ようこそ現役ホストのいる教室へ   作:カスのホスト

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第35話 似た者同士

 

 

 

「私が、いじめられてた? ……あはは、冗談やめてよ高辻君。そんなわけないじゃん」

 

 小さく笑って否定する軽井沢さんだが、その反応でほぼ答えは出たようなもの。無理に取り繕うとしているのがバレバレだ。

 

「もし君が自身の過去を打ち明けてくれるのなら。俺は君の周りに取り巻く問題を解決するのに最大限協力すると約束する。平田君と待ち合わせしていたのも、篠原さん達との問題を解決するためなんでしょ?」

 

 ここで俺が龍園君に報告して、真鍋さん達に制裁を下すのは簡単だ。だが、それではまた同じようなことの繰り返しになるのは目に見えている。

 今の軽井沢さんは心を閉ざした状態。彼女の現状を改善するためには、大柄な態度を取る理由を知る必要がある。

 

「っ、それは……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、龍園君が俺に連絡してくる程問題が顕在化している中で、当事者である軽井沢さんが何の対処もしようとしないのはおかしな話だ。

 

「常日頃の学校での態度も、本来の軽井沢さんではなく、立場を誇示することで自身の身を守ろうとした。平田君と付き合っているのもそれが理由のはずだ」

 

 平田君と軽井沢さんの関係が偽物だとは前々から気が付いていた。平田君とは仲がいい方だし、それを抜きにしても傍から見ればバレバレだ。

 当時はクラス間闘争でその肩書きを利用するつもりだと思っていたが、まさかこんな理由があるとは思ってもみなかったよ。

 

「な、なんでそこまで……綾小路君から聞いたわけ!?」

 

 ……なるほどね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おかしいとは思ったよ。いくら頭の悪い真鍋さん達でも、龍園君と言うおっかないリーダーがいる中であんな凶行に及ぶとは思えない。それに平田君が軽井沢さんとの待ち合わせをドタキャンするわけないし。

 きっと清隆君が真鍋さん達をたきつけて、平田君を騙して軽井沢さんを呼び出して貰ったのだろう。兎グループに所属している清隆君なら、状況を見て根回しをするのは容易な事だ。

 

「いいや、軽井沢さんと平田君の関係については前々から薄々気が付いてたよ。そしてその理由が今分かった。クラスのリーダーである平田君と付き合うことで、軽井沢さんは自身の立場を確立させたかった。温和で争いを好まない平田君なら、その理由を打ち明ければ喜んで協力してくれるはずだ」

 

 事実として、軽井沢さんの評判を聞くようになったのは、平田君と付き合い始めた段階だったはずだ。

 この頃に、彼女の立場は確立されたと言っていい。

 

「いや……やめて」

 

「だが、きっとこの場に平田君が来てたとしても、君が望む方法での解決には協力しないだろう。大方暴力や圧力による制裁で真鍋さん達を押さえつけるつもりだったんだろ? もしかしたらすでに断られた後かもしれないね」

 

「いや……」

 

 追及に呼吸を荒くする軽井沢さん。しかしその姿を見ても、俺は止まるつもりはなかった。

 

 ああ、分かってる。こんなのは自己満足だ。

 どこか軽井沢さんはあの子に似ているんだ。

 そんな理由で他人の過去に土足で入って、勝手にかき乱している俺を許してくれとは言わない。

 

「自ら生きるために周囲を強引に味方につけ、嫌われながらもその座を守り続けているんだろう? 折角閉鎖的な学校に逃げ込んで、Dクラスで覇権を握る地位まで手に入れたのに。結局いじめられっ子の本質は変わらなかっ「────やめてって言ってるでしょ! 」……」

 

 俺の攻め立てるような言葉を遮るように叫び、軽井沢さんはこちらをキッと睨みつけた。

 あふれ出した涙を袖で拭いながら、それでも言葉を止めるつもりはないようだ。

 

