嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第六十四話:劣勢は加勢の始まり

 

 

 

「う、うああああ!!?」

 

 

 

 戦場に断末魔が響き渡る。

 すぐさま悪魔を数体切り伏せたエレミアが振り返るも、すでに断末魔を上げていた騎士は数体のアンデッドにたかられていた。

 

 あれではもう助かるまい。

 

 そうは思いつつも飛天で接近。

 一刀の下にアンデッドを切り伏せれば、やはりと言うべきか、騎士はすでに息絶えていた。

 

「……主人ディアの御許に導きがあらんことを」

 

 手短な鎮魂の祈りを捧げた後、振り返る。

 眼前に広がる景色には敵、敵、敵──。どこに行っても獲物には困らない阿鼻叫喚の様子を呈していた。

 

(しかし、やはりこの物量差は如何ともしがたいな……!)

 

 〈灰かぶり(シンデレラ)〉は本作戦の為、最小限の防衛戦力だけを聖都へ残し、ほとんどの騎士を動員していた。

 その数はおおよそ三千。

 当初見立てていた悪魔側の戦力一万とは倍以上の戦力差がある。

 

(加えてだ)

 

 エレミアは掌に〈火魔弓(イグニアルクス)〉を生み出し、遠方の建物の上に佇んでいた悪魔の眉間を射抜いた。

 そうこうしている間にもあちこちからはアンデッドが現れ、前へ進もうとする自軍の行く手を阻んでくる。

 

(そこかしこに死霊術師が居る! こちらが斃れれば、そのまま死体は奴らの戦力に……クソッ!)

 

 悪魔、魔物に続く敵──それは他ならぬ自軍の死体が操られしアンデッドだ。

 敵を倒していたつもりが、いつの間にか自軍の消耗の方が激しく、敵ばかりが増えていたなど洒落にならない。

 

 そして、何よりも大きな懸念点は……。

 

「あ、あぁ……!」

「や、やめろ……来るな!」

「うあぁぁ……!」

「俺だ! 分からないのか!?」

 

 一人の騎士がアンデッドと化した騎士に襲われかけていた。

 騎士は同僚であった騎士相手に剣を振るうことができず、ただただ後退るばかり。

 しかし、いつまでも後ろに退けるはずもなく、騎士のいつの間にか建物の壁際まで追い詰められていた。

 

「しまった!?」

「あぁあぁあぁ……!」

「や、やめろ……やめてくれぇーーーッ!」

 

 生気を失った瞳で湛え、襲い掛かって来る死体に騎士が叫んだ。

 だが、いつまで経っても騎士が襲われることはなかった。恐る恐る瞼を開けてみれば、そこには燃えるような夕焼け色の髪を靡かせる騎士団長が立っており、当の死体はすでに首を刎ね飛ばされていた。

 

「エ、エレミア団長……!」

「馬鹿者! いくら味方の体とは言え、易々とその剣を下ろすな!」

「っ……申し訳ございません」

「貴様の気持ちは重々理解できる! が! 貴様は操られた仲間の姿を見てたじろぐだけか!?」

 

 違うだろ! とエレミアは一喝する。

 

「騎士としての誇りを踏み躙られ、他者を傷つけるだけの屍兵となった仲間を……貴様は放っておけるのか!?」

「!」

「真に彼らの誇りを重んじるのであれば立ち上がれ! 剣を取れ! 一刻も早い魂の休息を与えることこそ、我々が死んだ仲間に唯一できる手向けと知れ!」

「……は!」

 

 エレミアの言葉を聞き、剣を取る騎士。

 彼は再び悪魔や魔物へ立ち向かっていく。途中、仲間の死体だったアンデッドとも対峙はしたが、その剣に迷いはなかった。

 

 だが、それでも状況は劣勢のままだ。

 

 時間が経てば経つほど、〈灰かぶり〉は魔王軍の圧倒的物量差に磨り潰される。

 

「ヒョ~ッヒョッヒョ!」

「っ、何奴!?」

 

 思案を巡らせるエレミアの鼓膜を不快に揺らす哄笑。

 咄嗟に声が聞こえた方向へ魔法を放ったエレミアであったが、魔法は空中で爆散。辺りに火の粉を散らすだけに終わった。

 

 戦場に散る火花の中に、エレミアは一体の悪魔を垣間見た。

 

