多いというわけではない。

 だが、確かにあそこには自分を導いてくれた恩人が住んでいる。そこが魔王軍の襲撃を受けたと聞けば、居てもたっても居られなくなる。

 

───それなのに自分を置いていく?

 

「待っ───」

 

「それにここからは義務感で冒険をする必要はねえ」

 

(!)

 

 足は縫い付けられたようにその場から動かない。動けなかった。

 怖かった。不安だった。

 

 だが、それ以上にその先を聞き逃してはならない。

 そう悟ったから。

 

(もしかしたらライアーは……)

 

 彼は優しい人だ。

 だから、ずっと無理を強いていたのかもしれない。

 

 自分が姉と生き別れていると知って、責任感だけで旅に同行していた可能性だってあったはずだ。

 それを自分が(たてまえ)を全て馬鹿正直に受け取っていたせいで、今の今まで言い出せなかっただけかもしれない。

 

(私は、)

 

 聞く義務がある。

 そう思い至った時、覚悟はすでに決まっていた。

 

「───アータンと冒険したいってのは俺の我儘だ。無理強いはできねえだろ」

「でも本当は?」

「一緒に冒険したい゛ぃ~~~!!!」

 

(えぇ……)

 

 杞憂だった。

 杞憂過ぎたとも言う。

 

 見てみろ、あの鉄仮面を。

 

 ライアーは駄々を捏ねていた。

 駄々っ子のように捏ねていた。

 無敵の三歳児の如く捏ねていた。

 

 途端に全身から力が抜け、アータンはその場に座り込む。

 同時にかつてない安堵に、いつの間にか目じりに溜まっていた涙が頬を伝う。

 

(ライアーったら、もう……)

 

 そして自然と笑みが零れた。

 彼の気持ちはあの時から変わっていない───それを知れただけで、胸に渦巻いていた不安は一気に幸せな色へと変貌した。

 

「もっといろんな場所冒険したいぃ~!!! プルガトリアの隅から隅まで一緒に冒険してみたいぃ~!!! 聖地巡礼したいぃ~!!!」

「じゃあそう言えばいいじゃないか」

「知らないのか、ビュート。世界は危険に溢れてるんだぞ。そんな危ないところにうちの可愛い可愛いアータンを連れてけないでしょ!!!」

「過保護な父親か。彼女も立派な成人なんだし連れ出すぐらいわけないだろ」

「だからそれが我儘なんだって!!! 分かれぇ!!?」

「はぁ……キミの言い分も分かるけれども」

 

 でもさ、と呆れた声色のビュートが告げる。

 

「キミは彼女にどうして欲しいんだ?」

 

 ピタリとライアーの動きが止まった。

 それからじっくりと逡巡した彼の口から告げられたのは、

 

「……笑ってほしい」

 

 細い声で紡がれた願望。

 しかし、それは確かにアータンに届いた。

 

「もっと美味しいものを食べてほしい。もっと綺麗な景色を見てほしい。もっと色んな人と出会ってみてほしい。とにかくもっと楽しいこと経験して、幸せな人生送ってほしい」

「彼女にはそれを伝えたのか?」

「いやぁ……」

「はぁ……どうして躊躇うんだ?」

「言ったら無理してでも付いてきちゃいそうだしなぁ……」

 

───だって、アータン優しいから。

 

 彼はそう口にした。

 

(───ライアー)

 

 ツンと鼻の奥の方が痛くなる。

 

 このままではいけない。波風の音がかき消してくれなくなる前に去らなくては。

 

 踵を返したアータンはそそくさと屋敷の方へと帰る。

 裏口から戻り、寝室としてあてがわれている部屋の中へと飛び込んだ。

 

 それからは駆り立てられたように、冒険の道具をしまっていたバッグの整理を始める。

 要る物と要らない物を仕分け、要る物は躊躇わずバッグに詰め込んでいく。

 

 そうやって整理すること数十分。

 気づけば『なにやってんだぁ?』と様子を見に来ていたリコリスも再び寝入ってしまっていたが、ようやく最後の仕分けへと移った。

 

 アータンが手にしていたのは一冊の冒険の書。

 王都でライアーに買い与えられた大切なプレゼントである。

 

