嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第五十一話:十年は超克の始まり

 

 

 

 三度、空を斬る音が鳴った。

 

「──」

 

 幻影の中、襲い掛かる兵士を次々に切り伏せるレイエル。

 しかし、それら全ては幻影。ライアーの〈噓八百(フル・オブ・ライズ)〉によって生み出された空虚な張りぼてでしかない。

 

 一人、また一人切り伏せられる。

 霧散した幻影の数が五十に達する時、それまで流麗ながらどこか機械的な挙動しかしていなかったレイエルの動きが変わった。

 

 ゆっくりと辺りを見渡し、何かを探す。

 その間に襲い掛かって来る兵士は無視。所詮は幻影だ。斬られたところで傷を負うことはない。

 

 するりと体を抜けていく兵士の刃を見て、レイエルは静かに切っ先を地面に向けた。

 

「──」

 

 スッ、と魔力を込めた剣が地面に突き立てられる。

 すると、刀身を伝って流れる魔力が地面に伝播し、そのまま亀裂が走るように地面に魔力の線が伸びていった。

 

 次の瞬間、流し込まれる魔力に耐えかねた地表が爆発を起こした。

 舞い上がる石礫と土煙。鋭い破片のいくつかがレイエルの頬を掠めたが、彼は顔色一つ変えずに刮目していた。

 

 にわかに変化が訪れる。

 

 それまで鬱蒼と生い茂っていた森が消え、押し寄せていた兵士の波も瞬く間に霧散する。

 現れたのは荒廃とした城の跡地。幻影が展開される前の廃城の中そのものであった。

 

「──」

 

 レイエルの目が、視界に映り込んだ二つの影を追った。

 影は左右に分かれていた。

 警戒するレイエルの視線は、右へ左へと忙しなく動いている。

 

「ぬぅん!」

 

 先に仕掛けたのは左側に回り込んだベルゴだ。

 身の丈ほどの大剣を振りかぶり、それを全力でレイエルへと叩き込む。

 

 これにはレイエルも防御は不可能と判断したのか、真正面から受け止めようとはせず、ゆらりと体を傾けて回避した。

 

「もーらいっ!」

 

 だが、どこからともなく現れたライアーが追撃を掛ける。

 予兆はなかった。まるで景色が捲られたように忽然と姿を現した剣士の襲撃は予想外だったのか、レイエルの動きにも動揺が見られる。

 

「おら!」

「──」

「ありゃ?」

 

 しかし、これでやられるほど聖騎士は甘くはない。

 聖騎士とは武勲を立てた騎士に与えられる名誉ある称号。ともすれば救世の英雄──〈勇者〉に等しい重みを有す呼び名だ。

 ライアーの不意打ちも、レイエルの超人的な反応速度によって振るわれた刃によって受け止められてしまう。

 

「やっ──ばばばばばっ!!?」

 

 直後、レイエルの苛烈な斬撃がライアーに襲い掛かる。

 猛烈な勢いは、さながら暴風。刃の振るった先にある岩や壁をスパスパと切り裂いていく光景を目の当たりにし、ライアーは情けない悲鳴を上げながら防御と回避に回らざるを得なくなった。

 

「待ってくださいちょっと話をしようじゃありませんか俺も不意打ちはあれかなーとかは思ったんですけれども穏便に済ませるのであればあれが一番なんじゃないかってあっ待ってくださいこの剣両刃だから押し負けたら体が斬れちゃいそうで怖いなぁ~って──おんぎゃー!!?」

 

 耐久時間10秒。

 

 なんやかんや聖騎士の攻撃を凌いでいたライアーであったが、最後は渾身の一振りを真正面から防御せざるを得なくなり、結果、場外ホームランの如く城外へ吹き飛ばされた。

 

「ライアー!」

「──」

「くっ、レイ……!」

 

 城内に残されたのはベルゴとレイエルの二人のみ。

 ただでさえベルゴはここに至るまで何度も戦いを繰り広げた身だ。その状態で聖騎士(レイエル)を一人で相手取るには、余りにも無謀であった。

 

(せめて罪化……いや、聖霊が使えれば!)

