ようこそ現役ホストのいる教室へ 作:カスのホスト
自身が迂闊な行動を取ったと自覚したのは、目を見開いてこちらを見つめる真鍋さん達に気が付いたときだった。
「え……た、高辻君? 何でここに……」
先ほどの楽しそうな様子から一転、真鍋さんは掴まれた腕と俺の顔を交互に見て顔を青くしている。
「何してたの、こんな所で」
そんな真鍋さんの顔を見て胸の中で沸き上がった怒りがスッと引いて行くのを感じる。……いや、それは適切な表現じゃないな。
呆れ、失望……適切な表現を見つけるのが難しいが、それでも目の前の女たちへの感情が一段階落ちたのは確かだ。
「それは、その……軽井沢、っさんと……」
勢いで呼び捨てにした後、マズいと思ったのか敬称をつけて軽井沢さんの方を見る真鍋さん。
「っ……?」
両手足を押さえつけられた状態で閉じた瞳から涙を流し、泣きじゃくる軽井沢さんは今になってようやくこちらに気が付いたようだ。
「とりあえずそこどいたら?」
「う、うん」
しどろもどろになりながら軽井沢さんから離れる真鍋さん。両手足を拘束していた森下さんと藪さんも俺の雰囲気がいつもと異なることを察したのか、こちらに矛先が向かないようにゆっくりと手を離した。
しかし、俺に咎められてすぐ止めるぐらいの半端な覚悟でやったんだと、目の前の女たちに対する不快感を募らせるばかりだった。
「違うのっ! これは軽井沢が……」
「何も違わないだろ。とりあえず部屋に戻って自分が何したか見直してきたら?」
龍園君に報告するかどうかは後に決めるとして、ひとまずこいつらの顔を視界から外したかった。これ以上ここに置いといても事態がややこしくなるだけだし。
「でも……」
「俺帰れって言ってるんだけど」
なお食いついてくる真鍋さんに煮えを切らし、苛立ちに任せて強めの言葉で言い返す。
この場を冷静に対処できない自分の未熟さを頭では理解しながらも、その態度を改めるつもりにもなれなかった。
「っ!?」
真鍋さんは露骨に顔を歪めた後、後ろを向いて機関室を駆けて行ってしまった。
「志保ちゃん!」
走り出した真鍋さんと俺を交互に見て、少し迷った後に他の女子3人も真鍋さんの後を追って行った。
その場に残ったのは俺と軽井沢さんの2人のみ。体の芯にまで響いてくるような機械の重低音と共に、軽井沢さんのしゃくりあげる声が聞こえてくる。
「大丈夫? ……なわけ無いか。ほら、これ使って」
地べたに座り込んで瞳から溢れる涙を拭い続ける軽井沢さんに、しゃがんで目線を合わせた状態でハンカチを手渡す。
「ひぐっ、ひっ……」
しかし話を聞ける状態じゃないのか、軽井沢さんはずっと俯いて鼻を鳴らすばかりだ。……仕方ない。
身を守るように体を丸める軽井沢さんに、ゆっくりと腕を回して優しく抱きしめる。
突然の抱擁に体をビクッと震わせるのを感じたが、構わず背中に回した手を頭に持っていて小さく撫でた。
「遅れてごめんね。真鍋さんたちは追い返したし、ここには誰も居ないから」
耳元で囁くように、泣きじゃくる幼子に向けるように小さく語り掛ける。
「泣きたきゃ泣いていいんだ。大丈夫、もう大丈夫だよ」
「っ────!」
その瞬間、堰を切ったように胸に顔を埋めて声を上げる軽井沢さん。
シャツが涙で濡れ、背中を握った手でぐしゃぐしゃになるのを感じたが、そんなのは些細な事。
目の前で小さな子供の様に泣きじゃくる軽井沢さんの頭を、落ち着くまで優しく撫で続けるのであった。
それからしばらくの間俺の胸で泣き続けた軽井沢さんは、時間と共に落ち着きを取り戻し始める。
「落ち着いた?」
段々としゃくり上げる声が小さくなって、ついには止まったのを確認し、俺は抱きしめる腕を緩めて話しかけた。
「……うん」
声をかけられた瞬間ピタッと体を硬直させ、軽井沢さんは消え入りそうな声で呟いた。至近距離じゃなかったら聞き取れなかっただろう。
「なら良かった。ほら、顔上げてごらん?」
ゆっくりと体を起こさせると、ぐしゃぐしゃになった髪の毛に隠れた軽井沢さんの顔が目に入る。
鼻頭と目元を真っ赤に染め、頬に対になるように雫を垂しているのを見る限り、相当泣き腫らしたのが良く分かる。
「ほら、これで拭いて。鼻もかんじゃっていいから」
そこそこ値が張るハンカチだけどこの際もうどうでもいい。新しいの買えば済む話だからね。
「……ありがと」
