メカゴジラ機龍VSガイガン=レクス ~魔女と呼ばれた女~   作:よよよーよ・だーだだ

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8、大戦勃発

 私は目を醒ました。

 

 その空間は薄暗く、一見すると緑光の糸が無数に交錯する巨大な繭の中であるように見えた。煌めく因果の生糸は時折瞬きながら絶えず変化し、絡み合い、そして(ほど)けて消えていく。四次元、五次元、さらには十次元までが、この一つの空間に同時に存在し、互いに干渉し合っているのだった。

 どこともしれぬ高次元空間。その最果てで私は出会ったのだ、あの悪竜ども∶зме́и(ズメイ) と。

 

 ピロピロケタケタイヒヒヒヒ……

 

 私の目の前に現れたのは極めて膨大なエネルギー、“黄金の輝き”だった。

 雷霆(いかづち)の化身とでも呼ぼうか。茨の蔦を思わせる長い三本首と二本の尾が複雑怪奇に絡み合い、薄暗いこの世界をまばゆく照らし出している。そして刺々しい黄金のシルエット、まさに暗雲を閃く稲光のようだ。

 “黄金の輝き”は雷鳴のような、でなければ高笑いのような嘶きを響かせながら私へと呼び掛けた。

 

「やあ、イリーナ=マミーロヴァ!」

 

 だれだ、貴様は。そう問いかけるよりも先に、“黄金の輝き”は答えた。

 

「そうだねぇ、私たちはズメイ、一つにして無数……」

 

 ズメイ、だと……?

 ズメイといえば東欧や中欧、そして私の祖国ロシアの御伽噺にも登場する多頭の竜のことだ。もとはスラヴの神話に出てくる怪物であり、地方によっては守護竜とも、あるいは英雄に討伐される邪悪なドラゴンともされると聞いたことがある。

 そんな蘊蓄がよぎる中、“黄金の輝き”はふと思いついたように言い直した。

 

「……いや、ここでは〈シューニャ〉と名乗っておこうか。あとあと辻褄が合わなくなるからね」

 

 まるで何かを見通しているかのような、謎掛けめいた返答。私が戸惑うのも他所に、シューニャは「ま、そんなことよりもだ」と言った。

 

「イリーナ=マミーロヴァ、君は疑問に思っているんじゃあないのかい? あのときガイガン=レクスに踏み潰されたはずの自分がなぜ、と?」

 

 ……そうだ。そこで私はようやく思い至った。

 私は既に死んでいるはずだ、かつて自分が造り出したガイガン=レクスの手に掛かって。なら今ここにいる私はなんだ。そもそもこの空間はいったい……?

 混乱する私に対し、シューニャは言った。

 

「君の疑問に答えよう、イリーナ=マミーロヴァ。ここはゲマトリア演算ネットワークの中にある高次元空間、君はそこへ仮想的に構築された複製さ」

 

 シューニャがそう応えると同時、私の意識を記憶が駆け巡った。遠い昔、まだオペレーション=ロングマーチが展開されていた頃の記憶だ。

 あのとき私はこう言った。

 

『私は自分のコピーなど作ろうと思っていない。ただ『ゲマトロン演算結晶体上で人間の脳の機能を仮想的に実装できるか』を検証しているだけだ。人格だけなら肉体も伴わない、これのどこが自分のコピーなんだ……』

 

 往年の私は『ゲマトロン演算結晶体の性能限界検証』と称して、ゲマトロン演算結晶体をハードとした自身の人格を仮想的に再現する検証を行なっていた。

 つまり、今の私はゲマトロン演算結晶内に創られたイリーナ=マミーロヴァのコピーか。納得する私に、シューニャも頷く。

 

「ああ、そうだとも。もっとも単なるコピーとも違って高次元的に因果が絡み合った結果、人格と自意識の連続同一性は依然保持されているけどね。まったく、皮肉な話じゃあないか。ガイガン・アリョーシャを使い潰すために創られた技術で、その開発者である君自身が延命させられているのだからねえ?」

