The  Fluctuating Knight   作:雪宮春夏

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ⅩⅠ ミニオン

 

 

 二人の常と変わらない熱愛ぶりに、心配して損したと呟いたのは、無理のないことだろう。

 

「単にイチャイチャしてるだけじゃないの」

 溜息と共に見上げた空は青い。

 月が騒ぎになっているにも関わらず、今までと何一つ変わらない日常がそこにあった。

 朝から不調のようだと、直葉経由に聞いた明日奈の言葉にリズ……SAOの中ではアバターネームとしてリズベットと名乗っていた少女、篠崎里香も心配はしていたのだが……今はいつもと変わらぬ二人の様子に無用の物だったと投げ捨てている。

「でも良いじゃないですか。何事もないならそれで」

 そんな里香の向かいの席で聞き分けの良い返事をするのは綾野珪子。SAO事件後、キリトこと、桐ヶ谷和人経由で知り合い、彼に惚れた者同士として意気投合した少女であり、ALOのレベリング等で行動を共にすることも多い。

 時間も限られる昼食休憩に、これ以上の言い合いも不毛と感じて、溜息一つでリズベットも既に届いていた注文していた食事を手にする。

 彼女達が陣取っている窓際の席は、丁度二人の座っているベンチが見下ろせる位置にあり、なんだかんだと身を寄せ合う二人を眺めながら食事をとるのが、この学生生活が始まってから続く二人の日課であったりするのだ。

「うん!?……あいつぅ!!」

 そんな何気ない日常の延長だったからだろうか。

 眺めていた片方、桐ヶ谷和人がいきなり明日奈をベンチに引きすり込んだ所業につい立ち上がりかけた里香は、ゾワリと悪寒を感じて顔を上げ……ほぼゼロ距離となったそれと目があってしまった。

「ヒッ……!!」

 自分の悲鳴が嫌に遠くに聞こえた。

 目の前のガラスだけでなく、辺り一面のガラスが、音を立てて砕ける姿が目に焼き付く。ガラスを割った相手などどこにもいないのに。

 ギョロリと突き出た目玉がまるで大きな渦のように里香の視界を引きつける。目が離せない。その事実に何故か、言いようの無い焦燥感を覚えた。

 じっとりと粘つく視線に嬲られているかのようで、叫び出したくなる衝動に駆られる。

 あたかも、己の瞳を通して、何かを……頭の中を覗かれているかのような。

「リズさんっ!!」

 珪子が引いた手の温度に、ようやく呼吸の仕方を思い出した。同時に目線を逸らすことが出来、思わず引きずられた先で蹲ってしまう。

 出来ればそこからもう動きたくない。

 そんなに動いていない筈なのに、そう感じるほど体は……いや、精神が酷く疲労していた。

 だが呼吸を整え、平静を取り戻すよりも前に、事態は大きく動き出そうとしていた。

 ニタリと笑う()()()が幼子のような甲高い声で笑いながら鋭い爪を振り上げ、こちらへ襲いかかってきたのだ。

 まるで歓喜を表すかのように。

 

 

 

 早く避難するべきだ。 

 良識ある大人が一番に思うことを考える頭がないわけでなく、それは明日奈も分かっているはずだ。

 ゲームの中ならばいざ知らず、今の自分達はただの無力な子供に過ぎない。

 相手の正体が人外だからといって…その時点でおかしな奴と思われそうだが。いや、この場合はたとえ人間であったとしても、単なる学生がのこのこと、ことが起こっているだろう現場まで行くべきでは無い。

 人質の数を増やすつもりかと、明日奈の足を止め、説得すべきなのは分かっていた。

 むしろ説得しなければならないと、頭の中でもう一人の自分が囁いてすらいる。

 だがその一方で、もう一人の自分が叫んでいた。

 仲間を殺させるわけにはいかないと。

「リズッ!」

 叫んだ明日奈と共に駆け込んだカフェテラスは、凄惨たる有様だった。

 真っ先に鼻についた鉄錆の臭いに、流血沙汰の事態に陥っていることに感づく。

 見るとその場にいたのだろう生徒の大半が、自分達が駆け込んだ入り口とは真逆の方向に座り込んでいる。

 こちら側には殆ど人がいない。その上。

「……きぃぃぃぃ……たぁぁぁぁ!!」

 明日奈の声に反応するように振り向いた……明らかに人ではない相手は、中央よりもむしろこちら側に近い。

 だがその距離の近さ以上に、その姿に俺、桐ヶ谷和人はあるものと重ねてしまい、息をのんだ。

「ミニ……オン……!?」

 

 ミニオン。その存在を桐ヶ谷和人……当時はキリトと名乗っていた俺が知った時の事は忘れもしない。

 整合騎士、アリス・シンセシス・サーティーと、セントラル・カセドラルの外壁を昇るため、一時的な和解……不戦協定を結んでいた時の出来事である。

 外壁を通じて内部に入ろうとする……いみじくもあの当時の俺とアリスがとろうとしていた手法に対する侵入者対策に、最高司祭、アドミニストレータが配置していたガーディアン、それがミニオンだった。

 ダークテリトリーに住まう暗黒術師によって生み出すことの出来るそれらは、土塊が組成の大半を占める、言うなればゴーレムのようなものだ。

 アンダーワールドに生きる住人達のような人工フラクトライトではなく、野生動物などと同じプログラムコードによって構成されていた筈である。

(だが……あれは本当に、アンダーワールドで見たものと同じ「ミニオン」なのか?)

 しかし同時に、桐ヶ谷和人の中には疑惑が生まれていた。

 当時行動をともにしていた、アリス・シンセシス・サーティーの話では、ミニオンは魂が無い故に知性も無く、複雑な人語を解する能力もないと言っていた。

(だがあれは……本当にそんな代物か?)

