The  Fluctuating Knight   作:雪宮春夏

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Ⅵ 臨床実験

 

 懸命、となれるほど大層な思想は彼にはなかった。

 嘗て暗黒界に存在していた「力の掟」に強い執着心をむけるワイエルメスと違って。

 自分達を第一陣として率いて、この世界への侵攻の指揮を執る「閣下」に恋着する、かの女性程のひたむきさもない。

 自分はただ流されて、ここに立っているだけなのかもしれない。 

 それでも、ここに立つ選択肢さえ持てずに消えていった者達からすれば、自分は間違いなく恵まれていた。

「不公平だよなぁ」

 吐息を共に吐き出して、息を吸う。 

 伴星(アドミナ)が実在化しつつあるこの地には、当然のように、呼吸が出来る空気があった。

 しかし、本来ならばここに存在していたこの世界の「月」には、そもそも呼吸が出来る空気自体が無いのだという。

 呟いてから思わず、自分が何にたいして不公平だと漏らしたのかを真面目に考える。

 呼吸が出来るか否かで優劣がついてしまう環境にか、それとも僅か三人のみ……司令官である彼も含めれば四人だが。それだけを残して、伴星(アドミナ)の実在化と共に急激な環境変化によって命を奪われた住人達との差異を嘆いての言葉か。

(いみじくも、大昔に起きた大戦時のうちの一族とおんなじ扱い……って言っちまえば、そりゃあうちの一族に対する侮蔑かねぇ……)

 自分達の世界では200年近く前に起きたと言われる人界と暗黒界との間に起きた大きな戦い、異界戦争と呼ばれるそれがどれだけ悲惨なものであったかは、今も多くの物語で語り継がれている。

 それまで暗黒界人と人界人という区分で分けられていた自分達の相互理解が出来たという意味ではまったく意味の無い争いであったとは言えないものだが、同時に二度と起きてはならないと言われているのも確かだ。

 どのような思惑があるにせよ、それと同等の争いを、……下手をすればそれ以上の争いを、起こそうとしている自分達は、決して許されることのない極悪非道に違いないだろう。

(だがまぁ……)

 くだらない感傷もここまでだなと、彼は近づいてくる気配……閣下らのいう「獲物」の到来に瞑っていた瞳を開いた。

(一、二、三……)

 結構多いなと、呟いて彼は振り返る。

 視認すれば、相手は既にこちらに気づいていたのか、各々臨戦態勢を整えていた。

 まず目についたのは、明らかに年若い姿であること。

 自分の一族で言えばまだ基礎を習い始めたばかりの見習いか、人界人で言えばケンを修得するかの学院の人間……少なくとも、機士と呼べる年齢には達していないのではないかと、思えた。

「随分と若ぇな。あんたら」

 

 

 こちらを視認して開口一番、そう言い放った男は、地面に胡座をかいていた。

 敵と認識して身構えていたこちらからすれば、驚くほど殺意……というものを感じられない口ぶりであった。

 上半身をさらけ出した無骨な肉体は、明らかに格闘戦を得手としているのが分かる。

 蜷局をまいたような癖のある黒髪に、猫のような瞳。細められたそれに自然と上がった警戒のまま、どうするかと無言の応酬が戦士達の間で続く。

「……お前が月を、こんな姿にしたのか」

 平静を装い、口を開いたのは衛……タクシード仮面だった。

 対する相手は僅かな間を置き「月?」と不自然な疑問符を浮かべる。

「あぁ、()()()()()()()(ルナリア)ってそういう名前なんだっけ? そうだよ……って言っても、実際に「ブツ」取り付けて、術式を展開させたのは()()()だし、力の大本は「セイオウ」様だから、俺は見てただけだけどな」

 ケラケラと、擬態語でもつきそうな様子で男は笑う。

 一見すれば人懐こそうに見えなくもないが語る言葉は襲撃を事実と認めるもの。

 明確な守るべき惑星に対する侵略者に、戦士達は闘気を露わにする。

「今すぐ月を元に戻しなさい。……それが出来ないと言うのならば、こちらも容赦はしないわよ」

 毅然と言い放つネプチューンの傍らで、ウラヌスも、己のタリスマン、スペース・ソードを構える。

 それをしかと認識しつつ、男は怯む様子もない。

「良いねぇ……面白そうだなぁ。お前らとやり合えたら」

 しみじみと、語る男は笑みすら浮かべていた。

 その姿は戦士達から見ればどこか異様だった。

 少なくとも、今までの敵の中にはこのような反応を見せる敵対者はいなかったからだ。

 この星を手に入れようとする闇の力を持つ者達にとっては、星の守護戦士である彼女達はどこまでも邪魔でしかない存在だったのだろう。

 嫌悪や、憎悪。それに類する負の感情。

 それに対してこの男は、どこか高揚とも言える気配を見せた。

 まるで好敵手を見つけたと言うような。

「けど、残念だ」

 僅かな笑みをかき消した途端に、男の気配が一変する。

 ピシリと、辺りに充満したのは、ひりつくような殺気だった。

「悪いな。俺は戦えない……「臨床実験」何だってよ。」

 男の言葉と同時に、地面が隆起した。

「なっ……!?」 

「これは……人!?」

 咄嗟に距離をとった戦士達が見たのは、いくつもの人のかたちをとったナニカ。

 まともな人間ではないのだろう。

 地面から出て来たように見えるが、彼らが見ている地面は膜に映る映像に過ぎない、と言うのがここに降り立った時点で火野レイ……セーラーマーズが話していた事だ。

 見たままを信じるのは得策ではない。

「プルート……!」

「「異空間」の反応はありません。おそらく、地中に隠されていたのでしょう」

 ほたる……セーラーサターンの問いに応えを返しながら、プルートは目の前に現れた異形……男の言う、「臨床実験」とやらに視線を向ける。

 「異空間」の反応はない。

 しかし目の前のこれらから、妙な気配は感じるのだ。

(何か……知っているような。何? この気配は……)

 グルリと、それらは首を……そう思われる部分を回す。

 それがまともな人間……それどころか生き物ですらないことは、そのあり得ない動き方から既に明白だった。

「随分と趣味が悪いじゃないか。土人形かい?」

 軽口を装いながら、情報を集めるためにウラヌスは剣を構える。

 同じように鞭を手に取る美奈子……セーラーヴィーナスの後ろで、亜美……セーラーマーキュリーは異なる糸口から更に詳細な情報を得ようと、データを解析する為に地球の司令室と繋がるマーキュリーゴーグルを起動させていた。

「これは……何?!」

 その直後、マーキュリーが上げた驚愕はかき消された。

「土人形じゃねぇよ。そいつらは」

 がポリと無骨に開けられた口腔。そう思われる空洞から獣のような咆哮が響き渡る。

「そんな生易しいものじゃねぇ。もっとおぞましいものさ」

 

 

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