 

 たしかに、本当に皮肉な話だ。

 あのとき私の検証を手伝ってくれたボローディンは『自分のコピーを作っているのと同じ』だと言っていた。当時の私は気にも留めなかったが、この結果を踏まえればミハイルの方が正しかったことになる。

 ……そうだ、ボローディン、ミハイルはどうなった? 私が訊ねると、シューニャはカラカラと笑って答えた。

 

「ああ、ミハイル・アホートニク=ボローディンか。一応ご存命だよ。見てみるかい?」

 

 そう言ってシューニャは巨大な翼を天幕のように広げ、スクリーンの代わりにして現世(うつしよ)を映し出した……。

 

 

 

 薄暗い研究室には、無数のコードが走るモニターの光が煌めいていた。

 壁にはびっしりと設置されたモニターが複雑なデータを映し出し、部屋全体が冷たい青白い光に包まれている。その一方で、床には散乱した書類や古びた書籍が無秩序に積み重なり、混沌とした空間を形成している。

 そのコンソールの前で作業をしているのは私のかつての助手、ミハイル・アホートニク=ボローディンだ。ミハイルの周りには、壁一面に貼られた研究ノートや手書きのメモがあり、そこにはびっしりと書き込まれた数式やスケッチがびっしりと並んでいた。

 

「イリーナ、イリーナ……!」

 

 そうぶつぶつ譫言のように呟きながら、画面の作業へと熱中するミハイル。

 かつてのミハイルは内気ながらも快活なオタク青年という風だったが、今のミハイルにそれはない。その顔には深いシワが刻まれ、目の下には重く垂れ下がったクマ。疲労の色は明らかだったが、しかし目だけは爛々と、異常なまでに輝いていた。デスクの横にはミハイルの家族の写真が置かれていたが、写真のミハイルは今の彼とはまるで別人のようだった。

 突然、ミハイルが激昂した。

 

「違う、違うっ、違うッ!!」

 

 ミハイルは席を立ち、頭を掻きむしり、その場で叩き割らんほどの勢いでキーボードに拳を打ち付ける。画面に映ったすべてのコードを消去し、再び書き直し始める。デスクの上に置かれた小型のハードディスクドライブが一瞬光り、次いで沈黙した。

 

「やり直し、やり直し、やり直しだ……」

 

 ひとしきり狂乱したあと、再び席に戻ってゲマトロン演算のコーディングに取り組むミハイル。その姿を傍から見ている者がいた。

 

「あ、あの、ボローディン局長……」

 

 そう声をかけたのは、ミハイルの新しい助手だろうか。狂気じみた様子のミハイルに、助手はおずおずと声をかけた。

 

「既にゲマトリア演算ネットワークを用いた人工知能システム“ズメイ”は稼働しているのですから、もうこれ以上の改修は不要ではないかと……」

「ダメだっ!」

 

 気づかわしげな助手に怒鳴り散らすミハイル。血走ったその表情に、かつての好青年の面影は完全に消え失せていた。

 ミハイルは声を荒げて言った。

 

「こんな紛い物ではダメなんだ、“彼女”でなきゃダメなんだっ!」

「でも、局長、あなたの健康が心配です。このままだと倒れてしまいます。奥様も、お義父様も皆心配されて……」

「うるさいっ! 放っておけ!!」

「……わかりました」

 

 せっかくの気遣いを無碍にして、怒鳴り散らすばかりのミハイルに辟易したのだろう。助手は説得を諦め、すごすごと去ってゆく。

 たったひとり残ったミハイルはしばらく作業を続けていたが、やがて行き詰まり、机に突っ伏して頭を抱えこんだ。

 

「なぜだ! ガイガン・アリョーシャのときは上手く行ったのに……」

 

 漏らす言葉に滲んだのは、強い悔恨。

 

「どうして、どうして目を覚ましてくれないんだ、イリーナ……!」

 

 

 

 そして投影は終わった。

 

「ピロピロケタケタイーヒヒヒヒ……!!」

 

 シューニャはスクリーン代わりの翼を畳みながら、今度ばかりは堪えきれぬとばかりに声を上げて笑い出した。

 

「人間の心をゲマトロン演算のAIで再現なんて上手くいきっこないと思ってたが、案の定か~。やっぱりボローディンは凡才だねぇ。ボローディンは『人間と道具の本質的な違い』って奴をわかっていない」

 

 人間と道具の本質的な違い、だと?

