嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第五十六話:潜入は暗殺の始まり

 

 

 

「おー、歩いてら歩いてら」

 

 

 

 新聖都アッシドで支度を済ませた俺達は、旧聖都ドゥウス──魔都ドゥウスを目指していた。

 

 その道中だ。行軍する騎士の大軍を見かけたのだ。

 目算でザッと一万。

 騎士団の人員は各国でバラつきはあれど、ディア教国の現状を思えば保有戦力の大部分を出兵しているに等しいだろう。

 

「いよいよ本気ってわけだな」

「ああ……」

 

 俺の後ろでベルゴの神妙な声色を発する。

 本来であれば彼が率いていたかもしれない騎士団だ。何かしら思うところはあるだろう。

 

 けれども、ベルゴはそれをおくびにも出さぬまま、ドゥウスの方へと体を向けた。

 

「オレ達も急ごう。シャックスの家族を救う為なら騎士団が仕掛ける前の方が好都合だろう」

「お、おう! 頼んだぜ!」

 

 浮足立つシャックスがベルゴに同意する。

 ベルゴの言う通り、騎士団が本格的にドゥウスへと攻め込めば、魔都に巣食う悪魔達が迎撃に出ることでシャックスの姉を探すどころではなくなってしまう。

 やはり一度誰かが囮になって、シャックスの姉が囚われている場所まで連れていかれて特定した方が賢明だ。

 

「アータン、やれるな?」

「だだだだだ大丈夫ぶぶぶぶぶぶ」

「体内にバイブでも仕込まれたか?」

 

 緊張の余りアータンはガチガチに震えていた。

 小刻みに歯もかち合って、まるで打楽器のような音色が辺りに響き渡っている。

 

 これには全身に鎧を着てきた黒騎士モードのリーンも不安の色を隠せていない。

 

「ホントに大丈夫か……?」

「だ、大丈夫ですぅ……!」

「もしもの時があったら私がすべてを暗殺してカバーする。安心しろ」

 

「よ~し、ストロングアサシンの出番がないことを祈るぞー」

 

 目撃者を殺せば実質目撃者ゼロ理論は力技過ぎる上、失敗した時のリスクがデカすぎるので最終手段だ。

 

「いいか? 作戦を改めて確認するぞ。最優先はシャックスの姉貴の救出。次にネビロスの撃破だ」

 

 俺以外の全員が頷く。

 二名ほど『我こそがネビロスを……』と殺気を隠せていないが、まだまだストロングアサシンが降臨する気配はないのでスルーしよう。

 

「んで、各自の役割だ。アータンは捕まった役を演じて、シャックスと一緒に攫われた人が囚われた場所に向かう」

「うん!」

「お、おう」

 

 ぶっちゃけ二人が一番の大役なところがある。

 だってシャックスの姉貴の顔知っているのは、この実弟だけだ。

 

「そして俺とベルゴ、リーンの三人は地下水路を経由してドゥウスに潜入。シャックスと合流して、アータンを引き渡した場所から魔法で隠れながら捜索を開始する……オーケー?」

「うむ」

「ああ」

 

 今にもネビロスを倒した過ぎてウズウズのウズベキスタンになっている騎士二人は、俺と一緒に地下水路ルートに潜る。

 俺が無尽蔵の魔力を持っていたら地上からの隠密強行軍ができるのだが、あくまで俺の肉体は偽物勇者のもの。多過ぎず少な過ぎず、しかし、考えもなしに魔法をバカスカ打てば速攻でガス欠する程度の魔力しかない。

 

 昔の勇者ってそういうとこあるよね。

 器用貧乏っていうか、中途半端っていうか。

 

 まあ、ないものねだりをしていてもしょうがない。

 結局は自分の持つ手札で戦うしかないのは誰だって一緒だ。

 

 『人事を尽くして天命を待つ』ってやつだ。

 各自全身全霊で事に当たってからは、後は運任せよ。……まあ、運任せになった段階で負けみたいなものか。

 

