木の葉の里は歴代の火影たちに見守られている。今は亡き二代目火影、千手扉間と初代火影、千手柱間も今もなお絶壁に作られた顔を模した石像を通じて生前愛した木の葉の里の行く末を見守っている。
8歳となったカガミはその石像のさらに上、崖の縁に座り木の葉のマークが彫られた額当てを眺めていた。
「もう下忍か…」
カガミは小さくそんな声を漏らす。カカシの全身全霊をかけた千年殺しを受けて病院行になってから四年がたつ。この二年で情勢は大きく変化した。カカシの父であるサクモも死んだ。その理由は公開されていない。だがカカシの代わりようなすさまじかった。カカシは任務の成功のみを考えるようになり、以前のように仲間を大切にしようという考えは捨てていた。それに今までよく話していた父の話も全くしなくなった。カガミをはじめとするカカシと同世代の者たちも彼をどうにかしてやりたいとは思っていた。しかしなにぶんその変化のきっかけと思われる出来事が父の死というなかなか触れずらいデリケートな問題であり深い追及は難しかった。それにカカシはその優秀さから危険度の高い任務にも従事するようになりそもそもの会える頻度も低くなっていた。
そして何よりの変化は戦争が始まったことである。砂隠れは風影の死による風影交代のスキを突かれ岩隠れの影響を受ける石隠れによる侵攻を受けた。もちろん岩隠れからの「支援」と「義勇軍」付きでだ。本来の力でいえば砂隠れが圧倒的であるはずだが交代のスキを突かれたこととその「義勇軍」の規模が想定を超える規模であったことが原因で予想外の劣勢となってしまった。これを重く見たのが木の葉隠れの里である。もしこのまま砂隠れが岩隠れの手によって落ちてしまったら、それは岩隠れの勢力拡大を意味し木の葉の安全に深くかかわってくる。
そのため木の葉隠れも岩隠れと同じように砂隠れへの「支援」と「義勇軍」の派遣を決定した。
さらに世界情勢は複雑化していく。霧隠れは湯隠れへの侵攻を始めた。隣国である湯隠れの陥落はこれも木の葉にとっては大きな問題となってしまうためこちらへも同様の始末を決定した。
さらにさらに、岩隠れの支援を受けた滝隠れも草隠れとその隣国の雨隠れへと攻め込み草隠れも雨隠れも戦略上大変重要であるためこれへもまた同様の措置が決定した。
このように現在木の葉にとってとても苦しい状況が続いている。現状大きな戦いというのは起きていないが一日一日聞けば訃報だらけである。
開戦から三か月したころには砂隠れも内部の混乱が解消し前線が安定し元の領土の奪還も成功したため「義勇軍」は撤退することとなった。それでも多方面作戦を強いられている木の葉に対し霧と岩は一方面に戦力を集中でき木の葉が不利であるということには変わりはない。
そのような情勢の中優秀であると認められた若い忍、あるいは若すぎる忍の活躍の場が危険な場所へと移っていくこともひどく自然なことだった。実際カカシはまだ前線にはいっていないものの草隠れに入って後方支援等を行っている。まだ8歳の少年が、である。もちろんこれは仕方のないことではある。現在の木の葉は第二次忍界大戦の傷から立ち直り切っていないためそもそも成熟した優秀な忍を欠いている状況である。それに加え優秀な忍者は前線に飛ばされており木の葉の人手不足は深刻化している。故に子供が駆り出される。文句の一つも言いたくなる最悪の流れである。
本来の卒業から二年早くアカデミーを卒業し下忍となったことが意味することは一つだった。
カガミのアカデミーの卒業式は静かに、簡易的に行われた。飛び級となって卒業するものは同年代にも数名いたが基本的には個人で行われた。新しいピカピカの額当てをカガミにあたえただ一言泣きそうな声で「がんばれよ」といった教師の顔はいろいろな感情が混ざり合っていてカガミの心に深く残るものだった。その顔から自分へと注がれた愛を感じ取りながらカガミは笑顔でそれを受け取った。戦場に、人と人との本気の殺し合いに、怖さを感じている自分は隠したかった。だが、だからこそその顔は心に来るものがあった。
とにかくそれが今日の午前の出来事だった。そのあとは家に帰りご飯を食べて、と普段通りに過ごしていた。だが、どうにも落ち着かなかった。それが幼いころから描き続けた夢が近づいたというある種の達成感のようなものであるのか、あるいは恐怖心や緊張によるものであるかはわからない。だから彼はここへと来た。小さいころからのルーティーンのようなものだった。幼いころから何か落ち着かなかったり悲しかったり、そんな感情を抱くとここへやってきた。自分にとって最も身近な里という存在、それが平和にいつもと変わらずそこにあることがカガミにとっては落ち着くことができる力となった。
「明日からもうスリーマンセルで修行だろ? それに明々後日にはもう任務に就かなきゃいけないんだろ?」