「あんた何なのよ……! 人の過去をほじくり返すのがそんなの楽しいわけ!? ……自分もいじめられてたって? あんたみたいな何でもできる人間が受けてたいじめなんてどうせ大したことないくせに! 勝手に仲間扱いするんじゃないわよ!」

 

 勢いに任せて叫んだ後、落ち着きを取り戻した軽井沢さんは、俯いて小さく呟いた。

 

「あんたは知らないでしょ……? 自分の力ではどうしようもない現実を突きつけられたとき、人がどんな反応をするか……」

 

 震える体を自ら抱き寄せながら、軽井沢さんは薄暗く笑いながら闇の深い目を向けてくる。

 

「抵抗することを諦めるの。ああ、私は捕食される。ただ、そう無機質に考える。泣き叫ぶことも、暴れることも、何もかも出来なくなって。ただただ受け入れる」

 

「何をされたんだ。君の受けた痛みを教えてくれ」

 

 鬼畜の所業だ。だが、軽井沢恵という人間を理解するためには、その辛い過去を話してもらう必要がある。

 あえて厳しい言葉を言って追い込んだんだ。ここで引くことは都合のいい逃げでしかない。

 

「何って……ありとあらゆることよ。上履きに画鋲、机の引き出しに動物の死骸。トイレに入れば汚水をぶっかけられて、制服には淫乱だの売女だの書かれる。髪を引っ張られる、殴る蹴るは当たり前、考えられるいじめは全部受けてきた」

 

 軽井沢さんの口から語られたのは、聞くも無残な惨たらしい仕打ち。

 立ち直れたのは奇跡と言っていい。その芯の部分が強いからこそ、彼女はたった一人で今まで戦い続けてこれた。

 

「……もういいでしょ。あたしの過去の話を聞いたってなにも面白くないでしょうし。あんたみたいな生粋の人気者に逆らった時点であたしは終わりよ」

 

 そして彼女は知られたくない自分の全てを、たった今他人に知られてしまった。

 それはつまり、心臓を鷲掴みにされ生殺与奪の権利を渡してしまった状態にある。

 

「ははっ……ねえ、あんた相当女好きなんでしょ? ここで見たことは誰にも言わないって約束してくれるなら、あんたの性奴隷にでも何でもなってあげるわよ。顔と体には結構自信あるんだから」

 

 自嘲気味に笑った後、軽井沢さんはシャツのボタンを1つずつ外していった。

 

「こんな()()()()なんて、あんたのお眼鏡に叶うとは思えないけど」

 

「っ……! これは……」

 

 たくし上げられたシャツの下には、綺麗な肌には似つかわしくない生々しい傷跡。鋭利な刃物で裂かれたような痕が深く残っていた。

 その傷は子供の虐めで済まされるようなものじゃない。

 深い傷跡は、命の危険すらあったことを匂わせるほどのものだった。

 

「……あーあ。もう何で全部言っちゃったんだろ。あんたの雰囲気? 顔? 分かんないけどイケメンって得よね」

 

 自暴自棄になったのか、体をだらんとさせて小さく笑う軽井沢さん。

 既に、自身に降りかかった災難を受け入れているとでもいうのだろうか。

 

「気持ち悪いでしょ? これだけはいくら取り繕ってでも消えることがない、あたしの最低最悪な過去のしるs……っ!」

 

 そんな軽井沢さん発言を、俺は先ほどよりも強く抱きしめることで無理やり止めるのだった。

 

「よく……よく1人でここまで頑張ったね。ごめん、辛いことを思い出させちゃって」

 

「は、はぁ? いきなり何なのよ……」

 

 困惑した様子で顔を上げる軽井沢さん。

 俺の自己満足に付き合わせてしまった。だから、しっかりとその責任を取る必要が俺にはある。

 

「平田君が協力してくれないなら、俺が真鍋さん達の問題を解決する。大丈夫、もう君がいじめられることは絶対ないから」

 

「なんで……意味わかんないんですけどっ。滅茶苦茶言ったと思ったら急にこれとか、あんた馬鹿じゃないの……?」

 

「ああ、おかしいね。でもどうしても他人事だと思えないんだよ。だって、()()()()()()()()()なんだから」

 

