嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第六十六話:参戦は死闘の始まり

 

 

 

 間一髪だった。

 

 

 

 魔力も回復して『さあ、いざ実験場へ!』と来る途中、えげつない魔力の衝突を感じたので全力疾走した。その甲斐あってシャックスを助けられたぜ。

 さて、目の前には元ディア教国聖女ことアニエルが居る。

 ギルシン大全でも見たが、実物はもっと別嬪さんだ。まあ実際は本物に似せて形成しているだけだろうが。

 

 それにしてもとんでもない魔力だ。

 魔力に関しちゃ完全に俺の負けである。

 

「なあシャックス。一応聞いとくけど動けそうか?」

「動けそうに見えるか?」

 

 知ってた。

 

 片翼は捥がれ、背中は魔法で焼かれている。

 加えて腹部からは多量の出血。おそらく(ハスター)系の魔法を喰らい、風穴を空けられたのかもしれない。

 

「しゃあねえ、ちょっと我慢しろよ」

「あっ? 何する気──んびゃあああん!!?」

「ほい、応急手当完了!」

 

 シャックスの傷口に当てて罪魔法発動!

 すると、なんということでしょう。あれほど凄惨だった傷口が跡形もなく消えているではないでしょうか。

 

 ……何? シャックスが激痛で悶えている?

 そっと目を背けましょう。

 

「がッ、ぎッ、ぐッ……!? ら、ライアー……てめえ何しやがった……!?」

「〈聖者の嘘(ホーリーシット)〉の応用だ。傷ついた血管やらなんやらをまるっと偽物で修復しといたぜ」

「そんなことができるのか……!?」

 

 感覚的には代替の臓器を移植する行為に近いだろう。

 でも普通に考えて元一般オタクの俺が医学に造詣が深いはずもない。できるとすれば命に関わりそうな傷口や血管とかを塞いだり、失い過ぎた血液を偽物で誤魔化してショック死を防いだりするくらいだ。

 

「あくまで応急処置だからな。強い衝撃を受けるか、俺が死んだら……」

「死んだら……?」

「傷口が『もぢゅぬるん、PON(ポン)! パーンッ☆』だ」

「お願い! 死なないで、ライアー!」

 

 『お前が今ここで死んだら俺の命はどうなっちゃうの!?』と悲痛な声を上げるシャックスの為にも、俺は決闘の準備(デュエル・スタンバイ)をする。

 

「安心しろ、シャックス。俺はこう見えて絶対に負けられないサシの対決じゃあ負けなしでな」

「おい、奥にもう一人居るぞ」

「ふぇえぇ……?」

 

 出端をボキボキのボッキディウムに挫かれちゃった。ちなみにボッキディウムはラテン語で『ツノゼミ』って意味だゾ⭐︎

 

 しかし、一回現実逃避を挟んだところで目の前の光景は変わらない。通路の奥を望めば、そこには首を切り落としたはずのレイエルが立っていた。

 

「うっそ~ん」

 

 俺の死亡確認ガバガバ過ぎるだろ。

 

「いや、待って! なんでレイエル生きてんの!? いや、死んでるんだろうけども!? だって首落としてきたぜあいつ!?」

「てめえのトドメが甘かったからじゃねえのか!?」

「普通は首落としたら死ぬんだよっ! 死霊術で操られててもな!」

「でも生きてるだろうがぁ!」

「死んでるんだよお!」

 

 でも生きてたね、ごめん!

 反論の余地なし!

 この裁判は俺の負け!

 敗訴! 閉廷!

 

 あっ、ちょうどここ刑務所だったわ。

 

 収監!

 

 などと現実逃避している間にも、絶世の美男美女夫妻が並んで俺達に襲い掛かってくる。

 

 ハッハッハ。見てごらんなさい。あれが聖騎士と聖女。生前は魔王軍相手に鬼神の如き戦いぶりを見せた修羅よ。

 

「勝てねぇーーーッ!!」

「ぎゃああああああ!?」

 

 聖騎士の剣技と聖女の魔法。

 どちらか片方だけでも手に余るというのに、同時に繰り出されては勝てる道理もない。

 

 寸前で防御した俺達。

 だがレイエルの剣で吹っ飛ばされた後、アニエルの魔法で脆くなった壁に激突しそうになる。

 

 不味いぞ、このままでは重傷のシャックスの傷がさらに増えてしまう──ので、率先して俺の方から壁に突っ込んでぶち破る。

 

