嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第七十五話:温泉は開園の始まり

 

 

 

「いやぁ~、本当に助かりましたぁ~!」

 

 

 

 目の前に佇む壁尻シスター。

 アスと名乗った宣教師は、その長い桜色の髪を風に遊ばれつつ、空色の瞳を細めて柔和な笑みを作った。

 

 ううむ、ベルゴは大層立派なものを持っていると見込んでいたようだが、いざ目の前にしてみると胸は大きくない。

 どちらかと言えばすらりとしたモデル体型……だと思ったけど、やっぱり太ももと尻がデケぇわ。競輪選手かよ。

 いや、競輪選手でもあそこまで尻はデカくならないな。競輪選手に対する熱い風評被害になっちゃうわ。

 

「改めまして。わたしはアスと申します! 皆さんのお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ。俺はベルゴの仲間のアータンの仲間のライアーだ。よろしく」

「? あなたがライアーさん、そちらの方がベルゴさん、そちらの女の子がアータンさん……ということですか?」

 

「自己紹介が奪われた!!?」

「前にも似たようなことがあったな」

 

 鉄板なのか? とベルゴが漏らす。

 しかし、アスは今ので俺達全員のことを把握してくれたらしく、『ありがとうございます!』と握手を交わしていく。

 

「それにしても皆さん、こんなところにどのような用事で? この先には最近アシッドモスキートがたくさん湧いていて危ないですよ」

「そのアシッドモスキートを退治に来たのさ。ギルドで依頼を受けてな」

「なんと。では、わたしと同じですね」

 

 ……そう言えば、この人もアシッドモスキートをどうたらこうたらって言ってたな。

 

「あんたもアシッドモスキートをどうにかする気か?」

「ええ。人助けもまた宣教師の務めですから」

「でも、ギルドに出てる依頼を勝手にこなすのって大丈夫なのか?」

「……」

 

 あっ、壁尻シスターの笑顔が固まった。

 どうやらそこまで考えが及んでいなかったようである。

 

「それは……そのぉ……」

「まあ、勝手に解決してくれたらこっちで達成したってギルドに報告できるんだけどな」

「で、ですよね!? あなた達は困りませんよね!?」

「でも、それだと虚偽報告ってことになるし、もし仮に依頼主が『いや、宣教師さんが勝手にこなしてくれたのでぇ~』って言ったら俺達は報酬金ももらえず無駄足を踏むことになる」

「……すみませんでしたぁー!」

 

 壁尻シスター、全力の土下座である。

 天を衝かんばかりに聳える尻がこれまたデカい。前衛的なデザインのツボかな? って感じだ。きっとご両親もいい尻をしていたことは想像に難くない。

 

 ……などと、俺が明後日の方向に思考を巡らせている間にも、アスは平身低頭平謝りをし続けていた。

 

「申し訳ありません! 実はわたし、そういうのに疎くて……」

「いや、別にいいんだけどさぁ……」

「でしたら! でしたらわたしが証言しますので! 報酬金はしっかりあなた達に差し上げますので!」

 

 そう言って謝罪をし続けるアス。

 なんというか……とても残念なシスターさんである。ゲームとではまったく印象が変わってくるぜ。

 

「どうするの、ライアー? なんか可哀そうになってきたよ……」

「俺は別に一緒に来てくれて構わないんだけどなぁ……」

「オレもまだそこまで詳しくないのだが、受注したパーティーが急に増員しても構わんのか?」

 

 同情の視線を送るアータンの一方、ベルゴが事務的な部分での疑問を投げかけてくる。

 だが、そこについては問題ない。受注したパーティーが突然増員したところで、結局はパーティー内での取り分が変わってくるだけだ。ここにギルドは関与しない。

 

 それよりも重要……ってか、問題になってくるのは別の部分だ。

 

「なあ、アスさんやい。あんた、冒険者の登録はしておいで?」

「冒険者としてですか? ま、まあ、一応は……」

「ん。なら問題ないな」

「本当ですか!?」

 

 よかったぁ~、とアスはへなへなと脱力する。

 冒険者ギルドでの依頼を遂行する際、問題になってくるのは部外者が関与していないかどうかだ。依頼によっては機密性の高いのもあったりする為、時には契約不履行ってことでパーティーが処罰されるケースも多々ある。

 

