「おい、大丈夫か、あんちゃん。」
「…ッ…」
薄汚れた夜の路地裏。
そこにたむろしている浮浪者達が、自分達とそう変わりない年齢の、脇腹を抑えて息も絶え絶えな男に呼びかけた。
男は荒い息の中、それでもその眼に強い意志を宿して発した。
「いい…ハア、ハア…どっちにしろ、俺は…ゼエ、ゼエ…長くない………
だから……何としても………連れてきてくれ……あの男、を………
この…世界の……希望………を……」
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「残念だったね城之内君。妹さんのことは。
本田君と杏子も未だ行方不明だし……
じいちゃんは心配しないで。
別に外傷とかは何もないし、
むしろ張り切ってお店を再開させたくらいだよ。
うん。気を付けるよ。
それじゃあ。」
閉店した「亀のゲーム屋」の寝室で、一通り城之内とスマホでやり取りをしたパジャマの遊戯は、
電気を消してベッドに横になった後も、寝付けない様子だった。
「ペガサス城から帰ってきてまだ3日か。
未だに信じられないな。」
遊戯がスマホで開いたネット画面では、話題尽きぬ大会の実態が書かれていた。
『「決闘者の王国」謎の中断!
主催者ペガサス・J・クロフォードと元全米チャンピオン バンデット・キースの行方は?』
『優勝者 小波 遊一特集!
現在JAVA目指して受験勉強中!』
『白熱の決勝戦!
準優勝はデュエル歴僅か1カ月で元全米チャンピオンを倒した天才!』
連日テレビでも流されていたそれらのゴシップに目を通した遊戯は、やがて
様々な噂や都市伝説が記されたサイトに進み、ある記事をタップした。
『デュエル・モンスターズの呪いか!?
『決闘者の王国』の闇』
『オカルト・陰謀論の論客として名高いDue Tuber “クルミナティ”によると、ペガサスの失踪現場に残されていた彼の片目に嵌められていたとされる“ウィジャドの眼”を象った義眼には、相手の熱や発汗などを感知するサーモグラフィー機能が備えられており、彼が現役チャンピオン時代のバンデット・キースに対して見せた相手の心を読むかのような対応は、それらに頼ったイカサマであるとされている。
元来、ペガサス氏は自分だけが使用するオリジナルカードを販売前に公式大会で使用するという主催者特権の乱用に加え、
不正に大会の操作をしているという関係者からの告発など、決闘者として疑問を抱かざるを得ない疑惑が囁かれ、ネットでは
『デュエル・モンスターズの呪いに殺された』『悪魔族モンスターによって精霊の世界に連れ去られた』という噂が囁かれている。
また、“クルミナティ”はキースやペガサスの他にもこの大会を通して何名か行方不明者が出ているといい、名を馳せたインセクター羽蛾等の優勝候補の早々の脱落、完全素人であるはずの城之内克也の不自然な躍進などの公になっている数々の不可解な点も含めて、『決闘者の王国』が果たして公正かつ純粋な決闘者としての大会だったのかは疑念の余地がある。』
“クルミナティ”は、白塗りの仮面に頭からすっぽり覆った黒いフード、
そして変声機による性別、年齢が一切分からない声の如何にも胡散臭い(当人曰く職業柄あらゆる所から狙われていて身元を公表できないらしい)風体の配信者であり、ソースなどが明らかにされていない彼の“独自調査”や、それに基づく見解などが公の新聞などに載ることはまずない。
だが、公然の噂とされるそれらの風評により、I2の株価が大幅下落し、今やペガサスが海馬から勝ち取ったKCの株価や事業で何とか持ち堪えている状況だ。
そして創造主自らが不正に手を染めたとされ、死者や行方不明者などの黒い噂が絶えないカードゲームが売れるはずもなく、デュエル・モンスターズへのバッシング・ボイコットは未だ全世界で続いていて、逆にオカルトマニアや曰くつきの愛好家、都市伝説マニアなどの間ではカルト的人気を博して高値で取引されているものの、この世界の後のデュエル・モンスターズの歴史では、まさに絶滅寸前の「暗黒期」とされる危機に陥っていた。
そして一時は倒産寸前とされた海馬コーポレーションは、復活して海馬瀬戸が新体制で会社の立て直しを行っている所だという。
遊戯は画面を上に向けて脇に置いたスマホのライトに照らして、自らの「デュエル・モンスターズ」のデッキのカード1枚1枚を丹念に眺めて、心から無念そうに独りごちた。
「例えペガサスがどれ程酷いことをしようと、
『デュエル・モンスターズ』はこんなに面白くて素晴らしいゲームで、
このカード1枚1枚が、僕を支えてくれた大切な相棒なんだけどな……!?」
遊戯がまず感じたのは、違和感だった。