「……よしっ!」

 

 それをアータンは迷いなくバッグへと詰め込んだ。

 次の瞬間、アータンは飛び込むようにベッドの中へと潜り込む。その際の反動で寝ていたリコリスの体がぴょんと一瞬浮かび上がるが心配ご無用。柔らかいベッドに受け止められ、リコリスは事なきを得る。

 

「ゥニャ~ン……」

「ごめんねリコリス!」

「ニャ~」

 

 文句を言いたげだったリコリスに謝罪をし、アータンはさっさと瞼を閉じた。

 

 今日はもう遅くなってしまった。

 明日はきっと早いのだから、すぐにでも眠らなければならない。

 

 そう自分に言い聞かせるアータンは手探りでリコリスの体をそっと撫でる。

 まるで、惜しむような手つきだった。

 

「おやすみ、リコリス」

 

 ひとたび撫でれば、ふわりとカカオの香りが匂いたつ。

 それさえあればあとは早かった。

 

 寝息が二つ、寝室に響き渡る。

 実に穏やかな、幸せそうな息遣いだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 明くる日の朝。俺は食卓に着いていた。

 俺以外に席に座るのは屋敷の主・パーターさん。先日からビュートの伝手でやってきた人と復興について色々やり取りして大変だろうに、朝飯を欠かした場面を見たことがない。

 

 ……いや、毎朝ちゃんと食べているからあれだけの激務をこなせているのか?

 

 などと他愛のないことを考えている間にも、使用人さんが次々に出来上がった料理を食卓の上に並べている。

 

「……おかしいな。そろそろ匂いにつられてアータンが起きてくる頃なのに」

 

 いつになってもアータンが起きてこない。

 いつもなら朝ごはんの匂いで目を覚ましたアータンが寝巻のままやってきて、料理を見るや天使のような笑みを浮かべていたというのに。

 

「寝坊でもしているのかな? まあ、たまにはそういうこともあるさ」

「くっ、ここ最近の俺の生き甲斐が……」

「……君もそう思うかい?」

「えぇ」

「……君と私は同士のようだね」

 

 アータンの笑顔が天使という意見が合致し、俺とパーターさんは固く握手を交わした。

 

 さすが父親。

 アータンを見る目は俺に勝るとも劣らないというわけか。

 

 しかしその時、階段の方がパタパタと足音が近づいてきた。

 どうやらお目覚めのようだ。

 俺は機敏な動きで振り返ると、そこに佇んでいるはずのアータンめがけてとびっきりの笑顔を向ける。

 

「おはよぉ、アータン! いい朝だ~……ねぇ?」

「おはよう、ライアー」

「……何その荷物?」

 

 そこにはたしかにアータンが居た。

 しかし、いつもの笑顔は咲いておらず、むしろ仏頂面に近いような真面目な表情を浮かべ、今から出かけますとでも言わんばかりの荷物を両腕に抱えていたではないか。

 

 するとアータンは俺の問いに答えるより前に、パーターさんへと向かい合う形で食卓に着いた。これにはパーターさんも目をパチパチとさせている。

 

「アータン? その荷物は……」

「パパ。今日はお願いがあって上がりました」

「え?」

 

 なにこれ?

 空気が完全に『娘さんを僕にください』的なあれなんだけど。

 でもこの位置じゃ俺が娘さんじゃない?

 ヤダ。俺、女の子のポジションに座らされている……?

 『パパ、やめて!』って止めに入る準備しといた方がいい?