カガミは自分自身へこれからの予定を自問しその異常さを再確認する。木の葉が人手不足だというのはもはやわかりきったことではある。しかしまさかここまでひどいものだとは考えていなかった。輸送任務――危険度が低い木の葉から火の国内部の拠点への輸送ではあるが――は下忍にやらせるものではない。しかも結成二日目の班にやらせるなど平時では言語道断である。
「うまくできるかな」
明日への不安を募らせながら里を見るのに満足したカガミは安定した足取りで帰路に就く。
昨日まではまだ春らしい心地よい暖かさであったのになぜか今日から夏らしいカラっとした暑さにかわっていた。ただ家から訓練場までほんの数百メートルほど歩いただけなのにもう体中が汗まみれで喉が渇くほどだ。そんな地獄のような暑さの訓練場でカガミの属するスリーマンセル、キョウナ班が初めての修行に集まっていた。
「まあ、まずは自己紹介から始めましょう。私はうちはキョウナ、あなたたちの担当上忍よ」
黒い髪を後ろで束ねうちはらしい特徴の女性が自分の班に所属することとなった三人――おおやカガミ、志村シンゾウ、うちはミズナ――へ視線を送る。しかし三人は双方がそこまで交流がなかったので絶妙な空気のまま沈黙が保たれる。その空気に嫌気がさしたのかカガミは最初に声を震わせながら自己紹介をした。
「お、オレはおおやカガミだ。8歳で、まあ、よろしく」
もともと彼は人づきあいが得意なタイプではない。一度仲良くなってしまえば結構何とかなるものだが、初対面となるとこのような人見知りを軽く発動してしまう。
「僕は志村シンゾウ、志村一族の分家の分家くらいだ。まあ、仲良く頑張ろう」
シンゾウはまだ声変りを残した高い声でそう無難にまとめた。
「私は、うちはミズナだ。よろしく」
二人に比べだいぶそっけない声音でそうまとめる。
うまくいくかなぁ、と少し心配しながらカガミはキョウナを見つめ、次の言葉を待つ。同様にシンゾウとミズナもキョウナの言葉を待っていた。
「ごっほん。じゃあ、始めようか。ところでみんな、君たちはもう下忍になれたって本当に思ってる? 大した試験もせずに優秀な成績でカリキュラムを終えたってだけで人と人との命をかけた戦場、そこに直接はいかずともそこにかかわるってことができるほどの力はあると思ってる?」
わざとらしい咳をした後に三人へキョウナはそう問いかけた。三人からすれば意味が分からない。下忍になったからここにいるのではないのか、という思いでいっぱいである。
「っていうことで、今から皆さんお待ちかね、下忍昇格試験『鈴取り合戦』の開幕―!」
下忍(?)三人をおいていく異常に高いテンションでキョウナはそう叫ぶ。その様子に三人は若干引きながらその詳細をまつ。
「あれ? なんかみんな反応うすくない?」
若干悲しそうにキョウナがそう尋ねる。
「もういいから、さっさと説明しなさいよ」
ミズナがキョウナにそういう。一応上司にあたるキョウナへの口使いに――同じ一族であることを加味しても――疑問に思いながら、ミズナの意見に同調する。いまだキョウナの言っていることは理解できなかった。
「ミズナー、そんな怒んないでって。まあ、いっか。じゃあ説明始めるね」
先ほどまでのふざけているような声音から急に真剣なトーンで説明を始める。
「君たち三人は私から二つの鈴を奪ってもらう。手段は問わない。それがあなたたち下忍候補たちに与えられた任務よ。そして、鈴をとれなかった一人はもう一回アカデミーからやり直し。今は危険な任務も多いし人でも足りてない、故に君たちのような若い忍者も危険な状況に置かれる可能性が高くなる。そんな中で優秀でない忍はただの足手まといに他ならない。でしょう?」
その説明を聞いて三人の顔色が変わる。まさか“下忍昇格試験”というのが本当の意味での下忍昇格試験だとは思っていなかったがためにその言葉に驚愕をあらわにする。
「てことは一人は絶対下忍になれないってことですか?」
驚いた様子で確認するようにカガミは問いかける。
「もちろん」
カガミたちの期待する答えは当たり前のように返ってこずさらに困惑と驚きが大きくなる。
「じゃあ、もうはじめようか…三、二、一、スタート!!」
「「「え?」」」
突然の始まりに三人が困惑する間にキョウナは三人から距離をとりクナイを構える。
「なに? 全員降参なの?」
その言葉にルールを思い出した三人はそれぞれ独自に動き始める。
まずカガミが一気に距離を詰める。しかし彼女の目を見た瞬間、足元が沼のようになりもはや意識できぬほどまで深い場所に一直線にすごい速度で落ちていく。強烈な熱波が前から押しかけ意識を失いかけ…
「解。 おい! しっかりしろ。キョウナはうちは一族だ」
ミズナの一喝と幻術返しで正気に戻る。どうやら幻術にかけられてしまっていたようである。
