嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第六十二話:告解は怠惰の始まり

 

 

 

「こ、こいつがベルゴの罪化(シンか)……!?」

 

 

 

 邪魔にならぬよう物陰に隠れていたシャックスは、〈罪〉を解放したベルゴの魔力を浴びるや総毛立っていた。

 

(な、なんて魔力だよ……これが元騎士団長!?)

 

 だが、とシャックスは相手の方を見やる。

 セルグラトと呼ばれた悪魔の他に敵は八体。数では圧倒的に不利だ。

 加えて『死隊(レヴェニエンス)』なる元騎士の屍兵もまた、今のベルゴ同様に罪化しているではないか。

 

 いかにベルゴが元騎士団長といえども、この数は余りにも拙いのではなかろうか。

 

(どうするってんだよ……!)

 

 内心冷や汗が止まらないシャックス。

 縋るような目つきでベルゴの広い背中を見やる彼であったが、

 

「安心しろ」

「!」

「すぐに終わる」

 

 凛然と、ベルゴは言い放つ。

 

「──終わらせる」

 

 それはまるで決意のような力強さを宿し、騎士達が血と汗を流した夢の跡に響き渡った。

 

「やりなさい」

『──!』

 

 刹那、八つの人影が消えた。

 直後、ベルゴが居た地面が爆散した。

 何故ならば一瞬の内に肉迫した死隊が、ベルゴの立っていた場所目掛けて各々武器を振り下ろしていたからだ。

 

 剣、槍、斧等々……。

 どれもこれもさび付いて刃が欠けてはいたものの、だからこそ肉を切られた際の抉るような痛みを想像してしまいそうだった。

 

「ベ、ベルゴ!!?」

 

 飛び散る破片を手で塞ぎつつ、シャックスは悲鳴にも似た声音でベルゴを呼びかける。

 

──まさか今の一撃でやられてしまったのか?

 

 最悪な予想が脳裏を過る。

 

 が、しかし。

 

「……なんですって?」

 

 地面が爆散して舞い上がった土煙の中、悠然と佇む巨影が在った。

 両手で頭上に構える大剣で、振り下ろされた凶刃の悉くを防ぐ人影。心なしか死隊も必死の形相で刃を押し込もうとするも、盾の如く構えられる大剣はピクリとも動かない。

 

「──どうした? その程度か」

 

 腹の底に響くような低い声。

 まるで獣の唸り声だ。

 その場に居る全員が、自身が次に喰らわれるのではないかと錯覚してしまいそうな威圧感を伴っていた。

 

「貴様に言っているんだ。セルグラトとやら」

「……!」

「貴様が崇めるネビロスが手掛けた作品とやらはこの程度かと訊いている」

「おのれ……ネビロス様を愚弄するつもりか!」

 

 主を侮辱されたと捉えたセルグラトは声を荒げる──が。

 

「愚弄しているかはこっちのセリフだ」

「なにっ……!?」

「……国を……友を……家族を……一人ひとりが己の愛するものを守る為に、日夜鍛錬を積み重ねてきた」

 

 拮抗が、崩れる。

 全身の力を以てベルゴの刃を押し込もうとしていた死隊が、むしろ逆に押され始めていたのだ。

 

 それを見てセルグラトは後退った。

 

「……馬鹿な」

「馬鹿は貴様だ、セルグラト。この程度で……この程度で、勤勉な騎士の“強さ”を再現できようなど──思い上がるなぁ!」

「っ!!」

 

 その時、月出の上弦が宙に浮かんだ。

 遅れて鳴り響く金切り声。それらは罪化したベルゴの圧倒的膂力により振りぬかれた大剣にて、死隊の武器が押し砕かれた音だった。

 パラパラと舞ってくる金属の破片を浴びながら、怒れる獣の眼光は一体の悪魔を射抜く。

 それからすぐさま周囲の死隊へと向ける。武器を砕かれたというにも拘わらず、微塵たりとも動揺や絶望を浮かべぬ虚ろな瞳がそこにはあった。

 

「──すまん」

 

 一言謝罪を口にし、ベルゴは動き出す。

 

「むんッ!」

 