 聞き返す私へ、シューニャは「ああ、そうだとも」と得意気に答える。

 

「ガイガン・アリョーシャとイリーナ=マミーロヴァ。所詮は道具にすぎないサイボーグ怪獣を思うとおりにコントロールするだけならまだしも、人間の記憶とシナプス構造をコピーした程度のところで、本質的に道具であるAIが自らの意思に目覚めるわけがない。ましてや『死人の精神を生前と同じように甦らせる』なんて出来るわけがないのさ」

 

 シューニャは腹を抱えて笑い転げていた。

 

「ChatGPTで創るキャラGPTsと一緒さ。君たち人間の意思は、単にデータと演算処理能力だけあれば再現できるわけじゃあない。人間の主体性、自発性、そして自立意志……そういった意思精神の完全なモデル化が出来ていない以上、いくらゲマトロン演算による無限の計算力があったところでユーザーからの入力がなければ何も出来ない指示待ちクン、上っ面でそれらしいデタラメを並べ立てるだけの木偶の坊にしかならない」

 

 ……そのことについては私も思い至っていた。

 かつて生前の私たちが行なっていた『ゲマトロン演算結晶体の性能限界検証』について思い出す。あるいは私の、いいや私たちの『検証』があのまま続いていたら、その領域に達していた可能性はあったかもしれない。

 だがボローディンだけでは、無理だ。ボローディンは助手としては優秀でも、科学者としては三流止まりの男に過ぎない。私が生き返らなければ研究は完成せず、研究が完成しなければ私は生き返らない。完全なデッドロックだった。

 そんな行き詰まった状況を見ながら、シューニャは心底愉快そうに笑っていた。

 

「でもここで私たち高次元怪獣からの出血大サービス、目から鼻血が吹き出ちゃう!」

 

 そしてシューニャは立ち上がる。翼を広げたまま三本首をもたげ、声高に嘲笑った。

 

「ミハイル・アホートニク=ボローディン博士の健気で必死な涙ぐましいその努力! 地位も名誉も家族も貴重な人生をもフルスイングでドブへと投げ棄てる、無駄で無為で無意味なそのアホさ! そんなボローディンの哀れで惨めでくだらない馬鹿げた人生に惜しみ無いリスペクトを捧げて、イリーナ=マミーロヴァ、君の心を甦らせてあげちゃおうじゃあないか~!」

 

 全身に黄金の稲妻を迸らせながら、シューニャは咆哮を上げた。

 

「頭脳と記憶はそのままに、憎しみの意思を因数として乗算すれば……あっそれ、ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~♪」

 

 ……のちに知ったことだが、ちょうどこのとき地球には“宇宙超ドラゴン怪獣”が襲来していたという。黄金の身体に二股の尾、広大な翼、そして禍々しい三本首。その姿は私の前に現れた黄金の輝き、シューニャにそっくりだったという。

 件の“宇宙超ドラゴン怪獣”は一時的にゴジラを追い落とし、ひいては怪獣王の大号令:アルファコールで2年にもわたる世界規模の大戦『怪獣大戦争』を引き起こすことになる。

 それらすべての元凶にして、のちに誰もが恐れることになった怪物śūnya(ゼロ)、黄金の終焉。

 

「ピロピロケタケタイヒヒヒヒアーッヒャッヒャッヒャッヒャッ……!!!!」

 

 その真の名は、〈王たる(キング)ギドラ〉と言った。

 

 

 宇宙怪獣、キングギドラ来襲。

 その報を受け、モスクワ派の政治家イワン=イリイチ・パヴロフは行動を起こした。

 

