The  Fluctuating Knight   作:雪宮春夏

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Ⅹ 急変

 

 「月」にいたはずの異形の存在は、東京全土に現れているようだった。

 一体一体は大した力を持たないのは「月」で戦ったヴィーナスとウラヌスの所見から十分に予測が出来る。

 映像で確認した後、直ぐさま動いた守護戦士達は、内部太陽系と外部太陽系の二つの集団に別れて個々の撃破を行っていたが。

「数が多すぎる……それに奴等最初から見境なく、民間人に手傷を負わせているな……」

 苦々しげに呟いたジュピターは、襲撃に巻き込まれ、恐怖に強張るまま、逃げることも出来なかったのか、助けたこちらにすら怯えの目を隠しもせずに距離をとる人の姿に、胸を痛めていた。

 こちらも感謝が欲しいわけでもないし、事情を知らない一般人からすれば、あの異形の存在も、それを倒すことの出来る力を持つ自分達もどちらも「怖いもの」に分類してしまう気持ちも理解は出来る。

 今までの敵がエナジー……生命エネルギー目当てに一般人を狙っていたのと異なり、あの存在達はどちらかと言えば一般人をただ傷つけている、と言う感触がある。

 しかも故意に人通りの多いところに現れているのか、逃げようとした人々の間で二次災害すら発生しており、その狙いが何なのかさえ、正確な情報がつかめない。

(寧ろ……騒ぎを起こすこと、そのものが目的なのかしら……)

 思案するマーキュリーだが、その目的までは分からない。

 現状として分かるのは、エナジーを奪われなかったことで、被害を受けた人々の多くは意識が残っていること。

 結果として、今までは表面に出ることはなかった自分達セーラー戦士の存在と、人を襲う異形の存在の情報が瞬く間に広がっているだろうという事だけだ。

(相手からすれば何が目的? 私たちの存在を明るみに出す? いいえ、敵が私たちが迎撃に出ると読めるとは思えない。敵が襲う人々を私たちが放置していれば明るみに出るのは奴等の存在だけ……自分達の存在を公に広めて、奴等は何をしようとしているの?)

「だがあの三人の姿がないことは、不幸中の幸いね……おかげで私たちだけで何とかなってる」

 敵の一体を火矢で屠りながら呟いたマーズの声に、ジュピターも不満げながらも頷く。

 ジュピターの受けた「シンイ」の攻撃を警戒して、セーラー戦士達は皆、星の力による長距離からの攻撃に切り替えていた。

 異形の者達の攻撃は鋭い爪による斬擊や強い膂力などの殴打など、直接攻撃が多いものの、聞き取る限りでは「月」でジュピターが陥ったような自分の意識とは反して体が動けなくなるような症状には誰も陥っていなかった。

「あの男の「シンイ」攻撃特有の症状だったのか……他に理由があるのかは分からないけど、今はとりあえず、周囲の敵を殲滅することを優先しましょう」

 マーキュリーゴーグルに示された最後の異形のいる位置……この位置情報は、司令室で観測したアルテミスが、それぞれマーキュリーゴーグルとサブマリン・ミラーに、随時送ってくれているものであり、彼自身は敵の位置をモニターで探しながら作業を続けている。

「ヴィーナスとウラヌス、タキシード仮面は大丈夫かしら」

 司令室で打ち合わせた時の事を思い出したのか、マーキュリーは不安げに頭上、本来ならば青空が広がっているだけの筈の空を見る。

 そこにはまるで東京全土に広がるような黒い穴が口を広げていた。

 彼ら三人は、アルテミスが最初に見つけた、この穴……その中心部へと調査に向かっている。

 「月」での出来事から、この異形の者達に対して、戦えないだろうと目されたちびうさはアルテミス達と共に司令室で待機するように言われていた。

「……ここね。行くわよ!」

 話し込んでいる間に着いた目的地はどうやら教育施設……学校のようだった。

 まだ真新しさの残るそこへ乗り込みながら、やけに静かな事に眉を寄せる。

(何? この嫌な感じ……)

 胸中に覚える予感を振り払うように、三人は駆けだしていた。

 

 

 「月」に「伴星(アドミナ)」を上書きするために使われた心意兵器は、そこまで使い勝手の良いものではない、と言うのがワイエルメスの所見であった。

 「閣下」と呼ばれる男が持ってきたそれは、あくまでその対象は「月」に限定されており、上書きの副次的な効果によって力を使える自分達は、月を離れればその存在を維持することも難しくなるのだと言う。