 まずは一番傍に居た死隊の一人。

 武器を失ったからか両腕で防御態勢を取った相手を、鎧の上から一刀両断する。

 

 これで一人。

 

「ぬおおっ!」

 

 次にベルゴが標的に定めたのは、掌に魔力を収束させている死隊だった。

 あれは魔法の予兆だ。

 遠距離からこちらを攻撃してこようとする気配を察知したベルゴは、足元から魔力を放出──飛天にて、一気にその死隊へと肉迫する。

 

 その際、身の丈を超える大剣の切っ先を前方へと突き出す。

 リーチは魔法よりも圧倒的に短いだろう。

 しかし、しかしだ。

 速さという一点において、この時の一撃は〈光魔法(ルクス)〉さえも置き去りにしかねない次元に達していた。

 

 目にも止まらぬ神速の刺突は、死隊の胸を貫く。

 心臓を突き破られた死隊の体から力が抜けていった。けれども、掌の魔力はとどまったままだ。

 

 ゆえに、

 

「ふッ!」

 

 そのまま大剣を横に振り払い、魔力を収束させる腕を切り落とす。

 同時に回転斬りの要領で、隣に居た死隊の胴体をも泣き別れにしてみせた。

 

 これで二人と三人。

 

 ものの数秒で三人倒したベルゴであるが、仮にもケルベロス二体を無力化した相手を討つべく選ばれた死隊達だ。

 一人の死隊が物怖じせず、背後からベルゴに組み付く。

 すぐさま振りほどこうとするベルゴであったが、死隊の力は想像以上だった。おそらくは脳のリミッターを外され、体が壊れかねないほどの力を発揮しているのだろう。現に組み付いた死隊は、全身の縫い目から血が溢れていた。

 

 その痛ましい姿に表情を歪ませるベルゴ。

 次の瞬間、ベルゴを襲ったのは猛烈な爆炎だった。

 

「──」

 

 掌を構える死隊。

 魔法の炎は、味方の死隊を厭わずに放たれたのであった。未だに炎上し続ける炎からは黒煙が立ち上り、屋内の鍛錬場の視認性をみるみるうちに悪化させていく。

 

「フム……これで少しは手傷を負いましたかね?」

 

 これでベルゴを倒せるなどとは、セルグラトも毛頭思っていない。

 しかし、真正面から〈極大火魔法(イグニエル)〉を喰らい無事で済む人間は居ない。

 

 僅かでも手傷を負えば次に繋げられる──そういう腹積もりのセルグラトであったが、

 

「──炎を無力化する罪魔法か」

「……なんと」

「だからと言って味方ごと焼かせるとは……」

 

 赫々と燃え盛る炎より歩み出てくる男。

 彼──ベルゴは右手に大剣を握り、左手で自分に組み付いた死隊を抱きかかえていた。それから炎から離れれば、胸に風穴の空いた死隊をそっと地面へと寝かせる。

 

「やはり赦し難いな」

 

 そう言って半開きだった死隊の瞼を閉じる。

 

 これで四人。

 

「っ──おのれ、かくなる上は!」

 

 次第に余裕が剥がれ落ちていくセルグラトは、今一度指を鳴らし、何かの合図を出した。

 するとだ。残されていた死隊が一斉に苦しみ悶え始める。

 ここまでならば先ほども見た光景だ。強制的な罪化による拒絶反応とでも見るべき姿。

 

 しかし、

 

『うおおおお!!』

「な……!?」

『ギャアアア!!』

 

 死隊が、変身した。

 全身に広がる罪紋。それより溢れ出る魔力。これらの先にある変化が今、ベルゴの眼前では繰り広げられていた。

 

 継ぎ接ぎの肉体が盛り上がり、みるみるうちに異形の姿へと変貌していく。

 しかし、継ぎ接ぎの境目からそれぞれ別の生き物へと変化する姿は、控えめに言って怪物であった。キメラの魔人──否、魔人のキメラと表現するべきであろうか。

 

「貴様……どこまで生命を冒涜すれば気が済む!!」

 

 激高するベルゴの前には、残る四人の魔人が並び立つ。

 だが、誰もかれもが歪な姿かたちをした不出来な混ざりものであった。幼児が作った動物の粘土を、バラして組み合わせたような──そんな醜悪な仕上がりだ。

 