 

 膨大な魔力を必要とする罪化はともかく、単純な手数を増やせられる聖霊だけでも召喚できれば状況は変わったかもしれない。

 しかし、聖霊は召喚者の精神状態に大きく左右される。

 今のベルゴのように死んだはずの親友が敵として現れ、ガタガタとなった精神状態では、とてもではないが魂の力たる聖霊は呼び出せない。

 

(やるしかないのか……オレが! 一人で!)

 

 腹を括ったベルゴは、猛烈な速度で肉薄するレイエル目掛けて、片手で大剣を横に薙いだ。

 これは跳んで避けられたものの、翼を持たぬ生き物である以上、宙に居る間は自由が利かない。

 

 ベルゴはすかさずもう一方の拳を振り抜いた。

 ゴウッ! と、風を千切るような音を奏でて拳はレイエルの顔面に向かって行く。

 

「──」

「むっ!?」

 

 だが、それで攻撃を喰らうほどレイエルも甘くはなかった。

 自由の利く掌を突き出してベルゴの拳を受け止めたかと思えば、そのまま腕力だけで自分の肉体を上へと持ち上げる。

 舞うようにベルゴの頭上を飛び越えては、着地した瞬間後に間髪入れず斬撃を仕掛けた。

 

 ベルゴも大剣を振るって応戦する。

 しかし、大剣ではリーチこそあるものの小回りが利かない。恐るべき連撃を仕掛けてくるレイエル相手には、どうしても後手に回ってしまう。

 

(この動き……レイ、やはりお前は……)

 

 幾たびも刃を交える度に得る確信。

 動き、剣術……どれを取ってもあの頃の記憶のままのレイエルそのままだ。

 

 息を吐かせぬ連撃に歯噛みするベルゴは涙する。

 するや、何を思ったのか防御の為に構えていた大剣を下ろした。これでは反撃どころか防御もままならない、まさに無防備だ。

 

 隙だらけのベルゴを見たレイエルは、やはり顔色一つ変えぬままベルゴに斬りかかる。

 月明かりしか光のない暗闇にて、月光を浴びた白刃がベルゴの首元へと迫る。

 

 そして、

 

 

 

「──遅い」

 

 

 

 ドゥ! と虚空を貫く刺突。

 ベルゴは致命の一撃を、僅かに首を傾けるだけで避けた。

 

 同時に剣と共に突き出された腕も掴み、レイエルの体を引き寄せる。

 ジッとレイエルを間近で凝視するベルゴ。暗闇では分かりにくいものの、その肌は死人のように青白く、冷たい。それどころか呼吸の気配すらない。

 

「……死霊術か」

 

 レイエルは答えない。

 だが、たった今得られた情報だけでもベルゴには十分だった。

 

「許せよ」

 

 掴んだ腕ごとレイエルを振り回し、その体を空中へと放り投げる。

 今度は先とは違い、完全に慣性が掛かっている状態。放り投げられたレイエルもどうにか軌道を修正できるものはないかと辺りを見渡し、梁を見つけた。

 

 そこへと手を伸ばすレイエル。

 だが次の瞬間、その手は消えた。

 

 手首から先を失ったレイエルは、梁を掴むことさえままならず、廃城の壁へと叩きつけられた。

 

「──!」

「18年前の亡霊……それがお前だとするならば、」

 

 ベルゴは振り下ろすように大剣を構え直す。

 まるで過去を断ち切るように振るわれたその切っ先は、かつての親友へと向けられていた。

 

()()()()()()()()()()()()()

「──」

「来い……レイッ!」

 

 ベルゴの鬨の声を皮切りに、両者が一瞬にして詰め寄った。

 

 刹那、闇に包まれた廃城の中に無数の火花が散る。

 断続的に金属が打ち付け合う音が鳴り響く度、暗闇に二人の姿が浮かび上がる。

 

 彼らが走る度、土煙が舞う。

 しかし次の瞬間には、剣を振るった際の余波で掻き消されていく。

 

 それが何度も何度も繰り返される度、ただでさえボロボロだった廃城は激しい地震に見舞われたかの如く、あちこちが崩れ始める。

 