 はい、撤回撤回。

 運任せはやめよう。

 

「再三言うが人命第一だ。死にそうになったら一旦身を隠すこと。捕まっても抵抗しないこと。遅かれ早かれ連合軍が攻め入って来るんだ。最悪、待っていても騎士が助けに来てくれるはずだ」

 

 何事も命あっての物種だ。

 ここはゲームの世界が元になっていても、この世界はゲームではない。

 コンティニューもリトライもない以上、一度でも死んだらそこまでだ。

 

「生きてさえいりゃどうとでもなる。くれぐれも命を安売りする行為は控えるよーに。……特にそことそこぉ!!」

「オ、オレか?」

「俺もか!?」

「死んだら地獄まで行ってお前らの体毛毟ります」

「待て! こやつはともかく、オレの体毛をか!?」

「今こやつはともかくって言ったか?」

 

 たしかに羽毛が生えているシャックスより、人間のベルゴの体毛をむしり取る光景は想像しがたいだろう。

 

 でも毟ります。

 観念するんだな。

 

「毟られたくなかったら意地でも生きて帰ってこい」

「──無論だ」

「俺も……姉貴の顔を見るまでは死なねえよ」

 

「ベルゴさん……シャックスさん……」

 

 生きる意志を表明する二人に、アータンは安堵した表情を浮かべる。

 これで一安心──。

 

「ちなみに他人事だと思っているアータンにも適用されます」

「私もなの!!?」

「ブラジリアンワックスで一気に抜くのとピンセットで一本ずつ抜くの、どっちがいい?」

「よく分からないけどどっちもイヤ!!」

「ちなみに俺が死んだらブラジリアンワックスで頼む」

「自分すらも例外ではなく……!!?」

 

 当然だ。

 自分だけ蚊帳の外に居ようなんて腐った根性はしていないさ。毟られる時は潔く毟られようとも。

 

「じゃあ私が素手で抜いてやる」

「お前はヤダ。皮膚ごと持っていかれそう」

「今ここで試してやろうか?」

「イヤァーーーッ!!?」

 

 なんて言っていたら、リーンがエントリーしてきた。

 冗談じゃない。こいつの怪力に任せたら人体模型どころか骨格標本にされてしまうわ。

 

 まあ、冗談はこれくらいにしてと。

 

「正直言って今回の作戦は何があってもおかしくはない。死ぬ可能性だってある。けどな、だからって易々と命を諦めることだけはナシだ」

 

 重ね重ねの話になるが、それでも全員に伝える。

 

「何が何でも生き残るぞ。そうなりゃあとは勇者様なりが助けてくれるさ」

「なんだ、それは……」

「結局他人任せかよ……」

 

 若干呆れるベルゴとシャックス。

 しかし、一方でアータンとリーンは口元を綻ばせていた。

 

「ふふっ!」

「どの口が……」

 

 各々がどういう感情を抱いているか、俺だって全部が全部は分からない。

 けれど、この思いが一緒なのは確かだ。

 

「──助けるぞ、()()

 

 人間はもちろん、たとえそれが魔人であったとしても。

 

 良い悪魔が居るのではない。

 悪い魔人が居るだけなのだ。

 

 だから、“人”を助ける。

 救いを求めた相手がシャックスのように魔人だったのならば当然。

 

「後は……まー、なるようになるだろ」

 

 人事は尽くす。

 だから天命さん、俺に微笑んでくれや。

 

 

 

 ***

 

 

 

 新聖都ドゥウスより煉獄山の近くに位置する都・ドゥウス。

 またの名を魔都ドゥウスと呼ばれる悪魔の巣窟には、当然ながら数多もの悪魔が存在していた。

 その中には当然城門を守る門番も居るわけであり、ドゥウスで最も巨大な城門の前には、それに見合うだけの巨体を誇る悪魔が鎧を着込んで佇んでいた。

 

 そこへ一人の人影が近づく。

 