 

 このように俺が困惑している間、ただならぬ空気を感じたパーターさんも真剣な眼差しを浮かべる。

 

 まあ、部外者は水でも飲んで落ち着きますか。

 

「……わかった。言ってごらん」

「この人と……ライアーと一緒に冒険する許可をください」

 

「ブーっ!!!」

 

「きゃあ!!? ら、ライアー!!?」

 

 大丈夫!? とアータンは俺を心配してくれる。

 うん、ありがとう。その気持ちとっても嬉しい。でもね、本当にびっくりしちゃった。お水がデシリットル単位で気道に入っちゃったの。

 そんな感じで俺が咳き込んでいると、神妙な面持ちで沈黙していたパーターさんが口を開く。

 

「アータン……それはどうしてだい?」

「それは……」

 

 その瞬間、アータンの表情も心なしか緊張で強張った。

 否定されるかもしれない、と。

 そんな彼女の不安がありありと浮かび上がっていた。

 しかし、彼女は意を決したように語り始める。

 

「今、私なんかがここに居るのは彼のおかげです。彼が助けてくれて、その彼の大切な人達も私を助けてくれた。今じゃ彼らは私にとっても大切な人達です」

「……うん」

「私は、大切な人達を守りたい……魔王なんかに脅かされず、皆で笑っていられるような世界にしたい。だから、魔王を倒す勇者の仲間になりたい!」

 

「アータン……」

 

 目尻に涙を浮かばせながら説得するアータン。

 今まで我儘など碌に言えなかった、それを許されなかった少女の本心の吐露。

 

 俺もパーターさんも、しばし何も言えずに口を噤んでいた。

 彼女がそれを口にする為に、どれだけの懊悩を積み重ねたことか。俺達が察するに余りあるところだったからだ。

 

 だがしかしだ。

 

「……分かった。許すよ」

「え?」

「行ってきなさい。パパは応援しているよ」

 

 余りにもあっさりと、パーターさんは冒険の許可を下した。

 これにはアータンも意外だったようであり、先ほどの彼のようにぱちくりと目を開けたり閉じたりを繰り返す。

 

「い、いいの?」

「……こうなる気はうっすらしていたんだ。なんたって君は、あのアイベルの妹なんだからね」

「あ……」

 

 姉の名前を口に出され、当の妹は恥ずかしそうに顔を伏せる。

 アイベルも同じ理由で家を出た。結局、姉と同じ道を辿ることになった事実に照れているのだろう。

 けれど、恥じ入る様子は微塵もなかった。

 

 何故なら()()がアータンの意志だから。

 

「……ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。アータンの気持ちは重々理解しているつもりだ」

「でも、そのせいでパパとママを寂しい気持ちにさせたら……」

「ううん、そんなことはないさ」

 

 今にも泣きだしそうな顔をするアータンに、席を立ったパーターさんがゆっくりと歩み寄り、その頭を優しく撫でる。

 

「アータンの言う大切な人達の中には私達も居るんだろう? ならちっとも寂しくなんかないさ」

「パパ……」

 

「そうさそうさ! 私達に遠慮なんかする必要はないよ!」

「ママ……?」

 

 後ろからマーターさんがやって来る。

 彼女は手に持っていた料理を食卓に並べるや、その足で頭を撫でられていたアータンを抱きしめる。

 

 父に撫でられ、母に抱きしめられる。

 その光景は紛れもなく微笑ましい家族の一幕に他ならなかった。

 

 そして、アータンが心から守りたいと願った光景でもある。

 

 包まれる温もりを感じる少女の目じりには、みるみるうちに涙が溢れてくる。

 我慢しようとしているのに。けれども、涙は止まらない。

 

 悲しい涙の止め方は知っていても、嬉しい涙の止め方は知らなかっただろう。

 なにより、その必要もなかっただろうから。

 

「う……うあぁあああん!」

「よしよし」

「まったく、もう……これから魔王倒しに行くって言った子が泣くものじゃないよ」

「ありがとう、パパ……ママ……!」

「うん、うん。……でもね、アータン。一つだけ約束してくれるかい?」

「やくそく?」

「ああ」

 

 パーターさんは宥めるように優しく撫でながら、じっと彼女の瞳を見据える。

 

「ちゃんと元気な顔で帰ってくること。いいかい?」

「っ……うん!」

「あらあらあら! それなら私とも約束よ! ちゃんと一日三食ご飯を食べてぐっすり寝ること! そうしないと元気になれないんだから!」

「うん、わかった……!」

 

 両親と約束を交わした娘は、それからいっぱい泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 

 その光景を見ていた俺も泣いた。

 柱の陰に隠れていた使用人さんも泣いていた。

 遠くでシャウトラットも鳴いていた。てめえは黙れ。

 