「ぬぅ!!」

 

 互角の剣戟を繰り広げる両者の間に、崩落した天井の破片が割り込んでくる。

 それをベルゴは拳一つで砕き、即席の散弾としてレイエルに叩きつけた。

 

 これをレイエルは手を失った方の腕で防ぐ。

 石礫は鎧を着込んでいない場所を抉り、肉の断面を露わにする。だが、そこから血が溢れる様子は窺えない。

 

(肉体を動かすだけの死霊術? いや、だがこの動きはレイそのもの)

 

 肉体の傷をも厭わず突撃してくるレイエルをいなし、ベルゴは冷静に情報を組み立てていく。

 

(察するに……降霊術の類か)

 

 肉体に魂を降ろす術、それが降霊術だ。

 降霊術にも術者本人に降ろすパターンと、それ以外の肉体に降ろすパターン等いくつかあるが、今回は後者の可能性が高い。

 

(レイ)

 

 激しい剣戟の中、ベルゴは深く後悔した。

 もしもこの推察が当たっているのならば、レイエルは死んでから18年間、自らの意思とは関係なしに魔王軍の手先として戦わされていたことになる。

 それは国の為、そして人の為に戦ってきた騎士としてはこの上ない辱めに他ならない。

 

(オレはずっと……お前を独りぼっちにさせてしまっていたのだな)

 

 自分があの日逃げ出しまったせいで、親友の名誉を必要以上に汚してしまった。

 それを他ならぬ親友の自分が止められなかった事実にも、ベルゴはまた涙を流した。

 

(だが)

 

 

 

「これで……終わりにしよう」

 

 

 

「──!」

 

 レイエルと距離を取ったベルゴが、静かに大剣を構えた。

 これまでの苛烈な打ち合いが嘘のように、周囲には恐ろしいくらいの静寂が満ちていく。

 

 静謐な空気を纏い、ベルゴは不動の構えを取った。

 だが、レイエルは動かない。死した肉体に魂を降ろされ、術者の命令通りにしか動けぬ操り人形同然である彼は()()()()()()

 

──迂闊に飛び込めば、死ぬ。

 

 静謐さとは裏腹に、ベルゴの全身からは覇気が迸っていた。

 魔力でも気力でもない、言ってしまえばただの空気や雰囲気といった類の代物。

 

 しかし、ようやくレイエルも動き出す。

 数多もの血を啜ったであろう剣を上段に構え、腰を落とした。

 

 その立ち姿はかつての親友の姿そのものであり、ベルゴは脳裏には在りし日の思い出が次々に過っていく。

 

『ベル、今回は僕の勝ちだな!』

 

『大きくなったら騎士になろう! それでこの国を守るんだ!』

 

『なぁ、ベル……実は上官がさ、叙任祝いに()()()に連れてってくれるらしいんだが……お前も来るよな?』

 

『どうやら聖騎士になる競争は僕の勝ちみたいだな。……ハハッ、不貞腐れるなよ。ベルだってすぐ聖騎士になれるさ。なんたって僕の……ライバルなんだからな』

 

『今日から僕が〈灰かぶり〉の団長だ。副団長は君に任せたい……いいだろ?』

 

『ったく……いくらアニーに惚れてたからって、その夫を本気で殴るかよ。ま、僕もアニーがベルとくっ付いたなら同じことすると思うけどさ。ハハハッ!』

 

『ベル。ディア教国を……アニーを……生まれてくる子を頼んだぞ』

 

 

 

(……レイ)

 

 

 

 その時、崩れ落ちる天井の破片が二人の間に落ちてきた。

 

 コォン、と。

 鳴り響いた音が、最後の銅鑼の音を響かせた。

 

「──ッ!!!」

「──」

 

 二つの閃光が闇を裂いた。

 そして、地上に三日月が二つ輝く。

 

 白銀の光を放つ三日月。

 しかし次の瞬間、片方の三日月は空へと昇り、やがてはその輝きを失って地上へと堕ちた。

 