「待て」

「お、おう」

「貴様は誰だ? 何用だ?」

「お、俺はシャックスってもんでさぁ……ほら、グラシャラボラスって居たろ? あいつが引き連れてたメンツの一人だよ」

「なんだと? グラシャラボラス様はたしか……」

 

 考え込む門番に、シャックスは肩に担いだ少女を見せつけるように体の向きを変える。

 

「ほら。グラシャラボラスのやつは残念だったが、それでも命令通り若い女を連れてきたんだ。だから中に入れてくれよ」

「ふむ……」

 

 顎に手を当てる門番はシャックスが身にまとう衣服、そこに着けられていたバッジを凝視する。

 

「確かにそのバッジはグラシャラボラス様が率いていた隊のものだな。分かった、通行を許可しよう」

「へへっ、助かるぜ」

「ああ、それと」

「っ!? な、なんだよ?」

「ここ最近、人間共の動きが怪しい。近々ここへ攻め入るとの情報も入っている。お前のような奴でも立派な戦力なんだ。さっさと報告を済ませて、別の部隊にでも編入してもらうことだな」

「そ、そうか……わざわざすまねえな」

 

 一度呼び止められて驚きこそすれ、その内容を聞いたシャックスは安堵の息を吐く。

 どうやらまだバレてはいない。

 それだけでも分かれば、ここからは堂々と歩けるというものだ。

 

「(よし、行くぞ)」

「(んー!)」

 

 シャックスはそっと担ぎ上げるアータンに耳打ちする。

 現在アータンは手足を縛られ、口には猿轡を嵌められた──ように見える状態だ。

 

「(いつでも外せるように緩めちゃいる。万が一があったら走って逃げろよ?)」

「(んぅ!)」

「……本当に大丈夫かぁ?」

 

 今更になって不安になってくるシャックス。

 彼の中では五人の内、ベルゴとリーン、そしてライアーが強者側。アータンも自分に一撃食らわせたとはいえ、見た目があまりにもこじんまりしている為、やや頼りない印象があるのは否定できなかった。

 

「にしても、ヒデェ有様だよなぁ」

 

 呟くような声を漏らすシャックス。

 彼はここが故郷だった。かつては姉と共に暮らしていた都である。

 

 しかし、目の前に広がる景色はどうだ?

 

 趣味が悪い外観に建て直された無数の建物の横に、陥落以降一切手を付けられていない廃屋が無残に倒壊したまま取り残されている。

 あちこちから悪魔の下卑た笑い声や、アンデッド共のうめき声が響き渡り、鼻の奥をつく饐えた臭いは、いつまでも嗅いでいたら具合が悪くなりそうだ。

 

 そこにかつての懐かしい匂いなんてものは存在しない。

 ただただ蹂躙された思い出が転がるばかりであった。

 

「……」

 

 シャックスは二重の意味で猛烈にこの場から離れたくなった。

 不衛生さからくる単純な居心地の悪さもあるが、何よりもかつての思い出がぶち壊されている事実を認めたくないという気持ちがあった。

 

 しかし、彼は逃げ出さない。

 

「(そろそろ着くぞ)」

「(ん!)」

 

 かなりの時間歩いてきた。

 そんな二人の前に聳え立つのは、まるで城のように立派に佇む巨大な建造物。

 しかし、かつて聖都の住民であった者からすれば、それが何であるかはすぐさま見当がついた。

 

「大聖堂……今は〈六魔柱(シックス)〉のネビロスが主を務める、悪魔の根城だ」

 

 10年前ならば教皇が。

 そして今は一人の大悪魔が主として居座る禍々しい風体の大聖堂──ここが連れ去った女を搬入する場所であった。

 

(きっと姉貴はここに……)

 

 自分が盗賊に身を窶してからというもの、ロクに顔を合わせたこともない唯一の肉親。

 けれども、確かに血の繋がった家族なのは違いない。

 清廉潔白な人だった。どれだけ己が苦境に立たされようと、人の道を外れようとはしない高潔な女性でもあった。

 だからこそ、命汚い自分とは相いれない存在だったとも言うべきではあるが──今はもうどうだっていい。

 

