嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第五十話:聖霊は亡霊の始まり

 

 

 

 聖霊(せいれい)

 

 

 

 それは人に宿る魂を顕現させた力。

 

 この概念が初登場したのは『ギルティ・シンⅣ 怠惰の新天地(フロンティア)』だ。

 プルガトリア大陸とは別に発見された前人未踏の地『リンボ』。そこを開拓する為に派遣された発明好きな主人公・アスタが、現地の住民から教えてもらった力こそ、この聖霊の力だ。

 

 シリーズによっては『精神エネルギーの具象』や『意思を持った魔力』等、色々な言葉で説明される。

 自分の中に宿るもう一つの人格(ペルソナ)とも言うべきだろうか。 

 原義の聖霊は人に宿り、啓示を示す助け主とされているが、こっちの聖霊は物理的に本体を守ってくれる。

 

 この世界において精霊を召喚する術師は数多く存在するが、聖霊を召喚できる人間は数少ない。

 聖堂騎士団の部隊の一つである召喚隊(スモレーネ)も、七部隊の中では断トツで人員が少ない。

 

 しかしながら、現に召喚隊は聖堂騎士団の一部隊として確立されている。

 特殊な技術を会得した騎士だから──という理由も勿論あるが、一番はやはりその比類なき強さにある。

 

『がああああ!!?』

『たすけたすけたすけたすけ……』

『苦じぃいいぃいぃい』

 

 空中で蠢くレギオンが、灰色に燃える炎の巨人目掛けて禍々しい魔力の塊を吐き出した。

 

「あの魔法は……〈闇魔法(ネブラ)〉か!」

「〈闇魔法〉って!?」

「〈光魔法(ルクス)〉と対になる魔法だ! 速度こそ出ないが、ありゃあ超高密度の魔力の塊……破壊力だけなら全属性中最強だぞ!」

 

 えぇ!? と、アータンが驚きの声を上げる。

 〈闇魔法〉は魔力が邪悪な性質を宿すことによって初めて行使できるようになる黒魔術だ。他人を害することを望んだ魂が生み出す密度と破壊力は、光以外の魔法であれば特殊な引力によって飲み込んでしまい、魔法の術式を無効化してしまう。

 

 唯一光だけがその引力から免れ、闇の破壊力と拮抗できる訳だが……。

 

「ぬぅん!!」

 

 気合いの入った声を一発。

 次の瞬間、ベルゴの聖霊が右手に生み出した大剣を振るったかと思えば、〈闇魔法〉どころか振るった剣の進路上に居たレギオンの肉体をも切り裂いてしまう。

 

『ぎゃあああ!!?』

『いたいいたいいたいいたい』

『やめてよぉおおおぉおぉ』

 

「……この程度か」

 

 レギオンが苦悶の声を上げる一方で、ベルゴは涼しい顔を浮かべていた。

 そして、やおら俺達の方に振り返る。

 

「……どうした? 早く行け」

「え? でも……」

「ここは俺一人で十分だ」

 

「じゃあそうするわ」

「ほわぁっきゃあ!?」

 

 改めてそう告げるベルゴを見て、俺は困惑するアータンを小脇に抱き抱える。

 そのままダッシュ&ゴーで救出した人達へと向かった。

 

「ちょっと、ライアー!?」

「お姫様抱っこの方がいい?」

「あっ、うん……じゃなくて!」

 

 そうは言いつつもお姫様抱っこされたアータンはまんざらでもない表情をしていた。

 しかし、彼女は何かを訴えたげに鉄仮面を両手でホールドしてくる。

 

「本当にあの人一人に任せていいの!?」

「いいんじゃね~の? だって見た限り余裕も余裕って感じだし」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 少なくとも俺ではレギオンを倒すのにそれなりに苦労する。

 実体を持たないレギオンには魔法攻撃くらいしか有効打がない。つまり、強力な魔法攻撃を使えなければ対レギオンに関してはお荷物だ。

 俺も〈魔弾(マギ)〉系こそ使えるものの、罪化してなければ中の下ぐらいの威力しか出ない。

 

 一方、魂を司る聖霊の力ならば単純な攻撃でもレギオンに有効打となる。

 

「こういうのは適材適所だ。時には出しゃばりすぎるのも邪魔になる」

「そう……かなぁ?」

「そういうもんさ」

 

 この世界のゲームはあるが、ここはゲームの世界ではない。

 ゲームならHPがゼロになっても瀕死になるだけかもしれないが、現実ではそのまま死に直行することだってあり得る。

 下手すれば瀕死の味方を庇って自分も……という事態もあり得なくはない。

 

