嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第四十四話:旧友は黒騎士の始まり

 

 

 

 馬車に残されていた忘れ物──もとい、花嫁衣装は十中八九ベアティ達の物であろうドレスだった。

 

 結婚式には欠かせない代物。

 忘れ物を告げられた後、ライアーとアータンの二人はすぐさまベアティ達を追いかけたが、結局彼女を見つけることは叶わなかった。

 

 捜索にそれなりの時間を掛けて成果なし。

 長旅も相まって疲労困憊になった二人は、一旦捜索を打ち切り、冒険者ギルドへと赴いていた。

 

「クソッ、恥も忍んで大声で名前を叫んだのに、俺の捜索の何がいけなかったんだ……!」

「っ……!」

 

 この時、アータンは開きかけた口を閉じた!

 

 言いたいことは山ほどあったッ!

 『途中、行き倒れた子供を介抱したからだよ』や!

 『スリに盗まれた人の財布を取り戻しに行ったからだよ』や!

 だがしかし! アータンは口を開かなかった!

 

 何故ならそれは彼の厚意、優しさだ!

 それをベアティを見つけられなかった理由に挙げてはならない!

 彼女の中の良心がそう訴えていたのだ!

 

 断じて、この前『可愛いくしゃみするのな』と言われてくしゃみを我慢したからではないッ!

 

 それから二人は一縷の望みを託してギルドの受付へと向かったが、

 

「すみません、個人情報ですので受注者以外には話せないんです……」

「ですよね~」

 

 二人の名前で出ている依頼が無いか探したものの、個人情報保護を盾に門前払いを食らってしまった。

 この場合、いよいよどこかの駅馬車で待ち伏せするしかなくなる。

 しかし、そもそも駅馬車の乗り合い所がいくつかある為、二人が別の乗り合い所に居る間に出発──というケースも考えられなくはない。

 

「うーん、八方塞がりだな……」

「そうだね……」

「なあ、どうすればいいと思う?」

 

 悩むライアーは背後を通りかかった男に問いかけた。

 髭面の渋い男は『ふむ……』と唸れば、力強く拳を握り、こう返してきた。

 

「そうだなぁ……やはり冒険者たるもの、冒険の中でつかみ取るべきだな」

「そうか……そうだよな! ありがとう!」

「いいってことよ」

 

 互いにサムズアップする二人。

 人込みの中に消えていく男の背中を、ライアーは見えなくなるその最後の瞬間まで見つめているのだった。

 

「本当にありがとうな……」

「ねえ、今の人誰?」

「知らない人」

「知らない人に迷惑かけちゃダメだよ」

「はい」

 

 『ごめんなさい』とお母さんに怒られた子供のようにライアーは肩を縮める。

 

「でもどうしよう……ドレスを忘れたなんて知ったら、ベアティちゃんのお父さんも悲しんじゃうよ」

「そうだなぁ……なあ、どうすればいいと思う?」

 

 再び背後を通りかかった男にライアーが問いかければ、男は変わらぬ笑顔でこう返す。

 

「冒険者なら冒険の中で解決すべし、だろ? こんなところでジッとしてたってなにも始まらないぜ」

「そうか……そうだよな! ありがとう!」

「いいってことよ!」

 

「『いいってことよ』じゃないよ!? 結局要領を得ない答えしか得られてないよ!? あとこの人さっきと同じ人だよね!?」

「だってアータンが知らない人に迷惑かけちゃダメって……」

「四捨五入したら知らない人だよ!」

 

「まあまあ嬢ちゃん、その辺で……」

 

「貴方が悪乗りするからいけないんです! 貴方がライアーの何を知ってるの!?」

 

 自分よりも小さな女の子に叱られ、髭面の男性は割と本気で落ち込みながら去っていった。

 トボトボと立ち去る男の背中は、さっきよりもずっと小さく見えた。

 

「でも、ありがとうな……」

「何に対する感謝なの? 結局焼き直しの謎の理論押し付けられただけだよ?」

「いいや、そんなことはないさ。あのおっさんは俺に最高の解決策を授けてくれた……なぁ!」

 

 そう言ってライアーは背後を通りかかった男に呼びかける。

 坊主頭で筋骨隆々な癖に、女性的な化粧では隠し切れぬ髭面の男はフッと口角を吊り上げる。

 

「そうさね……結局アタシたちは自分が動いてナンボってことだよ」

「ほら」

 