「出撃させましょう、我々のガイガンを……ッ!!」

 

 聞けばかの怪獣キングギドラは襲来早々にゴジラと会敵、太平洋から南インド洋を股にかけて壮絶な死闘を繰り広げた末にゴジラを打ち負かしたのだという。

 ゴジラをも凌駕する恐るべき宇宙超ドラゴン怪獣、キングギドラ。まさに前代未聞の事態と言えた。

 そしてかつての失敗、『ガイガン=レクス事件』。その建造計画を主導したパヴロフたちモスクワ派は、以来ずっと苦汁を嘗め続けてきた。暴走事故の責任自体は死亡したマミーロヴァ博士に擦り付ける形で逃れはしたものの、パヴロフ自身もロシア大統領の座は断念せざるを得なかった。

 苦節数年、けれどそれでも待ち続けた。まさに今のような“好機”を。

 

「我々のガイガン=レクス・グロズヌイで、あのキングギドラを討伐するのです! アメリカのメカゴジラへ先手を取られる前に、さすれば今度こそ勝利の栄光は我が祖国ロシアに……!」

 

 ガイガン=レクス・グロズヌイ。再建されたガイガン=レクスには、雷帝(Грозный )の異名を冠せられていた。帝政ロシア最初の皇帝(ツァーリ)であった、イワン4世に因んだコードネーム。そこには、かつての雪辱を晴らさんというモスクワ派の意気込みが込められていた。

 ふと、パヴロフは側近の一人に訊ねた。

 

「ボローディン局長はどうしたのです? せっかくのお披露目だというのに」

 

 アホートニク設計局の局長となったミハイル・アホートニク=ボローディン。『ガイガン=レクス事件』で壊滅した研究開発チーム、そのたったひとり生き残り。今となってはガイガンという怪獣を最も知り尽くした人物であり、ガイガン=レクス・グロズヌイ再建の立役者にもなった男だが、今は姿が見えなかった。

 「それが……」と言いにくそうに側近が口を開く。

 

「『ズメイの開発設計の見直しをする』と研究室に籠りきりで……」

「今日も、ですか? まったく、もういいと言うのに……」

 

 ……つくづく愚かな男だ。パヴロフは内心で嘲笑った。

 『ガイガン=レクス事件』以来、ボローディン博士はすっかり変わってしまった。ガイガン=レクス・グロズヌイの再建計画に携わる傍ら、まるで取り憑かれたかのように寝食を忘れて電子頭脳ズメイの開発へ取り組んでいた。ガイガン=レクス・グロズヌイの新たな電子頭脳はその成果物だったが、その成果物が手に入ったというのに、ボローディン博士は未だに電子頭脳の開発に取り組んでいるらしい。

 まあ、象牙の塔の住人のことは良い。パヴロフは回想する。

 

「これでようやく、我が祖国ロシアにも栄光が……!」

 

 ……怪獣黙示録のこの時代、水面下では人間同士の熾烈な派閥抗争が繰り広げられていた。その最たるものが、『対ゴジラ兵器の開発競争』だ。

 たとえばいち早く完成の目を見たメカゴジラ機龍だが、その開発の主体になったのはモナーク、つまりアメリカだ。対するモスクワ派も、サイボーグ怪獣ガイガンの開発で一日の長があったはずだった。

 だが、出し抜かれた。ほんの一手、出遅れた。

 その結果がこの有様だ。メカゴジラ機龍もガイガンも、『生体パーツを使ったサイボーグ怪獣』という本質においては何も変わらない。さらにパヴロフが独自に集めた情報によれば、メカゴジラ機龍が暴走のリスクを抱えていることもガイガン=レクスと同様だという。むしろ安定性で言うなら、数年にわたって安定稼働を実現できたガイガン=アリョーシャこそ防衛力としては優れているとも言える。

