嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第八十九話:新技は突破の始まり

 

 

 

 暗い夜道を走る影がある。

 

 

 

 先頭を行くは純白一角獣(ユニコーン)だった。

 御伽噺に出てくる純潔な乙女を好む生き物だが、決して想像の中だけの存在ではない。純潔や貞潔を善行とするスーリア教国では、よく従魔として騎士と共にある姿を見られている。

 

 しかし、凡百の騎士に乗り手は務まらない。

 純潔云々を差し引いてもユニコーンは気性の荒い生き物だ。乗り手はそれだけ卓越した騎乗技術を求められる。

 

 故に、それを乗りこなせるのは聖堂騎士団の中でも一握りの高位騎士。

 

 たとえば隊長や副団長、あるいは──。

 

「お、お待ちください団長ぉー!」

 

 先行するユニコーンの数メートル後ろから声が響く。

 額に角はない──要は普通の馬に騎乗した騎士のものだった。ここで言う普通の馬とは、普通と言えど市井で飼われている種とは別物だ。

 戦場を速く駆け抜ける走力にタフネス、そして魔物や悪魔を恐れぬ胆力を兼ね備えたサラブレッドである。

 

 そのようなサラブレッドでさえ時が経つにつれ、先行するユニコーンとグングン距離を離されていく。声が届かなくなるもの時間の問題だった。

 必死の形相を湛える騎士は、喉が裂けんばかりに声を張り上げた。

 

「いくら目撃情報があったからとは言え、団長自らご確認に行く必要は……!」

「これが落ち着いていられるかッ!」

「ひぇ!?」

 

 飛んできた怒号に追いかける騎士は怯える。

 彼とて肩から垂らしたペリースに、団章を銀糸で縫われた男だ。知っている者なら敬意と畏怖を以て、頭を垂れられて然るべき御仁である。

 

 しかしながら、副団長である彼でさえ委縮してしまう怒気を、ユニコーンに乗る騎士はビリビリと放っていた。

 鉄紺のポニーテールと純白のペリースを靡かせる、端正な顔立ちをした騎士であった。

 美男子を絵に描いたような美貌は、たとえ眉間に皺が寄っていようと美しさを損なうことはない。

 

 そういう題材の彫刻だ──そう受け取ってしまえるほどの説得力が、その美貌には宿っていた。

 

「リオ様……!」

 

 端正な美貌はさらに歪む。

 怒りから不安へと移り行く感情の色をにじませた瞳は、眼前に構える街を見据えていた。

 

「今ハハイヤがお迎えに上がります……どうかご無事で!」

「団長ぉ~! 置いてかないでくださぁ~い!」

「後から追い付けばいい! 私は先に行く!」

「だぁんちょぉ~~~!」

 

 ユニコーンの腹を蹴ってやれば、前に進む速度がグンと速まった。

 それに伴って情けない副団長の声は夜風の中に消えていく。

 まあ、そちらはどうでもいい。団長は信頼の下に部下を斬り捨て、目的地へと急ぐ。

 

 目的地の名はフロールム。

 今まさに罪獣の脅威が過ぎ去り、大魔の襲撃に見舞われた花の都であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ハッハハハハハァ!!!」

 

 

 

 けたたましい笑い声が空気を揺らす。

 死屍累々が広がる娼館跡地のくぼみの中央。そこに立つ男──〈愚癡のサルガタナス〉と名乗った悪魔は、見世物小屋の獣でも見るような眼差しを空中に送っていた。

 

「まさかとは思うが……この程度で死にゃあしねえよなぁ?」

「チィ!!」

 

 試すような口振りに、俺も思わず舌を鳴らした。

 〈もう一人の自分(アルター・エゴ)〉を繰り出したはいいものの、複製すればするほど性能が落ちるデッドコピーでは、飛行要員として期待できる数にも限りがある。

 

 全員を拾い上げるだけの数が確保できない──!

