人類。
太陽系第三惑星、地球で誕生した知的生命体は、その知恵と技術とを活かし、故郷たる星を捨て、太陽系惑星の開発にいそしんでいた。
その社会もまた、数百年前とは大きく異なり、利益を追求する企業による支配体制が半ば常識となっていた。
辺境の開発惑星、ルビコン3。
新物質「コーラル」の眠るこの星は、かつてそれが引き起こした大災害“アイビスの火”によって不毛の大地と化し、日は陰り続け、生のない銀世界となった。
その不毛の大地にぽっかりと空いた大穴。
この奥底から、この惑星が鳴らすべきでない爆音が響いていた。
―――
…捉えられない。
ガトリングとミサイルで弾幕を張りながら軌道が変わる瞬間にグレネードをぶち込むも、奴は無理やり角度を変えながら余波を浴びるだけで済ませている。
「ひとり雇うだけで、この戦力だと…!?」
「オオサワ!うちの幹部にも算数の授業が必要だったようだな!」
俺の背後にいたケネベックどもの乗る四脚が落とされる。脱出したのは……一人だけか、あれほど脱出レバーを引く用意をしておけと言ったものを、帰ったら外回り50週だ。
「なんの 足し算で勝てばいい!」
大口を叩くようになったものだなオオサワ、これならコールサインの貸与くらいは考えても……
「っ!そう来るかG13!」
枯れた食虫植物の茎を遮蔽にしながら三次元軌道を取る。後ろの役立たずどもの射撃を抑え、俺という頭を取りに来たか。そしてあわよくばライガーテイルの機動力も削ぐ、と。ウォルターの猟犬が取りそうな戦法だ。悪くない、が。
舐めるなよ、その程度で俺が離すとでも思ったか。
アサルトブーストを吹かせ、柱とライガーテイルがキスする距離で抜ける。悪いがこいつの処女は柱如きには譲らん。G13の横っ腹にグレネードをぶちかまし、辺りが煙で覆われる。
そして数瞬の後、
「!?」
突如としてライガーテイルが前転する勢いで倒れ、天地がひっくり返る。逆転した視界に捉えたのは…G13。
あの野郎、姿勢を低くしたブーストでライガーテイルの足を引っかけたか!
「まだ終わっとらんぞG13!!」
ガトリングの鉛球をありったけ食わせ、デザートに太陽守もぶち込む。だがこれまで徹底して回避してきた奴はむしろ全く避けることなく突っ込んできた。カメラが向く先は、ライガーテイルの脚部の裏。装甲の薄い股に奴のブレードが二連、叩き込まれた。
派手な爆音とともにライガーテイルに火が付き、『AP限界』の文字が嫌というほど目に飛び込んでくる。
「聞こえているか、役立たずども! ミシガンは転んで死んだ 伝記にはそう書いておけ!」
通信を切り、いやそれも出来なくなったか。物陰の亀どもがぐちゃぐちゃの顔面で口を開いている光景も、やがてブラックアウトする。
「……G13。お前も大人になったか?