 軽井沢さんを助けた所で、過去が清算されるとは思わないし、そんなことは望まない。

 ここで彼女を見捨てた所で、俺の人生に大きな影響を及ぼすことは無いだろう。

 だが、何気ない日常を過ごす中できっと、このことを思い出すだろう。また同じ過ちを繰り返して、俺は何の罰も受けずにのうのうと暮らしていると。そんな目覚めの悪いことは勘弁願いたい。

 

「似たものどうし? ……っ!」

 

 顔を上げると軽井沢さんの昏い瞳が俺の瞳と重なる。

 そのとき、軽井沢さんは何かに気が付いたのか、息を飲んでその綺麗な顔を歪めた。

 

「……その目」

 

 繕っていた仮面を外すと、その奥に見えてくるものは本人の素顔だ。

 軽井沢さんは俺の素顔を見て何か感じるものがあったのだろう。少しの間黙り込んだ後、軽井沢さんは小さく呟いた。

 

「……同じって言うなら教えてよ。あんたの……高辻君の過去っていうのを」

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 そう言うと、高辻君は端正な顔にどこか哀愁を漂わせながら、私から離れて地べたに座り込んだ。

 砂埃が散乱する鉄の床にあぐらをかく姿は、気品と余裕があると女子から評判の彼の姿からは程遠いが、私にはそれが何故かしっくりくるように感じてしまう。

 何というか、こんな状況でもリラックスできているような。素で話しているような、そんな感じ? 

 

「さて……何処から話そうかな」

 

 あれほど啖呵を切ったのに話す内容を考えていなかった辺り、本当に勢いで話を進めていたのがよく分かった。

 少し間を置いて話をまとめたのか、高辻君は機械音が鳴り響く船内で埋もれないように、それでいて大きすぎない絶妙な声量で話し始めた。

 

「この話をするには、俺の通ってた小中学校の話をしなきゃいけないね」

 

 そう言って、高辻君はこの学校に入学する前の学校の話をした。

 都内の小中一貫の私立学校に通っていたようで、勉強ができたのは昔からみたい。

 

「俺は父親がホスト、母親がキャバ嬢っていう珍しい両親の元で育ってね。小さい頃は2人共、夕飯を食べて家を出て朝方に帰って来るみたいな生活だったんだ」

 

 ……ここにきて一番の衝撃なんだけど。両親が夜職を仕事にしているならこの顔の良さも納得って感じ? 

 

「……それ、寂しくなかったの?」

 

「んー……まあ、正直言うとめっちゃ寂しかったね。一応家事をやってくれる家政婦さんはずっと居たんだけど、親が帰ってくるまで寝ないとか言って困らせてたよ」

 

 それはそうだろう。私も小さい頃はお母さんと一緒に寝るのが当たり前だったし。

 でも、苦笑いを浮かべ頬をポリポリと掻く高辻君は少し恥ずかしそうだ。

 

「当時の俺はその寂しさを友達と話すことで埋めててね。女っ気とかも全くない、ゲームと運動が好きな、典型的なうるさい男子って感じの子供だったかな」

 

 意外な話だ。会話の慣れ具合から昔から女子とばっかり喋っていたのだと思ってたんだけど。

 

「でも小学校高学年とかになってくると色々と話変わって来るでしょ? その頃には皆誰と誰が付き合ったとか、誰のことが好きなのかとかの話題でもちきりになるじゃん?」

 

「普通そうだよね。私のときもそんな感じだったし」

 

「その位の時期に初めて友達……楓ちゃんっていう子から告白されてね。一緒に居て楽しい子だったからOKして付き合ったんだ」

 

 女子とかは3年生とかの辺りで皆恋バナしてたし。高辻君みたいな子は当人の知らぬ間によく噂が広がっていた記憶がある。

 

「2人で隅田川の花火大会を見に行ったり、原宿でデートしたりしてね。そうしていくうちに小学生のガキなりに、段々とその子のことを好きになっていけたんだ。自分の知らなかった世界がこんなにも楽しいのかって、驚きの連続だったよ」

