執務室に座った海馬瀬戸は、苛立ちを隠す様子も見せずにソワソワと机上に組んだ手を動かしていた。
「クソ。忌々しい。」
脇に控えるモクバはフウ、と嘆息した。
本音を言えば彼自身も頭を抱えたい。
王国での勝利によりKCの大株主となり、ペガサス失踪の態勢を立て直すどころか
彼ら兄弟にとって許すことなど出来ない大下達離反者達を役員に加え、KCの技術や産業などを組み入れた新体制の財閥として注目を集めるI2、いや、正確にはつい最近社名を「ユニゾン」に変えたという。
彼等にとって自分達を育て上げたと共に不倶戴天の義父、海馬剛三郎が遺した軍事産業やその遺志を継いだ者達による忌まわしい亡霊は、闇の罰ゲームを乗り越えたはずの彼等の前に未だ立ち塞がっていた。
そして資産的にはギリギリ会社としては保たれているものの主要幹部を失ってしまったことでお膝元の人材には枯渇してしまったKCは、やむなく海馬が遠ざけていた、彼にしてみたら出来れば一生顔を見たくもない2人の幹部を呼び戻すことにしたのだ。
やがて執務室のドアがキイ、と開き二人がビクリと顔を上げた。
「うふふ♡お久しぶりねぇ、瀬戸様♪」
「………
180センチはあろうかという高身長に加え、赤いハイヒールをカツコツと踏み鳴らして入ってきた人物。
髪は真っ赤なロングヘア―。
ヒョウ柄のスーツをカッチリと着こなした引き締まった体躯。
化粧を施された顔の真っ赤なルージュとアイシャドウを施された紫色の眼光が喜色を浮かべて部屋の主を捉える。
優雅さを感じさせるゆったりとした動作で部屋に入ってくる渡良瀬と呼ばれた人物は、
机から十メートルほどの地点で立ち止まり、しげしげと眺めた。
「あら。話に聞いていたけど、私がいない間に随分修羅場を潜ってよりいい男になったじゃないダーリン。」
「とりあえずもう5メートルは離れてもらおうか。」
「もう、イケず。
ヤッホー。モクバちゃん。
そっちもお元気そうね。また大きくなったんじゃない?」
「貴様。モクバにそれ以上近づいたら解雇処分だぞ。」
モクバは苦虫を噛み潰した表情で低音を響かせる偉丈夫から目をそむけた。
(ゲー。だから呼びたくなかったんだぜこのカマ野郎。)
一方、KCの階下のオフィスでは、執務に当たっていた社員が興奮を抑えられない様子で話し込んでいた。
「おい、夢じゃねえよな。」
「ああ、帰ってきたんだ。『姉さん』が。」
―――――――――――――――――――――――
新生I2、ユニゾン会議室。
KCの動向について聞いた元KC幹部の大下達は、
顎に手を当てて早速展開を分析した。
「フム。渡良瀬が早速瀬戸に会いに行ったか。」
「まあ、彼なら真っ先にそうしますな。」
「わざわざあれを呼び戻すとは、相当切羽詰まっているようですな。」
自分達の古巣について思い思いに語る元KC幹部達に、
旧I2サイドについているまだ青年といっていい年齢の幹部がおずおずと話しかけた。
「あの……その渡良瀬とは……?」
「ああ、月光君。
君は元からこちらにいるから知らなかったか。」
「
かつては我等と並ぶ、KCの幹部だったのだよ。
これが最新の彼の写真と、資料だ。」
「どれどれ……!これって……」
「見たら分かるだろう。
若者風の言葉で言うと、所謂『オネエ』という奴で、見た目のキワモノ度でいったら我等の中でも随一だ。」
「しかも瀬戸にほれ込んでしまっていてな。
自分にしなを作ってくる奴を気持ち悪がった彼によって遥か彼方の僻地に左遷させられてしまったんだよ。」
「愚かなものですね。
奴を手元に留めておけば、瀬戸もあのような無様な屈辱は晒すことはなかったろうに。」
「………それだけ、優秀なのですか?」
「ああ。瀬戸には気持ち悪がられたが
実際、彼の実務能力は我等の中でも群を抜いていた。」
「それに下の者の面倒見も良く、キワモノぶりに反して人格者として人望や評価も厚く、社内に彼を慕う者も多い。社長の理不尽なパワハラによる不満の調整役として大いに貢献していたんだよ。」
「何より彼の瀬戸への忠誠心。