 二つの人影──ベルゴとレイエルは穿たれた天井の孔から差し込む月明かりの下、向かい合っていた。

 共に剣を振り抜いた姿勢のまま、互いの間合いでだ。

 だが、ベルゴは血を流してはいなかった。それも当然だ。振り抜かれたレイエルの剣は中ほどから先端から斬り飛ばされていたのだから。

 それは同時に身を守る術を失ったレイエルの敗北を意味する。

 レイエルは着込んだ鎧ごと肩から腰にかけて袈裟斬りにされていた。深々と刻まれた傷は肉のみならず、いくつもの骨や臓腑をも断っていた。

 

 崩れ落ちるレイエルの体。

 しかし彼の体は、地面に倒れるより前にベルゴに優しく抱き留められた。

 

「──レイよ」

 

 穏やかな声音で、ベルゴは親友に語り掛ける。

 

「オレはな、お前が死んだあの日から一日たりとも鍛錬を欠かした日はない」

 

 レイエルが死んだ日も。

 アニエルが死んだ日も。

 ドゥウスが魔王軍の手に落ち、教皇は死に、ミカさえも失ってしまったあの日からも、ずっと──。

 

1()8()()()

 

 思わず笑ってしまった。

 

「お前を超えるのに……こんなにも時間が掛かってしまったな」

 

 だが、とどのつまりこれは結実だ。

 唯一にして無二の親友を超える為、努力を怠らなかった不器用な男の勤勉の為せる業。

 

「遅くなってすまない──そして、ありがとう」

 

 

 

 

 

──おかげでオレは、ようやく未来(さき)に進める。

 

 

 

 

 

 親友へ。

 あるいは忌むべき過去の己の弱さ。

 

 その象徴たる死霊へ別れと感謝を告げれば、にわかにレイエルの体から力が抜けた。

 

 胸の中で軽くなる重みは手放した剣か、はたまた魂か。

 

 なんにせよベルゴは尽きる命の灯を、最後の一片まで噛み締めるように抱きしめていた。

 それからどれだけ時間が経っただろうか。天井から差し込んでいた月光も移ろい、いつしか光はレイエルの背中だけを照らしていた。

 

「……?」

 

 その時、ベルゴは何かを感じ取った。

 今まで薄暗がりの中で相まみえていたが故、気が付かなかった僅かな違和感。上手く言葉には言い表せないものの、一度気付いてしまったが最後、どんどん膨れ上がっていくような──そういう類の代物だ。

 

 ベルゴはレイエルの遺体を横たえ、まずは鎧を脱がした。

 

 

 

「こ、これは──!!?」

 

 

 

 そこに広がっていたのは──。

 

 

 

 ***

 

 

 

「──レイエルが……やられた?」

 

 廃城から離れた木陰。

 そこに杖を突いて立っていたのは一体の悪魔だった。一言で年老いた馬。目深く被ったフードの奥には、今にも死んでしまいそうなガリガリの馬面が隠れていた。

 

「馬鹿な……いくら()()ではないとは言え、奴が倒されるなど……」

 

 しかし、そこで悪魔は頭を振った。

 

「いや……そこはやはり“大罪”と見るべきか」

 

──少し見縊り過ぎていたか。

 

 自分の見通しの甘さを反省するように、悪魔は嗄れ声でブツブツと呟く。

 

「だが、このまま何の成果も無く逃げかえれば()()()()が何と言うか……いいや、そもそも此度はイポスとグラシャラボラスがヘマをした所為だ。このガミジンともあろう者が若造の尻拭いの為に動かねばならぬなど……」

 

 次第に反省は失敗した同胞への怒りにすり替わっていく。

 所詮、悪魔は悪魔。欲望に忠実な彼らの悪感情は、一度火が点けば留まるところを知らなくなる。

 

「おのれ、おのれおのれおのれぇ……! 〈大罪〉めぇ……!」

「おじいちゃん、そんなにカッカしないの。血圧上がっちゃうわよ?」

「これが怒らずにいられるか! いいか? そもそも今回の作戦はだな……」

 

 横から入ってくる忠告も聞かず、ガミジンはぐちぐちと文句を垂れかける。

 ──つもりだったのだが、強烈な違和感を覚えてパッと横を向いた。

 