 

 高辻君は何処か懐かしむような穏やかな口調だ。しかし、その瞳を見ればそれがただの微笑ましい話で終わらなかったことは容易に想像がつく。

 彼の瞳は同じ類の人間なら分かる、過去に傷を持った者特有の昏さを持っていただったからだ。

 

「だけど夏休みを終えて2学期が始まってから、段々と俺の人間関係が変わって行ったんだ。……端的に言うと、虐められるようになっちゃってさ」

 

「……それは、その子と付き合ったからってこと?」

 

「うん。中等部の先輩がその子のことが好きだったみたいでね。廊下ですれ違うたびに殴られたり、放課後呼び出されて集団で殴られたりと大変だったよ」

 

 同級生ではなく、成長期を迎えて一回りも二回りも大きな年上からのいじめ。ある意味では同級生からいじめを受けていた私よりも辛い過去だったと言えるだろう。

 ……でも、そのいじめが高辻君のトラウマになっているとは思えなかった。根拠は何もない、ただの私の勘。

 

「質の悪いことに、その先輩の親は割と有名な政治家でね。学校側も確固たる証拠がない限り口は出せなくて、結局そのいじめが先生の介入で終わることは無かった」

 

「……ってことは、いじめ自体は無くなったんだ」

 

「うん。ムカついたから格闘技始めて体鍛えて、徹底的にやり返したらもういじめられなくなったよ。流石にその先輩も小学生に喧嘩で負けたっては言えなかったんだろうね。特にお咎めも無かった」

 

 やっぱり、そのいじめ自体は彼にとっては何てことなかったんだろう。

 小学生の時に中学生からいじめられるなんて、普通なら恐怖と痛みで立ち向かうなんて発想が出てくるはずもない。高辻君は私と違って、自分の意志をしっかり通すことができる強者側の人間なんだろう。

 

「じゃあ……なんで、あんたはそんな目をしているのよ……」

 

「……君と俺は似た者同士なんていってたけど、それは過去にいじめを受けていたことに関してじゃない。それはもっと広い部分で、覆せない過去に対して苦しんでいるところだと思っている」

 

 そこで、私はさっき高辻君が言っていた、付き合っていた女の子のことを思い出した。

 

「先輩にやり返すと心に決めてから、俺は楓ちゃんとなるべく会わないように過ごしてたんだ。もしいじめられてることがバレたら心配かけるだろうし、その原因が自分にあると分かったらショックを受けると気を使ってね」

 

 男子が誰かと付き合っていじめられるなんてことはかなりレアケースだが、その逆に関してはよくある話。だが、それは余りにも救いのない話だ。

 

「俺がその先輩にやり返して、ようやく顔向けできると思った次の日の朝、学校に行くと俺は先生に呼び出されて応接室まで連れていかれた。応接室には、スーツを着た学校の先生じゃない男の人が2人、険しい顔をして座っていたんだ」

 

 最悪な可能性が頭によぎる。杞憂であってくれと願うが、高辻君の苦痛に歪められた表情を見て、私は何も言えなくなった。

 

「そこで俺が言われたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実と、その原因に心当たりが無いかという質問だった」

 

「っ……! そんな……!」

 

 その言葉と共に私の顔から血の気が引いて行くのを感じた。辺りに響く機械音もどこか遠のいて聞こえてくる。

 

「後の調査で判明した理由を教えてもらったよ。俺と付き合ったことに嫉妬した女子が、楓ちゃんのことをこぞっていじめ始めたんだってさ。それで俺からも避けられるようになって、誰にも言えないまま、ずっと楓ちゃんは1人で苦しみ続けてたんだ」

 

 淡々と語り続けていた高辻君が、ここに来て初めて感情を露わにした。

 震える口元を手のひらで押さえつけながら、込み上げてきたものに驚いたのか目を見開いている。

 

