今月に入って連続投稿を続けておりましたが、そろそろ品切れになります。
頑張りますが、少し間が空くかもです。(苦笑)
それでは今回いつも以上に長くなりましたが、それではどうぞご覧下さい。
その咆哮に、ぞわりと肌が粟立った。
変わり果ててしまった月に降り立ってから、ずっと聞こえていた内容の判別出来ない声のようなもの。
それが今や、ちびムーンの耳にはしっかりと聞き取れるようになってしまった。
だからこそ、この瞬間、ちびムーンは悲鳴を上げてうずくまった。
この、あまりにも酷い仕打ちに、涙が溢れ出ていた。
「ちびムーン!?」
突然、悲鳴を上げてうずくまった仲間の姿に思わず全員の視線が集まる。
しかし直ぐさま獣のようにこちらへ襲いかかる敵に気づき、ウラヌス、ヴィーナスはそれぞれの武器で攻撃をしかけた。
ちびムーンを視界に収めたまま、解析を続けていたマーキュリーは、しかし、その結果を直ぐさま信じることが出来なかった。
(何なの……これは……)
理解はできた、と彼女は思考する。
それを正確に、ここにいる仲間達に伝えるべきだとも。
ちびムーンがとった行動は、良くも悪くも時間軸が異なると言えども、守護星である惑星の上にいたことが原因だろう。
しかし。
「あなたたちは、ここまでの事をして……一体、何を得ようというの……!」
理解は出来ても納得は不可能だ。
それは、死者を利用し、冒涜する行為に他ならなかった。
「マーキュリー……!」
リーダーであるヴィーナスの声に、冷静さを保とうと口を引き結ぶ。
「あれは、まともな生き物じゃない」
それは一目見れば容易に分かる事実。
「次元の異なる力……おそらく、
「力……ねぇ。何とも歯がゆい言い回しだこと」
さくりと、乾いた土を踏みしめる音と共に平静を保とうとするマーキュリーに、追い打ちをかけるように投げかけられた言葉。
視線を投げれば異形のものを挟んだ向こう側……本来ならばムーン・キャッスルが存在していた方向から一人の女性が現れた。
「そちらの解像度が劣っているのか、それとも言いたくないのかしらね?」
せせら笑う女の装いは、まるで異国の民族衣装のようだ。
「確かに力と言えなくもないけど、こちらとしてはそんなあやふやな定義は嫌いなの。こんな素晴らしい傑作が出来たのだから尚更ね」
満足げに笑みさえ浮かべる女とは逆に、位置としては女のすぐ傍に座していた男が渋い顔をする。
「おい。頭のおかしい自慢話がしたいなら変わってくれ。そしたら俺はさっさと戻る」
「あら、嫌よ。命じられたのは貴方じゃないの」
うんざりと顔を顰める男の様子すらも嘲いながら、女はその場にある全てが面白くてたまらないと言うように笑う。
彼女の態度からは、戦いの場に来たと言う緊迫感は微塵も感じられなかった。
観察、いや、鑑賞とでも言うつもりなのか、あくまで手を出すつもりがないと言う態度は明らかにこちらを軽視しているように見える。
「なめられたものだ」
そう毒づくウラヌスだが、その息は荒い。
こちらに押し寄せる異形の一体一体は大した力ではないが、その数が問題だった。スペースソードで幾度も切りつけても、直ぐさま他の一体が押し寄せる。
こちらが息つく暇がないのだ。
同じように最前線で壁となるヴィーナスも同じ状況なのだろう。
浄化の力を持つセーラームーンがいない以上、それ以外の方法で何らかの決着をつけられなければ、このままではじり貧となり、最後はこちらが押し負ける。
(タキシード仮面も浄化の力は持ってはいるが、技として使うには適用範囲が広くない……こうなったら)
「合体技……!」
「……っ! 確かに……それしか無いわね!!」
ヴィーナスが打ち出した方針に、ウラヌスも、応じる。
この場にいるセーラー戦士達の力を一点に集め、この場所にいる異形を全員一掃する。
明らかに格の違う二人は生き残るかもしれないが、その場合でも数ではこちらの方が勝るのだ。
やりようはあるはずだ。
「だけど……」
しかしその場で、歯がみしたのはどちらだろうか。
戦士全員の力を合わせる合体技は、それ相応の集中力と力を凝縮する時間がどうしても必要になる。
けれども相手の猛攻に押されている現状では、その時間を作り出せる余裕がない。
「二人を除くあたし達だけで一度放てば……数は減らせるし、時間も稼げる筈……!」