「……誰じゃ、貴様は?」

「どうも。お迎えに上がりましたよ、おじいちゃん」

「ぬぉわあああ!!?」

 

 見知らぬ顔、否、鉄仮面だった。

 しかし、完全に知らないというのも語弊があろう。

 

「貴様は〈大罪〉と居た……!!?」

「あらあら、見えてらっしゃったのぉ? ヤダわぁ、盗み見なんて。そんなことされたら出るとこ出ちゃうわよ……拳がなぁ!!!」

「のわぁ!!? 情緒不安定か、貴様!!?」

 

 ボッ! と空気の壁を突き破る拳が、ガミジンの顔を掠める。

 垂れた肌はそれだけで表面が裂け、じわりと血が滲んできた。

 

 暴力に打って出る鉄仮面──もとい、ライアーの登場に困惑するガミジンだが、すかさず〈闇魔法(ネブラ)〉を繰り出して相手をけん制する。

 これには流石のライアーも拳で戦うのを止め、回避に移った。

 その隙に距離を取ったガミジンは息を整える。

 

「ぜぇ……ぜぇ……貴様、いつの間に……!!?」

「ただのアンデッドなら兎も角、あんな動きする死体があるかよ。術者が居るって考えた方が自然だろ?」

「探っていたのか……!!?」

 

 一見レイエルに吹き飛ばされて戦線離脱したライアー。

 だが、あくまでもそれは見せかけ。本当の目的は死霊を操る術者本人を見つけ出すことにあった。

 

「ですともですとも。俺の見立てじゃあ前線に直接顔を出せないくらい弱いってことなら距離が離れててなおかつ見晴らしのいい場所に陣取ってやがるんじゃないかぁ~ってそんな風に当たり付けてみたんだがまあこれが大当たりでしたわ」

「こ、こいつ……息継ぎもせず早口で儂の罵倒を……!」

 

 このような状況でさえなければ大した滑舌であると褒めてやりたいところだ。

 

「おのれ……それで儂を仕留めに来たという訳か」

「そうそう。ほれ、首洗って差し出せ」

「誰が!!」

「膝ががら空きだ」

「はぐわあああ!!?」

 

 音もなく眼前に現れたかと思えば、キレのいいローキックがガミジンの右膝を破壊した。

 

 悪魔と言えど、痛いものは痛い。

 グリーブを装着したローキックを喰らい、ガミジンは苦悶の表情でその場に崩れ落ちた。

 

「き、貴様ぁー!!? 首を洗えと言ったのは貴様だろうに!!」

「だから首狙うって? おいおい、そいつは人の言葉を信用しすぎだぜ」

「おのれぇ……!!」

Knee(ニー)ががら空きだ」

「ぐぎゃあああ!!?」

 

 今度は逆の膝にローキックが炸裂する。

 両膝を破壊されたガミジンは、間もなくその場に這いつくばった。

 

「膝が、膝がぁ!! というか待て、ニーとはなんだ!!?」

「膝」

「じゃあ膝と言え!!」

比萨(ピーサー)ががら空きだ」

「ぎゃあああ!! 肘ぃー!!?」

 

 四つん這いになるガミジンの肘を襲うライアーの痛烈なローキック。

 これで両肘を破壊された馬頭の悪魔は、つんのめるように地面に伏した。

 

「こ、こやつ……訳の分からん言語を口走りおってからに……! なんだ、比萨(ピーサー)って……!!? 蹴ったからには肘なのか!!?」

「ピザ」

「ならせめて音の近い膝にしろぉッ!!」

「あいよ」

「やっ、待て、今膝を蹴るのはあああああ!!?」

 

 ただでさえ両肘を破壊された挙句、さらに両膝を破壊される。

 四つの支点全てを失ったガミジンは、自分の体を支えることもままならなくなり、五体投地となった。

 

 最早見ている方が不憫になってくる有様である。

 

「ま、待てぇ!! 一旦蹴るのをやめろ!! 頼む!!」

「やめたらなんかいいことある?」

「わ」

「断る」

「せめて一言は喋らせろっ!!」

 