 罪を犯し、薄汚れた手。

 この手でもまだ救えるものがあるとするならば、彼女だけでも救い出し、せめてそれを償いとしようではないか。

 

 覚悟を決めたシャックスは大聖堂の城門前へと踏み出す。

 そこでもやはり、いや、都に入る時よりも厳重な警備が敷かれた城門前は、長居するだけでも精神をやられてしまいそうなプレッシャーに包まれていた。

 襲い掛かる重圧に気をやられそうになりながらも、シャックスは門番へと話し掛ける。

 それから数分、話を聞いた門番は事情を理解したのか、詰所に待機していた悪魔の兵士に指示を出す。

 

「フンッ、一人だけしか持って来れねえとは……役立たずめ」

「グッ……す、すまない」

「それじゃあ持っていくぞ」

「ま──待ってくれ」

「あぁ?」

 

 『なんだよ?』とでも言わんばかりに侮蔑の目を向けてくる悪魔に、シャックスはカラカラに乾いた喉を飲み込んだ唾で潤し、何とか次の言葉を紡いだ。

 

「お、俺も女が捕まってる牢屋を見せてくれねえか?」

「……どうしてだ?」

「どうもこうも単純に気になるからだよ。手前が捕まえた女共がどんな顔してるのか……ヘヘッ」

「フンッ、お前も中々悪魔の顔になってきたじゃねえか。流石人間から悪魔に堕ちるだけのこたぁあるな」

「お褒めに預かり光栄で」

「だがダメだ」

 

 と、アータンをひったくるように担ぎ上げた悪魔はにべもなく言い放った。

 

「女共が囚われている牢屋に行けるのは、ネビロス様に許可をもらった一部の悪魔だけだ。お前のような三下が好き勝手出入りしていい場所じゃあないんだよ」

「そ、そうか……」

「身の程を弁えろ、クズが」

 

 そう吐き捨てた悪魔は、立ち尽くすシャックスに一瞥もくれぬまま大聖堂の中へと入っていった。

 その際、担ぎ込まれていくアータンと目が合ったものの、彼は何も言わぬまま視線をくれてやることしかできなかった。

 

 しかしだ。

 

(上手くやれよ……アータン)

 

 そこに諦めの色は宿ってはいなかった。

 閉じる城門の奥に消える少女の姿を見届けた悪魔は、強い意志の光を宿した瞳を湛え、その場を後にするように去った。

 

 

 

──ここまでは作戦通りだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ほっほーん、ここが地下水路か」

 

 シャックスとアータンが潜入しているだろう頃、俺達はドゥウスの地下水路へと降り立っていた。

 

 しかし、見れば見るほど怪しいパーティーだ。何せ三分の二が全身鎧である。残る三分の一もゴリゴリのゴリマッチョなクマともゴリラとも間違われかねない筋肉達磨であるため、むしろ怪しさという点では三人合わせて天元突破しているかもしれない。

 

 魔法でなくとも変装はしておくべきだったかなー、とは思っていると、後ろから声が聞こえてきた。

 

「おい、あまり声を立てるなよ。声が響く」

「わぁーってるって。そんなヘマはしないライアーさんですとも」

「……不安だ」

 

 心配そうな声を漏らすベルゴに、俺は平常運転のまま返事を返す。

 ベルゴの気持ちも分からなくはない。何せ敵側の戦力は少なくとも1万を超えるらしいのだから。

 発見されれば終わりという状況である。

 

 しかし、だからこそ平時と同じ図太さであるべきではなかろうか!?