現に彼は理不尽な理由で左遷されても瀬戸への恨み言一つ言わず、
また彼の為に働けることを心から喜んでいた。
彼が残っていたら間違いなく我々と違って者に戻って瀬戸を支えていたろうし、
ここまで離反者が出ることもなかったろうに。」
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KC社長室。
「それで、資料で確認して改めて社内を見たけど……随分、追い詰められているみたいじゃない。」
資料をパラパラと捲り、渡良瀬は一転して刃のような鋭い視線で社長と視線を交わす。
「貴様に言われるまでもない。
一刻も、この卑しい裏切り者どもを……」
「駄目よダメダメ。相変わらずね。
そうやって敵愾心を先立たせて行動したら。
まずは地盤固めよ。
現在残っている社員へのヒアリングやマネジメントからやり直しましょう。
どれだけあなた方兄弟が優秀でも、企業は社員と人材あってこそよ。」
『いい加減にして社長!
こんな滅茶滅茶で強引な方針転換、社員達がついて行ける訳ないじゃない!
彼らの不満を抑えるのに、私たちにどれ程しわ寄せが……』
『そんな無駄な労力などかけるな。
ついて来れぬ気力も頭脳もない凡夫共などに貴重な資産を割く気はない。』
『私達経営者は、その『凡夫』の社員達を如何に駆使するかなのよ。
そんな使い潰したり切り捨てるようなやり方だと……』
『そういえば貴様の処遇について、言っておくべきことがある。
北海道の支社が、今人手不足だそうだ。
貴様のその社員想いを存分に発揮してくるといい。』
『社長………』
「で?本来はあまり大きく動くべき時じゃないと言いたいけど、
また変なことするらしいじゃない。」
「『奴ら』との共同で行わなければならないのが癪だが、今後KCが担うことになるデュエル産業の趨勢が掛かっているビッグプロジェクトだ。」
「『バトルシティ』………これ、正気?
間違いなく、KCのライバル産業やダーリン達に恨みを持つ者達も参加してきて、『景品』として貴方から全て奪う気よ。」
「ふん、それがどうした。
この俺に盾突く奴らを炙り出し、叩きのめす絶好の機会だ。
全ての戦いが終わった後、神のカードとデュエリストとしての最大の栄光を手に戦場に立つのはこの俺ただ一人。それだけのことだ。」
「………ふう、そういう素敵で無茶な所、相変わらずね。」
「貴様はとっととこの部屋から出て、そのマネジメントとやらに励め。
関わらせる気がないお前には、関係のないことだ。」
「分かったわ。それじゃ。」
そう言って部屋を出ていきかけた渡良瀬は、立ち去り際に振り返って妖艶に笑って言った。
「そうそう。『彼』も、明日にはこっちに着くらしいじゃない。
頼りにしなさいね。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ユニゾン会議室で、一通り渡良瀬について理解した天馬月光は、もう一つ気になったことを訊ねた。
「あの、それでもう一人の幹部というのは……」
「ええ、かつてKCがやらかした不祥事で、私、大岡によりこちらの損害は最小限に留めましたが、生贄を一人差し出すことになりましてね。」
「不当逮捕者の保釈金など、あそこなら今更造作もないだろう。」
「アミューズメント産業に方針転換したKCには、『奴』こそが最も必要なはずだったんだが……瀬戸とはあまりにスタイルというか、趣向が合わなくて度々衝突していてな。」
「やはり海馬ランドを『成金趣味』と批判したのが決定でしたな。
彼の助言を少しは聞き入れる耳と、その才覚を評価する目を持っていたら、瀬戸も……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
とある刑務所。
そこから出所したビジネスマン風の男がスマホで連絡を取っていた。
「何とも調子のいいものだが
あの男が私の才能を改めて活かしてくれるというのなら、考えないこともない。」
『彼は根本は変わってないけど、それでも昔の彼とはかなり変わったところもあるわ。