「冒涜? 人聞きの悪い」

 

 それをセルグラトは一笑に付す。

 

「我々はただ探求しているだけですよ。人が、魔人が、悪魔が。我々という命がどれだけ罪深き存在になれるかを」

「貴様ァ……!」

「先は遅れを取りましたが、罪度Ⅲともなればそうはいきませんよ。貴方には生きたままネビロス様へと献上し、実験動物になっていただきます」

 

 慇懃無礼な物言いで語り掛けるセルグラト。

 彼が腕を振るえば、魔人とも言い難い怪物と化した死隊が呻き声を上げ、ベルゴへと押し寄せる。

 

(速い!)

 

 先ほどとは比べ物にならない速度だ。

 腐っても罪度Ⅲ。増幅した魔力と魔人の肉体の分、身体能力も向上していると見て間違いはない。

 

 猛烈な速度で襲い掛かる死隊。

 苛烈な彼らの攻撃を前には、流石のベルゴも防戦一方と化す。

 

「グッ、うぅ……!」

 

 武器を失った死隊だが、今の彼らの手には新たな武器が握られている。

 魔法によって生み出された剣、槍、斧……どれもこれもが属性の特性を得た厄介な代物だ。火は熱を伝播させ、水は攻撃を受け流し、風はこちらの体勢を崩してくる。

 

「ムッ!?」

 

 そして氷と雷は特に厄介だ。

 氷によって刃を凍らされれば、武器の重心が変わって振り心地が変わってくる。

 そこへ電撃の痺れが合わされば、ここまで辛うじて猛攻を凌ぎ切っていたベルゴにも一瞬の隙が生まれた。

 

「ぐぅ──!?」

「ベルゴッ!!」

 

 一瞬の隙は致命の一撃へと繋がる。

 魔法の武器を振りぬく死隊の一斉攻撃を受け、ベルゴの巨体が弾き飛ばされる。

 

 シャックスの悲鳴が届くよりも早く、ベルゴの体は鍛錬場の壁へと激突する。

 すさまじい衝撃が鍛錬場全体へと伝播する。

 

(クソッ! いくらベルゴが強くたって……!)

 

 以前のような有象無象の悪魔ならばともかく、今回はネビロスが手ずから作成した元騎士の強靭な屍兵。それらが罪化し、魔人ともなればいかに騎士団長と言えども不利なことは明白。

 

(でも俺が出てったところで……)

 

 一瞬加勢の二文字が脳裏を過るも、すぐさまかぶりを振る。

 所詮、自分は薄汚い元盗賊。ベルゴが言う通り、勤勉に鍛錬を積み重ねてきた騎士相手に勝てる道理もない。

 

(一体どうすりゃあ──)

 

 

「やれ」

 

 

「ッ!!」

 

 シャックスが逡巡する間にも、セルグラトの命令を受けた死隊は動き出す。

 各々が手に持っていた魔法の武器。

 あるいは燃え盛り、あるいは渦を巻くそれらを、彼らはあろうことか舞い上がる土煙の中──ベルゴへと投擲した。

 

「不味い!! ベルゴォーッ!!」

 

 シャックスは叫ぶ。

 せめて自分の声でベルゴが攻撃に気づくようにと、あらんばかりの声で。

 

「無駄ですよ」

 

 しかし、切り捨てるようなセルグラトの声の後、爆音が鍛錬場全体へと響き渡った。

 遅れてやってくる激震。これにはシャックスも立っていられなくなり、その場に膝に突いた。

 

「ぐ、うぅ……!?」

「さて……これで少しは堪えましたかな?」

 

 

「──誰が堪えたって?」

 

 

「「ッ!!?」」

 

 舞い上がる土煙と黒煙。

 複数の魔法の着弾によって生み出された破壊の残り火が、次の瞬間、真っ二つに切り拓かれた。

 

 そこに立つのは無傷のベルゴだった。

 多少身に纏う衣服や鎧に汚れは見られるものの、流血などは一切見られない。

 

 しかし、セルグラトが注目したのはその点ではない。

 

「なんです、その剣は……?」

 

 ただの鉄の剣であったはずの代物。

 それが今、まるで生き物のように脈動しては伸縮を繰り返していた。

 