上の階にあるとはいえ、就寝にあたっては閉めていたはずの窓のカーテンが、
風によってフワリと内側に膨らんできた。
その人物は、窓から手を伸ばして遊戯の机の上のカードを、幾枚か無造作に取った。
「僕のカード!」
着替えるのも、寝付いている家族を起こすことも後回しにして、遊戯は着の身着のままその人物を追って裏路地まで駆けて、やがて立ち止まったその男に飛び掛かった。
「返してよ僕のカード!」
「わ、分かった!返すよ!ホラ!」
「え?」
存外あっさりと返されたカードに拍子抜けして改めて見ると、
男は顔や体に髭や体毛を生やした浮浪者だった。
改めて見回すと辺りの同じような風体の浮浪者達により、くすんだ匂いが立ち込めていた。
今にして思うと、男の逃げ方は元来運動があまり得意ではない遊戯を敢えてここに誘い込んだかのように思えた。
「俺達は頼まれたんだよ。
お前をここに連れて来いって。
元々ム所の方が居心地がいいくらいだからな。
おーい、連れてきてやったぞ。」
男に促されて奥に進むと、浮浪者達に紛れて重病者のような微かな息遣いが聞こえ、やがて横たわる男の元に至った。
雰囲気としては、ここら辺を塒にしている浮浪者とは本来住む世界が違う印象の中年の男性だった。
脂汗を垂らす蒼白の顔面と、両手を抑えている脇腹から微かに見える血の跡などを見て、遊戯は咄嗟に声を上げた。
「どうしたのさ!
早く病院に行って手当てしないと!」
「よせ………病院なんかに行っても……『奴ら』の手が……」
「は?」
「お前が……武藤…遊戯、か?」
「え?そうだけど……」
息も絶え絶えの中、己の命の限界を振り絞るように言葉を絞り出し続ける男は、遊戯の姿を確認するとややその緊張を弛緩させた。
「お前が、本当に………『希望』、なのか……」
「何言ってるのさ!早く、119を……」
「止めろ……」
「え?」
「『奴』を………『転生者』を止めろ………お前だけが………」
「何を言っているの?」
「『奴』は、世界を………自身の思惑通り………歪めようとしている。
あるべき方向に導き、修正しなければならない………それが、俺達の……使命……」
「はあ?」
「だが………その資格があるのは………本来の、『主人公』………『奴』が、ただ一人、相対することを徹底して避けた……お前、だけだ」
「僕がどうしのた?」
「世界を救って、くれ……」
「いやいやいや、出来るわけないよ!
何で僕なんかが!」
「そうやって、うかうかしていると…また、大事なものをなくすぞ…」
「また?」
「本田、ヒロト…
真崎、杏子…」
「どうして、その名を……」
「『奴』によって、ペガサス城で、殺された……お前の、『友達』……」
「!!!!!」
その言葉を聞いた瞬間、遊戯の頭がカアーッと熱を放つと共に、風体が大きく変わり、草食系の普段の様からは考えられない気迫で男に食って掛かった。
「お前!」
「成程、それが……お前に潜む……闇人格。」
「誰だ!
本田と杏子をやったのは、『転生者』とは、何者だ!」
「『奴』は……手段を選ばない……邪魔するもの、気に入らない者は……容赦なく排除する……ペガサスも、『奴』の手によって……」
「言え!『転生者』の、正体を!」
「『神のカード』を巡る、戦い。
『バトルシティ』
その背後に、全てを手に入れようとする……『奴』がいる。
人々の、運命を、人生を、弄び、捻じ曲げ、この世界を……その、欲望のままに……
あるべき、世界を……取り戻せ……それが、出来るのは……お前……だけ、だ……
武藤……遊、戯」
男は、そこまで言い切り、その体から完全に生気を失った。
「なんまいだーなんまいだー。
仏さんはこっちで処理しとくよ。
俺達にとってはよくあることだかんな。
坊主、お前、こいつの知り合いか?」
「………」
「ん?お前さん……ちょい、背が伸びたか?」
浮浪者達の質問には答えず、その場を離れた遊戯は、風が吹きすさぶ夜空に浮かぶ満月を見上げ、硬い意思を秘めて呟いた。
「『バトルシティ』………」
息絶えた男に、浮浪者達は群がって金目の物を物色していた。
「お使いは果たしたんだ。
言いつけ通り、おめえさんのもんは好きに頂くよ、文句はねえよな。
おっ。かなり持ってんじゃねえか……ん?」
浮浪者の一人が、男の持ち物から筆記体のアルファベットのアクセサリーを見つけた。縁日か安物コーナーにでも並べられていそうな、後にすぐそこら変にゴミとして捨てられるそのアクセサリーの「Iliaster」という文面など、覚える所か誰にも理解されることはなかった。
その翌日、KCとI2の合同プロジェクト『バトルシティ』の開催が公表された。