「痛゛い゛ッ゛!」

「それで済むお前がすげえよ」

「こ、ここは……?」

「……さっきの広場じゃねえか!」

 

 クソッ! と悪態をつくシャックス。

 どうやらさっきもこの広場で何かあったようだが、すぐそこでやり合っているベルゴとネビロスの姿を見れば、否が応でも想像が膨らんでくるというものだ。

 

 一方、突然の俺達の登場に驚愕と安堵の表情をベルゴは浮かべた。

 ただしもう一人……ネビロスの方はと言えば、俺を見るなり不快そうに表情を歪める。

 

「おまえはぁ……」

「おやおや? どっかで見知った顔だなぁ……って言いたげだな」

「よくもノコノコとぉ……!」

 

 挨拶代わりと言わんばかりに〈闇魔法〉が放たれるが、俺はそいつをイリテュムで切り裂く。

 

 面食らうネビロスに、俺は不敵な笑みを返す。

 

「俺のプレゼントはお気に召したかぁ?」

「? 何贈ったんだよ」

「ワ・タ・シ♡」

「向こうも迷惑しただろうな」

 

 ひどい。泣く。

 

 こんな感じで辛辣な言葉を吐いたシャックスの一方、ネビロスは俺からの贈り物に心当たりがあったようで、瘦せこけた頬に青筋を浮かべ、ピクピクと口角を引き攣らせていた。

 どうやら俺が送った刺客はそれなりの仕事をこなしてくれたようだ。青白い顔も心なしか真っ赤っかだ。

 

 だが、殺したはずのレイエルの生存。こいつは……。

 

「──()()()()()()()()

 

 俺だけに聞こえる声量で呟いた。

 実際、全部が全部こちらの思い通りというわけにもいかなかった。

 その証拠に〈もう一人の自分(アルター・エゴ)〉で潰しておくつもりだったレイエルとアニエルも参戦している始末。

 

 流石に魂が入った本体は頑丈だったか。

 分身で倒すには火力不足らしい。

 

 だが、レイエルとアニエルが参戦して最も不味いのは、単純な敵戦力の増加という意味ではない。

 

「レイ……!?」

 

 たった今、聖霊を出してネビロスとやり合っていたベルゴが瞠目する。

 

「ベルゴ! 言っておくが死霊術で操られたレイエルだぞ!」

「わかっている!」

 

 同じ轍は踏まないとベルゴは声高々に叫ぶ。

 それなら安心だ。これで心置きなくやり合える。

 

「おいぃ……」

 

 と、思った傍からネビロスが掠れたウィスパーボイスを漏らした。

 

「おれの杖を取り戻せぇ……」

 

 命令。直後、始動。

 不気味なまでに沈黙を保っていたレイエルとアニエルの二人が、途端にシャックスの方へと向かっていく。狙いはどうやら彼が抱きかかえている杖──罪器シニスターのようだ。

 

「うぉおおおい!? どうすんだ、この状況!?」

「えぇい、貸せ!!」

「は? お前杖取って何を、」

「こんな物があるからぁーーーーーっ!!!」

「折ったぁー!!?」

「そぉーーーーーいっ!!!」

「投げたぁー!!?」

 

 折れたシニスターを明後日の方向に放り投げる俺へ、シャックスが今日一番の咆哮を上げる。

 するとシニスターの奪取を命じられていた二人が、俺達を無視して杖の方へと向かっていく。

 

「んー、いい画角ですねぇ」

「お前、その手に持ってる奴はなんだ?」

「ん?」

 

 シニスター(本物)だけど?

 

「おまえぇ……!?」

「ほいっとな☆」

「!」

 

 寸前で察するネビロス。だがもう遅い。

 ネビロス含め、偽物のシニスターを求めて俺の視界に収まったレイエルとアニエルにもシニスターを提示する。

 

 死蝋の手から脂が滴り、魔法の炎が灯った。

 

 直後、この場に居る全員──正確に言えばシャックスを盾にした俺以外が硬直し、身動きが取れなくなる。

 

 よし、予想通りだ。

 

「ベルゴ! 今だ!」

「!」

「聖霊で全員ぶった切れぇ!」

 

 シニスターの効果範囲に居たベルゴも硬直して動けなくなっていたが、俺の言葉を受け取った彼は、すかさず聖霊の右手に炎の大剣を握らせる。

 ただの炎ではない──魂の力そのものである炎の剣は、瞬時に膨れ上がり、ただでさえ巨大な聖霊の背丈を超えるサイズとなった。

 