 

「アータン!!」

「ッ、はい!?」

「攻撃は後だ!! 着地のフォローを頼む!!」

「わ……わかった!!」

 

 らしくもなく声を張り上げてしまった。

 少し委縮してしまったアータンを見て自省する。しかし、現状奴を攻撃している暇などないし、今の俺達が仕掛けた攻撃如きで倒せるほど甘い相手でもない。

 

 指示を聞いたアータンは飛行手段を持たない者達──墜落中の冒険者の足元目掛け、巨大な水の盾を何重にも連なるように展開する。

 急に高度から水面に叩きつけられぬよう配慮の行き届いた展開の仕方だ。あれなら徐々に減速し、いずれは地面に着地することが叶うだろう。

 

 だが、

 

「おいおい、俺は眼中にねぇってかぁ?」

 

 面白くなさそうな声が聞こえたと思えば、闇夜に鋭い眼光が輝いて浮かぶ光景が見えた。

 サルガタナスだ。奴は鋭く伸びた爪を生やした片手を、たった今アータンが展開した水盾の列へと向けていた。

 

 不味い──!

 

「んな寂しいこと言ってくれんなよ、なぁ!!?」

「「〈大魔砲弾(グランマギア)〉!!」」

「んぁ?」

 

 何かされる前に〈二枚舌(デュエット)〉で高速詠唱した魔法を繰り出す。

 この暗闇だ。煌々と光り輝く魔法の弾丸は嫌でも目につくだろう。

 真っすぐ飛来する弾丸に気づいたサルガタナスは、ゆったりとした挙動でこちらの方へ視線を移した。

 

 しかし、これは奴に通用しないだろう。

 

「てめえはお呼びじゃねえんだよぉ!!」

「チッ!!」

 

 案の定、というべきだろうか。

 一直線にサルガタナスへと向かっていた〈大魔砲弾〉は、奴に直撃して大爆発を起こしたように見えた。

 だが、舞い上がった黒煙やら砂煙やらが晴れた頃、そこには無傷なままの奴の姿があった。アータンの〈海蛇神の大水魔槍〉と同じ結果だ。

 

「誰だぁ? てめえ……」

「おいおいおいおい、俺のことを知らないってのかぁ? お前、さてはモグリだな」

「〈大罪〉じゃねえ雑魚の面は憶えてねえよ」

 

 そう言ってサルガタナスはこちらに手を翳した。

 これは──()()

 

(ヒク・サルタ)

「っっっ──とぉ!!」

「お?」

 

 刹那、眼前に現れたサルガタナスが俺目掛けて鋭い爪を振るってくる。

 一瞬という言葉さえ生温く感じられる瞬間だった。直前に来ると身構えていたから避けられたものの、そうでなければ今頃俺は死んでいただろう。

 

 向こうも、それは同じ考えだったらしい。

 

「今のを避けるか……」

「俺の顔は憶えられそうか?」

「──ハ、ハハハ、ハハハハハッ! 食出のねえ羊かと思ったがやるじゃねえか!」

 

 ギラギラと輝く眼光は俺に釘付けだ。

 白目が黒いのも相まって、まるで狼にでも睨まれているかのように錯覚するが、こいつは狼なんぞとは比べ物にならない猛獣であり害獣だ。

 

「おもしれえ! 今すぐその鉄仮面引き剥がして面拝んでやらぁ!」

「あっ、やめて。この鉄仮面罪冠具だから。取られたら顔の皮ベローンってなっちゃうから」

「そうか! なら精々剥がされねえよう足掻きな!」

「こいつ、聞く耳持たねえ!?」

 

 まあ知ってたけども。

 サンディークやグラシャラボラスを彷彿とさせる戦闘狂は、鋭く尖った犬歯を剥き出しにしつつ、左腕をブンブン振り回してくる。

 一見ただの引っ掻き攻撃。剣で受け止めればなんてことはない……と思ったら大間違いだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あ? 手応えがねえ……」

「掴まれぇー!」

「! 野郎……」

 

 なので、端からその場に幻影だけ残して俺は救助活動に勤しんでいた。

 冒険者達はほとんどが固まってくれていたおかげでアータンが対処できるが、突然の瞬間移動で集団から逸れたまま零れ落ちる人々もチラホラ。そこを俺が拾い上げていく。部分罪化で黒翼を生やしてバサバサと、それはもうバッサバサと羽搏かせる。

 

「ベルゴ! アス! そっちは大丈夫か!?」

「問題ない!」

「わたしもです! ──ていっ!」

 

 飛天が使えるベルゴは勿論のこと、アスもアスで地面目掛けてラーディクスを伸ばす。

 地面に突き刺さったラーディクスの根は一気に成長し、墜落する俺達の足元に一本の巨大な木を生やしてみせた。見た感じケヤキだ。

 アータンの水盾同様、硬い地面に叩きつけられぬ為の緩衝材だろう。よくよく見てみれば綿花も一緒に生えていた。

 