宿題だ。次はエスコートの仕方から覚えておくといい」
やがて自分の声が遠のいていき、世界から色が消えた。
歩く地獄は、転んで死んだのだ。
―私のミスでした―
耳鳴りが聞こえる。爆音で耳がいかれたかとよぎったが、それにしては妙に鮮明な、後悔の言葉だった。
懺悔は続く。
―私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況―
―結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて―
もはや全て終わってしまったことを、どうにもならないことをどうにかしたくてたまらない。懐かしくも、よく聞いた声だ。
妙だな。走馬灯にしては俺の記憶が一切出てこないが、いやに鮮やかだ。
まるでまだ生きているようだ。
―今更図々しいですが、お願いします―
先生。
先生
鬼だの英雄だのと呼ばれた俺をそう呼ぶ奴は、誰一人としていなかった。無論、俺自身がそう呼ばれることを望んでいるつもりはない、一切。
だが声は、俺の心情を読むことは無かった。
―ですから……大事なのは経験ではなく、選択。あなたにしかできない選択の数々―
―大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。それが意味する心延えも―
―この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……だから、
―先生、どうか…―
「いいだろう
貴様がどこのどいつだが知らんが、
「先生、起きてください。
ミシガン先生!!」
即座に起き上がり周囲を確認。場所はビルの高層階か、成年前の女が一人、武装はなし。……突き付けられている銃口は一つも無し。
「……あの、よく眠れました……?」
驚きで固まっている少女を見て、俺の中のそれが急速に冷えていく。
「ともかく、ちゃんと目を覚まして、集中してください。もう一度あらためて、今の状況をお伝えいたしますので」
咳ばらいを挟み、頭上に天使の輪…のようなものを浮かべている少女は真面に戻る。俺は寝ていたソファに腰かけ、諸々の事情は頭の隅に押しとどめてその声に耳を傾けていた。
少女の名前は七神リン、学園都市キヴォトスの連邦生徒会所属の幹部であるということ。
そして俺はその連邦生徒会とやらに呼び出された
問題があることは重々承知しているが、とりあえず今は忙しいため俺にやってほしいということ。目的は何かというと、
「学園都市の命運をかけた大事なこと……ということにしておきましょう」
らしい。学園都市というのは恐らく窓から見えるこの都市のことだろう。ざっと見るだけでも広大なこの都市に危機が迫っているとは想像しにくいが、そもこんな都市の運営をどうして20に満たなそうな子どもがやっているのか。疑問は尽きないが、相手も焦っているのは見て取れる。
「その、命運を賭けたことというのは、俺にしかできない事か」
「はい。そうです」
「俺が別の誰かに、それこそお前たちのトップに譲れたとしても、それでも俺にしかできない事か」
「……ええ」
少し気圧されてはいるが、目は本気だ。この目を見るのは随分懐かしい。
「野暮な質問をして悪かった。ついて行こう」
「…ありがとうございます」
エレベーターへと乗り込み、改めて街並みを目にする。
無数に立ち並ぶビル群。だが本社都市とは違い、そこに生きる人間はいる、ということを力強く示しているようだ。
「キヴォトスへようこそ。先生。
キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。これから先生が働くところでもあります。
……きっと先生がいらっしゃったところとは色々なことが違っていて、最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが……」
「僻地に飛ばされることには慣れている。それに比べればここはリゾートみたいなところだ」
「前にいらっしゃったところで、何かあったので?」
エレベーターから出ると、ごった返す人混みが目に飛び込む。服装も頭上の輪っかもバラバラで、その癖銃を携帯している。一応ここは連邦生徒会とやらの施設なのだが、いいのか。
「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!連邦生徒会長を呼んできて!」
「首席行政官。お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長は、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
明らかに成人もしていないような子どもたちが、組織の一員として動いている様にどことないむず痒さを感じる。なるほど、色々違うとはこういうことか。
「あぁ……面倒な人たちに捕まってしまいましたね」
問い詰められている当人のリンはうんざりした表情で、目の前の集団を一瞥していた。ここだけ切り取るとスネイルっぽく見えなくもないが、先の質問から見るに、単に辟易しているだけだろう、おそらく。
案の定スネイルが如く嫌味を全開でぶちかますリンに少し距離を置こうか考えつつ、リンの言う暇そうな奴らの陳情を聞いていた。
学園の風力発電所の機能停止、連邦矯正局という不穏な施設から一部が脱走、不良による学園の生徒への襲撃増加、果てには戦車・ヘリを含む出処不明の武器の不法流通が2000倍…いや%増加した結果正常な学園生活に支障が出ている。訂正するか、ここはリゾートなんかではなく戦場かもしれん。