 俺が全ステータスカンストの最強キャラクターだったらそれでも余裕で勝てるかもしれないが、悲しいかな。現実はちょっと〈幻惑魔法〉が得意な器用貧乏だ。戦士ほど物理攻撃が強くなければ、魔法使いほど魔法攻撃も強くない。

 

「任せられる時は任せる。それがパーティー……仲間ってもんだ」

「……そっか、分かった」

 

 その言葉でようやく納得してくれたのか、アータンはこくりと頷いてくれた。

 

「……」

「……」

 

 会話が途切れ、沈黙が訪れる。

 あっ、今凄く気まずい。

 だって流れでお姫様抱っこしちゃったから、顔と顔の距離が近いんだもの。セパルだったらこれを好機と見て顔面を舐めまわす勢いで接吻してくる距離だ。

 まあ、俺には鉄仮面という最強で最後の防衛ラインがあるから、万が一そういう事態になっても安心だが、

 

「……ねえ、アータンさん」

「ふぇ!? な、なぁに?」

「顔近くありません?」

 

 鉄仮面の中を覗き込む勢いで顔を近づけてきていたアータンに、俺は一旦牽制を掛ける。

 当のアータンは言われて気付いたのか、赤面して慌てて顔を離した。

 

「ご、ごめん!」

「いや別にいいんだけどもね。ただ……」

「ただ?」

「恋をしちゃいそうになる」

「コイ!?」

 

 無意識のガチ恋距離にドキドキを告白したら、アータンが口をパクパクさせ始めた。

“恋”じゃなくて“鯉”になっちゃった。侵略的カワイイ種がよぉ……。

 

「あっ!?」

「どうした? 丸めたパン食べる?」

「小麦の時間を遡らせようとしてる? ……そうじゃなくて!」

 

 パンではなく泡を食ったように慌てるアータンが、たった今俺達が通って来た方角を指さした。

 

「知らない魔力が近づいてきてるの! ベルゴさんのところに!」

「知らない魔力だぁ? ……敵の増援か」

「ライアー!」

「分かってるよ」

 

 抱いていたお姫様を下ろしたところで、俺は踵を返す。

 

「ベルゴのところには俺が向かう。アータンはベアティ達を頼んだ」

「うん!」

「汚名挽回だ。任せたぞ」

 

 一度ベアティを連れ去られてしまった手前、アータンのやる気はギンギンに漲っていた。やる気満タン、満タンアータンだ。

 それを見た俺は彼女の頭をポンと叩き、颯爽とベルゴの下へと向かった。

 

 

 

「……あれ? 汚名って挽回しちゃダメじゃ……」

 

 

 

 不意にアータンの呟きが遅れて聞こえてきた。

 バレたか。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ぬぅん!」

 

 聖霊が腕を一薙ぎする度に暴風が吹き荒れる。

 しかし、そんなものはただの余波だ。振るった腕が直撃したレギオンは、その分だけ霊体を削り取られて悲鳴を上げる。

 

『ぎぃやああああ!!?』

『ひどいひどいひどいひどい』

『やめてぇよぉおおぉ……』

 

「どの口が……それは貴様らに踏み躙られた者達こそ吐くべき言葉だ……!」

 

 憤怒の形相を浮かべるベルゴは、バキバキと骨を鳴らしながら拳に血管を隆起させる。彼の鼓動に応じて脈動が跳ね上がる度、次第に彼の聖霊の顔にも怒りの色に滲んでいった。

 

 聖霊とは魂の力。

 感情によって大きく左右される精神の力でもある。

 

 すなわち、ベルゴが怒れば怒るほどに聖霊もまた怒りの力を宿していく。その証拠に揺れる灰色の炎はみるみるうちに火勢を激しくするではないか。

 

「無辜の民を殺し……婦女の純潔を汚し……その癖一丁前に命乞いだと? ──笑わせるなっ!!!」

 

『ひいいいい!!』

『ゆるしてゆるしてゆるして』

『こわいよぉおぉぉお』

 

「真に恐ろしい思いをしたのは貴様らに嬲られた者達だ!!!」

 

 激高するベルゴ。

 彼が大剣を振りかぶれば、灰炎の巨人もまた炎の大剣を振りかぶる。

 