お礼は言いつつも、鼻をかむことはなく涙だけ拭いて、軽井沢さんは膝の上にハンカチを落とした。
泣いた後の顔を見せたくなかったのだろう。放心状態のまま俯く軽井沢さんの顔に手を添えこちらを向かせる。
「っ……な、何?」
軽井沢さんは恥ずかしそうに目線を左に逸らした。
少し力を加えれば抵抗できる力加減ではあったが、そうする余裕すら今の彼女からは感じられなかった。
「顔に傷はついてないみたいだね。腫れてるところとかない?」
「大丈夫、大丈夫だから……」
そうは言っても、後々腫れてくる可能性だってある。頭を強く打ってたら後遺症だって怪しいし、しっかり意思疎通ができるか確かめる必要がある。
「駄目だよ。ほら、こっち見て」
抵抗する軽井沢さんの後頭部と顎に手を添え、瞳や顔の状態を確認する。ボクシングのレフェリーが選手にやることと同じだね。
……よし。目線と受け答えは大丈夫そうだ。真鍋さん達が喧嘩慣れしてなかったのと、比較的早めの段階で助けに入れたのは不幸中の幸いだったかな。
「ちょっと……ち、近いって」
先ほどとは違い、頬を赤く染めて両手で顔を隠す軽井沢さん。
体育座りのまま色白な膝で顔の下半分を隠し、こちらをジッと見つめている。その様には小動物を彷彿とさせる愛らしさがあった。
「……りがと」
「ん?」
口の動きで何かつぶやいたのは分かったが、機械音にかき消されて聞き取れなかった。
「ありがと……助けてくれて」
もっと早く助けに来いよ、くらい言われてもおかしくない状況だったが、軽井沢さんは恥じらいながらも感謝の言葉を伝えてくれた。
その奥ゆかしい様子からは、Dクラスの女王として君臨している生徒だとは到底思えない。
「ごめんね。もっと早くきてあげれれば良かったんだけど」
「大丈夫……っていうか、何で高辻君がここに?」
「話せば長くなるんだけど────」
真鍋さん達が軽井沢さんと揉めているのを人伝に聞いたこと、話を聞こうと思ったら通話が繋がらなくなっていてもしやと思ったことなど、龍園君と俺の関係性を隠して伝える。
「そうなんだ……」
電波が繋がらない場所を一発で割りだせたのは、人目に付かないように知恵先生を抱ける場所を探すため、無人島試験が終わってから船内を探索していたからだ。人生何があるか分からないものだね。
「そっちこそ何でこんなところに?」
「平田君と待ち合わせする予定だったの。そしたらあいつらが……っ」
受けた仕打ちを思い出したのか、両腕で自身の体を抱いて震えだす軽井沢さん。その様子は先ほどの痛みによる恐怖ではなく、もっと根本的な何か……トラウマのようなものが染みついているようにも見えた。
「お願い、あたしが泣いてたことは誰にも言わないで。そうしないとまた……」
その様子を見ていると、軽井沢さんに対するイメージにズレが生じてくる。目の前の恐怖で震える少女からは、到底Dクラスの生徒から恐れられている女王の風格は感じられなかった。演技をしているというか、むしろこっちの方が素のように思えてならない。
「また?」
「……! 何でもないっ!」
半泣きになりながら叫ぶ軽井沢さん。……やはり彼女の過去には何かがある。
根拠のないただの勘だが、抱いた違和感を放置する気には到底なれなかった。それを解決しない限り、彼女の周りに渦巻く問題も解決しない。
「今の軽井沢さんは昔の俺によく似ている。……どうしようもない理不尽が降り注いで、対処する方法も分からないまま、ただひたすらに現状に嘆いていた昔の俺に」
「え……?」
再び流れて来た涙を制服の袖で拭う軽井沢さん。そんな彼女の両肩を掴みながら、俺は真剣な表情で禁断の質問を投げかけた。
「俺の予想が正しければ、君は俺と同じでいじめを受けていた。違うかい?」
他人の隠したい過去に触れる禁忌に触れた時点で、俺の覚悟は既に決まっていた。
石崎君にも語ることのなかった、
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初めて高辻君と会ったのは入学して間もない頃、他クラスの男女でカラオケに行く話になったときだった。
「ごめん! ちょっと予定あって遅れちゃった」
別のクラスの男の子が歌っているときに、両手を合わせて謝罪をしながら大部屋に入って来たのは覚えている。
「おせーぞ高辻!」
「そうだぜ! お前目当てで来てる女子だっているんだぞー?」