「ちなみに等級は?」

「等級は……えー、鉄です……」

「……」

「な、なにか問題が……?」

「……今回の任務、銀等級以上向けなのよねぇ」

 

「「「え?」」」

 

 アスだけでなく、両隣からも視線が突き刺さる。

 なんだい? 俺なんかしちゃいました?」

 

「ライアー? 私それ聞いてないんだけど……」

「一応聞くが、銀等級向けの任務はそれなりに危険なのではないか?」

「そうとも言う」

「「ライアー!!」」

「痛だだだだッ!!? ちょ、両方から肩揺らすな!! 外れちゃう!! 肩外れちゃうぅー!!」

 

 詳細を話していなかったが故、仲間である二人から肩ゆさゆさの刑に処される俺。とても痛い。

 

「お待ちなさいな!! お前ら最近ドゥウスでドンパチやってきただろうが!!? あんなのよりずっと安全だわ!!」

「えっ、そうなの?」

「……まあ、それもそうか」

「ゔっ」

 

 冷静になった二人がようやく肩を揺らすのを止めてくれた。

 まったく、困っちゃうわ。危うく肩の軟骨が擦り減るところだった。後でグルコサミン摂取しなくちゃ。

 

「ふぅー……話を戻すけどよ、基本的に自分の等級以上の依頼を受ける場合は、依頼と同じ等級の人間が引率しなきゃなんないわけ」

「ライアーの等級は?」

「銀。ちなみにアータンはこの前銅になったぞ」

「えっ?」

 

 聞いてない……、とアータンは自分の冒険者タグを取り出す。

 フフッ、どうだ驚いたろう。なんたってアッシドで受け取ったタグを、アータンがご飯に夢中になっている時、こっそりすり替えておいたのさ!

 

 ……え? 本人認証?

 俺を誰だと思ってる、〈虚飾〉ぞ。アータンの分身ぐらい出せるわ。

 

 本来鉄等級から銅等級に上がるには、一年くらい地道に依頼をこなしていく必要があるのだが──それには秘密がある。

 

 っていうのも、俺が銀等級向けの依頼にずっと引っ張り出していただけだ。本人知らないだろうけど。

 高難度の依頼をこなせば昇格も早くなる。冒険者の等級なんてそんなものだ。

 

「アータンが銅、か……」

 

 一方、冒険者に登録したばかりでまだまだ駆け出しのベルゴは、温かな眼差しで『本当に銅だー!』とはしゃいでいるアータンを見守っていた。いいのか、元騎士団長(ベルゴ)。アータンより等級が下なんだぞ?

 

 ……まあいいか。

 

「そういうわけでアスさんやい。一緒に来るなら俺の引率の下だがよろしいか?」

「はい! わたしは構いませんよ」

「よし」

 

 まとまったなら話が早い。

 

「それならアシッドモスキート退治に出発だ!」

「「おぉー!」」

 

 何も知らない様子の少女とシスターが元気よく掛け声を上げる。

 果たしていつまでその笑顔が続くことかな……クックック。

 

 なんてあくどい笑みを漏らしていた俺に、ベルゴが生温かい眼差しを送ってくる。

 なんでだ。アータンにはもっと温かな視線送ってたやろがい。俺のことも温かく見守って頂戴よ。

 

「アスさんは宣教師なんですよね? スーリア教ってどんな宗教なんですか?」

「良い質問ですね! スーリア教は色欲を罪とし、純潔を尊んでおります。ですので夫婦の愛を至上としていて、聖職者でも結婚が許されているのが特徴なんですよ」

「聖職者でも!?」

 

 そうなんだー! と驚嘆アータンが声を上げている。

 そうだね、普通聖職者って結婚できないイメージあるもんね。けれどもスーリア教じゃあ普通に結婚できるらしい。

 

 流っ石、魔人ハーレムを作った人間が興した宗教は一味違ぇぜ。

 

 しかし、そのことを知っている俺だからこそ知っている“危機”がある。

 

「見ろ、あれがアシッドモスキートだ」

 

 四人で歩くこと数十分。

 辿り着いた特にアシッドモスキートが発見されている河川……すなわち、奴らの生息地だ。ホカホカと立ち昇る湯気からもわかる通り、河川を流れる水は全てお湯だ。

 魔物が居なかったら足湯と洒落込みたいところではあるが……。

 

