嘘吐きは勇者の始まり   作:柴猫侍

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第九十話:認定は宿敵の始まり

 

 

 

 時は作戦会議の場面まで遡る。

 

 

 

──〈愚癡(ぐち)のサルガタナス〉

 

 

 

 六魔柱の一柱であり、転移能力を駆る六魔柱きっての戦闘狂。

 ストーリーで戦うタイミングは終盤前半。六魔柱の中でも序盤に相まみえるボスキャラであり、戦闘では異様に高い回避率と高い攻撃力でプレイヤーを苛立たせる、ネビロスとは別方面で厭らしいキャラである。

 

 ただし魔法耐性は低い。

 アイベルなどの魔法職キャラに攻撃を任せれば、グッと楽かつ安全に倒せる……いわゆる攻略法さえ知っていれば苦戦しない類のボスだ。

 

 それが『ギルティ・シン外伝 悲嘆の贖罪者』を遊んだプレイヤーの知る、奴についてのほとんどの情報──しかし。

 

 あくまでこれは()()()()()()()()()()()として見た場合だ。

 さらに奴と戦うタイミングも考慮しよう。ゲーム終盤ともなればパーティーメンバーは全員揃い、ほとんどのキャラが罪度Ⅲに達している状態だ。

 

 裏を返せば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 事実、サルガタナスの力──もとい罪魔法は、実際に相まみえるならば凶悪極まりない。

 攻略本に記載されていた設定で読んだ時、俺も思わず震え上がったほどだ。

 

「サルガタナスの〈(シン)〉は空間に干渉する力だ」

 

 瞠目する三人。

 唖然、懐疑、驚愕──三者三様の反応を見せる仲間達は各々の顔を見て、次第に事態の深刻さを実感するに至った。

 

「空間に……干渉?」

「やはり、か」

「ちなみにどれくらい凄いんですか?」

 

 最も剣呑な反応を見せていたベルゴが解説する。

 

「空間に干渉する類の魔法──転移魔法などだな。あれは本来、複数人の魔法使いが莫大な魔力を消費してようやく発動できる代物だ」

 

 つまり、おいそれと多用できていい代物ではない。

 しかし、アスを除いた三人──俺達は似たような〈罪〉を持つ悪魔を知っている。

 

 〈劫奪のシャックス〉。

 姉を人質に取られ、悪魔に身を窶した元盗賊の男だ。あいつが使っていた罪魔法も、対象を手元近くにまで引き寄せられる限定的な空間干渉魔法だ。

 その有用性は、巨体を誇っていたネビロスの〈腐敗せし地獄公(アスタロト)〉を一瞬で引き寄せた実績からも分かるだろう。

 

 要は無法なのだ。

 

「恐らくサルガタナスは空間に干渉する罪魔法を応用している。攻撃は相手を空間ごと捻じ切る防御不能の必殺技。防御は空間を歪めて攻撃を逸らす無敵の盾。しかも、瞬間移動染みた転移を事も無げに多用できる雰囲気も漂わせてやがる」

 

 六魔柱ほどの実力者がその罪魔法を使う事実の、どれほど恐ろしいことか。

 ようやく実感が湧いてきたアータンとアスの二人の表情は、かつてないほど恐怖と緊張に強張ってしまっていた。

 

 しかし、事前情報で脅かしてやるくらいしなければならない。

 後で一瞬の隙を衝かれてサルガタナスに殺されてからでは遅いのだ。

 

「そ、そんな相手、どうやって戦えばいいの……!?」

「わたし達の攻撃は転移で躱されてしまいましたよね?」

「躱されずともアータンの大魔法を無傷でやり過ごした相手だ。真正面から戦っても勝ち目は薄いだろうな……」

 

 事実を挙げれば挙げるほど、奴の無法ぶりに士気が下がっていく。

 あまりよろしくない空気を感じ取った俺は、一先ず咳払いをしてから皆の気をこちらへ向けさせた。

 

「待ちたまえ、諸君。作戦があるっつったろ」

「! そうだった。どうすればあいつに勝てる!?」

「奴が最初と次の攻撃をどうやって対処したか思い出せ」

「最初と次……って、三人で攻撃した時と私の? ……あ」

「気づいたか」

 