「高辻君! 席空けておいたからこっち座って!」
「抜け駆けしないで! こっちの方が広いよ!」
その途端に場を盛り上げて自身を周りにアピールをしようとする男子と、媚びるような声と仕草で隣に座らせようとする女子。まだ入学して早々だが、彼が学年の人気者になっていたのは疑いようのない事実。
何故そうなったのかは、高辻君が部屋に入ってきた瞬間に分かった。
「あれが噂のイケメンランキング1位の高辻君! 初めて見たけどマジでヤバくない軽井沢さん!?」
右隣でマラカスを持った篠原さんが興奮した様子で耳打ちをしてくる。
身長やスタイルもそうだが、高辻君は見た者を魅了する、破壊的ともいえる程造形の整った顔面を持っていた。
「……そうだね。確かにすっごいイケメン」
キリっとした男らしい顔つきだが、どこか幼さの残る顔立ちが温和な印象を与えている。白過ぎない肌にはニキビ一つなく、眉毛や髪型も流行りのスタイルに整えられている。女性らしさがある濡れ羽色の髪の毛もポイントが高い。髪染め自由な上多量のポイントを与えられたためか、入学して一週間も経たないうちに染髪に手を出した男子も大勢いたが、そんな小手先の高校デビューなんかじゃ歯が立たないであろう美貌。
正直、テレビでもてはやされている俳優やアイドルと比べても遜色ない……何ならそれ以上の容姿を、高辻君は持ち合わせていた。
「おっ、ありがと! じゃあそっちにお邪魔しようかな」
そのとき高辻君が座ったのは、偶然にも私の左隣の席。近くの席になった喜びか、篠原さんの黄色い悲鳴が私の耳をつんざく。
一緒に来ている平田君もイケメンだが、どちらかと言うと彼は親しみやすさがあるタイプかな。
でも高辻君はまた別の次元。あれは付き合ったらこっそりできているファンクラブの女子達にいじめられるレベル。この時点で、
「わ、私Dクラスの篠原さつきです! 前からずっと格好いいなって思ってました!」
「ありがと! Cクラスの高辻清夜だよ、よろしくね篠原さん」
ここぞとばかりに滅茶苦茶な文言と共に飛びつく篠原さん。
初対面でいきなりそんなことを言われても困惑するだけだろうと思っていたのだが、高辻君は完璧な対応で篠原さんに挨拶を返した。そりゃあそうだ。格好いいなんて言われ慣れてるに決まっている。
「おい高辻! 遅れてきたんだからお前次歌えよ! こいつが歌ってる間に割り込んじまえ!」
「まじー? じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」
タブレットを持って曲を入れる高辻君。選曲したのは最近流行りの高音が得意な男性アーティストの曲だった。
席を立ち、皆の声援の中難しいであろう曲を完璧に歌いこなす高辻君。全く緊張しないでいるところを見るに、こういう場面も慣れているのだろう。
「やっばい私目合っちゃった! それに歌も上手いとかマジで最強なんですけど!」
隣ではしゃぐ篠原さんとは対照的に、私の心は冷めきっていた。だって、どうしても高辻君のことは好きになれなかったんだもん。
人間は皆平等なんて言葉があるけど、こういう神の寵愛を授かったような人間は一定数いるもの。
何の努力をせずとも、天から与えられたものだけで勝ち組の道を歩めるであろう人間が。
そんな人間になりたいと思うほど、私は強欲にはなり切れない。
どれだけ嫌われても、また同じ目に遭うよりいい。
青春なんていらない。友達なんていらない。
大切なのは、自分自身を守ること。
そのために必要なことは、何でもする。
そう思ってここに入学した私にとって、彼の存在は毒と言っても差し支えなかった。
「────俺の予想が正しければ、君は俺と同じで
だから、そんな彼が私と同じだなんて、信じられるわけがなかった。
どこを重点的に見たいですか?(ヒロインは1章ごとに1,2人増やす予定です)
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主人公とヒロインの絡み
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主人公と龍園、綾小路等との絡み
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バチバチのクラス間闘争