「蚊がたくさん居る……」

 

 川の周りをうじゃうじゃと飛び回る大きな蚊の大群。

 それを目の当たりにしたアータンはブワリと鳥肌を立たせ、俺に縋りついてくる。おーよしよし、怖かったねぇ。蚊取り線香焚いて上げようねぇ。

 だが、生憎と中型犬ほどもある蚊に効く蚊取り線香なんて売っていない。仮に存在するとしても人間が死ぬわ。

 

「よーし、一先ずあいつらを蹴散らすぞー」

「わわっ……やるしかないんだね」

 

 腹を決めたアータンは、涙目のままウェルテクスを構える。

 

「アス。お前は戦えるか?」

「ええ、ご心配には及びません。棒術と風魔法、あと一通りの回復魔法は嗜んでおりますので」

「そうか、心強いな」

 

 一方で、ベルゴはアスに戦えるかどうか確認していた。

 まあ、俺は心配していないが初対面で共闘するのだ。それぐらいは当然だろう。

 

 しかし、準備を進める俺達の気配を感じ取ったのか、アシッドモスキートがにわかに色めき立つ。鈍い羽音を響かせながら、ゆっくりと俺達の下へ近づいてくる姿が見える。

 迫りくる魔物に全員が各々の武器を構えた。

 

 俺とベルゴが剣。

 アータンとアスは杖……っつっても、後者は僧侶の持つ棍杖だ。

 

 どちらもアシッドモスキート単体を潰すには十分な武器であるが、一つ気を付けなければならない点がある。

 

「一応言っておくけど、アシッドモスキートの吐く酸に触れると服を溶かされるぞ」

「今!!?」

 

 アータンは悲鳴のような叫び声を上げる。

 ごめんね、その顔が見たくて……。

 

 そういうわけでこのアシッドモスキート、ギルシンファンからの通称『先生』と呼ばれる魔物は、衣服を溶かす酸を吐き出してくるのである。

 初登場は当然、初代ギルシンこと『色欲のエデン』だ。

 つまり……うん。

 その節は大変お世話になりました。

 

「な、なんて不潔な魔物なんでしょう……!!?」

 

 俺達がやいやい言い合っている傍ら、破廉恥モスキート相手にアスは憤っていた。

 

「人を恥辱に塗れさせようとは……許せません!!」

 

 怒りからか頬を紅潮させるアスは、手に持っていた棍杖をクルクルと回し始める。

 まるでバトントワリングのように滑らかな回転。しかし、数秒も経てば棍杖の回転によって猛烈な暴風が巻き起こされる。

 

「──〈大風魔法(ベントス)〉!!」

 

 〈風魔法〉の上位魔法、〈大風魔法〉。

 間もなく暴風に巻き込まれたアシッドモスキートらは、乙女に恥辱を味わわせる酸を吐くことすら許されず、風圧で手足や翅をもぎ取られながら川に沈んでいった。

 

「あらららら、終わっちゃったよ」

 

 群れならばそこそこ脅威のアシッドモスキートも、広範囲魔法の前には敵ではなかった。

 確かにこれほどの魔法を使えるのなら、一人で討伐に向かう気持ちもわからなくはない。ただ、それだけあの壁尻事件が残念になってくるだけだ。

 

「これで悪は滅されました」

 

 やり切った顔で額の汗を拭うアス。

 しかし、よく耳を澄ませればどこかから羽音が聞こえてくる。現実のモスキート音よりもずっと重く、低い振動の音が──。

 

「危ねえ!」

「えっ? きゃ!?」

 

 湯煙に紛れ、アスの背後に現れる一匹のアシッドモスキート。

 そいつが口吻から酸を吐き出したのを見て、俺は飛天で彼女を抱きかかえるようにして、その場から離れる。

 

 悪いな、この世界は全年齢対象なんだ。

 エッチなのは許しません。断罪(ギルティ)

 

「よっと」

 

 ついでにすれ違いざまに一閃叩き込んだ。

 アシッドモスキートの体はそこまで硬くはない。豆腐でも切るかのように、刃は細長い体を両断する。

 

 周囲から敵の気配は消えた。

 これでやっと一息吐ける。

 

「油断禁物もつ煮込みってな。怪我ねえか?」

「は、はい……」

 

 跳ねた酸で、という可能性もあったが大丈夫みたいだ。

 

 ……それにしても顔が赤いな。熱中症か?

