The  Fluctuating Knight   作:雪宮春夏

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ⅩⅢ それぞれの現状

「リズ、シリカちゃん……大丈夫?」

 怪物……キリトがミニオンと呼んだ存在が、キリトを追う形で飛び出した後、直ぐさま明日奈は現状の確認を行った。

 本当ならば直ぐさま避難をするべきだろう。

 相手を野生動物と仮定しても、襲われた場所にいつまでも留まれば、相手が戻ってくる可能性がある。

 だが、実際に直ぐさま避難が出来る状況かと問えばそれは首をひねらざるおえなかった。

(おかしい……ここまで大きな騒ぎになっているのに、誰も来ないなんて)

 複数ある棟の一つとは言え、最上階の窓ガラスが全て割られたのだ。

 事件性の有無の確認のためにも、直ぐさま校舎にいるであろう教職員か、警備員か……それらが駄目ならば警察か……何らかの動きがあるはずだ。

 そうでなくても、ここにいる以外の生徒達が騒げば、それ相応の音が聞こえてくるはずなのに。

(まるで……私たち以外誰もいないかのよう……)

 ゾクリと、背筋に走る悪寒を、しかし明日奈は周囲にいる怯えている下級生には伝えないように気丈に振る舞う。

 ここにいる人々が更に不安からパニックに陥れば、状況は悪化の一途を辿る。

 ここから一刻も早く移動するために、明日奈は焦りを見せることのないよう背筋を整えた。

「明日奈……」

 ちらほらと壁に張り付いていた生徒達が離れられるようになりつつあるのを視認しながら、篠崎里香は見つけた避難梯子を組み立てている親友、明日奈に声をかけた。

 校舎内でキリトがミニオンと逃走劇を繰り広げている以上、同じルートを辿ることは出来ない。

 下手に居合わせてしまえば、彼の足を引っ張ってしまう可能性もある。

 そう考えて、明日奈が避難梯子を組み立て、外側から脱出を図ろうとしているのは里香も分かる。

(けど……じゃあ、今おとりみたいな形で逃げ回っているキリトはどうするのよ……?)

「リズ、大丈夫だよ? 後はこれを降ろせば」

 明日奈のその言葉は、突如起きた震動で途切れることとなった。まるで、里香の内心の不安を決定づけるかのように。

 周囲からも上がった悲鳴に思わずこちらも身を屈めるが、直ぐさま珪子から言葉が上がる。

「明日奈さん! リズさんっ! 向こうの棟が!?」

 見ると、このカフェテリアのある棟とは別棟の、二階、一階の部分から土埃が舞っている。

 建物の外壁そのものは崩れていないのか、建物自体が倒壊していないのがまだ救いだが、このままでは完全に倒壊するのも時間の問題のような気がした。

「明日奈、キリトを追って!」

 それは咄嗟の叫びであったが、それ故に、強く里香の本心を写し取っていた。

「リズ……!?」

「ここまでして貰えれば、私たちは大丈夫だから! だからあんたは……キリトを助けにいきなよ!!」

 にかっといつもの……ゲームの中のパーティープレイの時によく見せる不敵な笑みを、意識的に里香は浮かべた。……言葉とは異なり、自然とその笑みを浮かべるほどの強さはなかったが、それでも迷う明日奈の背中を押すには十分だったようだ。

「リズ……!ありがとうっ!!」

 僅かな逡巡と共に瞑っていた目を開いた時の彼女には、既に迷いはなくなっていた。

 そんな親友の姿に満足そうに笑みを零して、里香は軽く背中を押す。

 パタパタと軽い足音と共に駆けだしていく背中を見送りながら、里香はようやく、自分もまた緊張感で強張っていたのだと自覚した。……それがなくなった今になって。

「さてと……じゃあ、ちゃっちゃとやりますか」

 敢えて軽口を叩くとその調子に合わせるように珪子も言葉を返してくれる。

「そうですね。……じゃないと授業、始まるかもしれませんし」

 まるで日常の延長のような口ぶりで答えながらも、そこで、思い直すかのように、珪子は言葉を続ける。

「授業、始められるんでしょうか?……これ」

 まず、姿の見えない大多数の人々は、どこに行ったのだろう。

 ふと呟いた珪子の疑問に、答えられるものは誰もいない。

 

 

 