 しばらく経って泣き止んだアータンは、すっかり泣き腫らした目元を拭いながら、鉄仮面をびしょ濡れにする俺の方を向いた。

 

「ライアー、いい?」

「……ああ、なんだ?」

「私を魔王を倒す仲間に入れてくれる?」

 

 俺の目の前に差し伸べられたのは手。

 握手を求める小さな、しかし、強い意志を秘めた手だった。

 

 それに対して、俺は───。

 

「もちろんだ」

 

 すぐさまその手を取った。

 ギュッと彼女の掌を握れば、彼女もまた力強く握り返してくる。

 

 そして同時に目が合った。

 意図せず見つめ合う形になった俺達は、堪えられなくなるやそのまま大きな声で笑った。

 

 ったく、朝飯の時に冒険に同行するか訊こうと思ってたのになぁ。

 

「アータンにお願いされちゃあ断れないなぁ~」

「もう、そんなこと言って! 私置いてくつもりだった癖に!」

「違いますぅ~! あれは然るべき用事を済ませてアータンを迎えにくるつもりだっただけですぅ~!」

「えっ? あっ、そうだったの……?」

「……ってのは半分嘘♪」

「アウト」

「えっ、ついに判定を口にする感じ? あっ、ちょっと待って。眉間掴んで揺らさないで。後頭部ガンガン当たってるから。意外と痛いから。許して!」

「これは許さない」

「許されないならしょうがないかぁ~」

 

 アウト判定を下したアータンに、俺は甘んじて制裁を受け入れる。

 俺はアータン教の信者だからな。神の制裁を受けないことは許されねえんだ。

 

 そんなこんなで俺とアータンの二人パーティー解散の危機が去った一方で、話を理解したらしいマーターさんは気合を入れて袖を捲り上げる。

 

「さあて! 旅に出るんならもっと精がつくものを食べてもらわなきゃね!」

「そうだな! それと冒険に役立ちそうなものも用意しなくちゃあ!」

 

 なんか俺達よりも気合いが入っているご両親を横目に、俺は今しばしアータンの制裁を受け続ける。

 

 後頭部にたんこぶができる前にやめてほしいなぁ~、なんて。

 でも、この時間がずっと続けばなとも思いながら。

 

 そうやって時間は流れ、ご飯も食べて精をつけ、道具もしっかり準備した俺達は村の住民から見送られながらリーパの村を後にするのだった。

 

「皆、ありがと~!」

 

 アータンは村が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

 本来咲くことがなかったはずの、大輪の笑顔を咲かせて。

 

 

 

 〈嫉妬〉は感謝を告げながら、第二の故郷を去るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちなみに馬車ないけど聖都まで何で帰るの? 徒歩?」

「ビュートから借りたこの魔物、最高時速200㎞で走れる『駆鳥(メガランナー)』を使う」

「え」

「優れた帰巣本能を利用して町と町の間を爆走して送り届けてくれるんだ。ちょっと頭が悪くて途中止まってくれないのが玉に瑕だが……ま、説明するより乗った方が早いか」

「待って待って待ってまだ心の準備が」

「行け、メガランナー! 風の如く!」

 

 

 

「クェーーーッ!!!」

 

 

 

「世界がボーダー模様ぉーーーーーッ!!?」

 

 

 

 行け行け、メガランナー!

 行くんだ、メガランナー!

 聖都の未来はお前の脚に掛かってる!

 

 

 

 ***

 

 

 

 ライアーとアータンが村を去り、少し経った後の海岸にて。

 

「───ブハァ! はぁ……!」

 

 縋りつくように岸壁へ手をかける謎の人影。

 それが海中から姿を現すや、人間とは大きくかけ離れたシルエットが海水を滴らせながら地上に浮かび上がる。

 

「やっと居なくなりやがったか……〈嫉妬〉めぇ……!!」

 

 彼の名は〈徴発のフォルネウス〉。

 アータンの魔法を受け、海の藻屑になったと思われていた魔王軍の刺客の一人だ。

 

 しかしながら、全身にはいまだ癒えぬ傷が無数に刻まれており、左腕に関して完全に欠損している状態であった。

 