 どうやらアータンは何か察したらしい。

 ……なんで察せるの? ヤダ、うちのアータンが天才過ぎる。

 

「そっか……! ()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「? どういうことです?」

「……そういうことか!」

「待ってください! わたしを置いてけぼりにしないで!?」

 

 発想の天才たるアータンに対し、ベルゴは長年の経験と事実から答えを導いたらしい。

 ただしアス、てめーは赤点だ。ギルシン全作プレイし直してきな。ソフトとハードの両方は俺が貸してやる。お願い、遊んで。そして初見の感想を聞かせて。初見の感想からしか得られない栄養素ってあるから。

 

「アスさん、多分だけどあいつは多方向からの攻撃は避けるしかないんだよ!」

「……あー……あ~?」

「ダメだ! こいつ疲れで頭が回ってねえ!」

「ちょっと待ってください……! 今理解しますから……!」

 

 時間ない言うとるやろがい!

 プール後の国語の授業並みに朦朧としているアスには、仕方なくもう一度手短に説明してやる。

 

「つまり、皆で一斉攻撃を仕掛ければ通用する……ってことでいいですか?」

「及第点だ。単位をくれてやろう」

「なんのです?」

 

 ようやく理解してくれたアスに単位代わりの丸薬を口にねじ込む。

 魔力回復用に常備しているそれを無理やり口にねじ込まれたアスは、『んっ、ぐぅ!?♡』と悲鳴にもならない声を漏らしがら嚥下した。なんだそのハートマーク、引っ叩くぞ。

 

「ベルゴの言う通り真正面からの攻撃は効果が薄い。奴の虚を衝いてデケェ一撃をぶち込む」

 

 それが奴に勝てる最も現実的な手段。

 

 作戦と呼ぶには余りにもお粗末だ。

 だが、実際それぐらいしか奴相手に対抗できる手段がない。

 

 しかも、その勝ち筋を手繰り寄せるにも相応の労力が必要だ。

 

「その為にクリアしなきゃならない課題が二つある」

「ああ」

「一つ目。不意打ちじゃなきゃ確実に避けられる」

 

 転移は無法だ。

 直撃すると分かった瞬間、転移して躱すに決まっている以上、相手の意識外から仕掛けることはマストだ。

 

 

「二つ目、奴が歪めている空間の方向を見極めなきゃ有効打にならん」

「うん、そうだね……」

 

 アータンもう苦々しい表情で頷いた。

 

 適当に攻撃しても効果は薄い。

 奴が常に空間を歪めていないとは限らない。であれば、事前に相手が攻撃を受け流す方向を把握し、無防備な方向から狙うべきだ。

 

「そして三つ目」

「二つじゃないじゃん」

「二つじゃなかったわ、ごめん」

「うん、いいよ」

 

 アータンに許された。

 冗談はさておき本題だ。

 

「たとえ当てられたとしても、半端な攻撃の密度じゃ受け流されて決定打にならない可能性が高い」

「……どの程度が望ましい?」

「地下で避けられた以上のだ」

 

 はっきり断言すれば、ベルゴの表情が苦々しく歪んだ。

 それもそうだ。地下で三人が同時攻撃を仕掛けた時も、それなりの攻撃密度だったはず。それ以上ともなれば取れる手段は限られるし、必然的に難易度も高くなる。

 

「可能なら全方向を覆うような逃げ道のない魔法攻撃なんかがベストなんだが」

「……魔法、か」

「苦手か?」

「面目ないが、な」

 

 肩を落とすベルゴ。

 【悲報】元聖堂騎士団長は魔法が苦手。

 正確に言えば、六魔柱を仕留め切れるだけの高威力魔法が使える自信がないというだけであり、ベルゴの魔法は人並みだ。

 

 けれど、人並みでは不十分。

 今求められている威力は上級魔法ではなく最上級魔法クラスだ。

 

「うっ……わたしも攻撃魔法はそこまで……」

「実は俺も……」

「ダメダメではないか」

 

 【続報】野郎三人どいつもこいつも攻撃魔法がダメ。

 