「連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」
突如として飛び出したリンの爆弾発言に場が凍る。
「……それは事実か。七神リン」
「はい。つまり「サンクトゥムタワー」の最終管理者である生徒会長がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。先ほどまで認証を迂回する方法は存在しませんでした」
「そんな……」
つまるところ、今の連邦生徒会はただのお飾りというわけか。そのタワーとやらが動かせなくなったせいで、行うべき仕事がやりたくても出来なかった、というのが今までの状況だった、と。
「では今は、方法があるということですか、首席行政官?」
「はい。
この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
学園都市の命運を賭けたこととは、つまるところそういうことか。随分遠回りしたが、目的ははっきりした。
「ちょっと待って。そういえばさっきから気になってたけど、この先生はいったいどなた?どうしてここにいるの?」
「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね」
「はい。こちらのミシガン先生は、これからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
場の視線が俺に集中する。
俺は教官としての経験は持っているが、教師、それも子どもの世話はしたことがない。ふれあい程度の、ほんの僅かなものだ。
いきなり先生になれる、とは思っていない。それに俺の道に、転職なんて選択肢は最初からない。
「行方不明になった連邦生徒会長が指名――」
「首席行政官から話は聞いたな。俺はベイラム専属AC部隊“レッドガン”の総長を務めている。G1ミシガンだ!これから世話になる!」
だが隠すことではない。あいつらの事も、ここの常識も何も知らん。
そしてそれこそ知ったことではない。ミシガンは転んで死んだ、どこにでもいる軍人。こんな軍事国家もどきかファンシーなのか分からんこの都市であろうと変わらない。
「!?こ、こんにちは!先生。私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや、挨拶なんて今はどうでもよくて」
「そのうるさ」
「元気がいいなそこの青髪!こんな場所で待たされて退屈だったろう。眠気覚ましにもう一度自己紹介を頼もうか!」
「え。わ、私は早瀬ユウカ、です……お、覚えておいてください、先生!」
一瞬場の空気がしんと静まり返り、リンは口を噤んだ。
「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました。
連邦捜査部『シャーレ』
単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在する全ての学園の生徒たちを、制限なく加入させることすらも可能で、各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行うことも可能です」
余りにも大盤振る舞いというべきな、いっそ過剰ともいえる飛びぬけた権限。なぜそんな大層な部に、俺からすれば見ず知らずの連邦生徒会長は俺を据えたというのか。ファーロンからベイラムに来てやった時とは大違いの対応だ。
後はそのシャーレとやらの部室に行くだけ……だったが。
『シャーレの部室?……ああ、外郭地区の?そこ、今大騒ぎだけど?』
ホログラム通信で現れたのは、リンと比べると大分小柄な、モモカと呼ばれた桃髪の生徒。
どうやらそのシャーレの建物を、矯正局とやらから抜け出した生徒どもが占拠しようと、戦車まで持ってきて暴れているらしい。目的はそのシャーレにあるとかいう大事な物―さきほどリンが言っていたものと恐らく同じものだろう―で、それを使って連邦生徒会への恨み晴らしを行おうという。
「……」
デリバリーが来たからとかいうふざけた理由で通信は切れ、隣のリンは今にも爆発しそうに震えていた。ユウカたちも状況が飲み込めていないのか止まっている。
ともかくシャーレに行かなければキヴォトスの混乱は収束せず、そこにはならず者どもがうじゃうじゃいる、と。
「要するに、だ。俺たちはそこで暴れてるならず者どもをぶちのめす必要がある。それでいいな、首席行政官」
「!…ええ、その通りです」
「運用できる戦力は?」
「連邦生徒会直属の戦力は今ほとんど混乱の鎮圧のために出払っています。すぐに動けるのは……」
リンは視線をユウカたちに向けると、にっこりと笑った。
「……ああ、そういうことか」
「ええ、そういうことです」
「……?」「な、何?」
俺は一歩前に出て、各々の顔を見る。
「お前たち遠足は好きか」
「えっ」
「唐突ですね……まぁ、嫌いではない……?」
「知っての通り、今連邦生徒会が動かせる戦力は無い!よってお前たちにシャーレ付近で暴れているチンピラどもを制圧してもらう必要がある!」
「え、ええ!?」
驚くユウカたちを後に、俺は玄関から出ていく。
ここがどこなのかは分からん。ルビコンであの後何が起きたのかも、知る術はない。
だからこそ、俺はいつも通り、俺に与えられた任務をこなす必要がある。
「始めるぞ暇人ども!愉快な遠足の始まりだ!」
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