十天流(アストラ)、第七天──!」

 

 斬撃は、輪となって広がった。

 

「──土星天(どせいてん)!」

 

 魂の剣より放たれる斬撃の輪は、一振りにして三人の首を刎ねた。

 躊躇いのない一閃だった。それにしたっていきなりレイエルとアニエルの首も刎ねにいくのは流石に予想外だったが……。

 

「ふぅ。やったか……」

 

 体のあちこちから血を流すベルゴが、聖霊を収めながらそう漏らした。

 広場には三人の首が転がっている。

 憎き宿敵のネビロスはともかく、親友と想い人の首を見つめるベルゴの瞳は、やはり複雑な色を浮かべていた。

 

「クソッ……あんな奴に姉貴が……姉貴が……!」

 

 シャックスも地面に拳を叩きつけ、涙を流している。

 どうやら俺が与り知らぬ間にも姉の行方に関して進展があったらしい。

 

 良い方向の話では……ないらしいが。

 

 だが、

 

「気ぃ抜くなよ、二人とも」

「は?」

「おいおいおい、ネビロスさんよぉ~! 〈六魔柱〉の癖に死んだふりかぁ~?」

 

 俺の言葉に『なっ!?』と倒れたネビロスの方を向く二人。

 そうだ、完全な悪魔なら()()()()()()()。アガレスと同じだ。

 

「堂に入った演技過ぎてそのまま火葬でもしちゃいそうだなぁ~! 誰かぁ~、火をたもれ~!」

「……気づかないで居りゃあ楽に死ねたものをぉ……」

「そりゃご親切なこって。でもご生憎、まだ死ぬつもりはなくってね」

「……すぐに死にたいと懇願させてやるよぉ……」

 

 ずるりとネビロスの首なし死体が動き出し、転がった首を拾い上げる。レイエルとアニエルも同様だった。

 

「どういうことだ……!? 首を切っても死なんだと……!?」

「あ~あ、なんでこういう嫌な予感ばかり的中しちゃうのかねぇ」

「おのれ! どうすればいいのだ……!?」

「フッフッフ……こいつを見なぁ!」

「そ、それは!」

 

 忘れていたか、まだ俺の手にまだシニスターが握られていることを。

 こいつの素となった魔道具『栄光の手(ハンド・オブ・グローリー)』は、提示された相手の動きを止める効果を持っている。

 

 罪器としての使い道はともかく、魔道具としての性能が据え置きならまだまだ利用価値はある。

 

 こんな便利な道具を折って投げ捨てるなんて馬鹿のやることだぜぇー!

 

「おらぁ! 食らえ、催眠!」

「ライアー、なんかその手動いてねえか?」

「え、嘘?」

 

 シャックスに言われて杖先を見てみれば、なんということでしょう。

 蝋化した手がピクピクと動き、こっちに伸びてくるではありませんか。

 

「きゃあああ!!?」

「ライアー!!?」

「ちょっと待って手ぇ放せないんだけど!!? た、助けてシャックスぅー!!!」

 

 俺の手に張り付いて離れなかったシニスターを、シャックスの罪魔法で強引に引き剥がしてもらう。

 それから剣で叩っ切り、入念に粉微塵に切り刻んだ後、トドメに魔法で塵の一片も残さず消し飛ばした。

 

「な、なんだあのいかがわしい杖は……!?」

「シニスターはおれだけの罪器……当事者以外が使おうものならそいつは呪い殺されるぅ……」

「やだぁん……怖ぁい……」

 

 思わずオカマになっちゃったじゃないの。

 

 そうこうしている間にも首を刎ねられた三人は、断面を合わせるようにして頭部を元の位置に戻した。切断部はどういう仕組みか瞬時に消えてなくなり、傷口がキレイさっぱり見えなくなる。

 

「普通じゃねえな……」

「オレが倒した死霊術で操られた騎士達もあんなふうではなかったぞ」

 

 神妙な面持ちで呟くベルゴに、俺も同意する。

 ゲームでもネビロスやレイエル達と対峙する機会はあったが、少なくとも復活描写はあんな風ではなかった。

 

 だが、まったく心当たりがないというわけでもない。

 

「……〈(シン)〉か」

「! ……なるほどなぁ。全部知っているとほざいたのも、あながち嘘じゃないらしぃなぁ……」

「え、何の話?」

 

 感心したようにネビロスが口を開いたが、なんだか全然心当たりのない話をしている。

 

 おい、俺(分身)よ。お前余計なことを口にしたらしいな。

 でも分身の言動は俺準拠である。ちくしょう……文句が言えねえ……!