 いや、一応最上級魔法使えるけども。

 でも出力が低いから魔法職の上級クラスしか出ない。悲しいね。

 

 不甲斐ない男三人がどうしたものかと頭を抱える。

 

「……なら私に任せて」

 

 その時だ。立ち上がった人影に三人の視線が一斉に向いた。

 

「アータン?」

「私の魔法なら一人でもなんとかなるかも」

 

 三人で仕掛けるつもりだった攻撃を一人でやると言い張るアータン。

 いつになく自信に満ち溢れた──否、やり遂げようとする意志に漲った彼女は、強い光を宿した瞳で俺を見つめてきた。

 

「……やれそうか?」

「やる……ううん、やってみせる!」

「オッケー。じゃ、俺達はアータンが攻撃する隙作るぞ」

 

 アータンの力強い断言。

 それを聞いた俺達野郎三人衆は互いを見るや、大きく頷いた。

 

 それからはトントン拍子で話がまとまった。

 ベルゴが前衛で奴を引き付ける。

 アスはラーディクスで空間の歪んでいる方向を可視化。

 俺は罪魔法で全員を全面的にフォロー……といった具合だ。

 

 幸い奴さんが痺れを切らす前に作戦会議は終わった。いつ暴れ始めるかと冷や冷やしていたが、あの言動からしてみれば随分待ってくれた方だ。

 

 しかし、いつ爆発するやも分からない。

 その前に戦場へ──そう思った矢先だ。

 

「ライアー!」

「ん?」

 

 アータンに呼び止められて振り返る。

 まさかここに来て作戦が破綻する重大な欠陥でも見つけたのだろうか。そうやってまだ何も言われていないのに戦々恐々としていれば、彼女はこう訴えてきた。

 

「えっと……私に『お前ならできる!』って言って!」

「……何故(なにゆえ)ぇ?」

「い、いいから! 勇気づけてっ!」

 

 そう言って彼女は頑なに譲らない。

 まあ、今からアータンが作戦の要となる勝負を仕掛けるのだ。当人の緊張は俺達の比ではないだろう。

 

 尤も──アータンの要望を聞かぬ選択肢は俺にはない!

 

「大丈夫。やれるよ、アータンなら」

「っ……うん!」

 

 満足そうに頷いたアータンは『ありがとう』と告げ、精神統一を始めた。

 全ては来たるべき刻の為だ。

 

「いくぞ」

「ああ」

「はい」

 

 端的な応答を二人は返してくれた。

 だが、ここからはおふざけなしだ。

 自分のやるべきことを脳内で反芻しながら、俺達は配置についた。

 

 失敗は許されない。

 一度でも手の内を晒せば、相手の警戒心を高めてしまう。そうなってしまえば二回目以降の成功率は極端に低くなる。

 だからこそ一度目。一度目で成功しなければ奴の撃破も……それこそ撃退すら望めない。

 

 

 

『──告解する』

 

 

 

 四つ、声が重なった。

 

 どうしてだろうな。

 負ける気は……これっぽっちも感じねえ。

 

 

 

 ***

 

 

 

(──私に注意は向いてない)

 

 先の作戦会議を踏まえ、息を殺して身を潜めるアータン。

 ライアーの罪魔法に隠蔽されている以上、早々敵に気づかれることはない──しかし、万が一はある。

 

 それを警戒しての観察。

 だが、相手はこちらが眼中にないようだった。

 

 先の攻撃で相手にならないと判断されたのだろう。

 侮られているようで若干複雑な気分だが、今はむしろ好都合。罪化して魔人と化したアータンは、娼館跡地に聳え立つケヤキの頂上を目指して飛天する。

 

(空間は──よし、見えた!)

 

 戦闘が続いていけば、隙を見て根の檻をアスが繰り出す姿が窺えた。

 これは間もなくサルガタナスの罪魔法によって捩じ切られる。当初の空間の歪みを可視化させるという役割を十全に果たして。

 

(あとは私が……!)

