The  Fluctuating Knight   作:雪宮春夏

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Ⅴ 侵攻

 軽く撫でるその感触は、事前の予測よりもどこか滑らかなさわり心地だった。

「……なるほど。感触の差異も特にない。見事なものだな」

「お褒めにあずかり光栄でございます」

 直ぐさま差し伸べられる相づちに視線だけを向ける。四六時中付き纏われているような感覚に多少の煩わしさは覚えるが、現在進行中のこの作戦での己の立場を鑑みれば、致し方無しと諦めるよりほかなかった。

「……閣下」

 無言のまま淡い明滅を繰り返すこの作戦における虎の子を眺めていると、するすると足音すら立てずによってくる人影が声を上げる。

「獲物がかかりましたわ……ご覧になりますか?」

 猫撫で声ともいえる声音に構うことなく、男はそっと視線を落とした。

「そうだな。力の差を図るには申し分ないだろう。……一個中隊ほど、使ってやれ」

 男の言葉に満足げに相手は微笑む。

「かしこまりました」

 その唇は、獲物を甚振る事への快楽を抑えきれず、醜く歪んでいた。

「さて、果たして相手は当たりか外れか……」 

 去って行く相手……己が率いる部隊の紅一点の後ろ姿を眺めながら呟く独り言に、答えるものはいない。

「まぁ、宣戦布告をすれば遠からず、向こうからやってくるかな」

 クスリと笑いを漏らしながら撫でる彼らの虎の子……とある特殊な心意兵器は、何十本もの、四角柱状の宝石を接合させたような、酷く歪な形で、明滅を続けていた。

 

 

 システム・コール。

 その二つの単語から始まる短い単語の組み合わせを流暢に諳んじる同輩の女を眺めながら、灰色の短髪の隙間から両目を眇める男の名をワイエルメスと言った。

 彼らの故郷となる異世界、アンダーワールドにおいて、暗黒界人と嘗て呼ばれていた彼らは、星王が治めた現在の世界においては、多くの法によって、不当に虐げられる事の無いよう保護されている。

 だが、ワイエルメスからしてみれば、その「保護」は、同時に、彼ら暗黒界人が古来より持っていた誇り高き矜持を奪う代物でもあった。

 「力の掟」。力こそ、強者こそが法であるという古来の暗黒界に存在していた唯一の法。

 それは軟弱な人界の民が公理教会によって定められた「禁忌目録」とやらの縛りを受けていた頃より、否、それ以前から暗黒界に燦然と変わることなくあり続けてきた、己達の在りようと言っても過言ではなかった。

(……だが、それももう昔の話だ)

 《終わりの壁》の向こうに機竜を用いて星王が到達し、暗黒界人達に新大陸が解き放たれた時、「力の掟」は、実質崩壊したのだ。

 強者こそが全てであり、弱者は生きる価値無しとされていた世界は、広大な土地を得た事によって粉々に砕け散った。

(だが、この世界はまだ遅くはない)

 見下ろすガラス玉のように小さく、矮小な星を見やる。

 ワイエルメスは、顔を歪めた。それは、歓喜の笑みだった。

(この世界で、この()()()で実現するのだ。再び「力の掟」を……! 強者に許されることを、弱者に許されざる事を、この世界にある全ての者達に知らしめてくれる……!!)

 それは間違いなく、彼の夢見る理想郷となるだろう。

 彼はそこに立つ勝者が自らであることを、僅かたりとも疑いはしなかった。

「……アド ヒア」

 時間にして、数分にも及んだ詠唱を終えたのか、女は漸く、顔を緩めた。

 ボコボコと、彼女の立つ周辺の土が、まるで呼吸するかのように蠢いている。

 彼女の終えた詠唱に共鳴するように、自分達が埋め込んだ「心意兵器」が、煌々と光を放っていく。

 光の明滅の間隔が狭まり、光が一点に集中する。

 その光は球体状に熱を帯び、ポロリと、地面に沈んでいった。

 そこから僅か数秒、ボコボコと蠢いていた地面が、ズズズと音を立てて盛り上がっていく。

「見事なものですね……しかしこれで、不完全な覚醒とは、末恐ろしい」

 盛り上がり、形作られたのは最初は土人形のように見えた。

 しかし、通常の土人形とは明らかに異なると言うように、その姿はすぐに変容していく。

「逆よ。……不完全だからこそ、ここまでの精度を誇るわ。何があったのかは知らないけれど、この世界の月にはかなりの流血を伴う争いがあったようね」

 フフフフと、口元を抑えながら微笑する女の背後から、更に、一体、二体と土人形が生まれ、それと同じ数、「心意兵器」から球体状の熱の塊が生み出されていく。

「この地と実在化しつつある「伴星(アドミナ)」から流れ込んでくるこの亜人達の思念と、この地で死に絶えた者達の朽ちた肉体から生まれた土塊。これほどの素晴らしい素材ならばきっと」

 女は恍惚と吐息を漏らす。

「素晴らしい結果が齎されるわ」

 

 月の異変を探るために現地へ向かった守護戦士達や、小康状態から急変するのを防ぐ為にエリュシオンに預けた月野うさぎに対して、地球の彼らの拠点、司令室には、多くの戦いで彼らのサポートをになってきた3匹の猫、ルナ、アルテミス、ダイアナが詰めていた。

「プルートの言うとおり、マーレ・セレニタティスの東西南北を囲むように、強いエネルギーを感知しているわ」

 コンピューターに映る月の拡大された映像を注視しながら、ルナは通信越しに戦士達と会話を続けている。

 嘗ての月の王国があった場所であるマーレ・セレニタティスが敵の手に落ちている以上、月の王国の中心部にある、ムーン・キャッスル、その中心部にあった祈りの塔と、王国のまだ作動状態にあるサブコンピューター、その中に意識を残していた先代女王、クイーン・セレニティも、敵の手中に渡っている可能性が極めて高かった。

「……だけど、今回の敵の目的は一体何なんだろう」

 一通りの確認を終えて、移動のために一時的に通信を終えたルナをジッと見つめていたアルテミスは、やがて誰にいうでもない、独り言のように言葉を漏らした。

「今まで対峙してきた敵はいつも、幻の銀水晶を、それを持つセーラームーンから奪い、地球を我が物にしようとしてきた。……それが彼らの主体であるカオスの目的だったと言える」

「今回もそうではないんですか? ……カオスがどうやってまた動き出したのかは分かりませんけど」

 首を傾げるダイアナに、アルテミスは腑に落ちないと言葉を零す。

「それならなんで最初に月を狙ったんだ? あそこには既に力と言えるものは何一つ残っていない。今までの敵だって、見向きもしなかったのに……」

 嫌とそこまで考えて、敵の一見無意味に見えそうな狙いを否定する。

 現に、どのような現象かは分からなくても、その敵の第一攻撃で、セーラームーンは前線にたてないほどの致命傷を受けているのだ。

 しかもエリュシオンの祭司であるエリオスの手でも現状維持が限界の様子。

 今までの敵が考えていなかったと言うだけで、今回月が襲撃された事態は決して無意味な事ではないのだろう。

「アルテミスは敵の大本がカオスでない可能性があると思っているってこと?」

 言葉に詰まったアルテミスの言い分を整理するようにルナが尋ねるも、アルテミスはただ項垂れる。

「ごめん。僕もはっきりと言葉に出来ないんだ。……ただ」

 なにかがおかしい。

 そんな漠然とした不安がアルテミスの胸中を漂っていた。

 

 

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