「だから誰!? また赤の他人を巻き込んで──」

 

「〈紅葉おろしのリーマ〉、俺の知り合いの金等級の冒険者だ」

「本当に知り合いだった!?」

「その異名は背中の得物『おろし金』で竜の大根足を削り殺したことが由来でな……」

「思いのほか恐ろしい由来だった!」

 

 アータンが驚いたところで、紅葉おろしのリーマは投げキッスをしながら立ち去っていく。

 

「よかったな、アータン。リーマに顔を覚えてもらって」

「覚えてもらって何の得があるの……?」

「ちなみにあいつは男でも女でも、どちらでもイケる口らしい」

「一番知り合いたくない人と知り合っちゃったじゃん」

 

 アータンが不安そうな眼差しをライアーに向ける。

 ここまでよく分からないやり取りばかりで解決策が挙がっていない……が、しかしだ。

 

「ベアティ達の村……たしかシルウァの村って言ったっけ?」

「? うん、そうだけど──まさか!?」

「まさかまさかもそのまさかよ」

 

 ルートが分からなくともゴールは知っている。

 ならばゴールを目指せば二人には出会える。

 

「シルウァの村に直接行こうぜ。それなら話が早い」

「なるほど、いいかも!」

「行き違いになっても伝言を渡せればこっちのもんだ。タイミングが合えば結婚式にも立ち会えるかもな」

「結婚式!」

 

 『結婚式』という単語に、アータンの瞳にはキラキラと光が宿る。

 

 彼女も乙女だ。人並みに結婚に対する憧れがあるのだろう。

 

(しかし結婚か)

 

 ライアーは転生前を思い出ししみじみする。

 前世はともかく、この世界では16歳が成人であり、それと同時に結婚などはザラにある。

 

 けれども、ライアーにはどうもアータンが結婚しているビジョンが想像できなかった。

 

 いや、別に想像したくないのではない。

 なぜなら彼の脳裏には、散々前世で見てしまったアータンが凌辱される薄い本の内容と竿役の顔が脳裏を過り──。

 

「ゔっ」

「結婚式私も見てみたいなぁ~!」

「……アータンを見てると心が癒されるなぁ」

「えっ!? きゅ、急にどうしたの……?」

 

 目の保養に凝視してくるライアーの言葉に、アータンは照れて頬を赤らめる。

 その様子を見たライアーは『ずっと純粋な君で居てくれ』と心の中で願うのだった。

 

「そうと決まればシルウァの村行きで決定だぁー!」

「おぉー!」

 

 何はともあれ、花嫁衣装の忘れ物を知らせるシルウァの村行きが決定した瞬間であった。

 

「でも、流石に今日はアッシドに泊まるよね……?」

「んもぉ~~~しょうがないわねぇ~~~! ここに居る間は美味しい物食べちゃいなさぁ~~~い!」

「ありがとう、ライアー!」

 

 しかし、その前に腹ごしらえである。

 腹が減っては冒険はできないのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 聖都アッシドでのやり取りから一週間後。

 俺達は馬車護衛の依頼をこなしながら、ようやくシルウァの村へと到着した。残念ながら道中ベアティ達に出くわさなかったものの、村に到着して聞き込みを行えば、あっという間に二人の居場所は分かった。

 

 宿屋『サルビア』。

 そこがベアティとリキタスの愛の巣であり、職場でもある宿屋であった。

 

「昨夜はお楽しみでしたね、ってわけか」

「? それってどういう意味?」

「『枕投げが白熱しましたね』って意味だ」

「へー、そうなんだ」

 

 嘘である。

 こんな子供には分からない下ネタをアータンに解説するわけにはいかず、俺は適当な嘘を伝えることにした。

 

 アータンは話半分と言った表情で聞いていたが、むしろその方が助かる。

 

 それはさておき二人の居場所が分かった以上、足踏みしている理由もない。

 早速宿屋を訪問すれば、簡素ながらも綺麗な宿屋の内装が眼前に現れる。

 

 そしてカウンターには見慣れた人影が。

 

「ええ!? アータンちゃんにライアーさん!? 一週間ぶりですね!」

 

 溌剌とした笑顔のベアティが『いらっしゃいませ』と出迎えてくれる。

 うんうん、これは良い名物女将になりそうだ。

 

 こうして無事にベアティとも再会でき、花嫁衣装を聖都に忘れていることを伝えたのだったが。

 