 

 今もライアーの罪魔法は、アータンの気配を覆い隠している。

 繰り出す攻撃は必然的に不意打ちだ。相手からしてみれば何もないところから急に攻撃が来るようなものだろう。

 それでも隙間があれば受け流される可能性がある。

 

 だからこそ、完全な包囲攻撃で仕留める必要が──。

 

(大丈夫)

 

 ライアーに告げてもらった言葉を噛み締める。

 

(大丈夫)

 

 勇者から授かった言葉が、自分に勇気を分け与えてくれる。

 

(大丈夫)

 

 たとえ彼が偽物だろうと関係ない。

 

(大丈夫──やれる!)

 

 覚悟は……決まった。

 眼下ではライアーがわざと姿を現し、注意を己へ向けさせていた。

 

 その間、アータンは滔々と詠唱を口にした。

 流れるような歌声。

 掲げるウェルテクスの穂先には、詠唱に伴って浮かぶ水の塊が加速度的に膨れ上がっていく。

 

 ここまではいい。いつもの〈海蛇神の大水魔槍〉だ。

 

(イメージはドゥウスで見たケルベロス)

 

 脳裏に浮かぶ魔物が居た。

 それはリーンが従魔にしたと言っていた三つ首の魔犬──ケルベロス。罪獣ほどではないにしろ御伽噺に登場する魔獣として知られる凶悪な魔物である。

 

(一方向じゃ受け流される……それなら!)

 

 子犬の方は……たしかペロベロスだったか。

 三つ首なのに名前に『サウザンド』が付いていたアレも、三つ首それぞれの思考が独立し、動いているという吃驚仰天な生態を持っていた。

 

 しかし、実際脅威だろう。

 複数の頭が同時に襲い掛かってくる──もしもそれを魔法に転用できたら?

 

(魔法は自由なんだ)

 

 かつて王都で目撃したセパルの戦いを思い出す。

 

 魔法は自由。

 使い手によって自在に形を変えられる。

 

 同時に無法でもあった。

 努力以上に才能が物を言う魔法の世界。凡人が生涯を掛けて極めようとした魔法の道を、突如として生まれ落ちた天才があっという間に駆け上がることも無い話ではない。

 

 この世に凡才と天才が居るとしよう。

 アータンは後者だ。紛れもない天才である。

 それこそ一人の司祭を嫉妬に狂わせた実績さえあった。

 魔法に愛されし魔性の女──彼女という天才を言い表すに相応しい称号がそれだ。

 

 だが、決してこれは才能だけの産物ではない。

 

 尽きることのない愛があった。

 自分を世界へと連れ出してくれた勇者に。

 己を偽物と語る彼が居たからこそ、少女は必死に努力を積み重ねた。誰にも負けないようにと、誰よりも彼の為にならんと。

 

 これは一人の天才が生み出した魔法。

 そして恋する少女の努力と愛の結晶。

 

 

 

 〈嫉妬〉が産み落とした、新たな魔法の姿。

 

 

 

「──〈海蛇神の三叉大水魔槍(レヴィアタン・トリア・オーラハスター)〉ァーーーッ!!!」

 

 

 

『オオオオオオオオオオッ!!!』

 

 巨大な水龍が顎を開き、サルガタナスへと襲い掛かる。

 しかし、途中から巨大な水龍は三つ首へと変貌を遂げた。生物であればありえない魔法だからこその挙動だ。

 

 一方向から突然の三方向攻撃への変化。

 一度は〈海蛇神の大水魔槍〉を無力化したサルガタナスも、これには双眸を限界まで見開き、咄嗟に杖を持たぬ方の片腕を前方へ突き出した。

 

 だが遅い。

 直後には爆音が轟き、フロールムの町に巨大な水柱が噴き上がった。水飛沫を周囲一帯に撒き散らすほどの巨大水柱を見れば、それがどれほどの威力と規模かは想像に難くない。

 少し離れた場所で見物していた冒険者も、余波である大津波を前にして一目散に避難を始めた。あちこちから悲鳴が絶えない。

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 文字通り特大級の一撃だった。

 消費する魔力も相当量だ。罪度Ⅲに至り魔人化していたアータンも、みるみるうちに元の人間の姿へ戻っていく。

 

「これで……どうだッ……!!?」

 

 

 

「──ォォォオオオオオオオ!!!」

 

 

 

「ッ!!?」

 