 元は教会であったろう建物──その屋根の天辺に立つのは、エメラルド色の外殻を有した蜂型の悪魔だった。

 

「お初お目にかかりますよぉ、愚かな人間の騎士団長よ! 私は、恐れ多くもネビロス様に貴方達を迎え撃つよう命じられし者──〈喧伝(けんでん)のハエル〉!」

「貴様如きが我々を? フンッ、こんな下品な悪魔を使い魔に寄越すとは……ネビロスとやらの品格が知れるな」

「……なんですと?」

「図星でも突かれたか?」

「……おのれぇ……ネビロス様への侮辱は許しませぇーーーんッ!」

 

 ゾワリ、とハエルと名乗った悪魔より魔力が解き放たれる。

 なるほど、とエレミアは納得した。敵将がわざわざ自分達を討つよう命じたなりに、相応の魔力は持っているらしい。

 

「!」

 

 瞬間、エレミアはどこからともなく接近してくる気配に、咄嗟にその場から飛び退いた。

 すると先ほどまで自分が立っていた地面が割れる。そうしたのは彼女に切りかかったアンデッドの騎士だった。

 

 しかし、それまでの死霊術で操られていた騎士とはまるで違う。

 加えて過去に見たことのある顔でもあった。

 

「こいつら……!?」

「ヒョ~ッヒョッヒョ! お察しの通り、過去に我々に歯向かい犬死した貴方のお仲間の騎士ですよ! いえ、我々の役に立っている以上犬死ではないかもしれませんねぇ?」

「貴様ぁ……!」

 

 激昂する余りすぐさま飛天でハエルへと近づこうとするも、過去に死んだ手練れの騎士と思しきアンデッドは、そんなエレミアの行く手を阻んでくる。

 

「くっ、動きが速い……!?」

「死霊術で操る死体も鮮度が大事! 傷ついてグズグズの肉体よりも、さっきまで生きていたフレッシュかつ損傷のない肉体の方が動きがいい! これ、死霊術の常識ですよぉ?」

「馬鹿を言え! いかに死霊術で操ったとしても肉体の腐敗は避けられんはずだ! 何年も前の死体を操るなど──」

「ですから定期的に調達しているのですよぉ!」

「っ……まさか貴様!?」

 

 エレミアもディア教国内での村人の失踪事件は聞き及んでいた。

 この瞬間、ハエルの言葉と失踪事件──二つの点が繋がった。

 

 同時に、身の毛がよだつような悍ましい所業にエレミアの怒りは頂点に達した。

 

「外道めがぁ……!!」

「外道? 何を言っているのかわかりませんねぇ。所詮その『外道』とやらは人間から見てでしょお? 我々にとってはこれこそ正道なのでぇす!」

 

 開き直るように喧しい声で騒ぎ立てるハエル。

 彼の声を受けてか、続々と死隊も集まって来る。彼の言う通り新鮮な肉体を利用した死隊の動きは素早く、悪魔や魔物相手と互角を演じていた騎士も、みるみるうちに押され始める。

 

 戦況が、傾いていく。

 

(──潮時か)

 

 自分に差し向けられる死隊を切り結びつつ、エレミアは時期が来たと悟った。

 

 そして、徐に空へと魔法を放った。

 

「……今のはぁ?」

 

 攻撃ですらない行為に、ハエルは小首を傾げた。

 

「一体何の意味が──」

「ハ、ハエル様ぁ!」

「どうしましたぁ⁉」

「しょ、正面城門より敵の第二波が!」

「……なにぃーっ!?」

 

 部下からの報告を聞き驚愕するハエルは、流れるように視線をエレミアへと移した。

 エレミアはほくそ笑んだ、それでいて、勝ち誇った笑みを湛えていた。

 

「フッ、残念だったな。本命は()()()だ」

「馬鹿なぁ! 貴方は自分を捨て石にしたというのですかぁ!?」

「捨て石?」

 

 いいや違うな、と。

 

「私は捨て石ではない! この国の未来を切り開く為の……剣だぁ!」

「世迷言をぉ!」

「『我ら、灰より蘇る不死鳥が如く』! 不撓不屈の我らの力はこれからだ!」

 

 そう叫ぶエレミアは、耳に垂れ下がるタグに触れた。

 刹那、彼女の耳より中心に橙色の罪紋が広がっていく。

 