 俺はそう高々と宣言したい! ……ダメ? ああ、そう……。

 

 それはさておき。

 

「フム、存外綺麗に残っているな。これなら聖都の中心まで向かうのにそう苦労はしまい」

 

 地下水路の壁を確認したベルゴが告げる。

 聖都が陥落して10年だ。人工物が10年も手入れされていなければ何かしらの不都合が出そうだが、一先ずはその心配も要らなさそうだった。

 

 いやぁ、こういう薄暗い場所に潜入すると、ギルシンシリーズでも度々あったミニゲームを思い出すぜ。

 敵地に潜入し、敵地に見つかることなく移動する。まさに今のような状況だ。

 敵に見つかれば強制的に戦闘が発生し、パーティーは体力と魔力を消費せざるを得なくなるのはRPGでもありがちだろう。

 

 そして!

 俺はわざと見つかって経験値を稼いでいたプレイヤーだ!

 

 スニークミッションやめろ、俺。

 

「先頭はオレが行く。後ろの警戒は頼んだぞ」

「ああ、任せておけ」

「見つかったら私に任せておけ」

「アンタら誰だ?」

 

 かくして、三人の潜入ミッションは始まったのだった──。

 

「……待て。今、声が多くなかったか?」

「そうかぁ? 気のせいだろ」

「疑心暗鬼になりすぎても進まんぞ」

「いや、だからアンタら誰だ」

 

 ベルゴが振り返る。

 リーンも振り返る。

 そして俺も振り返る。

 

 三人が振り返れば、そこには鎧を着た謎の人影が──。

 

「ストロングアサシン、出動ッ!!!」

「ふんぬ!!!」

 

「ぐわあああ!!?」

 

「早かったなぁ」

 

 余りの出番の早さに遠い目を浮かべるベルゴ。

 一方、音もなく現れた怪しい鎧野郎は、即座に背後に回り込んだリーンによって絞め落とされていた。

 

 その間わずか10秒の出来事だった。

 実に鮮やかな手並みだ……ビューティーホー・ストロングアサシンの称号はリーンにくれてやろう。

 

「ふぅ、危なかったぜ……」

「こいつはどうする? 殺すか?」

「フンッ、ターゲット以外を殺そうとするのは三流の暗殺者だぜ」

 

「見つかった時点で三流以下だろう。失敗から目を逸らすな」

 

「ギッチギチに縛ってそこの箱の中にでも入れて流そうぜ。そうすりゃ勝手に外まで流れるだろ」

「じゃあ縛る紐は私のマントを千切って使うか」

 

「おいおい……」

 

 躊躇いなく羽織っていたマントを引き裂くリーン。

 ベルゴが止める間もなく数本の紐を作った彼女は、そのまま気絶した悪魔の手足と口に紐をぐるぐる巻きにする。

 

 そうして完成した緊縛悪魔は箱の中へと収納された。

 なんか……特殊なプレイをしているみたいで変な気持ちになってくる。

 ごめんな、見回りの悪魔さん。お前が謂れのない変態性癖を持っていると勘違いされたら俺達のせいだわ。本当にすまない。

 

「しかし、まさか潜入した傍から兵士が待ち構えていたとはな。読めなかったぜ、このライアー様の目をもってしても……」

「節穴にも程があるだろう」

「見つかってしまったのは連帯責任だ。潔く罪を認めろ、お前ら」

「貴様は何を自分だけ責任を逃れようとしているのだ」

 

 コソコソする気など微塵たりともないと言いたげな俺達に、ベルゴは呆れたように溜め息を吐いた。

 おいおい、お前も同罪だよ。

 何かあったら連帯責任、一蓮托生よ。逃げられると思うなぁ?