「実はアタシ達も帰ってからすぐ気づいて……ついさっき、お父さんが聖都まで取りに行ってくれたんですよ」

「ははぁ~、なるほど」

「わざわざ来ていただいたのにすみません……」

「ううん、気にしないで! 大事な花嫁衣装なんだから、このくらい教えてあげるのは当然だよ!」

「アータンちゃん……ありがとう」

 

「そうよそうよ。結婚式は女の子一世一代の晴れ舞台……着飾りすぎるなんてことはないわよぉ!」

「ライアーさんも……なんで女口調なんですか?」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるベアティは、アータンの真っすぐ思い遣る言葉と、俺の内に眠るライ子の言葉を聞き、安堵の笑みを浮かべてみせた。

 

 すると彼女は何か思いついたのか、おもむろにパンッと手を叩く。

 

「そうだ! それなら少しの間、ここに泊まっていくのはどうですか? もうすぐ結婚式もやる予定なので……ぜひとも二人に参列してほしいんです!」

「ホント!?」

「大したおもてなしはできないかもしれないけれど、二人にはアタシ達の結婚を見届けてほしいから……」

「うん! ベアティちゃんの結婚式、絶対参列する!」

 

 こちらから聞くまでもなく招待を受けたアータンは、飛び上がって喜びを全身で表現する。

 

「おいおい、アータン……」

「あっ……か、勝手に決めてごめんなさい……」

「──いいでしょうっ!」

「わぁい!」

 

 宿屋には金があればいくらでも泊まれるが、この笑顔はプライスレスだ。

 どうせ参列できるなら参列しようという話だった為、宿泊については速攻で話がまとまった。アイベルが訪れたかどうかの聞き込みもあるしね。

 

「じゃあ、部屋の準備をしておきますね! ……そうだ。ちょうどさっきお湯を沸かしたので入浴もできますよ! いかがですか?」

「アータン、行ってきたらどうだ?」

「いいの? じゃあお湯いただいてくるね!」

 

 ベアティに案内され、アータンは風呂へと向かって行く。

 旅の疲れを癒すなら、やはり風呂だ。風呂は命の洗濯とも言うがあれはきっと間違いではない。

 水浴びや少量のお湯を沸かして浴びるだけでは流しきれない汚れや疲労を洗い流すには、全身を湯船に浸すことが何よりも肝要なのだ……異世界に来てからそのことに気が付くとは、俺は日本人失格だな。

 

 いや、日本人だからこそ気づけたというべきか……。

 ともかく、風呂は最高だ。

 

「俺も後で入ろ~っと」

「……おい」

「ん?」

 

 ベアティが戻るまでの間、フロントで荷物の整理をしようとしていたところに声を掛けられた。

 それは宿屋夫婦の声ではない。

 もっと不遜で、不躾な声の掛け方だった。

 

 俺は声がした方にゆっくりと振り返る。

 そして、そこに見えた姿に思わず目を見開いた。

 

「お前は……!?」

 

 

 

「──久しぶりだな」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ~、さっぱりしたぁ~!」

 

 弾むような声音を廊下に響き渡る。

 入浴を済ませたアータンは、タオルで髪を拭いながらベアティの居る宿屋のフロントを目指していた。長風呂であった為、部屋の準備も済んでいるだろうという見込みからだ。

 

「~♪」

 

 鼻歌も歌いながら上機嫌で歩くアータン。

 そんな彼女がフロントまで戻った時、フロントと隣接している食堂の方に人影を見た。

 

「あっ、ライアーだ」

 

 全身鎧の後ろ姿を見て、少女の顔には笑顔が咲く。

 そして次の瞬間には、見つけた後ろ姿の下まで小走りで駆け寄る。まるで飼い主を見つけた子犬のような挙動だった。

 

「ライアー! お風呂あがったよ!」

「おぉ、そうか」

「ねえ聞いて! お風呂に行ったらね、お花が浮かんでたの! 最初は『なんでかな?』って思ったんだけど、お風呂から上がっても……ほら! 体からお花のいい匂いしない?」

「たしかにするな」

「もぉ~、前向いたままじゃ分からないでしょ? ちゃんと嗅いでみてっ!」

「ははっ。このままでも十分いい匂いするよ」

 

 終始アータンに振り向かぬまま、鎧の人間は受け答えし続けていた。

 