「──告解する! 我が〈(シン)〉は〈不精(ぶしょう)〉! 我は〈不精のエレミア〉!」

 

 団長のエレミアが告解するのを見て、周囲で戦っていた騎士達も続々と告解を開始する。

 すれば、〈罪〉の解放に伴う魔力の増幅が発生。

 周囲には膨れ上がった聖堂騎士団の魔力の余波が波及し、悪魔の中にはその余波だけで吹き飛ばされ、運の悪い者に至っては頭を打ち絶命した。

 

「さて……ここからは我慢比べだ」

 

 不敵な笑みを湛え、エレミアは告げる。

 

「〈最強〉が来るまで露払いするのが私達の務めだからな」

「〈最強〉? ……まさか!?」

「そうさ」

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)〉が来る。

 

 

 

 ***

 

 

 

「背後に回り込むぞ! 孤立させてじわじわと嬲り殺しにしてやれぇ!」

 

 猛進を続ける〈灰かぶり〉に対し、魔王軍が押し寄せる。

 決死の覚悟の猛進も長くは続かない。一瞬の勢いの衰えを察知した悪魔は、馬鹿正直に真正面から戦う真似などせず、ドゥウスに攻め込んだ騎士団の背後を取ろうと動いていた。

 

「んっ?」

 

 その時だ。

 不意にドゥウスの上空に瞬く閃光を垣間見、一体の悪魔が足を止めた。

 

「なんだあの光ばッ」

 

 疑問を口にした、まさにその瞬間だった。

 口から上を切り落とされ、悪魔は声も上げられずに絶命する。

 

「な、なんだ!? 誰にやられた!?」

「後ろからだぞ!」

「チィ! まだ後が控えてやがったか!」

 

 悪態をつきながら振り返る悪魔。

 しかし、背後に待ち構えていた者達の姿を見た途端、彼らの顔色が変わった。

 

「お、おい。あの団章は……!?」

「獅子に……心臓!?」

「ま、まさか──!?」

 

 驚愕と恐怖に足が竦んだ時、すでに彼らの視界では一筋の銀光が閃いていた。

 ボトリと落ちる首。

 噴き上がる血飛沫が塵となるまでには、そう時間は掛からなかった。

 

「ふむ、あの信号弾の距離……中々前に進んだようだな」

 

 『感心感心』と余裕綽々な声を漏らす一人の女騎士が居た。

 彼女は眼前で犇めく魔王軍の兵隊を見るや、白い歯を剥き出しにするように獰猛な笑みを浮かべた。

 

「──退け。王のお通りだ」

 

 鬣の如き茶髪が風に靡いた。

 するや、彼女の通り道に立っていた悪魔の胴は泣き別れとなる。

 

「ヒ、ヒィ!」

 

 目にも止まらぬ早業に悪魔が悲鳴を上げる。

 同時に確信を得ていた。眼前の女騎士の鎧に刻まれた団章が何の偽りでもないということを。

 

「〈獅子の心臓(コル・レオニス)〉だ……ッ! 七大教国最強の騎士団が攻め込んで来やがったぞぉーーー!」

 

 劈く悲鳴の如き絶叫。

 それさえも切り裂く回転斬りを放ち、〈獅子の心臓〉の切り込み隊長は吐き捨てる。

 

「ハッ! 歯応えのない連中だ」

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)騎士隊(エクエス)隊長 傲岸(ごうがん)のヴァプラ

 

 

 

 飢えた雌獅子は牙という名の剣を振るい、悪魔の血肉をその刃に吸わせていく。

 その剣鬼に恐れ戦く悪魔。

 だが、一部の功名心や出世欲に駆り立てられた一部の悪魔は、隊長の首を狙って意気揚々と飛び出していく。

 

 が、

 

「ぎゃあ!?」

 

 どこからともなく飛来した魔法が、悪魔の眉間を打ち抜いた。

 

「ど、どこかぎゃ!?」

「狙い撃ちされぇ!?」

「ひッ……ど、どこがらぁ!?」

 

 警戒する悪魔も、怯える悪魔も、等しくその眉間を撃ち抜かれる。

 必殺必中の魔法による狙撃は続き、周囲から悪魔は急激にその数を減らす。

 

「チッ! 私の獲物を奪うな」

「かかかっ、そう言ってくれるな。うちの節操ない大将の行く道を小奇麗に掃除するのがワシらの役目……」

 