 ……それにしてもアータンからの視線が痛いな。熱中症か?

 

「具合悪いなら無理するなよ。水でも飲むか?」

「だ、ダメです! 不潔です!」

「え」

「あ」

 

 水の入った革袋を渡そうとしたら、面と向かって不潔呼ばわりされた。

 おかしいな、涙が止まらないよ。一度突き刺さった言葉のナイフってのはどうにもすぐには抜き取れないの。

 

「そ、そっかぁ……なんかぁ……ごめんねぇ」

「いえ! そういう意味じゃないんです!?」

「うん、だいじょうぶ。おれはぜんぜんきにしてないよ」

「ものすごく気にしている言い方!?」

 

 心に傷を負った俺はそそくさとアスから距離を置き、アータンの下へと向かう。

 すると、何を思ったのか少女は小さな手で頭をポンポンと撫でてくれた。

 

 よし、これで元気はフルチャージだ。

 

「問題はどうしてアシッドモスキートが大量発生したかだな」

「お前の元気は安上がりだな」

 

 アータンに慰められて立ち上がる俺を見て、ベルゴがなんか言ってくる。

 うるせえやい。アータンに頭撫でられたら誰でも元気になるやろがい。

 

「だが、目星はついてるのか? ライアー」

「ん、まあ一応な」

 

 本当か? とベルゴは問いかける。

 フッフッフ。流石の元騎士団長さんと言えども、『ギルティ・シン 20th アニバーサリー 公式ガイドブック 予約特典歴代勇者フィギュア付き(税込み49,800円)』を読破した俺に魔物の知識量じゃあ敵わないらしい。優越感よのぅ。

 

「魔物の大量発生原因は大きく分ければ二つ。一つは環境だ。たまたま気候やらなんやらが条件に合致して、ってパターンだな」

「もう一つはなんだ?」

「元々の住処を追いやられたパターンだ」

 

 その後もちらほらと見かけるアシッドモスキートを頼りに、どんどん川を上っていく。

 しばらく歩けば、俺達の前に一つの洞窟が現れた。洞窟から流れてくるのも硫黄が溶け込んだお湯だ。立ち昇る湯気からしてもう熱い。

 

「アシッドモスキートは元々こういう洞窟の中がお好きでな。獲物を探すにしても、洞窟からそう離れることはない」

「つまり、奴らが洞窟から離れなければならなくなった原因がここに居ると?」

「そういうわけだ」

 

 俺は右手に魔力を集中させる。

 発動した魔法は〈魔弾(マギ)〉だ。威力は弱いが、洞窟に居座ったであろう“お客さん”にちょっかいを掛けるのであれば、このぐらいでちょうど良い。

 

「そぉーれッ!」

 

 〈魔弾〉を洞窟の中へシュゥゥゥーッ!!

 超! エキサイティン!!

 

 ってな感じで〈魔弾〉を投げ込むこと数秒。洞窟の中から小爆発の音が反響して聞こえてくる。

 お湯のせせらぎ響いていた辺りがにわかに鳴動し始める。

 地震、ではない。

 震源は間違いなく、あの洞窟の中からだった。

 

「な、なんですか? この揺れ……」

「──来たな」

 

 

「ギィイイーッ!!!」

 

 

 突如、洞窟より熱湯を巻き上げながら巨大な蜥蜴が出てくる。

 蜥蜴とは言っても、その巨躯を鑑みればほとんど竜に等しい存在だ。

 しかし、その体表を覆うのは鱗などではない。黄金色の光沢を放つ透明な結晶が、外敵から身を守る棘のようにゴツゴツと生え揃っているではないか。

 

「なんですか、あの魔物は!?」

「あれは硫黄蜥蜴(サルファーサラマンダー)だな」

 

 身構えるアスに俺が答える。

 サルファーサラマンダーは、その名の通り体表に硫黄の結晶が生えた大型の蜥蜴である。主食として硫黄を摂取しているという、なんとも不思議な蜥蜴さんだ。

 その生態から基本的には火山地帯を生息地とし、滅多に人里には降りてこない。

 こちら側から出向かない限りは無害だが、一度外敵と見なした相手には、体内の硫黄より毒ガスを生成して吐き出してくる。

 