「……ライアー?」

 

 その間、ピクリとも動かない後ろ姿にアータンが小首を傾げる。

 

「なんで前向いたままなの?」

 

 不思議な緊張感が場に走る。

 同時に妙な違和感を覚えた。

 まるで眼前の知人が知人でないような……見たことがあるはずなのに、見たことがない存在を目の前にしているような、そんな感覚だった。

 

 この違和感を取り除くには、確かめるしか道は残っていない。

 アータンはごくりと唾を飲み込み、顔を覗き込むことを決意する。

 

 そしてぐるりと前に回り込み、その鉄仮面を凝視する。

 

「……誰!?!?!?」

 

 きゃあああ!? と今日一番の悲鳴が宿屋に響き渡る。

 たしかにアータンが語りかけていた御仁は全身に鎧をまとっていた。けれども、よくよく見てみると細部がライアーの着込んでいる代物とは少し違っていた。

 マントもただのマントではなく、フード付きのもの。

 そして彼の剣だと思っていた一振りも、刃先が潰された剣であり、彼の愛剣ことフィクトゥスやイリテュムとも違うことに気が付いた。

 

「誰!? 誰なんです!? 馴れ馴れしく話しかけて本当にすみませんでした!! それはそれとして誰!?」

「おーい、アータ~~~ン」

「ライアー!? どこぉ!? どこにいるのぉ!?」

「こ~こだ~……よっと」

「きゃあああ下から出てきた!?」

「顎を蹴り抜かれる衝撃ッ」

 

 にゅるりと怪しい鉄仮面が現れたのは、あろうことかテーブルの下からだった。

 しかし、自業自得ともいうべきか、予想外の場所から出てきた彼は反射的に正当防衛に転じたアータンキックに顎を蹴り抜かれる。

 誰がどう見てもクリティカルの一撃。脳を揺らす鮮烈な一撃を前に、ライアーは立ち上がることなく地面に倒れ伏した。

 

「さ……流石だ、アータン……旅で鍛えた脚力が存分に発揮されている……!」

「ライアー!? 顎蹴っちゃってごめんね! でもそれとこれとは話が別だから反省して!」

「はい」

 

 至極まっとうな指摘を貰い、ライアーは是しか口にできなかった。

 さて、ご本人が登場したところで問題になってくるのは、偽物──もう一人の鎧を着込んだ人間の存在だ。

 

「あの……本当にどちら様……?」

「黒騎士のリーン。俺の元パーティーメンバーだ」

「パーティーメンバー……えっ、パーティーメンバー!?」

「そうだ。さっきたまたま会ってな。いや~、ホント偶然。俺もビックリしちゃったぜ」

「きのこの!?」

「魔王だ」

「トリニティアーマーだったの!!?」

「なにその必殺技」

 

 『カッコよ……』とライアーは感嘆の声音を漏らすものの、アータンは平静で居られなかった。居られるはずもなかった。

 

 何故ならば鎧だったからだ!

 出会った当初から鉄仮面を外さぬライアー!

 以前にリーパの村で顔を合わせたビュート!

 そして、今まさにご紹介に預かったリーン!

 全員が全員、鎧で顔を隠しているのである!

 

「なんで!!? 鉄仮面三兄弟じゃん!!?」

「三兄弟って言われてるぞ、リーン」

「そうなると私が長女だな」

「乗らないでください!! 初対面で言うのもなんですけれど!!」

 

 初めて会う人間に臆することなくツッコむアータン。

 

 一方、以前の内気な彼女ならば考えられない光景に、ライアーは感動のあまり喜びの涙を流す。

 そして、目元がビッシャビシャであった。

 

 それを横目にリーンは呑気に鉄仮面の隙間から茶を啜っていた。湯気で黒みがかった鉄仮面が白く染まっている。

 そして、口元がビッシャビシャであった。

 

「それでは改めて自己紹介をどうぞぉ~」

「リーン・アタスだ。よろしく」

「よ、よろしくお願いします……」

「こいつは今、黒騎士をやりながらあっちゃこっちゃを冒険してるんだ」

「黒騎士って?」

「国の為・民の為、誰に知られることもなく敵を誅殺する国家の最高機密部隊……それが黒騎士だ」

「そんな騎士が居ただなんて……!」

 

「いや、ただの傭兵みたいなものだ」

 

「また平然と嘘をっ!?」

 