「結局いじめの主犯格は子供だったこともあって大きなお咎めは無し。数週間の自宅謹慎の後、何事もなく中等部も卒業したよ。……学校ではいじめの件はタブーになってね。俺も楓ちゃんのことは忘れたフリをして過ごさざるを得なかった。…いや、多分記憶に蓋をして、どうにか忘れようとしてたんだと思うな」

 

 その言葉を聞いて、私は高辻君に抱いていた言い知れぬ嫌悪感の理由が分かった。

 前までは容姿という才能で、他人から慕われていることに対する嫉妬だと思ってた。()()()()()()()()

 

「あんたも、あたしと同じで自分を偽ってたのね」

 

 多分、きっとその感情の正体は同族嫌悪だったのだ。心のどこかでは高辻君に対して同じものを感じていた。自分の隠したいところや嫌な所が、どうしようもなく似通っていたから、無意識下で嫌悪感を感じていた。

 

「……そうかもね。俺はまだ、そのトラウマに向き合えてないんだと思う。きっと、一人の女の子と真っ直ぐ向き合う気になれないのもそれが理由かな」

 

 初めてカラオケで出会ったとき、高辻君が篠原さんや他クラスの女子に向けていた、どこか冷たい視線の理由が分かった。

 彼女を作らず多数の女子生徒からの想いを集めているのも、女を手玉にとれるという事実そのものが欲しかったのだろう。それが過去の自分と決別するための禊なのか、はたまた女という生き物が嫌いだからなのかは定かではない。

 

 しかし、平田君と偽物の関係を築いている私にとっても、それはとても歪に見えた。

 

「……全然分かんなかったよ。高辻君に、そんな過去があったなんて」

 

「本音を隠すのは得意だからね。でもさっきの君を見てたら、あの時の記憶が鮮明によぎってきてさ」

 

 自嘲気味に小さく笑った高辻君は、どこか憑き物が取れたかのような穏やかな表情にみえる。

 

「軽井沢さんを助けたのも、そんな身勝手な理由だったんだ。……真鍋さん達に関しては俺が何とかするよ。そしたらもう君には関わらないから。もちろんここで話したことも全部忘れる」

 

 謝罪の言葉を口にし、その場を立ち上がる高辻君。

 今にも消え入りそうなその儚い笑顔を逃したら、もう二度と話すことも出来なくなるのだろう。

 そう思うと、何故か私の胸の中に言い知れぬ焦燥感が走った。2人きりで話すことだって初めてだったのに、もっとこの場に居て欲しいなんて場違いな想いすら湧き上がってくる。

 

 

 

「────待ってよ!」

 

 

 

 気が付けば、私は立ち去ろうとする高辻君の腕を掴んでいた。

 座ったまま両手でその腕を引っ張ると、バランスを崩した高辻君は私を巻き込まないように、上に覆いかぶさるように四つん這いの体制になった。

 

「最初から最後まで身勝手すぎるでしょ……勝手に助けて、慰めて、全部忘れるとか……自分勝手にも程があるわよ!」

 

 その体勢のまま、私は高辻君の襟首を掴んで叫ぶ。

 傍から見たら凄く恥ずかしい格好だけど、そんなことは全く気にならなかった。

 

「あんただって苦しんでるんでしょ? 何で、お互い1人で抱え続けるなんて発想が浮かぶのよ! 馬っ鹿じゃないの!?」

 

 颯爽と助けに入って去っていくヒーローにでもなりたかったのかは知らないけど、そんなの高辻君には向いてないと思う。

 ってかそもそも、ヒーローは色んな女の子誑かしたりしないし! 

 

「あたしたちは似た者同士なんでしょ? せっかく勇気出してお互いのこと知れたのに、なんでリセットしようとするのよ……」

 

「っ……それは」

 

 少し下がれば鼻と鼻が触れ合う距離で、高辻君はバツの悪そうに視線を逸らした。垂れた前髪が私の頬をサラサラと撫でてくすぐったい。……ああもう! こういうときでも顔が良いの超ムカつく! 