「……どーすんだ、こりゃあ」

 思わず言葉を零したクライン……壺井遼太郎は途方に暮れていた。

 はっきりと言えば解決策が見つからない。……打開策すら見えなかった。

 それほどに、ここは八方ふさがりだったのだ。

「まず……どこだよ。ここはぁ!」

 彼の視界に映るのは、見渡す限りの闇。

 若しくは黒だ。

 人の影も物の形も何も見えない。だだっ広い空間が存在していた。

「おおーいっ! 誰かいねぇのかよぉぉぉ!!」

 掌で拡声器を作ってまで叫ぶものの、声の反響すら起こらない。

 広さの予測がつけられない分、遼太郎の恐怖が倍増しそうだった。

「だぁれぇかぁぁぁ…………っ!」

 泣くかもしれない。

 泣いてやろうか。

 泣いてやる。

 おかしな三段活用を経て、決意を固めつつあった遼太郎が、いざと涙腺を弱めようとした所で。

「うるさい!」

 非常に無情で平淡な声音と共に、ビシッと音を立てる程強いチョップが彼の頭を背後から直撃し。

「エーギルゥゥゥ! この鬼ィィィ!!」

 先ほどの宣言を予期せぬ形で実行することになった遼太郎の瞳から、思わず涙が零れた。

 

 

 エーギルと呼ばれた青年、後沢鋭二(のちざわ えいじ)は、ただ目の前の男に辟易としていた。

「お前……この程度の「捩れ(ねじれ)空間」で迷うか普通」

「うるせぇ! てめぇらみたいな感覚鋭い奴らと一緒にすんじゃねぇよ!!」

 ギャイギャイと擬音語がつきそうな勢いで詰る相手を片手間で退けながら、鋭二は三度感覚を研ぎ澄ませる。

「……ダフニス。……アンドリュー・ギルバート・ミルズ、だったか。あいつの気配までは感じ取れないな」

 やや表情を曇らせる鋭二が吐き捨てるように呟く。

 現在では未だに聞き慣れない呼び名……大昔に呼ばれていた前世の同輩の名前に、むず痒い心地を覚えながら、それを誤魔化すように遼太郎は続けた。

「本名呼ぼうとして言い淀む位なら()()()()()使うぐらい別に良いけどよぉ……今の名前の方も呼び慣れとかないと俺達以外の奴等には不審に思われるぞ? ……それでも呼びにくいっていうんなら、いっそのこと、おめぇもあいつらみたいに、「エギル」って、呼んでやりゃあ良いじゃねぇか。あの野郎だって、気にしねぇだろうしよ」

「それはダメだろう」

 断りの言葉は、まるで事前に考えて、用意していたかのように、きっちりとしていた。

「俺は……お前らの仲間とは言えない。少なくとも今の「あいつ」にすれば、俺は敵だった側だろう。俺自身のけじめとしても、お前達と無闇に距離を詰めるつもりはない。……これぐらいの距離感で、きっとそれが丁度良いんだ」

 しかしその表情には言葉とは真逆で、「寂しい」と書かれているように遼太郎には思えた。

(前世の頃からこいつ、いろいろ抱え込む性質な上に自己完結しやがるからなぁ……)

 記憶が戻ったからこうなったのか、それとも戻る前から変わらなかったのか、そこまでは交流の少ない遼太郎達では分からない部分だろう。

 そのことがほんの少しだけ、遼太郎の中では後悔として心の中に棘を生む。

 SAOに巻き込まれていた頃に、もし記憶があれば、自分のギルドに引き込んででも、傍にいてやれていた。

 元より寂しがり屋の性格であるのに、あの事件の中では、ある一人の少女以外親しい人間が傍にいなくて……その少女を失い、その親の抱いた望みに縋るように、悪意に飲まれた。

 それを一概に責めようとは遼太郎には思えない。

 彼自身に襲われた人数がそこまで多くなかったこととか、襲われた人間に遼太郎本人が含まれていたとか、いろいろ彼個人としては別に良いのではないかと思ってしまう要素がないわけではないが、罪の意識云々と思い悩むこいつがどう思うかはともかく、アンダーワールドで起きたあの戦いの中で、救援の一人としてこいつ自身が来たときに、少なくとも遼太郎とエギル……アンドリューは許しているのだ。

 因みに他の面々の意見はは考えていないが。

 「あいつ」に至っても怖くて確認していないが。

「だいたい、あいつは記憶無さそうだしなぁ……」

 考え込んでいたせいか、思わず洩れてしまった一言に、鋭二の不審げな眼差しが刺さる。

()()()って……桐ヶ谷のことか?」

 彼らの議題の最重要人物にあげられる少年、桐ヶ谷和人。

 前世の彼らの縁の中心点にいるはずの本人には、何故か当人だけ前世の記憶が存在していないようだった。

 存在している上で隠しているという可能性もあるが、そんなことをする理由がないというのがここ最近……前世の記憶を取り戻してから、同じ状況に陥ったエギルとの話し合いで遼太郎が辿り着いた結論である。

 そういえば、その件に対する目の前の男の意見は未だに聞いていなかったなと、思い至った遼太郎は、今のところ解決策の見えない現状に対する暇つぶしのように、鋭二に対して問いかけていた。

「おめぇはキリトの野郎が記憶を取り戻していない理由、何だと思うよ?」

「……俺としては、あいつが記憶を取り戻していたんじゃないかと思うが……」

「……はぁ!?」

 それに対しての彼の見解はかなりとんでもないものであった。

 

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