 波打つ白髪を揺らすか細い女がふわりとヴァプラの隣に降り立つ。

 掴めば折れてしまいそうな枯れ枝を彷彿とさせる体躯だが、彼女がその手を空へと向ければ、空中には無数に魔法陣が描かれる。

 

「ほれ」

 

 軽い掛け声が響く。

 刹那、魔法陣より放たれた無数の閃光が戦場に立っていた悪魔を次々に撃ち抜いていった。

 

「今日が貴様らの運の尽き……天の星もそう言っておる」

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)聖歌隊(クワイヤ)隊長 冷淡(れいたん)のオリアス

 

 

 

「おい、上からも来てるぞ」

「うん?」

 

 ヴァプラに呼びかけられ、顔を上げるオリアス。

 空からは有翼の悪魔が迫ってきており、どうにも魔法による蹂躙を繰り広げるオリアスに狙いを定めているようだった。

 オリアスはスッと手を動かし、魔法の照準を飛翔する悪魔へと変える。

 しかし、魔法陣から放たれた魔法は悪魔の展開する〈盾魔法(スクート)〉により防がれてしまう。

 

「ほほう。ワシの魔法を防ぐとは、中々の()()が揃っておるではないか」

「どうする? 私が叩き切りに行ってやろうか」

「それには及ばんよ」

 

 オリアスが言い切った瞬間、空に黒い影が横切った。

 すると、先ほどまで〈盾魔法〉を展開して魔法を防御していた悪魔の群れが、バラバラになりながら墜落していくではないか。

 

 それを見たオリアスはフッととある方向へ目を遣る。

 

「──空は奴の領分じゃ」

 

 

 

「っしゃああああ! アタシの出番っすうううう!」

 

 

 

 空に木霊する叫び声。

 控えめに言って喧しい絶叫を上げていたのは、グリフォンを繰る女騎士であった。

 ストロベリーブロンドのツインテールを靡かせながら、細身に似合わぬ騎槍を振るい、まるでハエを叩き落すかのように悪魔を次々に叩く。

 

「見てますか、団長ぉおおおおお! おらぁ! 雑魚はアタシの前にひれ伏せぇえええ!」

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)騎兵隊(キャバリア)隊長 睥睨(へいげい)のムルムル

 

 

 

 一番槍として空を駆けるムルムルは吼える。

 そんな彼女に続くように、続々と他の騎兵隊もグリフォンやヒッポグリフを駆りながら空中の悪魔を撃墜していく。

 

「ふむ、あれなら問題あるまい」

「よし、ならば我々も前線に加わるぞ。サブナック! ここは任せた!」

 

 最前線で戦っている〈灰かぶり〉に合流しようとする二人に呼びかけられたのは、後方に佇んでいた陰気臭い女騎士。

 紫紺色のおかっぱ頭を揺らし、彼女が地面に掌を置けば、周囲一帯には淡い紫色の光を放つ結界が出来上がる。

 

「……退路……確保……私の……役目」

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)聖工隊(ファブリー)隊長 粉飾(ふんしょく)のサブナック

 

 

 

 ドゥウスの城門周辺に展開される聖域。

 退路の確保も兼ねた味方を強化する空間には、傷ついた騎士達を癒して回る女騎士が居た。

 

「はぁ~い、死にそうな方から癒して差し上げますわよ~。旦那様に与えるべき私の愛を受けられること、死ぬほど感謝してくださいませ~」

 

 灰褐色の三つ編みを五本揺らす女騎士は、そんなことを宣いながら、軽傷者から重傷者までいとも簡単に治療を続けていく。

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)神癒隊(メディック)隊長 横車(よこぐるま)のブエル

 

 

 

 治療を続けていくブエル。

 彼女の隣には、じゃらじゃらと装飾品を身に着けた撫子色のショートカットの女騎士が並び立つ。

 

「はぁ~い! じゃあ退路は私達が守っておくからぁ~、皆はちゃっちゃと仕事終わらせてきちゃってぇ~!」

 

 

「次の獲物はどうやらあいつか」

「待て、ヴァプラ。真面に取り合うな。時間の無駄じゃ」

 

 

「そうだよぉ~! 老い先短いお婆ちゃんの時間は貴重だもんねぇ~!」

 

 

「……」

「待て! 無言で魔力を高めるな! せめて悪魔共に撃て!」

 