 アータンがライアーに掴みかかる一方、答えたリーンは口元の茶をハンカチで拭う。

 掠れたハスキーボイスの聞き心地が良いが、しっかりと耳を澄ませてみれば彼女が女性であるとは判る。

 鎧の方も注視してみれば、胸当てや腰部分の凹凸が女性らしい曲線を描いているではないか。

 テーブルに置かれた剣も、ライアーが愛用しているショートソードではなく処刑人の剣(エクセキュショナーズソード)と称される別物だ。

 

 個人のこだわりとしては妙に思想を感じさせる選択に、アータンは得も言われぬ威圧感のようなものを覚えた。

 

「リーンさんはどうしてここに?」

「……ここ最近、ディア教国では魔王軍の動きが活発だ。どこの村も町も自衛する為の戦力を欲している」

「あっ、そっか……」

 

 一時は結婚式で浮かれていたアータンであったが、ディア教国がおかれた現状を思い出し、その表情に陰りを落とす。

 

 ディア教国旧聖都ドゥウスは、かつて魔王軍の襲撃を受けて陥落。

 今では魔王軍大幹部〈六魔柱(シックス)〉の一人が、地上制圧に向けての居城として利用しているとは、グラーテでも耳にした話であった。

 

「リーンさんはこの村を守る為に戦ってるんですね!」

「……定住の地を見つけられない根無し草なだけだ。大したもんじゃない」

「そんなことありません!」

 

 アータンは声を上げ、リーンの返答に異を唱える。

 

「私、知ってるんです。戦うのが本当に怖いことだって……この前、思い知ったばかりなんです」

「……」

「だから、リーンさんみたいに自分から誰かを守ろうと戦う人は……本当に尊敬します。優しくて、強い人なんだなって」

「……そうか」

 

 静かに顔を伏せたリーン。

 表情の窺えぬその顔に影が差したのも束の間、彼女の長い腕はアータンの首へと回される。

 

 そして、

 

「──すごい良い子だな。持って帰っていいか?」

「ヤダァーーーッ!!!」

「駄々っ子再び!!?」

 

 リーンがアータンを抱き寄せた瞬間、ライアーが三歳児の如く拒絶の意を全身で体現し始めた。

 

「ヤダヤダヤダヤダ!! アータンはお前なんかに譲らないぞ!!」

「そう堅いことを言うな。私とお前の仲だろう」

「そうやって何人の女を落としてきた!? アータンを手籠にしようったってそうはいかんぞ!」

 

 ただならぬ雰囲気が流れ始める場で、自分を求めて勃発しようとしている状況に、アータンは終始困惑した様子だった。

 しかし、彼女にはライアーと積み重ねた日々がある。少しずつ育んでいった感謝と愛の気持ちは、突然現れた人間に横取りされるヤワなものではないのだ!

 

「リーンさん……ごめんなさい。私、この人と一緒に冒険をするって約束したので」

「そうか……すまない。ついお前が昔可愛がっていた後輩に似ていてな。──もう、会いたくても会えないが」

「一日くらいなら、まぁ……」

 

「アータン!?」

 

 刹那の掌返しだった。

 悲痛な叫び声を上げるライアーはアータンに縋り付く。

 

「酷いわ!! アタシとは遊びだったのね!!」

「遊びとかじゃないから!! ただ、その……リーンさんが可哀想だったから、つい……」

「アータン知らないだろうけど、それそいつの鉄板ネタだからな!?」

「え? そうなの?」

 

「チッ。余計なことを言いやがって」

 

 ネタをバラされたリーンは舌打ちを響かせるなど、悪態を隠さない。

 これにはアータンもショックを受ける。

 

「そんな……騙したんですか!?」

「いや、可愛いがってた後輩に会えないのは本当だ」

「やっぱり一日くらいなら……」

 

「あああああ!! アータンが寝取られたあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

 現実とは無情であった。

 その後も厳正な審議を重ねた結果、今日だけはアータンがリーンの部屋で寝泊まりする運びとなった。

 

「お、お邪魔しまぁーす……」

「ああ、ゆっくりしてくれ。まあ大したものはないがな」

「いえ! リーンさんとお話できるなら十分です!」

「……やっぱり良い子だな、お前は」

「ひゃわ!?」

 