 してやった。

 そうとばかり思い込んでいた。思いたかった。

 

 だが頭は酷い痛みを覚える。

 これは拒絶の痛みだ。目の前の現実を受け止めたくないと叫ぶ心の軋み。久方ぶりの感覚だった。

 

「う……嘘……!!?」

「正直……今のはヤバかった」

 

 ギラリと光る眼光。

 揺れる水面の上に立つ悪魔は、ゆらりとこちらを向いた。

 

 〈愚癡のサルガタナス〉──左腕から流血こそしているが、四肢の欠損は見られない。

 〈嫉妬のアータン〉最強の魔法を受けても尚、悪魔は健在。その事実が対峙する一行に底知れぬ絶望感を与えるには十分過ぎた。

 

「そんなッ……!!?」

「真面に喰らえば流石の俺様でもって一発だった。だがおかげで思い出したよ……“痛み”ってやつをぉ……!!!」

(! あの地面の跡は……)

 

 次の瞬間、アータンは理解した。

 不自然に抉れた地面の跡。大蛇が這いずったが如き爬行の軌跡の意味を。

 

(あの状態からダメージが最低限になるよう逸らしたっていうの……!?)

「予定変更だ。まずはてめえからだ、〈嫉妬〉ぉ!!!」

 

「逃げろ、アータン!!!」

「逃げてください!!!」

 

「遅ぇ!!!」

 

 ベルゴとアスが絶叫する。

 しかし、そんな彼らの声が届くよりも早く、サルガタナスはアータンの眼前へと現れ出でた。

 速過ぎる──いや、これが空間転移だ。

 空間を歪め、二つの地点を強引に近づける方式は通常の〈転移魔法〉と差異はあれど、距離という概念を無視するという点では似たり寄ったりだ。

 

 一瞬。

 たった一瞬で、死は目の前に迫る。

 

「じゃあな、〈嫉妬〉。地獄で会おうぜ」

「──なぁ~んてな」

「っ!!?」

 

 刹那、アータンの姿が()()()

 代わりにその場に現れるは鉄仮面を被った剣士。

 

「てめえは……!!?」

「──〈虚飾のライアー〉」

「お呼びじゃねえんだよぉ!!!」

 

 後方へアータンを下がらせていたライアーは、握った剣を空に滑らせる。

 サルガタナスは鼻で笑った。それがどうした。どんな名剣であろうとも、ただの斬撃が自分には通用しない。

 鋭利な爪を振り翳し、サルガタナスは肉迫する。

 

 そして、二つ分の影が世界から消えた。

 

 片や虚空に溶け込むように。

 片や空間を切り裂くように。

 

「──……ッ!!?」

 

 数秒後、忽然と姿を消した両者が現れる。

 互いの立ち位置を交代するような、それでいて背中を向け合う形だった。

 

「なッ……んだと……!!?」

 

 一拍遅れての出血。

 サルガタナスの頬には一筋の線が奔っていた。

 赤く滲む一文字からは、やがて鮮やかな雫が頬を伝って顎先へと流れ落ちていく。それに伴い、サルガタナスの顔は真紅と驚愕に染まった。

 

「あ~らら? どうしたどうしたぁ?」

「てめえ……どうやって俺の罪魔法を!?」

「敵に聞くな、てめえで考えろ。それとも──」

 

 己が退いたという捻じ曲げようのない事実。

 敗北感と屈辱感が綯い交ぜになったような凄絶な表情を湛えるサルガタナスを見てか、ライアーもわざわざ挑発するような軽薄な声色で指摘する。

 

「俺にビビったかよ?」

「ッ──ざけるなぁ!! 誰がてめえなんぞに……!!」

「だったら来な」

 

 ライアーが手招く。

 

勇者(おれ)が……相手になってやる」

 

 不遜な眼光は、サルガタナスをジッと見据えていた。

 

──気に入らねえ。

 

 鉄仮面に浮かぶ眼を見るや、サルガタナスは歯を剥き出した。

 

 溢れるは魔力か、はたまた彼の怒りか。

 そうしたサルガタナスより溢れる威圧感を浴びた者達は、怯えるなり気圧されるなり反応を見せる。

 