 なのにアメリカのメカゴジラ機龍は『人類最後の希望』として讃えられ、ロシアのガイガンは『倫理を踏み外した忌まわしい危険な発明』として封印の憂き目を見ている。

 屈辱の極みだ。

 このままだとこの『怪獣黙示録』、怪獣との戦いの主役はメカゴジラ機龍になるだろう。その主導権はメカゴジラ機龍を造り出した西側諸国、ひいてはアメリカのものになる。ひるがえって東側、ひいては我が祖国ロシアは国際的な発言力を喪ってしまうだろう……。

 そしてパヴロフは、そんな絶望の未来を馬鹿正直に受け容れられるような敗北主義者ではなかった。

 

「このまま座して待つわけにはいきません。すぐにガイガン=レクス・グロズヌイを出撃させ、かのキングギドラを打ち倒すのです……ッ!」

 

 かくして怪獣黙示録は人類の勝利に、ひいてはその栄光は我が祖国ロシアに……ッ!

 パヴロフの命令を受け、イルクーツクの地下深くに隠されていたガイガン=レクス・グロズヌイが動き出した。

 真紅の体に黄金の鎌。誉れ高い見た目はそのままに、さらに新型電子頭脳ズメイによって改修強化され、かつての失敗を教訓に制御系の設計が徹底的に見直されていた。

 

「ガイガン=レクス・グロズヌイ、ガイガン=ミレース、出撃準備完了!」

「よし、今こそロシアの栄光を再び輝かせるのです……!」

 

 ガイガン、起動!

 巨大な地下ハンガーの扉が開かれ、“紅い暴君”ガイガン=レクス・グロズヌイがゆっくりと歩み出した。その姿はまるで、失われた時代のツァーリが再び立ち上がるかのようだった。

 

「ガイガン=レクス・グロズヌイ、起動しました!」

 

 担当技師の声が緊張と興奮で震える中、巨大な地下ハンガーの扉が開かれた。しかし、その瞬間だった。ガイガン=レクス・グロズヌイの目が一瞬だけ激しい光を放ち、次の瞬間。

 ぐちゃり。

 足元にいた技師を一人、捻り潰した。

 

「制御不能! 緊急停止を!」

 

 なんだ、なにが起こっている。パヴロフが問いかける間もなく、技師たちは慌ててコンソールに駆け寄り、必死に操作を試みていた。

 けれどガイガン=レクスは止まらない。鋭利な爪が床をこすり、重厚な足音が地下ハンガー全体に響き渡る。完全な暴走状態だった。

 そこでようやくパヴロフは思い知ったのだ。今度もまた、かつてと同じ愚を再び繰り返したのだということを。

 

「撤退、撤退……!」

 

 技師たちが逃げ惑う中、ガイガン=レクス・グロズヌイは制御室の方へと迫っていた。ガイガン=レクスの鋭利なテイル・シザーが振り回され、壁を貫き、柱を粉砕する。

 

「パヴロフ閣下、危険です!避難を!」

 

 そう呼び止められても、パヴロフはその場に立ち尽くしていた。彼の目の前でガイガン=レクス・グロズヌイが巨大な足を振り下ろし、彼の近くにいた技師たちを一瞬で踏み潰した。血飛沫が飛び散り、絶叫が響き渡る。

 

「こんなことが……ガイガン=レクス・グロズヌイ、我がソヴィエト・ロシアの象徴たるおまえが、なぜ……!?」

 

 大怪獣の猛威。ただ呆然と見上げるパヴロフを、ガイガン=レクスの巨大な足が踏み潰した。

 

 

「いったい、なにが、起こっているんだ……!?」

 

 完成したばかりの新型サイボーグ怪獣が暴走し、破壊の限りを尽くす様を、アホートニク設計局局長:ミハイル・アホートニク=ボローディンは茫然と眺めていた。

 取り憑かれたかのように電子頭脳ズメイの改良に取り組んでいたボローディン、そのおかげでガイガン=レクスの起動作業には立ち会わなかった。

 急に警報が鳴り響いて慌てて外に出た途端、これだ。

 

「きょ、局長、はやく逃げ……!」

 