「──罪器コナトゥス」

「コナ……トゥス……?」

「これがオレの……連れだ」

 

 毛細血管の如き罪紋が走る大剣を見て、セルグラトはゾクリと肌が粟立つ。

 

「罪器コナトゥス……どのような代物かは分かりませんが、侮るべきではない代物とだけは理解できます」

 

 頭蓋の奥の瞳を細め、冷血なる悪魔は三度指示を出す。

 

「畳みかけなさい。彼の罪器が真価を発揮するその前に」

 

 死隊が飛ぶ。

 飛天だ。放出する魔力の属性によって移動方法が違う飛天は、標的に迫るまでの時間に差異が出る。

 ゆえに、死隊は自然と時間差攻撃をベルゴに仕掛けることとなった。

 まず初めに仕掛けたのは火の飛天で近づいた死隊の一人。彼は火の剣を横に構えるや、火力を一気に高め、空気を膨張させて得た推進力で横薙ぎの一閃を繰り出す。

 

 ベルゴは──動かない。

 

(勝負あったか)

 

 セルグラトは勝利を確信し、ほくそ笑む。

 

 が、しかし。

 

「温いな」

 

 ベルゴがポツリと呟いた。

 その次の瞬間、独りでに動き出すコナトゥスが変形し、横薙ぎの一閃を弾いてみせたではないか。

 

「なっ……!?」

「オレも普段から()()に頼りたくはないんだがな」

 

 仁王立ちするベルゴは、甲斐甲斐しく自分を守ってくれたコナトゥスに穏やかな眼差しを送る。

 

「何しろ世話焼きが過ぎてな。頼り過ぎてはオレの剣の腕も落ちてしまうからな」

「……まるで武器に意思があるような言い草ですね。馬鹿馬鹿しい、たかが武器に意思など芽生えるはずが──」

「そのまさかさ」

 

 言い切るベルゴ。

 直後、炎剣を振り抜いた死隊が触手生物の如く動いた大剣の刀身に切り裂かれる。

 

 これで五人。

 

「コナトゥスはオレの〈怠惰〉の〈罪〉を宿した罪器。勤勉たれという意思を受け継いだ剣は、オレが何をするまでもなく自分磨きに邁進するいい女でな」

「自分磨き? 一体何を言って……」

 

 訝しむセルグラトに、ベルゴは突然フッと笑みを零した。

 

「いかんな、彼女のこととなるとついつい惚気が過ぎてしまう」

「……理解に苦しむ」

「オレもそうさ。やはり貴様とオレでは価値観が違う」

 

 切り捨てるように言い放つベルゴは、元の形へと戻ったコナトゥスを肩に担ぐ。

 

「そして、理解してもらう必要もない。惚れた女のいいところは自分だけが知っていればいい……そういうものだ」

「……どうやら貴方も大概らしい。他者に理解できぬ価値観をお抱えのようだ。しかし、貴方の罪器の力は大方把握できました。自立行動する武器……要はそれだけです」

「ならばどうする?」

「こうします」

 

 柏手を打つセルグラト。

 刹那、残る三人の死隊が何の予兆もなしにベルゴの周囲に現れた。

 

(転移!?)

 

 否。

 

(罪魔法か!)

 

 莫大な魔力を要する〈転移魔法(ミグラーテ)〉とは違う転移術。

 それを〈罪〉由来のものだと推測したベルゴだが、一瞬にして三方向より襲い掛かる死隊は、まさに今己の武器を振り下ろす瞬間だった。

 

 それを見たセルグラトはほくそ笑む。

 

(いかに武器が自ら動くとはいえ、多方向には対処できまい)

 

 ベルゴ本人と武器がそれぞれ動いたとして、同時に対処できるのは二人まで。

 残る一人の対処はどうあっても疎かになる。

 そして、本命は背後の一人。

 

(これなら)

 

 そう思った瞬間だった。

 途端に視界が眩い光に包まれる。白とも黒とも言い難い灰色の光──否、炎だった。

 火勢は盛んだった。一瞬の内に膨れ上がったかと思えば、渦を巻くようにして一体の巨人が現れる。

 

(あれは──!)