 だが、彼だけは違った。

 

()()()()()()()

 

 悪魔を手招く彼だけは。

 その瞳に浮かぶ光に、一切の揺らぎはない。

 

──気に入らねえ。

 

 再度の実感。

 

「だが……気に入ったァ!!」

 

 魔力の奔流が全開となる。

 彼の口輪──罪冠具より延びる銀色の魔力回路も、口周りから次第に拡大されていった。

 

 噴き出す魔力が炎の如く幻視される姿、罪度Ⅱ。

 今の今までさえ彼にとっては力の一端だけを見せていたに過ぎない。その揺るぎない証明が、そこにはあった。

 

「まずはてめえだ!! てめえを殺して証明してやる!! 誰が魔王に相応しいか──その力を持っている男が誰かなぁ!!」

 

 燃え盛る闘志が夜空を白く染め上げる。

 異様は際限なく広がっていく。魔力を感知できる者は当然として、そうでない者でさえ目に見える異常事態に泡を食って逃げ出し始める頃合いだ。

 

 なればこそ。

 動き出す者は、拙速に。

 

 

 

「──〈月剣宮(ワギナ・デンタータ)〉」

 

 

 

 地面を伝い、いや、走る光の線。

 煌々と魔力を噴き上げるサルガタナスも、迫る魔力に自然と反応した。

 

「こいつは……ッ!!?」

 

 次の瞬間、彼の右腕から鮮血が噴き上がる。

 突然の負傷。うっかり握っていた杖を落としかけるも、反射的にもう片方の手が拾い上げ、サルガタナスは事なきを得た。

 

「チッ!! 〈聖域〉か……誰だ!!?」

「全員動くな」

 

 凛と。

 声が、澄み渡った。

 

『!』

 

 全員の視線は一か所に集まる。

 そこは戦場のまさに中央だった。

 先程まで誰も居なかったはずの中央に立つは一人の騎士。鉄紺の髪と純白のペリースを夜風に靡かせる、凛然とした佇まいが印象的だった。

 

「動けば即刻斬り捨てる」

「その団章は……!!?」

 

 冷淡に声を告げる相手に対し、サルガタナスは瞠目した。

 何故ならば彼のペリースに縫われた団章が金色に輝いていたからだ。

 

 後光を背負う聖女の絵。

 しかしそれは見ようによっては鉄串に貫かれる聖女の姿だった。

 

「〈鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)〉!!」

 

 驚愕、それに勝るとも劣らぬ喜色を滲ませるサルガタナス。

 それもそのはずだ。目の前に現れた騎士は、地上に存在する七人の聖堂騎士団長が一人。強者を望む彼にとってはこれ以上ない相手であった。

 

「〈不義(ふぎ)の──!!」

 

 まさに今、眼前の騎士に飛び掛かろうとした時だった。

 

──ピ~ヒョロロロロ……。

 

「ハ──あぁ?」

 

 気の抜ける笛の音色が辺りに響き渡る。

 サルガタナスも、騎士も、ライアー達も。

 全員が全員、その音色に目を見開いて呆然としていた。

 

「チッ!! これからいいところだったってのに時間(よびだし)かよ」

 

 いち早く動き出したのはサルガタナスだった。

 首に掛けたペンダントに吊り下げられた犬笛を撫でる。独りでに鳴ったそれを鬱陶しそうに撫でる彼は、顔を歪めながら踵を返した。

 

「待て!」

「待たねえ」

 

 身動きを取らぬよう命じた騎士の〈聖域〉が光を放つ。

 しかしながら、サルガタナスはいつの間にやら〈聖域〉の外に居た。これには騎士も予想外と言わんばかりに怜悧な双眸を見開く。

 

「私の〈聖域〉を抜けただと……?」

「ワリィな。てめえらを殺るのはまた今度だ」

「逃がすと思うか!」

「逃げられねえと思うか?」

 

 見せつけるように転移してみせるサルガタナス。

〈聖域〉の範囲外である屋根に降り立った彼は、夜空に浮かぶ鋭い三日月を背負いながら、眼下に立ち尽くす戦士達を睨めつける。

 