 心臓の鳴る音が大きくなっているのは、私が目の前の馬鹿な男に対して怒っているからだ。そうに違いない。

 

「今までもそうやって女を不幸にさせてきたわけ? マジでサイテーだからそれ」

 

「……ごめん」

 

 そう言うと、離れようとしていた力が緩むのを感じた。

 私も握った腕をだらんと地面に垂らすと、高辻君は起き上がると同時に、私の首と背中に手を回してそっと起こしてくれた。

 

「えっと……その、怪我はない?」

 

「ふんっ、真鍋に殴られたところがジンジンするくらいよ。このくらいどうってこと無いんだから」

 

 元はと言えば私が急に引っ張ったのが悪いんだけど、私から謝る気は一切ない。

 

「……ってか、さっきからずっと距離近すぎなんですけど。あんた他の人にもそうやって抱き着いたりしてるわけ?」

 

 こちらに気を使ってくれたんだろうけど、二度抱き着いた後にこうするのは分かってやっているとしか思えない。

 絶対手慣れてるんだろうなっていうのも分かっちゃって腹が立つ。

 

「そういうわけじゃ……そうだね。ごめん」

 

 何か言いたげな高辻君だったが、この状況で言っても不利だと悟ったのだろう。あぐらの上に私を抱えるような体勢で、再び謝罪の言葉を口にする。

 しかし、それからいつまでたっても高辻君が私を開放することは無かった。

 

「……軽井沢さん?」

 

 その理由は簡単。私が彼の背中に両手足を回してがっちりホールドしてたからだ。

 先にやってきたのはあっちなんだから、これからは私から抱き着いたって文句は言わせない。

 顔一つ分身長差のある私と高辻君だが、この体勢では丁度目線が同じ高さにくる。さっきは気が付かなかったけど、首元に顔を埋めると香水のいい匂いが漂ってきた。

 

「うっさい。早く離しなさいよ」

 

「平田君に怒られちゃうよ?」

 

「あんた性格悪い」

 

「ふふっ、ごめん」

 

 小さく笑いながら、私の頭を優しく撫でる高辻君。……ようやく笑ってくれたわね。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「……とりあえず平田君に謝って、もう一回話してみる」

 

 そのまま三度目の抱擁を数分した後、軽井沢さんは喧嘩別れとなった平田君と話し合うことを決めたようだ。

 つまり、暴力や圧力によってではなく、謝罪と対話による解決を選んだということだ。

 

「それが良いと思うよ。学校での態度も少しずつ変えていった方がいい」

 

「真鍋達と話すとき、あんたも一緒に来てよ」

 

 俯いた状態で袖を引っ張りながらお願いする軽井沢さん。下を向いて隠しても耳の裏が真っ赤になっているため丸わかりだ。

 

「元からそのつもりだよ。真鍋さん達も迂闊な事はしないだろうし」

 

「……ありがと」

 

 先ほどまでの行為を思い出して顔を赤くしているのだが、その態度は良くないんじゃないかな? 

 

「人にお礼を言うときは目を見て言わないと」

 

「んっ……ちょ、ちょっと!」

 

 その手触りの良い頬をむにっと掴んで上へ向ける。

 

「意外と初心だったりする? その割に大胆な事してたけど」

 

「うっさい! ……意外とは余計だし、大体あんたが悪いんじゃない!」

 

「ごめんごめん。あ、そうだ」

 

 本日何度目か分からない謝罪の言葉を口にしながら、俺はポケットから携帯を取り出した。

 

「Dクラスの子にしてる借金っていくらくらいなの?」

 

「……何であんたがそれ知ってるのよ」

 

「仲いい女の子から滅茶苦茶愚痴られてるんだよ。金の恨みは重いから気を付けた方が良いよ? で、いくらなの?」

 

「……4万ポイントくらい」

 

 ばつの悪い表情を浮かべながら、小さく呟く軽井沢さん。借金をしている状況がマズい自覚はあるのだろう。

 何でそんなことやっちゃったのかな……大方入学当初で焦ってたんだろうけど。

 

「おっけー。とりあえず10万ポイント送っといたから。ちゃんとごめんなさいして、借りた分を倍にして返すこと。いい?」

 