 

 聖霊。

 魂の化身。精神の具象。

 選ばれし人間にのみ与えられた、もう一つの人格。

 

 それが今、背後から斬りかかる死隊からベルゴを守るように立ちはだかったではないか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

(そうか、そういうことか! 〈怠惰〉の〈罪〉の真価……それすなわち()()()()()!)

 

 だから本来は任意で動かす聖霊も、そして罪器すらも独りでに動く。

 ベルゴは一人などではない。一人にして三人の力──三位一体の力を宿している。

 

 たとえ背後から襲ったところで意味がない。

 なぜなら文字通り背後に目が付いているのだから。聖霊を突破しなければベルゴの背中に傷を与えることなど不可能だ。

 かと言って前方の守りが脆いわけでもない。むしろ罪器そのものが状況に最適の形状へと変形するのだ。

 

 まさに堅牢、不落の城。

 それはつまり攻撃に転じた際の手数の多さも意味する。

 

 ならば後は必然。

 瞬く間もなく三つの白銀が閃いた。

 

 ベルゴは罪化で魔人化した爪で。

 コナトゥスは変形した厚い刃で。

 聖霊は炎より産んだ巨大な剣で。

 

 三人同時。

 反撃する間もなく、死隊は壊滅した。

 

「馬──」

 

 馬鹿な、と。

 言い切るより前に走る、冷たい感触。

 

 しかしそれは瞬く間に耐えがたい熱へと変わり、茫然と立ち尽くしていたセルグラトより命の熱を放出していく。

 

 ベルゴは、すでに悪魔の背後に佇んでいた。

 納刀を済ませ、静かに十字を切っている。

 だが、あくまで祈りを捧げる相手は遺体を弄ばれた騎士達にだ。

 

 魔人の肉体となった騎士達は今、完全なる死を迎えたことで、ハラハラと灰と化していた。

 

 これが魔と化した者の成れの果て。

 善と悪は関係ない。

 ただ、人には過ぎた力をその身に宿したが故の運命である。

 たとえ今日ここで死ななかったとしても、魔人と化した彼らはいつか塵と化し、灰も残さず死んでいくはずだ。

 

 国や民の為に殉じ、その結末がこれだ。

 余りにも救われない終局。

 けれども、唯一の救いはあった。

 

「勤勉なる彼らに、主神ディアの御許に導きがあらんことを……」

 

 瞼を閉じ、祈りを捧げるベルゴ。

 彼のおかげで誰の目にも触れず消えるしかなかった騎士の姿は、しかとその目と記憶に焼き付けられた。

 

 それからしばらくして。

 ベルゴは、立ち尽くすシャックスの方へと手を差し伸べる。

 

「終わったぞ」

「あ……あぁ」

「早くお前の姉を探しに行こう」

 

 生返事を返したところでシャックスは動き出す。

 背中に生えた翼で飛ぶのも最早慣れた様子だ。

 そうやってベルゴの下までたどり着いたシャックスは、今一度鍛錬上の方へと目を向けた。

 

「……済まない」

「何がだ」

「その……ちゃんと弔わせてやれなくて」

「今はその時ではない」

「……そうか」

 

 もう一度『済まない』、と。

 シャックスは小さく呟いた。

 それにベルゴは静かに頷く。

 間もなく二人は扉を開き、足並み揃えて先へと進んでいくのだった。

 

 ここはゴールではない、通過点だ。

 本当に救うべきものを救うまで、自分達は足を止めるわけにはいかない。

 その自覚があるからこそ騎士と悪魔の二人組は、前へと進むしかなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「らぁ!!」

 

 威勢のいい掛け声と、甲高い金属音が地下水路に反響する。

 彼ら──ライアーとレイエルは今、実験場目前の地下水路にて相まみえていた。

 

 しかしだ。

 

「おぉおん!!? 待って待って待って、ちょっと待って!!」

「──」

「はーい、待ちませんよね~そうですよね~──あばらっ!!」

 

 レイエルの鋭い剣戟に押し負けたライアーの体が弾き飛ばされる。

 背後の水門へと激突する直前、体勢を立て直しながら壁に着地。事なきを得るライアーではあるが、その表情はどうにも芳しいものではない。

 