「いいえ。それは危険よ! 敵が何度も同じ手を許してくれる状況とは思えないわ」
追い詰められていく二人を見ていることしか出来ない自身を鼓舞するように、ジュピターは打開策として口に出すが、直ぐさまネプチューンに、否定される。
焦って事に及べばいざ間違えた時に、それこそ挽回が不可能な結果を招く。
彼女は前世で自身が経験した長い戦いの記憶からその危険性を危惧しているのだ。
「でもじゃあ……」
どうすれば、そう問い返そうとしたジュピターの声をかき消したのは、この場には似合わないどこか飄々とした敵対する男の声だった。
「内輪の相談も良いけどよ~? こっちも暇じゃねぇからさ、やられるならさっさとやられてくれや」
己の側の勝利を疑いもしない言葉に、ぎりっとジュピターは歯を食いしばる。
「挑発よ、ジュピター。相手にしてはダメ」
鋭い口調で言い募るプルートの心情も分かっているつもりだった。
「まぁ、踏ん張ってるその二人以外は、たいしたこと無さそうだけどなぁ?」
ククッと、笑いを零しながらこちらに向ける目は既に戦いに対する気迫すら無い。
それすら必要ないと、暗に示されたようなものだ。
その瞬間、ジュピターの脳裏を駆け回ったのは純粋な怒りか否かは分からない。
自分達が守るべきプリンセス、セーラームーンが原因も分からずに動けなくなっている事へのふがいなさや、目の前の相手に手も足も出せない自身の無力感。
それ以外にもこの多くが未だに説明がつかない現状が、ジュピターの忍耐力をすり切れさせていた。
「馬鹿に……するなっ!」
言葉にすればその一声。
動き出したジュピターは、目の前の男だけを視界に収めて一目散に駆け寄った。
当然、その間にいる異形の者達がジュピターに襲いかからない筈がない。
「ジュピター! 戻ってっ!!」
「くそっ……!」
何より、ジュピターの行動は今までヴィーナスと、ウラヌスに、攻撃を集中させて、敵の行動範囲を制限させる事で生み出した言葉にするのが難しい微妙な均衡状態を破ることに他ならなかった。
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
セーラー戦士としての力を、攻撃技を使うという発想はなかった。
戦士の中では武闘派として「怪力ジュピター」の異名を持つ彼女の本能的な感覚が、男もその体つきから、肉体戦闘に特化した、自分と同じく拳が一番の武器であると気づいたからかもしれない。
その感覚は大当たりで、しかし、その選択は間違いだった。
初手で確実な勝利を掴むならば、戦士としての意地を捨ててでも、何らかの技を、「星の力」を使うべきだったのだ。
「……なんだ。この程度かよ」
交えたのは、拳による一撃。拳同士が合わさったそれは、本来ならば反発し合い、双方が後ろへ押され、距離が生まれる筈だった。
「ぐぅ……ああっ!?」
だが実際、その場で拳を押さえたジュピターが、うずくまった事が全てだった。
しかも男は立ち上がった状態のジュピターとは異なり、座り込んだまま、ただ拳をジュピターの動きに合わせて突き出しただけなのだ。
「……ッ!?」
「ジュピター!?」
そのあまりに予想外の結果に、ヴィーナス、ウラヌスだけで無く、マーズとマーキュリーも驚愕を隠しきれない。
更にその場で膝をついたジュピターは言うならば敵の幹部格……そう思われる二人と僅か数歩の距離しかないのである。
いけない、そう感じた彼らの危機感を裏付けるように、女の方が不気味な笑みを浮かべたまま、ジュピターに歩み寄ろうとした。
「動くんじゃねえよ。
それを牽制したのは、目の前にいる女の味方である筈の男だ。
「あら? なにか問題がある? もう勝負はついたも同然じゃない」
泰然と笑みは浮かべるものの、女の空気がどこか張り詰める。殺気を隠しもしない男と合わさって、両者の間に目に見えない火花が走るのを感じた。
「ここまで来られたからどれほどの力の持ち主かと思えば、さっきからあれらを相手取る二人組といい、誰一人「シンイ」を使えている様子もない。小手調べはもう十分よ。……そろそろ次の段階に進むべきじゃない」
会話の延長のように、チラリと、目を向けられるジュピターは未だ動く様子がない。
動けないのか。
どれほどの威力を受けたのかさえ、異形を間に挟むヴィーナスと、ウラヌスには分からない。
(ここは一度、撤退した方が良い……!)