 直後、莫大な魔力がベルゴと巨人から発せられた。

 〈火焔天(かえんてん)〉──聖霊におけるもっとも基本的な状態が怒りに震え、魔力を解き放つ。

 

 それだけの魔力を浴びせられたレギオンに浮かぶ無数の顔は、この瞬間、一斉に全員が恐怖の色を浮かべるに至った。

 

 だが、もはや命乞いをしたところでもう遅いだろう。

 

「貴様らが犯した罪の重さ、我が剣を以て思い知るがいい!!!」

 

『ぃやめてえええ!!』

『やだやだやだやだやだ』

『しにたくないぃいいぃいい』

 

十天流(アストラ)第一天(だいいってん)……」

 

 詠唱が終わり、灰炎の巨人が掲げる大剣に静謐な光が宿った。

 

 

 

「──〈月天(げってん)〉」

 

 

 

 その時、雲に隠されていた三日月が夜空に浮かんだ──否、それはベルゴの動きに応じ、聖霊が振り下ろした刃から放たれた魔力の斬撃。

 

 それがまるで三日月の如き弓なりを描き、レギオンの体を通り抜けたのだ。

 

『あ゜?』

 

 間の抜けた声が聞こえる。

 次の瞬間、体を左右に真っ二つに切り分けられたレギオンは、その肉体のあちこちから崩壊が始まっていった。

 

『そ、そんなああああ!!』

『きえるきえるきえるきえる』

『しんじゃうぅうぅうう』

 

「……せめてもの慈悲だ。一太刀で逝くがいい」

 

『あぁああぁぁぁ……──』

 

 ベルゴが聖霊を霧散させるのと同時に、レギオンの姿も霧散していった。

 数多もの悪魔の魂が継ぎ接ぎとなり生まれた悪霊が、見るも無残に消えていく。

 

 余りにも呆気ない最期だ。

 しかし、そもそも見る価値もないと割り切っていたベルゴは、大剣を振り切った体勢のまま静かに残心する。

 

「……これで終わりか」

 

 完全にレギオンが消え去った気配を感じ取り、ベルゴはようやく空を見上げた。

 

(まさか倒した悪魔がレギオンになるとはな)

 

 こんなことは初めてだった。

 

 悪魔は死ぬと塵となる。

 これは悪魔───延いては魔人の肉体の大部分が、魔力を生み出す素である〈魔素〉によって構成されているからだ。波髪女(ウンディーナ)大波髪女(フルクトゥーナ)のような精霊に近しいと言ってもいい。

 

 それ故に悪魔が死んだところで屍鬼(ゾンビ)骸骨(スケルトン)のようなアンデットになる心配は要らないはずであった。

 だが今回は、悪魔の魂そのものが死霊となって襲い掛かって来たのである。

 

(本来死霊とはもっと時間を掛けて生まれる魔物だ……それもレギオンのような集合体が短時間で生まれるはずがない)

 

 拭い去れぬ違和感に、ベルゴは背中に嫌な汗が伝う感触を覚えた。

 10年もの長い時間、彼は騎士として悪魔と戦う戦場から離れていた。しかしながら、長年培ってきた勘と言うものは早々に衰えない。

 

(オレが居ない間、魔王軍に何があった……?)

 

──たとえば死んだ悪魔がその場で死霊と化すような術式が仕込まれていたとか。

 

 そうでなければ今回のような事態はあり得ない。

 

(あれから10年か……)

 

 ベアティを育てる為に戦場から離れたとは言え、その平穏は絶対のものではない。

 仮に魔王軍が地上を制圧していけば、いずれはシルウァの村に魔手が迫ってもおかしい話ではない。

 現に、目的は違えど魔王軍が襲来した以上、楽観的に受け取る訳にはいかなかった。

 どうにかして騎士団が魔王軍を押し返すしか方法はないが、10年前に聖都陥落という大打撃を受けてしまった以上、それが叶っていないことは火を見るよりも明らかである。

 

(やはりドゥウスをどうにかしなければ……)

 

 かつて栄華を誇った旧聖都ドゥウスは、現在魔王軍大幹部〈六魔柱〉が支配する悪魔の都と化しているとは有名だ。

 かつての故郷が敵の居城と化し、周囲に被害と恐怖をもたらしている──これはベルゴとしても捨て置けぬ状況ではあるものの、たかが一人が立ち上がったところでどうにかできる話ではない。

 

(しかし──……っ!?)

 

 何かが迫ってきている。

 

 ベルゴは大剣を再び抜き、気配が迫る方向に体を向けた。

 

(速い!)