 ぐちゃ。

 先導しようとした助手の研究員が、ボローディンの眼前で巨大な脚に踏み潰される。呆気にとられたボローディンが見上げると、頭上には赤いサングラスのような目に、鋭い殺意の眼光。

 

「ガイガン=レクス……!?」

 

 モスクワ派の残党が開発していた対ゴジラ兵器、ガイガン=レクス・グロズヌイ。それが今、再び勝手に動き出していた。モスクワ派がカネで雇った警備会社の傭兵連中が、なんとか抑え込もうと戦車を並べ立てて銃砲を撃ちまくっている。

 

「こっちだぁーっ!」

「撃て、撃ちまくれえ!」

 

 しかしガイガン=レクス・グロズヌイは物ともしない。

 ジャキンッ、と金属音が響くと同時、腕に備えた黄金の鎌が鞭状に(ほど)かれる。ボローディンが身構えると同時、ガイガン=レクス・グロズヌイは思いきり腕を振りまわす。

 そして吹き抜ける黄金の一閃。戦車隊と傭兵たちが一斉に薙ぎ払われてゆく。

 暴れ狂うその姿、まさに紅い暴君。その猛威を目の当たりにしながら、ボローディンは思った。

 

 ……なんて恐ろしい怪物を造ってしまったのだろう。

 

 あるいは、『報い』だったのかもしれない。ボローディンの脳裏に過ぎったのは数年前、ガイガン=レクス事件で命を散らした『研究パートナー』のことだった。

 

「イリーナ……」

 

 そう、これは当然の報いだ。

 ボローディンと共に同じ夢を目指し、恋仲となり、子供まで宿したイリーナ=マミーロヴァ博士。ボローディンはかの素晴らしい天才に惹かれておきながら人生を弄び、都合が悪くなれば切り捨て、その償いを果たすどころか最期の最後に見捨てまでした。

 『地獄へ堕ちる覚悟は出来ている』、そう誓ったはずなのに。

 

 ……ガイガン=レクス・グロズヌイに搭載されることになった人工知能システム:ズメイの開発に携わったのは、贖罪のつもりだった。もはや体面だの、手段など、気にするつもりはなかった。

 モスクワ派の連中が『ガイガン=レクスを復活させる、そして設計データのみで封印されていた量産型ガイガン=ミレースを実用化する』と言い出したとき、ボローディンに迷いはなかった。

 課題は制御系、電子頭脳だという。そこでボローディンは自ら進んで、アイデアを持ち込んだ。

 

「ゲマトロン演算結晶を用いた電子頭脳のアイデア、今度こそ実用化しましょう……!」

 

 いつになく積極的に、モスクワ派へ自らを売り込んだボローディン。その裏には、別の思惑があった。

 ……かつてオペレーション=ロングマーチのガイガン・アリョーシャ運用において密かに行なった『検証』、その過程でイリーナ=マミーロヴァは自分の精神をゲマトロン演算結晶にコピーしていた。

 そしてガイガン=レクス事件で回収されたゲマトロン演算結晶、あのデータの中に彼女はまだ生きている。かつてイリーナが考案したゲマトリア演算ネットワーク、あれをニューロ・ネットワークとして電子頭脳化し、その上にイリーナの魂を蘇生する。

 そうやって、イリーナ=マミーロヴァを生き返らせる。

 狂気の計画の始まりだった。

 

 ……けれど、所詮は、夢物語でしかなかった。

 

 その結果出来上がったのは、イリーナの紛い物。生まれたのは外部からの入力に対してそれらしい出力を返すだけの受動的なシステムで、自立的な意思など生まれ得なかった。

 ましてや、死んだ人間が蘇るなど。

 ボローディンが望んだのはただひとつの奇蹟だ。“彼女”にただもう一度会いたかった。ただもう一度、たった一言だけでいい、ただ詫びたかった。

 けれど、それが叶うことは未来永劫ないらしかった。

 

「……許してくれ、イリーナ」

 