その追い詰められた状態の中で最速で結論を出したのはマーキュリーだった。
強さの上限が分からない敵が複数いる上に、異形の相手とて効果的な決定打が打てずに追い詰められつつある。
敵の目的も分からない以上、セーラームーンが自発的に戦えない事態であることも加えて、この場で全滅する事態だけは避けなければならなかった。
「次に、ねぇ。作戦通りにって言うならば、俺も反対しねぇよ。……だけどそれ、この嬢ちゃんは必要ねぇだろ? お前の言う「次」って言うのは、作戦の事じゃなくててめぇの趣味の悪いその「術式」の事だよな?」
「あら、必要よ、分かるでしょう?「リアルワールド人」は元より、私たち「アンダーワールド人」さえ、
せせら笑う女の言っている事の半分は、セーラー戦士には理解できない事だった。
だが、このままジュピターを見捨てて離脱するような真似など彼女達には論外である。
仲間割れを行っている今が好機と、ヴィーナス、マーズ、マーキュリーは三人の力を収束させる。
「「「セーラー・プラネット・アタック !!!」」」
異形の相手に自意識があるか否かが判別しきれていない現状、他の戦士達、ウラヌス、ネプチューン、プルート、サターンも警戒から動けなかった。
その状況で、ジュピター救出に動いたのはタキシード仮面である。
動けないちびムーンをサターンに託して、合体技が通った事で生まれた間隙を縫うように、ジュピターに接近する。
衛自身が生まれながらに持つ、サイコメトリーの能力には、元々攻撃能力はない。
30世紀の未来での戦いでタキシード仮面の固有の力「タキシード・ラ・スモーキングボンバー」に目覚めるも、それはあくまで地球の力が主体となっているせいか、地球の惑星内で無ければ十分な力が発揮できないという欠点がある。
本来ならば、この月に来たとしても足手纏いになる可能性が高いことはタキシード仮面とて分かっていたのだ。
それでも動かなければと思ったのは、娘であるちびうさの存在に、動くことの出来ないうさぎ……セーラームーンのかわりに、仲間を守らなければならないと言う思いがあったからだった。
(ジュピター……っ!)
かけた距離はそこまで長くは無い。
だが、いつ襲いかかるか分からない異形の者達に、力量差の読めない二人の敵。距離があると分かっていても伸ばした手は、何もつかめない……筈だった。
拳を合わせた瞬間、感じたのは、人を殴った感触ではなかった。
まるで大きな鉄の塊に当たったような痛み。
セーラー戦士の姿でなかったら、骨折かヒビの一つでも入っていたかもしれない。
それほどの強度。
(こいつ、人間じゃないのか?!)
そう疑惑が頭を過る刹那、次に覚えた異変にジュピターは呻き声を上げてうずくまった。
相手の拳からこちらの拳へ。
不可視な何か……エネルギーかエナジーか、オーラと呼ぶべきか。
そんな実体のない何かが、ジュピターの中に流れ込み、ジュピターの
(なんだ……これは)
それはジュピターにとって……いや、他のどのセーラー戦士にとっても、感じたことのない感覚だろう。
ギャラクシアとの戦いでも、痛みはあくまで肉体にあり、セーラークリスタル自体は抜かれただけであった。
ギャラクシー・コルドロンに還った時も、このような……言うならば、不安感、孤独感、心の全てが凍てつくようなものは感じなかったのだ。
クリスタルに入り込んだその感覚は、クリスタルを経由して、全身へとまるで水がしみこむように入り込んでいく。
目の前に敵がいる。
動かなければならない。
頭ではそう分かっている。
目で見えてもいる。
それなのに、体が凍り付いたように動かない。
明確に感じる敗北の気配に、ジュピターは呼吸を乱すことさえ出来ないでいた。
「「「セーラー・プラネット・アタック !!!」」」
遠くから微かに聞こえる声。
みんなが戦っている。
当たり前だ。目の前にまだ敵がいるのに。
(伝えなきゃ……あいつに、あいつらに接触したら、私のように……)
全員が、動けなくなってしまったら、本当に打つ手がない。
ふと、地球に残してきたうさぎのことが頭に過った。
うさぎの異変も、ジュピターのこの異変と関係があるのだろうか。
その真偽さえ、今のジュピターには判別は不可能だ。
ただ、彼女の事を考えた事で、冷え切り固まる体がほんの僅か、暖かみを感じられたような気がして……。
(え…………?)
