メカゴジラ機龍VSガイガン=レクス ~魔女と呼ばれた女~ 作:よよよーよ・だーだだ
あれは、オペレーション=ロングマーチでのガイガンの運用が始まってから3年目。ウイグル自治区カシュガル地区、ヤルカンドでの戦いのことだったか。
「イリーナ!!」
そう血相を変えてラボに駆け込んできたのは、ミハイルだった。ミハイルは着の身着のまま、取り乱した様子で私に言った。
「ガイガンが、アリョーシャが……!」
そしてミハイルに導かれ、私が目の当たりにしたのは、瀕死の状態で格納庫に安置されたガイガン・アリョーシャだった。
前線の兵士の報告に目を通す。これまでは自慢のスピードによる攪乱戦法で、ゴジラと戦い続けていたガイガン・アリョーシャ。
そして、とうとうゴジラに捕まってインファイトの肉弾戦に持ち込まれてしまったらしい。前線の兵士たちも命懸けでガイガンを救おうとしてくれたが間に合わず、やっと重い腰を上げたGフォース本部の判断でなんとか救出されたのだという。
……だけど手遅れだった。
「頭を、潰されてる……」
その無惨な姿を目にしたとき、私は膝から崩れ落ちるような感覚を覚えた。今度の『敗北』は両腕や翼をもがれるだけでは済まなかった。
幸いにして、脳幹部分は生きていた。だから生命維持装置に繋いだ現状であれば、生かし続けることは可能だろう。
だけど、それだけだ。
ガイガンは完全な脳死状態、二度と目を醒ますことは無い。
私たちのガイガン・アリョーシャは、ゴジラとの激しい戦いの末ついに命を落としてしまった。これまでにも何度も修理を重ねてきたガイガンが、ついに死んでしまった。
私にとって最初はただの実験材料に過ぎなかったガイガン。けれど今やガイガンは、いいやアリョーシャはただの兵器ではなかった。共に戦い、苦楽を共にしてきた仲間だったのだ。
「アリョーシャ……」
私はガイガンのかつての愛称を呼びながら、失意に沈んだ。いつになく、泣き崩れてしまった。そんな私の傍に、ミハイルはそっと寄り添ってくれた。
壮絶なガイガン・アリョーシャの死、それを静かに悼んでいた私とミハイル。
しかしそこへ思わぬ来客があった。
「これはどうも、前線の皆さん!」
場違いなほど明るい声を上げながらやってきたのはモスクワ派の政治家、イワン=イリイチ・パヴロフとその取り巻きたちだった。
「ガイガン・アリョーシャ、前線では大活躍だったそうですなあ。前線では『オレたちのガイガン』と大人気だとか」
「……今日は何か御用で?」
私は若干の皮肉を込めつつ横目で睨んだのだけれど、パヴロフたち議員共は如何にも政治家らしい厚顔無恥ぶりで気にも留めなかった。パヴロフはいつものニコニコ笑いを浮かべながら言った。
「それで、いつになるのでしょうね。
「……は?」
素で変な声が出てしまった。出撃、出撃と言ったのか。いったい何を出すというのだ。ガイガン・アリョーシャは死んだばかりなのに。
そんな私の不躾な反応をフォローするように、けれど現実を踏まえた見解をミハイルが口にした。
「お言葉ですがパヴロフ議員。御覧の通り、ガイガンは頭を潰されていまして、これ以上の戦闘続行は……」
「はあ、そうなのですか? それは困りましたねぇ」
いかにも困ったように大仰に腕を組み、うんうんと悩んでみせるパヴロフ。
「せめてあと1年は時間を稼いでもらう必要があるというのに、こんなところで死なれてしまっては……」
白々しいにもほどがある仕草をしてみせた後、やがてパヴロフはとんでもないことを言い出した。
「例のゲマトロン演算結晶体、あれを使ったらどうです??」
なんですって。何を、どうするって。
愕然とする私たちを尻目に、パヴロフは勝手なことを言い続けた。
「例のゲマトロン演算結晶体、あれ、電子頭脳に使えるのでしょう? あれを潰れた脳の代わりに使うのですよ。どうです、我ながらなかなか良いアイデアだと思うのですが……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私は即座に反論した。
「怪獣の脳と機械のプロセッサは違います! 手足や目玉を機械に置き換えるのとは訳が違う! それになによりガイガン・アリョーシャはもう既に死んで……!」
「それをどうにかするのがあなた方、技術開発陣の役目でしょう?」
私の言葉を切って捨てたパヴロフ。その表情はいつものとおり紳士然としていたが、続けてさらに予想だにしないことを口にした。
「それにガイガンの改造の片手間で、そのために使えそうな『検証』を行なっていたそうじゃあないですか。その延長線上で実現できないのですか?」
「…………!」
パヴロフが言及した『検証』、まさか例の『ゲマトロン演算結晶体を用いた限界性能検証』のことを言っているのか。