 

 それも、とんでもなく。

 先に相対した悪魔など比べるのも烏滸がましいくらい高速で迫る気配に、ベルゴの警戒は一気に天井まで高まった。

 

「──そこか!!」

 

 闇に乗じて飛び掛かる気配に咄嗟に反応し、大剣を振るう。

 直後、ベルゴと襲撃者の間に火花が飛び散り、闇が拓かれた。

 

「なっ……!?」

 

 ベルゴは愕然とした。

 何も攻撃を受け止められたことがショックだったのではない。元騎士団長とはいえ、彼はそこまで思い上がる傲慢な性格ではなかった。

 

──では何故?

 

 答えは、まさに目の前にあった。

 白銀に靡く髪に、静かに燃えるような紅眼。

 

 忘れてはいない。

 忘れられるはずがない。

 

 その容貌はベルゴにとって宝物に等しい輝きを持ちながら、悪夢の如く彼の闇に根付く絶望そのものであった。

 

「お前は……()()?」

「──」

「ぐっ!?」

 

 答えが返ってくるよりも前に、交差する刃を押し込まれ、ベルゴの体が後方に向かって飛んだ。

 彼ほどの巨体が浮かび上がるなど、常人では考えられぬ膂力であった。

 

(まさか、本当に……!!?)

 

 10年前の悪夢が蘇り、ベルゴの額に汗が滲んだ。

 べっとりと額に張り付くような嫌な脂汗だった。拭ったところでヌルヌルとまとわりつく感触は消えないだろうと、ベルゴは汗を拭おうとしたところでやめた。

 

「レイ……レイエル!! オレだ、ベルゴだ!! 聞こえているのなら返事をしろ!!」

「──」

「問答無用か!!」

 

 再三の呼びかけにも応じず、レイエルは再びベルゴへと斬りかかる。

 

(この身のこなし、この剣捌き……間違いない!! 正真正銘あやつの動きだ!!)

 

 大剣ほどではないが、それでも十分に刀身が長く重量のあるロングソードを軽々と振り回す膂力。

それを流麗に操り、致命的な一閃を見舞おうとする剣術。

 

 どれを取っても寸分違わず記憶の中に居るレイエルと同じ動きであり、ベルゴは激しく動揺した。

 

「くそっ!!?」

 

 吐き捨てるベルゴに、再び強烈な斬撃が襲い掛かった。

 これを大剣で防ぐベルゴではあったが、ここまで彼は防戦一方。ロクに反撃に出られなかった。

 

「おのれ……!!」

 

 その後も苛烈なレイエルの攻勢は続く。

 木を斬り、岩を斬り、城の壁をも易々と切り裂く刃は、一つ凌ぐだけでもベルゴの精神力を大いに削っていった。

 

 だが、それ以上に彼を苦しめていたのは他でもない。

 

「やめろ、レイ……オレはお前を斬りたくはない!!」

「──」

「ぐぉ!!?」

 

 ベルゴの悲痛な叫びの応答は、脇腹への蹴りだった。

 罪化すればグラシャラボラスの自爆をも堪えられるが、ただ一人……親友の足蹴は痛いほどに彼の肉体に響いていく。

 

「レイ……!!」

 

 最早自分の言葉は彼に届かないのか。

 

 そう考えるだけでもベルゴの視界は滲んでいき、鼻の奥がツンと痛んだ。

 動悸が激しい。

 息もままならない。

 ともすればこのまま息絶えてしまった方が楽に思える胸の痛みに、ベルゴはギリギリと歯を食い縛った。

 

 そのような弱った姿を見て、果たして敵が見逃すだろうか?

 

 答えは否。

 心などどこかに忘れてしまった冷めた瞳を浮かべるレイエルは、苦しむベルゴに目掛けて無慈悲な一閃を繰り出した。

 

「……レイ」

 

 悲しみに満ちたベルゴの瞳がレイエルを映した。

 そして、

 

 

 

 

 

「どぅおらぁ!!!」

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 くすんだ赤いマントを翻す偽物の勇者が、聖騎士の繰り出した死の斬撃を真正面から受け止めたのだ。

 

「お前は……!!?」

「ごめん無理ちょっと押し負けるわ」

「な──ぬぅううう!!?」

「おんぎゃーす!!?」

 

 情けない悲鳴と共にライアーが押し負ければ、そのままベルゴの方へと吹き飛ばされた。

 それを辛うじて受け止めるベルゴ。だが、中々にライアーの勢いが凄まじかったからか、そのまま二人してゴロゴロと後方へと仲良くでんぐり返しで転がっていく。

 