 カフェテリアに入った当初、明日奈の声に反応するように振り向いた。それどころか明らかに言語を…言葉を操り、笑い声を上げている。

 今はこちらに注意を向けながらにじり寄るものの、直ぐさま襲ってくる様子はないがあの甲高い笑い声が頭からこびりついて離れず、緊張を上手く解くことが出来ない。

(あれは……単なるプログラムコードと言うよりも、あれは)

 それは長い間、SAOを始め、いくつものVR空間で多くのプログラムやプレイヤーと接してきた和人だからこそ可能となった直感的な判別だったのかもしれない。

 あれは、人工フラクトライトを持つ……つまり、アンダーワールドで生まれた命の一つではないのか、と。

 

「キリト君……あれが何か、知っているの?」

  微妙な均衡の中、どちらも動けない状況で小声で問いかけた明日奈の行動は妥当だとわかる。

 おそらく扉を開けて早々の一言以外、殆ど喋らなくなったこちらをずっと、気にかけていたのだろう。

 小さく頷いてから、僅かに言葉を加える。

「似ている、だけかもしれない。完全に同じものには見えないんだ」

 言葉にして、改めて己に暗示をかけるように、言い聞かせる。

 あれは似ているが「ミニオン」そのものではない。

 そう自分に暗示をかけなければ、和人自身があの当時にフラッシュバックしてしまいそうでもあった。

 まず第一に、先刻も抱いた、魂を……人工フラクトライトを持っている可能性があること。

 だがこれは同時に、ラースか、若しくはそれに準ずる力を持つ何らかの組織が、フラクトライトをオーシャン・タートルから排出して、菊岡さん、比嘉さんの両名がアリス曰く鋼素製の体……ロボットを作ったように、あの体を作ったおそれがあることになるのだが。

(ただあれだけでは、どう見ても、ロボットのような体には見えない……むしろ、体の方は多少の欠落はあるけれど、アンダーワールドと大差がない……でもここまで精密な再現が出来るものなのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 「月」に起きている異変を知る由も無い和人は、「月」に不法占拠する三人組とその上役がいることも、彼らがアンダーワールドの存在であると自称していることも知らないまま、考察を続けていた。

 まず第二に、見た目と大きさが微妙に違う。

 初見では動揺もあり、ミニオンと口走ったが、冷静に観察すれば明らかに性能面で、アドミニストレータが作製したであろうミニオンとは、ひと味もふた味も劣っていた。

(いや、でもこれ……単に術師の腕の違い、なのか?)

 そこで思い立った仮定を、とりあえず頭の片隅に留める。

 暗黒界に住む暗黒術師達には、「使い魔」のような立ち位置で扱われていたから、作り方の上手さによって性能の優劣が異なるのかもしれない。

 それならば、第二の違和感に納得がいくのだ。

 今帰還者学校を襲うミニオン「擬き」は、セントラルカセドラルの外壁でこちらを散々苦しめてきた凶悪な身体能力を持っていない。

 足場のない空中だろうが構うことなく活動できる翼も、毒性を持つ刺突性に優れた尾も。

 何より開いた口の中は鋭利な牙のない空洞だ。

 カセドラルにいた個体の方は鋭利な牙を兼ね備え、一撃でも噛まれていたらたんなる怪我では済まなかっただろう。

 以前見た個体との差異を見つけることで平静を装おうとしていたものの、やはり和人とて冷静では無かったのだ。和人は根本的な事を忘れていた。

 敵の弱体化以上に、現実世界の自分達は、何の力もないと言う事実を。

 

 目線をそらさず凝視し続けたことで相手のヘイトを貰っていたのか。

 相手の微かな体重移動で揺らぐ体躯を素早く見取った和人は、咄嗟に明日奈を近くのテーブルに隠して、己は逆方向へ飛び込んでいた。

 僅かな一拍。

「……アァァ!!」

 おそらくための時間だったのか、急加速でこちらの隠れたテーブルに突っ込み木製の側面を大破させた。

「なっ……?!」

 以前はなかった……、いや、もしかしたら見せる猶予もなくこちらが討ち取っただけで、攻撃パターンとしてはあったのかもしれない攻撃の威力に、和人は次の行動に移ることが出来なかった。

 ギラギラと、憎悪とも呼べる重い感情を宿した目を直視して、竦んだとも言えるのかもしれない。

 「黒の剣士」キリトならば動けるものが、現実世界の桐ヶ谷和人では身動ぎ一つ出来ない。

 それは生物の本能が持つ防衛本能に直結する事象であり、そのことで当人を責めるのはお門違いというものだろう。

 だがその事象こそが現実世界の自分の能力を否応なく和人に自覚させるには十分すぎるものだった。

「くっ……!」

 ダンと、まるで相手の注意を引くように音を立てる。だが同時にそれは、動けなくなっている自身への気付け代わりでもあった。

 野生動物としての本能か、頭をこちらに向けた相手は、無事に和人へのヘイトを維持しているらしい。

 ミニオンの背後にこちらを見つめたまま動かない明日奈がいる。何か考えがあって動かないのか、恐怖で動けないのか、この状況では答えをすりあわせることすら出来そうにないが。

 下手に声を出せば注意を向けることになるし、相手がどれほど知能を持っているのかさえ分からない。

 目線を合わせたままジリジリと下がりつつ、砕けた木片から手頃な塊をいくつか拝借した。

 これから自分がやろうとしている無謀を自覚しながらも、和人は不敵に笑い……相手のヘイトを増幅させるために、木片の欠片を一つ、投げつけた。

 

 

 

 

 

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