……しかし、あの検証はパヴロフたちモスクワ派の議員共には伏せて、秘密裏に行なっていたはずだった。私たちが雇われているのは飽く迄もガイガンの改造、ひいてはオペレーション=ロングマーチ遂行のためだ。その片手間とはいえゲマトロン演算結晶体を弄ることに現を抜かしているなんて知られたら、間違いなく問題になる。
その弱味に、パヴロフは巧みに付け込んできた。
「まったくマミーロヴァ博士もボローディン博士も、人が悪い。必要な検証がとっくに終わっているのに私どもに必要な報告をされていないとは……あれは、こういった不測の事態に備えてのものではなかったのですか? こういうときに発揮してこそ我々人類の叡智、ひいては科学というものではありませんか?」
秘密が、漏れている。私とミハイルが密かに動揺する中、パヴロフのアイデアに取り巻きの議員たちも賛同した。
「それは素晴らしいですね!」
「我が国の技術力を見せる好機かと!」
「さっそく実現しましょう!」
おい、勝手に事を進めないでくれ。私はなおも言い返そうと前に出た。
「ちょっといい加減に……」
「イリーナ!」
ところが、ミハイルが咄嗟に遮った。そしてパヴロフたちに向き直り、厳かに口を開いた。
「……議員の皆さん、ゲマトロン演算結晶体の検証については必要な報告を怠っており、ご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
ですが、とミハイルは毅然とした態度で続けた。
「報告をあげていなかったのは、あの技術がまだ技術的に確立できていないからです。パヴロフ議員からの提案については少し、検討の時間をください。実現可能かどうか考える必要があります」
「……ふむ」
理路整然としたミハイルの言葉にパヴロフはしばらく考える素振りを見せたが、やがて腑に落ちた様子で言った。
「……そういうことでしたか。では少しお時間を差し上げましょう。ただし、」
パヴロフは念を入れるように付け加えた。
「戦局は刻一刻と変化を続けております。どうか、あまり時間が無いことをゆめゆめお忘れなきよう……」
パヴロフたちモスクワ派の議員共が引き揚げたあと、私はミハイルを問い詰めた。
「“検討の時間”だと!? ミハイル、君はいったい何を考えてるんだ!? アリョーシャは死んでるんだぞ!? これ以上の戦いなんて出来るわけがないだろうが……っ!!」
いつになく激昂してしまった私だが、ミハイルは逆に冷静だった。努めて落ち着いた様子で、私を宥めるように言った。
「……なあ、イリーナ、君もオペレーション=ロングマーチの戦局が苦しいのはわかっているだろう? パヴロフの言うとおりならあと一息、あと一年なんだ。だけどガイガン・アリョーシャがいなかったら、きっとその一年も稼げやしない」
「しかしだからって、死んだ命を生き返らせるなんてそんなこと……」
「いいから聞いてくれイリーナ、これはチャンスなんだ」
チャンス、チャンスだと? 私が言葉を失う中、ミハイルは続けた。
「あの『検証』は、最終的にはどんな形であれ『生体を使った実機検証』が必要になってくる。そのときイリーナ、君はいったい何を使うつもりだったんだ? まさかそれも『自分を使う』なんて言うつもりじゃあないよな?」
「そ、それは……」
『生体を使った実機検証』、つまり生きた脳をゲマトロン演算結晶体で作ったシステムに置き換える生体実験だ。かつて私自身『自分自身こそ最高の実験材料』などと言ったこともあるが、いくらなんでもそこまでの実験を自分自身はもちろん他人相手にだって出来るはずがない。
とっさに口籠ってしまった私へ、ミハイルはさらに畳みかける。
「もともと君にとってこのプロジェクトへの参加は、『障碍者福祉のための実証試験』という意味合いも強かったはずだ。ガイガン・アリョーシャの手足を替え、感覚器や神経系を拡張し、失った部品を補ってきた。その延長線上にあるものと考えれば、脳死したアリョーシャを蘇らせることだって変わらない、だろう?」
……たしかに、ミハイルの言うとおりだった。
ゲマトロン演算結晶体が人間の脳の代わりになるのなら、当然ガイガンの脳の代わりにも成り得るだろう。むしろガイガンに関しては兵器としての作戦行動さえこなせれば良いのだから、人間のそれよりも遥かに容易なはずだ。ともすれば、技術検証としては極めて真っ当な『次のステップ』なのだとも言えた。
さらにミハイルは言った。
「今ここでモスクワ派の連中を怒らせたら不味いことになる。オペレーション=ロングマーチ遂行のために提供されたリソースを私的な研究に使っていたなんてバレたら、僕たちは終わりだ。それこそ君の障碍者福祉の研究だって出来なくなるぞ。それでもいいのか?」
……私はただの学者、そして技術者だ。政治のことなどわからない。
しかし、ミハイルは私と違ってその方面にも目鼻が効く方だ。世間知らずな私に代わって対外的な折衝をすべて担ってくれてきた。ミハイルは私を『天才』と称えるが、実際の技術開発は一人の天才がいれば出来るわけじゃない。ミハイルのような人間がいてこそ成り立つのだ。