 回転は悪魔すらも居なくなった廃城の壁に激突してから止まった。

 しかし、泣きっ面に蜂と言わんばかりに崩れた壁の破片がライアーの頭に落ちてきた。

 

 ゴォン! と鈍い金属音が夜空に木霊する。

 

「うぼぁ!!? お、おぉ……祇園精舎の鐘の声……!!」

「だ、大丈夫か? それよりもどうしてここに……?」

「うちのアータンが妙な魔力が近づいてるって気付いてな……ほぉら、来ましたものぉー!!」

「ぬぉ!!?」

 

 咄嗟に起き上がったライアーがベルゴを蹴飛ばせば、そこへ白刃を閃かせるレイエルが飛び掛かって来た。

 

 あと数秒回避が遅れていれば、二人とも両断されていたことだろう。

 

「怖!? ねえ、この人知り合い!? 話し合いは通じる方!?」

「知り合いではあるが……!」

「その言い草だと話し合いは通じそうにないのね」

 

 分かった! と、ライアーは自らレイエルへと斬りかかる。

 先はベルゴを守るべく仕方なく防御したが、本来彼が得意とするのは幻影を交えての攻撃と回避。

 

 すなわち、

 

「──〈嘘八百(フル・オブ・ライズ)〉」

 

 あることないことを嘯いてからが、彼の本領。

 ライアーが魔力を解放した瞬間、周囲に幻影が満ちていく。鬱蒼と生い茂る木、木、木……さらにその間を掻い潜るようにして、この場に居るはずのない兵士が無数に現れ、レイエルへと斬りかかっていく。

 

 レイエルはそれらを迎え撃つ。

 が、それはあくまで幻影。〈聖者の嘘(ホーリーシット)〉とは違い、具象化にまでは至らぬ空虚な幻であった。

 

「しばらく遊んでろ」

 

 幻影の奥深くより響くライアーの声。

 それを聞いたかどうかも分からぬレイエルは、淡々と幻影相手に斬りかかっていった。

 

「ふひゅ~」

 

 場所は変わって、幻影の空間を展開した場所から少し離れた物陰。

 そこでライアーは一息吐き、離れる際に抱えてきたベルゴを無造作に転がした。

 

「むぉ!?」

 

 と、ベルゴが悲鳴を上げるが、ライアーは冷ややかな視線を彼へと投げかける。

 

「どうしてあの時防がなかったんだ?」

「……」

「俺が割って入ってなきゃ死んでたかもだぜ?」

 

 あの時、とは言うまでもなくレイエルがベルゴに切りかかった瞬間だ。

 寸前でライアーが防いだからいいものの、無防備に喰らえば致命傷は避けられなかった。

 

「まさか死ぬつもりだったか?」

「……これは、きっと罰だ」

 

 要領を得ない答えにライアーが首を傾げる。

 そんな彼が訊き返すよりも早く、ベルゴは続けた。

 

「あれはきっと死神だ。騎士として責務から逃げたオレを罰する為の……」

「……」

「むしろ生き永らえ過ぎたんだ。オレはあの日死んでいたはずなのに……それをあれこれ言い訳を付けて今日まで……」

「だから死のうって?」

「……あぁ」

 

 そう言ってベルゴは俯いた。

 

「ベアティさえ無事ならオレの本懐は達せられたものだ。心置きなく……死ねる」

「……」

「だから──」

「遺言キャンセル!!」

「痛ぁ゛!!?」

 

 静かに後を託そうとしたベルゴであるが、その続きは胸毛を毟られて阻止された。

 

「ぐぅおおぉお……!? な、なぜ胸毛を毟った……!?」

「情けねえなぁ、お父さんよぉ! アンタ、それでも娘のバージンロード歩けんのかぁ!?」

「ぐぉ!?」

 

 毟った胸毛をパラパラと風に乗せて漂わせるライアーは、心底呆れた視線を投げながら、ベルゴに軽く頭突きをかます。

 

「なぁ~にが罰だ! ベアティを残して死んだとして……アンタ、それでも娘のバージンロード歩けんのかぁ!?」

「それは……」

「アンタ、それでも娘のバージンロード歩けんのかぁ!?」

「だが、オレは……」

「アンタ、それでも娘のバージンロード歩けんのかぁ!?」

「待て、それで押し通すつもりか!?」

「アナタ、それでも娘のバージンロードを歩く気概はなくって!?」

「若干変えても内容は一緒だろう!?」

 