 我慢の限界に達したガミジンが杖を振るえば〈闇魔法〉が繰り出される。

 直撃は免れなければと、これには流石のライアーも飛び退いた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……! 執拗に関節部を狙いおって……もっと老体を労わらんか! 儂もそろそろ骨が脆くなってくる歳なんじゃぞ……!?」

「今から心にもないこと言っていい? 可哀そうに……」

「その前置きを公言した上での慰めは宣戦布告じゃろうが」

 

 怒りに震えるガミジン。

 しかし、ライアーは途端にガミジンから興味を失ったように踵を返して歩きだした。

 

「な……貴様、どこに行く!!?」

()()()()()()

「は?」

 

 プツン、と。

 

 何かが途切れた。

 

「ぇ……?」

 

 直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ、なっ、なっ……なぁーーーーーッ!!?」

 

 瞬間、首から上に感じる喪失感。

 塵となりゆく己の頭部に困惑するガミジンは、その絶望した表情を目の当たりにし、ほとんど錯乱状態で自分の首を触る。

 が、すでに崩壊は始まっていた。

 首から上を失った肉体は間もなく崩れ落ちる。

 視界も次第に薄れ、朧気になっていくではないか。

 

(ば、バ、馬、馬鹿な!!? 一体いつ斬られた!!? そもそもあの首は!!? 儂は一体何を見ている!!?)

 

 剣を振るった瞬間など見ていない。

 にも拘わらず、いつの間にかに自分の首は斬り落とされ、下手人らしき剣士も血に濡れた刃をブンブンと振り回し、汚れを落としていた。

 

「やっぱ俺って真正面で斬り合うより、こっちの方が合ってんなぁ~」

 

 呑気に血を振り落としたライアーは、最後に手拭いで綺麗に仕上げる。

 そうしてから剣を鞘へと納めた彼は、塵と化すガミジンが持っていた杖を折りながらウインクする。

 

「それによぉ、親友の死体差し向けてくる奴が真面に相手してもらえると思ったかよ?」

 

──なあ、おじいちゃん♡

 

 細かく折った杖は、最後に魔法で消し飛ばした。

 

 ガミジンの敗因は唯一つ。

 この嘘吐きと真面に取り合おうとしたこと、ただそれだけだ。

 

「……にしてもだ」

 

 ガミジンを消滅させ、一人になったライアーはガリガリと後頭部を掻き毟る。

 

「どうしてやろうか、魔王軍の奴らめ」

 

 その瞳には葛藤が浮かんでいた。

 彼は転生者。この世界が本来辿るべき道筋を知っている者の一人。

 

()()()はゲームならもっと後に戦うボスなんだけどなぁ)

 

 改めて言おう、彼は転生者だ。

 知っている悲劇と見かけた悲劇しか救えない。

 

 しかし、だからこそ。

 

 

 

「そっちがやる気なら買ってやるぜ、〈六魔柱(シックス)〉さんよぉ」

 

 

 

 それら全てを救おうとする彼は、紛れもない真の勇者足り得よう。

 たとえそれが偽物の勇者だろうと。

 

 

 

 静謐な闘志を宿した瞳を浮かべ、偽物の勇者は立ち上がった。

 

 

 




Tips:嘘八百(フル・オブ・ライズ)
 〈虚飾〉の罪魔法を用いた聖域。
 地面に描いた魔法陣により、周囲一帯を幻影で包み込み、相手の目を眩ませることを主に置いた技である。
 通常の〈幻惑魔法〉を用いただけの聖域よりも幻惑効果は非常に高く、精度の高い魔力知覚を持った人間でも見破ることは至難の業。地面の魔法陣に気づけば対処は容易くなるが、そもそも魔法陣に気づかせぬようにされている為、結局攻略難易度は高いまま。

 聖域は事前に魔法陣を地面に描くか、魔法陣が描かれた巻物(スクロール)を敷くのが簡単であるが、罪化に伴う魔力回路拡張を応用し、地面に直接焼き付けるという技術もある。
 しかし、これは魔力が体外まで及ぶ罪度Ⅱ以上でなくては不可能な技術であり、聖堂騎士団内でも聖工隊(ファブリー)の中でも優秀な者にしか扱えぬ技術である。
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