 ボローディンの眼前には身長60メートルの真紅の大怪獣、ガイガン=レクスが立っている。ガイガン=レクスがあと一歩踏み出せば、ミハイル・アホートニク=ボローディンのムシケラのような人生は踏み潰されて終わる。

 それでいいのだとボローディンは思った。イリーナ=マミーロヴァの命を犠牲にした因果応報、それが巡り巡って、ガイガン=レクスという形になって報いたのだ。

 

「殺すなら、殺してくれ……」

 

 ボローディンは目を閉じ、ガイガン=レクスの巨大な足が迫るのを感じながら最期を待った。

 これで終わりだ。果たせなかった償い、罪、すべてが終わる――そう思っていた。

 しかし、次の瞬間、何も起こらなかった。

 

「どうして、止まった……?」

 

 ボローディンは目を開けた。

 真上にあったはずのガイガン=レクスの足が、寸前のところで静止していた。巨大な怪獣が、まるで何かに指示されるかのように、じっと動かずボローディンを見下ろしている。

 ボローディンはその異様な光景に呆然と立ち尽くしていたが、次第にひとつの“事実”に思い至った。

 

「まさか、君はイリーナか……!?」

 

 ガイガン=レクスが自らの意思で動いているとすれば、それはガイガン=レクスに組み込まれたゲマトロン演算結晶が、イリーナ=マミーロヴァの精神を蘇らせたということになる。

 そうだ、そうだった、そうだとも。死んだはずのバイカルの魔女、イリーナ=マミーロヴァ博士。彼女がガイガン=レクスの中で蘇ったのだ。

 ボローディンがその事実を悟った刹那、胸の奥から湧き上がる歓喜に満たされた。

 

「……ああ、良かった、イリーナ!」

 

 まるでボローディンを見つめるように静止しているガイガン=レクス、その姿を見上げながら、ボローディンは落ちくぼんだ目に大粒の涙を浮かべていた。長いあいだずっと、ずっと果たせずにいたことが、今ようやく――彼女と再会することが。

 

「僕は君と、もう一度話したかったんだ! ただもう一度会って、君に詫びたかったんだ……」

 

 だが、喜んでいられたのは束の間のことに過ぎなかった。

 ガイガン=レクスはゆっくりとボローディンから視線を外し、その巨大な鎌のような腕を無情に振り上げた。重厚な金属音が鳴り響く。

 

「イリーナ……?」

 

 ボローディンが目を向けた先には、モスクワ派の政治家どもと兵士たちの姿があった。暴走した怪獣相手には敵わないと悟ったらしい彼らは、我先にとばかりにこのOKB-1972:アホートニク設計局から逃げ出そうとしていた。

 

「出せ、クルマを、早く!」

「急げ、急げぇぇ!!」

 

 次の瞬間、ガイガン=レクスの黄金の鎌が鞭状にほどかれ、ゆっくりと兵士たちに向けて振り下ろされた。

 

「や、やめろ……やめてくれ、イリーナ……!」

 

 必死に叫ぶボローディンだったが、その声はまるで届かなかった。

 黄金の蛇腹剣:レクスブレードの強烈な一閃で、十数名の兵士たちがその場でまとめて真っ二つに斬り裂かれる。胴体が分断され、空中を舞った血と肉片が凄惨に飛び散る。鋭い切断音と血飛沫がハンガーに反響し、無情にも兵士たちの絶叫が消えていった。

 

「ひ、ひぃぃぃ……!」

 

 それを目の当たりにしていたモスクワ派の政治家どもたちは恐怖に駆られ、出口へと殺到した。

 その出口を塞ぐように仁王立ちするのは量産型ガイガン、ガイガン=ミレースどもだ。

 

「ひ、ひぃぃ……っ!?」

「頼む、助けてくれ、誰かぁぁ……!」

 

 絶叫した政治家のひとりが、ミレースの巨大なカギ爪で捻り潰される。ぐちゃ、と音を立て、床に血の水たまりが広がる。

 それを目にした他の政治家たちも恐怖のあまり泣き叫びながら地面に這いつくばっていた。倒れた者を踏み越え、死体を足場にする者もいた。まるで死に掛けのムシケラのように惨めだ。