 

 なんて考えていた時だった。

 

『おい、何かあったのか?』

「「「!」」」

 

 そこへ再び近づいてくる声と足音。

 絞め落とす際の悲鳴を聞きつけ、見回りの兵士がやって来たのだろう。

 

「(おい、どうするのだ!?)」

「(こうなったら仕方ねえ……)」

「(何か策があるのか!?)」

「──ストロングアサシン、出動ッ!!!」

「ふんぬ」

 

「なっ……ひぐぅっ!!?」

 

暗殺者(アサシン)を返上しろ」

 

 アサシン返上しちゃったらただの強い殺戮者になっちゃうじゃないの。

 というわけで殺しはしない程度に気絶させることにした。

 同じ轍を踏まぬべく魔法で姿を消した俺達は、ものの数秒で見回りの兵士を鎮圧。再度リーンのマントを引き裂いてグルグルの緊縛プレイに処した後、適当な空き箱の中へと放り込む。

 

 後はお分かりの通りだ。

 流刑である。

 良いお爺さんとお婆さんに拾い上げてもらえよ。そして『魔々太郎(ママタロウ)』とでも命名されて鬼退治にお行き。二度と帰ってくるな。

 

「さて、今度こそ──」

 

『あれ? 今こっちの方から悲鳴が……』

 

「ストロングアサシン、出動ッ!!!」

「ふんぬ!!」

 

「ごぎゃあ!!?」

 

 出動三回目である。

 消防団員なら出動報酬がそこそこの額になりそうな回数になってきた。

 

「ふんっ、手を煩わせやがって……」

「ほら、さっさと行くぞ」

「待て。そろそろマントの丈が足りなくなってきた……スカートでいいか」

 

「待て待て待て待て! 淑女が男の目の前で!」

 

 悪魔を縛る布が足りなくなってきたリーンは、あろうことか穿いていたスカートを引き裂き始めた。これには年頃の娘さんを持つベルゴも待ったを掛けるが、時すでに遅し。

 ブレーキをとっくの昔に捨て去ったモンスターマシンことリーンは、とっくに自分のスカートを引き裂き、悪魔の緊縛に取り掛かっていた。

 

「最初に提案した身で言うのもなんだけど、お前は恥じらいというものがねえのか?」

「騎士たる者、たとえ生まれたままの姿になろうとも剣を触り続けよ──私はそう習った」

「心構えという言葉を知らぬ悲しき女よ」

 

 このままじゃ比喩でなくリーンがパンツ一丁で戦いかねない。黒騎士の意味が『黒いパンツを見せびらかす騎士』って意味になってしまう。

 

「よし、ここからは細心の注意を払って進むぞ。可能な限り接敵は避ける。進路上に見張りが居ても魔法で身を隠しながら──」

 

『この辺から声聞こえなかったか?』

『うんうん、聞こえた』

『こんなとこ見張りの兵士ぐらいしかいねぇーだろ』

『もしかしたら昔死んだ人間の幽霊かもな』

『おい、やめろよ! 洒落になんねーから!』

 

 物陰から顔だけ覗かせて、一本道の先から進んでくる見張りの兵士の集団を見つける。

 横幅は──ない。もしもこのままこっちに来られでもしたら、まず間違いなくぶつかる。

 

「……」

「……」

「……」

 

「──ストロングアサシン、出動ッ!!!」

 

 後日、地下水路と繋がる下流にて箱詰めにされた悪魔が複数体見つかった。

 多分俺達は関係ないはず。多分。

 

 

 

 ***

 

 

 

(ここが連れ去られた人達が囚われてる……)

 

 悪魔の兵士に担ぎ上げられ、魔都の中枢たる大聖堂に潜入を果たしたアータン。

 彼女は今まさに、連れ去られた若い女が集められていた場所へと向かっていた。

 

 城門を抜け、大聖堂の奥の奥。

 階段を下りてカビ臭い地下にやって来た悪魔は、地下通路に一定間隔で設けられている扉の一つを開く。

 その中には焦燥し、薄汚れた状態の女性が何人も詰め込まれていた。

 良くない待遇を受けていることは想像に難くない。誰もかれもが怯えた様子で、入り口に立つ悪魔から距離を取るように、壁際に皆で固まっていた。

 

(この中……ううん、きっと他の部屋にも人が囚われてるはず)

 

──その中にシャックスの姉も居るはず。

 

「ここがしばらくお前のねぐらだ。入れ」

 

 そう言って悪魔はアータンを肩から降ろそうとする。

 ここまでは予定調和。地下牢獄までの道順もしっかり覚えたアータンは、しめしめと投獄されるのを待つ──。

 

「おい……」

 

 次の瞬間、辺りの気温が数度低くなった。

 突然の寒気に鳥肌が立つアータンが垣間見たのは、いつの間にかに通路に立っていたおどろおどろしい悪霊──否、悪魔の姿だった。

 

「ネ、ネビロス様……!? 一体何用でこちらに……!?」

 

(こいつがネビロス!?)