「アシッドモスキートが人里に降りてきたのはこいつが住処を奪ったからだろうな」

「! つまり、この魔物を倒せば……」

「依頼達成だ」

 

 棍杖を構えるアスに続き、俺もイリテュムを抜く。

 すると、俺達の敵意を感じ取ったサルファーサラマンダーが、口腔より青白い炎を灯し始める。あれは単に高温の炎だからではない。サルファーサラマンダーの硫黄が燃えている化学反応による色彩だ。

 

「ブレスが来ます! ここはわたしが……!」

「──〈水魔大盾(オーラ・スクートゥム)〉!」

「……あれ?」

 

 〈風魔法〉で炎を掻き消そうとしたアスであるが、生憎とその必要はなさそうだ。

 水の盾を繰り出すアータンにより、サルファーサラマンダーの繰り出す炎はいともたやすく防がれる。

 

 さてさて。

 

「次は俺らの番だ、ベルゴ」

「出来ている」

「話が早いぜ♡」

 

 俺の手には魔力の塊が。

 ベルゴの背には聖霊が現れる。

 

「──〈大魔砲弾(グランマギア)〉!」

「──〈月天(げってん)〉!」

 

 魔法の砲弾と聖霊の斬撃が、サルファーサラマンダーに叩き込まれる。

 優に三メートルはあるであろう巨体は、爆発でほんの一瞬硬直した隙を衝かれ、首を切り落とされる。

 血を噴き上げる頭はだらりと垂れ下がり、足元を流れる湯水を赤く染め上げていく。

 

 一瞬の決着。

 まあ、こんなもんよ。

 

「ひとっ風呂浴びる前の散歩にゃちょうど良かったぜ」

 

 偽物勇者。

 元聖堂騎士団長。

 アータン。

 

 この三人相手にサルファーサラマンダー如きが相手を務めるのは、少々力不足が過ぎるぜ。

 

「んなっ……!?」

 

 アスもお口あんぐりで棒立ちしている。

 どんなもんだい、壁尻シスター。

 

 

 

 これが、ドゥウスの死闘を潜り抜けた偽物勇者一行の力だぜ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「本当にありがとうございました!」

 

 サルファーサラマンダーを討伐後、日も暮れてきた頃合いにテルマーエへと戻った俺達。

 今回の一件で困り果てていた町の代表であり依頼主の町長さんは、何度も頭を下げてそれは大層に喜んでくれた。

 こういう行った先々で住民に感謝されることも冒険の醍醐味だ。感謝されるのは気持ちがいいね。

 

「大したお礼はできませんが……折角の温泉街です。ゆっくり疲れを癒していってください」

 

 お代は取りませんので、と。

 そう告げた町長さんの一言で俺達──いや、俺とアータンのテンションは最高潮に達した。

 

「おっんせんっ♪ おっんせんっ♪」

「おっんせんっ♪ おっんせんっ♪」

 

 風呂桶片手にスキップしちゃいながら、紹介された温泉へと向かう。すれ違う住民の目線も暖かい。でも俺に対してだけは生暖かい。

 この差は何よ……見た目か。

 

「まあいいや。温泉楽しむぞぉ~!」

「うむ、ここの湯殿は肌に良さそうだしな」

「ベルゴぉ……」

「な、なんだ? オレは何かおかしいことを言ったか?」

「いやぁ……別にだけどさぁ……」

 

 その目線は温泉旅行に来たご婦人なのよ。

 もっとこう、風呂上りのビールが楽しみだとか、湯治に良さそうだとかあるじゃん。見た目と発言の剥離が甚だしいわ。

 

「うーん」

「どうした? アスさんやい」

「アスでいいですよ。ライアーさん」

 

 これまた風呂桶を抱えているアスは、難しそうな顔で首を傾げた。

 

「わたしがご一緒してもよろしいんですか? 解決したのはライアーさん達ですし」

「何言ってんだ。アシッドモスキート倒したのはそっちだろ」

「それはそうですけど……」

「──一ついいことを教えてやろう」

「はい?」

「冒険ってのはな──楽しんだモン勝ちなんだぜ」

 

 大変な旅路こそ、道中の楽しみは存分に味わわなくては。

 そういうニュアンスでの発言と共に親指を立てて見せれば、気後れした様子のアスの顔色もパッと明るくなった。

 

「そうですか……それもそうですね!」

「っつーわけだから、お前はアータンと裸の付き合いを楽しんでくれ」

「なっ……!? ふ、不潔です!」

「公衆浴場全否定?」

「あっ、いえ! そういうわけでは……!」

 

 わたわたと訂正するアス。

 なんだ? 実はえげつない入れ墨でも彫ってるのか?