 

「ふ、ふふっ……そ、そうさ、俺には全部おみみ、おみ、お見通しよッ……!」

「目が泳いで(バタフライして)るぞ」

 

 シャックスに動揺を指摘されてしまった。

 しかし、実際困った事態だ。俺が持つ知識はあくまでゲーム内の描写や設定集から取り入れたもの。それ以外の情報となるといくら俺でも流石にわからない。

 

「まあ、アタリはつけてるがな」

 

 問題は現状の戦力比だ。

 こちらは俺とベルゴ、それにシャックスのみ。一人が負傷で戦えないとなれば、実質二人で六魔柱、聖騎士、聖女の三人を相手取らなければならないわけだ。

 

「ベルゴ、正念場だぜ」

「ああ、そのようだ」

「レイエルとアニエルは俺がやる。お前はネビロスを相手してくれ」

「大丈夫なのか?」

「ハッ! ご心配には及ばずだ。時間稼ぐのは俺の十八番よ。お前がネビロス倒すまでの時間なら十分稼げるぜ」

「そいつは……心強いな」

 

 獰猛な笑みを零すベルゴが大剣──罪器コナトゥスを構える。

 鋩が向く先はもちろんネビロスの方だ。

 

 これはベルゴを旧友と戦わせられない俺なりの配慮もあるが、別の理由もある。

 

「こいつは推測になるが、おそらくネビロスの〈罪〉は肉体に作用する力を持ってるはずだ」

「なんだと? いや、言われてみれば確かに……」

「だが、肉体は縛れても魔力や魂はそうじゃない」

「聖霊が鍵となるか……助言感謝する!」

「頑張れよ」

「そっちこそな」

 

 月並みな応援を送ったところ、俺は対峙すべき相手の方を向いた。

 さてさて、実際問題時間稼ぎならそう難しくはない。のらりくらりと幻影で惑わせられれば、十分やり過ごせる自信がある。

 

 狼煙は俄かに上がった。

 

 合図もなしに接近してくるレイエルとアニエル。

 前者が剣を、後者が魔法を携えて迫って来るのを見て、すかさず俺は〈噓八百(フル・オブ・ライズ)〉を展開し、相手の目を惑わせる。

 

 一方でベルゴとネビロスの戦いも再開した。

 〈闇魔法〉を連射するネビロスを前に、ベルゴは聖霊を召喚して次々に魔法を切り落としている。

 

 互いに一歩も譲らぬ状況が続く。

 

「っか~! 美男美女に挟まっちゃったなぁ~!」

「「──」」

「っとと! 挟まられた覚えはねえと」

 

 無言の訴えのように切りかかるレイエルの斬撃を避けたところで、俺は思考を巡らせる。

 〈噓八百(フル・オブ・ライズ)〉で聖騎士と聖女の猛攻をやり過ごす間、俺は適当に攻撃を仕掛けて二人の動きを観察していた。

 

 斬撃の傷──回復される。

 魔法の傷──回復される。

 流血──有り。

 血の色──鮮やかな赤。

 

「──心臓か」

 

 俺の呟きにネビロスがピクリと反応したような素振りを見せた。

 

「ほぉ……気付くかぁ?」

「死体の血があんなに綺麗かよ」

「フ、フフ、フ」

 

 正とも否とも捉えられる笑みを湛えるネビロス。

 今すぐにでも奴の顔面を殴りに行きたい衝動にこそ駆られるが、残念ながら今は夫婦の相手で手一杯だ。

 

 というのも、なんだか段々二人が俺の幻影に対応し始めている。

 〈噓八百(フル・オブ・ライズ)〉が聖域であることを看破したのか、地面を破砕してくるし。

 

 しかし、これはある意味収穫だ。

 死霊術で操られているとはいえ、彼らには思考ルーチンのアルゴリズムのようなものが組み込まれているらしい。だからこそ目の前の状況にも順次適応してくるわけだ。

 

 それならそれでやりようがある……のだが、幻術看破されたらやられるの俺じゃん。

 ハッハッハ、どうしましょう。

 

「危にゃあい!!?」

 