 救助が間に合わなかった罪派の面々は必死になってこれらに縋りつく。

 幸い下も娼館跡地の窪みに〈海蛇神の大水魔槍〉が注がれた溜め池のようになっている。木から落ちた罪派が、大きな水柱を上げながらも何とか生き延びている姿を散見できた。一先ず良かった。

 

 よし……。

 

「撤退だぁー!」

『えっ!?』

「……あぁ!?」

 

 着地するや撤退宣言を出す俺に、全員──サルガタナスも含めて面食らっていた。

 その間、さっさと〈聖域〉──〈噓八百(フル・オブ・ライズ)〉を展開し、周囲一帯を罪魔法で生み出した幻影で包み込む。

 

「てめえ! 待ちやがれぇ!」

「断る!」

 

 逃げちゃうもんね~。

 俺の罪魔法であれば六魔柱の魔力知覚と言え、早々俺達の位置がバレることはない。霧に巻かれるように姿を消してやれば、瞬間移動染みた速度で現れたサルガタナスも目の前で俺達を見失ったようだ。

 

「ッソがぁ!」

 

 ヘヘッ、キレてやんの。

 これが戦略的撤退というものだ。

 今なら見逃してやる……失せろ!

 

「出てこぉい! さもなきゃあ、ここらの人間殺して回るぞぉ!」

 

 あ、はい。

 やっぱり駄目でした。

 

 白状します。薄々そんな感じになるんじゃないかと思ってました。

 まあ、こうなる事態を加味しての態勢の立て直しだ。すでに俺の横にはアータンにベルゴ、そしてアスが集まっている。

 

「皆無事か?」

「ああ、なんとかな……」

「ふぅ……流石に魔力の消費は激しいですが」

「……私の魔法が全然効かないなんて……」

 

 反応は三者三様。特に罪器を多用したアスに疲労が窺えるものの外傷は皆無だ。

 しかし、問題は奴だ。今もキョロキョロと辺りを見回しているサルガタナス。あの忙しなさを見るに、余り長い時間隠れていると宣言通りの事態──大量虐殺が始まりそうだ。

 

「作戦会議だ。手短にするぞ」

 

 異を唱える者は居ない。唱えるだけの時間ももったいないという事態は全員が理解していた。

 

「奴は〈愚癡のサルガタナス〉。ネビロスと同じ魔王軍大幹部・六魔柱(シックス)の一柱だ」

「六魔柱……!?」

「どうしてそんな悪魔がここに?」

「杖を拾っていたな。目的はそれだろう」

 

 戦慄するアータンとアスの傍ら、冷静にベルゴが分析する。

 彼が言ったようにサルガタナス当初の目的は杖──もとい、罪器カドゥケウスの回収だろう。あの戦闘狂が〈大罪〉である三人より前に杖を拾い上げたのが何よりの証拠だ。

 

 ……すぐ目ぇつけられちゃったから誤差みたいなもんだけどね!

 

「ベルゴの言う通り、奴の目的は俺達じゃなくて杖だろうな。だから、最悪このままトンズラこけば奴は帰ってくれる……はずだ」

「でも! それじゃあ……!」

「無辜の民が犠牲になるのは見過ごせません!」

「……俺も同感だ」

 

 消極案としての撤退を提示するも、これは当然却下される。

 全員の瞳に闘志が宿っているのを確認し、俺は鷹揚に頷いた。どうやら大技が通用しなかった光景を見て尚、こいつらは町と人を守るために戦う気らしい。

 

「ったく……」

 

 ホントさぁ──皆のそういうところ大好きだぜ。

 

 六魔柱と不意の遭遇戦であるが、罪のない住民が大勢死ぬかもしれないのだ。

 転生先が仲間も見捨てる薄情偽物勇者の肉体とはいえ、中身が俺である以上、みすみす見殺すつもりはない。

 

「ライアー、何か作戦はない?」

「……ある、と言ったら?」

「本当!?」

 

 あの六魔柱の攻略法がないことはない。

 

 

 

 なんであるのかって?

