頭文字B 作:おはようございました
どこかしこも寝静まり、喧騒も抗争も聞こえなくなった深夜。ホシノは峠へと愛車を転がしていた。
「あのNSXの走りから考えるに、もっと速く曲がれるはず」
先日のNSXによる敗北以来、ホシノは文字通り毎日峠へ通っていた。
コーナリングを試行錯誤し、セッティングを変更し、また試行錯誤……
ホシノの目には明確な焦りの色が見えていた。
「焦っちゃダメって分かってるのに、心が落ち着かない」
深呼吸をしてハンドルをまた強く握る。手触りの良い質感で、いつまででも握っていられるような気がする。
排気量を上げたボクサーサウンドがドロドロと唸る。自分は出来ると主張しているかのように、シュルシュルと荒々しいバックタービン音も鳴る。
「性能じゃ負けていないはず、悔しいけど負けているのは私の腕」
名前も顔も分からない、あの黒いNSXのドライバーと私には明確な腕前の差があった。
コーナーの突っ込み、ブレーキング、コーナリングからの立ち上がり。
あのアウトいっぱいから思い切り突っ込む、ロケットのような侵入をどうにか自身のモノに出来ないか、そう考えていた。
ブレーキ、クラッチ、アクセル、シフトダウン。
緩くアクセルを踏みながら、姿勢が出口を向くまで我慢し、出口へ向いたらアクセルを全開にする。
4駆のトラクション性能を最大まで活かそうとした結果、多少滑らせながらのコーナリングが完成した。
しかしNSXはもっと速かった。
あんなに速かったのにスリップせず、過度なドリフト状態にはならない。
軽量な車体にハイパワー、MR故のトラクション性能があったとしても、扱いは難しい。
軽量な車体なのは22Bも同じ。4WDユニットを持ちながら1.2トンという重量で、フロントエンジンにより多少フロントが重いものの、そこまで嘆く程のものじゃない。
パワーに関しては、負けていたような感覚があった。
どんなにアクセルを踏み切っても、ちっとも後ろから離れない。
ストレートで負けて、コーナーで負けて、まるで勝てるビジョンが見当たらない。
「もっと速く曲がれるはず、もっと速く……」
シフトダウンのタイミングを変えても、アクセルのタイミングを変えても、ブレーキング開始地点を変えても上手くいかない。
それでも何度も何度も峠をのぼり、降っていく。
タイヤはタレてきて、そろそろ限界かと言う時に後ろからのエンジン音。
かなり攻めた音。スキールも聞こえる。
見えた車は白と青のフォルクスワーゲン。フロントから見るにシロッコだろう。
少し気になったので、峠の頂上で車を停めてシロッコを待つ。
しばらくすると、件の車がやって来てホシノの22Bの付近で停車した。
「ホシノ先輩、やっぱりここに来てたんだ」
出てきたのはすごく見知った顔。砂狼シロコだった。
ボタンを押し、ウインドウを開けて話しかける。
「あれ、シロコちゃんじゃ〜ん。どうしたのさこんな深夜に。子供はもう寝ないと」
「それを言うのなら、ホシノ先輩も一緒。顔色が少し悪いよ」
そこら辺を言われると何も言い返せないので、どうにか話の向きを変えようと切り出す。
「シロコちゃんも峠を走りに?それに、車持ってたんだねぇ〜」
「いつもはロードバイクだけど、ホシノ先輩の様子が最近おかしかったから」
「それで、ここまで来たの?なんで?」
自慢の後輩は、時々よく分からない。何故様子がおかしかったからと峠へ車を走らせようとするのか。
「なんとなく、ホシノ先輩はここに居るような気がした」
シロコの車に目を見遣る。下げた車高に、それなりに大きなリアウイング。フロントに変更は見られないが、リアはホイールが違う。戦闘力は高そうだ。
「シロコちゃんは、よく走るの?」
「最近はあまり、でも久しぶりに走りたくなったかも」
シロコと目が合う。
「先輩の不安は分からないけど、手伝えることは手伝いたい」
心優しい自慢の後輩だ。ちょっと照れくさくなる。
「うへぇ、じゃあ一緒に走って貰おうかなぁ?置いてけぼりにされないようにねぇ〜」
「ん、望むところ」
シロコは車に戻り、エンジンを掛ける。
直4の勇ましい音がこだまする。排気量を上げているのか、音は少し荒い。
「シロコちゃーん!準備はいいー?」
少し大きめの声でシロコに声を掛ける
シロコはこちらを向いて親指を立てる。いい笑顔だ、かわいい。
クラッチを踏み、アクセルを踏んで回転数を上げる。
何時もより緩めにクラッチを離すと、タイヤは空転せず車体を緩やかに加速させる。
シロコは私が加速したのを見ると勢いよくアクセルを踏み込んだのか、フロントタイヤが空転する。
「気合十分ってことかな?」