「許さねえ……許さねえぞ、あのアマぁ……!!」

 

 四肢を欠損し、かなり憔悴した様子だったフォルネウスであるが、次第にその表情に憤怒の色が滲んでくる。

 

「てめえさえ、てめえさえ居なけりゃあ……この村を蹂躙するなんぞ屁でもねえんだよぉ……!!」

 

 真正面から戦い、敗北を喫した心の傷は深い。

 これを癒すには徹底的に相手を───自分に勝った人間の誇りを打ち砕くより他に手段がなかった。

 

 もはや彼の頭に本来の目的など残ってはいない。

 今はただ〈嫉妬〉への復讐心で動いているだけの状態。ゆえに、これから起こそうとする惨劇もまた〈嫉妬〉への復讐でしかない。

 

「殺す、殺してやるぞ……!! 思い知れ……俺様をコケにするのがどれだけの大罪かってのをよぉ……!!」

 

 

 

「───それならぜひ教えてもらおうか」

 

 

 

「っ!!? 誰だ!!!」

 

 聞こえた声に、フォルネウスは反射的に〈雷魔法(フルグ)〉を繰り出した。

 だが、宙を駆け抜ける一条の電光は現れた謎の人影によって掻き消される。

 

「んなっ!!?」

「ライアーに村を頼まれたとはいえ……こうも早々に来るとは話が早い」

「てめえは……!!?」

「ここはキミが居るべき場所じゃない。さっさと地獄に帰るんだな」

 

 全身を鎧で覆った一人の男、ビュート。

 パリパリと宙を舞う電光を鬱陶しそうに払う彼は、いつにも増して淡々と、それでいて底冷えするような声色を悪魔に浴びせかける。

 

「さっさと去ね、悪魔」

「っ~~~!!! 俺の〈雷魔法〉を防いだからって調子に乗りやがってぇ!!!」

 

 しかし、激高するフォルネウスに彼の忠告は届かなかった。

 隻腕に魔力を集中させる彼は、瞬く間に巨大な雷の魔力をその掌に生み出す。バチバチと爆ぜる電光は海岸のあちこちに火花のように飛び散っていた。

 

「たかが人間如きが楯突いたこと、後悔するがいい!!! 俺の魔法を喰らって生き延びればの話だがなぁ!!!」

「……これだから悪魔は」

「───〈極大雷魔法(フルグエル)〉!!!」

 

 雷を宿した上級魔法が迸る。

 宙を駆け抜ける青い電光は、さながら龍。うねる様な形で疾駆する〈極大雷魔法〉は、引き裂けるような咆哮を奏でながらビュートへと襲い掛かった。

 生身の人間が喰らい生き残れるものではない。

 

 フォルネウスの口角は自然に吊り上がった───が、

 

 

 

 パンッ。

 

 

 

「……は?」

 

 ビュートが突き出した指先から何かが瞬いた。

 そう思った次の瞬間、〈極大雷魔法〉は初めからそこになかったかのように跡形もなく消えた。

 

 いや、()()()()()

 

「なっ……あ゛っ……!!?」

「ご自慢の魔法が通用しなくて残念だったな。これがボクとキミの実力差───ああ、いや。こういう時はこう言うんだっけか?」

 

 兜の奥に佇む双眸が、怪しげな赤い光を灯す。

 

 

 

「今のは〈極大雷魔法(フルグエル)〉じゃない。〈雷魔法(フルグ)〉だ」

 

 

 

 一瞬、フォルネウスの思考が停止した。

 ありえない事態に遭遇した時に固まるのは、どうやら人間にも悪魔にも共通していたらしい。

 

「そんな……ありえん……」

「本物の〈極大雷魔法〉は───こうやるんだ」

「ひっ、ひいいいい!!?」

 

 ビュートの爪先に電光が爆ぜた瞬間、フォルネウスは背中を見せて海へと駆け出す。

 

「なんだよ……なんなんだよ、こいつらはあああああ!!?」

「……性懲りもなく罪のない人達にあだなす害虫が」

「ああああああ!!!」

「───オマエは、駆除だ」

 

 空に雷鳴が轟いた。

 