 

 自分を担ぎ上げたまま怯える悪魔の口から出た名前に、アータンも目を剥き、忽然と現れた大悪魔へと視線を注ぐ。

 今にも折れてしまいそうな枯れ枝の如き肉体から迸る、濃密な邪悪なる魔力。

 同じ空間に居るだけでも耐えがたい重圧の掛かる状況に、牢に囚われている女性達も、半狂乱になって悲鳴を上げ始めた。

 

──それにしても怯え過ぎな気がしないでもないが。

 

 アータンは一度そこで思考を区切り、ネビロスの方へ注視する。

 

(ここで倒す! ……のは流石に無理だよね)

 

 もしも仮にこの場にライアーが居ればネビロスに仕掛けていたかもしれない。

 しかし、残念ながらこの場に居るのはアータンだけ。以前倒したフォルネウスとは比べ物にならない大物相手に、救出対象が大勢居る地下牢獄で仕掛ける愚行など犯さない。

 

(ここは黙ってやり過ごそう、うん)

 

「その女は……?」

「は! 収集に向かっていた悪魔が確保してきた()()です!」

「ほぉ……」

 

 消え入りそうなウィスパーが鼓膜を揺らす。

 ネビロスはゆっくりとアータンの方へ顔を寄せる。おどろおどろしい風貌もそうだが、濃い影の掛かった眼孔の中で揺れる瞳を見つめていると、自分までもが深淵に誘われそうな気がした。

 

 しばし、息が詰まりそうな状況が続く。

 ネビロスの視線は、まるでこちらを吟味するようなものだった。

 

(何々? どういうつもりなの……!?)

 

「……よし。今日はこいつを連れていく」

 

(え)

 

 聞き間違いだっただろうか?

 

「……どうした、聞こえなかったかぁ……?」

「い──いえ! 畏まりました! ただちに儀式の間へと持って参ります!」

「いや、おれが持っていく……お前は見張りを続けろぉ……」

「ははぁ!」

 

(え……えぇーーーっ!!?)

 

 兵士の悪魔から、ネビロスへと譲渡されるアータン。

 投獄されるはずだった地下牢から引き離されるアータンは、牢屋の中から憐憫の目で見つめてくる女性に見送られながら、その場を後にした。

 

「ふ、ふぐぬぅ~~~~~!!?」

「ハハッ……こりゃあ活きのいい()()だぁ……」

「んぬぅ~~~!!?」

 

 おわかりいただけただろうか。

 人はこれを『想定外の事態』と言う。

 

 

 

 




Tips:ドゥウス地下水路
 かつて栄華を誇った聖都ドゥウスに地下に張り巡らされた地下水路。
 その歴史は長く、聖都ドゥウスが誕生していから町に住む住民の生活を支えてきた重要な水路である。
 しかし、聖都が悪魔に支配されるようになってからはロクに整備も行き届いておらず、ところどころ壊れている部分も散見される。だが、元の設計や素材が優秀だった為、今のところ致命的な破損は見受けられない。
 地下水路はドゥウスの地下全体に蜘蛛の巣のように張り巡らされている為、知っている者であれば地下を通じて地上のどこにでも出られるが、反面知らない人間にとっては複雑な迷宮と化している。

 見回りに配置されている悪魔の兵士も、下手にあちこち歩いて迷わぬよう、基本的にその場から動かず周囲を警戒している。
 また、全ての水路へと続く道が集約されている中央区画なる場所があるが、最近そこからは何かの唸り声が聞こえると言われている。
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