 一人一人、順々に。

 まるで彼らが胸の奥に抱く感情を覗き込むような吟味の時間が続く。

 

 そして、最後に鉄仮面の剣士を覗いた時。

 

「どうしたぁ? 負けそうだからトンズラってか?」

「棒拾い一つできねえ駄犬と思われるのは御免だからな」

 

 『勝ちは譲ってやる』、と。

 刹那、サルガタナスの輪郭が大きく歪んだ。転移の前兆だった。

 

「勘違いするな? 命を拾ったのはてめえの方だ。そこんとこ、よーく弁えとけ」

「ハハッ、悪い悪い。犬語はちょっと専門外だ。──よく吠えてることしか分からねえぞ」

「……ハッ」

「……ヘッ」

 

 両者はニヒルに笑う。

 ただ、笑顔だからと言って友好的な空気が流れているわけもない。二人の間にだけ、血生臭い戦場の空気が満ち満ちていた。

 

「あばよ、〈虚飾〉。次に会う時がてめえの最期だ」

「おっと、笑えねえ冗談が許されんのはお友達になってからだ。名前を呼べるようになってから出直してきな」

「──そうしてやる」

 

 それだけ言ってサルガタナスは消えた。

 空間転移。

 やはり、音も風もなく消えた彼を追うことは難しそうだ。追撃を仕掛けようとした騎士がその移動術の特異性を見抜くや、その場に踏みとどまったのが何よりの証拠。

 

「〈転移魔法〉だと? それなら()()()には奴が絡んでいる可能性も……いや、今はそっちではない」

 

 独り言つ騎士の怜悧な眼光が、ライアー達を射抜く。

 

「お前達には事情を聞かせてもらおう。理由はどうあれ、これほどの被害を出したからには、な……」

 

 釘を刺すように一人ずつ睨みつける──が、しかし。

 ある人物を見つけた瞬間、騎士の瞳がカッと見開かれた。

 

「……リオ様?」

「へっ?」

「リオ様! ご無事だったのですね!」

「ちょちょちょ!?」

 

 足元を踏み砕くほどの飛天で肉薄する騎士が、呆然としていたアスの手を掴む。

 突然の事態を飲み込めないアスを無視し、騎士は先ほどまでの冷静さをかなぐり捨てて涙ながらに語る。

 

「あぁ、良かった! 貴方が攫われたと聞いた時はどうなることやらと思いましたが、ここに居られたのですね! ……それはそれとして下手人から逃れられたというなら一言入れてくださればよかったのに! さすれば、この不肖ハハイヤ、どこへでも駆け付けたというのに!」

「ちょ──ちょっと待ってください!」

「? どうかいたしましたか、リオさ……」

「ひ、人違いです! わたしはそのリオって人じゃありません!」

「何をおっしゃるのです! このハハイヤが貴方を見間違えることなどあろうはずが……」

「……」

「……」

「……あの」

「失礼します」

 

 その時何が起こったかを説明しよう。

 

 

 

──アスのチェリーがグラブジャムンされてしまった。

 

 

 

あ゜ぁ゜ーーーーーっ!?!?!?!?

 

 

 

アス(アス)ぅーーーー!!?』

 

 不意に股間を握られたアスの大絶叫が轟く。

 

 地平線まで響き渡りそうな悲痛な叫びは男性陣の共感を呼んだ。人によってご褒美の行為も、不意打ちかつ手加減なしとなれば単なる拷問だ。

 程なくして竿と玉の感触を確認できた騎士は『あった……』と独り言ち、手を離した。

 それからアスは地に崩れ落ちた。白目を剥き、泡も吹いていた。余程の握力で握られていたらしい。見ているこっちまで股間がヒュンとする光景だった。

 

「は、はぅ……ぅぁ……!!?」

「誰だ貴様は!!!」

「だから言ったじゃないですか!!?」

 

 とてつもない理不尽にアスが叫んだ。

 一方、離れた場所のアータンが何かに同情しながら頷いていた。どうにも彼女には感じるところがあるらしい。

 

「で、ではリオ様の目撃情報は……!!?」

 

 騎士は愕然とした様子で頭を抱える。

 絶望を絵に描くとすれば今の彼の表情こそ相応しいであろう。血の気が引いた顔、下がった口角、光を失った瞳──どれを抜き出しても、きっと一級品の名画となるであろう。

 

「……分かった。貴様がリオ様でないことはな」

「は、はぁ? ご理解いただけたなら何よりで……」

「ならば尚の事、今回の一件について詳しく話してもらおうか。市街地での戦闘、建造物の破壊、住民への被害……これだけの規模だ。最悪死罪があり得る事態だからな」

「あっ、そういう流れ!!?」

 

 嘘でも本人だと偽れば良かったか?