 

 

 

 そりゃあ──攻略法なら攻略本に載ってあるだろ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「……逃げた、か」

 

 嘆息を吐く悪魔サルガタナス。

 先程姿を消したライアー一行に対し宣告したものの、数分待っても動きが見られないことへの失望の表れだった。

 

「チッ、めんどくせえなぁ……」

 

 上裸に外套をそのまま羽織った野性味溢れる装いの悪魔は、すでに思考を事後処理の方へと移していた。

 用事は既に済んでいる。鉄の杖──罪器カドゥケウスの回収だ。

 当初の目的さえ完遂すれば、今〈大罪〉を見逃したところで問題はなかった。

 

──理性はそう訴えている。しかしだ。

 

「それで済むわけねぇだろうがよぉ……!!」

 

 ああ言った手前、何もしなければ面子に関わる。

 悪魔として、魔王軍として、六魔柱として──だが、どれも彼を駆り立てる理由としてあと一歩物足りない。

 

 真に彼が引き下がれない理由は単純、そして、純粋でもあった。

 

「目の前に玩具をぶら下げられて引き下がるガキが居るかよぉ……!!」

 

 〈大罪〉への興味、それに尽きた。

 かつて幾度となく世界を救った勇者が宿していた〈罪〉の力。敵対者にとっては脅威でしかない大いなる力に対し、サルガタナスは脊髄より溢れ出すかのような対抗心を覚えていた。

 

「数人……いや、数十人も殺せば出てくるかぁ?」

 

 まるで虫でも炙り出すかのような口振りだ。

 しかし、それはどちらかと言えば虫網片手に森を駆けまわる子供の如く、爛々と喜色に弾んでいた。

 

「ハハッ」

 

 すると途端に笑い声が零れだした。

 

「やっぱり──そうだよなぁ?」

 

 ギュルリと眼球を転がす。

 注視するは虚空。しかし次の瞬間、虚空を切り裂き一人の男が現れ出でた。

 歴戦の騎士の風格を纏う男の登場に、サルガタナスは鋭く口角を吊り上げる。()が告げていた。

 

 待ちかねていた、と。

 

「ハハハハハッ!! 律儀にお出ででご苦労様ぁ!!」

「おおおおお!!」

 

 哄笑するサルガタナスへ、急襲を仕掛けたベルゴがコナトゥスを薙ぐ。

 

 すでに剣の間合いだ。

 振り抜くだけでサルガタナスの胴は上下に泣き別れとなるだろう。

 

 しかし──。

 

「ムッ!!?」

 

 ()()()

 コナトゥスの刀身が、ぐにゃりと。

 明後日の方向に折れ曲がった剣は、最早原型を留めてはいなかった。これにはベルゴも瞠目し、頬に一筋の汗を伝わせる。

 

「愛剣が折られてショックかよ? ハッ!」

「いや……()()()()()()()!!」

「なに?」

 

 不敵に笑むベルゴ。

 次の瞬間、折れ曲がったコナトゥスが途端に蠢いた。まるで命を宿しているかのような挙動だった。

 

「こいつは……〈怠惰〉か!」

 

 〈怠惰〉の権能、意思の付与。

 自ら思考し、形状を変化させる変幻自在の罪器コナトゥスは、綽綽としていたサルガタナスを拘束せんと巻き付こうとする。

 

「チッ」

 

 予想外に舌打ちをかまし、サルガタナスは退避を選択。

 避ける隙間などなかった刃の触腕、その螺旋の檻よりまんまと脱出してみせた。

 

 移動先はベルゴの背後。本人も気配で察知していたのだろう。

 すかさず聖霊を顕現させ、ベルゴは背後からの回し蹴りを聖霊の腕で受け止める。衝突の余波は爆発に等しかった。伝播した周囲一帯の窓ガラスが一斉に砕け散る。

 

「やるなぁ〈怠惰〉!! 流石、レイエルの野郎と同じ〈罪〉なだけはある!!」

「っ! 貴様、レイのことを……!?」

「奴のことはよぉーく憶えてるぜぇ!!」

 

 サルガタナスの腕の一振り。

 対してベルゴは聖霊の握る剣を振るった。

 

 が、しかしだ。

 双方が衝突した瞬間、聖霊の剣だけが切り裂かれた。いいや、捩じ切られたようにも見える。

 

「なっ……!?」

「どうした? この程度かよ」

「……いや、まだだ!」

 

 再度、聖霊の剣が顕現する。

 聖霊とは魂の力。魂が折れない限り、聖霊の剣もまた折れることはない。

 

 それから数度切り結ぶ両者。

 最初の一合で殺すつもりだった相手が懸命に食い下がって来る状況に、サルガタナスの口は鋭い三日月を描いた。

 

「いい剣技だ! じゃなきゃ、てめえは今頃屍になってやがる! だが──レイエルのが圧倒的に強かった!」

「チィ!」

 

 三度、聖霊の剣が捩じ切られる。

 どれだけ剣を研ぎ澄ませても、相手の爪や脚に触れた途端、刀身が大きく歪曲する。

 

(硬さが意味を成さん!)