「まぁ、ライトキューブ、でしたっけ? 正規の入れ物にも入ってないんですから、そりゃあそうでしょうよ。だからこそ、こんなまどろっこしい方法をとっているんでしょう?」

 揶揄うように笑うもう一人の同胞の姿は、ワイエルメスに寧ろ苦々しさを増大させた。

 そうだ。力があるにも関わらず、自分達はその力をこの狭い「月」の中だけでしか未だに振るうことが出来ない。

 それはなぜか。

 「月」と「伴星(アドミナ)」の実在化が不完全で在り、自分達が完全な存在として、この世界に存在できないからだ。

 完全な存在にすらなれれば全ては己の思うがままであると言うのに。

「それで……成功しそう何ですか? あんたの作戦ってのは」

 こちらが不満を抱く原因である男の声に、ふんと、ワイエルメスは鼻を鳴らす。

「問題はない。……既に仕込みは済んでいる。……後は」

「力を行使した「セイオウ」を捉えるだけだ」

 

 

 

 

「これは……一体どうなっているんだ?」

 司令室にて、アルテミスが零したその言葉は誰かへの問いかけというよりも、自問に近いものだった。

 黒い穴が生まれた中心部、それらしき場所に人の反応はない。ウラヌス達を向かわせてはいるが、何かを発見する可能性は低いだろう。

 あの黒い穴が自然発生している可能性は最初から彼らは切って捨てていた。

 「月」に存在していた異形の者達……いや、ここまで事態が動いている以上、「月」に侵入していたあの三人の内何者かに作られた尖兵と言うべきなのだろう者達が、この星にまで侵入している以上、侵入経路はあるはずである。

 彼らの魂がどのようなものであれ、肉体は月の土から生まれたものならば、大気圏の突入には耐えきれないのだから。

「あの穴、単なる尖兵のための出入り口にしては大きすぎる」

 どのような形で作り出しているのかは知らないが、あれ程の大きさを作り出すなるば、それ相応のエネルギーが必要になるはずである。

「穴自体に動きはない。でもまるで……」

 そこから先に続く言葉に詰まり、アルテミスは口を閉じる。

 こちらの監視にしてもその大きさはどこかチグハグさを生んでいた。

 あれだけ大きければセーラー戦士でなくても目に入る。

 見つけてくださいと言っているようなものだ。

 尖兵達の動きと言い、まるで。

(敢えて、こちらの注目を、集めるような……)

 その目的が分からずに唇をかむアルテミスに、ちびうさがポツリと言葉を零した。

「まるで……ブラックホールみたい」

 

 

 

 思い返せば朝から違和感はあった。

 首筋にチリチリと感じるなにか。

 今年の六月に金本敦に襲撃された時とどこか似た、それよりも酷く漠然としたもの。

 何かがくる。

 それに身構えようにも、漠然としすぎる感覚が、どこに警戒すれは良いのかの判断力さえ鈍らせた。

 結果として、いつも以上に、周りに関しての注意力が散漫することになっていた。

「キリト君?」

 何度目かの感じた違和感に精神を尖らせて一拍、何事も起こらない現状に力を抜いたところで、傍らにいた恋人、結城明日奈の声に気づく。

「あ……ごめん」

 何か話しかけていたのだろう。殆ど何も聞いていなかった自分の行動に罪悪感を覚えて、思わず顔を伏せた。

「……私には、言えないこと?」

 普通ならば機嫌を悪くしても良いはずなのに、彼女の視線にはこちらを案じる色しかない。

 そのことに嬉しさと申し訳なさを同時に覚え、しかし偽りを告げるのも嫌なので、途切れ途切れに、ありのままを口する。

「それが、よく分からないんだ」

 そこから先の言葉を口にする前に、何か、虫の知らせのようなものを感じて、顔をあげた。その感覚は今日の朝に感じた、何かに呼ばれたような感覚に似ていたからかもしれない。

 その瞬間、雲一つ無かったはずの空に大きな黒い穴が口を開いた。

 咄嗟に目の前の彼女の手を引き、二人が並んで座っていたベンチの下に身を潜める。

 それと同時に、ぱぁんとガラスの割れる音と悲鳴が耳に届いた。

「リズ!? シリカちゃん!!」

 叫んだ明日奈越しに見たのは、何か人のようなもの。

(違う……あれは、人じゃない……!!)

 直感の理由が何かも分からないまま、駆け出す明日奈を追ってガラスの割れた一室……この時間多くの生徒が集まっているだろう最上階のカフェテリアへ向けて駆けだした。

 体中の血が逆流しているかのような、おぞましい感覚を覚えながら。

 

 

 

 

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