 青筋を立てて魔法を繰り出そうとするオリアスに、怒らせた当の本人は煽るように『ぷぷぷーッ!』と笑い声を上げていた。

 

「きゃは☆ 私に構うのもいいけど~、早くお仕事終わらせないとダーリンと遊びにいけないゾ~?」

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)召喚隊(スモレーネ)隊長 偸盗(ちゅうとう)のヴァラファール

 

 

 

 ヴァラファールに煽られた二人は、額に青筋を立てながらもグッとその場に踏みとどまる。

 彼女の言い分が正しいと感じたのもあるが、理由はまた別にあった。

 突如、その場を飲み込む濃密な覇気。

 敵のみならず味方さえも圧倒する威圧感を放つ存在は、人面獅子(マンティコア)の背中に乗っていた。

 

「それでは団長、武運を」

 

 赤褐色のショートカットの女騎士が恭しく礼をする。

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)従魔隊(ドミトル)隊長 無情(むじょう)のアロケル

 

 

 

「ああ、ありがとう」

 

 そんな彼女の言葉を受けた金髪の青年は、颯爽とマンティコアから飛び降りる。

 刹那、周囲を圧倒する威圧感が濃度を増した。

 弱者は自然とひれ伏し、強者たる各隊長の女騎士は、その圧倒的強さに恍惚とした表情を湛える。

 

「──(しゅ)よ、(むく)いたまえ」

 

 青年は謳う。

 

(しゅ)兵士(へいし)たち、()(そな)えよ。信仰(しんこう)もて、()悪魔(あくま)()たん」

 

 剣が振りかざされる。

 

(つるぎ)聖書(せいしょ)言葉(ことば)なり。信仰(しんこう)もて、()悪魔(あくま)()たん」

 

 鋩に光が集う。

 

(すく)いのかぶとに平和(へいわ)(くつ)信仰(しんこう)もて、()悪魔(あくま)()たん」

 

 光はやがて、暗雲を貫いた。

 

信仰(しんこう)勝利(しょうり)信仰(しんこう)勝利(しょうり)()(もの)(すべ)てに(むく)いぞある」

 

 そして、一人の若獅子が吠えた。

 

 

 

「──〈傲慢の梯子(パラダイス・ロスト)〉」

 

 

 

 それは光の雨。

 魔力という力を伴い、魔に支配された都市に降り注ぐ慈雨だった。

 

 ただし、濡れるは悪魔のみ。

 幾百と重なる断末魔が響き渡れば、血に濡れた悪魔は次々に地に伏した。

 

 斃れては塵に変える悪魔の数は、百、二百、三百へと上り……。

 

「──五百、と」

 

 きっかり五百体狙撃したところで光は止んだ。

 生き残った〈灰かぶり〉の騎士のほとんどは、目の前で繰り広げられた信じられぬ光景に呆然としていた。

 

 それだけの御業だった。

 数百体の悪魔を正確かつ同時に射抜く魔法など常人には不可能だ。

 

 それを為せるとすれば、この世にただ一人。

 

「よく視えるよ。救いを求める弱者の姿が」

 

 最強魔法の一つを放ちながらも、青年は悠然と歩を進める。

 淡い光を放っていた瞳もいつの間にやら元通りだ。

 

 彼が翻すマントには、獅子と心臓の団章が描かれていた。

 黄金の刺繍で施された黄金の団章は、紛れもなく聖堂騎士団長の証。

 

 この世に七人しかおらぬ騎士団の頂点。

 一人にして戦況を一変させるその存在は戦略兵器とも比喩され、味方にも敵にも恐怖されている。

 

 そして彼こそが七つの聖堂騎士団の内、最強と謳われる〈獅子の心臓〉が長。

 

 

 

「さて……征こうか、子猫ちゃん達♡」

 

 

 

──弱者の為に。

 

 

 

──〈獅子の心臓(コル・レオニス)〉聖堂騎士団長 驕慢(きょうまん)のヴィネ

 

 

 

 黄金の鬣を揺らす若獅子が今、悪魔に支配された聖都に舞い降りた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「〈獅子の心臓(コル・レオニス)〉だとぉ……?」

「は!」

 

 実験場へと向かうネビロスの耳に届いた一報。

 戦局を左右する聞き逃せぬ内容に、大悪魔の眉間には深い皺が刻まれた。

 

「おかしぃ……情報と違ぅ……」

 