ほんの僅か、本当に微かな暖かみを覚えて、ジュピターは視線をそこに落とし……握りしめた拳を包むように握る己の掌……それを更に包み込む、小さな掌の存在に気づいた。
ただそれは、まるで蜃気楼のように朧気に、うっすらと
(なに……?)
パチクリと、思わず目を見張った自分は悪くないと、後にジュピターは語った。
眼前に敵がいるはずの状態で、何とものんきな話だが、この時のジュピターは何故かその緊迫していた状況すら忘れて……その小さな掌を凝視していた。
ジュピターの拳を包む掌をいたわるように小さな掌が、微かに動く。
撫でているのか、と認識するよりも前に、それは起こった。
先刻の、敵の攻撃とはまるで逆だ。
小さな掌から、拳を包む掌へ、拳へ流れ込んでくる、それは暖かな何か。
拳から腕へ、肩へ、体中へ。
流れ込んでいくそれは優しく体を包み込み、暖めていく。
まるで幼い頃に、大切な人に抱きしめられていた頃のように。
「ほら、
それは、ジュピターには聞き覚えの無い声だった。
だが、何故か敵意を抱けない。
その理由を自身の胸に探る前に、そっと手を引かれ……誰かに腕を、捕まれた。
「ジュピター……っ!?」
「え……!?」
ジュピターの腕を掴んでいたのは、タキシード仮面だった。
振り返ると、自分が対峙していた男から……少なくとも数メートルは離れている。
(どういう……事だ?)
ジュピターには、移動した記憶は無い。
いくら意識が散乱していたとしても、目の前までタキシード仮面がかけてきて、共にここまで逃げてきたのなら、その間の記憶は朧気にでも無ければおかしいはずなのに。
動揺するジュピターと、彼女の手を掴んだまま、その場に立ち尽くすタキシード仮面を現実に引き戻したのは、こちらへ呼びかけるヴィーナスの声だった。
「二人とも! こちらへ早くっ!!」
「……何者だ。「セイオウ」の力をこのように行使するなど」
その場に漂った殺気に、外部太陽系の戦士であるウラヌス、ネプチューン、プルートの反応は早かった。
ジュピターとタキシード仮面が、ヴィーナスの元まで戻った直後に、彼らの持つタリスマンの結界が展開される。
それと同時に何らかの衝撃が結界を揺らした。
だが、それが何による攻撃かは分からない。
何も見えなかったのだ。
「……くる」
ポツリと呟いたマーズが何を感じ取ったのか、眼光を鋭くする。
守られている筈の結界の内部でさえ、体調が戻らないのか、ちびムーンの呼吸が荒く響いた。
止まる様子のない涙も相成り、過呼吸に近くなっているのではないかとタキシード仮面は危惧を抱く。
「閣下」
現れた人物を呼んだのは、敵の女だった。
味方で無い以上、敵だろう相手。
「閣下」と呼ばれた相手は何かを見定めるようにグルリと周囲を見渡し、臨戦状態のこちらに目を向ける。
「興味深いものだ。僅かな例外を除けば「リアルワールド人」は「シンイ」を会得していないと思っていたが」
リアルワールド人、シンイ。
投げかけられた言葉を脳裏に書き留めながらマーキュリーはジッと男を観察していた。
その容姿はかなり若い。
自分達と同じか、上回っても30には届かないだろう。
長い黒髪を靡かせながら、温度の感じない、青い瞳は自分と同じように何かを観察しているようだった。
「だが、お前達自身が「セイオウ」という訳ではなさそうだな……どのようなからくりを隠しているのか、非常に興味はある、が」
ククッと、上唇げ上がる。
ギラギラと瞳を輝かせながら、その人物が出した結論はあまりにも暴論であった。
「非常に危険だ」
その直後、悪寒を感じてその男にタキシード仮面が、視線を向けるのとほぼ同時に、それは三人の張った結界の外側、
カキンッと、剣がつばぜり合いをするときになる、独特の金属音をウラヌスが拾ったのは、その直後だった。
一体何が起こっているのか。
その説明はまた後々に。
それでは次回も良ければよろしくお願いします!