 背中に龍を背負ってんのか?

 

 そんなこんなで言い合っている間にも、俺達は町長に紹介された温泉へとたどり着いた。

 

「うぅ、わたしは……わたしは……!」

「別に無理しなくていいぞ……?」

「ほら、アスさん。女湯こっちだよ?」

「へ? あっ、ちょっ、待ってください!」

 

 わたしはぁ~! と叫びながら、アスはアータンへと連れていかれた。

 

 さて。

 ここは公衆浴場とは違い、張られているお湯は完全な源泉かけ流しだ。垢とは違う濁った白い湯殿から硫黄がほのかに香る、まさに俺が追い求めていた温泉がそこにはある。

 

「フゥーーーっ!!! 貸し切りだぁーーーいっ!!!」

 

 テンションMAXのまま衣服を脱ぎ捨て、さっさとかけ湯を済ませる。

 町長のご厚意でここ温泉は貸し切り……そう、貸し切りなのだ!

 

「泳いじゃっても怒られないもんねぇー!!! ──げほぉ!!? がはっ、鼻に温泉入った……!!!」

「自己完結の馬鹿は済んだか」

「言い草ぁ」

 

 はしゃぎすぎて痛い目を見た俺に、ベルゴのキレたツッコミがぶっ刺さる。

 酷いわ……! もうちょっと慰めてくれたっていいじゃない……!

 

「にしても、いい湯だなぁ~」

「そうだなぁ……」

 

 ぶへぇ~、と。

 野郎二人で縁に背中を預け、ゆったりと湯船に浸かる。ふにゃふにゃに脱力するままに天井を仰げば、そこには赤と青のグラデーションが色鮮やかな夕空が広がっていた。

 

「この露天よ。山と空の景色見ながら風呂なんて、町中じゃ無理だからなぁ……」

「ああ。たしかにこいつは極上だぁ……」

 

 すっかり露天風呂を堪能しているご様子のベルゴ。

 今までは過去のしがらみやらなんやらで気負いが多かっただろうが、だからこそ肩の荷が下りた状態での露天風呂の解放感は一入だろう。

 

「いつまでも浸かっていられそうだぁ……」

「だなぁ……」

「……そう言や、あっちにサウナもあったなぁ」

「サウナ……蒸し風呂のことか」

「……後で行こうぜ」

「ああ……行くかぁ」

 

 

 

「ふぅ~……」

 

 

 

「水遁の術!!」

「ぶごばぁ!!?」

 

 背後から聞こえる声に、俺は咄嗟にベルゴ諸共お湯の中に隠れた。

 

──女の声だった。

 

 混乱しつつも静かに移動。

 無駄にデケェ岩陰に隠れたところで浮上し、やっとこさ一息吐くことが叶った。

 

「(ぶはぁ……はぁ……!! な、なんで女がここに居るんだ……!!?)」

「(わからん!! まさか女湯と間違えたか!!?)」

「(そんな馬鹿な!!? たしかにアータンが向かった方とは逆に来たぜ!!?)」

「(では混浴だったと!!?)」

「(可能性はなきにしもあらず……だが!!)」

 

 最悪のパターンは、単純に俺達が女湯に迷い込んでしまった場合。

 そうなれば俺とベルゴは仲良くお縄。冒険の旅はここまでである。

 

 イヤだ……冒険の最後が女湯侵入だなんて……!