そのミハイルがここまで言うのだ。ならば、きっと間違いないのだろう。けれど。
「……ミハイル、君の方こそいいのか?」
私の問いかけに、ミハイルは一瞬目を逸らした。自分たちがこれから何をしようとしているのか、ちゃんと理解している顔だった。
しばらく躊躇ったあと、ミハイルははっきり言葉にした。
「……ああ、もちろんだ。地獄に堕ちる覚悟は出来ている」
……まるで、自分自身に言い聞かせるかのように。
オペレーション=ロングマーチが始まって4年後、作戦はいったんの成功を見た。
「オペレーション=ロングマーチ、大成功!」
「ゴジラは無事生き埋めに!」
「『人類最後の希望』、完成のめど立つ!……」
大獣ゴジラを挑発し、誘導し、ユーラシア大陸を横断させて時間を稼ぐ大作戦。壮絶な消耗戦となったオペレーション=ロングマーチだったが、そのおかげで極東での開発が難航していた『人類最後の希望』は完成の目途が立ったという。我々人類は多大な犠牲を払うことになったが、それでも最後の希望、その命脈だけはなんとしてでも守り抜いたのだ。
特に作戦成功に多大な貢献を果たしたガイガン・アリョーシャは、最高の栄誉をもって称えられた。当然、その開発を担当した設計局OKB-1972の面々も。
けれど、私はチームを去ることになった。
私がOKB-1972を辞めると言い出したとき、設計局OKB-1972の面々をはじめモスクワ派の連中からは引き止められた。ガイガンの開発に携わった人たちのあらゆる全員から散々慰留されたが、私は辞意を翻すことは無かった。
最後の最後まで引き止めたのはやはりというか、共同研究者のミハイルだった。
「考え直してくれないか、イリーナ。僕らには、君の才能が必要だ」
……もう無理だ、私には。
そう答えながら去ろうとしたとき、ミハイルは気づかわしげなお人好し顔で言った。
「……アリョーシャのことを、気にしているのかい?」
ガイガン・アリョーシャ。その名前が出たとき、私は思わず足を止めた。振り返った私に、ミハイルは心底同情したような悲しげな表情で言った。
「君はアリョーシャのことを特に可愛がっていたからな。たしかに、あの最期は可哀想だったが……」
「……“可哀想”?」
その言葉で、私の中で何かが切れる音がした。気がつくと私は、ミハイルに詰め寄っていた。
「“可哀想”と言ったのか? 今、その口でアリョーシャのことを?」
オペレーション=ロングマーチの終盤、ガイガン・アリョーシャは玉砕した。
眼、手足、背鰭、尻尾……ゴジラに破壊されるたびに強化改造され、なおもゴジラと戦い続けたガイガン・アリョーシャ。ときには頭を潰されるところまで至ったが、それもゲマトロン演算結晶体を基に開発した電子頭脳で代替され、ゴジラとの戦いを強いられることになった。
『最終兵器を開発するための時間稼ぎ』、そんな理由のために生き物として死ぬことさえも奪われたガイガン・アリョーシャ。そしてその挙句の果てが、新兵器の実験体にされて暴走するという哀れな末路だ。
そんなアリョーシャの最期に救いがあったとすれば、やはりそのとどめを刺したのがゴジラだったことだ。現場で生き残った兵士の報告によれば、アリョーシャはゴジラの放射熱線で跡形もなく蒸発させられ、死骸も残らなかったという。ゴジラの放射熱線で一瞬にして焼き殺されたアリョーシャ。きっと、さほど苦しむこともなく死んでいったろう。
可哀想なアリョーシャ。
そのことを思いながら、私はミハイルに言い放った。
「アリョーシャの最期が可哀想だと言ったな。だが、そうなるように強いたのは誰だ。頭が潰されて死んだ時点で、なぜ死なせてやらなかった。その口で『可哀想だった』などとよく言えたな?」
「お、おい、落ち着け……」
「落ち着いてるかって? ああ、落ち着いてるとも。論理的だ、いつものとおりな」
なんとか私を宥めすかそうとするミハイルだったが、私の勢いは止まらなかった。ミハイルの胸倉を掴み上げ、壁へと押し付けて、私は叩きつけるように言った。
「アリョーシャに可哀想なことがあるとすれば、私たち人間なんぞに見つかってしまったことだ。人間なんぞに見つからず、そのままシベリアの海の底で眠り続けていれば良かったんだ。私たち愚かな人間どもが滅び去るまで、怪獣たちだけで平和に暮らせる世界が来るまでな……ッ!!」
「…………。」
……らしくもなく激昂してしまったな。私はミハイルを離した。私もミハイルも、お互いの顔を真っ直ぐ見ることは出来なかった。
「……すまない、ミハイル。私にはもう無理だ」
そう言って私は再び歩き出し、OKB-1972を後にした。もう此処には二度と戻るまい、そう心に固く誓いながら。
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