 辺りには焦げ臭い臭いが漂い、ビュートはそれを嫌そうに手で払う。

 それから海岸の岩場に残された黒い跡を見つめた。塵に還るまでもなく塵と化した悪魔の存在の跡も、いずれ波に攫われて消えることだろう。

 

「……だから悪魔は嫌いなんだ」

 

 そう吐き捨てた彼は踵を返す。

 

「悪魔は嫌いだ。他人の不幸をあざ笑う」

「悪魔は嫌いだ。平気で他人に害を成す」

「悪魔は嫌いだ。誰かの幸せを打ち壊す」

「悪魔は嫌いだ。自分の罪を認めない」

「悪魔は嫌いだ」

「悪魔は嫌いだ」

「悪魔は嫌いだ」

「だからボクは───誰かに愛されて、初めて自分を愛することができる」

 

 まったく、と彼は首を鳴らした。

 

「ホントに難儀な奴だよ。ボクも……キミもさ、ライアー」

 

 もう発ってしまったかつての仲間に想いを馳せ、ビュートは村へと戻る。

 復興はまだ終わってはいない。悪魔に壊された村を建て直すことこそ、今の自分の使命だ。

 

 

 

「アータンちゃんを……“大罪”は任せたぞ、ライアー」

 

 

 

 一人海岸に佇む男は、見送った勇者に思いを馳せながら岩場に腰を下ろした。

 しかし、彼の後ろ姿に憂いの色は窺えない。

 

「ここからが大変なんだからな、キミの冒険は」

 

 今は、過ぎ去った彼との冒険に懐古の情を抱く。

 そして、彼の下まで続く空を見上げるのだった。

 

 

 

 




Tips:メガランナー(駆鳥)
 巨体と健脚を有すトリ型の魔物。いわゆる飛べない鳥の一種であり、移動は基本脚での移動になる。
 しかし、その速度とスタミナが尋常ではなく、時速200キロで10時間以上は走れる。
 しかも、伝書鳩のように帰巣本能にも優れており、自分が巣と思った場所には特に案内もなくたどり着くことができる。
 そのような生態から王都や聖都では急を要する連絡用の早馬に用いられることが多い。

 シリーズ初登場は『ギルティ・シンⅡ 暴食の晩餐会』より。

 シリーズ間ではもっぱら拠点と拠点のファストラベル要員に用いられることが多い。
 また、魔物を従えられるナンバリングでは実際に騎乗し、フィールドを移動することが可能。

───メガランナーの頭が悪すぎる。

 このアホみたいに爆走している魔物はメガランナーと言い、体長3メートル、体重200キロを超える規格外のサイズです。
 そしてこの巨体で時速200キロで走ることができます。
 このスピードで走れる生き物でさえ数少ないのですが、メガランナーは時速100キロを保ったまま10時間走ることができます。
 もう気づている方もいるかもしれませんが、メガランナーはフルマラソンなら30分と経たず完走します。
 また、優れた帰巣本能により100キロ以上離れた土地の巣まで帰還することもでき、聖堂騎士団などでは伝令用の早馬として重宝されております。

 ここまででメガランナーの優れた身体能力が分かると思いますが、一つだけ致命的な欠点があります。

 それは致命的な頭の悪さです。
 メガランナーは巨体とは裏腹に脳みそはおにぎりサイズの100グラム程度と非常に小さくしわもありません。
 その為、基本的に何も覚えられません。
 飼い主の顔も覚えられないので、従魔契約を交わした人間が入れ替わったりしても気づきません。さらに人が背中に飛び乗ってもそのことを一瞬で忘れる為、人を背中に乗せたまま国境を超えるまで走り続けます。
 また、考えることができないため、1羽が走り出したら発作のように全員が走り出します。なぜ走るかは本人たちもわかっていません。
 また、ついさっき食事を取ったことさえ忘れる為、一度完食した後にまた餌をねだってはむさぼり、ぶくぶくその身を巨大化させていきます。痴呆症よりもたちが悪いです。

 それがアホみたいな身体能力と、奇跡的な頭の悪さを兼ね備えた魔物、メガランナーなのです。
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