 

 もしも人体に触れられれば──ぞっとしない話だとベルゴは背筋に寒気を覚えた。

 

「っ……さっきからレイエルレイエルと! まさか貴様もレイに手を掛けたのか!?」

「その通りさ! できりゃあサシで殺り合いたかったがな!」

「貴様ぁ!」

「俺様も奴が魔王ならと何度考えたか!」

「魔王だと……愚弄する気か!?」

 

 突拍子もない主張に疑問符が浮かびながらも激高するベルゴ。

 しかし、一方でサルガタナスの眼は真剣そのものだった。

 

「愚弄なんざしてねえよ!! こいつぁ俺様なりの賞賛って奴さ!! それほどレイエルには“力”があった!!」

 

 当時の戦いの熱が再燃し、サルガタナスは恍惚とした笑みを浮かべる。

 けれど、それは一瞬ばかり覗いた顔。次の瞬間には、不機嫌を隠さぬ顰め面を浮かべて、目の前の相手へと吠えたてる。

 

「魔王に必要なのはなんだと思う!!? 『財力』だと偉そうにほざく野郎が居る!! 『魅力』だと宣う野郎が居る!! 『権力』だ『兵力』だと語るでくの坊共も居る!! 『技術力』なんてほざいていたナメクジはこの前死んだばっかだなぁ!!?」

「つまり……何が言いたい!!?」

「魔王に必要なのは力、純粋な『暴力』なんだよぉ!! 歯向かう敵を殺せる力!! そいつなら馬鹿でも理解できる!! 馬鹿すらも理解せざるを得ねぇ最強……そいつこそが魔王に相応しい!!」

 

 違うか、と。

 まるで遠吠えのように辺りへ響かせる声量でサルガタナスは主張した。

 

「俺様はなぁ、今の魔王を認めてなんざいねえ!! いずれ俺様が他の六魔柱を倒し、魔王も下し、頂点に立つ!!」

 

 一段と激しくなる攻撃、そして歪曲する空間。

 空間の捻じれはそのままベルゴの周囲にも影響を及ぼす。堅実で堅牢、故に堅固だったはずベルゴの構えを、まるで無理やり引き剥がすかの如く崩してみせた。

 これには細心の注意を払っていたベルゴも瞠目せざるを得なかった。

 

「くっ!!?」

「分かるか? 〈大罪〉なんぞ俺様にとっちゃのし上がる踏み台だ!! 〈大罪〉を殺してこそ、俺様の力を証明できるッ!!」

 

 無防備なベルゴの胴を薙ぐ為に、サルガタナスは飛び掛かる。

 絶体絶命の状況。

 

 しかし、ベルゴはニヤリと笑みを湛えた。

 

「今だ!」

 

 

 

「はあああああっ!!」

 

 

 

「!」

 

 動揺は演技。

 ベルゴに注目していたサルガタナスは、頭上より響く声の方を向いた。桜色の髪を靡かせるシスター──アスが、罪器である棍をこちらへと向けているではないか。

 

「ラーディクス!!」

 

 名を呼ぶと共に魔力を注げば、ラーディクスは長く、細く、そして無数に枝分かれするように地面へ突き立てられた。

 サルガタナスを取り囲む無数の根。

 まさに悪魔を捕える檻といった様相。まんまとそこに囚われたサルガタナスは、苦虫を嚙み潰したような表情を湛える。

 

「たかだか根っこ如きでぇ……!!」

 

 しかしながら、彼が不快に思う理由は囚われたからではなかった。

 

「俺様を閉じ込めたつもりかぁ!!? あぁ!!?」

 

 青筋を立てるサルガタナスが吠えれば、途端に根の格子が歪む──歪む──際限なく歪んでいく。やがて歪みに耐えきれなくなった根は、メキメキと硬い繊維を千切られる悲鳴を上げてポッキリ折れてしまった。

 

「そんなっ……!!?」

「通用しなくて残念だったな、女ぁ!!」

「わたしは女じゃ……!!」

 

 

「おおらぁぁあああ!!!」

 

 

「っ!!?」

 

 突如として響く大声。

 今度はなんだと振り返り……落胆。

 

「てめえか……」

「ハッ!! そうでーす、俺でーす!!」

 