「ちきしょう……流石に聖騎士相手に剣じゃあ勝てねえか」

 

 本人としても分かり切っていた事実ではあった為、その声色にはさほど悔しがる様子は見受けられない。

 

 片や近所のババアに基礎を習い、不意打ち上等で戦ってきた偽物の勇者。

 もう一方は、聖堂騎士として魔王軍と最前線で戦ってきた本物の聖騎士。

 

 どちらの剣術の腕が上かなど、最早聞くまでもないだろう。

 

「はてさて一体全体どうしましょうかねェェェエエエッ!!?」

 

 思案するライアーの頭上に走る一閃。

 あと一瞬屈むのが遅れていたら首を刎ね飛ばされていたライアーは、鉄仮面の天辺に揺れる羽根が切り落とされたのを目で確認し、ドッと冷や汗を流した。

 

「クソォーッ! コンティニューできるんだったら何度でも挑戦してやるのによぉー! 俺を舐めるなよ!? 序盤に出てくる赤い変態(サンディーク)を倒すのに100回以上コンティニューした男だぞ! 証拠だったら俺んちのゲーム機の実績データ見せてやらぁ!」

「──」

「あっちょっと待って違うんですってこれはあくまで心意気の話であって貴方を易々と倒せるとかそういう意味ではなくて──きゃああああっ!!?」

 

 うるさく騒いでいた頭上の幻影が切り裂かれ、ライアーは劈くような悲鳴を上げる。ぜひともホラーゲームの悲鳴SEに採用したい迫真の絶叫であった。

 

 しかし悲しいかな。ここは異世界。そしてこれは現実だ。

 死ねばそこまで。リトライはない。

 それを理解しているからこそ、ライアーはここまで防戦一方、慎重な立ち回り(?)を見せていたのである。

 

──全てはレイエルの動きや癖を把握する為に。

 

「……そろそろか」

 

 情けなく背中を見せて逃げ回っていた状態から一転、神妙な声音を紡いでライアーは振り返る。

 手に握るのは明星の聖剣──の贋作。

 今は罪器イリテュムとして名を与えられたライアーの剣である。

 

 それを目にするレイエル。だが止まらない。

 ここまでの剣戟を経て、彼の中でライアーは取るに足らない獲物と認識されているのだろう。

 

 だからこそ、目の前で間合いの外からライアーが一閃したところで、彼は回避をすることもなかった。

 

「──!!?」

 

 だが、それが誤りであった。

 突如として地下水路に吹き抜ける突風。

 鎧を着た体が浮くほどの突風を受け、レイエルはそのまま傍に流れていた水路の方へと吹き飛ばされてしまった。

 

 水路に落ちたレイエルはすぐさま立ち上がって相手を見上げる。

 通路の上に佇む鉄仮面の剣士。彼はニヤニヤと双眸を歪ませながら、びしょぬれになるレイエルを見下ろしていた。

 

「おやおやぁ? なんで避けなかったのかなぁ? もしかしてもしかしてだけどぉ~……予想だにしていなかったとかかなぁーーー? ヒャハー!」

「──」

「……ま、そうだろうよ」

 

 なんたってこいつは、とライアーは目を移す。

 そこにあったのは明星の聖剣の偽物──では、ない。

 

「『虚飾(イリテュム)』だぜ。『偽物(フィクトゥス)』とは一味違うぜ、聖騎士さんよぉ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があった。

 

 形だけではない“何か”が、そこには宿っていた。

 

 

 

 




Tips:死隊(レヴェニエンス)
 ネビロスが死霊術を用い生み出した屍兵の一種。
 本来、〈罪〉は生者にしか行使できない力であるが、ネビロスがその課題をクリアできるような改造を施した結果、死者にも罪化ができるようになった。
 元が屈強な騎士であった分、ただのアンデッドよりも非常に強力であり、罪化できる分も踏まえれば聖堂騎士団での副隊長以上の強さは保証されている。

 しかしながら、罪度Ⅲ以上ともなると修復や改造の際、継ぎ接ぎにした部分が本来の罪化とは異なる変異を見せる為、魔人化した姿がキメラのように様々な生き物をごちゃまぜにしたような見た目となる。
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