 いや──騙ったところで騎士に看破されて罪状が増えるだけだろう。最初からアスにできる弁明など何一つなかった。

 

「ど、どうしましょ~」

 

 死罪をちらつかされたアスは涙目だ。

 罪派と戦ったところまではともかく、以降のサルガタナスとの戦闘は不本意な遭遇戦だ。説明しようにも当事者はすでに逃亡している。

 住民の虐殺を阻止する為だったとは言え、果たしてそれで納得してもらえるだろうかという不安が脳裏を過った。

 

──どう弁解しようものか。

 

 全員が全員、暗雲立ち込める先行きに不安を覚えた。

 

 

 

「──待ちな!!」

 

 

 

 まさにその時だった。

 

「アタシが説明してやるよ!!」

 

 溌溂とした声が響けば、全員の視線が集まる。

 そこに現れるは老婆だ。年季の入った修道服を着込んだ、見るからにシスターといった風貌である。

 しかし、顔に浮かべる好戦的な笑みと溢れる若々しいオーラが、彼女を只者でないと周囲にひしひしと感じさせる。

 

「あ……貴方は!!?」

「しっ!」

「ゔっ!?」

 

 ベルゴが何か言い出そうとした瞬間、彼の脇腹に老婆の手刀が入り込む。

 物理的に黙らされて崩れ落ちるベルゴ。その耳元に顔を寄せた老婆が囁く。

 

「(アンタはお黙り、ベルゴ)」

「(ア、アグネス様……何故ここに……!?)」

「(野暮用でね。それよりここはアタシに任せな。適当に話を合わせてやるよ)」

「(し、しかし!)」

「フンッ!」

「ヌゥ!?」

 

 理不尽な二撃目が入る。

 今度は貫手、それも鳩尾に入った。

 美しく決まった一撃に、流石のベルゴも息ができなくなる。地面で喘いでいる中年男性は、実に見るに堪えぬ有様だった。

 

 そんな光景を後目に騎士の下へ歩み寄る老婆。

 騎士も彼女の前まで自ら足を運ぶ。

 

 睨み合うように両者は対峙。

 一拍の間を置き、彼達は口を開いた。

 

「……ご説明いただけるのですね? マザー・アグネス」

「当然さね。〈鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)〉団長……ハハイヤ殿」

 

 両雄は並び立つ。

 ようやく空は白み始めていた。

 




Tips:海蛇神の三叉大水魔槍(レヴィアタン・トリア・オーラハスター)
 ケルベロスから着想を得たアータンが生み出した、〈海蛇神の大水魔槍〉の発展技。
 水流による“捻れ”を加えることで本来一頭しかない水龍を三頭に増やし、三方向からの一斉攻撃と可能とした。
 ただでさえ巨大な水龍の顎が三つに増えればとてもではないが逃げ場はなく、敵は超威力の魔法攻撃を喰らうしかなくなる。

 魔法の術式とはプログラミングのようなものであり、複雑な紋様や文字を正しく機能するよう構成しなくては真面に発動できない。
 アータン自身、魔法の知識は孤児院の本で少し齧った程度。後は日常生活の応用に魔法を使用していた程度で、その知識は専門家には遠く及ばない。
 だが、彼女がこれほどまでに強大な魔法を破綻なく行使できる理由は、その日々のトライ&エラーによって培われた感覚と理論──ある種、人類が長い歴史を掛けて積み重ねた魔法理論に匹敵し得るセンスに依るところが大きい。

 しかし、何よりも彼女の魔法の才を押し上げるに至った根底は、彼女の愛する人々を守りたいという意志だ。
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