 おもむろに抱き寄せられたアータンは、そのまま頭をわしわしと撫でられ続ける。

 気恥ずかしさと心地よさに何とも言えない表情を浮かべるアータン。

 しかし、それを見たリーンは『おや?』と小首を傾げ、一旦撫でまわす手をピタリと止めた。

 

「……そうか。手甲を付けたままじゃ痛いか」

「あっ、いえ、そんなことは……」

「待て。今外す」

 

 そう言ってリーンは近くのキャビネットまで歩み寄る。

 そして手慣れた動きで手甲を外せば、すらりと細長い指が露わになった。

 

「わぁ」

 

 と。

 アータンが感嘆の息を漏らす間にも、リーンは次々に装備を外していく。肩当て、胸当て、グリーブ等々……目に見える装備を順番に外していき、最後に鉄仮面へと手が伸びた。

 

 緊張の一瞬。

 思わず息を飲み込むアータンであったが、リーンはなんてこともないようにあっさりと鉄仮面を脱いだ。

 

 次の瞬間、さらりとした腰まで届く黒髪が鉄仮面より零れ落ちた。同時に、途端にふわりと柔らかい良い香りが辺りに流れる。

 よく手入れされた髪だ。艶々と輝きを放つ黒髪には、状態の良さの証である天使の輪が浮かんでいた。

 

 だがしかし、アータンが心を奪われた理由はそれだけでない。

 

「……ふぅ。やっぱり鉄仮面(こいつ)を被っていると蒸れてかなわん」

 

 白日の下に晒される素顔──その美貌に、心を射抜かれてしまった。

 双眸に輝く二つの青玉。端正な顔立ちに切れ長の目の形も相まって、まるで氷のように冷たく、静かな怜悧さをこちらに印象付ける。

 それでいて口元に薄っすらと色づく桜色は、淡くも、彼女が人形などではなく血の通った人間であることを周囲に知らしめる。

 

「綺麗……」

 

 憚るという過程さえすっ飛ばし、アータンは口にしてしまった。

 以前出会ったセパルやザンも相当美女の類だが、彼女達ともまた違う部類の美しさであった。

 鎧を脱いだ際、覆い隠されていた彼女の肉体も露わなったわけであるが、肌着の上からでも分かる程に鍛え上げられた肉体は、まさしく傑作の彫刻そのものだ。

 

 磨き上げられた肉体こそ、何よりも人間の美を象徴する。

 そう言わんばかりの絶対的な美しさが、今、目の前には広がっていた。

 

 だが、その一方で体の至るところには金色のピアスを開けられていた。

 口の下(ラブレット)耳たぶ(イヤーローブ)へそ(ナベル)等々……ピアスを開けられていない箇所を探す方が困難なくらいだ。

 しかしながら、豪奢過ぎることのない金色は、後方で揺れている濡羽色の髪によって、星空の如く細やかなながら美しい煌めきへと昇華していた。

 

「……そんなに熱心に見てくれるな。流石に私でも恥ずかしい」

「あっ……す、すみません!」

「だが、ここまでしたら何をするかは分かるだろう」

 

 薄着となったリーンは、おもむろにアータンの手を引くや、そのまま彼女をベッドの方までお姫様抱っこで運んでいく。

 抵抗する間もなく寝かせられたアータンは、ただならぬ雰囲気に慌てふためき始める。

 だが、立ち上がるより前に覆い被さってきたリーンが、彼女の逃げ道を完全に塞いだ。

 

「あのっ、リーンさん……?」

「大丈夫だ。身を委ねろ」

「ひぇ……あ、あの……」

 

 赤面するアータンは、観念したように顔を背ける。

 

「優しく……してください」

「ああ……優しくする」

 

 そして、二人は、アータンは──。

 

 

 

 

 

「お前は本当にいい子だな。たくさんよしよししてやろう」

「えへ、えへへ、えへへへへ……!」

「お腹は空いていないか? 聖都で買ってきたクッキーがある。食え」

「わぁい! ありがとうございます!」

「紅茶もあるぞ。飲め」

「やったー!」

 

 完全に手懐けられていた。

 リーンの肉厚な膝枕に頭を委ね、その頭を両手で優しく撫でられるアータンは、実にご満悦と言った表情であった。

 そして投入されるクッキーと紅茶。寝転んだまま嗜むお菓子は、幼少期より禁欲の日々を食っていた少女にはあまりにも背徳過ぎる味だった。

 