「えっ」

 

 ギョッとした顔で携帯を開く軽井沢さん。きっとそこには桁が増えたポイント残高が表示されていることだろう。

 

「返すの大分先になっちゃうよ? あたしたちのポイント状況知ってるでしょ?」

 

「いいよそのくらい返さなくても。別にポイントには困ってないし」

 

「……本当に言ってるのそれ?」

 

 どうせ来月からその何倍も入ってくるんだし、大したことじゃないんだけど、軽井沢さんは申し訳なさそうな様子だった。

 

「じゃあその分は身体で払ってもらおうかな?」

 

「っ!? この変態! サイッテ―!」

 

 再び顔を真っ赤にしてポコポコと殴ってくる軽井沢さん。ちょっと質の悪い冗談だったね。反省しないと。

 

「……ってか、あたしの身体なんか見ても興奮できないでしょ」

 

 脇腹を苦し気な表情でさする軽井沢さん。きっと刺された傷痕のことを言っているのだろうが、その発言は余りよろしくない。

 

「そんなことないよ。俺は全然気にしない」

 

「えっ、ちょ……」

 

 壁際に追いやるようにして体を押し付け、裾から制服の下に手を入れる。

 

「ひゃっ! 何して……」

 

「君にとってはこの傷は忌々しい過去を表してるかもしれないけど、俺から見れば、これだけの過去を乗り越えた君の強さを示す証でもあるんだよ?」

 

 早口でまくし立てるように話してしまったが、これはまごう事無き俺の本音だ。

 脇腹や背中をさすってみると、少し汗ばんでいるからか、もっちりとした柔らかい肌が手に吸いつくのを感じる。

 

「分かった……分かったから! んひっ……」

 

 くすぐったそうに身をよじる軽井沢さんは、いつもとは違って少し新鮮だ。

 さっき抱き合ったときも程よい肉つきだったし、胸も大きいから抱いたら気持ちよさそうだ。

 

「っ! ……調子乗ってんじゃないわよ変態!」

 

 流石にやり過ぎたのか、頬にビンタが返ってきた。

 

「そ、そういうのはちゃんと段階を踏まなきゃ駄目なんだから! 一応、あたしまだ平田君の彼女だし……」

 

 叩かれた勢いで逸らした顔を戻すと、そこには頬から耳までを真っ赤に染め、涙目になる軽井沢さんの姿があった。

 

「せ、せめてこんな場所じゃなくて……その……お互いの部屋とかで……」

 

 何を想像したのか、軽体を抱きしめて身をよじって悶絶している。

 

「と、とにかく! あたしはもう戻るから!」

 

 こちらに指をピシッと張って、踵を返す軽井沢さん。初心なギャルと言うのはここまで可愛い生物なのか。

 

「ポイントはちゃんと返すから……その、今日は色々とありがとう」

 

 後ろを向いたまま、今度は聞こえるか聞こえないかの大きさの声量で感謝の言葉を口にした。

 

「うん。じゃあ、()()()。軽井沢さん」

 

「! うん! またね、高辻君!」

 

 今度はこちらを振り返って満面の笑みを浮かべる軽井沢さん。何ともコロコロと表情が変わる子だ。

 上機嫌に速足で歩いて行く軽井沢さんを見送る。

 

 そして、辺りには再び武骨な機械音だけが響き渡ることとなった。

 一呼吸を置くと、スッと暖まった感情が冷めていくのを感じる。

 

 そして俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()に対して声を上げた。

 

「人様の過去を盗み聞きするのは楽しかった? さっさと出てきなよ清隆君」

 

 

 





 高辻のトラウマである「売女の息子」というのは、高辻が楓(初恋の女の子)の葬式に参列した際に、楓の母親から言われた言葉という裏設定があります。
 


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どこを重点的に見たいですか?(ヒロインは1章ごとに1,2人増やす予定です)

  • 主人公とヒロインの絡み
  • 主人公と龍園、綾小路等との絡み
  • バチバチのクラス間闘争
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