 案の定、二人は幻術関係なしに命中率が高い広範囲攻撃を多用し始めた。

 不味いぞ、このままじゃあ流れ弾がベルゴに行きそうだ。時間稼ぎとか悠長なことしてる場合じゃないわ。

 

「チッ! しゃあねえ、〈罪〉で一気に片を付けて……」

 

 

 

「──その必要はありませんわ」

 

 

 

「!」

 

 不意に響く声と共に押し寄せる魔力の感覚。

 どこかで聞いたことのある艶めかしい声色が響いたかと思えば、次の瞬間、俺に襲い掛かろうとしたレイエルとアニエルの二人が氷漬けになった。

 

「この魔法は……!?」

「──〈極大氷魔法(グラキエル)〉」

 

 地面を這うよう伸びてきた氷獄。

 その進路を辿った先には一人の女が立っていた。

 

 艶めいた金春色の三つ編みを靡かせ、前髪の間から眼帯を覗かせる美女だ。

 

「お前は──」

「ライアー様ぁ~~~!♡」

変態(セパル)!!」

 

 緑色の変態がそこに居た。

 こんな状況だってのに黄色い声を発しながら、セパルは投げキッスを連射しながら『結婚いたしましょう♡』なんて宣っている。やめて、恥ずかしいから。

 

「〈海の乙女(シーレーン)〉だとぉ……?」

 

 怪訝な声を発するネビロスは、ベルゴを相手取る片手間にセパルを横目で眺めていた。本当に彼女がインヴィー教国聖堂騎士団長であるのかを見定めようとしているのだろう。

 

 しかしだ。

 

「そこまでだ」

「……ほぉ……?」

「懺悔するなら今の内だぞ」

 

 二人の騎士がネビロスの背後に立ち、魔法の準備を整えていた。

 

 片や〈海の乙女〉副団長のザン。

 もう片方は〈灰かぶり(シンデレラ)〉副団長のハアイヤだろう。実際に目にするのは初めてだが見覚えがある。

 

──どうやら援軍が間に合ったようだ。

 

 団長や副団長に続き、続々と〈海の乙女〉の面々が顔を表す。

 

「ライアー! 大丈夫だった!?」

 

 その中には救出した女性を避難させていたアータンやリーンの姿も伺えた。

 察するにすでに避難は完了したのだろう。

 

 それにしても錚々たる顔ぶれだ。

 現〈海の乙女〉団長と副団長、〈灰かぶり〉の元団長と現副団長。

 それに加えてアータンだ。場違い感が凄まじ過ぎて、猛獣の檻に放り込まれたチワワを彷彿とさせる。

 

「さて」

 

 一堂に会する面子の中、さっきまで一番場違いな声を上げていたセパルが居直り、凛とした声を紡ぐ。

 

「あなたの悪行もこれまでです、ネビロス」

「……『これまで』……とはぁ?」

「この場所はすでに我々が包囲しております。もうすぐ〈灰かぶり〉と〈獅子の心臓〉だってここに辿り着くはず」

 

 右手に〈水魔槍(オーラハスター)〉を生み出すセパルが、その穂先をネビロスの方へと突きつける。

 妖艶な笑みの中には、隠し切れぬ標的への殺意を滲んでいた。

 

「あなたは最早袋のネズミ。死ぬまでのあと僅かな時を、自分の犯した罪を悔い改める為に使いなさい」

「袋のネズミ……かぁ……」

 

 そう呟くネビロス。

 次の瞬間、不気味なほどに静まり返った空にクツクツと喉を鳴らす笑い声が響いた。

 

「フ、フフ、フ……フフ、フ、フフフ……!」

「……何がおかしいのです」

「いやぁ……だってぇ……なぁ?」

 

 ギョロリ! と。

 天を仰いでいたネビロスの血走った眼球だけが動いてセパルを睨みつけた。

 

 その瞳に宿っていた感情は怒りや憎悪ではない。

 もっと純粋で、もっと悍ましい。

 それはまるで面白いものを見つけた子供が覗かせる、無垢故の残虐性にも似た光だった。

 

「──袋のネズミはぁ……こっちのセリフだぁ……!」

 

 直後、実験場──否、ドゥウス全体に激震が奔った。

 直下型の揺れ。全員の体が一瞬宙に浮かび上がり、多くの者は着地した後もその場に崩れ落ちた。

 