 顎に枯れ枝のような指を当てながら思考する。

 魔王軍とて人間を見縊っているわけではない。時には情報戦を仕掛け、相手側に偽りの情報を送り有利な状況を作ることもある。

 

 だが、今回はその逆だった。

 

(事前に仕入れた時は〈海の乙女(シーレーン)〉だけだったはずぁ……)

 

 一時は罪派の跋扈により体制がグズグズになった〈海の乙女(シーレーン)〉。

 彼ら如きが加わったところで戦況を左右する一手にはならないはずだった。

 

 しかし、〈獅子の心臓(コル・レオニス)〉ともなると話が変わってくる。

 何せ彼らは七大教国の内、最強の聖堂騎士団。

 特に団長のヴィネは若年ながら歴代最強とも謳われる騎士。〈六魔柱(シックス)〉一人に対して騎士団長二、三人が必要とされる戦力差を、彼ならば一人で互角以上だという見立てもある。

 

(間者が居たかぁ?)

 

 ネビロスは疑う。

 それならば辻褄が合う、と。

 

「……仕方なぃ……いや、()()()()()()かぁ」

 

 ネビロスは眼前に立つ建物を見上げる。

 この建物こそ、ネビロスが日夜心血を注ぐ場所。

 

 非道や外道と称される“実験”が繰り返される人間共が地獄の地。

 

 それでいて自身の努力の結晶が詰まった宝箱のような場所。

 ネビロスの口元にも自然と笑みが浮かぶ。

 

 

 

「──『ネフィリム』を動かすぞぉ」

 

 

 

 ネビロスの言葉に、報告した悪魔の表情が一瞬にして驚愕に染まる。

 

「ね、ネフィリムをですか……!?」

「不服かぁ……?」

「い、いえ! そんなことは……!」

 

 

 

「ネビロス様!」

 

 

 

「あぁ?」

 

 部下を威圧するネビロスだったが、今度は実験棟から駆け寄ってくる悪魔に怪訝な顔を浮かべる。

 

「なんだぁ……?」

「実験棟に侵入者が──」

 

 次の瞬間、実験棟の一角が爆音と共に崩れ落ちる。

 それを見たネビロスは眉を吊り上げるものの、その怒りを上回る喜色を瞳に浮かべた。

 

 

 

「ネズミの方から実験に来てくれるとはぁ……好都合だぁ」

 

 

 

 




Tips:獅子の心臓(コル・レオニス)
 モデスタ教国が擁する聖堂騎士団。
 団長のヴィネを始め、七大教国の中でも特に腕の立つ騎士達数多く揃える、自他共に『最強』を認める騎士団である。
 主要メンバーはそれぞれ以下の通り。

・団長:ヴィネ
 金髪美青年。平等に女性を愛するキザ男。女性を好きすぎるが余り、裸を見ようものなら興奮しすぎて鼻血を出す始末。

・副団長:セアリア
 瑠璃色長髪の美女。クーデレな副官。スケコマシな団長にだけ毒舌がハムスターの回し車ぐらい回る。

・騎士隊隊長:ヴァプラ
 ファンキーな髪型の茶髪の女性。『うぉ……それは盛りすぎ……』ってくらい筋肉がモリモリ。

・聖歌隊隊長:オリアス
 黒色長髪姫カットの妙齢ののじゃってる女性。年齢は秘密。『聞いたら殺すぞ♡』

・騎兵隊隊長:ムルムル
 ストロベリーブロンド色のツインテール元気っ子。スポーティーな女の子。後輩気質でいつも『っス』と言っている。

・従魔隊隊長:アロケル
 赤褐色ショートカットの女性。一見丁寧な物腰だが、中身はドSな女王様気質らしい。
 
・聖工隊隊長:サブナック
 陰気な紫紺おかっぱ頭の女性。猫背なのでわかりにくいが一番“デカい”。

・召喚隊隊長:ヴァラファール
 撫子色ショートカットのギャル。メスガキ属性を持っており、よくサブナックとオリアスを煽っている。

・神癒隊隊長:ブエル
 灰色で五本の三つ編みを揺らす女性。愛が重い。

 他の騎士団と違い、団長以外女性であることが特徴。
 それを揶揄してか、『若獅子』と称される団長のヴィネを囲む女騎士達は『女獅子』と呼ばれ、悪魔からは畏怖されている。
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