そしてその間にシンゾウは煙球を焚いてキョウナの視界を制限したうえで印を結びはじめた。
「風遁・真空刃」
すさまじい風圧が煙球を貫いて先ほどまでキョウナがいた場所を滅茶苦茶に切り裂いた。その後ろの木も何本か倒れその威力を物語っている。
「すごい威力だね」
真後ろから声が聞こえシンゾウがはっとする。一秒にも満たないほどの間にキョウナは先ほど真空刃が当たった場所からシンゾウの背後まで移動していたのである。そのままなすすべなくキョウナの手刀を首に食らったシンゾウはその場に倒れこむ。
シンゾウが倒れこんだ場所に再び煙球が放り込まれ煙幕でキョウナの視界が遮られる。彼女の足元にいたはずのシンゾウはいつの間にか消え去っていた。それに煙幕がはれたので周りを見てみれば三人はどこかに消えていた。「もう理解したのかな」と心の中で驚愕しながら、あたりの索敵を開始する。もちろん作戦会議の時間はちょっとくらいあげよう、という心持で。
煙幕を焚いてシンゾウを救出したのち三人は訓練場の整備された平原となっている場所を離れ森の中に隠れていた。
「キョウナは私たちよりは確実に強いぞ」
ミズナがそう切り出す。
「そりゃあ、さっきのでわかったよ。でも何にもできねぇわけじゃねぇだろ」
カガミがそう答える。そして頭の中でどうすれば鈴をとれるのかを思案する。
「おい、待てよ。お前ら誰がアカデミーに逆戻りになるんだよ」
シンゾウがそう問いかける。
「そんなの、知らん」
カガミは冷静にそう答える。そうすると意味が分からなくなるのがシンゾウである。
「どういうことだよ。一人は絶対アカデミー戻りになるんだぞ」
「オレたちはアカデミーで一応木の葉の忍者としてやっていくためのことを学んだんだろ。これは任務だ。俺たち三人に与えられた。その報酬やら失敗した時のことは任務において考慮すべきじゃないだろ。オレもさっきので思い出したんだけどな。」
カガミはシンゾウにそう諭す。そして最後に恥ずかしそうに笑いかける。
「そんなことより、だ。時間がない。もうすぐキョウナもくるぞ」
ミズナがこの会合が時間切れに近いことを告げる。
「とりあえず、だ。かるくやっちまおうぜ」
するとカガミが簡単に作戦を伝える。即興ということもあってクオリティーは察せるようなものだが時間もないためそれにのっとって行動することを決定した。
「おっ。見つけたー」
キョウナは一人でのたうち回っているシンゾウを見つけた。音は立てていないそれにかなり距離もある、故に彼に気づかれていないはずだった。すると、シンゾウが何やらぼそぼそといっていることに気づき耳を澄ませる。
「あいつら…僕をボコボコにして二人で鈴を取りに行くなんて…許せねぇ」
そういう声が聞こえてきてキョウナは「なんだ」と肩を落とす。なにも理解などしていなかった。それに仲間割れなど言語道断である。
「ごほっ、ごほっ」
何やら苦しそうな咳をするシンゾウが心配になってよく見てみるとあたりに血がべっとりとついていた。まさかと思いあたりを見れば血の付いたクナイが転がっている。キョウナにとってはもはや試験どころではなくなっていた。「あの馬鹿どもが」と小声で叫びシンゾウのもとへと飛んでいく。
「おい! 大丈夫か」
シンゾウのすぐそばまで来たその時…
「「かかったな」」
二方面からカガミとミズナの声とともに手裏剣が飛んでくる。それに罠だったことを認識したキョウナは後ろに飛んで手裏剣をよける。だがそこは…
「うがぁー」
キョウナが情けない声を上げて勢いよく転ぶ。そこは水遁によってぬかるんだ湿地のような地形に変化しておりとても転びやすくなっていた。何とか上忍らしい身体能力で起き上がると右前と左前の先ほどと同じ位置からカガミとミズナが投げたクナイが二方向から迫ってくる。この足場ではよけるよりも撃ち落としたほうが良いと判断し自身もクナイを両手に持ってそれをタイミングよく振ることで対応しようとする。
そして「カラン」という音が鳴り鈴はキョウナの腰を離れていた。クナイを振るため両手がふさがり腰の鈴を守るものは何もなくなっていたのだ。そしてそのチャンスをずっと背後に隠れていたシンゾウは逃さなかった。「ボン」と音が鳴り変化の術で血まみれになっていたシンゾウの影分身も消える。
「はあ、まさかこの私がここまで惑わされるなんて… 面倒だからとまともに索敵もしていなかったことがアダになっちゃった」
「とほほ」と声を漏らすキョウナに対し鈴を手に入れた三人は笑顔でハイタッチする。
「ところで、合格者は? 鈴は二個とも手に入れたけど一人は戻んなきゃいけないんでしょ?」
答え合わせを求めるようにミズナがそう問いかける。
「もう、言わなくてもわかるでしょ。みんな合格よ」
その言葉を聞いて安堵した三人は改めて拳を軽く触れ合わせ、それぞれ自分の額当てを強く結びなおした。