 けれど、ガイガンたちは奴らを決して逃がさない。

 

「いやだ、死にたくない……死にたくないんだぁぁ!」

 

 叫びながら走り出した一人の政治家の背後から、ミレースの胸部から射出された丸鋸:ブラデットスライサーがぶち抜いた。巨大で鋭利な猛回転、政治家の体は一瞬でミンチになり、細やかな血の霧がハンガー内に噴き上がった。

 次々と切り刻まれてゆくモスクワ派のメンバーたち、その哀れな断末魔の悲鳴だけが虚しく響き渡る。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 

「イリーナ、頼む、もうやめてくれ!」

 

 ボローディンは、絶望に打ちひしがれながらズメイに、そしてイリーナ=マミーロヴァに懇願した。

 しかし、その願いが届くことなどなかった。ガイガン=レクスの目には、もうかつてのイリーナとしての情は何ひとつ残されていなかった。その目に宿っているのは、ただ冷酷な復讐心――そして無慈悲な破壊への欲望だ。

 

「そんな……」

 

 ボローディンは膝から崩れ落ちた。目の前で起こる惨劇、それはかつて夢見た理想の崩壊そのもの。ボローディン自身の手によって生み出された“科学の成果”が、今、破壊と殺戮の道具に成り果てていた。

 このときになってボローディンは、ようやく理解できた。はたして自分たちが何を仕出かしたのかを。

 

「ちがう、こんなはずじゃ、こんなはずじゃない……!」

 

 その言葉は弱々しく、何もかも失った敗残者の戯言に過ぎなかった。イリーナを蘇らせるために捧げたすべて、それが引き起こしたのは、この無惨な結末。

 ここにいるのは憤怒(Fury)に取り憑かれた恐るべきサイボーグ大怪獣、ガイガンだ。

 

「僕は、僕は……!」

 

 ボローディンによる絶望の叫びは、虚しく(くう)へと消えていった。

 

 

 モスクワ派のクズどもを“掃除”したあと、私はその有様を一瞥した。

 ……かつて裏の世界で権力を思うがままにし、くだらない見栄とパワーゲームの果てに破綻を引き起こした社会の害虫、そして私をこの境遇に追いやった薄汚い悪党ども。ガイガンに踏み躙られて叩き潰された連中の屍は血まみれで、床に散らばる肉片はまるで壊れた人形のようだった。

 特に目についたのは、イワン=イリイチ・パヴロフだ。手足が砕け、内臓が破裂し、辛うじてだったがそれでもパヴロフは生きていた。

 

「た、たすけ、て……」

 

 私たちを見上げるパヴロフの目には恐怖が滲み、まるで虫けらのように這いつくばって逃げようとしていた。地位も名誉も未来も全てを失った負け犬。その姿には、かつての大統領候補の傲慢さや威厳などかけらもない。ただの無様で惨めなムシケラだ。

 そしてその傍らには、ミハイル・アホートニク=ボローディンの姿もあった。

 

「あ、あ……!」

 

 腰を抜かしたまま私のガイガンを見上げるボローディン、その顔に浮かんでいるのは絶望。

 

「ああ、ああ、ああ……っ!」

 

 ボローディンの目は見開かれ、骨身の底から震え上がっていた。そんなミハイルの上には私が操るガイガン=レクスの巨大な影が覆い被さり、ちっぽけなボローディンの姿はさらに小さく縮こまっていくようだった。

 そんな彼らを見下ろしていたとき、私の耳元でシューニャが笑いかけるのが聞こえた。

 

「……さて、これからどうしようかねえ、イリーナ?」

 

 ……無論、決まっている。私は答えた。

 

「創るのさ、平和な(eirēnē)未来を。今度は私とガイガンの手で」

 

 大戦勃発。

 後に『怪獣大戦争』と語り継がれる、壮絶な世界大戦はこうしてはじまった。

ゴジラ映画の主人公で好きな職業おしえて

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