 困惑するベルゴに対し、プンスコ怒っているライアーの頬は餅のように膨らむ。

 いや、鉄仮面を被っているのにどうやって? と思うかもしれないが、実際に鉄仮面の頬部分が膨れ上がっているのだ。

 

「ったく……死ぬことは償いでもなんでもないぞ。アンタのそれはただの“逃げ”だ」

「!」

「死んだ方がマシだって思う生き恥晒してでも人の為に生きる──それでようやく償いだろうが」

 

 真剣な声音が耳朶を打つ。

 ライアーの説得を聞いたベルゴは目を見開き、彼の顔を見上げた。そこには何かと軽薄な言動をする剣士の姿はなかった。

 

 ただ──自分と同じ匂いを感じた。

 

(そうか……こやつも)

 

 そこでようやくベルゴは立ち上がる。

 悔恨の表情を浮かべて震える体は今にも崩れ落ちそうだ。

 しかし、しかしだ。震えるほどに握られた拳……それより滴り落ちる血を見れば、その考えを改めなければなるまい。

 

「……済まん。少し……感傷的になっていた……」

「また次情けねえこと言ったら次は片乳の胸毛全部毟ります」

「片方だけを!?」

 

 恐ろしい宣言に戦慄くベルゴだが、これでようやく感傷的な状態から脱した。

 

「……覚悟を、決める時か」

 

 柄を握る掌を眺めるベルゴが、言い聞かせるように呟く。

 それを見たライアーはふふんと鼻を鳴らす。

 

「大丈夫か?」

「ああ──もう大丈夫だ」

「娘のバージンロードを歩く準備は?」

「それは……正直まだかもしれん」

「お父さぁ~~~ん……」

「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!!」

「パパぁ~~~……」

「パパでもないわ!!」

 

 ここに来て未練がましい父親の心情を吐露するベルゴだが、先と比べれば十分立ち直ったと言えよう。

 

 武器を握り直した戦士は、剣舞の音が聞こえてくる方角へと向かう。

 

「はっきり言うけど俺の剣には期待すんな? 素人にちょっと毛が生えた程度だからな」

「構わん。あやつ──レイはオレがやる」

「やれんのか?」

「……できなければ、オレにベアティの父親として横に立つ資格はない」

「だ~か~ら~……まあいいや、お堅い奴め。俺はアンタのそういうところ好きだぜ」

「お、おぉ? あ……ありがとう」

「顔を赤らめるな」

 

 中年のおじさんの赤面など一部にしか需要がないと、ライアーがツッコんだ。

 

「さてさて、ベアティのお父さん? 結婚式を邪魔する奴をぶっ飛ばす準備はできておいで?」

「ああ」

「相手が聖騎士でも?」

「ああ」

「親友でも?」

「ぶん殴ってでも退かすわ」

「親友の方が手段が苛烈ぅ~」

 

 さて、ここで一つ問題だ。

 

 獣が最も恐ろしくなる時はいつだろう?

 

 飢えている時?

 傷を負った時?

 

 いいや、そのどれでもない。

 

 

 

「ベアティの結婚式は……オレが守る……!!」

「その意気だぜ、パパさんよぉ」

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 




Tips:聖霊
 自分に内在する魂の力を呼び起こされて現れる存在。
 他国では守護霊とも呼ばれ、使用者をあらゆる災厄から守護する神聖な力として扱われている。
 聖霊の力を操る発祥はまだ未開拓の土地であったかつてのディア教国であり、当時先住民であった部族より、開拓にやって来た〈怠惰の勇者〉アスタへと伝授され、現代まで脈々と受け継がれているとされている。

 その力は非常に強力であり、自らの魂ということもあり、操作する感覚はほとんど手足を動かすのと変わらない。
 実質二人分かそれ以上の膂力を発揮する聖霊を操る聖霊使いは、聖堂騎士団内でも一人で十人分の戦力と同等に扱われる。
 しかし、一方で聖霊を扱うには魔法以上の適正が必要であり、だれかれ構わず扱えるものではない。そんな理由もあってか聖堂騎士団の『召喚隊(スモレーネ)』は保有する騎士の人数が少なく、常時人材不足に悩まされている。

 一方で、かつてのディア教国ではその聖霊使いを多くかかえていた為、当時苛烈だった魔王軍相手にも引けを取らない武力を持っていた。
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