 

「あれ~? 居ないなぁ~?」

 

「(おい、なんか探してるぞ!!?)」

「(何を探してるんだ!!?)」

「(人を探してる風だな……)」

 

「ん~、こっちかな?」

 

「「!」」

 

 ザパザパと湯船を歩く波音が聞こえてくる。

 次第に俺達まで及ぶ波は高くなり、間隔も狭まってきた。どうやら声の主がこちらに近づいてきているようだ。

 

「(おい、ライアー!! 魔法で姿を隠せんのか!!?)」

 

 そうだ、その手があった。

 焦りすぎて自分の十八番を忘れちまってたぜ。

 

 ベルゴに言われた通り、俺はすかさず〈虚飾〉の罪魔法を展開する。

 そうなればあら不思議。隠れ身の術もビックリの隠遁術が発動だ。

 

「(これで一難は去ったな……)」

「(よし、ここから立ち去るぞ!!)」

「(待て!! 急に動いたら波が立って怪しまれる!! ここは慎重にだな……)」

「(そ、そうだな。今は落ち着く場面だった)」

「(ああ……なんたって俺達はストロングアサシン。スニーキングミッションならお手の、)」

 

「こっちから気配がしたんだけどなぁ──わあ!!?」

 

「ぶぷゅえ!!?」

「(ライアぁーーーっ!!?)」

 

 恐る恐る岩陰から様子を窺おうとした、まさにその瞬間だった。

 岩陰を曲がってやってきた声の主の柔らかいものが鉄仮面に衝突し、俺はそのまま湯船に倒れた。

 

「ブクブクブク……」

「えっ!? えっ!? 誰か居たんです!?」

「ブクブク……ザバァーーー」

「きゃあああ!!? マーライオンの化け物!!」

 

 俺の鉄仮面から流れ出るお湯を見て、眼前の人物がそう言った。

 そうか……俺ってマーライオンだったのか。

 そんな風に現実逃避していた俺であるが『あれ?』と困惑した声が耳朶を打つ。

 

「ライアーさんじゃないですか。なぁ~んだ! やっぱり先に入ってたじゃないですか~、もぉ~!」

「アス……? お前なんでこっち、に……」

 

 呑気にそう告げる声の主──アスを前に、俺は不意に言葉に詰まった。

 ぶら下がっている。

 別にそれはたわわに実った二つの果実とかではない。いや、ある意味で二つの果実……種類で言えばサクランボかもしれないけども。

 

 何より中央にバナナが生えていた。

 

「……」

「……」

「……あれ? どうしました、お二人とも? いくらなんでも、そう凝視されるのはちょっと……」

 

 ゴシゴシと目を擦る。

 もう一度現実を見据える。

 

 うん……生えてるね。

 実ってるね。バナナとサクランボ。

 

「……アスってさ、男?」

「はい? 男ですけど……」

「……スゥーーー……」

 

 とりあえず叫んでおこう。

 

 

 

 おちんちんランド、開園ッッッ!!!

 

 

 

 




Tips:アシッドモスキート

──アシッドモスキートが破廉恥過ぎる。

 このデカすぎる蚊はアシッドモスキートといい、主に温泉地帯周辺の水場に生息している蚊型の魔物です。
 通常、蚊の幼虫であるボウフラのみならず、温泉は生物が生きていける水温としては熱すぎるとされています。
 しかし、このアシッドモスキート種は、あえて高温環境に適応することで、幼虫を魚や獣といった外敵から守る生態を身に着けたのです。

 このように実に合理的な生態を身に着けたアシッドモスキートですが、あろうことかとある種族を天敵にしてしまう重大なミスを犯してしまいました。

 それは服だけを溶かす酸を吐くということです。

 アシッドモスキートは通常の蚊同様、吸血行為に出る機会があります。その場合、獣の毛や外皮を溶かして口吻を突き刺すのですが、その際、人間に対しては衣服のみを溶かす酸を吐き出すのです。
 これは対象の装備を見抜き、必要以上に相手を溶かさぬよう効果的な酸を吐き出すアシッドモスキートの高度な知能の為せる技でありますが、丸裸にされた人間の逆鱗に触れてしまう結果を招きました。

 その為、アシッドモスキートは女冒険者などからは蛇蝎の如く嫌われており、別に吸血行為を働いていない時でも討伐される時があります。
 ですが彼らに悪意はありません。精一杯生きているのです。
 とある医師などはその生成される酸に目を付け、緊急用の脱衣溶液として用いるべきという提唱もなされておりますが、これもあえなく却下されている現状です。

 過去には温泉目当てでやって来た魔人族の姫たちを丸裸にした実績を持つ彼らですが、やはり返り討ちにされました。

 それが食事行為が破廉恥過ぎて嫌われている魔物、アシッドモスキートです。
 
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