「この揺れは一体……!?」

「疑うことを知らない愚鈍な人間共ぉ……この戦いはなぁ……元よりおまえらを一掃する為の処刑場だぁ……!」

「なん……ですって!?」

 

 ほくそ笑むネビロス目掛け、セパルは手に持った〈水魔槍〉を投擲する。

 螺旋を描く水流と共に回転する投擲槍はそのままネビロスを貫く──かと思いきや、それらは寸前で氷獄より脱出したレイエルとアニエルにより防がれてしまう。

 

 自分の魔法を破られた挙句、入れられた横槍に歯噛みするセパル。

 そうこうしている間にも震動は苛烈さを増し──そして、大地が裂けた。

 

「っぶねえ!!?」

 

 地面を真っ二つに分断する地割れ。

 刻一刻と広がっていく地割れの間から光が、否、()()が覗いた。

 

「なに……あれ……?」

 

 恐怖の声色を紡ぐアータン。

 刹那、地の底より伸びてきた()()が、俺達の立っていた広場の地面を叩いた。

 三度襲う激震に混沌を極める状況。ただでさえ戦力を分断されてしまったところに這い上がってくる常軌を逸した巨大なる存在を前に、誰もがその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 這い上がってきたのは()()()()()

 ベルゴの聖霊よりも遥かに大きな──それこそ大聖堂すらも上回る背丈を誇る巨人は、大地を揺らし、その巨体を地上へと現した。

 

巨神兵(ネフィリム)ですって……!!?」

 

 愕然とした声を漏らしたのはセパルだった。

 片眼を抉られ、隻眼と化した彼女の残された瞳に宿る恐怖の色は、眼前の存在がどれほどの強大であるかを推し量らせるに十分過ぎていた。

 

──かく言う俺もその一人だ。

 

「……Ⅵのラスボス出してんじゃねえよ」

 

 誰に対して言うわけでもない。

 独り言つ俺の呟きは、100メートルは優に超えるであろう巨人の足音に掻き消される。

 しかも、それだけの巨体だ。ただ一歩進むだけでも周囲の建物は震動に耐えきれず、音を立てて倒壊していく。

 

 この展開は……流石に予想外だったな。

 

「こんなもんまだ序の口だぁ」

 

 すると、俺の心を見透かすようにネビロスが口を開いた。

 

「あれは涙ぐましくここに来る騎士共の迎えだぁ……」

 

 パチンと指を鳴らすネビロス。

 それを合図に、奴をセパルの魔法から守った二人の騎士に異変が訪れた。

 

「ぐッ……がああ……!!?」

「あっ……あぁあ……!!?」

 

 レイエルとアニエルの二人が苦しみ始める。

 同時に彼らに身に着けられた罪冠具より罪紋が広がるではないか。

 

「レイ!? アニー!?」

「おまえらの処刑人はこの二人ぃ……フ、フフ、フ……聖騎士の剣に介錯されるか、聖女の炎で焼かれるかぁ……」

 

──好きな方を選べぇ。

 

 悪魔が宣告した、まさに次の瞬間だった。

 

 

 

「「──告解する」」

 

 

 

 聖騎士と聖女が告げるその言葉。

 

 

 

「我が〈(シン)〉は〈怠惰(たいだ)〉」

「我が〈(シン)〉は〈悲泣(ひきゅう)〉」

 

 

 

 それは紛れもなく、俺達にとっての──。

 

 

 

「我は──〈怠惰(たいだ)のレイエル〉」

「我は──〈悲泣(ひきゅう)のアニエル〉」

 

 

 

 死刑宣告だった。

 

 

 

 




Tips:十天流(アストラ)
 ディア教国に伝わる剣術の一つ。
 聖霊の根源たる魂の力を応用した剣術であり、基礎にあたる聖霊の力を発現させた〈火焔天〉の状態から十個の剣の型に派生する。
 聖霊を完全に引き出せずとも、魂の炎を剣に宿らせられればある程度技は繰り出せるため、ディア教国では召喚隊のみならず騎士隊でも使えるように訓練されていた。

Tips:栄光の手
 絞首刑に処された罪人の左手を酢漬けにすることで作製される魔道具。左手の持ち主から採取した脂に火を灯すことで、その場に居る栄光の手を提示された者達は身動きが取れなくなる効果を有している。
 魔道具というよりも呪物に近い代物であるが、ネビロスはこれを罪器化し、罪器シニスターとして愛用されていた。

 でも折られた。
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