タイヤのことを考えると、あまり攻めすぎた走りは出来ない。でも1度きりの後輩との走行で、タイヤのことを考えるつもりはない。
いつもの様にアクセルを踏み込み、加速。
シロコも負けじと加速。パワーはこちらが優位か、それとも駆動方式の差異なのか、加速は22Bが優勢。
最初の左コーナーをアウトからいっぱいで曲がる。シロコもほとんど同じラインで曲がってくる。
シロコのシロッコはフロント駆動にしては、リアの食い付きがいい。フロントはかなり重いはずなのだが、かなり軽快に動く。
「面白いじゃんシロコちゃん!どのくらいやれるのか、おじさんに見せてみてよッ!」
右コーナーから続く右ヘアピン。走り込みから来る慣れた動き。
シロコは車体を右、左へ揺すって右コーナーにアプローチ。
慣性を利用した強引なコーナリング。でもフロント駆動の安定性はそれを破綻させない。
ホシノはアウトいっぱいで、シロコはインから立ち上がる。
シロコはトラクションのかけ方が上手いのか、かなり加速が速い。
「強引にねじ込んで来たね!シロコちゃん!」
それでも立ち上がりの加速では負けない。
少しシロコの前に出る。ラインは自由になり、アウト側に車体を寄せる。
そのまま左コーナー、直ぐに右コーナー。
シロコは車体を振るようにして上手くトラクションを掛けながら走る。
動きは派手なのに、ロスは少ない。
面白い走りだ。
「そんなに車体を振って、速く走れるのは不思議だよッ!」
左ヘアピンに向けブレーキを掛ける。タイヤの悲鳴が聞こえて、少しブレーキを緩める。
するとシロコは、なんと減速の勢いの減ったホシノのイン側へ、とんでもなく強引なブレーキングでイン側を奪う。
ギィ、ギィとタイヤが鳴り、白煙を撒きながら激しい減速。
意表もインも突かれたホシノはラインの自由度を失い、シロコに追い抜かれてしまう。
「うへっ!?やるじゃんシロコちゃん!ほんと、思い切りがいいね!」
追い抜かれてしまったが、離されはしない。シロコの強引なブレーキはタイムより、追い抜くことを重視していた。
道幅の狭い峠では、1度追い抜かしてしまうと逆転することは少ない。
強引だけど、どこか合理的で本当に面白い。
ラインを塞がれたホシノは立ち上がりで遅れを取る。シロコとの距離が少し離れていく。
「こっちも負けてられないねぇ〜」
パワーを活かし、シロコに少しずつ追いついていく。
距離は3mもない。
右コーナー、インを塞がれる。仕掛けられない。
右ヘアピン、インを塞がれる。仕掛けられない。
左ヘアピン、インを塞がれる。仕掛けられない……
「めちゃくちゃイン側守ってくるじゃん!?うへぇ、コレは結構マズイかも」
ペース自体は速くはないが、追い越せないもどかしさを感じる。
ストレートでアウト側を取り、シロコに肉薄していく。
「シロコちゃんは曲がりながら強引にブレーキをする。だから侵入は凄く早いけど、アウトから速度を乗せたコーナリングに対しては、あんまり強くないでしょ!」
左ヘアピンへシロコがブレーキ。少し遅れてホシノもブレーキ。
シロコは勢いよく突っ込むが、インを守るため過剰にブレーキをする。
ホシノは少し余裕を持ってブレーキ。アウトから被さるように曲げる。
しかしシロコは激しいくの字を描いたようなコーナリングで、車体を急激に回頭。アクセルを思い切り踏み、タイヤが空転。
フロント駆動の特徴的なアンダーにより、ホシノは再びラインを塞がれる。
「うへ、アンダー出しながらでも塞ぐだなんて、やっぱりシロコちゃんは思い切りが凄いや!」
しかし空転させながらアンダーを出したシロコの加速に比べ、ホシノの加速は圧倒的だった。
アウトから直ぐにインへ、ラインを急激に変更し、空転によるアンダーの立て直しに手こずったシロコに並びかける。
シロコは負けじとアクセルを踏むが、徐々に、徐々に22Bの頭がシロッコの頭を越えていく。
右ヘアピン。インはシロコ、アウトはホシノ。
ホシノは頭を狩るようなブレーキでミドルラインを、
シロコは頭を取られてしまい、ブレーキで姿勢を変えられない。
「貰ったよ!シロコちゃん!」
そのままの立ち上がり、シロコの前にホシノが出ようとする。
*
「凄い、ホシノ先輩」
ハンドルを握りながら、頭を取ってきた先輩の方を見る。
的確なコーナリングと突っ込み、ブレーキングでアウトから追い越されそうになる。
「負けないよ、ホシノ先輩」
ハンドルに付いている、異様な“MP100”と書かれたボタンを押す。
ホシノはアウト・アウト、シロコはイン・インで立ち上がりの速度は一目瞭然。
しかしシロコがボタンを押すと、甲高い電気駆動音が後輪から聞こえる。