「小さい頃は苦労していたんだってな? ……よく頑張った。私で良ければいくらでも褒めてやる」

「えへへへへ……!」

「長旅で疲れていないか? 良かったらマッサージしてやろう」

「いいんですか!? よろしくお願いします!」

「ああ、任せろ」

 

 すっかりリーンに心を開いたアータンは、何一つ疑うことなく全身を委ねた。

 

「それじゃあ足からいくぞ。痛かったら言え」

「んっ! ……き、気持ちいいです……」

「そうか。じゃあここは?」

「あっ! そこ、も……大丈夫です……」

「声も我慢しなくていいぞ。そっちの方が気持ちいいからな」

「は、はい……んあぁ!」

 

 その後、リーンのマッサージは数十分に及んで続けられた。

 

 惜しげもなく揮われる的確で絶妙なマッサージ技術。

 そして、艶やかな声を上げながるアータンが汗ばむ肢体を振るわせれば、木製のベッドはギシギシと軋む音を部屋中に奏でた。

 その結果、扉の前までおびき寄せられた人影が一つ。

 

「っ~……!」

 

 隣部屋に居たライアーが、ハンカチを噛みながら部屋を覗き込んでいた。

 まるでいかがわしいことでもしているかのような物音に、居てもたっても居られなくなったのだ。今にも血涙を流しそうな彼は、実に恨めしそうな眼差しを部屋の中の人間に送っていた。

 

「この泥棒猫……!」

「……お前もマッサージしてやろうか?」

「よろしくお願いします!」

 

「ライアー!?」

 

 この後、二人はめちゃくちゃモミモミされた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 すっかり夜も更け、空には欠けた月が淡く光り輝いていた。

 

「あへ、あへへへ……」

 

 そしてベッドには、散々揉み解されてだらしない顔を浮かべるアータンが眠っていた。

 乙女のアウトラインに片足を突っ込んでいる寝言を口にしているが、その幸せそうな寝顔を見れば、起こすのも中々に憚られるというものだ。

 

 彼女にとっての尊厳と幸福。

 どちらを取るかは、現状この場に起きている二人に委ねられていた。

 

「どうだ。うちのアータンはカワイイだろ」

「ああ、カワイイな」

 

 アータンの尊厳は投げ捨てられた。

 世は無常である。

 

 そうして二人は、夜空の月と少女の寝顔を肴にワインを嗜んでいた。

 片や素顔を晒してグラスを傾ける一方で、ライアーは相変わらず鉄仮面を被ったままだが。

 

「それにしても本当に偶然だな。この前グラーテで伝言残したばっかりじゃなかったっけ?」

「一か月も経っているんだ。やることを済ませればこっちに戻ってもおかしくはないだろう」

「『戻って』ってことは……()()()()()()?」

 

 神妙な声音でライアーが問えば、

 

「あぁ……まさに()()さ」

「……なんだと?」

「だからここに留まってるんだ」

 

 と、リーンが口にした。

 

 その瞬間だった。

 

 

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』

 

 

 

 突如、村中に絶叫が響き渡った。

 ライアーもすかさずグラスを置き、窓から身を乗り出して回りを見渡す。

 

「シャウトラットか!?」

「……村の見張り番をしている奴の声だ」

「ちなみに名前はシャっちゃんだ」

「カワイイ名前だな」

「私が付けさせてもらった」

 

──名前付けさせてもらえるほど村に馴染みおって。

 

 だが、本題はそっちではない。

 

「見張りのシャウトラットが鳴いたってことは……」

 

 剣呑な視線を互いに交わす二人。

 一方、後ろではアータンが『なぁにぃ……?』と寝ぼけながら目を覚ました。

 

「何事……?」

「アータン。お眠のところ悪いが……襲撃だ」

「……え?」

「悪魔が来るぞ」

「……えっ、えええええっ!!?」

 

 シャウトラットに負けない絶叫が、宿屋に響き渡った。

 

 

 

 夜空の月には、いつの間にか叢雲が掛かっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「見張りの魔物に気付かれたようっスね」

「あーあーあー。折角寝込みを襲ってやろうと思ってたのによぉ……」

「どうします?」

 

 夜闇に紛れるように、空には黒い影が点々と浮かんでいた。

 鳥のような羽、虫のような翅、蝙蝠のような翼……各々が羽搏かせる飛行手段は様々だ。

 だが、その中でも先頭を舞う悪魔──巨大な翼を生やし、剣山のように鋭い体毛を全身に生やした人狼の悪魔は、口元が裂けんばかりに鋭くも醜悪な笑みを湛えた。

 