 剣を振りかぶって迫る鉄仮面の剣士・ライアー。

 その姿を見たサルガタナスの表情は、ある種芸術的とも言えた。

 

()()()を見て……まだそんなものが通用するとでも思ってんのかぁ!!?」

「やってみなけりゃ分かんねえだろうがぁー!!」

 

 無策の突撃を前に、サルガタナスの瞳には落胆を塗り替える怒りが沸き上がった。

 

「分かり切ってる──っつってんだよぉ!!」

「だよね」

「は?」

 

 腕を一振り。

 五指の爪を薙げば、ライアーの姿はゆらりと霧散した。

 

 すると間もなく近くに居たベルゴとアスの姿も宙に溶けていく。

 

「また隠れるつもりか……!!?」

 

 仕切り直しにしてはお粗末だ。

 それがサルガタナスの率直な感想だった。

 

「何度姿を消して不意打ちかまそうが、そんなんじゃ俺様は殺せねえぞぉ!!」

 

 激情に駆られた咆哮が響く、響く、響く……。

 それが遠方まで木霊した時──悪魔は一つ違和感に気づいた。

 

(声が……?)

 

──異様に反響したような。

 

 そう言えばさっきから服が重たい気がする。

 きっと最初の魔法で周囲に水気が満ちたからだろう。湿度が高くなれば声も反響しやすい。知識としてではないが経験則としてサルガタナスは体で覚えていた。

 

 ほんの一瞬の気移り。

 意識こそしてはいなかったが、無意識下で彼はとある一点をないものとして扱っていた。眼中になかったとも言える。

 

 

 

「──〈海蛇神の(レヴィアタン)〉」

 

 

 

「! この魔法……」

 

 どこからか声が聞こえる。

 湿気に満ちた空間。異様に声が反響する為、声の主がどこに居るかは定かではない。

 しかし、サルガタナスはこれを問題として見ていなかった。

 

「また同じ真似を……」

 

 一度防いだ技だ。

 焦る必要もない。

 

 そう……思っていた。

 

 

 

「〈三叉(トリア)〉」

 

 

 

──この瞬間までは。

 

 空が──いや、違う。

 目の前が()()が晴れた。

 

 刹那、虚空を裂いて一頭の水龍が現れた。

 魔人と化した少女が繰り出した大魔法だ。それは知っている。

 しかし、問題はここからだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な……にィ!!?」

 

 

 

「──〈大水魔槍(オーラハスター)〉ァーーーッ!!!」

 

 

 

「ッソがぁ!!!」

 

 信じられぬ光景に瞠目する間にも、三つ首に分かれた水龍の顎は三方向から一斉にサルガタナスへと襲い掛かる。

 絡み合う水龍。

 そして噛み付く水龍の顎は、サルガタナスを逃がさぬよう、寸分の隙間もないほどにガッチリと嚙み合っているではないか。

 

(こいつはっ!?)

 

 サルガタナスは悟る。

 

 多方向。

 超威力。

 何よりも虚を衝かれた。

 

 そこから導き出される(こたえ)、否、歪められぬ現実は──。

 

 

 

()()()()!!?)

 

 

 

 直後、瀑布が水面を叩く轟音が爆ぜた。

 油断、慢心。

 その隙を見逃さぬ三つ首の水龍が悪魔を噛み砕く、断罪の音色だった。

 




Tips:罪器ラーディクス
 アスが所有する杖棍型の罪器。
 アスの〈罪〉、〈色欲〉の術式が刻み込まれた結果、急速成長してリーチや太さが変動する変幻自在の武器と化した。
 その真価は根や枝のように枝分かれすることにより魔法陣を描くことで、即席の〈聖域〉を展開できることにある。地面を削ったり専用の絵具で描いたりして描く魔法陣は戦闘の余波に弱く、また魔力回路を拡張して描くタイプは魔力消費が激しいという欠点があるが、ラーディクスはそのどちらの欠点も緩和している。

 アスはこれを活用し、聖書に登場する植物をもじった独自の聖域・〈聖書の庭(ホルトゥス・ビブリクス)〉を展開することにより、自分や仲間を補助している。

 だが、それ以上にラーディクスの特徴は伸ばした根に対応した植物を生やす能力である。これはラーディクスの素材となった木材が、とある世界中の記憶を記録する樹より切り出されたからだと彼の師は生前告げていた。

 ラーディクスはラテン語で『根』の意。
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