シロッコには、充電式のモーター駆動モードが魔改造により搭載されていた。
リアのホイールを直接回すような状態で、左右独立したモーターが後輪を加速させ、一時的にシロッコは四輪駆動となる。
モーターのトルクと4WDのトラクション。これにより再びシロコは頭を取り返す。
バッテリーはすぐ切れるため、ブレーキで回生できるが一度使うとしばらく使えなくなる。
だからこれ以上ないタイミングで加速する。
突然のシロッコの急加速。ホシノはきっと目を丸くしていることだろう。
電池が切れる。
シロッコが少し前に出ているものの、ほとんど横並びの状態。
インとアウトは逆転し、ホシノがインでシロコがアウト。
「勝負を掛けるよッ!ホシノ先輩!」
ホシノが遅めのブレーキング。シロコはそれを見てブレーキング。
しかしホシノはタイヤがロック。
摩擦力の差でホシノが若干前へ。
オーバースピード気味だ。
シロコはホシノがアンダーを出したと見て、クロスラインを狙う。
しかしホシノはサイドブレーキを使ったのか、車体を徐々に横倒しにしていく。
そのままアクセルを全開、ホシノは白煙を大量に撒き散らしながらコーナーをクリアしようとする。
若干イン側が空く。
「んッ!ホシノ先輩!貰った!」
車体をインに向けようとするが思ったより曲がらない。
どうやら自分が思ったよりもオーバースピードだったらしい。
やむを得ず少しブレーキを挟む。
スリップしながらイン側へ車体を向ける。
しかしそれでもフロントタイヤの応答性が悪い。アンダーが出そうになる。
ホシノはドリフトをしながらコーナーを強引にクリアしていく。
シロコはギリギリでイン側を突き、加速するもトラクションが上手くかからない。
「ん……タイヤがタレてキてる」
しかしそれはホシノも一緒のはず。思い切りアクセルを踏み切る。
しかし残念な事に、4WDとFFではトラクション性能が違いすぎた。
それはタイヤを消耗した今、より顕著に現れる。
ホシノが前に出た。シロコを追い抜かし、そのまま加速。
シロッコにもう仕掛けられるだけの体力はなかった。
*
「ん、ホシノ先輩。凄かった」
「いやぁ、シロコちゃんも凄いねぇ。おじさん、すごくヒヤヒヤしちゃったよぉ〜。途中の急加速とか〜」
勝負はホシノが少し差をつけて勝利。
「あれ、一体どう言うカラクリなのさぁ?」
「ん、後輪にモーターを仕込んでる。ボタンで加速。5秒で100馬力は稼げる」
「うへ、なんかそれ、ずるくない?」
別にずるくは無いが、何となくずるいような気がしてならない。
「それで、ホシノ先輩」
「うん?なぁに」
「悩みは、少しは解消出来た?」
ホシノは考える。先日のことを話すべきかどうか。
「私は、ホシノ先輩の力になれたかな」
ホシノは思考を捨てた。かわいい後輩に頼るのは、それも悪くない。
「実はねぇ、シロコちゃん」
ホシノはシロコにありのままを話した。最近NSXのことばかりが気がかりで、毎日峠を走っていることも、上手くタイムが上がらないことも。
「ホシノ先輩が、手も足も出ない?そんな人が存在するなんて。少なくともアビドスの人間じゃないかも」
「おじさんもそうだとは思うけどねぇ、顔も何も見えなかったから」
「ホシノ先輩は、どうしたいの?」
シロコちゃんの真っ直ぐな目で射抜かれる。
「おじさんは……」
私はどうしたいか、そんなのは分かりきっている。単純な事だった。
「勝ちたいよ。おじさんは、あの真っ黒なNSXに」
「ん……」
シロコはこちらを見て、頷く。
「じゃあ、私も手伝うよ。ホシノ先輩」
「うへ?」
「ホシノ先輩程、私は速くないけど、でも練習相手くらいにはなる。と思う」
正直それは有難かったが、こんな深夜にシロコを連れ回しのはホシノとしては気が引けた。
でもかわいい後輩の好意を無下にしたくない。何より、ホシノがそれを望んでいた。
「うーん、じゃあ、シロコちゃんに甘えちゃおっかな?たまにでいいから、また一緒に走ろうね」
「ん、任せて」
先程までの焦りは何だか薄れていた。
砂狼シロコ
なにか登場させるとなると、このキャラクターが思い浮かんでしまった。シロコは相当アグレッシブに走りそう。ついでに変な魔改造もしてそう。愛車をシロッコにしたのは単純に名前が似ているから。
フォルクスワーゲン・シロッコ R(2011)
エンジンの排気量増加、吸排気のアップグレードなどにより最大トルク46.5kgf・m、最高出力347HPをたたき出す。
後輪モーターの100馬力を追加すれば合計447馬力。しかしバッテリーは軽量化のため小さいものを搭載しており、持続時間は短い。
車重はリアが少し重くなって1398kg。
カラーは青白系。