「どうもこうも……やることは変わらねえ。()るぞ」

「グラシャラボラス様……皆殺しは不味いんでは?」

「あ~? そうだったけかぁ? 何すりゃいいんだっけ……」

「若い女は生け捕りに。それ以外は死体にして持ち帰れと。そういう命令です」

「あ~、そうだったなぁ。素体がどーのこーのとか……ったく、面倒くせぇ~なぁ~~~!」

 

 グラシャラボラスと呼ばれた悪魔は、凶悪な牙より溢れる涎を滴らせながら頭を掻きむしる。

 

「全員殺した方が早ぇだろうがよぉ~! それを若ぇ女だけ生け捕りぃ? あぁ~殺してぇ~! 殺してえ殺してえ殺してえ殺し殺し殺し殺し殺殺殺殺殺殺殺殺!」

 

 掻き毟った傷口から鮮血が溢れ、グラシャラボラスに血化粧を施す。

 この奇行を前にして随行する悪魔のほとんどは、いつものことだと笑って流すか、悪魔でさえ理解し切れぬ行動に畏怖するか、どちらかの反応であった。

 

 ただ一人、彼のすぐ近くを飛ぶ鳥人の悪魔を除いては。

 

「グラシャラボラス様。その辺りでお収めを」

「シャックスぅ~! 生け捕りはてめえに任せた。おれはそれ以外を殺して回る!」

「かしこまりました」

「はぁ……体が疼いてたまらねえよぉ……! 今日は何匹仕留められるかなぁ……!?」

 

 血走った──否、血に染まった瞳を狂気に歪める人狼は、眼下に広がる村を睥睨する。

 それは配下の悪魔も同じだ。誰も彼もが彼と同じように正気を失った顔で、内より湧き上がる衝動に浮足立っていた。

 

「てめえら。より多く殺せた奴は、おれがネビロス様に幹部に取り立てるよう進言してやる……そのつもりで殺して回れぇ! いいなぁ!」

『おぉ!』

 

 悪魔の咆哮に夜空が震える。

 逢魔が時も過ぎた夜中、真なる悪魔共が災厄となって人間へと降りかかる。

 

「イポスも貧乏くじだぜ。“大罪”一人なんか仕留める任務より、こっちの方が山ほど殺し回れるってのによぉ!」

 

 哄笑を響かせるグラシャラボラスは、巨大な翼を羽搏かせて、一気に村の下へと滑空する。配下の悪魔も続々とそれを追い、獲物を探し始める。

 

 だが、彼らには二つほど誤算があった。

 

 一つはこの村に自分達を迎え撃つ戦力が残っていないと思い込んでいたこと。

 もう一つは、その戦力の内容だ。何故ならば、彼らはつい最近“大罪”を捕えんと差し向けられた軍勢を返り討ちにしたばかりだ。

 

 

 

 〈虚飾の勇者〉と〈嫉妬の魔女〉。

 そこにかつて勇者の仲間だった〈黒騎士〉も合わさればどうなるか?

 

 

 

 答えは──陽が昇れば否が応でも明らかになる。

 




Tips:紅葉おろしのリーマ
 冒険者ギルドで活躍する金等級冒険者の一人。
 冒険者の中で実力者を意味する銀等級よりも上に位置する金等級は、名誉的な称号たる白金等級を除けば、実質的な最上位の実力を持った怪物どもを意味する称号に他ならない。
 紅葉おろしのリーマもそんな名だたる怪物の一人であり、武器は背中に背負ったおろし金のような武器。
 これでリーマは魔物の肉や外殻を文字通り()()()ことで、どのような堅牢な守りをもそぎ落として討伐に至る。
 彼と戦ったが最後、戦場には血の海とおろされた肉の山がまるでもみじおろしのように積み上がっていることから、彼への畏怖と経緯を込めて〈紅葉おろし〉の異名が付けられた。

 しかし、普段はベテランの冒険者としてギルドにも他の冒険者にも頼られる存在。
 筋骨隆々な姿とは裏腹な女性的な口調や化粧を除けば、非常に話が通じる相手である。

 ちなみにバーローは泥酔した次の日の朝、隣を見たらリーマが寝ていたことがあるらしい。
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