もう一度だけ、付き合って貰えないかしら。』
「……いいだろう。
他でもない君からの頼みだ。渡良瀬くん。」
『ありがとう。
あなたのアミューズメントパークにかける唯一無二の才能と情念は、きっとこれからのKCに不可欠のものになるわ。
また宜しくね。
ハートランド。』
ぴ。と通話を終えた男は青空を見上げ、大仰に両手を上げて叫んだ。
「さあ、新しい門出の日。
理想に向けて改めていざ、進むとしよう。
ハート・バーニング!!!」
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そこにあったのは、巨大な白い建築物だった。
神殿と思わしきそれは、海上に浮かぶ分だけで在りし日の荘厳さを思わせるものではあるのだが、よく見ると大部分が海中に没している。
海の下を見るとそこには建物の残りの他に、そこに連なる町々が果てしなく水越しに見え、
ここに水没しているのが単なる建築物ではなく、町、いや、国そのものと言っていいものであることが分かり、人々を震撼させることは間違いないだろう。
一体、この水没している「国」は、何なのだろう。
何故、このような国が海に沈むことになったのだろう。
ここが、未だ人々に見つかっていないのは何故なのだろう。
そう、「それ」を見た人々は、必然的に思い至るはず。
そもそも「ここ」は何処なのだ。
「現実」なのか。
デュエル・モンスターズに通じているものなら、その答えに容易く「否」と答えられるであろう。
何故ならこの場所は。
フィールド魔法「忘却の都 レミューリア」。
デュエル・モンスターズの世界の一つの光景。
周囲が果てしなく広がる海。
人間というものが元来存在し得ない、元ネタからして存在を否定されている伝説の類のはずのこの空間にピアノが奏でる優美な旋律が流れる。
軽やかに、滑らかに。
聞かせる者が他にいるはずがないにも関わらず、むしろこの空間の「自由」を思い切り歌い上げるかのように響き続けるピアノの旋律。
音源は、やや海面近くにせり上がった石台の上に、足の先を海に着けたグランドピアノだった。
ピアノは傷どころか埃一つなく、光沢すら放ち、元来レミューリアから伺える文明では全く異質のはずなのに、色あせた白の中に佇む黒光りのコントラストは絵になりそうな風情を感じさせる。
それを引きならし終えた、帽子を被った人物は、
雲一つない空を見上げて誰に聞かせるでもなく言った。
「『バトルシティ』が始まるか。」
『バトルシティ』。
もし、音や声に色や質感があるのなら、
遥か古代の伝説的イメージを否が応にも搔き立てるこの空間で、
日本のど真ん中で開催される全世界が注目するそのイベントの響きは、PCやゲーム機や拳銃といったもの並にその風情をぶち壊してしまうものとなっていたろう。
だが、声の主はそれを全く頓着することなく続けた。
「今度は『転生者』自身も参加するようだな。
『奴』が『転生者』の性として無意識に頼り、基準にしてしまう……向こうにとって馴染みの言葉で言ったら「原作展開」か。
既に「王国編」は、『奴』の介入によって大きく異なるものとなった。
新たなイベントでのリセットを図るつもりかもしれんが……もう遅い。
このイベントも、その亀裂は果てしなく大きくなり、もはや『奴』にも想像がつかないものとなり果てるだろう。
原作者はバトルシティを通じて
遊戯、城之内、海馬の3人がそれぞれ意味が異なるものの『勝者』となったと言った。
このバトルシティで、果たして『勝者』となるのは誰なのか。
そして。」
そこまで言ってピアノを弾いていた「人物」は、その声音に抑えられない喜びと期待を込めた。
「原作軸ではその存在すら語られることが無かった我等。
千年アイテムの影として歴史の奥底に埋没していくはずだった我等も、この世界の展開次第では或いは………クククク………ハハハハハ………」
そして始まる。
デュエリストによる、デュエリストの為の世界最大の大会。
『バトルシティ』が始まる。
一月、色々あって遅れてしまって申し訳ありません。